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名もなき魔術師の一生  作者: きゅえる
【2章】
43/106

【46】23歳モニカ、盗賊狩りをする(5)

【18】


 モニカは、魔法陣の確認をしていた。

 複雑過ぎて、全ては理解出来ないが、細工をされているか否かの識別ぐらいはできる。

 もうすぐ全ての確認が終わるという所で、後ろからコルの声がした。


「モニカお姉様、アデルさんが見つかりました。一度、屋敷に戻ってきて下さい」

「ん……」


 一瞬だけ、ためらった。

 まだ全ての構造を、確認しきれていない。

 しかし、今まで見た範囲では、細工されている様子は全くなかった。

 まあ、大丈夫だろう。

 モニカは立ち上がり、コルに話しかけた。


「大丈夫。行きましょう」


 二人は横に並んで、通路を歩く。

 モニカとコルの光球が、周りを乱舞する。数が多すぎて、眩しいくらい。


「モニカお姉様、顔が嬉しそうです」

「そ、そうかな?」


 モニカには、顔に力を入れている自覚がない。手で顔をぺたぺたと触ってみた。わかるはずもない。


「私も嬉しいです。モニカお姉様には、幸せになって欲しいのです」


 モニカの胸が跳ねた。

 まるで、全てを見通しているかのような言葉だ。モニカの心の揺れに反応して、周囲に浮かぶ光球の揺れが激しくなった。


「コルちゃんは、どこまで知ってるの?」

「知りません。ですが、なんとなく分かるんです」


 よく考えれば、別に隠す相手でもない。

 モニカは口を開いた。


「ハインツさんにさっき、告白されたの」


 コルは何も言わない。ただ、穏やかな顔をしている。


「まだ、ちょっとよくわからないけど、嬉しい、のかな?」

「私には、そう見えます」

「やっぱり、告白の返事はいるのかな、どうかな?」


 あの時はびっくりしすぎて、ええ、と言うだけで精一杯だった。もっと、何かを言うべきだったのだろうか。


「大事な事は、口に出して、はっきりと正確に言った方がいいと思います」

「や、やっぱり、そうよね」


 自分の本音を伝えるというのは、とても勇気のいることだ。返事をするのが怖い。


「なんて言ったら、いいかな?」

「モニカお姉様の思った事を、素直に言えばいいと思います」

「そうよね」


 なんて言ったらいいだろう。嬉しかったです、でいいんだろうか。いやいや、そんな味気ない言葉じゃなくて、もっと気の利いた言葉を言いたい。


「モニカお姉様、もうすぐ着きます」

「え、あ、ああ、もう?」

「はい」


 モニカとコルは〈転移門〉をくぐった。


【19】


 屋敷に戻ると、既に日が上っていた。外が薄明るい。コルに誘導されるまま、客間に向かう。

 客間には、全員が揃っていた。入るなり、視線が集まった。ハインツが声をかけてくる。


「無事だったか?」

「特に問題は無かったです」

「そうか、良かった。それで、アデルは無事に保護した」

「彼女は今どこに?」

「モニカには悪いと思ったが、勝手ながら、侍女に寝室を一つ用意してもらった。その部屋で休ませている」

「いえ、大丈夫です。それより、ブリギッテが迷惑かけませんでしたか?」

「いや、彼女たちはよくやってくれたよ」


 ハインツは、平然と答える。

 この屋敷に住んでいる侍女(メイド)は、問題児のブリギッテと、新人が一人。人手が足りなけば呼び出す事もあるが、基本的に家政業をしてもらっている。


「それで、アデルの実家には、連絡を取ってもらった。今日中に迎えが来ると思う。ただ、彼女は軟禁状態になるだろう……」


