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名もなき魔術師の一生  作者: きゅえる
【3章】
58/106

【61】25歳モニカ、動き出す(1)

【1】


 西の街道に〈再創世(リジェネシス)〉が炸裂し、西区が半壊してから、一ヶ月が経つ。

 西区の住民たちは、残る三区に分散して避難した。その為、フルスベルグの生活事情は、急速に悪化していた。

 中枢部では、クレメンスと名乗る〈仮面の魔術師〉が、クラスAの称号を盾に、好き放題していた。支配制度の再編を行い、冒険者制度を廃止するという。

 〈冒険者組合東支部〉の人事部長カール=クプファーは苦々しい顔で、中枢部からの指令書を眺めていた。

 そこには、こう書かれている。


『冒険者の生死を確認し、生存者のリストを提出せよ』


 その隣で〈|冒険者組合北支部〉の〈副長(サブギルドマスター)〉フェルディナントが苦笑していた。


「カール氏、気持ちは分かるが、その通りにしてくれ」

「本当に、ミヒェル〈組合長(ギルドマスター)〉は助けられるのか?」


 カールの質問に、フェルディナントは首を横に振った。


「その質問には答えられない。しかし、この方法が最善であろう」


 フェルディナントは言う。ここで武力衝突すれば、歴史の二の舞になるであろう。だから、それ以外の方法で、過去の亡霊を打ち倒さなければならない、と。


「まずは、雌伏するのだ。北区では〈組合長(ギルドマスター)〉ジークフリート侯の元、意識統一してから、組織を解散した」


 北区の冒険者たちは比較的、被害が少なかった。こうなることを予期して、武力を温存していたと言うのだから、慧眼と言える。


「やるべき事は三つ。まずは、ミヒェル伯を弁護し、なすりつけられた罪を引き剥がすこと。もう一つは、敵の弱点を探し、権力を奪い返すこと。その為にも、こちらの仲間を増やす事だ」


 それには、人手が必要であることは分かっている。しかし、東区は酷く被害を受けてしまった。ハインツも行方不明だ。よって、北区の冒険者たちに依存する形になる。


 と、そこに三人の男が部屋に入って来た。彼らの後ろで扉が閉まる。

 先頭に立つのは、西区の諜報部長であるオットマー。その後ろに立つのは、同じく西区のクサーヴァと、外国から来た商人ディオだ。


「カール、向こうの手の内が、少し分かってきたぞ」


 オットマーは、部屋に入るなり言った。彼には、ミヒェルの弁護をする為の情報集めをしてもらっていた。

 結局、ミヒェルの身柄は、ジークフリートが預かる形になった。一定期間の猶予を経て、裁判で弾劾するという話だ。名誉挽回するには、そこを乗り越えなければならない。その為の情報収集だ。


「根拠の一つとして、ヴィクトール侯の執事の証言があるようだ」

「……生きていたのか」


 フェルディナントは小さな声でつぶやいた。

 カールはチラリと彼の方を見てから、オットマーに無言で続きを促した。


「アーデルハイト嬢が暴走する前に、怪しい男と接触していたそうだ。その男が持っていた手紙は、ミヒェル組合長の封蝋がされていたと」


 ふむ、とカールはあご髭を撫でた。


「偽物なのか?」

「その執事が言うには、本物だそうだ。偽物を決めつけるには危険と思うが」


 四人の視線が、フェルディナントに集まった。


「では、後で本人に確認しておこう。それと、封蝋判の所在も確認しておきたい。盗まれたか、あるいは他人の手の届く位置に置かれていたかどうか」

「それならば、ミヒェル組合長の奥さんと、連絡を取る必要があるな」

「その役は俺がやろう」


 カールが手を上げた。彼はミヒェルの妻であるエリーゼと、顔見知りだ。話を聞くぐらいはできるだろう。

 

