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名もなき魔術師の一生  作者: きゅえる
【3章】
56/106

【59】エリー、少年たちに出会う

【1】


 エリーは、目覚めた。


『ここは……どこだ……』


 まず、自分の状況を確認する。

 体が動かない。節々が、鈍い痛みを伝えてくる。風を切る音が聞こえる。真っ青な空と、雲だけが見える。


 ひょっとして、自分は風の精霊になったのではないか、と思った。しかし、痛みがそれを否定する。


 一般的に、人を含めた全ての生き物は、肉体、精神、魂で構成されている、と考えられている。魂が、その人の本体であり、精神は、肉体と魂を繋ぐヒモなのだという。

 そして、人が死ぬと、精神のヒモが断ち切られ、魂は霧散してしまう。そして、散り散りになった魂のカケラは、精霊の一部として世界を流転する。そして、新たな生命が産まれるときに集い、魂が再構成されるそうだ。


 エリーはもう一度、考え直した。


 痛みを感じる以上、肉体がある。肉体がある以上、魂、精霊にはなっていない。つまり、腕輪の力で次の体に乗り移ったのだろう。

 空を飛ぶ肉体と言えば。


『シロ?』


 正解だった。

 シロの思念が返ってきた。つまり、次の依り代は、白き鱗を持つ〈翼竜(リンドヴルム)〉であるシロのようだ。


『シロ、何があったか、教えてくれるかな?』


 喜んで、という思念が返ってきた。そしてシロは、今までの状況を簡単に説明してくれた。


『そうか……そんな事が』


 あの時、エリーは苦痛に耐えながら、ただマテウスだけを見ていた。だから〈鹿男〉ユリアンが、命がけでマテウスを襲ったと聞いて、驚いた。


『無茶なことを……逃げれば良かったのに』


 エリーは、前夜、彼に耳かきをしてあげた記憶を思い出す。シロも、残念だという思念を伝えてきた。


『そうだ、シロは大丈夫なのか?』


 思念で嘘はつけない。嘘をつくという気持ちすら伝わるからだ。やや抵抗を感じながらも、シロは自分の体について、正直に教えてくれた。

 シロの体は、やはり〈石化(ペトリファイ)〉の魔法の余波を受けたようだ。体中の関節が硬くなり、動かしにくい。体の一部は、石化しているという。さらに〈再創世(リジェネシス)〉の熱波で、下半身の鱗は、黒焦げになっているらしい。


『シロ……悪かった……ありがとう……』


 エリーは感謝の念を返した。

 いくら不老不死と言っても、腕輪ごとやられたら、消滅していたかもしれない。エリーには、まだやるべきことがある。シロに恩ができた。


『シロ、今どこに向かっている?』


 わからない、と返ってきた。とにかく休める所を求めている、とも。


『ならば、魔物が少ない、人里近くの山がいいと思う。最寄りの村に向かってくれ』


 わかったー、という思念と共に、シロは翼を少し動かした。景色が旋回し、高度が下がっていく。

 エリーはまずは一安心した。

 思考が一度、途切れると、今度はハンナの事が頭に浮かんだ。


『そうだ、ハンナ……』


 腕輪の魔力で、ハンナもいるはずなのだ。エリーは気配を探ってみた。そして心の奥底へ潜って行く。


 いた。


 心の奥底で、彼女は眠っていた。憑依にまだ、慣れていないのだろう。目覚める様子はない。

 エリーは、ハンナの気配を揺さぶってみる。しばらくすると、目覚める気配がした。


『おはよう。ハンナ』

『あ……』


 ハンナは、何が何だか分からない、という様子だった。なのでエリーは、まず腕輪の力について説明し、次にハンナが死んだ後の事を話した。


『そんなことが……』


 流石にハンナも驚いたようだ。しばらく呆然としていた。


『ハンナ……』


 エリーはハンナを慰めた。その甲斐あって、徐々に落ちついていく。

 だが突然、彼女は激しい感情を露わにした。


『あ、ああ……』


 どうやらハンナは、死ぬ直前の様子を思い出したようだ。マテウスがハンナを生贄にした情景が蘇った。


『あ、マテウス様が……怖カッタ……怖カッた……マテウす様に……捨てらレた……捨テラレた……マてウス様に……殺さレた……殺さレタ……ア、あ、アあ、あアア…アーッ!』


