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名もなき魔術師の一生  作者: きゅえる
【1章】
7/106

【07】19歳モニカ、一年間を街で働く☆

【1】


 モニカとエリーは、冒険者宿に泊まりながら、フルスベルグで働くようになった。


 毎日のように〈冒険者組合(ベンチャーギルド)〉に通って、様々な〈依頼(クエスト)〉をコツコツとこなす。

 ただ、冒険者ランクFの依頼は、重い、汚い、臭い、と扱いが酷い。信用もほとんどない。実際、冒険者による窃盗(せっとう)なども多いようだ。モニカ達が疑われた事もある。

 それでも、二人は文句を言わずに働いた。


【2】


 〈図書館要員(ライブラリオペレータ)〉。

 モニカが単独で受けた中でも、自分の勉強になるとして最も好んだ。

 これは〈定期依頼(ピリオドクエスト)〉と言われる種類のモノ。一定期間、定期的にこなす事を要求される仕事である。

 仕事内容は本の整理や紹介、たまに写本など。数々の依頼の中では、優しい部類に入る。ただし、出入りには厳しく荷物検査され、また立ち入り禁止区域もある。それでもモニカには充分に満足のいく依頼だった。


 フルスベルグにおいて図書館とは、制作した本を写本し、それを売る商人たちの集まりである〈貸本組合(ライブラリギルド)〉が運営する本部である。この施設は街に存在する本を一手に管理、複製、廃棄する目的で建てられた。また貸本組合の許可証を持たないものは入ることができず、訪れる人物の(ほとん)どが貸本組合に所属する商人だ。


「でね、写本の最後には、自分の名前をサインする項目があるの!」

「へぇ。」

「街中にある本のどっかに私の名前があるんだよッ! (すご)いでしょうッ!」

「ふーん。」

「街中で本屋見かけると、まず最初に一番後ろの部分、見ちゃうの!」

「ほー。」


 モニカには仕事内容がよほど楽しいらしい。

 この依頼があった日は、夜な夜な興奮()めやらぬ様子で本について熱く語る。話し相手にされたエリーは、右から左へ聞き流しながら相槌(あいづち)を打つしかなかった。

 もちろん、モニカはその様子に(いま)だ気がついていない。


「そこそこ、お給金も良くてさ。」

「はあ。」

「ねえ、エリーってば、聞いてる?」

「へえ。」

「聞いてないでしょ?」

「ああ。」


「……。」


「エリー?」

「うん。」


 モニカの体がプルプル震える。

 エリーの両肩をガッシと掴む。

 そして。


「んあ?」

 そこで初めて、エリーは自分の失言に気がついた。


「……わ、た、し、の、は、な、し、を、聞けえッー!」


 もはや、内容の理解に頭を使うことすら、拒絶反応を示していたエリー。激昂(げっこう)するモニカの手によって、肩を揺さぶられ続けた。


「あうあうあうあうぁぅぁぅ……。」


 この時、エリーにとっては、本当に、本当に珍しいことだったが、心の底から()め息をついた。


【3】


 モニカは、高級住宅の臨時侍女(メイド)として雇われることがあった。本来はクラスEからの依頼なのだが、何故か、人が集まらなかったらしい。業を煮やした依頼主が募集条件を引き下げたという。その余った1枠に、モニカが飛び込んだ。


