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名もなき魔術師の一生  作者: きゅえる
【2章】
44/106

【47】エリー、モニカと再開する(1)

【1】


 ハンナは、目覚めた。


 寝ぼけ眼をこすりながら、辺りを見回せば、空、空、空。尖った耳にかかった、黄色い髪をかきあげながら、欠伸をした。

 お尻の下では〈翼竜(リンドヴルム)〉のシロが、翼を広げていた。風に乗っているので、羽ばたきすらしない。おかげで、安定した空の旅路を満喫できて、気分が良い。


 おはよう、ハンナ。


 突然、頭の中から声が聞こえた。

 彼女はいつからか、ハンナの中に住んでいる存在で、名をアンナという。初めは怖かったが、色々助けてくれるので、今では、頼もしい相棒だ。


 起きたなら〈風の精霊(シルフェ)〉の操作を、交代して欲しいなー。


「あ、うん。代わるね」


 アンナがしていた防風操作を、引き継ぐ。

 この操作が無ければ、目が開けられないわ、寒いわで大変なのだ。下半身を鞍にガッチリ固定されているので、振り落とされはしないけど。


「んで、ここはどこ?」


 もうすぐ、アプト村に着くよ。


「流石、シロだね。速い、速い」


 自分の事を言われたのが分かったのか、シロは、ぐぎゃと軽く返事した。

 ハンナは、シロからそのまま視線を落として、眼下を望んだ。低い丘と森林の隙間をぬって、街道が東北に伸びている。その街道のそばに点々と〈駅〉が見える。


「用が済んだら、さっさと帰りたいな」


 どうだろう。ややこしい事になってそう。あ、そろそろ降下してもいいんじゃないかな?


 ハンナは、アンナに言われるままに、手綱を引く。

 付近の地図は、全部アンナの頭に入っているので、ハンナは何も考えずに済む。本当に助かる相棒だ。

 