 ハンナは、恐怖と孤独で満たされた。

 愛する人に捨てられ、殺されたという事実が、ハンナの心の中に重くのしかかっていく。


『どウシて、あたシハ生きテイルの……?』


 やがて、ハンナの思考は、自分自身へと向かっていく。その感情に、狂気が混じりはじめた。


『モハヤ、生キテいる理由ナンてナいノニ』


 ハンナが生きる希望を失っていく。心がバラバラに壊れていく。


『ア、ア、マてうス様、ゴめンナサイ、ごメンなさイ、ごめンナサい、ゴメンナサい、ゴめンナ……サい……ご……メン…な……サ……』


 ハンナの魂は、後悔しながら消えていった。

 エリーには、どうすることもできなかった。ただ、ハンナの断末魔から、自分とシロの身を守ることで精一杯だった。

 不老不死であり続けるには、強い魂でなければならないのだろう。


『シロ、大丈夫だよ』


 シロは、怯えていた。


『あたしがついてる』


 間もなく、目的地の山に到着する。


【2】


 イステル村。


 人口数百人程度の小さな村だ。街道からやや外れた所にある為、世間の情報には疎い。その為か、村民は自立の精神が強く、生活品は山から採取して暮らしている。

 そのイステル村の近くの林で、3人の子供たちが木登りをして遊んでいた。

 一人は木の頂上に。もう一人は木の中ほど。そして少女が、木の根元で心配そうに二人を見守っていた。

 一番てっぺんにいた少年が、ふと空を見上げる。


「なんだ、あれ?」


 残りの2人も顔をあげた。何か大きい鳥のようなものが、近くの山に墜ちていくのが見える。


「エリク、何だと思う?」


 エリクと呼ばれた少年は、木の中間にしがみついている。手と足を器用に動かしながら、登って行く。


「ロイ、ちょっと待って。……よっと」


 エリクは、一番近い幹に腰を降ろした。


「鳥……にしては、でかいと思う」

「だよな!」


 ロイと呼ばれた少年は、目を細めて再び見つめた。


「なんか、フラフラしてる。怪我してるのかな?」

「よくわかるなあ」


 ロイは、幹をしならせて少しでも枝の先の方へと進む。すると木の根元から、少女の声が聞こえてきた。


「ロイー、危ないわよー!」

「これぐらい、平気、平気! ターニャは心配性だなあ!」


 そう言って、ロイは意地悪な顔をした。そして、ワザと枝をしならせる。枝がサワサワとざわめく。

 ターニャと呼ばれた少女は慌てふためいて、ロイの動きに合わせて、上へ下へと首を振る。


 突然、ボキッという音がした。


「ロイ!」


 エリクは目を見開いて、ターニャは悲鳴を上げた。

 ロイは、途中の枝に何度か引っかかりながら、地面に落ちた。エリクは、急いで木を降りはじめ、ターニャはロイの元に駆け寄った。


「いててて……」

「ロイ! 今すぐ治療するから、手を出して!」


 ロイは言われるままに手を出した。ターニャは、ロイの手を取り、魔法を唱え始める。


「〈生命の精霊セフィロト〉よ、ロイの怪我を治してあげて!」


 ターニャから魔法の光が溢れ、ロイの体に消えていく。ロイの怪我が治った事を確認すると、ターニャは恥ずかしがって、慌てて手を離した。

 そして、木から降りてきたエリクが、ロイの顔を覗く。


「大丈夫か?」

「平気だって。それに、怪我をすると、ターニャが手を握ってくれるんだぜ!」

「……そ、そう」


 エリクは苦笑いした。それは本人を目の前にして、言う事じゃない。

 案の定、ターニャの顔は真っ赤になった。ロイの頭をポカポカ叩いて、そっぽを向いてしまった。


「もう! 知らない!」


 ロイは、そんなターニャの様子を見て、喜んでいる。エリクの目から見れば、ロイがターニャのことを好きなのは、明らかだ。


「ロイ」


