【57】24歳モニカ、竜退治をする(5)
【30】
ヴィクトール邸。
この屋敷の攻略を始めてから、丸一日が経とうとしている。赤い夕焼けの太陽が、地平線へと沈みかけていた。
冒険者組合北支部の〈副長〉フェルディナントは、頭を悩ませていた。
とうとう三名の死者が出てしまった。が、代わりに、貴重な情報を持ち帰ってきてくれた。
アーデルハイト嬢が異変の原因であること。
そして、彼女は既に人間ではないこと。
住民は主を含めて全員、死んでいること。
魔法が効かないが、物理は有効なこと。
人間モドキを無尽蔵に生産できること。
危険すぎて、まともに近寄れないこと。
ここまで情報収集ができれば、最終手段に出ることも可能になってくる。
つまり、屋敷ごと破壊するのだ。
中に生存者がいない、と確認できたからこその乱暴な手段。
「メルヒオール様!」
〈魔術師組合員〉たちの声がした。
声のする方に振り向けば、メルヒオールの姿があった。
少し前に彼は、用事ができたと言って、部下たちに魔法を引き継がせ、席を外していた。
どうやら、無事に用事を済ませたようだ。
「面白いことになってるな」
メルヒオールは、屋敷を嬉しそうに眺めている。その背後では〈光の精霊〉の維持に苦心していた部下たちが、ホッとしていた。
「メルヒオール公、住民の生存者はいないようです。ですので、屋敷ごと破壊しても?」
「やはり、ヴィクトール侯の生存は、絶望的だったか」
メルヒオールは、わずかに悲しそうな顔をした。この男にも、悲哀という感情があったのかと、フェルディナントは内心、驚いた。
「まあ、良かろう。して、その方法は?」
「爆薬を屋敷内に設置して、遠隔で爆破します」
メルヒオールは、嬉しそうに口笛を吹いた。
「強引だな」
「魔法も効きませんし、大仰な土木機材も運ぶ暇はありませんので」
「まあ構わんが、時間制限に気をつけろよ」
「と言いますと?」
「〈生命の上位精霊〉は、太陽光からも〈魔力〉を吸い取る。もうかなり、屋敷の外に触手を伸ばしているようだ。朝になったら、手がつけられなくなるだろう」
フェルディナントは、青ざめた。
火薬を用意する時間を考えると、間に合うかどうか分からない。
【31】
ハンナは、戦場のど真ん中に舞い降りた。
ハンナが率いていた竜騎兵は、そのまま西へと飛び立って行った。
既に日がくれて、〈光の精霊〉の光球が、そこかしこに浮かんでいる。
流石に最前線なだけあって、矢は飛んでこない。乱戦になっているので、同士討ちになるからだ。
「ハンナ!」
「ハンナちゃん!」
「フローラ! ゲルタ!」
お互いに名前を呼び合って、無事を確認し合う。
「予定通り、撤退するよ!」
ハンナは、シロの手綱をひねる。シロは、近くにいた敵を踏み潰した。
「準備は、できてるよ!」
フローラは、背後の敵を踊って斬り捨てた。
「うりゃー!」
ゲルタは、平手打ちで多数の敵を葬り去った。
三人の〈精霊の子〉が、後ろを守りながら、残った部隊を引き上げさせていく。戦いの流れが変わる。敵の油断が、警戒に変わっていく。
「随分と、余裕じゃない!」
「ゲルタとの訓練は、こんなモノじゃないからね!」
光球の動きが変わる。
自然とハンナたちへと明かりが集中し始める。
「ああ、目立つのは、あまり好きじゃないけど!」
〈精霊の子〉の中で一番でかいゲルタが呟いた。すかさず、フローラがツッコミを入れる。
「いやいや、ゲルタが、一番目立つから!」
フローラは、敵の中に飛び込み、まとめて数人の敵を切り刻んだ。
ハンナは負けん気を発揮して、シロを操作する。シロの尻尾を振り払って、後ろの敵をなぎ倒した。
その時、エリーの囁きが聞こえた。
〈光の精霊〉使いを……狙って……そうすれば……撤退する。ハンナっちは……暗視能力あるから……平気……。
「ゲルタ! フローラ! 〈光の精霊〉使いを狙って!」
ハンナは叫んだ。ゲルタもフローラも、動きが変わる。
敵にも聞こえたようで〈光の精霊〉使いを守るように陣形が変容した。逆に言えば、どこに標的がいるか教えてくれているようなモノだ。
「シロ! 飛び込め!」
ハンナは、一番近くの集団に飛び込んだ。シロの足で、牙で、ハンナの魔法で、まとめて蹴散らしていく。
敵が連携されたら怖いが、今は敵味方入り混じって乱戦化している。こんな場では、お互いに魔法を唱える暇はない。
何の抵抗もなく、人間を殺して、殺して、殺しまくった。
【32】
カールは、ようやく一息ついた。
西区民のうち、担当する範囲の全てを、東区の広場に避難させることができた。
協力してくれた隊の冒険者たちも、一様に安堵している。カールの息子ラルスも、石畳の上に座っていた。
「終わりましたね」
「お疲れさん。思ったより、区関門で手間どったちまったな」
フルスベルグは、西区、東区、中央区、北区、南区の間にも、城壁が存在する。といっても行き来を制限する為のモノではなく、街を拡張してきた際の名残だ。普通は見張り番もいない。
