【60】ミヒェル、反撃の狼煙を上げる
【1】
フルスベルグのどこかにある、監獄。
政治犯や、凶悪犯などと言った、事情のある犯罪者が収監されている。
元〈冒険者組合東支部長〉ミヒェル=エフラー=フルスベルグは、その牢獄の最奥で、横たわっていた。
彼は、上半身を裸にされていた。50歳を超えたにしては若々しい肉体を、惜しげもなく晒している。その肌には、鞭で撃たれた形跡があり、目が落ち窪んでいる。ありありと拷問を受けた形跡が認められた。
だが、闇の中で目だけは光り輝いている。彼の意思は少しも失われていない。
コツ……コツ……
誰かの足音が聞こえる。
ミヒェルは、耳を済ませた。足音は確実に、近づいている。彼は息をひそめた。
やがて、明かりが差し込んできた。明かりは監獄の廊下を照らし、広がっていく。
眩しさに、目を細めた。
「生きておるか?」
足音の主が、姿を見せた。
その声は〈冒険者組合北支部長〉ジークフリート=フルスベルグ侯爵だった。ミヒェルが最後まで、敵に通じていると疑っていた人物……。
どう返事して良いか分からない。ミヒェルは沈黙を保った。
「ミヒェル伯。そう警戒するな」
ジークフリートは、ミヒェルの顔を見下ろす。薄っすらと目を細めた。
「皮肉なものよ」
ミヒェルは警戒して、無表情を貫いた。彼が、敵か味方かも分からない。迂闊なことは言えない。ジークフリートは溜め息をつきながら、口を開いた。
「ルドルフ伯の死が、確認された」
その言葉に、衝撃を受けた。
〈冒険者組合西支部長〉ルドルフ=ブリュン=フルスベルグ伯が死んだとは、俄かに信じられない。
彼とは、同じ立場であるがゆえに、仲が良かった。手紙のやり取りも頻繁に行っていた。
「儂は……やっていない……」
かすれた声で返すのがやっとだった。それでも、ジークフリートは言葉を続ける。
「西に居たクラスC、Dの主力級の冒険者たちは、全員あの光によって、跡形残さず消滅した」
「儂は……やっていない……」
もう一度、同じ言葉を繰り返すしかなかった。
彼の言う事が本当なら、もはや冒険者制度は崩壊したと言っても過言ではない。半分以上の冒険者が、あそこに集結していたのだ。
当然、後継者として育てていたハインツも、あの場に居た。
つまりミヒェルは、地位、親友、後継者、部下を全て失ってしまった。
いや、まだだ。家族がいる。
「エリーゼは……エリーゼは! 儂の妻はッ!」
ミヒェルは吠えた。両手両足に繋がれた鎖がガチャガチャと鳴る。バランスを崩し、頭から地面に突っ伏した。
「ふっ、初めて、本気の顔が見えたな。彼女は無事だ」
ジークフリートは軽く笑った。ミヒェルは目を背け、歯を食いしばった。すると、肩に外套がかけられた。肌寒さが少し和らぐ。驚いて、顔を上げた。
「まずは、〈外套〉を貸してやる。我輩の話を聞け」
【2】
かつて、この地に〈古代王国〉があったという。その歴史は古く、今から約千年前まで遡る。
王国の興りは〈始まりの祖〉と呼ばれる数組の夫婦が、この地に訪れた事から始まる。彼らは、安住の地を探し求めていた。
それぞれは、兄弟のように仲睦まじく、一つの家族として共に行動していた。その証として〈族名〉という、共通の呼び名を持っていた。
彼らがこの地に初めて訪れた時、自然の豊かさに目を見張った。かつて居た砂漠より、風は穏やかだった。水が満ち溢れていた。大地も豊かだった。気候も温暖だった。
もちろん〈原住民〉もいた。
初めは、特に大きな争いを起こす事もなく、同じ地を共に過ごしていた。そして、徐々に融和し始める。
だが、血が交じり始めると、二つの民族に決定的な違いがある事に気がついた。
〈原住民〉には、精霊が見えなかった。
〈始まりの祖〉に連なる一族は、悩んだ。
このまま、民族融和が進めば、精霊が見えない者、精霊が使役できない者も増えてくるであろう。それは許される事なのか、と。
一族の意見は割れた。その中で主流を占めたのは〈原住民〉の血を根絶やしにすべきという強硬派と、このまま融和すべきという穏健派だった。
結果として、一族はバラバラになった。一族の調和を表す〈族名〉は抹消され、新たに複数の〈族名〉が作られた。そして〈族名〉ごとに各地に散っていった。
