【52】エリー、モニカと再開する(6)
【24】
モニカたちは走っていた。
そう、初めはハインツとエリーの一騎打ちのはずだった。
二人は戦っている間に、段々と遠くへ離れていってしまった。だから、追いかけようとした。
多分、敵も同じ理由で動き出したのだと思う。しかし、エリーがその場で、彼らの半分を撃ち殺したのだ。
全員の動きが止まった。
その後は、エリーもこの場を離れた。しかし、風球と石つぶてだけが、後に残されていた。
モニカたちは、行動を起こせなくなっていた。
やがて、竜の咆哮が聞こえた。
少しして、風球が消滅。全員が動き出した。
敵は襲ってくるかと思ったが、その様子もなかった。向こうも、理不尽に半分殺され、混乱していたようだ。
走り出してすぐ、空が暗くなった。
空を見上げると、大きく翼を広げた竜が、南西に飛び立っていくのが、木々の隙間から見えた。
そこで、ロスは嫌な予感がすると言った。一人で先に行くとも言った。モニカも〈風の精霊〉を体内に宿し、共に行動しようとしたが、ロスに止められた。
そして、彼女は行ってしまった。
【25】
モニカは、ようやくハインツを見つけた。
立っているのは、二人だった。ハインツと〈羽根つき帽子〉の男だけだった。一人は倒れている。
だが、様子がおかしい。
「ハインツさん!」
モニカは駆け寄った。ハインツは、元気なく振り向いた。
「モニカか」
「何があったんですか?」
「そうだな、色々あるんだが……」
ハインツは、チラリと〈羽根つき帽子〉に視線を送る。
おかしい。彼とは、敵同士ではなかったのか。
「ロスが死んだ」
モニカは一瞬、何を言ったのか理解できなかった。だから、聞き返した。
「えっ?」
ハインツは、目を伏せて、もう一度言った。
「ロスが死んだんだ。モニカ」
モニカは、思考が止まった。
代わりに、背後に立っていたコルが、モニカの前に立つ。
「助けられませんか? 今、彼女はどこにいますか?」
コルは、こんな場面でも平常だった。まるで、死人すら生き返らせてみせると言わんばかりに。
モニカは、ただ漠然とコルの後ろ髪を見ていた。
「……その外套の下に散らばっている肉片が、ロスだ」
確かに、ロスの着ていた赤い外套が、地面に脱ぎ捨てられていた。中央が妙に盛り上がっている。その周囲には赤と黄の斑点がこびりついていた。
布の中に人が隠れられるような大きさではなかった。全く、人の原型をとどめていない。
コルは一瞥して、首を振り、後ろに下がった。
モニカは、まだ実感が湧かなかった。
「一体、何が、どうなったんですか?」
「ロスは、敵の親玉と相打ちになったんだ」
「よ、よく分かりません」
話が飛躍している。全く流れが見えない。
「簡単に言うと、エリーが退散した後、フェリクスが襲ってきたんだ。そこに駆けつけたロスと戦闘になった。その槍に突かれたんだ」
「ですが、槍に突かれただけで、こんな風になるなんて……」
「……だから、その事について今、彼に聞いていたところだ。もう一度話してくれるか?」
〈羽根つき帽子〉は促されて、一歩前に出た。武装は全て解除され、後ろ手に縛られていた。
「あの槍は〈生命の上位精霊〉の一部が宿っており、刺した相手の生命力を暴走させ、肉体を破裂させるという話だ」
モニカには、四属性以外についてはあまり詳しくない。コルが何か知っているかもしれないと思い、後ろを振り向いた。
コルは、モニカの考えを察して、口を開いた。