 目的地はアプト村、ではない。その村の周囲の森だ。

 森を根城にしている味方の状況を確認し、場合によって助けるように、と言われている。

 その味方の主の名を、フェリクスという。


「どんなご主人様なん、おおおおほーっと」


 シロが滑空して降りていく。

 慣性で急に上に引っ張られたハンナは、変な声をあげた。


 はいはい、上昇中下降中は口を開けないでー。自分の魔法じゃないんだからねー。はいそこー。文句言わないー。


 心の中で、アンナが呆れた様子で忠告する。しかも、考えていることが筒抜けなので、直ぐに釘を刺された。

 何も言い返せなくなったハンナは、仕方なく、シロの操作に専念する。

 シロは着陸体制に入った。翼を懸命に動かして速度を落とす。ハンナも、振り落とされないように必死に手綱を操る。

 周囲の木々が風圧でざわめいた。

 ついに大地に足をつき、よたよたと走りながら、速度を落としていく。そして、どこにもぶつかることなく停止した。


 毎度毎度、着陸の瞬間は緊張するねー。


 ハンナは、下半身と鞍を繋ぐ止め金を、バチンバチンと外していく。足が自由になると、飛び降りた。

 肩の荷が降りたシロは、背後で体と羽を伸ばしていた。


「はい、お疲れー。良くやった、良くやった」


 ハンナは、鱗で覆われた首筋をパンパンと叩く。シロは、気持ち良さそうに首を回した。


「さて。アンナ、どっち行けばいいの?」


 再び、呆れた様子でアンナは指示を出し始めた。


【2】


 ハンナは、丘の影になっている所に集落を発見した。

 情報が正しければ、味方の集落だろう。近くまで魔法で接近した後、徒歩で向かう。

 しばらく森の中を歩いていると、突然、矢がハンナの方に飛んで来た。当然、風で跳ね返し、適当に矢を撃ち返す。

 さらに風を使って、指向性に声を張り上げた。


「マテウス様の使いとして来た味方なんだけど! フェリクス様に伝えてもらえないかな!」


 草むらから、声がした。


「本当か? 何か証でもあるのか!」

「ないよ、そんなもん! なんなら押し通ってもいいんだぞ!」


 何人かで話し合っているのか、ヒソヒソと声がする。やがて結論が出たのか、再び声が聞こえて来た。


「分かった。案内する!」


 意外に聞き分けの良い返事に、ハンナはホッとした。

 東西の連携に、手紙のリレーを使って、情報交換していたのだが、きちんと効果は出ているようだ。

 〈羽根つき帽子〉を被った弓使いが、木の枝から飛び降りてきた。


「ついて来い」


 ハンナは〈羽根つき帽子〉を目印にして、追いかけた。

 やがて、人の生活がある空間に出た。木を削った形跡があり、頭上に、家が立っている。そこから縄が垂れ下がっている。

 彼らは、森の中に上手く身を隠していた。これなら、敵にも見つかるまい。

 〈羽根つき帽子〉の男は、そのうちの一軒に向かってよじ登り始めた。ハンナも、風の力を補助にして、木の幹を歩いて登っていった。

 登った先の家の中には、細目の背の高い男が、寝そべっていた。その後ろでは、目の虚ろな半裸の女が、膝枕をしていた。首には、溶接された首輪がついている。


「マテウス様の命令に従って、応援に来た。フェリクス様でよろしいか?」

「ああ、そうだ」


 ハンナは、言葉遣いに気を使った。

 相手は、ご主人様と同等の立場であるが、自分はご主人様の代理で来ている。無闇にへりくだる事も出来ない。


「応援は、お前だけか?」

「そうだ。素早く、移動できるのがあたしだけだった。それに西も戦力は余っていない」

「まあ、それもそうだな」


 フェリクスは、呑気に返事を返しながら、膝枕をさせている女の太ももにいたずらをした。女は無反応だった。


「状況を説明してもらえないだろうか」

「あー、面倒臭い、女、説明しろ」


 女はビクッと怯えたように反応した。それからゆっくりと訥々と話し始めた。


「相手は一ヶ月ほど前から……アプト村に立て籠もって、この拠点を探っています。何度か戦いを挑んでいますが、敵は強く、しかも神出鬼没でどうにもなりません。そのせいで……街道封鎖が上手くいっていません……」

「辛気臭い言葉は止めろ! 笑え! 笑いながら話せ!」


 フェリクスは女の太ももをつねった。女は悲鳴を上げた。「ごめんなさい、ご主人様」と数回呟きながら、えへえへと、気持ち悪い笑みを浮かべた。

 ハンナとアンナは、同時に軽い嫌悪感を覚えた。しかし、顔には出さずに、質問する。


「そいつらをどうにかすれば、封鎖は出来るのか?」

「そうだな。ただ、その中にかつての知り合いがいてな。そいつが面倒臭い。生真面目すぎてイケ好かない野郎だ」


 ハンナは、相手の素姓には興味ないが、どう面倒なのか気になった。しかし、後ろの女に言わせるのも、気分が悪いので、言葉を選んだ。


「面倒臭い?」

「そうだ。奴は弓が得意でな、魔法撃つ暇も、近づく暇も与えてくれん。おまけにカンも鋭い」


 ハンナは胸を撫で下ろした。弓なら、風の魔法と相性が良い。最適な相手と言えるかもしれない。


「人手はいるか? 村で捕まえた奴なら幾つか、貸し出すぞ?」


 ハンナは、少し気分が悪くなった。まるで、アンナと出会う前の自分のようだ。

 アンナと一緒になってから、どんな相手であっても、熱意と敬意を持って接すれば、相手は応えてくれる事を知った。だから、ハンナに個人的に崇拝してくれる奴隷に対して、首輪の主人権限をハンナへと移してもらった。

