【63】25歳モニカ、動き出す(3)
【12】
〈不死生物の洞窟〉と名付けられたダンジョンがある。
それは、フルスベルグの川に沿って、東南に向かい、半日ほどかけた山の中腹に存在する。歴史は古く、200年以上前から存在することが歴史書に記されている。
また、他のモノとは異なり、最下層まで到達しても、ダンジョンを管理する魔法陣が存在しない。そして、たまに入り口が移動することが知られている。
中には、多数の罠、そして永遠に減らない魔物たちが蠢く為、昔の人々はむやみに攻略するより、監視する道を選んだ。
しかし、ミヒェル〈組合長〉の代になると、逆に修行場として珍重された。東支部に所属していた冒険者なら、誰でも必ず一回は訪れる、馴染み深い場所となった。
「懐かしいな……」
モニカは〈飛翔〉の魔法を使って、三階層にある〈水晶の泉〉に辿り着いた。縦穴によって、外と直接繋がっている泉だ。
昔の記憶と全く変わらなかった。
波一つ立たない湖面。周りの岩壁からは、綺麗な水晶が析出している。
辺りを見回しても、動く生き物は一つもない。
ここで、エリーを洗濯したんだっけな……。
……。
モニカは、頭を振った。
気を取り直して、ブローチに魔力を込める。
そして〈転移門〉が口を開き、中からハインツ、コル、他に3人の仲間が飛び出してきた。
「わあ、懐かしいー」
「俺は、ここがなければ多分、試験に落ちてたんだよなあ」
「この泉、実は魚がいるんだぜ」
仲間たちが思い思いに見回し、感想を述べた。
やはり、誰も彼もここには何かしらの想いがあるのだろう。懐かしそうな顔をしていた。
「モニカお姉様、モニカお姉様」
珍しくコルが、モニカの裾を引っ張った。
「コルちゃん、何?」
もうすぐ19歳になるコルが、歳に似合わずモジモジしていた。
その時、ハインツが皆に指示を飛ばした。
「時間もあまり無い。さっさと行こう」
言葉に従って、全員がハインツの後ろについていく。
モニカも行こうとしたが、コルが言おうとした事が気になった。二歩ほど歩いて、足が止まり、振り向いた。
「あの、手を握っていてもらえますか?」
コルはスッと手を差し伸べてきた。モニカは驚いたが、気を取り直して彼女の手を握った。
「私はずっと、モニカお姉様のそばに居ます」
思わずコルの顔を見上げた。その顔には、凛々しい表情が張り付いていた。
……やられた。
先ほどの心情を見抜かれていたようだ。
モニカは、コルの手を強く握り返す。
「コルちゃん……ありがとう」
コルもまた、モニカの手を強く握り返した。
【13】
冒険者クラスCとクラスDの編成隊は、3階層から5階層の敵を、圧倒的な強さで蹴散らした。
その過程でモニカが感心したのは、仲間の一人が使う〈地図記憶〉の魔法だった。空中に輝く地図を浮かべて、的確に味方を誘導していく。
気になったので思い切って尋ねてみた。
「あの、すいません。これって〈光の精霊〉ですよね?」
「ああ、そうだよ」
地図を浮かべている男は、白い歯を見せて軽く笑った。随分と軽い感じの男だ。どうやら、教えてくれそうだ。
「どうやってやるんですか?」
「〈光の中位精霊〉の力を借りるんだ」
モニカの頭に閃くモノがあった。
「あ、そうか!」
「ふうん、すぐに気がついたみたいだね。説明いる?」
「いえ、もう大丈夫です。ありがとうございました」
「どう致しまして」
男が感心したように頷いた。
モニカは人差し指を口に咥えて、考えを整理する。
簡単な話だった。
精霊は中級になると、自我を持つ。簡単な記録ぐらいなら、やってもらえるのだろう。ついでに光源にもなる。
それから、モニカは胸をときめかせた。
次の契約は〈光の中位精霊〉にしよう。それ以外にも〈風の中位精霊〉にも似たことはできないだろうか。何か新しい魔法を作り出せるかもしれない。
そういったあれこれに思いを馳せつつ、皆の後ろをついていく。
「よし、ここからが本番だぞ」
