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名もなき魔術師の一生  作者: きゅえる
【1章】
6/106

【06】19歳モニカ、無駄足を踏む

【Ⅰ】


 あれから三日後、モニカ、エリー、イルの三人はフルスベルグ東門の正門前に立っていた。急ぎとは言え即日出発ではなかったのは、準備が必要だと判断したからである。


 エリーは所持する長剣を綿密な手入れをする為に鉄物屋に預けたし、弓は糸がほつれかけていて質が良くなかったのを買い換えて貼り直しをした。後、これはモニカが凄く主張したことではあるが遠い海の町で取れるという海豚(いるか)の皮から作ったという手袋を購入し身につけていた。また、モニカは特にメンテナンスが必要な物はなかったが服の破れた部分を修繕(しゅうぜん)してもらっている。


 エリーとモニカが門前についた時には既にイルが待っていた。


「イルさんすいません。お待たせしました。」

「あら、私も今来たばかりよ。それに老人というものは待つのに慣れているし、それに今日という日を楽しみにするあまりちょっぴり少し早く来てしまったの。だから貴方たちには気にすることはないわ。」

「す、すいません……。ほらエリーが今朝の準備に手間取るからー。」

「そんな事言ったって、ブーツが思ってたより汚れてたんだから仕方がないだろー。」

「どうせ街の外に出るんだから、そんなの気にしなくていいのにー。」

「そんなことイルさんのいる前で言わなくていいだろー。」

「あ……。すいません……。」

 モニカはイルに向かって素直に謝る。

「ふふ、大丈夫。お気にせず。」


 改めて見ると、待ち合わせ場所に居たイルはゆったりとしたフード付きの若草色の外套を着ていた。フードを被ってるのはなんのことはない、ただの日除けらしい。そのフードの下には基本的な冒険者グッズが詰め込まれているようだ。


「ふふ、貴方たちもお肌には気をつけなさい?」


 一方、モニカの服装は前の服装と変わらない、やや薄手のインナーの上から、白色のゆったりとした上衣と、下は臙脂色の染料で染め抜かれたロングズロース(もんぺ)だ。ベルトには携帯用ランタンやよく使うものを素早く取り出せるクイックバックに幾つかの必需品(ひつじゅひん)が差し込まれている。肩には小さめの袋が吊り下がっている〈背嚢(バックパック)〉を身につけている。


 エリーの方は、前から身につけている、体の前面をおおう形の〈革軽装鎧(ライトレザーアーマー)〉を身につけている。肩には大きめのバックパックがついているが、それとは別に今回は財宝を完全に強奪したいと言う意図の元、さらに大きめの袋を用意しているようだ。それを見た時は最初、モニカは苦笑した。なお、これは後で聞いたことだがイルさんが言うには、重さが軽くなる魔法の袋もあるらしい。


【Ⅱ】


 お互いに準備ができたことを確認した三人は、門番に挨拶をして出発した。先ずはダンジョン近くまで街道で歩いて行き、それから道を外れ山の中腹に入るルートを予定している。隊列はエリーを先頭に後ろでモニカとイルが横に並ぶ形だ。既に60代のイルは歩きは大丈夫かと思われたが、年の割には動きが機敏(きびん)で足並みはしっかりしていてモニカは感心していた。


「最初に言っていた通り、ダンジョンはここからそんなに遠くありません。」

「ほほ、嬉しいわね。お店をあまり空けずにすみそうで。冒険というのは帰ってくるまでに数日ないしは数ヶ月かかることもあるのよ?」

「そんなに?」


 モニカはイルという人物に対してあまりよく知らない。今まで人の良さそうな人当たりなので気にはしてなかったが、これを機会に色々聞いてみようと思った。


「ところで、何故、私たちについてきたんですか?」

「私もね、昔は冒険者やってたの。だから昔の血が騒ぎ出したのよ。きっと。」

「それは、じゃあイルさんは私たちの先輩ということですね。もし良ければ、冒険者の時にあったことを教えてください。」

 先輩の話を聞きたいとせがむモニカは目がキラキラとしていた。


「そうねぇ、いろいろ言えることは一杯あるけど。良い事も悪いこともいっぱいあったわよ……。」

 そう言いながら遠い目をするイル。

「では面白い事を一つ。私の旦那(だんな)の話よ。」

「エエッ、是非ッ。」

 異常なほど食いついてきたモニカ。乙女特有の感情に微笑を返すイル。エリーもその前で聞こえないふりをしながらも実は興味津々で耳をひくつかせている、とイルは見抜いていた。