 本当は、密かに奴隷開放して、首輪は模造品でもいいと言ったら、彼らから拒絶された。訳が分からないが、彼らなりの敬意なのだろう。


「人手はいらない。あたし一人で、仕留めてやる」


 フェリクスはニヤリと口を歪めた。

 ハンナは、嫌な感じがした。目がイヤらしい。身の危険を覚えて、慌てて言葉で誤魔化す。


「今から、会いに行ってみる。帰ってくるまでに、住み家を用意してくれるのか?」

「そうだな。用意させよう」


 いちいち視線がイヤらしい。

 胸を見るのはまだいい。だが、その状態でニタニタされると、考えていることが丸わかりだ。


「では、もう行く」


 視線から逃げるように、縄が垂れ下がっている穴に飛び込んだ。

 穴から飛び出ると〈羽根つき帽子〉がすぐ横に腰掛けていた。ハンナが慌てて飛び出した様子を見て、苦笑しながら立ち上がった。


「あの人は、女好きだからな」


 〈羽根つき帽子〉はハンナを誘導するように、木を降り始めた。


【3】


 ハンナは、集落を離れた。

 ゆっくりと100を数えながら、森林の中を歩く。


「きゅーじゅーはちー、きゅーじゅーきゅー、ひゃーくっと」


 周りに誰も居ないかを確認してから、アンナに話し掛けた。


「あー、どうしよう」


 アンナから呆れた感情が伝わってきた。それでも直ぐに、仕方ないなと話し掛けてくる。


 はいはい、ハンナはいつも考え無しなんだから。弓が得意なら、障害物を上手く使って近づく。開けた場所なら、最高速で突撃するしかないねー。


「はいはい、頼りにしてますよ、アンナ」


 ハンナは開き直った。アンナとは、常に一緒にいるのだから、考え事は全て彼女に任せても問題ない。そして楽だ。何も考えなくて済む。

 

 はいはい、不埒な事を考えてちゃダメー。他には、会うだけなら、中立を装って近づく、という手もあるねー。


 ハンナは顔をしかめた。考えが筒抜けなのは、分かっていたはずなのに。


「そうねー。まずは旅人を装って、村に向かってみますか」


 アプト村ね、とアンナが心の中で付け加えた。ハンナはまた、顔をしかめた。

 とにかく、アプト村に向かう際に、森の中から現れるのは都合が悪い。まずは街道に出てから村に向かう事になる。


「〈風の中位精霊(エアリアル)〉よ、我に風の衣をまとわせよ!」


 まずは、森の上に飛び上がった。

 そして、アンナの地図の記憶と、太陽の位置を頼りに、街道に向かって、飛んだ。


【3】


 ハンナは、アプト村に到着した。

 思ったより近かったらしく、日は傾いているが、まだ景色が赤く焼けるまでには至っていない。


 まず驚いたのは、交通の盛んな〈駅〉にしては、妙に寂れているという事だ。堀も塀も所々崩れ落ち、外敵から守れそうにない。

 急峻な地形が多く、天然の要塞のような西区の〈駅〉と比べると、攻め落とすのは簡単そうだ。守るのも難しそうだが。

 ハンナが、村に対する感想と、そこから繋がる戦略について、あれこれ考えていると、アンナが口を出してきた。


 そこまで、考える必要は無いんじゃないかなー。


「……どっちだよ!」


 アンナは茶目っ気丸出しで、ケタケタ笑っている。

 ハンナはツッコミをいれながらも、フードを被った。耳と髪は目立つ。村に入るなら、見せられない。

 村門を潜ると、土地のあちこちに家が立ち並んでいた。一応、繁華街と思われる、整備された道が一本だけあったが、それだけだ。

 人は居ない。


「さて、どうしよう」


 旅人が村に入って、まずやる事は宿を取ることだよー。それらしい看板を探すといいよ。


「し、し、知ってるよ! 今、探している所!」


 少し考えれば当たり前過ぎて、ハンナは恥ずかしさを覚えた。もっとも、アンナには全て見抜かれている。それでも気分の問題で、キョロキョロと辺りを見回した。

 アンナの感情を意識しないように、探し回る。案外簡単に、ベッドの図が描かれた看板を見つけた。


「あれかな?」


 多分、そうだねー。人見知りするなら、代わってあげようかー?


