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名もなき魔術師の一生  作者: きゅえる
【2章】
53/106

【56】24歳モニカ、竜退治をする(4)

【24】


 〈攻城弓(バリスタ)〉部隊は、半壊した。


 竜が通り過ぎた風で、全てがなぎ倒され、吹き飛ばされた。人や物が、天高く舞い上がり、地面に叩きつけられた。

 油断していたモニカも、叩きつけられた。

 そして、気を失った。


「大丈夫か!」


 ハインツに肩を揺さぶられて、モニカは気がついた。途端に咳き込む。


「ゲホッ、ゲホッ」


 急速に意識が戻ってくる。しかし、直ぐには起き上がれなかった。

 下は、柔らかい草木だった。体中に草汁がこびりつき、服が緑色に染まっている。手を握ると、柔らかい草の感触が返ってきた。


「あ……なんとか……痛ッ!」


 足に激痛が走る。モニカが目を向けると、右足が曲がってはいけない方向に曲がっていた。骨が折れている。

 モニカは、気が動転した。唇が一層、紫色になる。


「あっ、あっ……」

「モニカ、動くなよ! 今、コルを呼んで来るからな!」


 ハインツは、必死になって駆けていった。

 モニカは、彼の後姿を見届けた。その後、激痛に耐えながら周囲を見回す。

 どうやら、元の位置から、大分吹き飛ばされたようだ。辺りには、木の破片や破損したテントの布などが散らばっている。〈攻城弓(バリスタ)〉用の矢も折れており、使い物にならない。

 さらに、ガラクタの中から、うめき声が聞こえる。モニカと同じように吹き飛ばされ、地面に叩きつけられたのだろう。

 露出した巨石のそばで倒れている者は、ピクリともしない。当たりどころが悪かったのか。


 モニカは、少し冷静になった。

 怪我しているのは、自分だけではない。今の自分にできることを、やるべきと思い至った。


「くっ!」


 モニカは、足の痛みに耐えながら〈腰嚢(ウエストパック)〉を開く。元々、冒険用の頑丈なモノだ。多少の衝撃では、中身はびくともしない。

 震える手で、中から赤い薬包紙を取り出した。紙を折り開くと、中から白い粉が出てきた。

 南西の暑い地方にしか生えないという木から抽出した、痛み止めの薬だ。

 モニカは、粉をそのまま口の中に放り込む。


「モニカ!」

「モニカお姉様!」


 ハインツがコルを連れて、戻ってきた。コルの服もズタボロだ。

 二人は急いで、モニカのそばに駆け寄った。

 コルは、急いでモニカのロングズロースを短剣で引き裂く。真っ赤に腫れ上がった足が現れた。コルは、その足にそっと触れる。


「モニカお姉様! 少し我慢して下さい!」


 先ほど飲んだ薬のおかげで、実はあまり痛くない。ただ、触った感覚は消えていないので、変な気分だ。

 コルは、モニカの顔を伺いながら、折れた足を整復する。それから魔法の詠唱を始めた。


「〈生命の精霊(セフィロト)〉よ。折れた骨と裂けた肉を繋げ!」


 コルの体から溢れた魔法の光が、モニカの足に流れていく。淡い光が消える頃には、骨はくっついていた。

 痛みはよく分からないが、足を曲げ伸ばしできるから、治ったはずだ。


「コルちゃん、ありがとう」


 モニカは、ゆっくりと立ち上がる。しかし、バランスを崩して尻もちをついてしまった。ハインツが、慌てて駆け寄って抱き起こす。


「モニカ、無理をするな」


 顔が近い。モニカは驚いて、手を振った。


「いえ、大丈夫です、大丈夫です。それより、他の人を助けなきゃ。ブローチを使ってもいいですか?」


 モニカの慌てように、ハインツは手を離して一歩下がった。


「す、すまんな、頼む」


 モニカは、今度はしっかりと立ち上がった。


「じゃあ、生き残った者たちを、手分けして助け出すぞ。コルは他の〈治癒士(ヒーラー)〉と共に行動してくれ。モニカは、生き残った物資を、仲間と協力して、全てブローチに回収してくれ」

