【05】19歳モニカ、街を探索する(3)
「ねぇモニカっち、次はどうするー?」
さて、どうしようか。とモニカは腕を組んで人差し指を噛む。
まずは早いところ財宝を取りに行きたい。それには一度門外に出なければならないのだが、門番が見張っているのだ。出るだけなら問題ないのかもしれないがひょっとしたら外出理由を尋ねられるかもしれない。
ならば先に〈冒険者組合〉に登録して外出する理由を作っておいたほうが良いだろう。財宝は直ぐにバレるような場所に埋めた訳でもない。大丈夫だ。
「そうね。んーと、次は……〈冒険者組合〉本部に行きましょう。」
〈冒険者組合〉本部はフルスベルクの中央区にある。また、街の東西南北に支部が4軒、また周辺のいくつかの村々にも支部があり、フルスベルグを頂点とした勢力圏を形成している。
この国には、二つの大手の〈冒険者組合〉がある。一つは〈フルスベルグ冒険者組合〉、もう一つは〈王立冒険者組合がある。それぞれ独立した組織であるが、情報や仕事のやり取りは行われてるようだ。
冒険者組合の仕事とは、外からの旅行者、冒険者、探索者、傭兵などと言った外部から来た住所不定の人々が日銭を稼ぐための曰ばハローワークである。しかしながら街の住民は極度に危険の伴う外に出ることを嫌う傾向が高く、外に出る仕事は引く手数多で意外にも盛況である。
組合に登録するだけなら、基本的に身分証明の提出義務はない。元々どこの馬ともしれない部外者を街の歯車として組み込むのが目的だからだ。ただし、その場合は当然信用が無いので簡単な仕事しか持てない。特に人の財産などに関わる仕事に得体のしれない人間を雇う馬鹿がどこに居るのだろうか。
しかし、初めから出身を示した身分証明があれば一定以上のランクから開始することができる。
信用によって冒険者ランクが決められ、A~Gで区分される。ランクアップにはそれぞれ条件が課せられる。ランクAともなれば、街の英雄クラスとして政治中枢に影響するほどの信頼を得ていることになる。逆にランクGは証明すらない者が該当し、ほとんど盗賊と変わらない扱いをされ、せいぜいできるのは街道の見回り、斥候、遠方の魔物狩りなどの死んでも構わないとされるレベルの仕事しか回されない。また、街中でトラブルを起こせば、ランクが下げられたりすることもある。
モニカとエリーは地図を頼りに見つけた組合の建物に入った。中に入るとやや広い。受付では40代ぐらいのぶっきらぼうな短髪のおっさんが応対してくれた。
「冒険者登録をしたいんですけど……。」
「なんだと!」
思ってもみない程大きな声で返って来てモニカは一瞬ビクッと驚いた。思わずエリーも腰に身につけた長剣の鞘に手をかけていた。
「む、そのなんだ。すまない。で、冒険者だと?」
「は、はい……そうです。」
声に気圧され、モニカは若干涙目になった顔で「この人苦手なんだけど……。」という視線をエリーに送った。するとエリーの返答は「ガンバッ!」の笑顔だった。
……どっちもウゼえ。
「冒険者なんぞ命の危険もあるツマラン仕事だ。お前らみたいな女ごときに向かない。」
この発言に流石にカチンときたモニカ。我を忘れ机を叩いて言い返す。
「その冒険者組合の受付ごときが何を偉そうにッ!」
「お前にそんな事言われる筋合いはないッ!」
「いいや、ありますともッ。安定した仕事に満足してるだけで偉そうなオッサンなんかに言われても、私たちの状況なんて理解できるわけがないッ!」
「はッ、生まれたてのヒヨッコがッ。自分だけが特別だと思ってやがるッ。自分の周りしか見えないくせにッ!」
そんな言い合いの応酬をしてるうちに騒ぎが大きくなってきたのか、警備兵と上司と思われる人間が駆けつけてきた。なお、エリーは何が面白いのかモニカの後ろでニコニコしていて割り込んでくる気配はない。