「〈生命の上位精霊〉というのは、その名の通り、命だけでなく、種すら操作する精霊の上位種です。魔物の創造には、この精霊が関わっていると聞きます。また、一説には、無から命を生み出す、死人を生き返らせる、などのこともできるとか。他には〈植物の上位精霊〉でもあります。なぜなら、原初の世界では、動物と植物は同一のモノだったからだそうです。このように、複数の精霊の起源となる精霊のことを〈原初の精霊〉と言います」
モニカは、興味深く聞いていると、ハインツは興味なさげに、話に割り込んだ。
「すまない。ここで、精霊学の講義を聞いている余裕はないんだ。とにかく、その精霊なら、人の体を粉々にすることが出来るのか?」
「理屈の上ではそうです。私たちの体を守ってくれる精霊の上位種ですから、誰でも持っている魔法耐性能力が、全く役に立ちません」
「そうか……」
ハインツは改めて黙祷した。〈羽根つき帽子〉は、大きくため息をついた。
「それで、司法取引はできそうかな?」
モニカは、その一言で、大体の事がわかった。と、同時に少しカチンとした。
彼は、本来なら極刑なのだが、情報を提供することでこの場を逃れようとしているようだ。ハインツとエリーに、仲間のほとんどを倒されている。確かに、逃げるより、捕まった方が安全かもしれない。
「ああ、ただし、村には帰れないだろうから、このまま都市まで護送することになる。目隠しもつけることになるがいいか?」
「まあ、しょうがないな」
〈羽根つき帽子〉は肩をすくめた。それから、ハインツは、背後で黙って聞いていたボニーに話しかけた。
「ボニー、悪いが、ロスを埋葬してやってくれないか? 俺は、フェリクスを埋葬する」
「わかった」
モニカも、慌てて声をかけた。
「わ、わたしも手伝います。私の故郷では、皆で穴を掘って、死者を弔う風習があるのです」
「そうか、じゃあ、頼んだ」
モニカたちは、二人を埋葬し、黙祷した。
すると〈羽根つき帽子〉に「瀕死の仲間を助けてやってくれないか」と頼まれた。〈治癒士〉はエリーに撃ち殺されたらしい。コルは「喜んで」と返事した。
ここで二手に分かれることになった。
コルとボニーと〈羽根つき帽子〉は、森の中に戻り、生き残った怪我人を治しに行く。
モニカとハインツは、敵の拠点に乗り込み、生き残った村人たちを救助しにいく。モニカは〈羽根つき帽子〉から、村人たちの大体の場所と人数を聞いた。
「もう、抵抗する者はいないと思うが、気をつけてな」
「ああ、分かってる。彼女のことは、守るさ」
ボニーは、特に気負う事もなく、言い返した。
「ボニーさん、お願いします」
コルは、ボニーを見上げ、杖を取り出した。遠隔治療ができる魔法の杖だ。そして、三人はこの場を立ち去った。
ハインツは三人が行ったのを確認してから、慎重にフェリクスの槍を拾い上げる。
「今のうちに、槍を回収しよう」
モニカは、ブローチを取り出して魔力を込めた。穴が開いた。ハインツは、槍を持って穴の中に入って行く。しばらくして、代えの〈短弓〉を持って出てきた。
「では、行こうか」
「はい」
モニカは、ハインツの背中を追って、敵の拠点に向かう。
【26】
ハインツの背中を見ながら黙々と歩いていると、モニカは、じわじわと不安が広がってきた。
エリーは、もう人と呼べるような存在ではなくなってしまった。気さくで頼りになる、お姉気質だったロスは、跡形も残さずに死んでしまった。
親しい人が皆、消えていく。
しばらくすれば、一人ぼっちになってしまうのではないか。
そんな恐怖が頭にもたげた。一度、嫌な考えが浮かぶと、際限なく膨らんでいく。全てが埋め尽くされた時、モニカは、ついに歩みを止めてしまった。
「……モニカ?」
先を歩いていたハインツは、モニカの異常に気がつき、足を止めて振り向く。
モニカは、自分がどんな顔をしているのか分からない。ただ、不安に押しつぶされそうだった。
