【72】エリーのお料理教室(3)
【13】
白竜エリーは、背中にエリクを乗せて、イステル村の上空にたどり着いた。
建物が燃えている。村全体が戦場と化していた。村人たちは立てこもっているようだ。
村人全ては、助けられない。エリーは即断した。
「エリクっち、二人のいる納屋はどこ!」
「あそこ!」
「しっかり捕まってて!」
エリーは急降下していく。
狙いは、兵士が集まっている広場だ。地面が近づいた所で〈風の中位精霊〉に命令し、急制動をかけた。
強烈な重圧がかかる。エリクが滑り落ちそうになり、エリーが風で支える。
地上に爆風が吹き荒れ、外国兵士をなぎ倒した。
「竜だ!」
エリーの元に来たことのある兵士がいるようだ。瞬く間に恐慌状態に陥った。
『〈風の精霊〉よ、石を拾って〈|風球〉に閉じ込めろ!』
思念で精霊を呼び出す。約20の〈風球〉が周囲に出現した。その球の核に石を封じ込める。
無謀な兵士が〈横刃付き槍〉を構えて、エリーに突撃してきた。
エリーは前足で跳ね飛ばす。槍は折れ、兵士が宙高く舞い上がった。近くの屋根の上に落ち、動かなくなった。
連携のない動きなど、怖くない。
そのままエリーは、兵士が固まっている所に〈風球〉を叩き込んだ。風の力で、石が加速する。
「ぎゃっ」
野太い悲鳴を上げ、鎧がめり込む。倒れる。運良く当たらなかった兵士は、物陰に隠れた。
エリーは弾を使い果たした。
その時、尻に痛みが走る。
首をねじって背後を見る。兵士が槍が突き刺していた。エリーの鱗が割れ、血が流れている。
「ギャオオォ!」
エリーは吼えた。
怒りに震え、尻尾を振り回す。兵士を叩きつけ、なぎ倒す。さらに体を反転させ、残りの敵に狙いをつけた。
『〈風の精霊〉よ! 弾の補充だ!』
再び〈風球〉を出現する。村ごと吹き飛ばしたい衝動に耐えて、一人ずつ兵士を狙い撃つ。
「後ろだ! 後ろを狙え!」
敵の声がエリーの耳に届く。
途端に敵が立ち直り、連携をとり始めた。
敵は、物陰に隠れて〈風球〉をやり過ごし、背後に回り、槍を突き刺そうとしてくる。
「エリー!」
首にしがみつくエリクが、警告の声を飛ばす。
その時、矢がエリーの首に飛んできた。しかし〈風の中位精霊〉による〈矢除け〉の作用で跳ね返す。
「〈狙撃兵〉か!」
矢の飛んできた方向を見れば、屋根の上に動く者がいた。〈弓銃〉でこちらの頭を狙っている。
風の防御壁があるとは言え、絶対ではない。エリクの身に何かあってはならない。
エリーは三発ほど〈狙撃手〉を狙う。しかし、うまく物陰に隠れてなかなか当たらない。
ダメだ。
〈風球〉の射撃だけでは、限界がある。何か敵の動きを止める方法を考えなくてはならない。
〈地の精霊〉で地形を変えるのは無理だ。敵が近すぎて、魔法が発動しない。それに村の建物を巻き込むのも怖い。
「エリー! 来てるよ!」
気を抜いた瞬間に、背後から槍を突き刺そうとしてくる。まったくもって、やりにくい。
物陰から出てきた敵を〈風球〉で狙う。すぐに隠れてしまい、なかなか当たらない。
〈火の精霊〉もダメだ。人より、建物が燃える。
〈水の精霊〉も厳しい。水寄せに時間がかかるし、〈水球〉の扱いにも慣れていない。
「また来る!」
矢が飛んで来た。
目ざわりだ。
怒りがふつふつと湧き上がってくる。
ダメだ。感情を操作しきれない。
『〈地の精霊〉よ! 大地を練り上げ、弾を作れ!』
先ほどの石より巨大で硬い〈粘土球〉を15弾、形成する。
背後から、また敵兵士が襲って来た。
「グルルルル……」
エリーは振り向き突進した。
前足で敵をなぎ払う。
だが目測を誤り、外した。
その隙をついて、敵が槍を投げてきた。〈矢除け〉で防ぎ切れず、前足の肘に命中する。
『〈風の精霊〉よ! 前方の障害物ごと、撃ち殺せ!』
エリーは〈粘土球〉を風に乗せ、全弾を撃ち出す。
まず、槍を投げた兵士を撃ち潰した。地面がめり込み〈粘土球〉が粉々に砕ける。
そして、家を盾にしていた数人の兵士を、障害物ごと貫通し、吹き飛ばした。
家は半壊した。
「エリー!」
エリクの叱責が飛ぶ。
エリーは我に返った。
今、自分が何をしたのか。
あの家の中に、誰か村人がいたかもしれない。
感情が急速に冷えていく。
そんな心理におかまいなく、再び矢が飛んできた。
飛んで来た方向に目を向けるが、誰もいない。既に隠れている。しかも、移動しながら狙撃してくるので、的が絞れない。
このままだと、手も足も出ない。
考えろ。
建物を壊さない方法を。
考えろ。
村人に被害を出さない方法を。
「エリー、どうしたの!」
魔法の弾が補充されない事に疑念をいだいたエリクが、声をかけてきた。
声。
「動きが鈍ったぞ! 今だ、取り囲め!」
兵士が全方位から声をあげて、一斉に襲ってきた。
声。
見れば、最初より人数が増えている。戦っている間に応援を呼ばれたらしい。
声。
!