 エリクは、ロイと目を合わせた。謎の鳥についてどうするのか、と目で訴えた。


「そうだ! エリク、面白そうだから行ってみようぜ!」

「だけど、ちょっと遠いよ?」

「日が沈む前に帰れば、だいじょーぶだって」


 ロイは親指を立てて、山の方に向けた。本音を言えば、エリクも少し興味がある。


「よし、じゃあ僕も行こう」

「ちょっとー! エリクもバカ言わないでよー!」


 さっきまでそっぽを向いていたターニャは、今度は怒りだした。エリクは、首をかきながら言った。


「ターニャはどうする?」

「行くわけないじゃない! エリクのバカ!」


 再び、ターニャがそっぽを向く。

 いつの間にか、ロイが立ち上がっていた。そして話しかけてきた。


「よーし、じゃあ行ってみようぜ」

「そうだね」


 エリクとロイは、肩を並べて歩き始めた。目的地は、謎の鳥が墜ちた、近くの山だ。

 ターニャは、二人の後ろ姿を見送る。そして、両手を口に当て、声を大にして叫んだ。


「エリクのバカー! ロイのバカー! ちゃんと夜までには帰って来なさいよー!」


 エリクとロイは、振り向かずに、手を振り上げた。


【3】


 二人が山の中に入って、かなりの時間が立った。


 目的の物はまだ見つからない。道なき道を進む。エリクは、退屈を感じ始めていた。

 ロイも退屈になってきたのか、口を尖らせてぼやいた。


「失敗したなあ」


 エリクも、ロイに同意して「そうだね」と返した。

 それからまた、黙々と歩き始める。二人の足音だけが聞こえる。背後を振り返れば、日が沈みかけていた。今から帰るぐらいなら、山に一泊野宿した方がマシだろう。

 エリクが口を開いた。


「よく考えたら、山の中で何かを探すのって、すごい難しくない?」


 ハタと一瞬、ロイが足を止めた。


「そうじゃん!」

「しかも、何を探しているのかも、分からないし」

「そうだよ! 無理じゃん!」


 ロイのツッコミも、いつもよりキレがない。

 エリクも、段々投げやりになってきた。しかし、ここまで来たのだから、目的の物は見つけたい。


「まあ、ここまで来たら、意地だよね」


 言葉は返ってこなかった。代わりに、ロイの足が速くなった。エリクは溜め息をついて、後ろを追う。

 それから、また二人は口を開くことなく、歩きだした。もう、何も考えない。考えると、自分がバカに思えてくる。

 エリクは、足元を見ながら、歩数を数え始めた。取り敢えず、1から始めて、10歩、20歩と数えていく。

 200歩を超えた辺りで、ロイの足音が止まった。エリクは顔を上げた。


「ロイ、どうしたの?」


 ロイが、一方を見て固まっていた。エリクは、不思議に思いながら、視線を追っていく。

 すると。


「竜だ……」


 木の木の間から、翼を休めている竜が見えた。エリクは息を飲んだ。竜は、魔物の中でも特に危険な生き物だ。知性的ではあるが、怒らせると村を滅ぼすことがあるという。


「マズいよ。村の近くだよ」


 村には、数百人しかいない。仮に魔物に襲われると、ひとたまりもない。だから今すぐ村に帰って、報告しなければならない。

 早く逃げよう、とロイの服を摘まんで引っ張った。


「エリク、ちょっと待ってくれ。様子が変だ」


 ロイは、片手でエリクを制した。気配を殺しながら、竜に近づいていく。


「ロイってば。見つかったら、喰われちゃうよ?」

「平気だよ。どうも、大怪我をしているみたいだ。近づくだけなら襲われないと思う」

「だといいけど」


 物陰に隠れながら、ロイは竜の様子を伺っている。エリクも同じようにして、ロイの背中から覗いてみた。

 竜は、美しい白鱗で覆われ、瞳は透き通った暗緑色をしていた。しかし、翼や背中に石がこびりつき、尻の方が、真っ黒に焦げている。顔も半分ほど石化していて、動きに精彩がない。