「ハインツさん……。ハインツさんは、変わらないでいてくれますか?」
弱々しい声に、ハインツは息を飲み、顔をこわばらせた。
それから、目の前にまで歩み寄ってきた。顔に息がかかるほど、近い。
モニカは心臓が高鳴るのを感じながら、少し見上げる。
ハインツの腕が、モニカの体を強く抱きしめた。
彼の胸が、顔に当たる。ちょっと痛い。
「俺は、変わらない。ずっと、変わらないから。だから、俺のそばに居ればいい。」
温かい言葉と共に、じんわりと体温が伝わってきた。大分、不安が和らいだ。
フルスベルグに来てから、全く変わらないのは、彼だけだ。
コルでさえ成長期を過ぎると、モニカより身長が高くなり、綺麗になってしまった。昔のようなオドオドした感じは、もはやない。しかも、彼女の冷静さと、精神に対する達観は、恐怖すら覚える。
本人もそれを気にしてか、最近、モニカと分かれて行動することも増えてきた。
「あ、あの」
「な、なんだ?」
彼も、少しドキドキしているのが分かった。声が上ずっている。そんな彼に、次の言葉を言うのをためらった。が、痛いものは痛い。
「ちょっと……痛いです」
「……あ、ああ、済まない」
抱擁の力が緩んだ。お詫びの気持ちを込めて、モニカの方から、手を回して抱きしめる。お互いに抱きしめる形になった。
見上げると、彼の困ったような、嬉しそうな、顔。
モニカは、何かを期待して、背伸びし、唇を差し出し、目を閉じた。
しばらく待つ。
待つ。
待つ。
待つ。
……。
あれ?
ひょっとして、何か勘違いしていた?
怖くなってきた。
うっすらと目を開ける。
その瞬間、唇に熱い感触が来た。
心臓が、一際大きく跳ねた。
完全に不意打ちされた。
わざとなのだろうか。
いや、彼もためらっていたに違いない。
そう思うことにした。
彼の舌が口の中に入り込んで来た。
これは、ディープキスという奴らしい。
昔、エリーの買ってきた、怪しい貸し本に載ってた。
ただし、キスをしていたのは女の子同士だったが。
いや、何を思い出している。
混乱してきたので、お返しをする。
同じように、舌を突き出し、絡めた。
無我夢中で、彼の舌をしゃぶる。
鼻がぶつかった。
少し、鼻をずらす。
苦しくなってきた。
鼻で息をする。
いや、そろそろ本気で苦しい。
もう、無理。
口を離した。
唾液の橋ができた。そして、切れた。
まだ、キスの余韻が残っている。
フワフワとした不思議な感覚が、尾を引いていた。
頭が真っ白になって、ボーッとなった。
顔を見上げた。
彼は、困ったような様子をしていた。
反射的に、口をついて出た。
「いや、苦しかったので……」
言ってから、後悔した。
何てことを、言ってしまったのだろう。
これでは、雰囲気がぶち壊しだ。
「そうでなくて……急がないと……」
彼の言った言葉を反芻し、噛み砕く。
あ。
やっと、理解した。
顔が真っ赤になった。
今の発言は、完全に勘違いだった。
急速に、頭が冷えていく。
「あ、すいません……。そうですね、急がないと……」
モニカは、回していた腕を離す。
ハインツは、何も言わず、背を向けて歩き出した。
モニカも、歩き出した。
何時の間にか、不安な気持ちは、完全に吹き飛んでいた。
目から出た涙は、もう乾いていた。
【27】
ついに敵の本拠地にたどり着いた。
木の上に粗末な小屋が何軒も並んでいる。そこから、何本もの、縄が垂れ下がり、よじ登れるようになっていた。
「モニカ、登れるか?」
ハインツは縄を見回しながら、尋ねた。
「はい。昔、絶壁を登らされたことがあります。それに比べたら、これ位、簡単です」