エリーは、急いで〈名もなき魔術師〉を記憶を探り、目的の記憶を呼び出す。
そして詠唱する。
『汝は、風の合間にさまよう者。水の合間にさまよう者。我は、汝の姿をここに示す。その本質は波動。風を伝う波動。水を伝う波動。今ここに契約す。汝は〈音の精霊〉。そして、我が召喚に応じよ!』
エリーは、何かが呼び出されるのを感じた。
成功だ。
「エリクっち。耳を塞いで」
「え」
返事を待たずに〈音の精霊〉を発動させる。
「ォォォオオオ!」
エリーは吼えた。
地の底から響かせるように。
ひれ伏せ、と威圧するように。
自分が、最強の王者である事を知らしめるように。
そして〈音の精霊〉で増幅させていく。
今まさに、突き刺そうとしていた兵士は、泡を吹いて、その場に倒れた。屋根の上に居た〈狙撃兵〉は、足を踏み外して落下した。建物のそばのタルが、ひび割れて壊れた。
効果を確認したエリーは、首をねじって背後の兵士を狙う。
半分は倒れていた。残りの兜を被っていない兵士たちが、槍を捨て、耳に指を入れて耐えていた。
トドメを刺すべく、さらに顔を近づけて〈竜の咆哮〉を強めていく。
兵士たちは顔を歪め、ついに倒れる。
エリーは、倒れた敵から、踏み潰していった。一応、服装を見て、村人でない事を確認しておく。
ついに息が途切れた。
〈竜の咆哮〉が止まる。
「コフー、コフー。ガフッ、ゴフッ!」
エリーは、口から血を吐いた。
辺りを見回す。
今のところ、立ち上がる者はいない。
さらに足を進め、残った兵士を踏み殺していく。
「ゴフッ……エリクっち、生きてる?」
「な、なんとか……」
恐怖に顔を歪ませ、動けないでいる者。槍に手を伸ばそうとする者。逃げようと立ち上がろうとする者。
皆、等しくエリーの足に潰されていった。
やがて動く者はいなくなった。
「ほとんど片付けたかな、ガフッ」
喉奥から血が登ってくるのが、止まらない。
「うん、みんなやっつけちゃった」
「もう、降りても平気だと思う。さあ、降りてね」
エリーは首を下げ、降りるように促した。
エリクは器用に、首、肩、前足と伝って、地面に降りる。
「さあ納屋に行って、二人を助けに行くんだ。ここで見守っているから」
「うん」
エリクは〈巨神の短剣〉を抜き放つ。
「ありがとう!」
エリクは、納屋に向かって駆けていった。
エリーは、その様子を見守りながら、今後の事を考え始めた。
既に敵の主力部隊は片付けた。後は残党狩りだ。〈竜の咆哮〉があれば、大抵の兵士は無力化できるだろう。
ただ、それには村人達の協力が不可欠だ。狭い場所や家の中では、エリーの力が強すぎる。だから、ロイとターニャを確保した後は、三人に村人を説得してもらわねばならない。魔法に関する忌避感が、どの程度のものかわからない。が、やるしかない。
また、気になるのは敵の司令官だ。
一度、顔合わせしたが、村に来てからはまだ会っていない。一人一人、服装と顔を確認しながら殺したので、間違いないはずだ。