 ハインツは、組んだ自分の手の甲に目を落としながら、言った。それから顔を上げる。

 何かあったのだろうか。


「今回の様々なミスは、強行で疲れが溜まったからだろうと考えている。だから、これからは全員で共に行動し、夜はキチンと休みを取る事にした。モニカはそれでいいか?」

「ええ。ですが、時間は大丈夫なんですか?」

「問題ない。もうすぐ目的地に着く」


 実際のところ、モニカも疲れが溜まっていた。むしろ、歓迎したい。


「今日の所は、休みとする。我々を一日泊めさせてもらえないだろうか」

「ええ、喜んで」


 モニカは笑顔で返した。


【20】


 今後の予定も決まったので、一度解散した。

 ただ、屋敷からは出ないようにと言われた。万が一〈冒険者組合(ベンチャーズギルド)〉の関係者に会えば、都市に居る理由を説明しなければならなくなるからだ。

 解散して直ぐに、ハインツは「もう一度アデルと話に行く」と言って、階段を登って行った。

 モニカは、ハインツを見送りながら、しばらくぼうっとしていた。しかし突然、ボニーとロスに向き直って頭を下げた。


「ボニーさんとロスさん、ごめんなさい」

「……何がだ?」


 突然、謝られても、話がよくわからない。


「ボニーさんには、馬を守ってもらったし、ロスさんには危ない所を助けてもらいました。私がブローチを落とすなんて失敗をしなければ……」


 なんだ、そんな事か。

 くだらなすぎて、笑いがこみ上げてきた。モニカは予想外の反応だったらしく、戸惑っているようだ。


「謝る必要はないと、言わなかったか?」

「ええ、確かに。ですが……」


 ロスの方を見ると、ツボに入ったらしく、まだ喉をひくつかせている。役に立ちそうもない。

 仕方ないので、性に合わないながらも、モニカに語りかけた。


「あのな、謝ることは確かに美徳だ。場合によっては必要だろう。だが、人は誰でも失敗はするもの。そして失敗は挽回できる。いちいち、誰の失敗かと追求するよりは、速やかに立て直す方が重要だ。少なくとも、冒険者の〈依頼(クエスト)〉の間は必要ない。成功か失敗かは、最後に決まる。そして、その役割は、対外的な事も含めて、全てハインツが背負うから、お前さんが気を止む必要はない」

「ボニーさん……」


 モニカは言葉を失っていた。本当に柄にもない事をした。やはり、自分も疲れているのだろう。


「それより、早く、我らの寝室を用意してもらいたい」


 モニカはハッとして、慌てて部屋を飛び出して行った。コルも後ろをついて出て行った。

 開け放しの扉を見ていると、ロスがようやく笑いから復活して、話しかけてきた。


「ボニー、珍しいじゃない」

「何、お前ほどじゃないさ」


 ニヤニヤしていた彼女は、サッと顔色を変えた。


「まさか……聞いていたの……?」

「あんなに喚かれたら、おちおち眠れやしないだろ」

「ちょっと、ボニー! 忘れなさいよ!」


 ロスが襲いかかってきたので、逃げるついでに、扉を閉めにいく。


「心配せんでも、誰にも喋らんさ。ただ、お前も、意外に苦労人なんだな」

「何よ、慰めてくれるの?」

「まあ、そうだな」


 やっと、殴りかかってくるのを止めてくれた。ロスの振り上げた拳が、下がった。


「好きになっていい?」

「それは断る」


 即答した。


【21】


 次の日から、ハインツの馬車で行動することになった。

 街道を進むに連れて、荒れ果て始めたことが気になった。しかし、魔物には会わなかった。話に聞いていた通り、二日ほどで、目的地であるアプト駅に到着した。

 