「一体何がありましたか。」
「別に。そこの嬢ちゃんに冒険者はやめたほうがいいと諭しただけだ。」
受付のオッサンのしれっとした言い訳にモニカもまた怒りが湧き上がる。
「ふざけるなッ、な、なにをいッ……!」
「モニカっち。」
その様子を見てエリーが一言。本当に何気ない一言。だがその一言にかなりの強制力が篭る。モニカは魔法にでもかかったかのように声を出せなくなり口が開けてパクパクするばかり。やがて怒りの持って行き場をなくし、そのまま沈黙。
長い溜め息をついた上司は鋭い目でハキハキとした声で受付に告げる。
「アルベルト、組合員としての役割を果たせ。彼女たちの手続きを始めなさい。」
「……はい。」
流石にしょぼくれた様子で手続きを始めたオッサン。それを確認した上司はモニカ達に向けて申し訳なさそうに頭を下げた。
「申し訳ありません。こちらの者が迷惑をかけました。」
「あ、いえ……。構いませんけど……。」
毒気を抜かれたモニカは声をかすらせて辛うじて答えた。背後にいたエリーがいつの間にかそばにいる。何事かとモニカは思ったが、エリーはアルベルトという名らしき受付のオッサンに対して背を向けて聞こえないように上司に小さな声で尋ねた。
「彼の過去に何があったんです?」
「そ、それは……。」
流石に上司も躊躇した。むやみにどの組織でも初顔で部下の個人情報を漏らすバカはいない。
「体つきや目付きを見ると……彼、元冒険者じゃないです?」
「……そ、そうですね。冒険者でした。ですが大怪我をして引退したんです。」
エリーの推理が当てはまったらしく、上司は慌てたように最小限のことを口にした。
「モニカっち。ということなんだ。だから落ち着こうよ。ね?」
「エリー……。」
エリーは下手な男より腕っ節が強い。だからそう言った何かを敏感に感じ取っていたらしい。モニカにとってこういうエリーは見たことがないわけではないが珍しい。平時、エリーはモニカの前ではいつもヘラヘラしているものだし、また今までモニカが危険を回避し続けてきたのもある。
ただ受付の男についてはモニカは納得した。確かに元冒険者で痛い目にあったのなら、あの反応も頷けなくもない。ただ適材適所ではなく越権行為で口出ししてきたことは明らかだ。ただそこまでは部外者が口を突っ込むようなことでもない。
「さぁて、一件落着したところでちゃっちゃと登録しようよー!」
エリーは努めて明るい声でモニカの背中を押した。その流れに逆らえずに登録手続きを始める。
再びトラブルを起こさないかと思ったらしく、上司はその場に残り見守っていた。
「書類はこれでいい。組合員証明を作る。〈身分証明の金属板〉はあるか。」
そう言われて思い当たりのあるものといえば村の身分証明。エリーもモニカも同じように〈身分証明の金属板〉を取り出して渡す。
「それだ。それは板に情報を刻む〈魔法具〉。村人の身分証明としても使えるし、それ以外にもこういった組合登録員の証にも使える。」
その説明に、金属板を見つめながら見直していた。モニカが村を出ると言いはった時に、村長が大切にしなさいと言われながらもらった身分証明で他の色々なものに適応できるとは思いもしなかった。
「その証明を握りながら、書き込み許可を念じてもらいたい。」
この身分証明の金属板は、本人が書き換え許可すると一定時間の書き込みが可能というもので言われたとおりにする。しばらくするともうイイぞと呼ばれ、魔法版は手元に帰ってきた。
「以上で終了だ。そいつを見せれば支部で仕事を受けることができる。後は支部の連中に聞きな。」
その言葉にほっとしたモニカはエリーと共に冒険者組合本部を後にした。
外に出てたっぷり歩いた後にようやくモニカが口を開いた。
「ハァ、私、もうあそこにあまり行きたくない……。」