奴はやたら、正義という大義名分にこだわっていた。いきなり豹変したのは、村の人間が奴を拒絶したからだろうと思われる。正義を拒絶したから、村人は悪という思考なのだろう。
はっきり言えば、奴は狂っている。何をするかわからない。一刻も早く見つけ出して、殺さなければならない。
「エリー!」
エリクが急いで戻ってきた。
一人で。
「どうした!」
「それが、ロイもターニャも居ないんだ!」
「なんだって!」
エリーの計画が、根底からひっくり返された。
計画をもう一度練り直す。エリクには最低でも、村の生存者を探してもらわなければならない。そうすると、エリーがついて回るわけにはいかない。村人の説得には諦める他ない。
「エリクっちは、村人の救助を優先しろ」
「エリーは!」
「空から敵の残党を探して、狩る」
「そんな! それだと」
わかっている。
それだと、村人から攻撃される可能性がある。
だから、エリクの言葉を遮った。
「それは君が心配する事じゃない! 今は村人達を団結させることが重要だ! だがそれは、君にしかできない事なんだ!」
「エリー……」
「故郷や家族は大事にしろ! たとえ、どうしようもなく喧嘩別れしてもだ! それが君の起源だから! 故郷や親兄弟を見失えば、己を見失う! このことを絶対に忘れるな!」
エリクは、何かを言いたそうにしていた。しかしエリーの剣幕に押され、口を閉じた。
エリーは、反論がないことを確認して、翼を広げる。
「ゴホッ」
さっきからずっと、喉奥から湧き出る血が止まらない。肺を痛めてしまったようだ。それになんだか、息が苦しい。
『〈風の中位精霊〉よ、我が翼にもう一度、羽ばたく力を』
精霊に思念で呼びかける。
風が徐々に強くなっていく。翼に風を受け、少しずつ浮いていく。そして、周囲の建物に被害が受けない程度の高さになると、大きく羽ばたく。
エリーは空高く舞い上がった。
【14】
上空から村全体を見渡す。
敵らしき団体が、あちこちに散在している。恐らく、どこかの家に敵の大将がいる。どちらにしても、空からはわからない。手当り次第に制圧するしかない。
エリーは近くの敵に狙いを定め、急降下した。
戦場の状態を分析していく。
一際大きい建物を、敵が集団で襲っているのがわかる。建物の入り口は雑多な物が積み上げられ、中からは石を投げて敵を牽制しているようだ。先ほどの反省を生かし、敵の後ろ側に着陸した。
「化け物が来た!」
「やっぱり騙していたな!」
「この悪魔めが!」
「正義は我にあり!」
兵士達が、聞くに耐えない罵倒を繰り返す。
こいつらも頭がおかしい。
今すぐ黙らせろ。
『〈音の精霊〉よ、我が怒りの声を増幅せよ』
エリーは大きく息を吸った。
やはり息が苦しい。速く呼吸しても、楽にならない。
「ォォォオオオ!」
声にならない爆音が、辺りに響き渡る。
あっという間に、敵がバタバタと倒れていった。エリーは手前から順番に踏み潰していく。しかし、何人か〈竜の咆哮〉に耐え、逃げ出そうとしていた。
逃がしてたまるか!