「モニカさん、今日は屋敷を大掃除する日なのです。大変かもしれませんが、よろしくお願いします。」

「はい、お願いします。」


侍従長(ハウスキーパー)〉の挨拶を経て、行動を開始した。

 指示された内容は庭の雑草取りだ。モニカ以外にもう一人、女の冒険者が雇われていた。

「草は根から引っこ抜かないと、直ぐに生えてきます。面倒ですが、鎌や短剣を使わずに、一本一本手で抜いてください。」


 庭に出てみた。

 豪邸だった。

 べらぼうに広い。


 モニカは一瞬、気が遠くなったが、それでもめげずに一本一本、手で雑草を抜き始めた。先はまだ長い。気がつけば、手は植物の汁で緑色に変色していた。


 太陽が頂上へと登りきったお昼ごろ。

 もう一人の冒険者が、モニカに近寄ってきてぶつくさと話しかけてきた。


「なあ、もうこの依頼、放棄しちゃわない?」


 モニカは驚いた。まさか放棄を呼びかけてくるとは。

「だってさあ、私たちは冒険者だよ? もっとこう、刺激的な新しい冒険をしに来てるはずじゃない。」

 確かに冒険者は、冒険をするのが目的かもしれない。しかし実際、摩訶不思議(まかふしぎ)な依頼をお膳立てしてくれるような都合のいい人はいない。街の便利屋として扱われているのが実情ではある。

 だが、モニカはそこまで夢想家ではなかった。彼女に同意することはどうしてもできなかった。

 モニカは、慎重(しんちょう)に言葉を選んで答えた。

「私もそう思う。でも、やり始めた事だし私は今日は、最後までやるよ。」

「そう。じゃあ、私は適当な所で逃げるから、後はよろしく。」


 冒険者は凄くつまらなさそうに返事をした。

 多少、機嫌は悪くなったようだが、致命的な間違いは犯さないで済んだようだ。なんとか受け流すことに成功した。


 その日のモニカは、黙々と草毟(くさむし)りを続けた。もう一人の冒険者はいつの間にかいなくなっていた。暗くなって(ようや)く、続けるのが難しくなったので、屋敷に戻った。すると侍従長がいた。

 泥と植物汁まみれになったモニカの姿を見て、彼は驚きの声をあげた。


「おや、まだやっていたんですかっ!」

「え?」


 彼が言うには、冒険者に草毟りを頼むと半分は逃げるのだという。モニカは、冒険者とは、そこまで酷いのかと愕然(がくぜん)とした。しかし、それでも冒険者に頼むという、彼の態度に疑問を感じた。


「だって、逃げれば、お金払わなくて済むじゃないですか。」


 雇われる方も雇われる方なら、雇う方も雇う方だった。そういえば、この依頼は受ける人がいなかったという話だった。

 モニカは合点がいった。


 そんな依頼主ではあったが、モニカは指定された金額を受け取ることができた。ドロドロになった上衣を脱いで、暗闇の中、宿に戻った。

 上衣の洗濯を、宿の女将さんに頼んだら、物凄く嫌な顔をされた。


【4】


 イルムヒルデからの〈指名依頼(ブックドクエスト)〉。


 フルスベルグにやって来て初日に知り合いになった縁で、彼女から依頼(クエスト)が大量に舞い込んできた。

 これは相手や条件を指定するという、特殊な依頼(クエスト)だ。指名であるがゆえに断ることも難しい。だが、その要望の殆どは「指定の場所で指定の薬草や珍しい品物を取って来い」という単純なモノだった。