「モニカっち。気にしちゃダメだよー。次いこ。次。」
そう言って慰めながら、エリーは自分より半頭分低いモニカの頭を軽く撫でた。モニカはその優しげな手に頭がスッキリするような気がした。
「んっ……ありがと。」
「さぁて、次はどこ行くのー?」
組合身分証明が手に入った。門で何か言われても言い訳ができる。
「財宝を回収しにいくわよ!」
元気を取り戻したモニカは、ノシノシと宿の方向に歩きだした。
◆ ◆ ◆
「えっ」
モニカ達は東門の外に居た。正門は素通りだった。
「素通り……だったね。」
「あれこれと考えすぎだったか……。」
「やっぱりモニカっちはあれこれ悩みすぎなんだよー。」
「エリーは悩まなさすぎッ!ちったあ悩めッ!」
モニカは思い切って門番に話を聞いてみた。正門の横に立っていた門番によると夜は兎も角、昼は馬車以外は素通りらしい。夜は身分は確認する程度らしい。
「あ、あれ?なんか入場料払わされたけど……。」
「あー、見事に騙されたね。可哀想に。」
夜の門番は正規兵でなはく主に雇われ兵士、つまり傭兵が行うものらしい。ちょっとしたお小遣い稼ぎ感覚で、チップを要求することはたまにあるそうだ。そしてそれぐらいなら黙認するしかないとか。
「モニカっち、そういうこともあるさー。」
エリーに慰められつつ、モニカは色々とSAN値が下がるイベントの連続にテンションが最低な状態をキープ中であった。
「ま、まあ行きましょう……」
二人は記憶を頼りに、目的の印のついた木の根元にたどり着いた。
「モニカっち、よろしくー。」
「はいはい。じゃ、やるね。」
地面からひとすくいの土をすくい出し、もう片方の手で腰から取り出した杖を回す。
「地の精霊よ……。」
詠唱とともに手の中の土が団子状になって浮かび上がる。この土球にノームの精霊が降臨したのだ。
「ここの土を掘り返してください。」
パラパラと土が舞い上がり渦上に舞い上がり、どんどん土が掘れて行く。やがてパラパラと財宝が土の中から出てきた。
それをエリーが、土を払いながらバックパックの中にいれて行く。やがて全てを回収することが出来た。
それをみとどけたモニカは今度は埋め立てを命令する。
「精霊さん、ありがとうございました。後は土をもとに戻してください。」
その言葉と共に人の体とほぼ同じ体積にぬさなっていた土球は穴にはまり、上は綺麗にならされてどこに痕跡すらわからなくなった。
「回収完了ー。」
「取り敢えずはこれで一安心ね。」
「うんむ。」
「後はこれを銀行に預けるの。次は銀行ね。」
くるりと翻って、再び街の方へと歩き出した。
再び街の中心区。その中心区の中でも一際デカイ白亜の建物が銀行である。ここの銀行は金だけでなく貸金庫として貴重品も預けてくれる。
「フウ、今日は、なんだか、歩きっぱなし、だよね……。」
エリーは街の中央部と街の外を歩き続けた為に多少疲れが出てきていた。
「貸し馬車を頼めば良かったんじゃないー?」
貸し馬車とは、大きな街中で移動を繰り返す人の為に馬車を貸す商売だ。期間は一日単位であちこち回ってくれる。そういう商売があることをエリーはガイドブックで知っていた。
「フウ、そういうのは、朝早くに、いって、ほしかった……。」
今は既に太陽が一番高いところを超え、これから西に沈み始めようかといったところで既に半日過ぎている。今から借りることは不可能だ。そうこうしているうちに漸く目的地についた。
「あ、ついた……。」
「これが中央銀行……。」
中央銀行とは金貸し組合の総本部であり、街内の金貸し業の総元締めのようなものだ。金貸し業の商人の財布を預かる。創業時はフルスブルグ商会と名乗っていた。街の中では最古の商会でもあり、今でも街の経済の中枢、いや街そのもの。もはや商会の名前個人の屋号は失われ、銀行といえばこの商会を指す。この組合に逆らった人間は街には住めないと言われるほど。
