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名もなき魔術師の一生  作者: きゅえる
【3章】
69/106

【72】エリーのお料理教室(3)

 【13】


 白竜エリーは、背中にエリクを乗せて、イステル村の上空にたどり着いた。

 建物が燃えている。村全体が戦場と化していた。村人たちは立てこもっているようだ。

 村人全ては、助けられない。エリーは即断した。

 

「エリクっち、二人のいる納屋はどこ!」

「あそこ!」

「しっかり捕まってて!」


 エリーは急降下していく。

 狙いは、兵士が集まっている広場だ。地面が近づいた所で〈風の中位精霊(エアリアル)〉に命令し、急制動をかけた。

 強烈な重圧がかかる。エリクが滑り落ちそうになり、エリーが風で支える。

 地上に爆風が吹き荒れ、外国兵士をなぎ倒した。


「竜だ!」


 エリーの元に来たことのある兵士がいるようだ。瞬く間に恐慌状態に陥った。


『〈風の精霊(シルフェ)〉よ、石を拾って〈|風球〉に閉じ込めろ!』


 思念で精霊を呼び出す。約20の〈風球〉が周囲に出現した。その球の核に石を封じ込める。

 無謀な兵士が〈横刃付き槍(ハルバード)〉を構えて、エリーに突撃してきた。

 エリーは前足で跳ね飛ばす。槍は折れ、兵士が宙高く舞い上がった。近くの屋根の上に落ち、動かなくなった。

 連携のない動きなど、怖くない。

 そのままエリーは、兵士が固まっている所に〈風球〉を叩き込んだ。風の力で、石が加速する。


「ぎゃっ」


 野太い悲鳴を上げ、鎧がめり込む。倒れる。運良く当たらなかった兵士は、物陰に隠れた。

 エリーは弾を使い果たした。

 その時、尻に痛みが走る。

 首をねじって背後を見る。兵士が槍が突き刺していた。エリーの鱗が割れ、血が流れている。


「ギャオオォ!」


 エリーは吼えた。

 怒りに震え、尻尾を振り回す。兵士を叩きつけ、なぎ倒す。さらに体を反転させ、残りの敵に狙いをつけた。


『〈風の精霊〉よ! 弾の補充だ!』


 再び〈風球〉を出現する。村ごと吹き飛ばしたい衝動に耐えて、一人ずつ兵士を狙い撃つ。


「後ろだ! 後ろを狙え!」


 敵の声がエリーの耳に届く。

 途端に敵が立ち直り、連携をとり始めた。

 敵は、物陰に隠れて〈風球〉をやり過ごし、背後に回り、槍を突き刺そうとしてくる。


「エリー!」


 首にしがみつくエリクが、警告の声を飛ばす。

 その時、矢がエリーの首に飛んできた。しかし〈風の中位精霊〉による〈矢除け〉の作用で跳ね返す。


「〈狙撃兵(スナイパー)〉か!」


 矢の飛んできた方向を見れば、屋根の上に動く者がいた。〈弓銃(ボウガン)〉でこちらの頭を狙っている。

 風の防御壁があるとは言え、絶対ではない。エリクの身に何かあってはならない。

 エリーは三発ほど〈狙撃手〉を狙う。しかし、うまく物陰に隠れてなかなか当たらない。

 ダメだ。

 〈風球〉の射撃だけでは、限界がある。何か敵の動きを止める方法を考えなくてはならない。

 〈地の精霊〉で地形を変えるのは無理だ。敵が近すぎて、魔法が発動しない。それに村の建物を巻き込むのも怖い。


「エリー! 来てるよ!」


 気を抜いた瞬間に、背後から槍を突き刺そうとしてくる。まったくもって、やりにくい。

 物陰から出てきた敵を〈風球〉で狙う。すぐに隠れてしまい、なかなか当たらない。

 〈火の精霊〉もダメだ。人より、建物が燃える。

 〈水の精霊〉も厳しい。水寄せに時間がかかるし、〈水球〉の扱いにも慣れていない。


「また来る!」


 矢が飛んで来た。

 目ざわりだ。

 怒りがふつふつと湧き上がってくる。

 ダメだ。感情を操作しきれない。


『〈地の精霊(ノーム)〉よ! 大地を練り上げ、弾を作れ!』


 先ほどの石より巨大で硬い〈粘土球(クレイボール)〉を15弾、形成する。

 背後から、また敵兵士が襲って来た。


「グルルルル……」


 エリーは振り向き突進した。

 前足で敵をなぎ払う。

 だが目測を誤り、外した。

 その隙をついて、敵が槍を投げてきた。〈矢除け〉で防ぎ切れず、前足の肘に命中する。