 モニカは軽い気持ちで受けてみた。


 しかし。


「ねぇ、エリー?」

「うん?」

「この地図で指定された場所、あの山であってるよね?」

「あってるねー。」

「気のせいじゃないよね?」

「気のせいじゃないねー。」


「ねえ。」

「モニカっち、何だい?」


 モニカは手に持っていた地図をくしゃくしゃに握り潰して、言った。


「なんで、絶壁のド中腹に(しるし)があるのッー!」


 彼女の依頼(クエスト)はド鬼畜仕様だった。印のある地点へは、絶壁を登っていかなくてはならない。


「絶壁にしか生えない花とかじゃないのー?」

「騙された……騙された……あの人に騙された……。何が最初だから簡単に……だ。」


 モニカは、胡乱(うろん)げな目で独り言を(つぶや)く。それをエリーが慰めた。


「ま、まあ、折角来たんだし、取りに行こうよ。」

「いやッー!」


 結局、二人は絶壁を登った。


【4】


「イルさん。今度の依頼(クエスト)は本当に、簡単ですよねッ?」


 モニカは、青ざめた顔でイルムヒルデに問いかける。イルムヒルデはニッコリと微笑を浮かべて言った。


「簡単ですわよ?」

「本当に、本当ですよねッ!」


 前回の依頼は予想以上にモニカを怯えさせたらしい。何度も念押しさせてから、イルムヒルデの依頼を受け取った。


 街中で歩きながら、モニカが依頼書を読んでいる。


「ねえ、この〈黄色雀蜂(イエローヴェスパ)〉の巣ってなんなのかな。」

「さあ、あたしは聞いた事ないよ。〈(ホーネット)〉の一種のようだけど。」

「うーん、調べようにも、図書館は仕事じゃないと入れないし……。」

「露店は、冒険者の人もいるんだっけ。その人たちに聞いてみたらどうだろう。」

「そうだね。」


 モニカとエリーは露店地区で聞き込み調査を開始した。何人かに尋ねてみる。


「さあ、知らないなあ。」

「商売の邪魔。」

「わからないわねえ、ごめんなさい。」

「そんなことより何か買っていってよ。」

「蜂でしょ。だから何か?」


 何人かに聞いてみるが、良い反応が見られない。それでもしつこく聞いてみる。そして、次の露天商に向かった。


「んー、向かいの店がそのような物を売ってるみたいだぞ。」


 ついに手がかりが得られた。モニカは、喜んでお礼を言う。


「ほんとですか! ありがとうございます!」

「何か買っていってよ。」

「では、これを買います。」


 モニカは林檎(りんご)を二つ買った。一つをエリーに投げ渡した。


「おっ、モニカっち、ありがとー!」


 エリーは、その場で林檎をぺろぺろと舐め始めた。汚い。だがモニカは気にせず、向かいの店主に声をかけてみた。

 店主の姿を見てみる。

 その男の防具は、使い古した跡があり、あちこち傷だらけだ。まさしく歴戦の戦士という出で立ちだった。


「〈黄色雀蜂(イエローヴェスパ)〉の巣か。あるぞ。」


 そう言って、男は袋の中からデデンと大きな球状の巣を取り出した。


「でかい……。」


 モニカは呆気に取られた。中を割れば、蜜が採れるのだろうか。自分達で取りに行くことも考えて、男に黄色雀蜂について聞いてみた。


(めし)の種を教えろ、だと……。まあ、いいか。」


 男はジロジロとモニカとエリーを見た後、話してくれた。女だから優しくしてくれたのだろうか。女を武器に使うとは思ったことはないし、着飾ってるつもりもないので複雑な気持ちになった。


雀蜂(ヴェスパ)はな、(ホーネット)の中でも特に凶暴な奴のことを言う。黄色雀蜂(イエローヴェスパ)はその中でも、一番凶暴だ。」


 モニカはピクッと反応した。

 凶暴だと?


「毒を持っていて、針で突き刺してくる。その毒は面白い性質があってな、短期間だけなら何度刺されても問題はないが、期間を空けて二回刺されると、心臓が止まって死ぬ。」


 死ぬだと?

 今度はプルプル震え出した。


 エリーはその横でショリショリと林檎を(かじ)り始めた。その顔は満足げだ。

 モニカは男の次の言葉を遮って、喉の奥から声を絞り出した。


「簡単だって言ったのに……!」

「ショリショリ」


 それを見て、モニカの状況をかなり正確に察した露天商の男は、可哀想なモノを見るような目つきをした。


「必要なのか? なら売ってやろうか?」

「ショリショリ」


 モニカの心はぐらぐらと揺れた。今回の依頼は、場所の指定が大雑把だ。街周囲の近辺としか書いてない。きっと、どこにでも巣を作る蜂なのだろう。

 ならばここで買っても、依頼(クエスト)の条件に反しないのではないか?

