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名もなき魔術師の一生  作者: きゅえる
【2章】
52/106

【55】24歳モニカ、竜退治をする(3)

【16】


 ハンナは、竜の群れを引き連れて、上空を飛んでいた。雲一つない快晴だ。

 目指すはフルスベルグ。遥か遠くに、発達した街並みと、それを囲う城壁が見渡せる。


「やっと出撃だー」


 愛竜シロの背中で、ハンナが嬉しそうに言った。返事は返ってこない。

 エリーは話をする余裕がない。

 彼女は〈思考資源〉を全て使って、100弱の竜全てに風の保護を与えている。さらに、その内10体ほどは、部下の〈竜僕〉を含む人間を背中に乗せ、彼らの風の防護も同時に行っている。


「まだ遠いから、そこまで必死にならなくてもいいのに」


 ハンナは気楽に言うものの、それでもエリーは何も言わない。

 ハンナの役割は、先陣を切って敵陣の防衛ラインを撹乱、切り崩す事だ。戦術の基本である。


「んー、なんだ、あれ」


 フルスベルグの方から、何かキラリと光るものが見えた。見ている内にどんどん大きくなってくる。

 そして、ハンナの遥か頭上を、魔法の残光をたなびかせながら、通り過ぎて行った。


「何、あれ!」


 ハンナは目を丸くして、叫んだ。

 矢なんてものじゃない。自分の腕より太く、自分の身長より長い、棒が通り過ぎて行った。


 あれは……対竜用の矢……回避行動を……。


 エリーの思念が、ハンナの頭の中をかすめた。


「知ってたの?」


 返事がない。逆にエリーの緊張感だけが、高まっていくのを感じた。

 釈然としないながらも、ハンナは竜笛を取り出す。命令内容は『作戦に変更なし』『気をつけろ』の二点。笛を吹くと、辺りには人には聞こえない音が鳴り響く。

 竜の動きに変化が起きる。隊列が乱れ、思い思いに回避行動を取り始めた。


「来るぞ!」


 風の音に負けないように、ハンナは叫んだ。

 再び前方から、いくつもの輝点。全て、巨大な矢だ。

 ハンナは手綱を操り、右に旋回を始めた。世界が回転する。地平線が視界の下から左に移動する。

 矢が見えたと思った瞬間、遥か後ろに飛び去って行った。遅れて来た衝撃と爆音が、ハンナとシロを翻弄する。


「命中補正の魔法か!」


 エリーが既に、上級風魔法の〈矢避け(アンチアロー)〉を唱えている。本来なら、矢が真っ直ぐ来てはいけないのだ。

 再び、巨大な矢が飛んて来た。ハンナは懸命に手綱を操作する。シロは命令に従って、羽を小さく畳む。風の抵抗が小さくなり、飛行速度が速くなった。代わりに、高度が下がっていく。

 矢が魔法光の尾を引いて、頭上を通り過ぎていった。再び襲って来る、衝撃波と爆音。シロの体が押し下げられる。


「ぐっ!」


 喋るつもりはないのに、口から声が漏れる。もはや、後ろに気を使っている余裕がない。ハンナは部下が無事である事を祈りながら、歯を食い縛り、懸命に前を見つめる。

 さらに輝点が4つ。ハンナは回避行動を取ろうとした。

 しかし、輝点の一つが突然、爆発。

 途端にハンナの視界が真っ白になった。思わず目を閉じた。


 当たる!


 歯を食い縛る力が、一層強くなる。しかし運良く、矢には当たらなかった。代わりに、三本の矢が通り過ぎた衝撃が、同時に襲って来た。 手綱を強く握り、衝撃に耐えた。目を開ければ、元の景色に戻っている。


 ハンナは胸を撫で下ろした。


 さっきのは恐らく〈霧の壁(ウォールオブフォグ)〉だ。矢の一つに仕込んで、視界を奪う作戦だろう。

 これでは、損害を出さずに、目的を達する事は難しい。ハンナは覚悟を決めて、手綱を握り直した。


【17】


 フルスベルグ西部の城壁の外では、およそ5千人規模の冒険者が、扇型に展開している。西の街道を上ってくる、所属不明の軍隊に対応する為である。

 冒険者5千人の内訳は、西支部と南支部のクラスCとDの冒険者が主力で、さらに東支部と北支部の冒険者が数百人、応援に駆けつけている。

 斥候の報告によれば、敵は信じられない事に人間、亜人、魔物の混成部隊で編成されているらしい。その数はおよそ2千。街道に沿って、矢じり状に陣形を整えていた。数で劣っている分、一点突破する作戦なのだろうか。