ただ、今回のように大量に人が通るとなると、渋滞となってしまう。それが避難に丸一日かかった原因だ。
「カール!」
道路の向こうで、壮年の女性が、何かを探し回っていた。カールの姿を認めると、走り寄って来た。
「エリーゼ、どうしてここに!」
「母ちゃん!」
ラルスが母親に駆け寄って行った。エリーゼはラルスを抱き寄せる。それからカールに顔を向けた。
「今日は危険だから、外に出ないようにと言っておいただろう」
「いくらなんでも、昨日今日で、それは無理です。買い物をしないと、子供たちを食べさせられません」
エリーゼは、ピシャリと言い返す。カールは酸っぱい顔をした。
少し前の話だが、あまりに家に帰ってくるのが遅かったので、しばらく晩ご飯を抜きにさせられた期間があったのだ。今では、門限をきっちり決められてしまい、文句も言えずに定時帰宅をしている。
もちろん、今が緊急事態であることは、納得してくれている。
「買い物と言ったって、お店もやってないだろうに」
「そんな事はありません。お店の方も、食べ物を腐らせるのも忍びないと、路地裏で売ってくれます」
カールは苦笑いした。
「ははは、皆たくましい」
「それより、怪しい集団の事で話しておきたいと思って」
カールは途端に、厳しい顔になった。把握しきれていない情報があれば、致命的になる。
「なんだ、それは」
「一ヶ月前からかしら。白銀の騎士団と名乗る、白い鎧を身につけた人たちが、食べ物を分けて回っているのです」
「なんだと……?」
騎士団というのは、王国に従属する武装集団が好んで使う言い回しだ。
フルスベルグは、フルスベルグ家が中心とはいえ、共和制であり、自治区だ。この街に騎士団と名乗る集団がいるのは異常だ。
仮に王都からの派遣だとしても、連絡が来ないのはおかしい。
「それで、私も色々と聞いたのです。そうしたら、これから来る食糧難の為に、皆さんを慈愛の精神で助けたいのだ、と」
「それは変だな」
「ええ、カールからは、これから食糧事情は良くなるだろうと聞いていましたので、変だなって」
エリーゼは、まだ何かを言おうとしていたので、カールは無言で続きを促した。
「決定的に変だと思ったのは、『市民の生活も守れない、この街の支配層に価値はあるのでしょうか』と彼らが言っていた点です」
カールは、頭を殴られたかのような衝撃を受けた。
周囲の村々に、反旗を翻させられかけた手口と同じだ。今度は、食糧事情を盾にして、内乱の種を撒かれている。
「エリーゼ、ありがとう。とても、助かったよ」
「カール……大丈夫なのでしょうか?」
「心配するな、大丈夫だとも」
カールは、ふと息子と目が合った。息子は、何かを恐れているような気がした。
「そうだ、ラルスをよろしく頼む」
途端に、ラルスは挙動不審になった。
やはりか。
「ラルス、父ちゃんの迷惑をかけてはいけません」
「母ちゃん……」
「迷惑をかけてはいけません」
ラルスはどんどんと萎れていく。こう見えて、エリーゼはとても頑固だ。ラルスに勝てる見込みはない。母は強しだ。
「それでは、私は家に居ます。危なくなったら戻ってきて下さい」
「ああ、ケリがついたら、必ず戻ってくるさ」
エリーゼは、カールに背を向けた。
そして、ラルスを引きずるようにして、道路の向こうに消えて行った。
【33】
「ただ今ー!」
「お帰りなさい」
ハンナたちは、拠点に戻った。
敵は追っては来なかった。〈光の精霊〉使いを半分ほど殺した時点で、敵の方から撤退し始めたから。
〈火の精霊の子〉イザベラが、出迎えた。
「マテウス様は?」
「今夜は一人にしてくれ、だそうよ」
「ご主人様は、大丈夫なのでしょうか」
〈水の精霊の子〉フローラが、心配そうに尋ねた。
「明日は、三人とも出陣しちゃダメだそうよ。ご主人様の魔法の手伝いをしろとの命令よ」
「はぁい」
「分かりました」
ゲルタとフローラは了承した。そして、他に連絡事項がないことを知ると、自分たちのテントに潜り込んでいった。
二人の後ろ姿を眺めながら、ハンナは疑問を口にした。
「どんな魔法なの?」
「さあ? ただ、かなり巨大な魔法陣よ」
「ふーん」
「貴女はどうするの?」
「うーん、どうしようかなあ」
ハンナの頭に、エリーの言葉がかすめた。
「部下たちの様子を見てくるよ」
イザベラは、不思議そうな顔をした。
「貴女、変わったわね」
「んー、何が?」
「何が、とはうまく言えないけど……とにかく変わった」
「そ、そう? じゃあ、行くね」
ハンナは、イザベラに背を向け、部下たちの元に向かう。その道中で、一人なことを確認してから、エリーに話しかけた。
先ほどのイザベラの言葉が気になった。
「あたし、どこか変わったのかなあ」
エリーがしばらく考え事をしている。読める内容と読めない内容が半々だ。
……あたしが、たまに表に出るから、それでじゃないかな?