 少なくともそういう言い訳はできる。先週の恐怖を思い出した。決断した。


「これ、下さいッ!」

「はい、毎度あり。袋はサービスだ。」

「ショリショリ」


 袋ごと受け取ったモニカは振り返る。


「よし、エリーッ、戻るよッ!」

「ふへっほ!」


 蜂の巣を受け取ったモニカは、何も考えずにその足で、イルムヒルデの所に駆け込んだ。


「イルさん、持ってきましたッ!」

「あらまあ。」


 イルムヒルデは、驚いたように口に手を当てながら、ニッコリと微笑みを浮かべた。


「随分と速かったのね。……数日はかかると思っていたのだけど?」


 モニカが固まった。彼女の笑顔が怖い。


「……あ。」


 この後、モニカは露店で購入したことをきっちりと吐かされ、こってりと説教された。それでも換金はしてくれたが、大赤字だった。


「ショリショリ」



「エリーッ、やっぱ林檎没収ッ!」

「あぁん、あたしの林檎……。」


【5】


 イルムヒルデの依頼(クエスト)の中で、モニカが一番(こた)えたのは、「硝石(しょうせき)の材料を取りに行け」というもの。


 硝石とは火薬の原料である。依頼書には、この近辺では便所の土や民家の下の土から採取できると書いてあった。わざわざご丁寧にも、いくつかの民家には既に許可を取ってあるようだ。

 なお、山からも発掘できるそうだ。入手方法はそちらでもいいらしい。だが、その山はかなり奥地にあり、魔物が徘徊する危険地区でもあるらしい。やれるもんならやってみろと言わんばかりだ。


「……これ、どう見ても、当て馬の選択肢よね。ねえ、エリー。」


 エリーは居ない。街中の依頼なので、エリーは別行動を取っている。

 いつもの癖で振り返ってみたら、全く知らない女性が困惑していた。モニカは恥ずかしくなって、顔を真っ赤にしながら裏道に逃げた。


 そんなわけでモニカは、民家を駆けずり回って、便所下や床下に潜って土を()き出す、という作業を繰り返した。


 三日後。


「もう、やだッ! やだッ! 臭いの嫌だ!」

 モニカはとうとう限界に達した。仕事を終えて宿でのんびりしていたエリーを連れて、イルムヒルデの店に駆け込んだ。


「もう……限界です。イルさん。」


 目の下に隈が色濃く出て、げっそりした風味のモニカが言う。


「あらあら。」

「この〈依頼(クエスト)〉、真っ黒になるわ、臭いわ、避けられるわで最悪です……。」

「モニカちゃんは並の男でも逃げ出すような作業でもやってくれるから(うれ)しいわぁ。やってくれると助かるのだけど。」


 イルムヒルデの前にいるのに、薄汚れた服装のモニカは涙目だ。それに対して彼女はいつもの微笑みを崩さない。モニカはとうとう(こら)えきれなくなった。涙も隠す素振りすらせず、へたり込んだ。


「私だって……もう……こんなの嫌ですッ……ヒグッ。ウック。」


 とうとう泣き出した。


「モニカっち、そこまで泣かなくても。」

「エリーは野生児だから、私の気持ちがわかんないのよッ。」


 キッと鋭い目でエリーを見返した。逆ギレである。


「モニカちゃん、悪かったわ。次回からはもうこの依頼は出さないわよ。ちゃんと楽しめる〈魔法薬(ポーション)〉の依頼を出すわ。それと後、モニカちゃんが頑張ったお礼とお詫びに、完成品をいくつか差し上げるわ。はいこれ。」