彼は軽く笑う。そして近くの縄を握った。軽く引っ張り、強さを確認した後に、登り始めた。
モニカも、隣の木の縄を登る。
「手分けして、生き残りの村人たちを探すぞ。見つけたら、ここに集めるんだ」
「あの、ブローチの中に入ってもらった方が。寒くないですし」
ハインツは、大きく縄を手繰り寄せた。一気に、上の方に飛び跳ねる。モニカも、負けてなるものかと、手を素早く動かす。
「モニカがそれでいいというならいいが」
「構いません」
「分かった。では、そうしよう」
二人はついに登りきった。
木の上では、木の間に板と縄が渡されており、自由に行き来できるようになっていた。
「そうだな……。人の気配がする小屋から、入ってみようか」
ハインツは、どんどん先に進み、小屋に入っていった。モニカも後を追いかける。彼は、入り口で足を止まっていた。モニカも、背伸びして、彼の肩から覗き込んでみた。
息を飲んだ。
「なるほどな」
女性が二人組で、床にうつ伏せていた。片方は若く、もう一人は中年だった。乱暴された様子はないが、服はボロボロで、痩せ細っていた。
首には首輪がかけられていた。その紐は、家の外まで繋がっており、何本か向こうの木を経由して、もう一人の女性の方に繋がっていた。首輪は溶接され、首周りの肌には火傷の跡がある。火の魔法で粗雑にやられたのがわかる。
「どちらかが逃げようとすれば、もう片方が引っ張られて木の下に落ちる仕組みか」
ハインツは、誰へとともなく言った。すると、若い方の女が顔を上げた。目には、絶望の光しかなかった。
「もう、母さんを虐めるのはやめてください。私が……私がやりますから」
この二人は親子らしい。今まで、娘の前で母親をいたぶっていたようだ。想像するだけで、気分が悪くなってきた。
「ここに居た連中は、もう居ない。もう、虐める者はいないんだ。君たちは助け出された」
「あ……」
娘の方は、口を大きく開けたまま、ブルブルと震えていた。しかし、母親の方は動かない。
モニカの目から見て、母親の容体が危険だと思われた。栄養失調だろう。服の上からでも、ガリガリに痩せ細っているのが分かる。
「ハインツさん、お母さんの方が危険です!」
モニカは自分の〈腰嚢〉から、薬包紙と薬瓶を取り出す。いくつかの粉薬の中から、栄養失調に効く薬を二、三ほど取り出して、その場で調合しはじめた。
塩を1、ブドウ汁を濃縮して乾燥させたものを5、大豆の粉を1の割合で、水の入った薬瓶に入れた。瓶を振ると、無色透明から、薄い黄色へと変化する。
そして、調合を見守っていたハインツに手渡した。
瓶を受け取ったハインツは、母親を抱き起こす。彼女の顔は、肌に艶やかさを失い、唇は荒れていた。
「飲めるか?」
目だけがぎょろりと動き、それから薬瓶に目を向ける。
その仕草を、飲めると受け取ったハインツは、薬瓶を口に当てがい、ゆっくりと流し込んでいった。彼女の喉が、ゴクゴクと上下に動く。すべて飲み干した。
モニカは、その様子を横目で見ながら、二本目の栄養剤を作り始めた。手持ちの材料では、残り五本が限界だ。
「ありがとうございます、ありがとうございます」
徐々に状況を理解し始めた娘は、感謝の言葉を投げ続けていた。ハインツは、それを目で止めさせる。
「礼は後でいい。疲れているだろう。今は体力の温存に努めるべきだ。それと、礼は俺でなく、後ろのモニカに言ってやってくれ」
娘は口をつぐんだ。
ハインツは、娘と母親についている縄を調べ始めた。そして、逆手で短剣を抜き取った。
「そのまま、首を下げて我慢してくれ」