 城壁の外に設置された作戦室の中で、冒険者組合西支部の〈組合長(ギルドマスター)〉ルドルフ=ブリュン=フルスベルグは、地図を睨みながら、腕を組んだ。

 逐次、伝令役が情報を上げてくる報告を聞きながら、武官が地図上の駒を動かしていく。

 地図には、フルスベルグ西部を中心とした精密な地形が描かれ、駒を設置することで、戦況を分析することができる。


「様子はどうかね」

「アンドレアス公」


 テントの入口から入ってきたのは、冒険者組合南支部の〈組合長(ギルドマスター)〉である、アンドレアス=フルスベルグ公爵だった。

 ルドルフは、軽く会釈をした。


「俺の方から、千人単位の戦力を貸したのだ。完勝してもらわなければならん」

「アンドレアス公、指揮権を譲って頂き、感謝します」

「ルドルフ伯爵、気にするな。俺は、お前のその腰の低さを評価しているのだ」

「ありがとうございます」

「さて、俺はすぐに中央区に戻らねばならん。良い報告を期待している」

「はい、我がフルスベルグ家の為にも」


 アンドレアス公は苦笑した。


「そうだな。フルスベルグ家の再興の為にも」


 そう言いながら、アンドレアス公はテントから出ていった。ルドルフ伯は、何故か分からないが、違和感を覚えた。


「北の〈攻城弓(バリスタ)〉隊が、竜の群れと交戦に入りました!」


 アンドレアス公と入れ替わりに入ってきた伝令役が、叫んだ。ルドルフ伯は現実に戻された。再び地図に目を向けると、竜の駒と弓の駒の間に、交戦中の記号が描かれた木札が差し込まれていた。