『〈風の精霊〉よ! 前方の障害物ごと、撃ち殺せ!』


 エリーは〈粘土球〉を風に乗せ、全弾を撃ち出す。

 まず、槍を投げた兵士を撃ち潰した。地面がめり込み〈粘土球〉が粉々に砕ける。

 そして、家を盾にしていた数人の兵士を、障害物ごと貫通し、吹き飛ばした。

 家は半壊した。


「エリー!」


 エリクの叱責が飛ぶ。

 エリーは我に返った。

 今、自分が何をしたのか。

 あの家の中に、誰か村人がいたかもしれない。

 感情が急速に冷えていく。

 そんな心理におかまいなく、再び矢が飛んできた。

 飛んで来た方向に目を向けるが、誰もいない。既に隠れている。しかも、移動しながら狙撃してくるので、的が絞れない。

 このままだと、手も足も出ない。

 考えろ。

 建物を壊さない方法を。

 考えろ。

 村人に被害を出さない方法を。


「エリー、どうしたの!」


 魔法の弾が補充されない事に疑念をいだいたエリクが、声をかけてきた。

 声。


「動きが鈍ったぞ! 今だ、取り囲め!」


 兵士が全方位から声をあげて、一斉に襲ってきた。

 声。

 見れば、最初より人数が増えている。戦っている間に応援を呼ばれたらしい。

 声。


 !


 エリーは、急いで〈名もなき魔術師〉を記憶を探り、目的の記憶を呼び出す。

 そして詠唱する。


『汝は、風の合間にさまよう者。水の合間にさまよう者。我は、汝の姿をここに示す。その本質は波動。風を伝う波動。水を伝う波動。今ここに契約す。汝は〈音の精霊(エコー)〉。そして、我が召喚に応じよ!』


 エリーは、何かが呼び出されるのを感じた。

 成功だ。


「エリクっち。耳を塞いで」

「え」


 返事を待たずに〈音の精霊〉を発動させる。


「ォォォオオオ!」


 エリーは吼えた。

 地の底から響かせるように。

 ひれ伏せ、と威圧するように。

 自分が、最強の王者である事を知らしめるように。

 そして〈音の精霊〉で増幅させていく。

 今まさに、突き刺そうとしていた兵士は、泡を吹いて、その場に倒れた。屋根の上に居た〈狙撃兵〉は、足を踏み外して落下した。建物のそばのタルが、ひび割れて壊れた。

 効果を確認したエリーは、首をねじって背後の兵士を狙う。

 半分は倒れていた。残りの兜を被っていない兵士たちが、槍を捨て、耳に指を入れて耐えていた。

 トドメを刺すべく、さらに顔を近づけて〈竜の咆哮ドラゴニックハウリング〉を強めていく。

 兵士たちは顔を歪め、ついに倒れる。

 エリーは、倒れた敵から、踏み潰していった。一応、服装を見て、村人でない事を確認しておく。

 ついに息が途切れた。

 〈竜の咆哮〉が止まる。


「コフー、コフー。ガフッ、ゴフッ!」


 エリーは、口から血を吐いた。

 辺りを見回す。

 今のところ、立ち上がる者はいない。

 さらに足を進め、残った兵士を踏み殺していく。


「ゴフッ……エリクっち、生きてる?」

「な、なんとか……」


 恐怖に顔を歪ませ、動けないでいる者。槍に手を伸ばそうとする者。逃げようと立ち上がろうとする者。

 皆、等しくエリーの足に潰されていった。

 やがて動く者はいなくなった。


「ほとんど片付けたかな、ガフッ」


 喉奥から血が登ってくるのが、止まらない。


「うん、みんなやっつけちゃった」

「もう、降りても平気だと思う。さあ、降りてね」


 エリーは首を下げ、降りるように促した。

 エリクは器用に、首、肩、前足と伝って、地面に降りる。


「さあ納屋に行って、二人を助けに行くんだ。ここで見守っているから」

「うん」


 エリクは〈巨神の短剣(ティターンダガー)〉を抜き放つ。


「ありがとう!」


 エリクは、納屋に向かって駆けていった。

 エリーは、その様子を見守りながら、今後の事を考え始めた。

 既に敵の主力部隊は片付けた。後は残党狩りだ。〈竜の咆哮〉があれば、大抵の兵士は無力化できるだろう。

 ただ、それには村人達の協力が不可欠だ。狭い場所や家の中では、エリーの力が強すぎる。だから、ロイとターニャを確保した後は、三人に村人を説得してもらわねばならない。魔法に関する忌避感が、どの程度のものかわからない。が、やるしかない。