ハインツは、娘の首輪から出ている縄を、左足で踏んだ。縄を固定してから、一気に右手を振り下ろした。短剣が、床を貫く音と共に、縄は切れた。引き続き、母親の方の縄も切りにいく。
娘は自由になった首をさすった。モニカは、二本目の栄養剤を、娘に差し出した。
「これをどうぞ」
「あ……ありがとうございます」
娘は、両手で受け取り、震える手で、ゆっくりと飲み干した。それから、空き瓶をモニカに返した。モニカは、回収した空き瓶を〈腰嚢〉の中にしまう。
「他にも、捕まっている人たちはいるのか?」
ハインツは、既に母親の首輪の紐を切り落としていた。母親を抱き起こしながら尋ねる。
「分かりません……」
母親がゴホゴホと咳き込んだ。ハインツは、背中をさすってやる。少し、楽そうな顔になった。
「モニカ、二人を頼む。俺は、すべての小屋を回る」
「はい」
ハインツは立ち上がって、家を出て行った。
モニカは、ブローチを使って木の壁に穴を出現させた。異常な現象に、親子は目を丸くしていた。
「こちらにどうぞ。安全です」
二人を案内しようとする。娘の方は足取りがしっかりしていたものの、母親の方が立てなかった。モニカは、母親を背負い、穴の中に入って行った。
【28】
モニカは、まず行灯に火を灯した。それから、母親を床に横たわらせた。
案内した部屋の隅には、物資が積まれていた。その中の一つの蓋を開ける。そして、中から干し肉と、水の入った瓶を取り出して、親子に渡す。
「すいません、少しここで待っていて頂けますか?」
「はい……」
娘が頷いたのを確認すると、モニカは、親子を部屋に残して走り出した。人手が必要だ。
モニカのは、屋敷への〈転移門〉をくぐった。
「ブリギッテ! カトリン!」
屋敷の中を、モニカの声が響き渡る。
間もなく、ブリギッテが姿を現した。その後に、新人のカトリンが庭から出てきた。
「今すぐ、人手が必要なの! 二人とも来てくれる?」
二人は首を縦に振った。
ブリギッテは何度か、〈転移門〉をくぐったが、新人のカトリンを、洞窟の中に入れるのは、これが初めてになる。
そして、侍女の二人を引き連れて、再び洞窟の中に戻る。親子が待っている部屋に到着した。
モニカは、振り向いて侍女たちに言った。
「ブリギッテ、カトリン。ここに、藁とシーツをありったけ持ってきて。即席のベッドを作るの。必要な人数は分からないけど、できるだけ多く頼むわ」
ブリギッテとカトリンが、元気良く答えた。
「はい、ご主人様!」
「わかりました!」
さっそく、二人は動き出す。藁は、馬小屋になっている部屋から。シーツは、屋敷から持ってくることになるだろう。
「あの……私も何か手伝えると思います……」
モニカが、背後からのか細い声に振り向いた。娘が気丈な面持ちで立っていた。
「それなら、これから来る人たちを看病してあげて下さい。ここにある食料と水は全て使って構いませんので、皆さんに分けてあげて下さい」
モニカの言葉に、娘はとても驚き、急に慌て出した。確かにこの食料と水は、売ろうと思えば、結構な金額になるだろう。
「え、ですが……」
「いいんです。今は、一人でも多くの人を、助ける必要があります。細かいことは後にしましょう」
「は、はい……」
モニカは、娘との会話を無理やり切り上げ、部屋を出た。そのまま〈転移門〉をくぐり、今度は森の拠点に戻ってきた。
戻ってきてみると、何人かの村人が待っていた。ハインツが救助活動を続け、この部屋に集めてくれているらしい。
モニカは、彼らを再び洞窟の中に案内する。
【29】
結局、村人は80人近く生き残っていた。全員が洞窟に収納された。話を聞いていくと、200人近くが、殺されたり、餓死したり、病気で亡くなったらしい。