建物に入室すると、中も広くそれだけでなく警備兵があちこちに配置されていて意外に物々しい雰囲気だった。
どうしようか、とあちこち見回してると黒い服のスーツの服装のお姉さんが寄ってきた。セミロングの燃えるような赤い髪で情熱的な瞳をしている。
「どうしました?」
どうやら案内係のようだ。お金を預かるような場所だけあって人員もエリートっぽそうな印象を受ける。
「えーと金庫をお借りしたいのですが。えーと後はお金も預けたい。」
「それでは……そのままあそこの受付窓口をご利用ください。」
言われるままに受付の所まで行く。ついている間、その後ろでモニカとエリーは囁きあった。
「さっきのとこより凄いよね。」
「ガイドブックによるとなんたって街の心臓部らしいからねー。」
「なんかちょっと怖い。」
そうこうしているうちに受付のこれまた黒服の若そうなお兄さんのところまでたどり着いた。しかもどこの若執事だろうの言わんばかりの優雅な仕草だ。全く、どっかのギルドの受付とは大違い。
「えーと金庫をお借りしたいのですが。後、お金預けるのも。」
「貸金庫と……口座解説ですね。こちらの書類に記入をして下さい。」
モニカとエリーは書類に目を通して書き込む。
「では、まず口座開設から。身分証明をお見せいただけますか?」
「これですか?」と身分証明を渡す。
「ええ、これです。」
「ご存知だとは思いますが、この〈身分証明の金属板〉はどんな事でも記録できます。」
モニカはコクリと頷いて先を促す。
「つまり預金の記録をこの中にしまう事ができます。我がギルドの傘下にある商店のお店ならばこれを提示すれば、貨幣を持ち歩かなくても買い物ができます。もちろんその分手数料が預金から差し引かれますが。」
「な、何だって……。」
モニカにとって重い貨幣を持ち歩かなくても金属板一枚で好きなものが買えるのだ。この概念は非常に先進的であり、普段持ち歩いてる貨幣(エリーの分を含む)を持たなくてすむと思うと衝撃的ですらあった。特に冒険時の負担の軽減はいかほどばかりか。
「一度、板に触れていただけますか。あ、はい。それで結構です。」
〈身分証明の金属板〉に何かの作業を続けていく。
「設定は終了しました。さっそく預金を行いますか?」
モニカは財布から殆どの貨幣を取り出し、モニカを代表として銀貨10枚を残して全て預金した。
「では預金については説明が終わりました。次は貸金庫です。」
「大きさによって手数料がことなりますが、どれにしますか?」
両手ですくえる程度しか入らないでサイズから、手提げサイズ、頭が入るサイズ、大きい所は体が入るサイズがあるらしい。手提げサイズの金庫であれば全ての財宝は手に入るだろう。
「ではこれでお願いします。」
「分かりました。」
「では専用の部屋で行いますので案内を呼びます。少々お待ちください。」
やがて、先ほどの赤髪スーツのお姉さんがやってきて、部屋に案内された。
その部屋は視界を防ぐ意味もあり、また魔法的にも保護されるとのこと。一度中から鍵をかけてしまえば組合員すら覗き見ることはできない。そんな部屋に二人は取り残された。
「入れるよ。」
わかってるよと言わんばかりに手を振り、エリーはバックパックをひっくり返して箱の中にぶち込んだ。モニカは溜め息をついた。もうすこし大事に扱ってくれればいいのに。だからといってモニカが持つわけにも行かない。モニカはエリーと比べて体力がないこともそうだが、油やガラス製品、簡易野宿用の魔法具を持ってるので結局のところエリーに持たせておくことしかできないのだ。しかも金は想像以上に重かった。
箱をきちんと閉じ、鍵をかけると箱の表面に魔法陣の幾何学模様が出てきた。物理的にも魔法的に封印したということなんだろう。