 と言いながらイルは油紙に包まれた貨幣ぐらいの大きさの玉を渡した。


「これは〈火薬玉〉と言ってね、飛び出している紐の部分に火を点けると爆発するのよ。扱いに気をつけてね。」


 目をこすりながらもモニカは受け取った。既に泣き止んでいた。現金なものである。


 その涙ぐましい様子を見ながら、エリーは壁に寄り掛かって「イルピーは意外に鬼畜だなあ。」と人事(ひとごと)のように思っていた。

 しかしイルムヒルデはそんなエリーに視線を合わせた。そして、指を軽く振りながら、言い放つ。


「と、こ、ろ、で、エリーちゃん? モニカちゃんの仕事の残りだけど、()わりによろしく頼むわね?」

「……げっ!」


 突然、降って湧いた災難だ。エリーは壁に寄りかかって組んでいた足を思わず解いてしまい、バランスを崩した。


 この依頼の一件から、モニカはイルムヒルデの店に通うようになる。そこで薬草の煎じ方、魔法薬の作り方を無償で学ばせてもらえるようになった。

 間もなくモニカは、売りに出しても恥ずかしくないような〈魔法薬(ポーション)〉を作れるようになった。それをイルムヒルデの店に卸す〈定期依頼(ピリオドクエスト)〉も受けることで安定した収入を得られるようになった。そして、イルムヒルデの事をイル先生と呼ぶようになる。

 ただ、モニカには一つ気になることが。


 何故かエリーも、イル先生と呼ぶようになっていた。


 なんでだろう?


【6】


 一方、エリー。

 エリーは主に腕っ節を必要とする依頼(クエスト)をこなすことが多かった。


 街中の巡回警備員。


 街中を一定のルートでただひたすらぶらぶらするというもの。短時間であれば酒場に入るルートもある。意外なことに〈酒場組合(パブギルド)〉からの依頼だ。


 何でも、警備員が酒場に入る可能性があるというだけで、酒場の治安は向上するらしい。酒場の入り口にも「警備員巡回中」の張り紙がしてある。

 しかし、元々フルスベルグは治安が良い。楽な分、報酬も少ない。ちょっとした小銭が欲しい時や時間が開いた時に、簡単に行える依頼となっている。


 エリーは、何度かこの依頼を(こな)していたが、一件スリがあったぐらいで大したことが起きなかった。身分は予備兵という形なので、正規兵に報告するだけで、捕物にすら参加できない。