エリーは風を操って空を飛び、敵の逃げる方向に先回りした。
「うああぁぁ!」
敵は情けない声をあげて、その場に立ち止まり、尻餅をついた。
「た、助けてくれ! あ、悪魔は命乞いをするものには殺さないんだろ! こ、この通り、魂を売るから、殺さないでくれ!」
踏み潰した。
反吐が出る。
感情が収まらない。
その周囲にいた者も、まとめて押し倒し、爪で引き裂く。
そして、だいだい敵を殺したのを確認して、再び上空へ飛び上がっていく。
「ゴホホッ」
本格的に息が苦しくなってきた。もう、長くないかもしれない。
次の標的を定める。
今度は、もうもうと煙を放っている建物に向かう。
【15】
次の戦場は、敵の数が少ないものの、兵士達が火を放っていた。
敵が一箇所に固まっていないので、〈竜の咆哮〉の効果も良くないだろう。しかし、火を消す為にも、ここを第二の目的地とした。
エリーは着陸すると、すぐに思念で魔法の詠唱を始める。
『大気に混じる〈水の中位精霊〉よ。我は命ずる。地下水脈を探り当て、引き出せ』
エリーの存在に気がついた敵兵士が、火矢を放ってきた。
『〈風の精霊〉よ、あの火矢を絡め取れ』
エリーは風を精密に操り、火矢を巻き取って空中に押しとどめた。
そして風圧を高め、高速で撃ち返す。
「そのままそっくり返してやる。ゴホッ」
火矢は〈射手〉の頭を貫いた。そのまま、声もあげずに絶命した。
エリーは、地面から水の染み出す音が聞こえた。ピシリと音を立てて、地面から水が吹き出した。
『〈水の中位精霊〉よ。周囲の燃えている建物に〈恵みの雨〉を降らせろ』
空高く舞い上がった噴水は、周囲の建物に降り注いだ。水が日の光を反射し、虹がキラキラと輝いた。
火が完全に消えるのに、時間がかかる。
エリーは近くを動き回り、敵を見つけ次第、撃ち殺した。十人以上倒したところで、ようやく火の手が収まった。
そのことを確認してから、エリーは次の戦場に向かう。
【16】
空から眺めていると、奇妙な動きをしている敵に気がついた。村を襲うでもなく、ただ警戒し、巡回しているだけだ。
ひょっとしたら、敵の大将がいる場所かもしれない。
エリーはそう予想を立てて、その中央に舞い降りた。
「来たぞ!」
敵が叫んだ。
その言葉に嫌なものを感じる。
まるで待ち構えていたかのような。
「〈風の精霊〉よ、あの敵を狙え!」
エリーは〈風球〉に小石を封じ込め、投げつけた。即座に対応し、陰に隠れる。
またこの手合いか。どうも敵兵士の熟練度にムラがある。
「お前は何者だ。この村のなんだ?」
エリーは無視して、再び〈風弾〉を撃ち込んだ。
「喋った方が身の為だぞ、悪魔め」
別の方角から声がした。
建物の中から人間が二人出てきた。
「ターニャ……」
出てきたのは、敵の大将とターニャだった。大将は、ターニャの首筋に短剣の刃を当てている。
「この小娘から、大分聞かせてもらったぞ。やはり、お前らはグルだったんだな」
「違うわ! あの竜とは全く関係ないの!」
ターニャが叫ぶ。
大将は怒りに震え、ターニャの髪を引っ張った。
「きゃ!」
「うるさい! 黙れ! お前らが卑劣な罠をかけたことはわかっているんだ! でなければ、俺たちが負けないはずはない!」
ああ、やはり狂っている。奴を殺さないと、終わらない。
エリーは悩んだ。
残りの〈風弾〉は五発。精密射撃は、エリーの得意とする所だ。人体構造にも詳しいので、一撃死も狙える。
しかし、万が一の事があってはいけない。
さらに気になるのは、ロイの存在だ。
エリーと関わりのある人間は、エリクとロイとターニャである。奴がターニャを人質として使うということは、その事を知っているはずだ。
なのに、この場にロイがいない。どこかに隠れているか、気配を殺して忍んでいるか、だろうか。
「彼女を離せ」
奴は唇をニヤリと歪めた。
「ほう、やはり、お前たちはグルであると認めたな。魔物を使って、我が国を侵略していたんだ!」
「あたしは、お前たちの土地に入った事はない」
「嘘をつけ! 獣が人間様の領土について、知るわけがなかろうが!」
「少なくとも、あたしは知っている」
「ほう! だが国境近くの村人は、お前が空を飛んでいるのを見かけたと言っていたぞ!」
嘘だ、と言い切れないところが歯がゆい。
記憶が、曖昧な時期もあったのだから。
「村長はどうした」
「さて、どうしたかなあ。まだ生きているんじゃないかなあ。見せしめは必要だろう」
ゲヘゲヘと奴は笑った。
奴は、どうも他国の人間をどうでもいいと思っているかのようだ。
「この女も奴隷にして、死ぬまで働かせてやるよ」
南の国では、奴隷制度がまだ生きているらしい。ただ、エリーの知っている奴隷制度とは違う。他国の人間をさらってくるような物ではない。それにこの国では、すでに奴隷制度はない。
そこまで考えて、エリーはハタと気がついた。
これは挑発だ。
感情に我を忘れて、ヘマを打った事がすでに伝わっているのだろう。
だが残念ながら、エリク達が関わっている限り、エリーは人間でいられる。挑発には乗らない。
「この村の人間達は何もしていない。だからこれ以上、危害を加えるな」