 また、気になるのは敵の司令官だ。

 一度、顔合わせしたが、村に来てからはまだ会っていない。一人一人、服装と顔を確認しながら殺したので、間違いないはずだ。

 奴はやたら、正義という大義名分にこだわっていた。いきなり豹変したのは、村の人間が奴を拒絶したからだろうと思われる。正義を拒絶したから、村人は悪という思考なのだろう。

 はっきり言えば、奴は狂っている。何をするかわからない。一刻も早く見つけ出して、殺さなければならない。


「エリー!」


 エリクが急いで戻ってきた。

 一人で。


「どうした!」

「それが、ロイもターニャも居ないんだ!」

「なんだって!」


 エリーの計画が、根底からひっくり返された。

 計画をもう一度練り直す。エリクには最低でも、村の生存者を探してもらわなければならない。そうすると、エリーがついて回るわけにはいかない。村人の説得には諦める他ない。


「エリクっちは、村人の救助を優先しろ」

「エリーは!」

「空から敵の残党を探して、狩る」

「そんな! それだと」


 わかっている。

 それだと、村人から攻撃される可能性がある。

 だから、エリクの言葉を遮った。


「それは君が心配する事じゃない! 今は村人達を団結させることが重要だ! だがそれは、君にしかできない事なんだ!」

「エリー……」

「故郷や家族は大事にしろ! たとえ、どうしようもなく喧嘩別れしてもだ! それが君の起源だから! 故郷や親兄弟を見失えば、己を見失う! このことを絶対に忘れるな!」


 エリクは、何かを言いたそうにしていた。しかしエリーの剣幕に押され、口を閉じた。

 エリーは、反論がないことを確認して、翼を広げる。


「ゴホッ」


 さっきからずっと、喉奥から湧き出る血が止まらない。肺を痛めてしまったようだ。それになんだか、息が苦しい。


『〈風の中位精霊(エアリアル)〉よ、我が翼にもう一度、羽ばたく力を』


 精霊に思念で呼びかける。

 風が徐々に強くなっていく。翼に風を受け、少しずつ浮いていく。そして、周囲の建物に被害が受けない程度の高さになると、大きく羽ばたく。

 エリーは空高く舞い上がった。


 【14】


 上空から村全体を見渡す。

 敵らしき団体が、あちこちに散在している。恐らく、どこかの家に敵の大将がいる。どちらにしても、空からはわからない。手当り次第に制圧するしかない。

 エリーは近くの敵に狙いを定め、急降下した。

 戦場の状態を分析していく。

 一際大きい建物を、敵が集団で襲っているのがわかる。建物の入り口は雑多な物が積み上げられ、中からは石を投げて敵を牽制しているようだ。先ほどの反省を生かし、敵の後ろ側に着陸した。


「化け物が来た!」

「やっぱり騙していたな!」

「この悪魔めが!」

「正義は我にあり!」


 兵士達が、聞くに耐えない罵倒を繰り返す。

 こいつらも頭がおかしい。

 今すぐ黙らせろ。


『〈音の精霊〉よ、我が怒りの声を増幅せよ』


 エリーは大きく息を吸った。

 やはり息が苦しい。速く呼吸しても、楽にならない。


「ォォォオオオ!」


 声にならない爆音が、辺りに響き渡る。

 あっという間に、敵がバタバタと倒れていった。エリーは手前から順番に踏み潰していく。しかし、何人か〈竜の咆哮〉に耐え、逃げ出そうとしていた。

 逃がしてたまるか!

 エリーは風を操って空を飛び、敵の逃げる方向に先回りした。


「うああぁぁ!」


 敵は情けない声をあげて、その場に立ち止まり、尻餅をついた。


「た、助けてくれ! あ、悪魔は命乞いをするものには殺さないんだろ! こ、この通り、魂を売るから、殺さないでくれ!」


 踏み潰した。


 反吐が出る。

 感情が収まらない。

 その周囲にいた者も、まとめて押し倒し、爪で引き裂く。

 そして、だいだい敵を殺したのを確認して、再び上空へ飛び上がっていく。

 