「はい」


 モニカとコルは頷いた。


【25】


 ヴィクトール=フルスベルグ邸。


 この屋敷の攻略は、大詰めに入った。残るは二階の半分のみ。残りの部屋は全て制圧した。

 〈黒鎧の男〉は、廊下に座って、溜め息をついた。


「もう、何なんだよ……」


 休憩込みとは言え、疲れがドンドンと溜まっていくのを感じる。

 先ほどは群れた人形が、ハサミを持って襲ってきた。一匹一匹はたいした事がなかった。だが、可愛らしいボタンの目で、血のついたハサミを持って動く人形はかなりシュールだった。


「情けないわねえ。シャキッとしなさいよ」


 〈半袖の女〉が、腰に手を当てて、口を尖らせた。彼女の服は、誘ってるんじゃないかと思うくらい、露出度が上がっていた。特に背中。

 後ろからの奇襲を何度も受けて、あちこち服を切り裂かれたからなのだが、本人は全く気がついていないらしい。

 〈赤髪の男〉は肩をすくめた。


「慣れない敵との戦いは、意外に精神力を使うのさ。後一つ扉を開けたら、戻ろうぜ」

「私もそう思います。ここまで誰も欠けることなくやって来れたのは、彼のお陰だと思います」


 〈白服の女〉も〈赤髪の男〉に同調する。〈半袖の女〉は腕を振り回して、また口を尖らせた。


「なにようー。アタシが悪いみたいじゃないー。アタシだって、体張ってるじゃんかー」


 他の四人が、苦笑をかわす。

 お互い、今日偶然に一緒になっただけの、即席の〈(パーティー)〉だが、共に危機をくぐり抜けた為か、親近感が芽生えてきた。

 その時〈髭面の男〉が突然、会話を手で遮った。そして、小さな声で警告を飛ばす。


「静かに!」


 四人は〈髭面の男〉の顔を見た。真剣な顔だった。冗談ではないようだ。囁き声で、更に言葉を続ける。


「何か聞こえないか?」


 言われた通りに〈黒鎧の男〉は耳をそば立てた。確かに、誰かの声が聞こえる。さらに集中して、内容を聞き取ろうとした。


「アデル、お前は良くやったよ……」


 微かに男の声が聞こえる。

 事前情報によると、アデルというのは、この屋敷の末娘だそうだ。真の名をアーデルハイトという。ある男と婚約を破棄されてから、頭がおかしくなったという噂も聞く。

 〈黒鎧の男〉は、他の四人と、視線を交わした。組んでいた足を解いて立ち上がった。慎重に、声のする方向に向かう。

 一つ、二つ、扉の前を通り過ぎ、廊下の角を曲がり、最初の扉の前で足を止めた。


「ここだな」


 扉は光っていた。〈黒鎧の男〉は、扉が動きださないことを確認してから、部屋の中を伺った。


「アデルは、良くできた娘だよ。パパの誇りだよ。どこに出しても恥ずかしくない。アデルは、良くできた娘だよ。パパの誇りだよ。どこに出しても恥ずかしくない。アデルは、良くできた娘だよ。パパの誇りだよ。どこに出しても恥ずかしくない……」


 娘を褒め称える声が、延々と聞こえた。それも、同じ言葉の繰り返しだった。

 アーデルハイトの父親は、この屋敷の主であり〈農業組合長〉でもあるヴィクトール=フルスベルグ侯爵だ。

 前回の侍女の件を考えるに、既に侯爵は亡くなっているに違いない。魂と精神の抜けた抜け殻が、娘を褒め称えていることになる。

 〈黒鎧の男〉は、仲間と顔を合わせる。仲間たちの意図を読み取り、ゆっくりと扉の把手に手をかける。


【26】


 〈黒鎧の男〉は部屋の中を観察した。

 部屋の中央から、赤黒い木が生えていた。幹は天井を突き破っている。床の方は、根が部屋中に張り巡らされ、足の踏み場もない。根の表面には、不気味な血管が浮き出している。

