【51】エリー、モニカと再開する(5)
【23】
「エリー……」
モニカは、エリーの姿を信じられない気持ちで見上げていた。明らかに戦闘体制に入っている。戦うつもりだ。
「ここを潰されるわけにはいかないからね。あたしも、戦わせてもらうよ」
先々日と言っていることが違う。やはり、あの時の話は、罠だったのだろうか。
唐突に、エリーが話しかけてきた。
「ハインツさん、提案なんだけどさ。一騎打ちにしない?」
ハインツが身じろいだ。しかし、口は開かなかった。エリーの意図が全く分からない。顔で推し量ることもできない。無表情だ。
「なんだ、やはり知り合いだったのか?」
唐突に木の上から男の声が聞こえた。ハインツには、心当たりのある、懐かしい声だ。
エリーは、その言葉に反応して、上を向いた。
「フェリクスか……」
できれば、会いたくなかった。
「よう、ハインツ。久しぶりだな。お前にやられた傷が、まだ疼くぞ」
フェリクスは、馴れ馴れしい様子で話しかけてきた。ハインツは、渋々といった様子で言い返す。
「お前が悪い。人を殺せば、処罰されるのは分かっていただろうに」
「ふん、ちゃちなコソ泥を嬲り殺して、何が悪い」
「……それでも、お前が悪い」
「また、それか」
次の瞬間、ドガン、と何かが粉砕される音がした。木々が衝撃でザワザワと揺れる。葉っぱが、大量に落ちてきた。
「いつも、いつも! てめえの! 良い子ちゃんぶりには、イラつくんだよおおお! 今日は、ここで、死ね!」
フェリクスが絶叫した。
そんな会話をしている間に、エリーは魔法を唱えていた。彼女の周辺に、大量の風球が浮かぶ。その球の中に、石が封じ込められている。
「風の魔法は、使わない方がいいよ。既にあたし以外の人間が風の魔法を使うと暴走するような〈属性場〉を展開したから」
彼女の言うことが本当ならば、ロスの戦闘能力は、ほとんど奪われたことになる。ボニーは大丈夫だろうが、空を自由に飛ぶ相手に大剣使いは不利だろう。モニカもコルも、上級魔術師相手には、荷が重い。
「なるほど、一騎打ちするしかないわけだ」
エリーは、空中にふらふらと揺れながら、鼻で笑った。
「別に、一騎打ちでなくてもいいよ。それなら、この石つぶてが、後ろの人に降り注ぐだけさ。仲間も、戦いに参加する。彼女たちを守りながら、戦えるかな?」
ハインツは、状況を誘導されているのを感じていた。しかし、他に手がない。
「皆、下がっていろ」
ハインツは、背後の仲間に声をかけた。
そして〈複合弓〉を構えながら、戦闘体制に入る。
「ハインツさん……」
これはモニカの声だ。
エリーから、視線を外さずに応えた。
「モニカ、大丈夫だ。止めは刺さない。エリーを正気に戻してやる。ちょっと待っててくれ」
「はい……」
エリーは、わずかに不愉快そうな顔をした。
だが、直ぐに無表情に戻り、石を内包した風球が、高速で回転を始める。
「準備はできたみたいだね。それじゃハンナっち、計画通りに。後は頼んだよ」
エリーは、んっ、と艶かしい声を出して、首ががくんと落ちた。そして、顔を上げると、先ほどよりは感情が溢れた、別人のような表情になった。
「どっせー!」
奇妙な掛け声と共に、石つぶてがハインツに襲いかかった。
「くっ!」
近くの木に、無我夢中で飛び込んだ。胸を打って、息が漏れた。エリーの石つぶては、先ほどの敵の矢とは、比べ物にならない程の速さだった。雨のようにドスドスと地面に直撃し、埋め込まれていった。
慌てて敵の拠点に飛び込んだのが、裏目に出た。この状態では、エリーの魔法が届かない位置まで、下がることは難しい。
「ほらほら、木は盾にならないよ!」
ハインツの隠れている木の縁から削り取られていく。
明らかに、相手はハインツを舐めている。普通の戦闘では喋らない。特に魔術師は、精霊との交信が重要だ。敵との会話はそれだけ、魔法が使えなくなることを意味している。
「油断してていいの? 石つぶてだけじゃないよ?」
爆風が顔を撫でた。
恐らく、圧縮した風球を破裂させたのだ。痛くはないが、木陰から体を弾き飛ばすぐらいの威力がある。