「そこまでしなくていいよ!」


 アンナのからかう意思を、はっきりと感じた。しかし、それには理由がある。

 かつて、アンナの存在に慣れた頃、楽をしたい一心で、面倒な事を全て押し付けたことがある。確かに楽だったが、ふとした瞬間に、自分が自分でなくなる感覚に襲われた。

 その時の恐怖を体験して以来、多少の事は、全て自分でやるようになった。アンナは、そこまで分かっていて、ワザとからかっている。


「……ありがと」


 はて、何かお礼されるような事を言ったかなー?


 ハンナは、何も言わずに宿屋に入っていった。どうして、何も言葉を返さなかったのか、自分でもよく分からなかった。


【4】


 宿屋の中に入ると、誰もいなかった。

 ハンナは、宿屋に泊まった経験はない。よく分からないまま、カウンターに向かう。


 そこにある、呼び出し鈴(コールベル)を鳴らすんだよ。


 アンナに言われたように、カウンターの上に置いてある鈴を振ってみた。カランカランと思ったより低い音がなった。

 しばらく待つと、奥から老人が出てきた。


「何か用かね?」


 何も考えてなかったハンナは、言葉に詰まった。

 金は持ってないし、そもそも、寝る所は拠点で用意してくれる。わざわざここで泊まる理由が無い。

 慌てて、アンナが口を出す。


「あー、えー、道に迷ってたら? この村にたどり着いたんですー。えーと、人がいないので? どうしたのかなーと」


 老人は、変な顔をした。

 ハンナはさもありなんと思った。むしろ、自分の方が変な顔をしている自信がある。


「一人なのか?」

「えー、あー、はい、そーです」


 もう、どうにでもなーれとばかりに、アンナの言葉を復唱する。手にしっとりと、汗を感じた。


「嬢ちゃん。悪いがな、素姓の知れない旅人を泊めてやるわけにはいかないんだ」

「あー、そうですかー。しょうがないですねー」


 ハンナは断られて、ホッとした。何故か、老人もホッとしている。一体、何なんだろう、この茶番。

 すると、アンナが疑念を投げかけてきた。ハンナもハッとして、ほとんど素の口調で尋ねた。


「あれ、旅人を泊めないのなら、どうして宿屋を開いてるの?」


 老人は、ギクリとした。しかし、直ぐに思い直したのか、申し訳なさそうに、語り出した。


「う、うむ。実は、この村の近くに、盗賊団が住み着いていてな。身元のはっきりした人物でないと、泊めてはいけない、ということになったんだ。あ、いや、別に、嬢ちゃんが悪人の一味と言ってるわけじゃなく、そういう決まりなんだ」


 本当に、何なんだろう、この茶番。

 アンナが、心の中で苦笑していた。ハンナは、表情を平静に保つので精一杯だった。噛みしめるアゴの筋肉が、そろそろ痛くなってきた。


「しかし、嬢ちゃん、運が良かったな。盗賊団に見つかったら捕まって、酷いことをされるんだ」

「へー」


 自分の目で、バッチリ見てます。


「ん、ん、そうだな。宿屋に止めることは出来ないが、馬小屋に行ってみるといいぞ。藁の寝心地も悪くない」

「あ、うん」


 もう、どうでも良くなってきたハンナは、いつもの口癖が出てしまう。心の中では、何やらアンナが考え事をしている。

 とにかく、この場面を抜け出せる機会だ。ハンナは、老人に背を向けて、宿屋を出ようとした。

 その時、入口から、複数の人間が入ってくる。

 彼女らの姿を見た瞬間、頭に割れるような激痛が走った。


 ハンナは意識を失った。


【5】


「嬢ちゃん、大丈夫かね!」


 さっきまで会話を交わしていた、フードを被った少女は、まるで糸が切れたかのようにその場に倒れた。尋常ではない。宿屋の主人は、カウンター席から乗り出して、声を掛ける。