一方で、残された強硬派は、ついに〈原住民〉に対して、戦争を仕掛けた。
ところが、初期の目的通り、血を根絶やしにすることはできなかった。穏健派が〈原住民〉を援助したからである。
戦争は泥沼と化し、双方が疲弊した。肥沃な大地だった国土は荒れた。ついに強硬派と穏健派は、妥協の道を探ることになる。
結果として、強硬派が王国を建立。支配層に収まるという形で決着した。その配下に〈穏健派〉が席を連ね〈原住民〉との橋渡しと、保護を担った。
かくして、この地に〈古代王国〉が出来上がった。
【3】
「滅んだ王国の話か」
「そうだ。我々が〈古代王国〉と呼ぶ国の話だ」
ジークフリートの意図が読めなかった。何故、いきなり歴史の話をしたのか。
ミヒェルは、疑いの目を向ける。
「分からない、という顔をしておるな」
返す言葉が見つからない。互いに沈黙した。
ジークフリートは無表情で見下ろしている。
「我々の先祖の話だ」
再び、沈黙。
ミヒェルにとっては、外国の話だ。フルスベルグは、既に〈中ツ国〉の一都市となっている。若い頃に、西方の王都に留学して学んだのは〈中ツ国〉の歴史だけだ。
「我々、フルスベルグ家の先祖は〈始まりの祖〉でいう穏健派の一部だった」
「成る程。フルスベルグ家自体が、先祖返りをしたがっている訳か」
ミヒェルは、ジークフリートの言わんとすることを、即座に理解した。フルスベルグ家が古代王国の一員であったのなら、敵はフルスベルグ家そのものだったことになる。
数年前の会議を思い出す。あの場にいた人間は、全員とぼけていたのだ。茶番だったのだ。自分は、道化を演じさせられていたのだ。
ミヒェルはうな垂れた。
「儂は何の為に……」
「ミヒェル伯、早合点するでない。全員が全員、先祖返りを望んでおらぬ」
ジークフリートが言葉を続ける。
「まず、我輩は望んでおらぬ。そして、今は亡きヴィクトール侯も望んでおらんかった。もちろん、ルドルフ伯も言わずもがな」
驚いた。先祖返りを望まない者から、順に死んでいることになる。人為的な何かを感じた。
と、同時に様々な疑問が生じた。
今、彼がミヒェルにこの発言をしたのは何故か。彼が、今挙げた者の意思を知っていたのは何故か。そして、どうして、彼は先祖返りを望まないのか。
「何故だ?」
「それを説明するには、その後の歴史を語らねばなるまい。話を続けよう」
【4】
〈古代王国〉は、内部に抱えた問題とは裏腹に、大いに栄えた。
一つには、穏健派の努力もある。強硬派と〈原住民〉の調整役に大いに貢献した。そして王国の元で、血が混ざりあっていく。
その結果、強硬派の懸念通りに、魔法の使えない者が増えた。しかし、例外もあった。穏健派の子孫に、稀に強力な魔術師が生まれたのだ。それは〈始まりの祖〉の血を維持し続けた支配層よりも、強い力を持った魔術師だった。
一方で、強硬派の子孫には、異変が起きはじめた。
近親婚を繰り返したことで、狂気を帯びた子供が生まれてくるようになった。彼らは、頻繁に問題を起こした。その度に、穏健派の子孫が尻拭いをする。
やがて、力関係が逆転していく。
焦りを感じた支配層は、強い力を求めた。そして、新しい魔術の研究に手を染める。
即ち、精霊を人の体に納め、魂を融合するという魔法。自身が精霊に近づくことで、魔力を強化するという目論見だった。
被験者は、当時の第三王女が選ばれた。その時代に、一番狂気を抱えていた人物だったからだ。失敗しても、成功しても、害は少ない。そして、ついに彼女の肉体に〈水の精霊〉を封じる儀式が行われた。
儀式は成功した。
そして暴走した。
第三王女は、王国内の民を殺して回った。穏健派の魔術師たちが、彼女にとどめを刺す頃には、民の一割が殺されていた。
この事件が決定的だった。
強硬派王族の権力は急速に廃れていった。それ以後、王国は形だけのモノとなる。そして、穏健派貴族の議会制による治世となった。
【5】
「〈水の精霊〉の呪い……」
ミヒェルには、思い当たるモノがあった。思わず口に出た。
ジークフリートは目を細めた。
「それは、当時の貴族が事件をごまかす為に作った、おとぎ話だ。第一〈精霊の子〉は人との間に子をなす事はできぬ。まさか、王女が国民を大量に殺して回った、とは口が裂けても言えないであろう」