「あの人との馴れ初めは……最悪だったわ。」

 二人は沈黙で先を促す。

「あの人と私はクエストのダブルブッキングでね、かち合ってしまったの。それなのに冒険者組合(ベンチャーズギルド)は当事者同士で解決しろって。問題を起こしたのは組合(ギルド)の方なのにね。そして、あの人と私が会って最初に一言、なんて言ったんだと思う?」

 尋ねられて、面喰らったモニカは適当に言う。

「一目惚れしましたとか。」

 イルはフルフルと首を横に振って答える。

「ううん、開口一番、(あきら)めろですって。この仕事はなんとしても俺らがもらうって。なんて酷い傲慢(ごうまん)な男だと思ったわ。」

「はは、最悪だねー。」

 エリーが振り向かずに相槌を打つ。

「それでどうなったんです?」

「その勢いに押されて、怖くて首を縦に振ってしまったの。その後、宿に戻ったら悔しくって、悲しくって。少し暴れちゃった。」

 と言いながらもイルは今は平然とした顔で語る。

「でもね、その後しばらくして手紙が届いてね。」

「ダブルブッキングのことで色々謝りたいから、指定の時間、指定のお店に来てくれって。」

「それで行ったんですか?」

「ええ。今にして思えば、酷く無防備な娘だったと思う。」

「で、行ったら。あの人が言い過ぎたと頭を下げて謝ってきて。その様子に、ああ許してあげようかなと思ったら。」

 イルはニヤと意地の悪そうな笑みを浮かべて続けた。

「その後すぐにむくって立ち上がって一言。俺のチームに入れですって。」

 モニカが口を開けるもののなんていったらいいかわからず、エリーはクツクツと笑いを噛み殺しながらこう言った。

「クククク、酷いねー。」

「大分迷ったわ。当時は私も冒険者に成り立てで仲間が欲しいのは確かだったし。仲間が欲しい場合は酒場で話しかけたり、あるいは冒険者組合(ベンチャーズギルド)内で募集するなんてことも可能だったけど、どうしても踏ん切りがつかなくて。」

 エリーとモニカも自分たちももう少しすれば直面する問題であることに気が付き、少し沈黙した。

「でも、あの人は凄い強引でね、勝手に私を新メンバーとして皆に紹介してしまって引くに引けなくなっちゃって。男ばかりの集団だったのでものすごい大盛り上がりで。まあ、今にして思えば、あの時少しいい気になってたのかもしれないわ。」

「むさいのは嫌だなあー。」

「でもね、私が入った後もあの人の集団はどんどん色んなクエストをこなしていって破竹の勢いだった。そして入ってみて気がついたんだけど、彼は傲慢に振る舞うんだけど相手が傷ついたとわかると物凄く申し訳なさそうに謝るのよ。しかも私のお財布の中身まで心配してくるような心配性でもあったの。それが可愛くって可愛くって。」


 エリーとモニカは沈黙して顔が火照ってるのを感じた。その中で辛うじてモニカは答えた。

「ご、ごちそうさまです……。」


「でね確かに破竹の勢いでクエストをこなしていったんだけど、ある危険なクエストをすることになったの。そこで不幸なことに仲間を一人失ってしまった。」

 急に話が暗い方向に沈んでしまい、エリートモニカは口を出しづらくなった。


「そして本拠地に戻ってきた後、あの人、俺が悪かったんじゃないか、あそこでああしてれば助かったんじゃないか、判断を間違えたのか、と物凄く落ち込んで。」

「そんなことはない、やれることはやったんだ。あの状況では最善の判断だったんだ。今の落ち着いた状況ではそう考えられるかもしれないけど、あの時は無理だったんだからしょうがないんだ、と夜な夜な、彼を慰めていたの。」

