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名もなき魔術師の一生  作者: きゅえる
【2章】
46/106

【49】エリー、モニカと再開する(3)

【13】


 モニカは、興奮していた。


 ついに、エリーに出会えた。

 皆が帰ってくる夕方まで待ちきれない。掃除を終えた部屋の中をうろうろと歩き回る。やれる事は全てやってしまった。

 屋敷には、もう顔を出した。

 サボり魔の侍女メイドブリギッテに、いつものように説教した。販売用の薬も調合した。材料の調達も〈冒険者組合(ベンチャーズギルド)〉に依頼した。

 異次元のダンジョンに居た馬を、外に出して散歩させた。

 モニカの馬であるブラックアイの歩きが、若干ぎこちないのが気になったが、残りの二頭は、雪原の上を元気に走り回っていた。


 誰かが、階段を登ってくる音がした。

 ここには、腕に自信ある交易商人とその雇われ傭兵もよく泊まるが、今の時間に登ってくるのは、コルの可能性が高い。

 そう考えているうちに、扉がガチャリと開いた。


「ただいま、戻りました」

「おかえり!」


 コルは、キョロキョロと辺りを見回した。恐らく、エリーを探している。


「あれ、あの人は?」

「それがね、あのコ、エリーだったのよ!」

「え」


 モニカの興奮した言葉に、コルの動きが固まった。瞬きもしない。それから我に返り、何回も瞬きをして、目を潤すと、感極まった声でつぶやいた。


「エリーお姉様、だったのですか?」

「そうなの!」


 また、固まった。

 と思っていたら、目頭にじわっと涙が滲んできた。コルは少しうつむいて、両方の手の甲でこすって拭う。


「そう、ですか。それで、エリーお姉様はどこに?」

「それが……」


 モニカは、言葉を詰まらせた。

 それでも、昼に起きた事を、推測を交えながらも簡単に説明する。


「多分だけど、今夜、来てくれると思うの!」

「今夜、エリーお姉様に、会える……」


 コルは、全身の力が抜けたように荷物を落とし、そのままフラフラと自分のベッドに倒れこんだ。


「……エリーお姉様を、皆さんに紹介しなければなりませんね」


 うつ伏せのまま、くぐもった声でコルが言った。その声に、モニカはベッドから飛び上がる。


「そ、そうね! まだ、ロスさん以外、エリーのこと話してない。夜になる前に話をしないと!」


 モニカは、再びそわそわする。

 それから、エリーに何を聞こうか、どう紹介しようか、とか、あれこれと悩みはじめた。そして、何度もコルに同意を求める。

 疲れ果てていたコルは、その横でひたすら相槌を打つだけしかできなかった。


【14】


 日が完全に暮れ、ハインツ達が戻ってきた。


「何だと……」


 モニカは、エリーについてその正体も含めて、全てを説明した。そして、今夜、来てくれることも。


「うん……。うん……。うん?」


 ハインツは、やたら唸っていたと思いきや、突然、言葉が止まった。その横で、ロスが嬉しそうに、ニヤニヤしている。


「思わせ振りな仕草で、騙された気分はどうかしら、ハインツ?」


 意味が分からない。きっと、彼女とハインツの間でしか分からない会話なのだろう。モニカは、聞き流した。


「いや、だが……これでは、俺が道化みたいじゃないか」


 ロスの手が閃いた。

 彼女の拳が、キレイに顎に直撃。ハインツは、半回転して床に倒れた。

 モニカは唖然とした。間違いなく、彼女の拳は全力だった。とにかく、ハインツに駆け寄って、助け起こす。


「ロスさん、何をするんですか!」

「モニカちゃんは、すっこんでなさい。そこの男は、悪い事を沢山しているの。だから、これは正義の鉄拳よ」


 ハインツが、モニカの手を借りて、立ち上がった。


「一体、何の事だ?」

「死ね!」


 ロスの拳が、ハインツの顔に何度も襲いかかる。彼は素早くかわし、あるいは、手で払いのけた。

 体の方は〈全身鎧(フルメタルスーツ)〉を着ているので、顔だけしか狙ってないようだ。


「アデルちゃんはどうなのよ! あんたに振り回されて! 彼女が道化じゃないって言うの!」


 ロスが叫ぶ。

 次の瞬間、ハインツの腹に、拳が叩き込まれた。骨が砕ける音がした。


「ロス! 止めろ!」


 先ほどから沈黙を保っていたボニーが、大きい声で怒鳴った。ロスもハインツも、ボニーの方に顔を向けて硬直した。


「お前は一度、外に出ろ。外の雪で頭を冷やして来い」

「……分かった。一度、外に出てるわ」


 ロスは肩を落として、宿屋の扉から出て行った。その後をこっそりコルがついて行く。怪我を治しに行ったのだろう。もしくは、心が読める彼女のことだ。カウンセリングもするかもしれない。


