【62】25歳モニカ、動き出す(2)
【6】
「さて、僭越ながらこの公、トリスタン=フルスベルグが、第一回弾劾裁判を執り行わさせて頂く。天秤の称号にかけて、中立を宣言する」
〈国属法務官〉トリスタン=フルスベルグの声が法廷所に鳴り響いた。その左右には、速記員や裁判員が数名座っている。
「裁判記録、926の241番。準備は宜しいか?」
「できています」
速記員が、言葉を返す。
「原告……アンドレアス=フルスベルグ。その名で間違いないか?」
「間違いない」
裁判員から見て左側の席にいる、元〈冒険者組合南支部長〉アンドレアス=フルスベルグが受け答える。
彼には今までも、ずっと敵視しされ続けてきた。しかし、まさかここまで来て弾劾の先頭に立つとは、ミヒェルは思ってもいなかった。
「被告、ミヒェル=エフラー=フルスベルグ、その名で間違いないか?」
「その通りだ」
堂々と胸を張る。自分は無実なのだから、怯える必要などない。横には、弁護人として一応、カールがついている。
だが、できる限り自分の言葉で証言したい。
「では、裁判を始める。原告、証言台の上で主論を述べよ」
促されたアンドレアスは中央の証言台に立った。
「そこなミヒェルは、フルスベルグの名を持ちながら、権力の酒に酔いしれ、周辺の村々を扇動し、反乱を企てた。そして、幾人かのフルスベルグの者を殺害した。ゆえにこの場にて、その悪辣な企みを暴くものとする」
アンドレアスは、証言台から降りた。〈時間管理人〉の手元にある砂時計が、ひっくり返される音がした。
この国の裁判制度では、証言の時間を計られる。中立を守るため、両方の証言の時間がおよそ同じになるように、との配慮だ。
「では、被告側。同様に証言台の上で、反論を述べよ」
裁判長の言葉に促され、ミヒェルは席を立った。そして、証言台の上に立つ。
「儂はやっておらぬ。彼の言葉は、全くの言いがかりだ」
ミヒェルは、速やかに証言台を降りた。
今回の作戦は、とにかく時間を稼ぐ。カールによれば、今、仲間たちが走り回って、情報を集めてくれているという。新情報を掴むまで、ミヒェルは持ちこたえなければならない。
アンドレアスの表情を探ってみた。全くの無表情だ。
ミヒェルは、彼の顔を見ながら思う。
自分の人生は無駄ではなかった。自分の危機に動いてくれる部下たちがまだまだいる。それだけではない。裁判という形で、生き延びる機会をくれたジークフリート侯にも、感謝の念が絶えない。
今まで、関わった全ての人たちに感謝を。
一方、アンドレアスは殆どの部下を、先立つ大戦で失っている。ミヒェルの予想では、部下たちをワザと殺したのだと考えている。
彼は貴族であることを拘泥していた。そして、内偵によれば、部下たちに対して酷い扱いをしていた。西部の冒険者たちの愚痴を、実際にこの耳で聞いたこともある。
そして、たった今、彼がこの場に立っていることで、確信した。
アンドレアスは、敵に通じている。
「両方の主張は、よく分かった」
トリスタンの声が響いた。
裁判員の方も、完全に準備を終えたようだ。忙しなく、書類をめくる音がする。
「それでは、原告。主論の根拠となる自論を述べよ」
その言葉を受け、アンドレアスが口を開いた。
「彼はヴィクトール侯爵の殺害に関与したと疑っている。今回はその証人を連れてきた。……入れ」
原告側の扉が開く。そこから、かなり年のいった、白髪の執事らしき人物が入ってきた。彼は法廷に入るや否や、法廷全体に向かって、三度軽く会釈をする。
それから、アンドレアスと目を交わし、その後ろの席に着いた。
「証人を認める。彼の者を証言台へ」
執事は、裁判員の方をチラと見てから、証言台に向かった。
「まずは自己紹介せよ」
執事は一度咳払いをした。そして、大きく息を吸う。
「私はエドアルト=リップスと申します。ヴィクトール侯爵の執事をやらせて頂いておりました」
「それでは、証言を」
「はい」
【7】
我が主人、ヴィクトール侯爵の末娘であるアデル様は、あの時、精神の病で伏せっておられました。彼女は、ずっと部屋の中に閉じこもってしまわれたのです。
我々〈侍従〉一同としても、心苦しかったのを覚えています。
ですから、ヴィクトール侯爵の許可を得て、様々な慰め物を部屋に配置しておりました。ですが、残念ながら効果はありませんでした。