「そうしているうちに、勢いで初夜を共に……。」


 イルはポッと顔を赤く染めて顔を隠す。

 モニカがいたたまれなくなってエリーに「助けて」と視線をエリーの後頭部に向けたら、流石野生の勘と言うべきか、その視線に振り返ってモニカに「諦めろ」と目で返事してきた。


「それ以降、あの人凄く落ち着いた感じになったんだけど。」

 イルは話を続ける。

「あの人の悪い癖ね、誰も手をつけられないような高難易度のクエストを果敢にこなしているうちに、また一人、また一人と初期メンバーは死んでいって。段々あの人笑わなくなってしまったの。最後の方になると、あの人、お前だけは、お前だけは死なせたくない、というような事と言うようになって。あの人の子供を授かったのもあってそこで私は冒険者を引退したの。」

 子供というキーワードに反応したが、モニカは口を出せずに黙っている。

「でね最後のクエストで、あの人が下半身がちぎれて瀕死の状態で帰ってきて。最後の遺言が……。」


――振り回してすまなかった。


「もうね、私笑っちゃった。最初から最後まで一貫して、強引にコトを進めてからそれから謝るの。」

 そう言いながらイルはそっと涙を拭った、ようにみえた。

「モニカちゃん。エリノールちゃん。人生の先輩からあえて偉そうに助言を言わせてもらうわ。どんな辛いことがあっても、悲しいことがあっても(くじ)けちゃダメ。それだけは忘れないでいて。」

「……はい。」

 イルの真剣な表情にモニカとエリーはただ肯定の意を口にするしかなかった。


 それからしばらくして、そんな湿っぽい空気を一刀両断(いっとうりょうだん)するかのようにエリーが口を開いた。

「もうすぐ目的地に着くよ。」


【Ⅲ】


 エリーにそう言われてみると周辺はなんとなく見覚えのある地形だった。いつの間にと思ったが、イルの昔話に気を取られていたからか。あのダンジョンの周囲は確かにこんな感じだった。木々に囲まれ所々、岩壁が露出している場所。そう、その岩壁の一つにちょうど二人通れるぐらいの洞穴がある、はずだった。


「あれ……。エリー、本当にココ?」

「うん、帰る時に木に印つけたろ。ちゃんと(しるし)はあるよ?」


 先ほどの話はまるでなかったかのようにイルも反応する。


「あらあら、不思議(ふしぎ)ね。」

「え、せっかく来てもらったのに?私だけでももう少し探してみる。」


 モニカは一人離れて探し回るつもりのようだ。エリーとイルのいる場所から離れ、行ってしまった。エリーは少しついていくかどうか少し迷ったが、結局この場に残ることにする。

 そして、後にはエリーとイルだけが残されて、なんとも言えない喋りづらい雰囲気に場が飲み込まれた。


「ここに本当にダンジョンがあったの?」

「うん、あった。間違いないよ。」

「何かの痕跡がないか調べてみるわ。せっかくここまで来たのだし、何かのヒントが欲しいじゃない。」


 そう言って、エリーが指差したところの岩壁に手を触れて撫で回しはじめた。エリーはそれに興味を示さずに木の幹に座ってボーとしていた。エリーは魔法について詳しくないから口を出しようがないのだ。しばらく時間が過ぎ、モニカが帰ってきた。