「クサーヴァ、〈白銀の騎士団〉が食料をどこから持ち込んでるか、分かったか?」


 カール達の問題は、ミヒェルだけではない。〈白銀の騎士団〉は、今も町民に食料を配り続けている。日に日に、人気が高まりつつある。


「お手上げ、だ。輸送ルートも、検討つかん」

「俺の方もさっぱりだぁな」


 クサーヴァは悔しそうに言い、ディオも肩を竦めた。

 〈白銀の騎士団〉が持つ食料の影に、売りつけている商人がいるはずだ。なのに見つからない。


「食料のルートを探すより、資金源のルートを探した方が速いかもしれん。彼らの財源はわかるか?」

「ん、そっちの方は検討ついてぇんな。奴らは、前々から村々を回って慈善活動してたんだと。多分、その村々が資金源になってんだ」


 カールは唸った。村々が望んで資金を提供するなら、それを差し止めることは出来ない。街内で活動する商人なら、何とかできるのだが。


「ただ」


 クサーヴァが、言葉を差し挟んだ。全員が、次の言葉を待つ。


「食料の種類から、国外から輸入の可能性が」

「何?」


 カールは、頭が痛くなってきた。国外の人間が絡んでるとなると、変な横槍が入ってくることが多い。ディオですら不安視しているのに。


「削られてはいたが、〈東の国〉の文字があった」


 〈東の国〉は、昔から度々、国境にちょっかいをかけてくる国だ。このタイミングで国境沿いの村を襲われると、いくつか落とされるかもしれない。


「〈東の国〉か……」


 部屋に沈黙が支配した。国外のことに手を回す余裕がない。

 人手が足りな過ぎる。


「足りないな」

「うむ、足りないな……」


 フェルディナントは相槌を打った。誰も否定しなかった。

 その後は、簡単な打ち合わせをして、会議は解散となった。



【2】


 その夜、カールは〈冒険者組合東支部〉の施設に、遅くまで居残りをしていた。生存者リストを作成するためだ。


 シンとした建物の中で一人、明かりを灯しながら作業をしている。

 やがて、目の疲れを感じた。休憩を入れようと思い、椅子から立ち上がった。目頭をもみながら、水の入った瓶に手を伸ばす。


 その時、外から誰かが入ってくる気配がした。


 カールは無言で、部屋の片隅に立てかけてあった長剣に手元に寄せた。〈行灯(ランタン)〉を持って、ゆっくりと部屋の扉を開ける。

 そして、暗闇に向かって、呼びかけた。


「誰だ」


 カールの声は、真っ暗な廊下の向こうに消えた。


「あの……」


 女の声だ。

 カールは注意深く、光を声のする方向に向けた。すると、見覚えのある姿がそこにあった。


「生きていたのか!」


 期待の若手、モニカ=アーレルスマイヤだった。

 カールの目に、一瞬だけ熱いモノがこみ上げてきた。ばれないように顔をぬぐった。


「ええ……」

「良かった! よく生き延びてくれた!」


 カールは、全身で喜びを表現して、小躍りした。モニカは、少し引いた。


「戻ってくるのが遅れて、すいません」

「しかし、どうやって?」

「話すと長くなりますが、時間は大丈夫ですか?」

「もちろんだとも」


 全く大丈夫ではないのだが、力強く肯定した。


「では、奥の部屋に行こうか」


 カールは、モニカを奥の部屋に誘った。


【3】


 モニカは、大爆発が起きてからの一ヶ月について、話し始めた。

 まずは、異次元の洞窟にいつでも入れるブローチの事を説明した。そして、爆発の際にはそこに逃げ込んだことも。


「爆発の際の魔力が逆流して、洞窟全体が機能不全に陥ったんです」


 逆流した魔力が、中枢の魔法陣にまで影響を及ぼし、モニカたちは出られなくなってしまった。幸い、非常用の食料は備蓄してあったので、すぐに飢え死にすることはなかった。


「ハインツさんの団の中に〈付与魔術(エンチャンター)〉に詳しい方がいたので、協力して復旧作業に当たりました」


 およそ二週間後、洞窟の機能を暫定的に回復させたモニカたちは街に戻ってきた。

 ところが、東区は難民に溢れて混乱していた。食べ物にも事欠く有様だった。そこで、まだ〈転移門〉が残っていたアプト村に向かい、まずは食料のルートを確保することにした。

 と同時に、情報収集も始めた。すると、冒険者組合がトンデモないことになっていることが分かった。だから、モニカがこうして冒険者組合に訪ねてきたのだ。


「なるほど……」


 モニカの話を聞き終えたカールは、突飛な話に言葉を失った。しかし、大事な情報がかなり含まれていたことが分かった。

 まず第一に、ハインツの隊が丸ごと生き残っていること。そして、それを敵に認識されていないこと。これは彼らが自由に動けることを意味する。

 第二に、ブローチを通して、食料を簡単に供給できること。これで食料問題はかなり軽減された。さらに、これで敵の流通ルートが推理できそうなこと。敵は200年前もの魔術師なのだ。同じような手段を持っていても不思議ではない。

 第三に、大爆発を目の前で見た本人がいること。爆発の起きた場所は、湖の底に沈んでしまっている。今だ、何が起きたのかよく分かっていない。モニカの情報があれば、調査は大幅に進むだろう。