 何より驚いたのは、白竜の足元に、黄色の髪をした美しい女性が横たわっていたことだ。


「しょ、食事中なのかな……」

「どうかな……」


 ロイとエリクが、ヒソヒソと話し合った。二人が見守っていると、白竜が女性の頬を、ペロペロと舐め始めた。食べるという感じではなさそうだ。

 それから、白竜は空を見上げた。

 二人も釣られて顔を上げたが、特に何も無い。もうすぐ日が沈む。


「ア、アア、ソ、ソコノ、少年タチ……」


 白竜が喋った。

 完全に不意を突かれた。逃げ出すことすら忘れて、二人は顔を見合わせた。


「ロイ、ばれてるよ! どうしよう!」

「エリク、お、おおお、落ち着くんだ!」


 どう見ても、ロイの方が慌てていた。その様子を見て、エリクの頭は、逆に冷えた。


「ソ、ソンナニ怯エナイデ。頼ミガアル……」


 白竜は女性を見つめている。とても悲しそうな目だった。


「彼女ヲ、弔ッテクレナイカ」


 エリクは驚いた。竜に弔うという概念があるとは。この竜は、人の心に近いものを持っているのかもしれない。

 エリクは意を決して、竜の前に進み出た。


「エリク!」

「大丈夫、この竜はロイの言う通り、襲ってこないよ」


 エリクは、両手を広げて大丈夫だ、という仕草をした。ロイは渋々といった様子で、草陰から出てくる。


「ユ、勇気アル少年タチヨ。感謝スル」


 白竜は首を下げて、二人の顔を交互に見た。それから、再び口を開いた。


「君タチノ名ハ?」

「僕は、エリク=イステル。で、彼がロイ=イステル」


 白竜は首を大きく回した。ポキポキと音が鳴った。


「歳ハ、イクツ?」

「僕は13で、彼が12かな」


 白竜は、遠い目をして空を見上げた。エリクも見上げる。空はほとんど日が沈みかけ、もう一番星が見える。そろそろ、家族が心配し始める頃だ。


「君タチニハ、帰ル所ガ、有ルンジャナイカ?」

「そうだけど、もうこんな時間だし」


 エリクは、両手を広げた。白龍が興味深そうにエリクを見つめる。


「野宿スル気カイ?」

「うん」


 白竜は身じろぎして、クツクツと笑った。体中からピシリピシリとひび割れる音がする。


「彼女ノ墓ヲ作ッテクレタラ、泊マル所ヲ作ッテアゲヨウ」

「本当に?」

「約束シヨウ」


 エリクは振り返った。ロイも面白そうだという顔をしている。竜の願いに応えることになった。

 意を決して、二人は女性のそばに近寄る。白竜の足が、すぐ目の前にある。襲ってくる様子は全くない。


「うわあ、綺麗な人だ……」

「耳が尖ってる……」


 目は閉じている。血の気が失せ、肌が色白になっている分、より一層、綺麗に見えた。


「まず、穴を掘らなければね」

「よし、木と石を拾おう」


 エリクとロイは、その場を離れ、周りに落ちている木や石を拾い始めた。

 やがて、即席のクワを完成させる。そして、女性の横に、人一人横たわれるだけの穴を掘り始めた。

 その様子をじっと見ていた白竜は、急にソワソワしだした。そして鼻息を鳴らして言う。


「掘ルノダケハ、少シ手伝ワセテクレ」


 エリクとロイは、一度その場を離れた。すると、白竜が前足をうまく使って、土を一気に掻き出した。

 そして、再び元の姿勢に戻る。


「アリガトウ、デハ続ケテクレ」


 二人は今の行為に首を傾げながらも、穴掘りを再開する。

 そして、ようやく墓穴を完成させた。エリクは、額の汗を手で拭う。


「できたよ」

「じゃあ、この人を穴に入れよう」

「少シ、待ッテクレ。彼女ノ持チ物が欲シイ。取ッテクレナイカ」


 エリクは納得した。白竜の足では、彼女から装備品を外せない。だから、助けが必要だったのだ。


「いいけど、どれを?」

「右腕ニ持ッテイル短剣ト、腕輪。腰ニツケテイル鞘。後ハ、首飾リダ」

「はいよ」


 二人掛かりで、言われるままに、彼女の手から短剣をむしり取った。それから腕輪。首飾り、鞘を取り外す。


「これ、どうしよう?」

「腕輪ハ、大キサヲ変エラレル。ソレヲ前足ノ指ニツケテクレ。残リハ、二人ニアゲヨウ」

「えっ、いいの?」

「モチロン」