 また、根の所々に、人が入るほどの大きな瘤がいくつもせり出していた。

 中心にある幹には、裸の女が一人埋め込まれている。顔と胸だけ露出していたその女は、赤緑の髪をしたドリル髪で、うな垂れていた。

 その周りには、数人の全裸の壮年男性が囲っていた。男は、全て同じ顔をしていた。


「ヴィクトール侯……」


 〈赤髪の男〉が口を漏らした。その男たちは間違いなく、ヴィクトール侯爵その人だった。

 ヴィクトール侯爵たちは、まるで道化師のように、必死に娘を慰めている。しかし、かつての知性の面影は全くない。


「これ、どうすればいいんだ……?」


 〈黒鎧の男〉は注意深く嘆いた。この屋敷の原因は間違いなく、中央の彼女なのだろう。しかし、今のところ敵意があるわけでなさそうだ。


「……やらなければ、終わらないだろう」


 〈髭面の男〉が、努めて冷静に答えた。槌を握り直し、戦闘の構えをとる。


「だよな……」


 〈黒鎧の男〉は懐から、投げナイフを取り出した。そして、うな垂れている女の左乳房に狙って、投げつける。

 見事に命中。心臓に突き刺さった。

 はずだった。


「?」


 〈黒鎧の男〉は首を傾げた。血が全く出ない。全く無反応だ。普通の人間なら、まず死んでいるはず。


「あ、あー、あ?」


 女は、痴呆じみた顔を上げた。揺れ動いた髪の毛から、尖った耳がこぼれ出る。首をぐるんぐるんと回しながら〈黒鎧の男〉を見つめた。


「あー! あー!」


 言葉にならない叫び声が、女の喉奥から絞り出された。急に周りが騒がしくなる。

 まず一斉に、ヴィクトール侯爵たちが振り向いた。部屋に蔓延していた根が、ゾワゾワと動き出す。血管の脈動が大きくなる。根の瘤が割れ、中から新しいヴィクトール侯が、現れた。

 強烈な圧迫感に気圧される。


「これは無理! 逃げた方がいいよ!」


 〈半袖の女〉が、必死に叫んだ。


「逃げようぜ!」


 〈赤髪の男〉が、同意する。


「開きません!」


 〈白服の女〉が扉をガチャガチャと叩く。既に木の根が、扉を侵食していた。


「少しどいてろ」


 〈髭面の男〉が、槌を握り直して、扉に振り下ろした。扉は粉砕され、大人一人が辛うじて通れる穴が開いた。


「よし、早く逃げよう!」


 〈黒鎧の男〉は、襲いかかってきたヴィクトール侯を一人切り捨てた。

 最初に〈半袖の女〉が穴に飛び込んだ。それから〈白服の女〉が次に続く。


「先に失礼するぜ!」


 〈赤髪の男〉は、穴に飛び込んだ。残るは、〈髭面の男〉と〈黒鎧の男〉だけ。

 〈黒鎧の男〉は足に絡みつく根を断ち切りながら叫んだ。


「お前も早く!」

「俺は体がでかいから、お前が先だ」


 〈髭面の男〉は、襲ってきた木の根に手こずっている。確かに自分が先の方が良さそうだ。


「じゃあ、後で必ず来いよ!」

「おう」


 〈黒鎧の男〉は穴に飛び込み、廊下に転がり出た。


【27】


 廊下に出ると、仲間三人が心配そうな顔で見守っていた。


「あいつは?」

「最後だ」


 〈黒鎧の男〉は、穴の開いた扉に振り返った。

 その瞬間、穴から木の根が物凄い勢いで飛び出してきた。そして、無生物の証拠である〈光の精霊〉による光が、壁から、扉から、床から消えていく。代わりに不気味な緑色の血管が浮き出していく。