「……」
「他に質問がなければ、続ける」
ミヒェルが口をつぐんでいると、彼は再び語りだした。
【6】
一度、形骸化すると、王家の没落は速かった。世代を経るごとに、王族の人間たちは劣化し、数を減らしていく。
そして、とうとう限界を迎える。
ついに彼らは決断した。外から血を迎え入れることを。それに当たり、王族たちは慎重に相手を厳選した。
地方には、かつての穏健派が散っていった一族たちが点在している。その中でも比較的、血の濃い村々から嫁を迎え入れることになった。
そして、ファルケンマイヤ村、アーレルスマイヤ村、ヴァスマイヤ村の三つが選ばれた。それ以降は、三つの村から度々、王族の一員を輩出するようになる。その名誉と引き換えに、血を維持することを強要された。
この妥協によって、王族の血は安定したかのように思えた。
【7】
「その〈族名〉は、いくつか聞いた事があるな……」
ミヒェルは膝から来る寒さも忘れて、彼の言葉に聞き入った。
「普通の人ならば一生かけて、3種の精霊を、それなりに使いこなすのが限界だ。だが、彼らは魔術の素質が根本的に違う。揺らぎはあれど、何らかの突出した才能を持つことが多い」
今までに見た冒険者人事リストを思い出す。確信は持てないが、彼の言う通りのような気がする。
「我がフルスベルグ家も、魔力に才能がある方ではない。既に、血が融和しきって久しい。しかし〈始まりの祖〉に連なる家系として〈水の精霊〉との繋がりが強い。だが、それは才能ではなく教育に寄るモノだ。魔術方面では、メルヒオール公のような、突然変異の才能を持つ者たちで支えられているのが実情だ」
ジークフリートは、ここで初めて目を逸らした。ミヒェルは首を傾げる。何かを言おうとしていたかのようだ。
彼は我に返り、向き直った。
「話が逸れてしまったな。本題はここからだ。これ以降は、話が混み合っている為、我輩の推測も混じる」
【8】
王家の血はひとまずは安定した。同様に、王国も安定して発展をしていく。
この時代になると、隣国との接点ができ始めた。ついに、西の山脈を超えた国と交流が始まった。当時は、その国を〈山向こうの国〉と呼んだ。今で言う〈中ツ国〉、つまりこの国の事だ。
当時はまだ、二つの国を繋ぐ街道は細く不安定だった。それでも、頻繁な交流があった。
彼らは、魔法に頼らず、器械と呼ばれる道具を使っていた。この交易は、双方に利益をもたらした。
温泉を掘る技術。鉱物を加工する技術。橋、建物などの建築の技術。薬で病を治す技術。法で秩序を保つ技術。様々な器械や道具で、魔法にも劣らぬ成果を上げるものだった。
それらが、一気に流入した。
魔法を使わぬが故に、大衆にも広く受け入れられた。
一方で、魔法が向こうに輸出された。具体的に言えば、才能のある魔術師たちが、向こうに移住した。〈山向こうの国〉でも、驚きを持って受け入れられた。
お互いの文明がお互いを補うかのように浸透していった。二つの技術が融合していく。
その結果として〈魔法具〉が作られた。魔法と器械が融合した形であり、これにより、誰にでも魔法の恩恵が受けられるようになった。
しかしこの頃から、不穏な動きが見られ始めた。
王族に対して、革命を起こそうとする一派が、暗躍し始めた。動機は分からない。力を得た〈原住民〉に近しい人間が、王族に対して復讐心を抱いたのかもしれない。あるいは、爛熟した王国の中で、貴族が腐敗し、王族にとって変わろうとしたのかもしれない。もしくは〈山向こうの国〉が、領土拡大の野心を抱き、何らかの工作をしたのかもしれない。
とにかく、再び事件は起こった。
精神を操作する〈魔法具〉が使われた。王族は、二人の王女を残して自滅した。
この事件をきっかけにして、国全体が割れた。
王族は狂気の血筋であるとして、残された二人も処刑しようとした者たち。王族は歴史であるが故に、保護しようとした者たち。〈山向こうの国〉から軍隊を招き入れて、事態を収束させようとした者たち。
まさしく、内乱が起きた。
二人の王女は、護衛者と共に逃げ出した。戦火は王女を追いかけて、国中に広がっていく。