「よう、エリーちゃん。まずは一杯。」


 エリーがいつものように、数ある酒場の一つに入ると〈店主(マスター)〉がいきなり、お酒を寄越(よこ)してきた。


店主(マスター)、よしてよ。仕事中だよー。」


「エリーちゃんが来ると、お客が増えるんだ。だからこれはチップだと思って受け取ってくれ。」

「そういうことなら受け取るー。」


 エリーは目の前に置かれたグラスに手を伸ばす。それを見て、店主はエリーに話しかけた。


「この前のナンパ野郎は、面白かったな。」

「あれ、なんかあったっけ。」

「奴が肩に手を回したら、エリーちゃん吹き飛ばしたじゃねえか。」

「ああ、あれ?」

「あの時の喧嘩(けんか)、賭けさせてもらったぜ。」

「なんか皆、騒いでたねー。」

勿論(もちろん)、俺はエリーちゃんに賭けさせてもらったぜ。ゴチソーさま。」


 普通、胴元になる店主(マスター)は酒場の賭けに参加することはない。エリーは少し気になったが、口を出す程でもない。ちゃっかりしてるなあ、と思っただけだ。


「何だかよく分からないけど、店主(マスター)が嬉しいなら、良かったねー。」

「おうよ、ありがとうよ。」


 エリーは、酒のグラスを持ってチビチビと飲み始めた。気分が良くなる。こういう時は、面白い話を聞きたい気分だ。


「何か他に、面白い話ないかな。」

「そうそう、エリーちゃんに言おうと思っていた面白い話が、一つある。この前の話だが……。」


 店主(マスター)はエリーに、街の噂や話について喋り始めた。下らない話も多かったが、面白い話も多かった。エリーは、会話を聞き楽しんだ。もう少し酔っていたい。


店主(マスター)、もう一杯ー。」

「……おい、仕事は?」


【7】


 エリーは色々と因縁のある、門番の夜勤兵士の依頼(クエスト)をやってみた。


 意外にも、お給金は良かった。

 しかし、やってみて気がついたのだが、かなりしんどい。眠いのを我慢しながら、一晩中立っているだけだ。田舎の旅人に意地悪したくなった気持ちが、少しだけ理解できた。


 エリーは依頼(クエスト)を終え、ようやく朝帰りした。

 帰ってくると、モニカが出迎えてくれた。


「おかえりー。どうだった?」

「これは、確かにやってられないなー。」

「私もあんまりやって欲しくないかな。」


 エリーが夜勤に出るとモニカは宿で一人になってしまう。寂しいらしい。モニカは、そんなエリーの内心を見抜いたようだ。


「いや、寂しいとかじゃなくて安全性の問題だからっ!」


 そう言いながら、顔を赤く染めるモニカは可愛かった。エリーはそっと心のアルバムに留めて、口には出さないようにした。


【8】


 エリーは〈街道警備〉の依頼(クエスト)もやってみた。


 街道は危険がないかを二人一組となって見回りする、というもの。

 初めは、エリーが単独で受けた。

 すると、別の場所で単独受注した冒険者と組まされた。余り者同士は〈冒険者組合(ベンチャーズギルド)〉が勝手に組み合わせるという仕組みらしい。


 エリーは、それでもいいとも思ってた。モニカには少々、この雰囲気は荷が重い。


 ところが。


「なあ、お前、おっぱいでかいよな。」

「それが?」


 街道とはいえ、必ず人が通るわけではない。青空の下、荒くれ者と二人きり。何を考えたか、エリーの体に触ろうとする。


「ちょっと触らせろや。いいだろ。減るもんじゃなし。」


 そう言いながら、男はエリーの服の中に手を差し込んできた。

 エリーはしばらく、無表情で無抵抗だった。別に恐怖で身を竦ませているという訳ではない。「無抵抗の女を襲った」という事実が欲しいだけだ。


「あたしはまだ、何にも言ってないけど?」

「何も抵抗しないってことは、OKなんだろ?」


 その言葉が欲しかった。


 エリーは、まず手刀で胸を触っていた腕を弾き飛ばす。その勢いそのまま、肘で男の顎を叩き上げた。軽く浮いた男の体に対し、掌底で胸骨を強く突く。男は大きく吹き飛んだ。

 胸骨は、鎖骨、多数の肋骨と関節を作る、人体の骨構造の要石(かなめいし)だ。故に、胸骨に与える衝撃は、内部を傷つけることなく上肢全体に均等に響き渡る。活人拳の一つ。

 つまり、エリーは手加減した。


 エリーに吹き飛ばされた男が、立ち上がって、唾を飛ばした。


「何しやがるんだ!」

「抵抗したから、NGってことだよ。」

「くそっ、女の癖に!」


 エリーが今までよく聞いた言葉だ。今更何の感慨もない。文句が出なくなるまで、男を吹き飛ばし続けるのみ。


「あたしに、何度でも触りにきてもいい。だが、今日は諦めな。いいだろ。まだ、お互い、何も減ってない。だろ?」


 構えを解かずに警告した。

 本当は、男の誇り(プライド)とやらが減るらしい。だが、かなり目減りしてしまったが、エリーにもまだ女の誇り(プライド)がある。お互い様だろう。


 警告が功を奏したのか、男は諦めたようだ。依頼(クエスト)は継続できそうだ。

 モニカには見せたくない一面を見せてしまった。昂ぶった気持ちを抑えるためにも、帰ったら思う存分ふにゃふにゃしよう。モニカと話すれば、きっと気が収まる。

 今後も続くようなら、モニカに頭を下げて、一緒に依頼を受けるように頼んでみよう。


【9】


 〈街道警備〉の依頼(クエスト)