「逃げるぞ!」

「えっ!」

「あの人は!」

「ここに居たら、全滅だ!」


 短い言葉だけの、切迫したやり取り。

 一番、最初に動き出したのは〈赤髪の男〉だった。次に動いたのは〈半袖の女〉と〈黒鎧の男〉で、最後に動いたのが〈白服の女〉だ。

 一歩遅れて、光っていない廊下全体が蠢きだす。壁から、黄色い液体が、ドプッドプッと音を立てて染み出してきた。酸の匂いがする。


「〈火の精霊サラマンデル〉よ! 我らを守れ!」


 二番手を走る〈半袖の女〉が、振り向きざまに火を放った。床に燃え移り〈火の壁(ファイアウォール)〉が形成された。

 黄色い酸が流れてくる。

 酸が火に触れたところで、一瞬にして火を消された。火が消えると同時に、侵食が加速した。

 足止めにもならない。むしろ逆効果だった。


「魔法は無理だ! 魔力を吸われる!」


 〈赤髪の男〉が叫ぶ。

 最後尾を走っていた〈白服の女〉が転んでしまった。侵食に追いつかれたのだ。

 廊下の床が、グニャリと歪む。〈白服の女〉を床に沈めていき、黄色の酸が周囲から流れ込み、それを溶かしていく。廊下の侵食が遅くなった。


「あ……あ……いたい……たすけ……」


 〈黒鎧の男〉は、咄嗟に立ち止まってしまった。そして、強酸の沼に飛び込み、彼女に手を差し伸べた。


「バカ野郎!」


 〈赤髪の男〉が足を止めて怒鳴った。〈黒鎧の男〉は振り向かずに言った。


「俺たちを消化している間は、侵食が止まるみたいだ! だからお前たちは、生きて報告しろ!」


 彼の言う通り、廊下の侵食が止まっている。〈赤髪の男〉は歯ぎしりをして、背中を向けた。〈半袖の女〉は青ざめ、二人を見つめた。自分の判断が、二人の死を招いたのだから。


「行くぞ」

「でも……」

「行くぞ!」


 〈赤髪の男〉は〈半袖の女〉の肩を強く引っ張った。そして、二人は仲間に背を向けて、走り出した。


【28】


 ハンナ率いる竜騎兵は、敵の後陣に到着していた。


「なぎ払え!」


 ハンナは、竜の笛で指示を飛ばす。敵の本陣を大きく迂回しての、背後からの完全な奇襲だ。

 シロは、大きく羽を広げ、敵の群れやテントの中に飛び込んだ。

 そして逃げ惑う目の前の人間たちを、爪で引き裂き、口で噛み砕く。後続の竜たちも、同様に蹂躙している。

 気がつけば〈攻城弓(バリスタ)〉の矢と比べれば、気にもならない程度の矢が飛んできていた。ハンナは鼻で笑った。

 ハンナが、気にすることもなく、全て、エリーの魔法で跳ね返し、自動的に弓兵を返り討ちにする。

 さらにハンナは、魔法の詠唱に入った。


「〈風の精霊(シルフェ)〉たちよ! 風球を作れ!」


 ハンナは、200個程度の風球を作った。

 これは、エリーから教わった方法で〈同種召喚〉と言うらしい。

 異なる精霊を同時に使役する〈多重召喚(マルチサモン)〉より高度の技術で、同種の精霊を複数使役する技術だ。一見して同じに見える精霊を、見分けなければならない。

 今回は〈風の精霊〉を4種召喚し、一つ当たり50個の風球を担当させている。


「発射しろ!」


 破裂型の風球の雨を、無差別に降り注いた。敵のテントを破壊し、武器庫を破壊し、逃げ惑う人間を吹き飛ばす。

 今回は、物理的に頼もしいシロと、魔法防御に専念しているエリーがいる。さらには50匹もの竜もいて、数でも負けない。また、作戦上、短期決戦なことも分かっているので、魔力の枯渇も気にせずに撃ち尽くす。