 数の差では、圧倒的だ。敵がどんな小細工を弄そうとも、きっと勝てるだろう。漠然とした不安を振り払いつつ、ルドルフ伯は指示を飛ばす。


【18】


 東支部に所属するボニファティウス、通称ボニーは、座りながら、北空を見上げた。

 彼は、西の街道に展開している左翼の一端にいる。周りには、見知った顔もいれば、今日初めて見た顔もいる。

 東西南北の冒険者が一箇所に集まるなど、祭り以外で、あっただろうか。

 別に話をする気はないが、何となく奇妙な連帯感を感じる。これが終われば、何かが変わる予感がした。


「出撃だ!」


 誰かが叫んだ。同時に笛が鳴る。

 ボニーは、敵味方を区別する為の識別腕章を、軽く叩きながら、立ち上がった。

 識別腕章はつけ外ししにくいようにできている。腕章を奪われ、敵が味方になりすますのを防ぐ為だ。


「よし、行くぞ!」


 別の誰かが叫ぶ。周りも動きだした。

 ボニーは身が軽くなるのを感じた。誰かが、支援魔法をかけたのだろう。

 久し振りに、全力で武器を振るえるのだ。無意識的に、心が踊っていた。

 ボニーは、歩きだした。


【19】


「ゲルタ、準備はいい?」

「うん。フローラもいい?」

「もちろん」


 〈水の精霊ウンディーネ〉をその身に宿すフローラと、〈地の精霊ノーム〉を宿すゲルタは、陣形の最前線にいた。

 既にゲルタは、岩を体にまとわりつかせ、〈岩巨人(ストーンゴーレム)〉と化している。


「敵さん、痺れを切らせたみたいだよ」


 フローラの遥か頭上から、ゲルタの声が響く。確かに、雄叫びをあげながら、こちらに迫ってくる。


「もう少し、待ってくれても良かったのに。ハンナの遊撃が、間に合わなかったか」

「しょうがないよ。敵だってバカじゃない。それじゃ、行こうか」

「うん」


 〈岩巨人(ストーンゴーレム)〉が動き出す。地面に足がつくたびに、地響きが聞こえた。ゲルタの足元では、軽装のフローラが走り出す。

 さらに、彼女たちを追うように、後続の人間たちが、進軍を始めた。


【20】


 〈羽根つき帽子〉は、組合が用意した宿屋の部屋に、監視付きで軟禁されていた。

 と言っても、捕まっているわけではなく、情報提供がまだ完全に終わっていないからだ。全ての用が済めば、逃げる準備はできている。


「なあ、何か騒がしい気がするんだが」


 〈羽根つき帽子〉は二階の窓の外から、気配を伺う。昼にしては、歩いている人の数が少ない。


「さあな」


 監視人は、座りながら無関心そうに返事する。その様子を見て〈羽根つき帽子〉は、何だか落ち着かなくなった。


「何かあったのか?」

「……お前と一緒にいる俺が、何か知っていると思うか?」

「……そりゃ失礼」


 再び、外に視線を向けた。やはり、人の数が少ない。〈羽根つき帽子〉は目つきが鋭くなる。


 そろそろ、逃げ時か。


 今まで提供した情報があれば、追いかけてくる事もないだろう。自分が小物だということは自分がよく分かっている。


「なあ、逃げ先は、どこでもいいのか?」

「だから、俺に言うなって」


 再び外を見る。その時、一瞬だけ景色が揺れたような気がした。

 誰かが〈姿隠し(インビジブル)〉を使っている。〈光の中位精霊(ウィルオウィスプ)〉によって、景色を捻じ曲げ、自分の姿を見えなくする魔法。

 〈羽根つき帽子〉は、自分の直感を信じた。


 何かが起きている。逃げるなら今だ。


「監視人の交代は、いつだ?」

「……何故、それを聞く?」


 監視人が、剣呑な声で問い返してきた。〈羽根つき帽子〉は、その視線をうまくかわす。


「別に。もう一人の奴の方が、話し相手として、楽しいからな」

「言ってくれるな。……交代まで後二刻ぐらいだ」

「ふーん」


 〈羽根つき帽子〉は窓の外を見ながら、無関心を装って答える。丁度その時、扉の外から誰かが、近づいてくる足音がした。この部屋は一番奥だ。誰か他の宿泊者が、来ることはまずない。


「……まだ、時間があるんじゃなかったのか?」

「そのはずだが」


 監視人も、戸惑ったような声を出しながら、椅子から立ち上がり、出入口の扉を開けた。

 そして、廊下に出て、様子を見回す。


「誰もいないな」


 その時に〈羽根つき帽子〉に、室内に見てしまった。陽炎のような揺らぎを。


 誰かが部屋の中にいる!