食料はともかく、水が無くなってしまったので、屋敷への〈転移門〉を繋ぎ直し、温泉直通の門を作った。元気のある者は、温泉に入ってもらい、水分の足りない者は、温泉の水を飲んでもらった。
村人たちに活力が戻ってきた。
それでも、元気が戻らない者には、モニカの栄養剤を投与した。全員が、体を起こせる程度には回復した。
ハインツは、全ての村人たちを収納した事を最終確認して、戻ってきた。
また、同時にコルたちとも合流した。
怪我の治療をした敵兵士は、逃がしたそうだ。だが〈羽根つき帽子〉は意外にもしおらしくついて来た。逃げないのか、と聞いてみたら、やることがある、と答えただけだった。
村人たちの中には、彼のことを知っている者もいたので、より頑丈に体を拘束し、隔離する。
コルはそのまま、怪我した村人たちの治療に入った。彼女の治癒能力はますます上がっているようだ。見間違えるほど、村人たちが元気になった。
「モニカ、本当に良かったのか? これが噂になれば、良くない事も起きるかもしれない」
全ての作業が終わって休んでいたモニカは、ハインツに話しかけられた。
「ええ、構いません。それより、村を救うことが〈依頼〉だったはずです」
「それはそうだが……」
ハインツは、渋々と言った様子だった。モニカにも、どうして、この魔法具を一般公開するような真似をしてしまったのかよく分からない。
ただ、一つの予想を立てていた。
好きになった人の為に全力を尽くすことに、とても安らぎを覚えるのだと。
しかし、本人の前にして、流石にそれは言えなかった。できたのは、うつむいて人差し指の関節を咥えるだけ。
その癖は子供っぽいから止めた方がいいと、昔からたまに人に言われるのだが、どうしても止められない。でも、今日だけは、それで良いと思った。
自分は、子供だから、恥ずかしくて言えないのだと思えたから。
【30】
村人たちを洞窟に収納したまま、モニカたちは、二日かけてアプト村に帰還した。
そして、村門の前で、全員を開放した。
中には、号泣するものもいた。生きて帰ってこれるとは思わなかったのだろう。自分の家に走り出す者もいた。家族が待っているのかもしれない。抱き合う人たちがいた。恋人かもしれない。
色んな反応を見せる村人たちを見ているだけで、モニカは胸が熱くなるのを感じた。目から涙が少しこぼれた。
最近、感情がもろくなったのを感じる。顔を隠して、手の甲で拭い去った。誰か見てやしなかったかと、辺りを見回した。幸いなことに誰も見ていなかった。
全ての村人たちが村門から立ち去った後に、モニカたちは村長宅へ向かう。アプト村の村長代理、イルメラ=アプトが手放しで歓迎してくれた。
「よく、やってくれた」
彼女は手放しで喜んでくれた。
「仲間たちのおかげです」
ハインツは、努めて平静に答えた。
モニカは、一瞬ロスの姿を思い浮かべたが、ぎりぎりの所で涙が零れるのを抑えた。
「やはり、フルスベルグの街を、もう一度信じてみることにしたよ」
村長の発言は、今の段階で、一番嬉しい言葉だった。
「ええ、ありがとうございます。間もなく、流通も元に戻るでしょう。そうすれば、この村にも活気に戻ってくると思います」
「そう、願いたいものだ」
その後、いくつかの書類のやり取りをかわし、村長宅を後にした。次に向かったのは、始めにハインツの馬車を預けた厩舎だ。
「孫が帰ってきたんだ!」
出会うなり、老人は叫んだ。
老人の隣には、若い女性がいた。村人たちの中で、一番精神が病んでいた娘だったのを覚えている。コルが、念入りに精神治療をしていた。
ハインツが言うには、一番大きい小屋の中で、一人で居たという。そして壁に向かって、ニヘラニヘラと笑いながらごめんなさいと言い続けていたそうだ。