「そうだよねえ。あたしはそんなに変わった感じはしないよ」
……特に気にすることじゃないよ。それより、そろそろ変わって欲しいな。
「あ、うん」
ハンナの頭で、パチンと何かが切り替わる音がした。いつものように、遠くから自分を見ているような感覚になる。
エリーは、歩き出した。
間もなく部下たちの元にたどり着いた。部下たちは、焚き火を囲んで、夜遅くの食事をしていた。
「やあやあ、皆」
「あー、ハンナ様、じゃない、エリー様、かな?」
「そうだよー。エリーでいいっていつも言ってるじゃないかー。おっ、旨そうだね」
エリーはそう言いながら、料理の得意な〈料理人〉ルードガーと、狩りの得意な〈鹿男〉ユリアンの間に割って入った。
「おい、ルー、エリーが旨い料理をご所望だぞ」
竜の世話係〈竜僕〉エドウィンが、〈料理人〉ルードガーにチャチャを入れる。
「エドっちもよく生き残れたね。絶対、死んだと思ったのに」
ルードガーは、早速、串の肉に秘伝のタレと塩をまぶしていた。
「あの矢は凄かったっすね。かすめただけでも墜落しかねない威力でした」
エドウィンは、その時の様子を思い出すかのように、遠い目をしながら答えた。
「ルーちんも、竜に乗れれば良かったのに」
「俺には無理ですよ。今の話聞いてると、今頃死んでますって」
「全くだ」
四人が一斉に笑った。
ちょうど、ルードガーの特製串焼きができたらしい。彼はエリーに串焼きを差し出してきた。
エリーは速やかに受け取って、かぶりついた。
「うまうま」
「エリーはいつも、旨そうに何でも食べますよね」
「ルーちん特製のタレが、とても旨いのだ」
エリーは幸せそうな顔をしながら、頬張った。幸せが伝染したのか、三人の顔も自然と綻んだものとなる。
その流れで、エリーに惚れている〈鹿男〉ユリアンが、変なことを言い出した。
「エリー様、ご褒美を下さい」
他の二人が、打って変わって、冷たい目でユリアンを眺めた。
「あー、前から思ってたけど、手遅れだよなー」
「この病はもう、治らないだろうなー」
二人が酷い事を言いあっている間、エリーは手についたタレを、旨そうにしゃぶりながら言う。
「うん、いいよ。何がいい?」
ようやく、しゃぶり終えたエリーは、軽い感じで了承する。
二人は軽く引いた。
「え、え、と、それじゃあ、み、耳かきをお願いします……」
ユリアンのか細い声に、二人が一斉に大声をあげた。
「変態だ!」
二人の声が、綺麗にハモった。そんな声をよそに、エリーは少し困ったような顔をした。
「耳かきの道具なんて、ないよ?」
エリーの言葉に耳を疑った二人は、再び声を張り上げた。
「こっちは天然だ!」
それからルードガーは、大きく溜め息をついて、余った串を短剣で削り始めた。みるみるうちに耳かきの棒が出来上がる。
「エリー、どうぞ、耳かきです。これでその変態の鼓膜を、突き破ってやってください」
エリーは、ルードガーから即席の耳かきを受け取った。そして、倒木の椅子を座り直して、膝枕を作った。
「んー、ほらほら、ユリっち、こっち来て。やってあげる」
「は、はい!」
ユリアンは、恐る恐る横になって、エリーの膝枕に、頭を乗せた。
「ああ、柔けえ……エリー様……」
ユリアンは、陶酔しながら、エリーの膝にスリスリしている。
「変態だな」
「変態ですね」
「変態だわな」
「変態だ」
「変態過ぎる」
「変態がいる」
「変態だあ」
「もうやだ、この変態」
何時の間にか、ハンナ直属の部下18人全員が、エリーの周囲に集まって来ていた。先ほどの大声で呼び寄せてしまったのだろう。
エリーは苦笑しながら、ユリアンの耳に耳かきを入れた。しかし、近くの火のせいで、穴の中がよく見えない。
「ん、誰か明かりを」
「へいへい。〈光の精霊〉、このバカの耳をよく見えるようにしてやってくれ」
〈光の精霊〉が使える部下が、光球を一つ作り出した。これで、耳の中がよく見える。