次の手としては、何人もの〈治癒士〉に診せました。ですが、これも首を横に振るばかり。精神に関わるモノは治せないと言われました。
いよいよ、絶望的になってきた所に、得体のしれない男が屋敷を訪れました。
彼は、ミヒェル伯爵の紹介でアデル様を治療しに来た、と言いました。疑わしかったのですが、彼は、紹介状を見せつけました。私はそれを確認したのですが、その封蝋は間違いなく本物でした。ですから、その男をアデル様の部屋に通すことになりました。
それから毎日、決まって夕方頃に、その男はやって来ました。アデル様の部屋におよそ2刻ほど滞在し、そして去っていきました。
私は、彼が去った後、毎度アデル嬢の様子を見たのですが、意識ここに在らずという感じでした。
さらに、彼がいる間に、部屋の中を探ったことがあります。ところが、不思議なことに何の音も聞こえず、中の様子もうかがうことはできませんでした。
〈侍女〉に命じ、彼の後を追跡させた事があります。ところが必ず、見失ってしまったそうです。
いよいよ疑わしいということで、ミヒェル伯爵に手紙を出しました。すると、返事は「彼を信用するように」というも
「儂は、そんな手紙を受け取ってもいないし、出してもいないぞ!」
「被告、静かにせよ!」
……。
続けます。
とにかく「信用するように」と、手紙が帰ってきました。
そして、一ヶ月ぐらいが経った頃でしょうか。
ついに事件は起きました。
アデル様が、ついに部屋から出られました。
最初は我々も喜びました。しかし、何か様子が変でした。
彼女は、我々の所に来て、お腹が空いたと言いました。たまたま、ヴィクトール侯爵が早めに帰ってこられるということもあって、全員分の食事の用意をさせました。
やがて、食事の用意ができました。
しかし、アデル様はその食事を見て、首を横に振りました。その時は「やっぱり違う……違う」と呟いておられたように思えました。
そして、ふらふらと、アデル様が、子供の頃から世話をしていた〈侍女〉に近づき……近づき……。
……すいません。
〈侍女〉に近づき、彼女の首筋に噛み付いたのです。
彼女は悲鳴をあげて、倒れました。
それからアデル様は、次々と周りの者に襲いかかりました。
お恥ずかしい事に、私は、アデル様がおかしくなってしまわれたのを、ただ、呆然と眺めておりました。
しかし、逃げ惑う〈侍女〉たちが、また一人、また一人と倒れていくうちに、私は我に返りました。
まだ、襲われていない者に呼びかけ、外に逃げ出そうとしました。
しかし、アデル様が追いかけてきて……。
結果、屋敷の外に出られたのは、私と、一番若い〈侍女〉だけの二人でした。
外を出てからは、私たちは混乱していました。暗くなった街の中を、何の当てもなしに彷徨っていました。
そこを〈白銀の騎士団〉の方々に、保護されました。
……以上で話を終わります。
【8】
執事の発言の余韻が、辺りを支配した。執事は咳払いをしてから、証言台を降り、元の席に戻った。
書記の羽ペンの音だけが、鳴り響く。
裁判長のトリスタンは、書き終えたのを確認してから、発言した。
「では、被告は反論せよ。なお、先ほどのペナルティとして、時間の一分を差し引くものとする」
ミヒェルは、少し後悔した。あまりに身に覚えのない話だったので、つい口を差し挟んでしまった。
これから、彼の発言の内容を吟味し、こちらに有利なように話を持っていかなければならない。やはり、指摘するべきは、手紙の辺りだろう。
ミヒェルは口を開いた。
「エドアルト氏。一通目の紹介状についてだが、中身は読んだのか?」
「いいえ、読んでいません」
「それは何故?」
「宛先が、ヴィクトール様だったからです」
フルスベルグのマナーとしては、封蝋のされた手紙は、本人以外の者は開けてはならないことになっている。
それは執事であっても、例外ではない。ただ、この場合、中身を確認しても良かったと思える。
ミヒェルは、少し間が抜けているな、と思えた。
いや、結果論だ。
二通目の手紙の方に、思考を向ける。こちらならば、反論のしようがあるだろう。
「確認の手紙は、どのような内容だったのか?」
執事は胡散臭そうな顔をした。知ってるくせに、と言わんばかりの顔だ。
「単純なモノでございます。これこれこういう風貌の者が、我が屋敷に通っていますが、本当にミヒェル伯のご推薦でしょうか、と」