「あいたっ!」
頭に何かが当たった。
モニカは、おでこをさすりながら周りを見た。どうやら、前の人の背中に頭をぶつけたらしい。
隊列の先頭では、ハインツが階段を前にして、変な顔でモニカを見つめていた。
「……大丈夫か?」
「すいません、すいません」
モニカは、耳を真っ赤にして謝った。
言い訳するならば、皆が雑魚を蹴散らしていたので出番がなかった。あまりに退屈だったので、妄想を膨らませていたのが、裏目に出た。
と、そんなことが言えるわけが無い。
まずい。これでは変な人だと思われてしまう。
「あ、あ、あの……」
「とにかく、ここからが本番だ。モニカは〈水の精霊〉の召喚の準備を頼む」
「は、はいー! ……え?」
モニカは目が点になった。ここで水の操作は危険だったはずだ。伏流水が豊富すぎて、操作しきれずに水没する危険性があるから。
「モニカ、本当に大丈夫か?」
「だ、大丈夫です。……それで〈水の精霊〉……ですか?」
「そうだ、降りた所に地下湖がある。そこで召喚するといいだろう」
モニカは胸をなでおろした。水が既に湧き出ているなら、操作はかなり楽になる。
「わかりました」
モニカ達は、ついに第6階層に足を踏み入れる。
【14】
第6階層に降りて行くと、ゴーッという音が聞こえてきた。そして、空気の湿り気が強くなる。ひんやりして、やや肌寒くなっていく。
階段を降りると、すぐ左手に大きな地下湖が姿を現した。そこに、上から滝が流れ落ちている。
「すごーい!」
仲間の一人が、水の音に負けないように声を張り上げた。もう一人が何かを言ったが、モニカには聞こえなかった。
「それじゃあ、頼むぞ!」
モニカは早速、召喚の準備に入った。体内の魔力を循環させ、大きな声で張り上げる。
「〈水の精霊〉よ! 我が求めに応じて、姿を現せ!」
湖から、15個の水球が飛び出した。そして、モニカの周囲に浮かぶ。
召喚はしてみたものの、出番はあるのだろうか。ここに出現する〈不死生物〉は、どれも水に耐性がある。
「ハインツさん! これ、どうすればいいんですか?」
「すぐに分かる!」
ハインツが叫ぶや否や、彼は戦闘体制に入った。
何事かと思い、ハインツの視線を追ってみる。
敵だ。
湖面に、女性の形をした水が、数人立っている。さらにその周囲に、数えきれないほどの水球が浮かんでいた。
「〈狂える水の精霊〉だ、来るぞ!」
間髪いれずに、実体化した〈水の精霊〉が襲いかかってきた。水球の雨が仲間に降り注ぐ。
「〈水の精霊〉! あの水球の支配権を奪え!」
モニカは、水球の支配権を奪いにいく。
パンパンと音を立てて水球が弾ける。パシャパシャと地面や湖に落ちた。水飛沫がモニカの頬を濡らす。
「〈植物の精霊〉よ! 壁を作れ!」
仲間の一人が種を蒔いた。あっという間に、種から芽を出て、ツタが網目状に広がって行く。〈蔓の網〉が出来上がる。
「水の付与を頼む!」
ハインツが、網の隙間から弓で狙いをつけていた。
すかさず、モニカは〈水の精霊〉に命令した。矢に〈水属性付与〉をかける。矢じりに乗り移った精霊には、水と接触すれば激しく干渉せよという指示を吹き込んだ。
矢の先が、淡く輝き出す。
「シッ!」
魔法がかかったのを確認したハインツは、掛け声と共に矢を飛ばす。
一番近くに居た〈狂える水の精霊〉の眉間を貫いた。
彼女は、顔に大きな穴が開く。そのまま全身が震えたかと思うと、割れるように人の形が崩れ落ちた。
他の精霊たちが騒ぎ出す。
「〈植物の精霊〉よ! 水を中和しろ!」
〈蔓の網〉からツタの触手が生えた。触手は水面を走り、精霊たちに向かって伸びていく。
しかし、触手の末端はブヨブヨに膨れ上がり、腐って溶けた。〈狂える水の精霊〉に反撃されたようだ。
「また来るぞ!」
誰かの声。再び、水球の弾丸が飛んでくる。
モニカは水球の支配権を奪おうとする。しかし、その作業は妨害された。
「きゃああああ!」