 第四に、モニカのブローチが、これからの戦いに際して、強力な武器になること。遠い距離にある村と村を一瞬に行き来できるのだ。

 カールは一度、頭の中で情報を整理した。そしてこれからどうするべきか考え始めた。


「〈白銀の騎士団〉について知っているか?」

「一応は」

「彼らに、身分や顔を知られてはいないな?」

「はい」


 ほっとした。このままハインツ達には、裏で行動してもらった方がいい。生存者リストを作り直すのが面倒だ、という即物的な理由もある。


「では、そのまま正体を隠したままで、お願いできないか」

「どうしてですか?」


 冒険者組合制度が崩壊しつつあることを説明する。〈仮面の魔術師〉クレメンスのこと、王女のこと。そしてミヒェル〈組合長(ギルドマスター)〉が、偽の罪で捕まっていることも。

 モニカは、驚いていた。そして、人差し指を口に咥えながら、何かを考えていた。


「分かりました」

「それと、敵について詳しい正体が知りたい。裏で探ってくれないか」

「はい」


 それから二人は、思いつく限りの情報交換をした。やがて、話すこともなくなった。

 カールが、別れのあいさつを告げる。


「ここ最近で、一番嬉しい知らせだったよ。ハインツにもよろしく言っておいてくれ」

「分かりました」


 カールが見守る中、モニカはブローチを操作し、空間に穴を開けた。


「では、お元気で」


 モニカが穴の中に飛びこむと、黒い球が急速に縮まっていく。そして、何もなかったかのように消え去った。

 カールはしばらくの間、彼女を見送っていた。そして、再び生存者リストの作成作業に入っていく。


【4】


「ご主人様、お帰りなさいー」


 モニカが戻ってきたのは、自分の屋敷だった。

 夜遅くにも関わらず、屋敷の〈侍女(メイド)〉達であるブリギッテとカトリンが、出迎えてくれた。


「あら、貴女たちまで起きてなくて良かったのに」


 モニカは、彼女たちをねぎらった。すると、ブリギッテが自慢げに胸を張って、手で叩いた。


「ご主人様が帰ってくるまで、私たちも休むわけにはいきません!」


 すると横にいたカトリンが、ジト目でブリギッテを見つめる。


「って、私がブリギッテに言ったんです。それまでグッスリ寝てました」

「……」

「……ッアー!」


 ブリギッテは、必死に手を動かしてごまかそうとした。しかしモニカの視線に耐えきれず、エヘヘと半笑いをして、視線をそらした。

 一応、ブリギッテが侍従長ということになっている。が、二人は年が近いこともあって、上下関係なしに仲が良い。ブリギッテがヘマをして、カトリンがそれを繕うということが、幾度となく起きたせいもあるだろう。

 モニカは、いつもの調子であるブリギッテを無視して、カトリンに話しかけた。


「カトリンには、悪いわね。魔法を教えられる時間が少なくなりそう」

「いいんです。ご主人様が生きていただけで、十分です。ご主人様が帰ってこなかった時期は、本当に大変でした」

「カトリン……」


 カトリンはよくできた娘だ。できれば、ずっとここに置いておきたい。しかし、彼女も冒険者の端くれ。ずっと一箇所に、止めることはできない。


「薬の備蓄は、どうなってるかしら」

「ほとんどなくなってしまいました。お客からの催促も何度かありました。」

「では、明日からしばらく薬の調合をするわよ。カトリン、貴女も学んでみる?」


 今までは、技術漏洩防止のため、モニカしか調合をしてこなかった。特に、薬を粉にする技術は、この国ではモニカだけのモノだ。しかし、万が一、今回のように帰ってこれない時期が続くと、問題が起きる。