再び赤髪スーツお姉さんに案内され、元の受付に戻った。
「どうでしたか?」
「これでいいのかしら。」
封印された金属箱を渡す。お兄さんは受け取った金属箱を丁寧に受け取る。貴重品はこういうふうに扱うものです、エリー。
「はい、結構です。手数料は預金から引き落とししておきますので……。何かあれば連絡差し上げます。」
無事にやり終えた二人は銀行を後にした。
「ん~。次は……買い物か。」
エリーとモニカは商業区に向かった。
フルスベルグの商業区は、商店街地区と露店街地区がある。商店街地区とは、一般的なお店が並び高級品などが並ぶ。ほとんどは街内にすむフルスベルグ民が経営している。
一方、露店街地区は、晴天のもとテントや野ざらしで売買をする露天商が並ぶ。主に野菜や食べ物を売る近隣の村民。自立したての商人。場合によっては冒険者が旅の途中で得た財宝を売ることもある。
「油とクッキーと……。消耗品の補充はこんなものかな。」
油は携行灯に使ったり、精霊召喚の媒体として使うほか、野宿での肉調理にも使えるという万能の消耗品でモニカ達も今まで散々お世話になっている。明かりについてはモニカは光の精霊が召喚できるとは言え、常に使えるわけでもないのでこれも必需品だ。
一方、一般的に水はいつでも周辺の水を綺麗して集める魔法があるため、彼女たちには必要なく、これは所持品軽量化に役に立っている。
クッキーは携帯食料として優秀で何より腐りにくいのが素晴らしい。と言ってもこれは標準ではなく彼女たちの趣味である。一般的な男の冒険者は、肉を細く切り裂いたジャーキーのようなもの好む傾向にある。
「さっそく〈身分証明の金属板〉を使ってみたけど、本当に便利だねこれ。」
出稼ぎが多いらしい露天商で使えるか心配していたが、ここの銀行は周辺の経済も掌握しているらしく、今日の買い物では全てのお店で使えた。
「エリーも、他にもう買うべきものないよね。」
「うーん、お金が溜まったから武器や防具が欲しいんだけど……時間がねー。」
エリーに言われたとおり、気がつけば時は夕暮れに近づいていて、辺りは赤い色彩で塗りつぶされている。店仕舞いしている露天商もちらほら見られた。
「あ、そうだ。エリーの腕輪調べてもらわないと。」
「それぐらいなら回れそうだね。」
魔法鑑定をする店というのは珍しく、商店街地区を彷徨って日が沈みかける頃に漸くお店を見つけることができた。お店の看板には三日月の魔法光。魔法具販売を示す杖が描かれた看板と鑑定業を示す虫眼鏡と目の紋様が描かれた掛け看板が縦に連なってかかっていた。まだお店は開いている。
さっそくお店の扉を開けると、扉に付けられたベルの音がカランカランと小気味良い音を立てた。店の中にはかなり歳のいった上品な白髪のおばあさんがフードを外した状態で月夜に照らされる窓辺に寄る椅子の上でこっちを向いて座っている。
「おやま、お客さんかしら。こんばんわ。」
ふと周りを見れば、モニカは得体のしれない魔法具がところ狭しと並べられているのがわかった。一瞬警戒したが売り物なのだから危険なものはないだろうと思い直した。
「ここは……。魔法具を売る店と鑑定してくれる店を兼ねているのでしょうか。」
「そうですよ。どちらの用事でしょうかね。」
「今日のところは鑑定をお願いします。」
「はいはい。何を鑑定しましょうかね。」
「エリー。」
後ろに立っていたエリーはモニカの前に出て、腕輪を外して、机の上にコトと置いた。
「おやまあ、面白そうなものが飛び出してきたわ。ちょっと手にとっていいかしら?」
「どうぞ。」
そう断ってから、お婆さんは白い手袋をつけて〈魔法分析〉を唱えた。モニカの目にも一度見た魔法回路がより鮮明となって見ることができた。