 一通り、徹底的に敵の後陣を破壊した。

 そして、再び笛を吹く。これから予定通り、主力部隊と合流する為に西に向かう。

 50匹の竜たちは笛の音に従って、翼を広げた。

 ハンナは、背後を振り向きながら、手綱を操作する。ぐんぐん、高度が上がって行く。後ろも、一匹も欠けることなくついてきている。

 やがて、矢が届かない所まで上昇した。

 仲間を全て確認した後、戦場を上空から見下ろした。

 やはり、戦力の差は、どうしようもない。

 敵側の戦力は、味方側の勢力を包み込むように動いている。ハンナが多少、後ろで暴れても、大局には影響が出ていないようだ。

 ふと気がつけば、味方側の主力部隊の戦闘に、一際目立つ〈岩巨人(ストーンゴーレム)〉が見えた。

 しかも〈岩巨人(ストーンゴーレム)〉は、ハンナたちに向かって手を振っている。あの巨人は〈巨人化(ゴーレマイズ)〉によって強化された〈地の精霊の子〉ゲルタだ。


「ははは、ゲルタ……」


 ハンナは苦笑いした。

 ゲルタは、天然、というかマイペースな所がある。

 案の定、矢が飛んできて、パコーンと〈岩巨人(ストーンゴーレム)〉の頭に直撃して、ぐらついた。だが、全くダメージはないようだ。直ぐに直撃した部分を撫でながら「やったなー」とばかりに突撃していく。