「ゴホホッ」


 本格的に息が苦しくなってきた。もう、長くないかもしれない。

 次の標的を定める。

 今度は、もうもうと煙を放っている建物に向かう。


 【15】


 次の戦場は、敵の数が少ないものの、兵士達が火を放っていた。

 敵が一箇所に固まっていないので、〈竜の咆哮〉の効果も良くないだろう。しかし、火を消す為にも、ここを第二の目的地とした。

 エリーは着陸すると、すぐに思念で魔法の詠唱を始める。


『大気に混じる〈水の中位精霊〉よ。我は命ずる。地下水脈を探り当て、引き出せ』


 エリーの存在に気がついた敵兵士が、火矢を放ってきた。


『〈風の精霊〉よ、あの火矢を絡め取れ』


 エリーは風を精密に操り、火矢を巻き取って空中に押しとどめた。

 そして風圧を高め、高速で撃ち返す。


「そのままそっくり返してやる。ゴホッ」


 火矢は〈射手〉の頭を貫いた。そのまま、声もあげずに絶命した。

 エリーは、地面から水の染み出す音が聞こえた。ピシリと音を立てて、地面から水が吹き出した。


『〈水の中位精霊〉よ。周囲の燃えている建物に〈恵みの雨(マーシーレイン)〉を降らせろ』


 空高く舞い上がった噴水は、周囲の建物に降り注いだ。水が日の光を反射し、虹がキラキラと輝いた。

 火が完全に消えるのに、時間がかかる。

 エリーは近くを動き回り、敵を見つけ次第、撃ち殺した。十人以上倒したところで、ようやく火の手が収まった。

 そのことを確認してから、エリーは次の戦場に向かう。


 【16】


 空から眺めていると、奇妙な動きをしている敵に気がついた。村を襲うでもなく、ただ警戒し、巡回しているだけだ。

 ひょっとしたら、敵の大将がいる場所かもしれない。

 エリーはそう予想を立てて、その中央に舞い降りた。


「来たぞ!」


 敵が叫んだ。

 その言葉に嫌なものを感じる。

 まるで待ち構えていたかのような。


「〈風の精霊〉よ、あの敵を狙え!」


 エリーは〈風球〉に小石を封じ込め、投げつけた。即座に対応し、陰に隠れる。

 またこの手合いか。どうも敵兵士の熟練度にムラがある。


「お前は何者だ。この村のなんだ?」


 エリーは無視して、再び〈風弾(エアーバレット)〉を撃ち込んだ。


「喋った方が身の為だぞ、悪魔め」


 別の方角から声がした。

 建物の中から人間が二人出てきた。


「ターニャ……」


 出てきたのは、敵の大将とターニャだった。大将は、ターニャの首筋に短剣の刃を当てている。


「この小娘から、大分聞かせてもらったぞ。やはり、お前らはグルだったんだな」

「違うわ! あの竜とは全く関係ないの!」


 ターニャが叫ぶ。

 大将は怒りに震え、ターニャの髪を引っ張った。


「きゃ!」

「うるさい! 黙れ! お前らが卑劣な罠をかけたことはわかっているんだ! でなければ、俺たちが負けないはずはない!」


 ああ、やはり狂っている。奴を殺さないと、終わらない。

 エリーは悩んだ。

 残りの〈風弾〉は五発。精密射撃は、エリーの得意とする所だ。人体構造にも詳しいので、一撃死も狙える。

 しかし、万が一の事があってはいけない。

 さらに気になるのは、ロイの存在だ。

 エリーと関わりのある人間は、エリクとロイとターニャである。奴がターニャを人質として使うということは、その事を知っているはずだ。

 なのに、この場にロイがいない。どこかに隠れているか、気配を殺して忍んでいるか、だろうか。


「彼女を離せ」


 奴は唇をニヤリと歪めた。


「ほう、やはり、お前たちはグルであると認めたな。魔物を使って、我が国を侵略していたんだ!」

「あたしは、お前たちの土地に入った事はない」

「嘘をつけ! 獣が人間様の領土について、知るわけがなかろうが!」

「少なくとも、あたしは知っている」

「ほう! だが国境近くの村人は、お前が空を飛んでいるのを見かけたと言っていたぞ!」


 嘘だ、と言い切れないところが歯がゆい。

 記憶が、曖昧な時期もあったのだから。


「村長はどうした」

「さて、どうしたかなあ。まだ生きているんじゃないかなあ。見せしめは必要だろう」


 ゲヘゲヘと奴は笑った。

 奴は、どうも他国の人間をどうでもいいと思っているかのようだ。


「この女も奴隷にして、死ぬまで働かせてやるよ」


 南の国では、奴隷制度がまだ生きているらしい。ただ、エリーの知っている奴隷制度とは違う。他国の人間をさらってくるような物ではない。それにこの国では、すでに奴隷制度はない。

 そこまで考えて、エリーはハタと気がついた。

 これは挑発だ。

 感情に我を忘れて、ヘマを打った事がすでに伝わっているのだろう。

 だが残念ながら、エリク達が関わっている限り、エリーは人間でいられる。挑発には乗らない。


「この村の人間達は何もしていない。だからこれ以上、危害を加えるな」

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