たまらずに、ハインツは木から飛び出した。
「そうそう! 逃げ回るんだよ!」
ハインツは、次の木に飛び込んだ。
魔法には、必ず息継ぎがある。ハインツはいつも、その瞬間を狙って攻撃した。そろそろ、風球の数がなくなってきたはずだ。
今度は、エリーの様子をうかがいながら、木から飛び出した。
「ほらほら! 油断しちゃだめだよ!」
絶え間なく降り注ぐ石の一つが、ハインツの太ももにかすった。なんとか、次の木に飛び込んだ。
太ももの打撲のチクチク感を感じながら、今、見た景色を思い出していた。
ありえない。
エリーの周辺に浮いていた石つぶての数が、全く減っていなかった。しかし、こうして木に隠れている間にも、石つぶてが木を削りとっている。補充している時間などないはずだ。
「ひょっとして、魔法の息継ぎを狙ってた? 残念でした!」
背後の風球が、爆発した。
不意打ちをくらったハインツは、木陰から押し出された。
咄嗟にエリーを見る。加速された石つぶてが、視界いっぱいに広がった。腕で顔を守る。
腕と腹に、石つぶてが直撃。鈍い衝撃が貫通した。
「ぐっ!」
歯を食いしばった。
足に力を入れて、走り出した。次の木陰に隠れた。
このままでは、攻撃の手すら出せない。手持ちの矢は〈爆弾矢〉と〈曲がり矢〉と魔法付与前提の鉄矢だ。
何か作戦を立てなければ。
「休んじゃだめだよー!」
ドゴッと響く鈍い音と共に、背にしていた木が揺れた。
いくつもの石が木の幹の芯に当てているのだろう。次の木に向かって、飛び出した。
走りながら、作戦を考えた。
まず、木を乗り継ぎながら少しずつ、エリーとの間合いをを離していく。とにかく距離を保てば、こちらが有利になる。
次の木に、飛び込んだ。
「やめろ!」
突然、エリーの声が妙に遠い声で聞こえた。
木を飛び出して、ジグザグに走行しながら、様子を見た。
エリーの石つぶてが、生き残りの敵の体に降り注いでいた。
「一……打ちだと……ったは……だ」
よく、聞き取れない。
どうやら、一騎打ちに割り込もうとした誰かを、エリーが牽制したらしい。妙なところで律儀だ。
風球と石つぶての動きが、止まっている。
ん、んん?
何かが、変だ。
違和感を覚えたが、とにかく今が好機だ。
鉄矢をつがえ、エリーに向けて、真っ直ぐ撃ち込んでみた。不自然に風が吹いて、矢がそらされた。
やはり、エリーには〈矢除け〉がかけられている。普通、これを破るには〈追尾〉の風魔法が必要だ。
だが、これは一騎打ちだ。仲間の援助は得られない。
「いやー、ごめんねー!」
エリーは、ハインツの方に向き直り、再び、石つぶてを解き放ち始めた。慌てて木の影に飛び込んだ。背中を預けている木が、ミシミシと揺れはじめた。
先ほどの違和感が何だったのかを考える。
そうだ。声の大きさだ。
さっきから、それなりの距離があるのに、やけに声が大きく聞こえる。そして、さっきの良く聞こえなかった言葉。
多分、魔法だ。
「隠れてないで、出てきなさーい!」
風球が炸裂した。たまらず、木から飛び出した。そして、次の木に飛び移る。
やはり、変だ。
わざわざ魔法を使ってまで、忠告じみた言葉を投げかけてくる。しかもその声は、ハインツ以外にはよく聞こえてないことになる。
「ひょっとして……本当は戦う気ないのか?」
相手に聞こえるのかもしれない。なんとなく、独り言のように呟いてみた。すると、ピタリと石つぶてが止んだ。
恐る恐る、木影から顔を出してみた。
次の瞬間、石つぶてが飛んできた。急いで顔を引っ込めた。
風の〈精霊の子〉であるエリーには〈音の精霊〉は使えないはずだ。しかし、違う精霊であっても似たような効果を及ぼせる魔法があると聞く。〈火の精霊〉でも灯りとして使えるように。
ただの偶然かもしれない。もう一度、話しかけてみる。
「エリー、聞こえているのか?」
再び、石つぶてが止んだ。
やはり、聞こえている。恐らく、風で声を増幅させて運んでいる。
しかし、それを吹っ切るように恐ろしい事を言い出した。
「さあ、そろそろ飽きたな、上から一気に攻めるか!」