「ボニー、すまない」


 ハインツが頭を下げて謝った。しかし、ボニーは厳しい顔で言い返した。


「ロスの言いたい事もわかる。ハインツ、お前は、男女分け隔てなく気配りが出来るのは素晴らしいが、女に無自覚に優しくし過ぎる」

「何か、問題あるのか?」

「お前に問題なくとも、向こうがその気になる、ということだろう」

「そうか……」


 モニカは、目の前の状況を全く理解できなかった。ひょっとしたら、自分の事を言われているのではないか、という気がしたぐらいだ。

 ボニーは続けた。


「モニカの話を聞いた今、こんな事で揉めている場合じゃないはずだ。ひょっとしたら、そのエリーとやらが何かを知っているのかもしれん」

「そうだ、な」


 ハインツは気を取り直して、椅子に座り直した。


「まず、エリーに何を聞くか、考えてみよう。モニカの話を聞く限り、敵について色々と知っている可能性が高い」


 その言葉を皮切りに、男二人は、淡々と意見を交わす。ハインツは、用意した紙に黒鉛でサラサラと書き連ねていく。

 その内、外からコルが帰って来た。モニカは、ホッとして、声をかけた。


「ロスさんは?」

「ロスさんなら大丈夫です。それで、モニカお姉様にごめんなさいって伝えるように言われました」


 正直、何故、謝られたのかさっぱり分からない。分からないことだらけだが、素直に受け取っておく。


「分かった。コルちゃん、ありがとう」

「どういたしまして。モニカお姉様」


 コルは、ニコニコと笑顔を返した。コルの笑顔は、不思議に心を安らかにしてくれる。何かの魔法がかかっているのだろうか。

 やがて、男たちの会話が終わった。


「大体の情報は整理した。モニカの方から、聞きたい事はあるか?」

「あ、いえ。特には……」


 ある意味、嘘だ。

 言いたいことは一杯ある。しかし、それは、作戦や敵という話ではなく、昔のように、楽しい雑談を交わしたいという意味だ。


「分かった。今夜、女性部屋に待機するつもりだが、大丈夫か?」

「はい、大丈夫です」


 体調は万全だ。コルも問題ないはずだ。部屋の中に特に見苦しい物もない。


「では、頼む」


【15】


 日が完全に暮れてから、かなりの時間が経った。辺りは完全に寝静まっている。時折、外から鳥の鳴く音、獣の吠える声が聞こえる。

 窓は開け放しにしようかと思ったが、寒いので止めた。

 モニカは、光球を室内に浮かべて、ずっと沈黙している。

 誰も喋らない室内で、だんだん不安になってきた。あの読心術は間違ってはいなかったか、と。


 丁度その時、木窓がバタバタと震え、それからコツコツ叩く音が聞こえた。

 モニカは素早く反応した。木窓に駆け寄って窓を開ける。窓から、黄髪が飛び込んできた。間もなく、風が止み、エリーは部屋の中に着地した。


「やあ。ってあれ?」

「エリー! エリー!」


 軽い挨拶をしたエリーに向かって、モニカは、つい全力で抱きしめた。たまらずに、エリーは悲鳴をあげた。


「痛いって! 痛いって! モニカっち!」

「あ、ごめんなさい……」


 昔の感覚でいたが、今のエリーは、モニカより背が低く、細身だ。力一杯抱きしめるだけで、骨が折れそうだ。


「本当にエリーなのか?」


 ハインツが、やや警戒を込めた言葉で尋ねた。


「やあ、ハインツさん。お久しぶり。あの伝言は、やっぱり見なかったコトにして欲しいなー」

「……正直、あの伝言はないだろう」


 モニカは昔と比べて、エリーの表情が読めない。コルの表情を見ると、少しも笑っていない。嫌な予感がした。

 そんな予感を吹き飛ばすように、モニカは言った。


「ハインツさんが、エリーに色々と聞きたいコトがあるって」

「んー、そうなの。何だろー」


 エリーは、昔と変わらない、軽い感じの言葉を返した。対して、ハインツの声がますます硬くなっていく。

 ねえ、何で、そんなに警戒するの?