ミヒェルは、その言葉を聞きながら、その男についても詳しく知っておく必要があるな、と頭の片隅に留めた。
「して、その返事は?」
「先ほど申しましたように、信用するように、との返事でした」
「そこの所を詳しく聞きたい。今、その手紙はあるのか?」
「ありません。〈白銀の騎士団〉の方々が、異形の者を退治するために、仕方なく屋敷は燃やしたとのことです。私も納得しています」
ミヒェルは、心の中で舌打ちした。ミヒェルが有罪とする証言はあるが、証拠がない。証拠は覆すことはできるが、証言を覆すことは難しい。
何故なら、相手が嘘をついていることにしなければならないからだ。そうすると人格攻撃になる。それは、裁判員の心象をかなり悪化させる。よほどの根拠がなければできない。
かなり用意周到にハメられている事が予想される。
「手紙の中身、筆跡や文体、書体などは覚えているか?」
「ええ、覚えています」
「では儂が文字を書くので、この場で筆跡が同じかどうか確認してもらえるだろうか」
向こう側にいた、アンドレアスが声を張り上げた。
「異議あり! ワザと異なる筆跡を書く可能性がある!」
「認める。その筆跡鑑定は、証拠として採用しない」
「くっ……」
ミヒェルは、歯を食いしばった。
「でしたら、事件が起きる前の書類で、筆跡鑑定はできますか?」
カールが横から助言した。すると、裁判長は、少し考える素振りを見せた。
「認める。ただし、いつの日付かを証明できる物でなければならない」
「はい、大丈夫です」
ミヒェルは、カールに振り向いた。持ち込んだ書類の中を漁っている。
「確か〈銀行長〉と、去年の税収に関するやり取りの書類があったはずです。これなら、明らかに日付が証明できます」
そして、彼は一束の書類を取り出した。そして、裁判長に提出する。裁判長は、一通りそれに目を通した。それから、宣言する。
「証拠として採用する」
カールは、胸をなでおろした。
「それでは、エドアルト氏。こちらに来て、筆跡の確認をせよ」
「はい」
執事が、中央台の元へ向かう。そして、その書類を受け取った。ペラペラと紙をめくり、吟味するような仕草をする。
「どうだ?」
「少し、時間を頂けますか?」
「よかろう。それでは少しの間、休廷としよう。次の開会時間は一刻後だ」
裁判長トリスタンの手によって、木槌が打ち鳴らされた。
【9】
アプト村。
モニカたちは、村長からの許可を受け、アプト村に拠点を築いていた。徐々にだが、この村は穀倉地帯の集積地として作用し始めている。外部からの商人も増え、活気が戻りつつあった。
〈転移門〉の存在は、元からいる村人たちだけが知っている。そのおかげで、モニカたちが外部の人間から絡まれるということは、まだない。
「クレメンス=アーレルスマイヤ……か。丁度、モニカと同じ故郷だな。何か心当たりはないか?」
「うーん……」
モニカたちは、暫定的に会議室と呼んでいる空き家で、話し合いをしていた。ハインツ、モニカ、コル、他、数人の物好きが、今後の方針について語り合う。
「故郷に帰れば、何か分かるかもしれません……ですけど……」
モニカは言い淀んだ。
故郷を出た時に、二度と帰らない、と決意したのだ。手紙のやり取りぐらいならまだしも、はっきりと言えば、帰りたくない。
ハインツは、モニカのそんな空気を読み取った。多少の沈黙の後、話を切り替える。
「後は、この冒険者組合制度の創設者というぐらいか……。何か手がかりがあればいいのだが」
「あ……」
モニカの閃きに、ハインツが反応した。
「ん、何かあったのか?」
「フルスベルグのガイドブック……」
ハインツが、視線を空中を泳がせた。
「ん……ああ、内容に問題があるとして、回収、及び絶版になったやつか。それがどうかしたのか?」
「確かその本に、クレメンス氏についての記述があったはずです。もしかしたら、何かヒントがあるのかもしれません」
ハインツは小難しい顔をした。そして、残念そうな顔をした。
「と言っても、だいぶ前に〈本狩り〉で根こそぎ焚書されている。入手するのは難しいだろう」
「私もその〈依頼〉に参加しました。もう、残ってないはずです」
物好きな冒険者のうちの一人である女性が、言葉を付け足した。前に、モニカたちの目の前で〈植物の精霊〉を使って、男を縛り上げた人だ。
「でも確かに、エリーの〈背嚢〉に……」