 エリクは、自分の手にある短剣を眺めた。不思議な短剣だった。新品のように輝きを放ちながら、使い込んだ熟練の味も感じさせる。何より、軽い。

 一通り眺めた後、エリクは短剣を鞘に収め、腰に身につけた。


「エリク、僕に首飾りをくれないか?」


 ロイが急に話しかけてきた。

 エリクは驚いて、振り向いた。彼の顔を見てわかった。ターニャにプレゼントする気だ。


「いいよ」


 エリクは微苦笑を浮かべながら、首飾りをロイに手渡した。

 それから、腕輪を力ずくで曲げ、大きさを変えた。そして、白竜の前足に近づいた。


「サア、オ願イスル」


 白竜は、右前足を差し出してきた。エリクは、力ずくで指に差し込む。

 うまく腕輪がハマると、白竜は嬉しそうな顔をして、鼻息を鳴らした。


「よし、じゃあ埋めようぜ」


 ロイはポケットに首飾りを仕舞いながら、女性の肩を持った。


「うん」


 エリクは女性の足を持って、掛け声と共に持ち上げ、穴に入れた。上から土を被せていく。

 とうとう、墓が完成した。


「できたよ」

「アリガトウ」


 エリクもロイも、一仕事終えることができて、満足感に溢れた。既に完全に日が沈み、辺りは真っ暗だ。

 白竜は墓を一瞥した後、二人を見つめながら、目を細めた。


「デハ、約束ヲ果タソウ」


 そして、白竜は大きく翼をひろげ、魔法を唱え始めた。


「〈|地ノ中位精霊〉ヨ。彼ラガ休メル穴ヲ作レ」


 地面がグラグラと揺れた。土がパラパラと動き出す。大きな石が転げ落ちる。

 あっという間に、中で二人が横になれる程度のほら穴が、目の前にできた。


「スゲー……」

「うわあ」


 エリク達は感嘆しながら、ポカンと口を開けた。ここまで、大規模な魔法を見たことがない。


「朝マデ、守ッテアゲヨウ。安心シテ眠ルガヨイ」


 エリク達は、おっかなびっくりしながら、ほら穴の中に入っていく。中は外と比べて、かなり暖かい。

 これは、快適に夜を越せそうだ。


「どうも、ありがとう!」


 エリクは、外にいる白竜に声をかけた。

 

「コレハ、オ礼ダ。気ニシナクテヨイ」


 二人は、ほら穴の中で腕を枕にして、横になった。


【3】


 二人が完全に寝静まった頃。夜空に満点の星空が輝く。


 エリーは、空を仰いで〈黄道十二星座(ゾディアック)〉から、月を読んだ。

 今は〈獅子の月(レオ)〉という所だろう。季節で言えば、初夏。少なくとも、中の少年達が凍えることはない。

 思えば、遠くまで来たモノだ。故郷の村を出たのも、大体この時期だった。

 エリーの中では、もはやアーレルスマイヤ村は故郷ではない。半ば、憎悪の対象ですらある。


 理由は、忘れた。


 ふと、ハンナの墓を見る。

 少年達が、墓標を立ててくれた。これでハンナの肉体も、魂も、もはやこの世からなくなった。

 変な所もあったが、一途な子だった。色々と振り回されたり、モニカと敵対させられた事もあったが、嫌いではなかった。


 今だから、思える。


 あの時、森の中で、あわよくばハインツを殺そうとしたのは事実だ。しかし、冷静に考えてみれば、間違いだった。

 たとえ彼を殺した所で、モニカの気持ちが戻ってくる可能性は低い。より悲しませるだけだろう。

 もはや、エリーがモニカに対してできる事は、見守るだけ。とても辛いが、それしかできない。

 エリーは、ふと、今だ腕輪の最奥で眠っている〈名もなき魔術師〉に呼びかけてみた。

 彼には、愛する人がいながらも、どうしようもない理由で、別の男に譲った。そして不老不死の研究を始める事になった。

 いわば、エリーの先輩に当たる。だから、話をしてみたい。もう一度、呼びかけてみる。


 だが、返事はない。


 もどかしい気持ちになった。

 名前がわからなければ、彼の意識が目覚めることはない。

 諦めて、再び墓を見つめる。拙い墓標が、夜の風に晒されている。

 彼女のように、愛している人に裏切られたら、自分はどうなるのだろう。エリーは、恐れを感じて、身を震わせた。


 そして、エリーは、別れの挨拶を告げた。


『さよなら、ハンナ』


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