「おじいさん、どうしたんですか?」


 足元に倒れた人を見ながら、モニカは困惑したように尋ねた。


「わからん。話していたら、突然倒れたんだ。丁度いい、この娘を診てもらえないか?」


 宿屋の主人の言葉を受けて、コルは頷いた。


「分かりました。では、担架を用意してもらえますか。後、彼女に下手に触らないで下さい」

「よし、分かった!」


 宿屋の主人が、奥に引っ込んだ。

 それから、コルは倒れた娘の手を触れた。しばらくそのままでいたが、不思議そうな顔をして握り直した。


「どうしたの?」

「よく分かりません」


 モニカは首を傾げた。コルの言っている意味が分からない。


「よく分からないんです。肉体的には全く異常が無いんです。それに、この人の体は〈生命の精霊〉の存在が希薄なんです」

「希薄?」

「分かりやすく言うと、半分死んでるんです」

「〈生きる屍(リビングデッド)〉のような?」

「そうです。でも、先ほど、おじいさんと話をしていたので、違うはずなんです」


 コルは、焦った様子で受け答えする。モニカも、段々と焦り始めた。


「体に異常がないなら、動かしても大丈夫なはずよね?」

「ええ、多分……」


 モニカは、頭に被っているフードを取り払う。すると尖った耳と、人ではあり得ないような、鮮やかな黄色の髪がこぼれ落ちた。

 モニカとコルは、息を飲んだ。

 お互いに顔を見合わせて、首を縦に振る。モニカは黙ってフードを元に戻す。


「しばらくすれば、目覚めるかもしれない。部屋に運び入れましょう」

「はい、モニカお姉様」


 それから、宿屋の主人が、担架を持って駆けつけてきた。主人から担架を受け取ると、二人で協力して速やかに乗せた。それからゆっくりと、担ぎ上げる。


「私たちの部屋に運び入れますが、いいですか?」

「ああ。お前さんたちがいいなら、構わんが」


 ゆっくりと階段を登りながら、モニカは背後で見守っている主人に質問した。


「おじいさん、彼女とどんな話をしていましたか?」

「うーん、泊まれるかどうかを聞いてきたな。無理だと言ったら、仕方ない、と答えていた」

「彼女は一人ですか?」

「そ、そうだな。一人と言っていた」

「他に何か気になったことは?」

「うーん、そうだ。喋り方がおかしかったな。誰かに言わされている感じだった。」


 彼女の状況が、よく分からない。これ以上は本人から話を聞くしかないだろう。


「分かりました。有難うございます。ついでで申し訳ないですが、人払いを頼めますか?」


 そのまま、自分たちの部屋に担架を運び込んだ。


【6】


 まずは、名前のわからない亜人の少女をモニカのベットに横たわらせる。

 そして、フードを取り去って、尖り耳と黄髪を露わにした。


「どう?」


 モニカはコルに尋ねた。

 コルは、彼女に触れないようにして、顔をじっくりと見る。

 顔に耳を近づけて、何かを確認した後、口をこじ開けて覗き込んだ。それから胸をそっと触った。その後、まぶたをこじ開けて、目の様子を見た。


「息はキチンとしているし、口の中に変な物も臭いもない。心の臓も動いているし、顔色もいい。目に異常もない。正直、どこが悪いのか検討もつきません。体温が通常より低いくらいでしょうか」