 ハンナは苦笑を浮かべながら、ゲルタのいる方向へと飛んでいった。


【29】


 マテウスは、秘密の通路を走っていた。


 彼がまだ、学生だった頃に密かに作ったモノで、フルスベルグの外と、魔術学院の敷地内を繋いでいる。

 学院生時代はよく通ったモノだった。昔と違い、今はその道を逆行している。

 所々朽ちてはいるが、10年以上経った今も健在だったのは、驚きだ。


「ここは使いたくなかった……な」


 どうしても、過去が思い出される。

 この通路には、良い思い出も、嫌な思い出も、全てが詰まっている。


 色々な事があった。


 学生時代は、授業をサボる為に、ここに逃げ込んだり、遊びに行った。

 院生時代は、研究に必要な危険指定物を、仲間たちとで運び込んだ。後で叱られたが、通路の存在はなんとか隠せた。

 そして、院生を卒業し〈魔術師組合員ウィザードギルドメンバー〉に所属。助教授として、研究と教育の両方をこなした。


 そこで、恋人ができた思い出。

 相手は女学生だった。


 この通路を見せながら、〈地の上位精霊〉を使って、少しずつ穴を掘ったのだという自慢を、嬉しそうに聞いてくれた彼女。


 ……そして、恋人を魔法の事故でなくした。


 その失意に打ちひしがれていた頃にであった〈仮面の魔術師〉。そして、渡された一冊の魔道書。

 精霊と人を融合させ、蘇生させる禁呪が書かれていた。


 マテウスは、甘い毒に手を伸ばす。


 恋人を〈精霊の子(エルフ)〉として蘇らせる為に奔走した。そして、ついに蘇らせることには、成功した。


 しかし、結果として失敗した。


 恋人は記憶を失っていた。精霊の要素が強く出たらしい。マテウスは再び、失意のどん底に落ちた。調整が必要だと言う〈仮面の魔術師〉に彼女を預けた。


 その頃から、新たな禁術の研究にのめり込み始めた。別の方面から、蘇生について考えることになる。

 〈生命の上位精霊(ユグドラシル)〉を発掘した。だが無理だった。失われた魂と精神が再生できない。

 〈不死生物〉の洞窟にも行ったことがある。それでも無理だった。魂を閉じ込めることはできるが、求めている魂はこの世にいない。


 ここで、行き詰まった。

 そして、恐れていた事が起きる。

 ついに、禁術の研究が発覚した。

 職を失い〈魔術師組合(ウィザードギルド)〉からの追放。


 今、思い出しても、腹が立ってきた。

 無意識に足が速くなっていく。


 出口が見える。


「おやおや誰かと思えば、マーテウス君じゃないか!」


 出口に人がいた。

 逆光で顔が見えない。

 だが、声でわかった。


 元魔術学院長、今は〈魔術師組合長ウィザードギルドマスター〉であるメルヒオール=フルスベルグだ。

 今、会いたかった相手でもある。ちょうど、向こうからやってきた。


「メルヒオール!」


 マテウスは顔を真っ赤にして、声と拳を震わせる。その様子を見て、メルヒオールはもの悲しい顔をした。


「師匠であり、貴族であり、元上司でもある、この俺に向かって、呼び捨てとは、酷いじゃないか。マーテウス君!」

「師匠面はやめろ!」


 マテウスは、言葉を遮るように怒鳴った。途端に、メルヒオールの口調がガラリと変わり、イライラとしたものになる。


「全く何だね、鬱陶しい。俺は俺で忙しいのだ。ちょうど今も、面白い素材と遊んでいたというのに!」


 こちらがメルヒオールの本性だ。師匠という柄ではない。全てを捨てて魔道を追求する研究者が、彼だ。


「貴様、この抜け穴すら、横取りしたのか……!」

「横取りとは人聞きが悪いなあ。学長の権限で、俺以外は使えないように、封印しただけじゃないか」

「いけしゃあしゃあと、よくも!」


 マテウスは、いきり立って〈火球〉を投げつけた。しかし、メルヒオールは〈水壁〉で相殺する。

 実力では、勝てそうにない。

 少し、頭の冷えたマテウスは、声のトーンを落とした。


「貴様、俺の禁呪の研究を盗み見ていただろう」

「何の事かわからんぞ」

「でなければ、おかしいのだ。あの後、お前の本を読んだ。研究成果の一部が盗用されていた。研究データは、俺の手で処分したというのに」

「たまたまじゃないか?」

「たまたまにしては、俺が扱った禁呪と被るじゃないか。〈妖精のエルフ〉の歴史論文、〈生命の上位精霊〉の考察論文、他にもまだまだあるぞ」


 メルヒオールは沈黙した。言い逃れできないと判断したのか、クツクツと忍び笑いを始めた。


「いや、いや、お前が勝手に研究したのではないか。俺を巻き込むな。」


 マテウスは言葉に詰まった。確かに研究自体の発案はマテウスだ。だがしかし。


「ということは、貴様は禁呪と知りながら、研究予算を提供し続けていたのだな?」


 再び、メルヒオールは沈黙。


「ほとんど共犯じゃないか!」


 マテウスが怒鳴った。


「いや、待てよ。発覚する時も不自然だったな。研究が行き詰まった頃に、唐突だった。情報の出どころすら掴めなかった。今ならわかる。情報が漏れるとしたら、メルヒオール、貴様しかいない」


 メルヒオールの忍び笑いがより、大きくなった。


「全く酷いな。本当に酷い。濡れ衣にも、程がある。俺は学院長だったのだ。弟子が、外れた道に入ったから、処分した。どこも、問題ないだろう」

「メルヒオール、言葉に焦りが見えるぞ」


 マテウスの言葉に、メルヒオールの忍び笑いが止まった。

 しばらくは沈黙が支配した。

 それから、メルヒオールは口を開いた。


「もう、そんな事はどうでもいいではないか。それで、お前は、何をしにきた? 俺を暗殺したいというなら、返り討ちにしてくれる」


 メルヒオールが急に話題を変えたことから、マテウスの指摘はだいたい合っていたのだと分かった。

 だが確かに、彼の言う通り、もはやどうでもいい。

 10年分の取り返しはつかない。


「お前の慌てふためく様を見たくてな」

「うん?」

「今日、世界が終わる」

「ほう?」


 メルヒオールは興味深げに、次の言葉を促した。

 マテウスは、歌うように宣言した。


「禁呪〈再創世(リジェネシス)〉。全てが終わり、全てが始まる」


 それだけを言うと、マテウスは背を向けて、元来た道を走り去った。

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