何をするかわからないが、上からの攻撃は防ぎようがない。エリーの様子を伺う。
石と風球が全て無くなっていた。魔法の息継ぎは本人が否定している。
ということは。
ハインツは全力で、エリーの方に向かって走り出した。
予想通り、そこら中から葉っぱがこすれる音が聞こえ始めた。
来た。
〈石の雨〉が広範囲に降ってきた。木の影など関係ない。雨がハインツを追いかける。背後で、ドスドスと石がめり込む音がする。
全力で走る。
跳ぶ。
転がる。
跳ね起きる。
安全圏は、エリーの真下以外は考えられない。
手持ちの弓を壊さないように、上手く持ち直す。とても頑丈に作ってあるから、大丈夫なはずだ。万が一、壊したら目も当てられない。
エリーの真下まで約15歩。走りながら鉄矢を取り出す。撃つ。ここまで至近距離なら、矢はそらしきれない。矢はエリーの肩にかすって飛んでいった。
風球がないなら、話は別だ。魔術師は魔法詠唱にタメがある以上、近接戦に無防備だ。補充をさせない限り、負けない。
急接近してくるハインツに、エリーは驚いたようだ。上空に飛ぼうとする。すかさず、飛んでいく方向に矢を飛ばした。
ここは、絶対逃がさない。
追い詰める。
「シロ!」
竜の咆哮が、森の中にこだました。
頭上から物凄い速さで、何かが飛んでくる。そして、ハインツは爆風に煽られ、吹き飛ばされた。頭から、地面に落ちた。
「あっはっは……エリー、負けちゃったよ」
一瞬、上下が分からなくなったハインツは、確かにその声を聞いた。
頭を振って、立ち上がった。弓がない。吹き飛ばされた時に何処かにいってしまったらしい。
見上げると、そこには白い〈翼竜〉が立っていた。というより、フラフラしていた。木に頭をぶつけたらしい。近くの木が、何本かへし折られている。
「おいおい……」
エリーは〈翼竜〉の頭をさすっていた。
聞いたことがある。敵が竜が飼っている話を。まさか、ここで出てくるとは思わなかった。
「ハインツさん、ごめんねー。ハンナっちが、シロを呼び出しちゃった。だから、あたしの負けでいいよ」
エリーは竜の頭を撫でながら、やけに軽い気持ちで言った。
「エリー……なのか?」
「今はね」
「あれこれ、戦闘中に話しかけてきたのは、お前か?」
動きが止まる。
それから、ハインツの言葉を無視して、竜に乗り上がった。そして、手綱を操りながら、見向きもせずに言った。
「今は、そんな事を言っている場合じゃないと思うなー。あたしの目的は、一応、果たしたから」
ハッと上を向いた。
槍が降ってきた。
何も考えずに、前に転がる。
「〈風の中位精霊〉よ! ここから飛び立たせろ!」
エリーの詠唱が終わった瞬間に、周囲に暴風が吹き荒れた。唸る風の音が、全ての音をかき消す。
目の前にフェリクスがいる。
何も聞こえない音の中、槍で襲って来た。
ハインツは数歩下がってかわす。
「そいつの槍に、気をつけてねー。かすっただけでも、致命傷だよー!」
徐々に激しくなる風の音の中、妙によく聞こえるエリーの警告が、耳を叩く。
目を開けているのも、立っているのも難しくなってきた。
それでも視界の端で、フェリクスが襲ってくるのが見えた。ひたすら、後ろに下がって距離を取る。
ついに、羽を広げた竜が宙を浮いた。枝をへし折りながら空へと飛び立っていく。後には、地に落ちた大量の針葉樹の枝が残されていた。
「ふん、あのアマ。口ほどでもなかったな。お前の武器を失わせたのは、評価してやるが」
フェリクスは勝ち誇った顔で、槍を構えた。
黙って攻撃すればいいのに、と思うが「過程を楽しめ」という信念が、彼の手を休ませているのだろう。
ハインツの仲間も、フェリクスの仲間も、こっちに向かってきている。時間稼ぎには丁度良い。ついでに落とした弓を目だけで探す。
「フェリクス、ずいぶんとご機嫌だな。何か良い事あったのか?」
彼は、忍び笑いを漏らした。槍の穂先が、上下に揺れる。
「クックックッ……。そうだ、ご機嫌だともさ! お前にはある意味、感謝してるぜ。あの女のおかげで、俺は開放されたんだからなあ!」
女?
男ではないのか?