 〈羽根つき帽子〉は、全力で窓に体当たりし、空中に飛び出した。一瞬の浮遊感の後、石畳に叩きつけられる。体を丸めて、転がった。

 そして、爆風。さっきまで居た部屋が爆発した。

 〈羽根つき帽子〉はとっさに立ち上がり、見上げる。空中に誰かが浮いているのが見えた。顔には仮面を被っており、素顔が見えない。

 〈仮面の魔術師〉だ。

 あの魔術師に、危険な臭いを感じる。今までに見たことがない魔法を使っている。宙に浮く魔法を見たことがあるが、周囲に暴風を伴うモノだ。なのに、今は全く風を感じない。

 〈羽根つき帽子〉は脇目も振らず、一目散に逃げ出した。


 石畳の道を走る。


 追いかけてくる気配を感じ、咄嗟に左の小道に入った。チラと後ろを見る。すると〈仮面の魔術師〉が、空中を走っていた。

 裏道に入って、後悔した。人の多い所に逃げれば良かったのに。


 とにかく走る。


 十字路を右。

 大通りに逃げれば、なんとかなるだろう。


 次は左。

 〈仮面の魔術師〉はまだ追いかけてくる。


 もう一回左。

 大通りが見えてきた。


「こっちだよ! こっち、こっち!」


 十字路で誰かが、呼ぶ声がする。

 咄嗟に、声のする方へ曲がった。


 袋小路だった。しかも、誰もいない。


「なっ……」


 〈羽根つき帽子〉は絶句して、足を止めた。

 後ろから〈仮面の魔術師〉が追いついて来た。ついに、追い詰められた。


「あんた、一体、何者なんだ」


 〈仮面の魔術師〉は、空中の見えない階段を降りてきた。そして石畳に足をつける。


「お前に生きててもらうと困るのでな。死に方だけは選ばせてやろうぞ」


 〈仮面の魔術師〉は軽く手を振るう。

 水球、火球、土球、光球だけでなく、石畳からレンガが引き剥がされて浮き出した。

 さらに、植物のツタが、壁からゾワゾワと生えてきた。見えないが、風球も作られているようだ。風を切る音がする。先ほどの声も、こいつの仕業の可能性が高い。

 ほぼ、全属性の魔法を使えるようだ。人間ですらないかもしれない。

 〈羽根つき帽子〉は、それでも諦めない。しぶといのが信条だからだ。


「一番、最強の魔法で頼むぜ。とても時間がかかるような奴を」


 〈仮面の魔術師〉が面食らったように見えた。その隙を狙って、走り出した。

 魔術師の横を、走り過ぎようとする。


 しかし。


 突如、見えない柔らかい壁にぶつかった。〈羽根つき帽子〉は、顔をぶつけ、ひっくり返り、尻餅をついた。


「あ……」


 〈仮面の魔術師〉が、顔を覗き込んでいる。そして、仮面からわずかに見える口元を、歪めた。


「よかろう。最強の魔法で、チリ残さず、消滅させてやろうぞ」


【21】


 恐怖の館と化したヴィクトール邸は、北部の冒険者たちによって、着実に攻略されつつあった。

 一階は一通り、探索し尽くし、残るは二階。


「ずっと、この中にいると、頭がおかしくなりそうだ」


 〈黒鎧の男〉はブツブツと文句を言う。特に先頭に立つだけあって、神経を人一倍、擦り減らす。

 幸い、まだ一人も欠けてはいない。しかし、危うい場面もあった。

 先ほど、突然シャンデリアが落ちてきた。それだけならまだしも、足が4本、ニョキニョキと生えてきて、鋭利な飾りをこちらに向け、襲ってきた。下手すれば、串刺しにされていたのかもしれない。