影響は〈山向こうの国〉にも広がった。争いにより、向こうの国民にも被害が出たからだ。さらにその過程で、情報がねじ曲がって伝わった。魔法を使う者全てに、狂気を宿しているとされた。
彼らは恐れた。魔術師と魔術師に連なる者を、適当な理由をつけて処刑、あるいは追放するという愚挙に出た。
そのねじ曲がった情報は、逆輸入された。〈古代王国〉での王族の排斥運動は、いつの間にか貴族すらも、その対象になっていた。
沢山の貴族が、殺された。多くの魔術師は、地下に潜った。
支配層が居なくなった〈古代王国〉は、もはや国として機能しなくなっていた。国土も、人心も荒れ果てた。
最終的に〈山向こうの国〉の軍隊が〈古代王国〉を制圧することで、事態は収束することになる。
【9】
ここで、ジークフリートは言葉を切った。
「争いとは、誤解によって始まり、恐怖によって増幅され、復讐で連鎖する」
ミヒェルは口を挟めなかった。
「我輩は、再び争いを起こしたくないのだ。しかし、今だ過去の怨念を引きずる者たちがおる。それは許せぬ」
「ジークフリート侯……」
〈冒険者組合北支部長〉ジークフリート=フルスベルグは、やる気のない人間ではなかった。強い意思を持つ、熱い男だった。
「話は変わるが、先ほど〈白銀の騎士団〉と名乗る者たちが、中央議会に乗り込んできた」
「何……?」
ミヒェルは顔を上げた。
「王女、だそうだ」
「まさか」
「王家の印を持っておった」
ジークフリートの顔は嬉しそうではなかった。むしろ、何かを吐き捨てるかのようだった。
「冒険者制度を解体するそうだ。そして、再び王国を作り、独立する、と」
「なんだと……そんな話が通るのか?」
「それだけなら、通らなかったろう。だが、王女に付き従っていた魔術師が……」
彼の顔は、やや青ざめていた。
「冒険者クラスAの称号を持っておった」
「な……」
冒険者制度において、クラスAとは別格の意味合いを持つ。クラスAとは救世主の称号であり、フルスベルグ家でさえ、おいそれと手が出せない存在だ。
しかし、ミヒェルには心当たりは全くなかった。ここ数十年で、クラスAになったのは、ヴォルフ=デマンティウスのみ。そして、彼は魔術師ではない。
「偽物ではないのか?」
「偽物ではなかった。彼の名前はクレメンス=アーレルスマイヤ」
「どこかで聞いたような……」
「我輩も気になって調べた。すると、このフルスベルグの基礎を作った冒険者だった」
そうだ。思い出した。
今は絶版となっている、フルスベルグのガイドブックにその名が記されていた。彼は、フルスベルグの治水に尽力を尽くし、さらに冒険者制度の基礎を作り上げた人物のはずだ。
「そうなると、彼の年齢は200歳前後ということになるが」
「寿命を引き延ばす魔法があるらしい。信じられないが、彼の持つ〈身分証明の金属板〉が本人であることを示していた。あれに偽装はできない。」
「それでは……」
「うむ。それがトドメだった。元々、フルスベルグ家には、王家の再建を望む者たちがいる。狙いは恐らく〈中ツ国〉に対する復讐だろう。王女は良い旗印になろう」
「なんてことだ……」
溜め息をつくしかなかった。しかし、ジークフリートは強い言葉で続ける。
「だが、我輩は、これを阻止したい」
ミヒェルは、彼の真意を探った。目には強い意思が見られる。嘘をついているようには見えない。
彼の言を信じることにした。
「だが、儂は全てを失った身。手伝えることは何もない」
「いいや。やれる事はまだある。既に計画はできておる」
ジークフリートは目を細めた。
「最後に確認する。計画に参加するかどうか、返事を聞きたい」
ミヒェルには、返す言葉は一つしかなかった。ただし、その前に確認しておきたいことがある。
「息子たちに連絡を取りたい。彼らは王都に留学しているはずだ。手紙を代わりに送ってもらえないだろうか?」
彼は驚いた。その後、残念そうに首を横に振った。
「無理だ。西の爆発で、大地が大きくえぐられた。そこに地下水が湧き出て、今は大きな湖になっておる。王都に通ずる街道は消滅した」
ミヒェルは絶句した、と同時に安心した。少なくともフルスベルグのいざこざに、息子たちが巻き込まれることはない。
「ならば、答えは……」