「ダメ、やっぱりない。」

 肩を落として落胆したかのようにモニカは頭を振りかぶった。そんな様子にエリーは両手の手のひらを顎に当てて顔を支えながら飄々と返事を打つ。

「残念だねー。」


「あれ?イルさんは。」

「なんか岩調べてるー。」


エリーが指さした方向に向かってモニカはザックザックと歩き出す。そしてまもなくイルが何かしているのを見つけた。


「イルさん、どうですか?」


 岩壁の肌をあちこち撫で回すイル。時折、コツコツと杖で叩くのを見かけたが、これと言った成果は得られないのか首を降ってこちらに戻ってきた。


「空振りですね。」


 勢い勇んで来てみたもののダンジョンが見つからないという思いがけもない事に三人は途方に暮れた。

「さてどうしましょう。」

「そうねえ、せっかくここまで来たわけだし……。モニカちゃん、魔法薬に興味ある?」

「魔法薬?」

「薬草を煎じて色々な飲み物にするのね。この辺には結構良い薬草が生えているの。せっかくだから摘んで帰りましょう。私は少し心得があるの。興味あるならお勉強しません?」

イルに無駄足踏ませてしまって後ろめたい気持ちがあるモニカには、そのイルの提案に飛びついた。また今後、薬草の知識は必要になってくる可能性がないとも限らないし、知的好奇心が旺盛なモニカにはまたとない機会だからというのもある。

「ええ是非。お願いします!」

「面白そう。」

 一方、エリーはというと、エリーもそこそこ興味があるそうで食いついてきた。村ではたまに村民に頼まれて薬草を採ってくることがあり、元からそれなりの知識はあるという話だった。

 それから三人はイルの指導の元、薬草だけでなく食材などを摘み続けて持参した袋が薬草や食材で埋まる頃には頃には日も傾きかけてきた。誰ともともなく「そろそろ帰ろうか」と発言し、そして3人は帰途につくことになった。


 その帰り道、申し訳なさそうにイルが口に出した。

「もし二人が良ければだけど、私の(つて)を使って調べてみましょうか?」

 未踏破のダンジョンは大抵おいしい。そこに転がっている財宝は独り占めしようとすることができるからだ。一通り蹂躙(じゅうりん)されつくしたらダンジョンはたいしたうまみを得られなくなってしまう。だがこうなってくるとそうも言ってられない。街の近くにあるダンジョンがあるという事実は逆に言えば、街に害を成す可能性が高くましてや入り口があったりなかったりという隠蔽性(いんぺいせい)の高さというのはなお、危険度(きけんど)の高さを感じさせる。

「ええ、しょうがないです。この際ですから徹底的(てっていてき)に調べてください。」

「わかったわ。何かわかったら連絡するわ。まずは私の身内で調べてみてそれでもわからなかったら〈冒険者組合(ベンチャーズギルド)〉に〈依頼(クエスト)〉を出すわ。」

「はい、お願いします。けど……お金は。」

「ああ、大丈夫よ。こういう街の危険の可能性がある情報は街が高く買ってくれるの。だからこういうクエスト依頼費は街が大抵は街が出すのね。そこから先は私に任せてもらって。この件はあなた方の手から離れるけどそれでも構わないかしら。」

「構いません。お願いします。」

 モニカは決意したかのように返事を返した。

「エリノールさん?」

「ああ、いいよ。」


 しばらく三人は黙って薄暗くなった帰り道を歩き、もうすぐフルスベルクの門がみえるという所で思い出したかのようにイルがエリーに向かって突然話しだした。

「そういえば、エリノールさん?」

 モニカもエリーも少しびっくりした。

「ああ、もうエリーでいいよ。えーと、ノルなんとかさん」

 おい。

「私も、ノルでいいわよ。」

「じゃあ、ノルピーで。」

 おい。

 モニカはノルがどんな反応を示すか少しビクビクしていたが、ノルの顔をみてもその顔はその言葉に満足したかのように微笑むだけだった。尾てい骨の辺りがムズムズするのを感じた。

 ……どこからツッコメばいいのやら。


「エリーさん。実はその〈腕輪(ブレスレット)〉のことだけど、ある程度の効果は予想がついてるの。」

 先頭を歩くエリーはそのままピクッと足を止める。前を向いているのでどんな顔をしているかはわからない。ノルは気にせずに続けた。モニカは口を出せなかったが、何故か急に二人の間の空気がヒンヤリしたものに変わるのを感じた。