その言葉にコルが反応して、勢いよく立ち上がった。
「私、取ってきます! モニカお姉様! ブローチを!」
「ああ、うん、コルちゃん、お願い」
モニカは、勢いに押されて、言われるままにブローチを手渡した。
コルには、ブローチの使い方を教えてある。彼女は規定通りの操作をして〈転移門〉を開き、その中に消えていった。
【10】
数分後、コルが〈背嚢〉を持って無事に帰ってきた。何故か、カトリンも〈侍女〉姿でついてきた。
「カトリン? 屋敷の方は?」
「仕事を終えたので、暇だったんです。ご主人様、ここに居ていいですか?」
モニカには「ブリギッテは?」と尋ねる勇気はなかった。というより、大方、掃除に手間取ってるのだろう。
「構わないわ」
「ありがとうございます」
その横で、コルが、使われなくなって久しいエリーの〈背嚢〉を、机の上にぶちまけた。
すると、中から色々なモノが飛び出してきた。エリーの20歳の誕生日に、モニカがプレゼントした〈身分証明板〉のケースカバー、初めの頃に使っていた〈短剣〉、使わなくなった剣を磨く用の〈金属磨き入れ〉。携帯用のクッキー缶。
そして、始めてフルスベルグに来る時に、彼女が良く読みふけっていた、ガイドブック……。
「おお……」
「本当ね。でも何でこんな所に? 冊数は確認したはずなのに」
「モニカ、開いてみても?」
「ええ」
ハインツは、ガイドブックを手にとった。本の表紙には、フルスベルグの全体像が描かれていた。
今は、その風景は見ることはできない。西部の半分が吹き飛び、そこに湖ができているからだ。
彼は、パラパラと中を開いてみた。
「第六版……。最終の一つ前ね」
冒険者の女性が、横から本を覗きながら、呟いた。
モニカは何となくムッとした。肩がぶつからんばかりに、その反対側から本を覗いてみる。
「多分、フルスベルグの歴史のうち、初期の方だろう。……お、あった。読んでみるぞ」
ハインツは、重要な部分だけをかいつまんで、読みはじめた。
【11】
……この土地は〈水の精霊〉によって愛された土地なのです。
何故、愛されているか。それを語るには、この街の歴史を約170年前に遡る必要があります……
「170年前の人なんですね……」
「寿命を伸ばす魔法があるとは聞いているが、な。こんな魔術師が、他にも居たらと思うと、ぞっとする。……続けるぞ」
……〈水の精霊〉の暴走、即ち水害が多発したからです。洪水によって流されることの多かったこの土地は、人が住むのに適していなかったのです。そして現地の人々は助けを求めました。現れたのは当時の宮廷魔術師クレメンス。
「宮廷魔術師……」
「なるほど、今も、古代王国の宮廷魔術師のつもりでいるらしい」
……その返事はこうでした。山に我ら水の精霊を汚し狂わす魔物がいる。それを退治して欲しい、と。
そしてその願いは叶えられました。いかなる英雄譚があったかは伝わっておりません。しかし結果として〈水の精霊〉は彼に感謝の意を示し、そして契約を交わしました。
「山? 水の精霊?」
「うーん、分からんな……」
「ひょっとしたら?」
「何か、心当たりあるのか?」
「水の精霊……狂わせる魔物……ひょっとしたら〈不死生物〉の洞窟じゃないかしら?」
「それって……私たちがクラスEへの昇級試験をした?」
「俺にとってはクラスCだな」
「私とモニカお姉様が、姉妹の契りを交わした洞窟ですか?」
「確かあそこ〈地下迷宮〉の主が未だに不明で、制圧したと思ってもしばらくすると新しく作り直されるとか……」
「そのクレメンスが〈地下迷宮〉の主だと?」
「ありうるわ。この本だと、妙に内容をぼかしてるし」
「ひょっとして、この本が回収された理由って……いや、まさか」
「それは考えすぎじゃないかしら。この本は、冒険者を集める為に、近隣の村々に配布した本だと聞いているわ。役目を終えたから回収するのだって、私は聞いたわ」
「ハインツさん、今、あそこはどうなっていますか?」
「後顧の憂いを取り除こうと、前に計画を練って〈依頼書〉を作ったことがある。だが結局、誰も攻略しなかったから、あのままだ。5階の〈前線基地〉は、誰もいない」
「行く価値があると思いますか?」
「ありそうだな。クレメンスとやらの本性が暴けそうだ」
「じゃあ……」
「団員から希望者を募るぞ。近いうちに〈不死生物〉の洞窟を、最下層まで踏破する!」