コルによると、恐怖を感じた時に笑う、悲しくなった時に怒る、などと感情の流れを滅茶苦茶に組み替えられ、精神が半ば崩壊していたそうだ。仕方なく、一度精神を初期化するしかなかった、と言っていた。
そのせいで、年の割に言動がとても幼くなってしまった。見た目は18歳前後だが、中身は8歳に満たない印象だ。
「おじーちゃん、どうして、そんなに泣いてるのー?」
女性は、老人の頭を撫で回した。コルが申し訳なさそうに謝った。
「すいません。私の力が及ばないばかりに」
「いや、いいんだ。死んだと思っていた孫が生きて帰ってきただけでも、御の字だ」
老人に感謝されつつも、厩舎を後にした。モニカは、胸に何か針が刺さったような感覚に襲われた。
宿に戻ると、辺りは既に暗くなっていた。既に、ブローチの存在に気付かれてしまっている。宿の主人に、今日が最後の宿泊だと伝えた。ご主人は、残念そうな顔をしつつも、さっぱりと受け入れてくれた。
完全に夜になった。家に火の光が灯り始める。今夜は祭りが予定されている。広場に、焚き火が焚かれ始めたのが窓辺から見えた。
モニカたちは、村長の使いに呼ばれた。広場に案内されると、村人の半分ぐらいが広場に集まっていた。
そして、モニカたちは、村の救世主として祭りの中心に巻き込まれた。気がつけば、周りはどんちゃん騒ぎ。どこに隠していたんだと思えるほどの酒樽が、惜しみなく置かれていた。
よく見ると、先日に栄養不足で倒れかけていた男が、酒を浴びるように飲んでいた。
モニカは、呆れた。
「奥さぁん、あの薬はさぁいこーに元気でぇたー。ところでぇー、酔い覚ましの薬はありますかー?」
別の酔っ払いがモニカに絡んできた。ツッコミどころが多すぎて、言葉が返せない。というか、この村に、こんなお調子者がいたのか。
何かを言い返そうと、口を開こうとしたら、まだまともな方の男が、酔っ払いの耳を引っ張って、モニカから引き離した。
「すいませんー!」
「なにおー! 俺は酔っ払ってないぞー!」
酔っ払いは引きずられて行った。
だめだ。ツッコミが入れられない。
向こうに連れていかれた酔っ払いを、眺めながら、悶々としていると、村長代理のイルメラ=アプトが話しかけてきた。
「あ、村長さん」
「村長代理だ。しかし、夫が亡くなったのが確認できたので、もうすぐ村長になるのだかな。で、楽しんでるか?」
「は、はい……」
嘘だ。
エリー、ロスの件を考えると、素直に楽しめない。しかし、彼女に心を見透かされたようだ。穏やかな笑みで言われた。
「色々、あるようだな。だが、楽しむべき時は、素直に楽しむべきだ」
「はい……」
「ま、あいつみたいになってもらっても困るがな」
そう言って、先ほどの酔っ払いに目を向けた。モニカもつられる。酔っ払いは、今度はボニーに絡んでた。ボニーは、寡黙に酒を飲みながら、ウンウンと話を聞いていた。
よくわからないが、妙に会話が成立している。
「ハハハ……」
モニカは、苦笑した。
酔っ払いは嬉しくて仕方ないらしい。ハメが外れっぱなしだ。
「あいつは、あいつの妻が生きていたのでな。許してやってくれ」
「は、はい」
それなら、気持ちもわかる。モニカは、手持ちのお酒を、一口飲んだ。
「元気が出てきたようだな」
村長……ではなくて、村長代理のイルメラが、人生のシワが刻まれた口角をニヤリと上げる。
「あ、ありがとうございます」
元気がないのを見抜かれて、心配になって話しかけてきたのだろう。村長代理なだけあって、気配りしてくれたようだ。
「さて、私は行くが、何かあったら呼んでくれ」
「はい、お願いします」