ハインツは少し気になったが、深く考えるのを止めた。動揺を誘う嘘かもしれない。ただ、マテウスとは別の人間が裏にいる可能性だけは、頭に入れておく。
「ハインツゥ、目が泳いでいるぜ? クックックッ……弓はもうないぞ?」
「……なんだと?」
ハインツの焦りが大きくなる。フェリクスの忍び笑いが、一層、大きくなった。
「ふん、だから、言ったろう。あのアマを評価するって。お前の手から離れた弓を、風で俺の手元にまで運んでくれたぜ?」
バカな。
エリーの「目的を達成した」とは、そういう意味だったのか。言われてみれば、一騎打ちの最中は、仲間から離れるように誘導されていた節がある。
「さて、楽しいお喋りはここまでだ。お前の仲間が来る前に、片をつけるか」
フェリクスの笑みが、一層強くなった。
次の瞬間、踏み込んできた。
瞬速の突き。
紙一重でかわす。
地形が良くない。
不利だ。
後ろが見えない。
下がれない。
左右によける。
フェリクスの突き。
右へ避けた。
なぎ払い。
左腕で、刃のない部分を払い上げた。
そのまま、槍を半回転させて、柄を振り下ろす。
両腕を十字にして、頭上で受け止めた。
反動で槍が逆回転。下から刃が襲ってくる。
一か八か、バク転した。
なんとか地面に着地する。
さらに槍による追撃がくる。
右にかわした。
ハインツは、フェリクスの刃と柄による多段攻撃を、命を削る思いでかわし続けた。
残された武器として一応、短剣はある。しかし、槍の攻撃を受け止めるには不安がある。第一、抜く暇もない。
段々と「このままではやられる」という考えが、頭をよぎり始めた。「かすっただけでも致命傷」という言葉が、重くのしかかる。
しかし、永遠とも思えた一瞬の攻防は、フェリクスの攻撃中断によって終わった。
ハインツは、頭に疑問符が浮かぶ。
「ちっ、時間切れだ」
フェリクスは、大きく後ろに飛び下がった。
彼がさっきまでいた位置に、銀白色のサーベルが二本、突き刺さった。
「ロスか!」
思わず、見上げた。
ロスは、空を飛んでいなかった。彼女は、木の幹の上に立ちながら、赤い外套をたなびかせ、両手にサーベルを持っている。
「ここは、私の独壇場よ。ハインツは下がりなさい」
「恩に着る! あいつの槍は危険らしい! 気をつけろ!」
ロスは返事も返さずに、木の幹から飛び降りた。
飛び降りながら、二本のサーベルを投げる。
フェリクスは、サーベルを槍で跳ね上げた。金属音が鳴り響く。跳ね返されたサーベルは回転しながら、宙を舞った。
地面に着地したロスは、最初に投げた二本を抜き取り、そのまま、発射する。
今度は、避けられた。
ロスは、二本のサーベルを新しく抜きながら、飛び上がる。今度は頭上から投げ下ろす。
これも、避けられた。
所持している合計8本のサーベルを全て使い、あるいは拾い上げて、前から、後ろから、上から、下から、投げつける。
フェリクスを圧倒した。
「このまま、押し切れるか……?」
だが、ハインツの言葉も虚しく、敵の仲間が到着。弓を持った〈羽根つき帽子〉が姿を現した。
「フェリクス、やられっぱなしだな」
〈羽根つき帽子〉は、ニヤニヤとしている。
「おい、さっさと助けろ!」
フェリクスは、必死にサーベルを叩きつけながら、声を荒げた。
「あーあ、分かったよ。ちゃんと、分け前を寄越せよ?」
「分かったから、さっさとやれ!」
〈羽根つき帽子〉は弓を引き絞った。
ロスは当然、反応する。〈羽根つき帽子〉に向けて、サーベルを放とうとする。だが、一歩遅れた。
放たれた矢は、ロスのいる木に当たり、突然、燃え出した。突然の火に面を食らったロスは、他の木に飛び移る。
「さて、じゃんじゃん、行きますか」
〈|羽根つき帽子〉は次々と、矢を放っていく。冬の乾いた木には、火がよくつく。
ロスはサーベルが回収できずに、どんどん追い詰められていった。
「さぁて、ハインツさんよぅ、お前は後だ。そこで黙って、無力感に打ちひしがれていな」
サーベルの攻撃から開放されたフェリクスは、ロスに向けて槍を構えた。
実際、ハインツは悔しかった。武器を奪われては、何もできない。矢筒には、まだ少し矢があるが、手で投げてみたところで、効果はあるかどうか。
ロスは、逃げるわけにもいかず、ついに地面に飛び降りた。持っているのは、一本のサーベルのみ。
ついに、フェリクスに向かって突進した。交差する瞬間、赤い外套を脱ぎ捨てた。
視界を奪ったロスは、フェリクスの上に向けて飛び上がった。そして、背後から、サーベルを投げた。
命中した。
しかし、フェリクスが振り回した槍の穂先も、ロスの右脇腹をかすめた。