 コルは、悔しがった。

 モニカは、自分が考えていたことを口にしてみる。


「肉体は異常なしでも、精神に問題があるんじゃないかしら?」

「本当にそれだったら、なんとかなりそうです。精神の精霊には、間接的に関与できますので」

「間接的?」

「モニカお姉様は、精霊の相互関係について、ご存知ですよね?」


 コルのその言葉で、モニカは納得した。

 人と精霊に相性があるように、精霊同士にも相性がある。例えば、火と光は相性が良い。

 〈火の精霊(サラマンデル)〉を呼び出すと〈光の精霊(イルリヒト)〉ほどではないにしろ、光源となる。

 そして〈火の精霊(サラマンデル)〉の使役でも、火から発生した光ならば、操作することができる。

 これを精霊の間接支配と言う。

 コルが言いたいのは〈生命の精霊(セフィロト)〉は、様々な精神の精霊と相性が良く、間接的にある程度は操作できる、ということらしい。


「でも、精神の精霊を使っている人なんていないし、誰かに見られたら捕まっちゃうよ」

「実は、一度だけ、精神の精霊を使った人を見たことがあります」

「えッ!」


 モニカは、心臓がドキリと跳ね上がった。

 精神の精霊の使役は、いたずらに人心を惑わすとして、見つかればかなりの刑罰が下される。本ですら、焚書される程の徹底ぶりだ。

 Dクラスになってから一度だけ、精神の精霊について書かれた本を、探し出して燃やすという〈本狩り(ブックハント)〉の依頼(クエスト)を、コルと共に受けた事がある。成功はしたが〈貸本組合(ライブラリギルド)〉の暗部を見てしまい、その日の夕方はご飯が喉を通らなかった。