「まず始めに、一つ聞く」

「はいはい、何でしょ?」


 ハインツは、一度深呼吸して、息を整えた。そして、ゆっくりと、立ち上がった。


「エリー、君は味方か?」


 エリーは無表情だ。ハインツの顔を見ながら、黙っている。それから、モニカの方をチラリと見た。


「そうだね、あたしはモニカっちの味方だよ」

「そうか」


 先ほどから、妙な圧迫感がある。

 モニカは、先ほどから嫌な感じが止まらない。予定では、もっと和気あいあいと、楽しい会話が繰り広げられているはずだったのに。


「その体は、誰の物なんだ?」

「ああ、この体。このコはハンナって言ってね。割りといいコなんだよ。若干、エッチだけどね」

「そうか」


 モニカは今の言葉に、物凄い違和感を覚えた。しかし、それを考える事を、頭が拒否した。

 今度は、コルが一歩前に出て質問する。


「あの、エリーお姉様。その人と話が出来るんですか?」

「今は、無理かなー。寝てる。ここに来てるのは、お忍びなんだ」


 そう言って、エリーは口元で人差し指を立てた。お忍びを示す仕草だ。


「お話できますか?」

「んー、止めておいた方がいいと思う」

「そうですか……」


 コルは少し寂しそうな顔をした。モニカは、彼女がエリーに何を見たのか、怖くて聞けそうになかった。

 再び、ハインツが質問する。


「ところで、この一年間、何をしていた?」

「一年間? もうそんなに経ったのかー。時間の感覚がなくなっちゃったなー。」


 エリーが、感慨深げに答えた。いや、話をそらした。

 今のは、流石に分かってしまった。聞かれたくない質問だったのだと。

 モニカは、震える声で尋ねた。


「エリー、私たちの元に戻ってきてくれるんだよね?」

「モニカっち、今はちょっと難しいかな。やらなければならないコトがあってねー」


 エリーは、申し訳なさそうな顔をした。これは、嘘ではなさそう。だが。


「エリー」


 ハインツが、意を決したように、抑揚のない声で語り出した。


「数ヶ月前から、謎の集団が、西部の街道沿いの村を次々と攻め落とし、街道を封鎖しているそうだ。特に、先頭に立つ四人の〈精霊の子(エルフ)〉の魔法は凄まじく、炎で燃やし尽くされ、風で全てを吹き飛ばされ、地崩れに飲み込まれ、濁流に押し流されるという。そのうち、風の魔法を操る〈精霊の子〉は、耳が尖っていて、透き通るような黄髪で、背は低く、細身の美少女と言われている。俺の目の前にいる者と似てないか?」


 ハインツが、何を言いたいのか分からない。

 だってエリーが、そんな事をするはずがない。だって、フルスベルグの街の冒険者たちと、あんなに仲良くしていた。彼らを、殺して回るようなことをするわけが無い。


「へえ。そーなんだー」


 エリーは、今初めて聞いたような口調で、相槌を打った。

 そうだ。それは赤の他人だ。たまたま姿形は似ているが、別人だ。そうだと言って。エリー。


「エリー、もう一度聞くが、この一年間、何をしていた?」


 エリーは再び沈黙して、顔を俯かせた。沈黙の時間がイヤに長い。

 いや、まさか、そんな、うそだ、嘘だ。嘘だ嘘だ。


「モニカっち」


 唐突に、エリーが、優しげな声でモニカに話しかけた。顔は違うが、元のエリーの口調だ。


「は、はい!」


 だが、何かが違った。つい、他人行儀な返事をしてしまう。だが、エリーは全く気にする事もなく、言葉を続けた。


「モニカっちは、あたしのこと、信じてくれる?」


 エリーの悲しげな顔。

 あの顔は、どこかで見たことがある。フルスベルグではない。もっと昔だ。故郷の村。自分の家に引きこもっていた頃の記憶。自分を、外に連れ出してくれた時の記憶。

 信じていい、と思った。


「うん、信じる」


 エリーの顔を、正面から見返した。エリーは、少し嬉しそうな顔をして、それから表情が、完全に消えた。


「ハインツさんの言う通り。西区の街道で、王都との交易を遮断し、フルスベルグを飢えさせているのは、あたし達だ」

「……それは、敵対宣言と取っていいか?」

「ご自由に。ただ、ここではやるつもりはないよ。折角、アプト村を立て直しかけているんでしょ? ……村ごとなくなるよ?」


 エリーが脅しをかけるところを初めて聞いた。ハインツだけでなく、ロス、ボニーも体を硬くさせる。


「エリー、貴様……! ミヒェル組合長(ギルドマスター)に、最初に言われたことを忘れたのか!」


 ハインツは、殺さんばかりに睨みつける。エリーは肩をすかして、飄々と答えた。


「覚えているよ。『街を愛せよ』だっけ? でも、あたしは元々、街の人間じゃない。ハインツさんはいいよね。街の人間だし。あたしと違う。故郷を無くしたコルっち、故郷を追い出されたモニカっちとも違う。」