〈蔓の網〉に何かがドスドスと突き刺さった。水球の中に何かがいる。
魚だ。
体全体が細長く、上唇が針のように伸びている。〈剣魚〉と呼ばれる魚だ。
モニカは、仲間の悲鳴に目を向けた。女性のわき腹に〈剣魚〉が突き刺さっていた。顔がやや青白い。
「動くなよ!」
仲間の一人が、目に止まらぬ速さで〈剣魚〉を一刀両断した。それでも動き続け、わき腹をえぐり続ける。
ただの〈剣魚〉ではなかった。〈不死の剣魚〉だ。服が血で滲んでいく。
「モニカお姉様は、防御に専念して下さい!」
コルが、モニカの横を走っていく。
モニカは〈狂える水の精霊〉に目を向けた。再び、水球の発射準備に入っている。人差し指を咥え、思案した。
時間はない。
考えろ。
水球の核となっている〈剣魚〉のせいで、支配権の奪取が難しい。ただ、こちらの水球を直接ぶつければ、相殺はできるかもしれない。
いや、だめだ。
基本的に、水球の数で劣るこちらが、押し負ける。別の方法を考えなくては。
〈蔓の網〉を補強する手はどうだろうか。今、召喚している〈水の精霊〉を、網の隙間に埋
「来たぞ!」
モニカは、反射的に水球を動かした。網の間に薄い水の膜を張っていく。
激しい水の音と突き刺さる音が〈蔓の網〉を震わせた。なんとか水を弾くことには成功した。それでも、水を剥がされた〈剣魚〉が、何匹か貫いてきた。
それを、待ち構えていた仲間が、剣の平刃で叩き潰す。
怪我人は出なかった。
「嬢ちゃん、良い判断だ!」
モニカは、軽い笑顔で返した。そして、すぐに思考を切り替える。
〈水の精霊〉だけでは駄目だ。もっと強固な壁が必要だ。他の精霊を使う必要がある。
「〈地の精霊〉よ! 我が求めに応じよ!」
背後の土がパラパラと動き出した。土の欠片は、塊となって土球を形成していく。最終的に土球が15個モニカの周りに浮かんだ。
「そのまま〈蔓の網〉を補強しろ!」
モニカの言葉に従って、土球が網を飛び込んで、隙間を埋めていく。
その間にも、再び〈剣魚〉入りの水球が飛んでくる。モニカは。そして先ほどと同じように〈水の壁〉を形成して対処していく。
何度かの攻撃を受けていくうちに、ついに〈土の壁〉が完成した。これで多少の物理攻撃にもびくともしなくなった。
「良くやった!」
コル達の方を見れば、わき腹を刺された女性は既に回復していた。モニカに笑顔を向けてきた。
「ありがとう。助かったわ」
「いえ……」
モニカは褒められることに、気恥ずかしさを感じた。思わず顔を背ける。ハインツの方を見ると、順調に敵の数を減らしているようだ。
しばらくすると、彼は弓を片付けた。そして、モニカ達に顔を向ける。
「あらかた片付けたぞ。残りは逃げていった」
モニカ達は、ほっと胸を投げ下ろした。
【15】
6階層の探索を開始した。
この階層は、とても入り組んでいる。立体的な地形である上、地下を流れる川が行く手を阻む。
「モニカ、また頼むぞ」
ハインツに言われて、モニカは〈水の精霊〉に指示を飛ばす。行く手を遮る川が堰き止めた。
「さあ、急ぐぞ」
大急ぎで川を渡る。モニカは、全員を渡りきったのを確認してから、元に戻す。貯まった水が濁流となって流れていく。激しい音がモニカの耳をついた。
一行は再び、黙々と歩き出す。
湿り気を帯びた空気に、モニカは段々と辟易しはじめた。
すると、後ろを歩いていた女性が話しかけてきた。
「えーと、モニカさん?」
「はい、何でしょう」
モニカは、後ろを振り向く事もせず、歩きながら返事をする。
「いくつ、精霊を使役できるんですか?」
「えーと、四大精霊と、音と光の6つですね」
「へえ! すごい!」
「いえ、そんな……」
何となくこそばゆい。
「そんなに使える人は、私は知りませんわ」
「そうなんですか?」
「ええ、私も二つしか使えませんし。契約の儀式が難しくて。一体、どこの学院で学ばれたんですか?」
「いえ、独学ですけど……?」
「え?」