「耳の中を掃除するなんて、生まれて初めてだよ」
エリーは、ユリアンの耳の中の掃除を始めた。浅い部分から順番に掃除していく。
「ああ、気持ちいい……」
ユリアンが目を閉じる。
周りの部下たちが様々な反応を示した。羨ましそうにする者、呆れ果てて向こうに行ってしまった者、イラついて肉をかぶりつく者もいた。
「そう言えばエリー様ってば、何者なんですか?」
「だから、様は、きーんし!」
エリーは少し強く引っ掻いた。ユリアンは、痛気持ち良さに軽い悲鳴を上げた。
「うーん、どこから言えばいいのかなー」
エリーは内心、迷った。ハンナも起きている手前、下手な事は言えない。
「君たちと同じだよ。この子の中に、魔法で捕らわれてるんだ」
「へえ……」
ユリアンが、身じろぎした。周りの仲間も意外な話に、耳を傾けている。
「じゃあ、エリー様の本体が、この世のどこかにいるって事?」
「あ、でっかい耳垢はっけーんー」
エリーは、耳奥にあった垢を掻き出し、ユリアンの顔に乗せた。ユリアンは「ああっ、あ、あ」と声にならない悲鳴を上げる。
「うーん、あたしの体は、もうないかなー」
ユリアンは、身を硬直させた。
「あ、その……すいません」
「まあ、気にしないでー。や、こっちの耳は終わったよ。反対側もやるから、引っくり返ってね」
「あ、はい」
ユリアンが向きを変える。
顔がエリーの股間の方に向く。
皆が、一様に沈黙した。
「……あの野郎、これが狙いか」
誰かが呟いた。エリーにも、バッチリ聞こえた。なるほど、ユリアンは変態だが賢い。正確に言えば、変態方面限定で賢い。
ここで、やはりダメだと言えるような雰囲気でもない。エリーは苦笑をこぼしながら、耳の掃除を再開した。念のために釘を刺す。
「あたしはいいけど、変な事したら、後でハンナっちに殺されるから、気をつけてね」
「もちろん、もちろんですとも。ええ」
ユリアンは、安全面を何度も強調した。そして、大きく鼻で空気を吸った。
やはり、変態だ。
「エリー、そんな変態の言う事なんて、信用できません。今すぐ、作業を中止すべきです」
いたたまれなくなった〈竜僕〉エドウィンがエリーに助け船を出した。エリーは、耳掃除を続けながら言った。
「ま、いいじゃないー。せっかくだし、皆も自分のご褒美を考えておいてよー。できる範囲でやってあげるからさ」
部下全員が、ざわめきたった。「いや、俺も耳かきを」だの「やっぱりホッペにチューを」だの、様々な声が湧き上がる。
そんな様子を見ながら〈料理人〉ルードガーは、エリーに呆れた声をかけた。
「いいんですか?」
「ま、好意を持ってくれてるのだし、いいんじゃない? それより、ルーちんもご褒美、いいんだよ?」
エリーは軽い感じで返事をする。ただ、エリーを怒らせると、容赦がないのも、ルードガーはよく知っている。
「僕はやめておきましょう。作った料理を、旨そうに食べてくれるだけで満足です」
「ありゃ、そうなの」
それからは、しばらく会話のない時間が続いた。そして、エリーは、一心不乱に耳かきをし、ようやく終えることができた。
「終わったよー」
掻き出した耳垢を払い捨てながら、ユリアンの肩を叩く。
「うーん、もう少し……」
ユリアンは、ダダをこねるように、エリーの股間に顔を埋めた。
「もー、しょーがないなあ」
満更でもない顔で、エリーは頭をかいた。そして、ユリアンの両肩に手をかける。
「えい!」
エリーは、掛け声と共にユリアンを焚き火の上に叩き落とした。
火とマキと灰が、跳ねて散らばった。
「ギャー!」
ユリアンが飛び跳ねた。灰まみれとなって、走り回り、必死に服についた灰を手で払う。
再び、爆笑が湧き起こった。
「エリー様、酷い!」
「はいはい、まだ後がつかえてるからね。ユリっちはあたしを寝不足にするつもり?」
再び、爆笑。
そして、その夜は笑いの絶えない夜となった。