「本当にね……。交代制で良かったと思うわ」


 〈半袖の女〉が、首を縦に振って、同意する。彼女の服は、ボロボロに破けている。食堂で、背後から、ナイフとフォークに襲われたのである。


「まあ、後もう少しだ。次の扉に行くぞ」


 〈黒鎧の男〉は扉を光っていることを確認し、把手を剣でつついた。一度、扉が光っているからと、油断して手を触れたら、把手に手を齧られたからだ。

 把手が動かないことと認めてから、扉を押し開き、慎重に部屋の中に入った。


 中に人がいる。


 服装からして、恐らく〈侍女(メイド)〉だろう。こちらに背を向けて、椅子に座っていた。


「あんた……何者だ?」


 〈黒鎧の男〉が、侍女の背中に呼びかけてみる。侍女は声に反応して、振り返り、立ち上がった。


「お客さま、申し訳ありませんが、主は留守にしております。また改めてお越し下さい」


 侍女は、優雅な仕草と表情で、会釈をした。


「……今、この屋敷で起きていることについて何か知っているか?」


 〈黒鎧の男〉は念の為に尋ねてみた。悪意しかないこの屋敷に、戦闘力のなさそうな侍女がいるのも変な話だ。


「お客さま、申し訳ありませんが、主は留守にしております。また改めてお越し下さい」

「それは、さっき聞いた」


 〈黒鎧の男〉は、溜め息をつく。ひょっとしたら、聞こえてなかったのかもしれない。もう一度、同じ質問を言おうとした。


「お客さま、申し訳ありませんが、主は留守にしております。また改めてお越し下さい」

「お客さま、申し訳ありませんが、主は留守にしております。また改めてお越し下さい」

「お客さま、申し訳ありませんが、主は留守にしております。また改めてお越し下さい」


 先ほどと同じイントネーション、仕草、表情で、同じ口上を繰り返した。まるで、壊れたカラクリ人形のようだ。

 〈黒鎧の男〉が、一歩後ずさった。


「なっ……」


 背中に、誰かの胸が当たる。振り返ると〈半袖の女〉だった。マトモに視線がぶつかってしまった。思わず、お互いに目をそらす。

 目をそらしたまま〈半袖の女〉が、口を開く。


「ねえ、今思ったのだけど、物に命を与える魔法を、人にかけたらどうなるのかな……?」

「どうなるって……」


 目の前にいる侍女は、何度も何度も、同じ言葉を繰り返している。段々と口上と口上の間隔が狭まっていく。

 斜め後ろに居た〈白服の女〉が口を開いた。


「恐らくですが、肉体だけ再生させても、精神と魂が抜け落ちているので、彼女のようになるかと……」


 〈半袖の女〉も、同じ想像をしていたのか、頭を振って沈黙した。


「おきゃくくく客くさまさまさま、もも申し訳けけあありありありませせせせんが、主はる留るお客さままま、もも申しわわけ、あるじはお客くくさ下さ下だ」


 とうとう前後の口上が混ざり始めた。仕草も滅茶苦茶だ。もはや、床に転がって、ただガクガクと痙攣しているだけにしか見えない。


「彼女を、休ませてあげようぜ?」


 〈赤髪の男〉は〈黒鎧の男〉の肩を叩いた。

 〈黒鎧の男〉は黙って頷き、剣を侍女に向ける。


「あるじじじは、むす、アデルささまををを愛して愛し愛愛愛愛ああああ」


 剣を逆手に持ち替えて、刃を横に寝かせた。苦しまないように正確に心臓を狙う。


「嫌だいやいやややややだだ死に死になくな死死死死にたく死にたく死に死に死に」


 一思いに剣を突き立てた。


 侍女は、ウグッと低い呻きを口から漏らし、血を口からこぼした。そして、最後に大きく息を吐く。やがて、動きを止めた。

 死んだ。

 ジワリと、侍女服に真っ赤なシミができる。

 〈黒鎧の男〉は、剣を引き抜く。シミが更に大きくなり、絨毯の上の血溜まりが広がっていった。


「胸くそ悪い……」


 〈黒鎧の男〉は、侍女に背を向けて、しばらく黙祷を捧げる。ここではない、どこか遠くに逝ってしまった彼女の魂に、安らぎを得られるように。


「行こう」


 〈黒鎧の男〉は、大股で歩きながら、部屋から出ていく。残りの四人も、無言で彼の後ろについていく。


「俺は、この原因を作ったヤツを、絶対許さねえ」


 〈黒鎧の男〉の呟きは、誰のいない廊下に消えていった。


【22】


 ハンナは、地上スレスレで飛行していた。目の前に、敵の〈攻城弓(バリスタ)〉部隊が見える。


「シロ! あれを吹き飛ばせ!」


 シロは咆哮した。更に高度を下げていく。敵の兵士が慌てて、低地に飛び込むのが見える。

 接触の瞬間、シロは大きく羽ばたいた。

 後続の竜たちも同じことをしてくれるはずだ。これで〈攻城弓(バリスタ)〉を無力化できる。

 ハンナは、高度を急上昇させ、大きく旋回する。小山を見れば、いくつかの〈攻城弓(バリスタ)〉が半壊していた。


「よし!」


 そして、味方の竜の安否を確認する。


 半分ほど、やられていた。


 ハンナは、珍しく舌打ちをする。しかし、直ぐに気を取り直した、今度は、南に進路を取る。

 これから、敵の陣営の背後を強襲する。


【23】


 火の属性を宿す〈精霊の子(エルフ)〉であるイザベラは、主であるマテウスと共に、魔法陣を描いていた。ようやく、完成まであと少し、と言うところまでこぎ着ける。

 イザベラは一息ついて、額に流れ落ちる汗をぬぐう。地面に描かれた、巨大な魔法陣を見渡す。

 東西南北の四箇所に、魔力の注入場所がある。そして最終的、中央に魔力が集まるようになっている。分かるのはそれぐらい。

 ご主人様も、魔法陣の詳しい仕組みは分からないらしい。ただ、誰かから貰ったという本の通りに作業を進めているだけだ。


「ご主人様、こちらは終わりました」

「ご苦労」

「ああ、あああ……」


 労を労われたイザベラは肩を抱いて、身悶えた。陶酔した顔になる。

 この大事な場面で、ご主人様と二人きりで、作業ができた。夢のようだ。ハンナに勝った気分になる。

 浮かれた気分で質問をした。


「この魔法陣は、何でしょうか?」


 マテウスは、一度言葉をつぐんだ。

 イザベラは聞いてはいけなかったのかと、慌てて取り繕った。


「す、すいません! 出過ぎた行為でした!」

「いや、いい。むしろ聞いてくれ。これは……俺の夢であり、そして、復讐だ」


 イザベラは口を閉じた。

 ご主人様の心の中を、垣間見たような気がする。嬉しさと悲しさを同時に感じた。あの心の中に少しでも、自分がいるのだろうか。いて欲しいなと思いつつ、ご主人様の目を見つめる。


「俺に、ついてきてくれるか?」


 イザベラの視線に気がついたマテウスは、苦笑を交えながら、尋ねてきた。


「はい、どこまでもついて行きます」


 イザベラは強い言葉で、返事を返した。

 その言葉に満足したのか、マテウスは東方の空を見上げた。


「さて、俺は少し出かける。どうしても会っておきたいヤツがいるんでな。イザベラ、それまで、この魔法陣を守れ」

「はい!」


 マテウスは風の魔法を詠唱し、暴風と共に東方に向けて飛んで行った。

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