歳にしてはしっかりしている背筋を伸ばし、彼女は村人たちの間に消えて行った。
モニカは、その村人たちをしばらく観察していた。酒を一口飲む。
「モニカお姉様」
今度はコルだった。モニカは、振り向いた。彼女は、少し硬い顔をしている。
「コルちゃん、どうしたの?」
「モニカお姉様、少しお願いがあります」
モニカは、首を傾げた。コルが願い事を言い出すなんて珍しい。
「親しい人が生きて帰ってきた人もいれば、そうでない人もいます。将来の不幸を取り除く必要があります」
ますます分からない。
「今は良いですが、幸福な人と不幸な人が一緒に居れば、時が経てば経つほど、恨み、妬みに代わる可能性があります。不幸の種は今のうちに刈り取らねばなりません。今ですら、その萌芽が見られます」
モニカは、一瞬、アッと叫びかけた。今、コルが言ったことは、まさに昔、自分が体験したことだった。喉奥から酸っぱい味がこみ上げて来る。
吐き気をぐっとこらえて、コルに言った。
「そうね、私は何をすればいいのかしら?」
「私は、祭りに参加してない人たちに話して回ります。モニカお姉様は、私と一緒に来て下さい」
「でも、私が役に立つの?」
「モニカお姉様は、私の尊敬する女性であり、姉です。お願いします。来て下さい」
そこまで言われては、断れなかった。モニカは、コルに連れられて、あちこちの家に尋ねて回った。
「申し訳ありませんでした。私の力が足りないばかりに、あなたの大事な人を助けることができませんでした。許して下さいとは言いません。ですが、人には立ち直る力があります。あなたには立ち直ってもらえるよう願います」
コルはすごく丁寧に謝って回った。
村人たちの反応は様々だった。無反応だったもの。謝りすぎだと助け起こしてくれる者。許してくれる者。怒りをコルにぶつけ、怒鳴り散らす者。金銭を要求してくる者すらいた。
モニカは、辛抱強く物陰から見守った。見ていられなかった。それでも、争いが起きない限り出てこないようにと事前に言われていたので、唇を強く噛みながらも我慢し続けた。
最後の一軒を周り、ついに全ての謝罪をし終えた。モニカは、耐えきれずに感情を爆発させた。
「コルちゃんが、こんな事をしなくていいのに!」
コルは首を静かに振った。
「これは、私の贖罪です。精神魔法に興味本位で触れてしまった私への罰です。見える、いえ、見えてしまう私にしかできない事です。私個人がいくら恨まれても構いません。ですが、村人たちが憎しみあうようなら、それはきっと大きな不幸を呼び込みます。ですから、大丈夫です。モニカお姉様が、一緒に居ますから」
モニカは、言葉を失った。
コルが、自分の届かない所に行ってしまったのを感じる。と、同時にコルはやっぱりコルだったという思いも、感じた。自虐的な所が変わらない。それどころか、エリーの猪突猛進な所、モニカの強すぎる責任感を受け継いでいる。コルは、確かにエリーとモニカの妹だった。
「バカ……たまには、自分のことも考えなさいよ……」
モニカは、辛うじてそれだけをつぶやく事ができた。
そして、夜が更ける。
【31】
次の日。
全ての作業を終えたモニカたちは、村長代理のイルメラに惜しまれながらも、イプト村を後にした。
一度村を出て、一刻ほど街道を南下した頃、もはや、隠す事もなくなったブローチで、一瞬でフルスベルグに戻った。
ハインツとボニーに一旦、別れを告げ、モニカとコルは、溜まった屋敷での雑務をこなす。
ハインツは、村を救出した功績と〈羽根つき帽子〉から得た、敵の情報を報告する事で、ついに冒険者クラスBへの昇級審査に入った。
しばらくは平穏な日々が続いた。