女性の歩みが止まるのが聞こえた。モニカも足を止め、振り向いた。
「冗談でしょう? 師匠は流石にいるはずです」
「師匠は故郷の村に居ました。ですが、教わったのは基礎ぐらいでしょうか」
「ええ?」
女性は我に返ったのか、再び歩き出した。モニカも歩き出す。
「では、本当に?」
「はい」
イル先生からは、主に薬の調合と〈魔法具〉の作成について学んだが、魔法そのものについては教わっていない。
「一体、どうやって?」
「主に図書館でしょうか。早いうちから運良く仕事に有りつけたんです。そこで沢山、読ませてもらえました」
「苦労したんですね……」
女性は、哀れむような口ぶりだった。そうは言われても、モニカには苦労した実感がない。生きる為に必要なことをしただけだ。
逆に、学院というものがどんなものかが気になった。
「学院というのは、どんな所ですか?」
「そうですね。今から思えば楽しい所でした。友達も沢山できますし」
「へえ……」
モニカは、友達が沢山いる自分というのが想像できなかった。モニカには、姉代わりだったエリーさえいれば、それで充分だった。
今はモニカが、コルの姉代わりだ。今から思えば、当時のエリーの気持ちがよく分かる。お互い、精神的に依存していた所があった。
「色んな専門の先生が代わる代わる教えてくれました。でも、実際身につくのは2つか3つでしたね。そうなると、専門の科に進み、深く学ぶことになります」
「そうなんですか……」
少し、羨ましかった。
6つの精霊を操作できる、と言えば聞こえはいい。しかし、一つ一つの精霊の扱いはどうしても軽くなってしまう。だから、風を除いて、今だに下級の精霊しか使役できない。
「その後は卒業となります。その後の道は色々ですね。〈魔術師組合〉に入って、さらに研究する人もいますが、大抵は街で職につきます。貴族や市民の方は、親の後を継ぐ人も多かったみたいです」
「ふうん……」
背後を歩く女性が、どうして〈冒険者組合〉に入ったか、興味が湧いてきた。
モニカは、口を開こうとした。
「話はそこまでだ。何かがいる」
ハインツの警告が飛ぶ。
【16】
岩陰に、何か黒いモノが張り付いている。
男が光球が投げ込むと、全貌が露わになった。
水辺の岩に吸盤を張り付かせ、細長い棒状の体に、長い触手を持つ、軟体生物が群れをなしていた。全身がやや緑がかっている。水流にその触手をたなびかせているが、時折、大きく跳ねる。〈触手虫〉と呼ばれる生き物だ。
「これは……?」
「どうも、原始的な生物みたいだな。ここまで大きいのも珍しいが。不死化していると厄介だぜ」
「今のところ大人しいですし、そっと通り過ぎるのも手かと思います」
「そうだな」
ハインツは、出来るだけ離れるように壁際に沿って、歩きはじめた。モニカ達も同じように、ゆっくりと足を進める。
モニカは〈触手虫〉をよく観察した。
何本もの触手が、うねうねと動くのが見える。目らしき器官はなさそうだ。とすれば、音か振動に反応するのだろうか。
「なんだか気持ち悪いです」
後ろで壁に張り付いていたコルが、不愉快そうな顔で呟いた。
「そうね」
モニカも同意する。触手だけならまだしても、毒々しい緑色なのが頂けない。
慎重に歩み進めた結果、無事に〈触手虫〉の通路をくぐり抜けることができた。
誰かが、一息ついた。
「襲ってくるかもしれないと、凄く緊張しました」
「そうね」
「そうだな。だが敵意がないのに、無闇に攻撃を仕掛けたら、それは戦闘狂だ」
ハインツは、妙に実感を込もった発言をした。モニカが思い当たるのは、アプト村で戦ったフェリクスとかいう男だ。多少の因縁がある、という話も聞いた。
「お、階段を見つけたぞ」
ハインツは、前方を指差す。モニカが覗き込むと、言葉通り、下り階段が見える。
この階層を全て探索したわけではないが、今回の目的は最下層にたどり着くことだ。
モニカ達はハインツの決断の結果、第7階層に向かって、階段を降りていく。