 今度のエリーはモニカと共に来ていた。のんびりと話をしながら、街道をてくてく歩いていた。


「へえ、そんなことあったんだー。」

「そうそうー。だからエイヤッて。」

「エリーは乱暴だからなあ。問題にならなかったの?」

「うーん、あたしが黙ってれば、不問になるんじゃないかなー。」

「村でもそんな話あったよねー。折角、告白してくれた男の人、突き飛ばしちゃったとか。」

「いやあ、付き合ってくださいとか言うからー。つい、突いちゃったんだよねー。」

「ちょ、おい、あの噂は本当だったのか……。」


 モニカは信じられないという様子で首を振った。ちょうどその時、エリーは歩みを止めた。


「あ。」

「ん、エリー、どうしたの?」

(いのしし)。」


 エリーはじっと一点を見つめている。モニカはエリーの視線を追ってみるが、さっぱりわからない。


「ほんとに?」

「うん。」


 エリーは背中に担いでいた大弓を取り外し、弦を張った。そして腰につけた矢筒から一本、矢を取り出す。矢を(つが)え、狙いを定める。


 本当に、猪なんているのかなと疑いつつ、エリーの様子を見ていると、ついに矢を放った。

 暫くすると、悲鳴が聞こえた。


「モニカっち、行こう。」

「え、ええ。」


 モニカはエリーの後ろをついていく。すると、見事に(いのしし)眉間(みけん)を矢で撃ち抜かれて、絶命していた。


「うわお。」


 エリーは弓から弦を外し、猪の手足を弓に括り付けた。そして担ぎあげる。


「一旦、戻ろうか。あたし達だけじゃ食べきれないよ。皆に食べてもらおう。」


 エリーはそのまま猪の死体を駐在所まで持っていった。そして、依頼主に報告する。


「何か異常はなかったかね?」

「はい、大きな敵が居ました。何とか無力化はしたんですが、敵は余りにも強大で、あたし達二人の手に余るのです! 是非、応援要請を頼みます!」


 一瞬、依頼主が深刻そうな顔を浮かべたが、エリーが直ぐに猪の死体を見せると、顔をほころばせた。

 その話を聞いた正規兵達はやんややんやと大喜びし、急いで料理を作った。間もなくグツグツと鍋が煮えると、皆で一緒に猪鍋(いのししなべ)をつついた。


「流石、エリーちゃんだなあ。」

「皆だって、立派だよ。胃袋とか。」

「胃袋かよ!」

「ぎゃははははは!」

「エリーちゃん、結婚してくれー。」

「あたしより強かったらね。あ、胃袋は例外ね。」

「ちっ!」


 エリーと兵士のノリノリな会話にモニカは、全くついていけなかった。

 しかし、エリーはこんなにもモテるキャラだったのか。

 モニカは、エリーと比較されたかのように感じ、劣等感に苛まれながら内心、負け惜しみを吐き続けていた。


 猪鍋とは別にいくつか残した肉は、氷で冷してもらい、その後精肉店に売った。また毛皮も臨時収入となった。


【10】


 エリーが一番長く従事したのは〈街道延長〉だった。つまり土木工事だ。

 別に好きとか嫌いという訳でなく、大規模な公共工事だったので、依頼(クエスト)の枠と期間が無茶苦茶に広いだけの事。

 モニカもこの依頼に参加していた。魔術師の枠があったからだ。〈地の精霊(ノーム)〉が使えることが前提だった。


 ここでもエリーは人気だった。

 人一倍多く仕事をこなす、猥談(わいだん)を含めたどんな話にも乗ってくる、人を選ばず笑顔を振りまき、話しかける。しかも、話が面白い。

 それでも、一線を越えない。また怒らせると強い、巨乳であるというのも魅力らしい。

 モニカは、男というものが全く理解ができなくなってしまった。ますます凹んだ。


「なんなら、今度うちの所に来ないか?」

「あたしにはモニカっちがいるから! いるから!」


 エリーは一蹴(いっしゅう)する。

 モニカは嫌そうにその様子を見つめた。

 正直、断るにしても、人をダシにするのはやめて欲しい。


「エリーちゃん、今日もむちむちしたお尻、いいね。ああ、気持ちいいー。」


 男が後ろから、エリーの尻を撫で回してくる。

 すかさず、エリーは一歩下がって半身をずらし、男の足を踏み抜きながら、鳩尾当たりを肘で突き押す。男は足を踏まれているので、その場で後ろ向けに倒れ、地面に尻餅をつく。


「残念だったねー。でも奇襲のタイミングはなかなかだったよー。」

「くそー、次こそイケると思ったのに!」


 どうやら、エリーは男達に、隙あらば体を触ってきていいと伝えてあるらしい。信じられない。

 しかも、時が経つにつれて、段々と触りに来る男が増えてくる。エリーに叩きのめされる度に、嬉しそうに体を(さす)る。


 なんだこれは。痛めつけられて喜んでいる男達。意味不明。意味不明。助けて。誰を説明を!