「貴方、自分が知らないはずの知識が頭に浮かんだ事があるでしょう?」

 エリーはその話を聞いてなかったかのように止めた足を歩みだす。そして普段と変わらない様子で声を返してきた。

「どうかなー、確かにあれーこんなこと知ってたっけーって思うことは何度かあったけど。どうして今?」

「お店では完全に把握しきれなかったから曖昧(あいまい)なことは言えなかったの。不確かな事を言ってお客さんが不幸になったら大変ですから。だからお金も貰わなかったわけだし。だから今から言うことは私の独り言。それでいいかしら。」

 その言葉に沈黙した態度に肯定と受け取ったノルは話を続ける。

「その腕輪には、〈身分証明の金属板(IDプレート)〉と同じ仕組みが使われてるの。そしてそれは〈生命の精霊〉と繋がってる。」


 〈生命の精霊〉とは、生物が生物であることを維持しようとする精霊である。属性は「維持」「生命力」など。能力は経験上、他の精霊と比べて強力であることがわかっている。例えば〈水の精霊〉に命令して相手の血を直接抜き取って殺すなんてことはできない。〈風の精霊〉に命令して、相手の口から空気を抜き取って窒息させることもできない。そのような干渉を〈生命の精霊〉が妨害するからだ。また、精霊の属性の一つ〈生命維持〉に反した命令は受け付けない上に相手の精霊は相手が支配している為、相手に直接害を与えるのはほぼ不可能であり、せいぜい火球を直接ぶつけるかのように間接的に攻撃するのが限界である。魔法といえども万能ではないのだ。しかし、生命に直接作用する効果を得たいのなら必ず関わりを持たねばならない精霊である。


「周辺の構造からも推測して、情報と生命が直結する理由は一つ。情報と生命を結びつけることで腕輪の中の情報を直接記憶に入れるということ。にこれを作った魔術師は天才ね。情報と記憶を結びつけるなんて。これが世にでたら学校なんてみんな潰れてしまうわね。」


 突飛な言葉にモニカは純粋な感想を述べた。


「情報っていうと何が入っているんでしょう。」

「さあ何でしょうね。私もそこまでは読めないの。モニカちゃんはどう思う?」

「魔法の使い方……とかでしょうか。」


 そんなモニカの返答に、イルは静かに頷いた。


「可能性は高いわね。付与魔術師が持っている知識。残す情報としたらあり得る線ね。」


 イルはまるで出来の良い学生に対して満点を上げたいと言わんばかりに、首を軽く横にかしげ微笑んだ。


「エリー?何らかの魔法を思い出せない?」

「んーどうだろ。これ身につけてても魔法なんて使える気がしないけど。」


 そこにイルは口を挟んでくる。


「〈身分証明の金属板(IDプレート)〉には情報を引き出すための鍵が必要よ。例えば身分に関する情報を引き出したいなら、身分を証明したい意思を金属板に流しこむ必要がある。それと同じような仕組みなら、何かのきっかけやキーワードで思い出すかもしれないわよ?」