「ほほ、面白そうな子ね。時間かかるけどいいかしら。」
彼女にとっては魔法具は子供らしい。熱心に魔力を調整し正二十面体の緻密な光を灯す魔法回路は怪しい明滅を繰り返している。モニカはその怪しい光に魅せられて視線を逸らすことができない。エリーも真面目な顔でその様子を見つめている。
やがて調べ尽くしたのか、魔法回路の光が完全に消え、お婆さんはこっちを振り向いた。
「結論から言うと……。」
ゴクリと誰かが喉を鳴らす音がした。
「わかりません。ごめんなさい。」
こけた。
「お詫びとして鑑定料は頂かないわ。ただ、これはどこで手に入れたの?」
言おうか言うまいか迷った。だが、秘密にしていても自分たちが見つけた限り今後誰にも見つからないという保証はない。それによく考えればさっさと自分たちで取りに行ってしまえばいいのだ。それだけでなく街の近くにありながら百年以上見つからないという不気味なダンジョンについて少しはヒントが貰えるかもしれない。
意を決して口にした。
「まだ探索しきれていないんです。しばらく秘密にしてもらえるなら……。」
既にどこにあったのか喋っているようなものだが、お婆さんは気が付かないふりをした。
「ほほ、冒険者らしい顔。いいわ、しばらく秘密にするわよ?」
「この街の近くに歩いて一刻の所にあるダンジョンの奥にありました。」
「あらま、そんな所にダンジョンを作った物好きがいたものね。この街は治安能力高いからすぐ駆逐されてしまうのに。」
「それが百年以上前から存在していたみたいで……。」
「……、それはどうしてかしら?」
「そこに置いてあったワインが120年前のモノだったんです。」
「ワインが120年前だからと言ってそんなに昔だとは限らないわ。最近、120年前のワインを最近持ち込んだ可能性だってあるわけだし。少なくともそんな近くに100年もの間見つからないという話よりは信憑性があるわ。」
落ち着いて考えてみればその通りだ。あの時は気が動転していたような気がする。しかし実際にあの状況を知っているモニカはそれも信じがたい気持ちだった。
「中で、ダンジョン主と思わしき人が白骨化してました。」
「お嬢さんは死体を見たことある?」
「いいえ、ありません。」
「ダンジョンの死体は魔物や虫に喰われて10日もあれば白骨化するものよ?」
「虫どころか魔物一匹、罠一つもいませんでした。当然、骸骨の周りも虫の糞といった痕跡は一切ありませんでした。」
「魔物がいない上に既に死んでいるだなんて、さぞかしグータラなダンジョン主だったのね。そうね、それなら7年ぐらいはありうるのかも。」
「死体の傍になんらかの魔方陣がありました。そこに落ちていたものを拾ったのがこの腕輪です。」
「ふむ……確かに変ね。少し興味が出てきたわ。もし行くなら私も同行させてもらっていいかしら。そうね、お金は傭兵としての護衛費用だけでいいわよ?」
不自然なダンジョンの秘密を暴く、というのは冒険者としてかなりワクワクする内容だ。ましてや、詳しそうな人が同行してくれるのだ。
「エリー。いいかな?」
「あ、ああ、うん、いいんじゃないかな。モニカっちに任せるよ。」
寝てやがりました。
「わかりました。お願いします。」
「私はイルムヒルデ=デマンティウス。イルと呼んでくれると嬉しいわ。」
「ええ、イルさんお願いします。」
「あなた方のお名前を教えていただけるかしら。」
モニカとエリーは素直に自己紹介をした。
「エリノールさんとモニカさんね。同郷の人なんて羨ましいわ。よろしくお願いします。」
「よろしくお願いします。」
「では、行く日を決めたら私に連絡いただけるかしら。お店に休日の案内出さないといけないの。」
「はい。」
そしてイルと別れ、二人は宿に辿り着く頃には辺りは暗くなっていた。