 カトリンにも、ある程度教えておけば、モニカも、楽ができるだろう。


「喜んで!」


 嬉しそうなカトリンの横で、置いてけぼりにされた、ブリギッテが恨めしそうにカトリンを見つめていた。

 さすがに無視してはまずかったと思い、ブリギッテにも話しかける。


「ブリギッテは顔が広いから、販売の方でお願いするわね。二人で協力して薬の販売を続けて頂戴」

「はーい」


 なんとか、ブリギッテのご機嫌を損ねずに済んだ。ふぅと一息つく。

 一息つくと、どっと疲れが襲ってきた。


「では今晩はもう遅いから、もう寝ましょう」


 そう言いながら、パンパンと手を叩く。〈侍女(メイド)〉たちを、二階へと彼女を追いやった。

 そして、一人きりになったモニカは、久しぶりに温泉風呂に入ろうと思い立った。しばらく入ってなかったから分かったことだが、我が家の温泉は案外、肌に良い。

 着替えの服を用意して、温泉の部屋に向かう。部屋の中を眺め回すと、きちんと掃除されていたのがわかった。

 モニカは、ブリギッテ達に感謝しながら、服を脱いで部屋に入った。そして、風呂の外で体の汚れを落とし、温泉に足を入れる。お湯がダバーと音を立てて零れ落ちた。


「ふーふふんー、ふーん」


 モニカはお湯から首だけを出して、天井を見上げた。生き返る思いがする。つい、鼻歌が出てしまう。

 水瓶の石像から、チョロチョロとお湯が出る音が部屋の中を反響した。

 やはり、フルスベルグは良い街だ。とても、住みやすい。ひと風呂浴びれば、今までの心労も全て洗い流される。


「ん?」


 何かが、変だ。

 今までと、どこかが違う。

 モニカは、辺りを見回した。

 部屋の構造には、変化はない。石鹸も特に変わってない。いつもの店で買う、柑橘系の匂いがする石鹸だ。自作よりとても素晴らしい一品だ。

 はて、どこが変だろうか。

 見回し続けると、掛け流し口に、目が止まった。


「あ……」


 嫌なモノを見てしまった。

 水瓶から流れるお湯の量が、明らかに減っている。記憶にあったそれより、かなり心もとない。

 昔、誰かが言っていたのを思い出した。


『地下の岩盤に傷をつけると、今まで出ていた温泉や地下水が出なくなることがある』


 間違いなく、西の大爆発が原因だろう。地下水が湧き出て、湖になったという話も聞いた。すると、これから先、街内の温泉や地下水が枯れることも出てくるのかもしれない。

 さっきまでの気分が、どこかに吹き飛んでしまった。

 温泉だけならまだ良い。いや、良くはないが我慢はできる。

 だが、地下水は飲料用の水にも使われているのだ。すると、街の中央に流れるフルスベルグの川から、あちこちに張り巡らされた水路を使うことになる。そうなると、水が供給できない地区も出てくる。もちろん、水の安全性にも問題が出てくる。


「……大変!」


 モニカは、慌てて温泉から上がって、体を拭いた。そして新しい寝間着に袖を通す。

 鉱石学に詳しい人間と言うと、ヘルムート=デマンティウスがいる。かつて、井戸掘り用の機械を操っていたのだから、水源に対しても知識があるはずだ。

 今日はもう遅い。

 近いうちに、話を聞きにいかなくては。

 そう思いながら、モニカは自分の寝室に入っていった。


【5】


 ハインツ達は、フルスブルグから遠く離れたアプト村に拠点を置いていた。


 理由は幾つかある。

 一つは、食料供給のルートを確保する為。

 フルスベルグ西区の一部が吹き飛んでしまった為、戦争が終われば帰るはずの難民が戻れなくなってしまった。そこで、モニカのブローチを使って、食料供給のルートを強化することにした。

 毎日、膨大な量の小麦や大麦、あるいは肉、果物が〈転移門(ワープポータル)〉を通って運ばれていく。そして、その対価を貰うことで、アプト村は急速に栄えつつあった。


 もう一つの理由は、モニカのブローチの存在を知る存在を極力減らすため。書類上、大爆発の中心近くにいたハインツの部隊が、そのまま生きて帰ってくるのはマズイと判断していた。

 しかし、全く黙っているのも問題だ。

 それで、世話になっている人事部長カールと組合長ミヒェルにだけは、内密に連絡を取ろうとした。

 ところが、戻ってきたモニカから、驚くべき情報がもたらされた。


「そんなことが……」


 ハインツは、言葉を詰まらせ、大いに嘆いた。

 ミヒェルが逮捕され、裁判にかけられるという話。明らかに、罪を着せられていると分かった。

 元々、ミヒェルはハインツの親の店の常連客だった。ハインツの親は衣料店を商っている。成り上がりだった彼は、貴族向けの服や身なりについて、よく店に訪れていた。その関係で幼いハインツとも付き合いがあった。それが、何となく冒険者に憧れていた理由と言えなくもない。

 だから、断言できる。それは嘘だ、と。


「カールさんが、ハインツさんには、このまま影で動いて欲しいって」

「そうか……」


 静かな怒りで、ハインツは貧乏揺すりをした。


「あの人には、昔から世話になっている。絶対にそんな人ではない。容疑を晴らさなくては」

「ハインツさん……」


 モニカは、ハインツが怒るのを初めて見た。彼は、何事にも飄々としている性格なのだ。


「カールさん達は、防御に専念するから、ハインツさんには攻撃をして欲しいそうです。つまり、クレメンスという人の過去の行動を特に探って欲しいと」

「分かった、ありがとう。では、このままここに拠点を置くことにしよう。村長にも顔を出しに行かないと」

「ええ」


 ハインツは席を立った。そして二人は村長宅へ向かう。

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