「くっ!」


 今の発言は、はっきりとフルスベルグ、ひいては〈冒険者組合(ベンチャーズギルド)〉に敵対するという宣言に他ならない。

 もう、モニカには耐えきれなかった。


「エリー、どうしてそんな事を言うの……? 今まで皆で一緒にやってきたじゃない!」

「モニカっち……」


 無表情だったエリーの顔に、動揺が走る。それから顔を背けた。

 本当に、信じたい。

 だけど、今の発言の毒は、エリーの物ではあり得なかった。別人と言われた方がしっくりくる。しかし、腕輪がある。エリーでないと知り得ない話も知っている。


「……モニカっち達は、この村を襲っている連中と戦っているんだよね?」


 エリーは、顔を背けたまま、ボソボソと小さい声で言った。モニカは、突然切り替わった話に頭がついていかなかった。代わりに、ハインツが答える。


「……それがどうした?」

「あいつらは……フェリクス達の根城は、ここから北西にある、小山の影にある。木の上に住んでる。魔法で隠してるから、遠目には分からないよ。何度か拠点移動しているみたいだから、チャンスは一回。数は20人程度。明日にでも攻めて」


 エリーは、敵対宣言したはずなのに、敵の情報をペラペラと喋り始めた。意図が読めない。


「どういうことだ?」

「どうせ、何を言っても信じないでしょうけど、あの男は、個人的に気に入らない。殺していいよ」


 ハインツは無言だ。真意を測りかねているようだ。さらに質問を続けた。


「味方を売るのか?」

「……あれは、あたしの味方じゃない」


 エリーは、窓から夜空を見上げた。月が見える。三日月だった。月を見て、懐かしそうな顔をした。


「そろそろ、時間だ。じゃあ、また」


 彼女は、窓の外に消えて行った。

 ハインツが慌てて駆け寄って、窓を閉めた。月明かりが室内に入らなくなり、光球の明かりが強くなったように見えた。


「どう思う?」


 その問いに、まず始めにロスが口を開いた。


「今の子の事はよく分からないけど、モニカちゃんのお姉さんじゃなかったの?」

「はい、そのはずです……」


 モニカは、自信なさげに答えた。もう、自分の知っているエリーはいないような気がした。

 横からコルが、モニカにしがみついてきた。


「モニカお姉様。エリーお姉様のことを信じてあげて下さい」

「コルちゃん……」

「エリーお姉様は、とても苦悩していました。それと、時々漏れた感情からは、エリーお姉様に対する慈しみを感じました」


 コルが言うのなら、間違いない。

 モニカは少し、心が安らいだ。


【16】


 ハインツは、慰められているモニカを見ながら、頭を掻きむしった。コルは断言しているが、彼には、おいそれと信じるわけにはいかない。

 彼とて、エリーの事はよく知っている。しかし、信じがたいが、実際に街を窮地に陥れていると告白しているのだ。

 人は、いつ、誰でも、どんな理由で裏切るか分からない。実際に、人の良さそうな冒険者たちが、街から逃亡して、敵側につくのを何人か見た。

 規律上、街に害を成す冒険者は、全て処分しなければならない。それが、武力を持っているがゆえの義務だ。

 実際、今のエリーの告白だけでも、ハインツには、エリーを殺害する権限と義務が、生じうる。

 しかし、今のエリーの状態を知らずに断罪するのは危険な気もする。だが、彼女を止めねば、被害はもっと拡大するだろう。


 結論は出ない。


 一度、この件については保留する。今は、より重要なことを考えるべきだ。

 皆の意見を聞くべく、口を開いた。


「エリーについては置いといてだ。彼女の言った情報は、本当だと思うか?」

「どうかしら。嘘だったと仮定すると、考えられるのは、陽動かと。さり気なく、焦らせて時間を指定しているのが臭いわね」

「罠という線も考えられる。実際に行ってみたら、膨大な数の敵が待ち構えていた、なんて事もありうるだろう」


 ハインツたちはあくまで、エリーが敵という前提で話を進めていく。

 

「そんな……エリーは本当のことを言っていると思います」


 モニカが、悲しげに話の間に割り込んだ。三人は、彼女の方を見る。


「……モニカ。モニカには悪いが、」

「ハインツ。俺から言おう」


 ハインツが、何かを言おうとした所を、ボニーが遮った。二人は互いに目を合わせ、頷く。


「我らは、常に最悪を想定しなければならん。死にたくないならな。そして、でき得る限りの準備をしてから、戦いに望むんだ。彼女が敵という可能性がある以上、無視することはできん」


 モニカは言い負かされ、何も言うことができなかった。さらにハインツが付け加えた。


「モニカたちは、彼女を信じてやればいい。だから代わりに、俺たちが疑う役をやる。……そうだな。この部屋で、会議をやるべきではなかった。続きは、俺たちの部屋でやるぞ」


 ハインツの言葉に、三人は立ち上がった。そして部屋を出ていく。部屋には、モニカとコルが残された。

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