「それは誰ッ?」

「それは……エリーお姉様です」

「エリーが……?」


 信じられなかった。というより、エリーが魔法を使ったところを見た記憶がない。


「それは本当なの……?」

「本当です。少なくとも、モニカお姉様は、およそ半日分の記憶を失っていました」


 モニカは言葉を失った。

 まさか、自分に精神の魔法をかけられた事があったとは。


「モニカお姉様に、謝らなければならないことがあります。少し前に、本狩りの依頼で、精神の精霊に関する本を入手した事があったはずです」

「ええ、それはそうだけど……まさかッ!」

「興味があったのは事実です。燃やす前に、一通り読んでしまいました」


 モニカは一瞬、目の前が暗くなった。そして部屋の片隅に設えていた椅子に座る。

 コルが、知らない間に犯罪者になっていた。当然ながら、突き出すつもりは、ない。だが、しかし。


「確かに、あれは凄いです。精神の精霊の色で、本人ですら分からないような、人の心が読めてしまうのですから」


 確かに最近のコルは、人の心にまで踏み込んだ治療を施すことが増えた。しかし、裏にそんな話があったとは。


「モニカお姉様にかけられた魔法は、記憶を司る〈海馬の精霊(ヒポポキャンパス)〉と言うそうです」

「もう止めてッ! 聞きたくないッ!」


 モニカはついに両手で耳を塞ぎ、目を閉じ、頭を振った。今、聞いてしまったことを、頭から追い出そうと、必死に首を動かした。

 コルは悲しそうな、嬉しそうな顔をした。


「モニカお姉様、ごめんなさい。そんなに怯え、悲しまないで下さい。私は、モニカお姉様に幸せになって欲しいのです」

「もう、何も言わないで……止めて……」


 コルは黙った。そして、ゆっくりとモニカに近づく。モニカは、椅子から立ち上がり、一歩下がる。


「コルちゃん、ごめんなさい。でも……近づかないで。本当にごめんなさい」


 コルは、ピタリと動くのを止め、元の位置に戻った。それから、亜人の方に近寄って、額に手のひらを乗せる。


「私の方こそ、ごめんなさい。本当は、先月のモニカお姉様の誕生日に告白すべきでした。この力を使うのは、これで最後にします。本当にごめんなさい」


 モニカとコルは、互いに謝り続けた。


【7】


「〈生命の精霊(セフィロト)〉よ、友人の様子を探れ」


 コルは生命の精霊を経由して、亜人の精神を探る。

 精神を探り続けると、やがて奇妙な事に気がついた。


 一人の体に、四人分の精神が入っている。


 まず、一番古い精神は、心の最下層で眠っている。

 そして、中間層にある二つの精神が、一つに融合しようとしている。その衝撃で、表層の一番大きい精神が、揺さぶられていた。今にも二つに割れそうだ。

 一通り、状況が把握できたコルは、額から手を離した。

 今の能力では、とても手を出せないが、二つの精神が完全に融合すれば、目覚めるような気がする。


「モニカお姉様、しばらくすれば、この人は自分の力で目覚めます。それまで、交代で看病しましょう」


 モニカお姉様の方を見ると、恐怖の色が無くなり、後悔の色が滲んで見えた。

 コルは薄っすらと、微笑む。


「私は、モニカお姉様の考えは正しいと信じます。人の心を弄ぶ魔法は、許されないものです。ですから、モニカお姉様の行動は正しかったのです。反省するべきは私なのです」

「コルちゃん……」


 モニカお姉様の体から、後悔の色が薄まった。

 コルは、それを見て安心すると、なんだか気が抜けた。外を見れば、完全に日が暮れて夜になっていた。道理で眠いはずだ。


「すいません、先に、眠らせて頂きます」

「あ、おやすみなさい……」


 コルは、モゾモゾと自分のベッドに潜り込んだ。


【8】


 モニカは眠れなかった。


 自分のベッドに、謎の亜人が横たわっているというのもあるが、さっきのコルの告白が、衝撃的過ぎた。

 そのコルは、直ぐ横で、スーピーと寝息を立てている。少し腹立たしいと思う反面、本当に気を使っているのだなと思う。

 この村に初めて来た日に、コルが、村人を元気にしたいと言った時は驚いた。そして村長代理と交渉し、本当に村に治療院出張所のようなものを作った。治療して回った功績で、村の宿屋に泊まることが許された。

 お陰で、情報も集まり、盗賊の探索も順調だ。

 ハインツたちが毎日、盗賊の拠点を探している。見つかるのも、時間の問題だろう。

 コルは、出張所で朝から晩まで、100人規模の村人を診ている。モニカはその手伝いだ。

 治療内容は多岐に渡る。

 純粋な怪我に始まり、何らかの病気、あるいは精神的な問題。子、孫を殺された者、親を殺された者も数多くおり、コルは適切に心の苦痛を和らげていた。


 ……さっきは拒絶するべきではなかった。


 コルは心を覗く力を、正しく使っている。力を正しく使うのなら、たとえ、法律上では間違っていても、許されるのではないだろうか。

 心のどこかで、この考えが危険だとも感じる。だが、コルの姿を見れば、許して欲しいと切実にそう思う。


 窓の外を見れば、月の光に照らされて、チラチラと白い物が降っていた。

 雪だ。

 確かに、今日はいつもより寒かった。雲の動きは速いので、明日の朝にはやんでいると思う。モニカは立ち上がって、木窓を閉めた。冷気が遮断されると同時に、部屋の中は闇に包まれた。

 部屋はそこそこ暖かい。宿屋の一階に設置されている暖炉から、各部屋に鉄管を引かれているからだ。

 部屋の中が真っ暗になり、元の場所に戻れなくなったモニカは、光球を一つだけ呼び出した。

 そして、元の椅子に戻る。


 モニカは、考えることが無くなってきた。だが、まだ眠くならない。仕方ないので、亜人を観察することにした。

 顔は整っている。凄く、男が好みそうな顔だ。耳は尖り耳。軽く触ってみると、ピクピクと動く。なかなか楽しい。髪の毛は透き通った綺麗な黄色をしている。触り心地は良好だ。

 体に目を向ければ、モニカより小柄な彼女は、旅装のままだった。冬に相応しい、手首まで覆う厚い上着。外套はベッドに広がり、その隙間から腰に差した短剣が覗く。胸には、ネックレスが、輝い……て…………る…………?

 モニカは、何かが引っかかった。

 ネックレスに、付与魔法がかかっているのがわかる。ただ、どっかで、見たような気がする。そっと、ネックレスに、触れて、魔力を、注入してみた。


「これは……」


 イル先生の、制作物に、間違い、ない。ということは、この亜人は、イル先生と、何らかの関係者、なのだろう、か。

 この、亜人に、聞きたい、事が、多すぎる。目覚めたら、まず……何を……聞こ……う……か……楽……し……み…………だ…………。


 モニカは、急に襲ってきた眠気に耐えきれなかった。

 意識が急速に落ちていく。

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