「はは、思い出せたらあたし魔法剣士かも。でもそういう様子はないよ。」

「エリーが魔法使えるようになったらきっと凄いよ?」


 そこでエリーは少し表情が暗くなって、しかしモニカに心配を与えないように隠しながら言葉を紡いだ。


「モニカっち、あたしには才能がないらしくて、理由はよくわからないんだけど。一度魔法を試したことがあったけどその時は使えなかったんだ。」

「えっ……。」


 モニカにはその話は初耳だった。そういえば魔法を学ぶ時にはエリーはいなかったし、モニカが教えようとした時には逃げたしたのを思い出した。

 モニカは少しバツが悪くなったのを見かねたイルがフォローするかのようにエリーに言う。

「エリーちゃん、その腕輪はあまり見せびらかさない方がいいわね。金というのもさることながら素晴らしい効果がついているの。盗られる可能性もあるわ。」

「それはやだなー。ノルピーさん、ご忠告ありがとー。」


 それから少しニヤと口を歪めてエリーが言う。

「それなら今後寒くなるだろうし、腕まで隠れるような厚手の服を買わないとなー。」

「あーッ、それなら私が選んであげるね。街のお店ですごいのを発見したんだよッ。熊の毛皮でできた全身を覆う分厚いコートがあったんだよッ!。」

 明るいモニカの言にエリーは冷静にツッコミ入れる。


「いや、それ動きづらそうだし。」


 そんなことは無関係に、イルは完全に自分の趣味を押し付ける。


「防寒ならフード付き外套(マント)が至高の一品ですわ。若いころは美しい私に言い寄る男を遠ざけるためにあの人が買ってくれた外套(マント)が……」

 さり気に惚気話(のろけばなし)に持っていくイルにモニカとエリーは「はいはい、ごちそうさま」と突っ込んでお互いの冬服の談義を楽しんだ。


 エリーが所有するガイドブックによると、フルスベルクの冬は寒く豪雪地帯とまでは行かなくても雪がよく降る。したがって冬服の準備は夏の終わりごろから秋にかけて準備が進められ、あちこちで薪やオイルの備蓄が始まる。街民の多くは夏服と冬服を所有しており、冬服は羽毛や熊の毛皮などが好まれる傾向にある。

 アーレルスマイヤー村はここより南方にありそこでは雪は振らないため冬服というものがなく、こちらに来てから準備することが決まっていた。当然二人は雪を見たことがなく、これから訪れる冬の季節に胸を踊らせるのであった。

 それからまだ完全に日が沈んでいないので正門が閉まっていないのを確認した三人は、そのまま正門の中に入って別れることになった。別れ際にイルはモニカに言った。


「摘んだ薬草は私の所に持ってくればやり方を教えますよ?」

「はい、お願いします。」


 イルが見えなくなるまでエリーとモニカはその場で手を振り続けた。イルが見えなくなるとモニカはエリーに話しかける。


「イルさん、良い人だったねー。」

「うん、そうだったね。」

「宿に帰ろう。」

「うん。」

 そして宿に戻った二人は夕食を食べ、明日の準備をし、ベッドの上で横になり、寝た。


【Ⅳ】


――その日の夜。エリーは夢を見た。


場所は……例のダンジョンだ。

エリーは何かを確認しなくてはという焦燥だけが身を焦がした。

しかしそれが何なのかわからなかった。

歩みを進める。

ここは……〈装飾品アクセサリ〉が仕舞われていた部屋。

その部屋を出る。

次の部屋に向かう。

ここは軽く見ただけで何もなかった部屋。

その部屋の中央に向かう。

エリーは「何か」を動かした。

あたりの景色が一変し、部屋の壁全てに複雑な紋様が刻まれた。

紋様一つ一つを確認する。

自分の知っている模様と変化がない。

安心した。

「何か」を戻した。

辺りは闇に包まれた。

次の部屋に向かう。

扉を開けたら、部屋がなかった。

何か不愉快な気持ちになった。

次へ。

一つ一つ部屋を確認する。

一つ扉を開けては喜び。

一つ扉を開けては憤る。

全てを確認した後、ダンジョンの出口を目指す。

出口付近で注意深く壁を調べた。

岩に切れ目があるのが見えた。

そこから3歩出口に向かって歩き、壁に向かって「何か」を叩いた。


……ダンジョンが消える。


「何か」を拾った。

それをバックパックのサイドポケットの中にしまう。

安心を覚えたエリーはそのまま森の中に歩き出した。

これは普段と違うので歩きにくい。

夢遊病者のようにふらふらと森の中を歩く。

草汁でブーツが暗緑色に染まっていた。


 そこで目が覚めた。辺りは真っ暗。木窓から辛うじて漏れる星の光を頼りにふと周りを見るとここは宿の中だ。モニカはベッドの中で寝ている。木窓は閉じている。外では虫の音が微かに聞こえる。

 エリーはなんとなくはっきりと思い出せない気持ち悪い夢を見て気分が悪くなったが、時間が経つに連れて眠気が襲ってきたので再び眠りについた。

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