「エリーちゃん、こっち来て手伝ってくれよ!」

「俺、良い店知ってるんだ、今日の夜に二人で飲ゴッファァッ!」

「俺、これが終わったらえりーちゃんとデートするんだ……。」

「今日もエリーちゃんのパンチは冴えてるね!」

「エリー様! 今日の一日、グーパンチありがとうございます!」

「エリーちゃーん。今日も一段と綺麗だねー」

「エリーちゃん。俺だー。結婚してくウボァー!」

「エリーたん、ハァハァ。」

「エリーちゃんエリーちゃん、ん、呼んでみただけー。んふふ。」


 ……もう、みんな死ねばいいのに。


 いつも、エリーに振り回されているモニカにとって、信じられない。きっと、本性がばれれば、直ぐに人気はなくなるはず。


「エリーちゃーん、ちょっとこっち来て手伝ってー。」

「あいよー。」


 なくなるはず。


「エリーちゃん、このパンやるから、ついてきなー。」

「えっ、ほんとー?」


 なく………


「エリーちゃんの落とした食べかけのパン、貰っていいかなー?」

「いいよー。」


 ……


 モニカは沈んだ。


 結局モニカの願いで、この〈依頼(クエスト)〉を途中で降りる事になった。エリーは皆に惜しまれながらも、辞める旨の謝罪をして回った。


 その後、エリーは、冒険者組合(ベンチャーズギルド)で〈依頼中断〉を申請した。

 その時のモニカは、壁に向かって何かブツブツ独り言を言っていた。

 冒険者組合の受付をしているおっちゃんも、モニカの方をちらって見た後、残念そうな顔をしながら首を振って、エリーと話をしていた。

 勿論、それにモニカは気がついてなかった。



【10】


 〈射手座の月(サジタリウス)〉12日。秋もそろそろ終わり、故郷では冬支度を始める頃。

 今日はエリーの誕生日だ。


「お誕生日おめでとー。これで21歳だね。」


 朝起きたモニカは、まずエリーを祝った。今日は予定を開けて、宿で静かに過ごすことになっている。


 モニカ達の故郷では、誕生日に贈り物(プレゼント)し、さらに、親しい人達同士でその人の一年を振り返る話をする習慣になっているからだ。


「じゃあ、まずは贈り物(プレゼント)から。」

「なんだろー、なんだろー!」


 モニカは〈背嚢(バックパック)〉から。小さな革製品を取り出した。


「じゃーん!」

「おおー……お?」


 エリーは驚いてはみたが、それが何なのかわからない。


「エリー〈身分証明の金属板(IDプレート)〉出して?」

「あいよ。」


 言われた通り、エリーは服の胸元から取り出して、モニカに渡した。受け取ったモニカは革製品のスリットに差し込んで、エリーに返した。


「じゃーん、〈身分証明の金属板(IDプレート)〉のカバーケースですー!」

「おお、モニカっち、ありがとうー。大事にするね。」

「ふふん、カバーケースの裏を見てご覧なさい。」


 エリーは言われた通りに裏を見ると、可愛い刺繍がしてあり、さらにエリーの名前も刻まれていた。


「私が刺繍したんだよ。可愛いでしょ?」

「なんと。いつの間にー。」


「一月ぐらい前から、刺繍屋さんに指導をお願いしたの。」

「おお!」


 それからモニカとエリーは、今年一年間わフルスベルグに来てからの事を語り合った。楽しかったこと、苦しかったこと、嬉しかったこと、悲しかったこと、色々あったが、全て流れていった。


 そして最後に。


「それでは、また来年一年間もよろしくお願いします。」

「お願いします。」


「それでは、お休みなさい。」

「お休みなさい。」

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