「なんだ、これは」


 ハインツが呟いた通り、村全体が寂れている様子。前情報によれば、何十人単位の護衛がついているはずなのだが。


「とにかく、情報を集めてみよう。全員で共に行動するぞ」


 馬車から全員降りて、まずは厩舎に向かった。ハインツは、事務所の扉を開け、ひょいと覗く。


「誰かいますか?」


 中には、元気のない老人が居た。暖炉の気配はしたので、誰かいるのは分かっていたが、反応は鈍い。


「馬を預けたいのですが」


 歳の割りに鋭い視線で睨みつけられた。ハインツは武器をモニカに預け、老人に近寄った。


「すいません、馬を預けたいのですが」

「あんたたちはどこから来なすった?」

「フルスベルグからです」

「そうかい」


 聞いた割に、無関心な返答。体全体から無気力感を感じる。

 ハインツは困惑した。


「何があったんですか? 街道も荒れてて通りにくかったです」

「本当に知らんのかね?」


 その老人の言葉に、ハインツは警戒した。嫌な予感がする。なんとなく、身分は隠す事にした。


「ご老人、何がありましたか? 私たちに何か助けられる事はありますか?」


 沈黙。

 複雑な顔をするが、何を考えているか読めない。やっと、ゆっくり口を開いた。


「ワシには判断できん。馬は預かってやろう」

「ありがとうございます」


 ハインツは少し多めに銀貨を渡した。予め、銀行で下ろしてきた貨幣だ。

 銀行長(バンクマスター)バルドゥル=フルスベルグが、都市外の銀行機能を止めている。金属板は使えないと判断した。


「まずは、村長の所に向かってくれ。一際大きい、赤い屋根がそうだ。直ぐにわかるだろう」

「はい、ありがとうございます」


 ハインツ達は、厩舎を後にした。

 軽く見渡せば、赤い屋根はすぐに見つかった。一行は歩き出す。


「いいの?」


 ロスが口を出してきた。馬を預けることへの心配だろう。馬車が使えなくなったら、逃げられなくなる。普通なら。


「仕方がない。信用されるには、まずこちらから信用しなくてはならない」


 村長の家らしき建物にたどり着いた。

 扉を軽く叩く。

 しばらく待つ。

 何も起きない。


「……あの、そこにある鈴を、引っ張るんじゃないでしょうか」


 ハインツは振り返って、モニカを見た。

 モニカが指差した先には、確かに鈴がついた紐がついている。


「家が広くて人が少ない田舎では、叩くだけでは聞こえない事があります。ですので、紐の先は家の中まで伸びていて、どこでも来客が分かるようになっているんです」

「……そうなのか」


 家が密集しているフルスベルグでは、必要のない仕組みなのだろう。初めて聞いた。

 改めて、ハインツは紐を引っ張る。チリンチリンと鈴が鳴る。建物の中で人の動く気配がした。

 扉がガチャリと開く。隙間から、壮年の女性が顔を出した。


「……どちら様?」

「旅の者ですが、厩舎の人から、こちらに来るようにと言われまして」


 彼女は、ジロジロと一行を見る。そして、胡散臭そうな顔をしながら、答えた。


「村長に会いに来た?」

「はい」

「本当に?」

「はい」


 壮年女性は、何かを考えてから言った。


「手に持っている物を、全て預からせてもらうなら」


 ハインツは驚いた。流石に承服できない。

 全てということは、貴重品もだろうか。


「それなら、仲間に荷物を預けて、外に待機してもらっても?」

「なら、一人だ」


 彼女は、威圧的に指示してきた。どうにも警戒が強すぎる。


「それなら先に、宿を取りに行ってもいいですか?」

「ダメ。どちらにしても無理」


 ハインツは、ますます困惑した。

 この村は〈駅〉だ。宿はたくさんあるはずなのだ。

 あれこれ悩んでいると、後ろからボニーが口を出してきた。


「我らの事なら心配するな。ハインツ、一人で行ってこい」


 頷くしかなかった。

 釈然としないまま、全ての武器と荷物を仲間に預ける。そして、村長宅に入っていく。


【22】


 ハインツは、女性に連れられて、家の中を入る。そして、客間と思われる空間に誘導されると、壮年の女性は立ち止まり、振り向いた。

 部屋には、ハインツと女性以外、誰もいない。


「村長はどこに?」

「私が、村長代理のイルメラ=アプトだ。それで私たちの村に、何しに来た」


 色々と驚いた。村長代理という言葉もさることながら、目の前の女性が、今の村の責任者なのだ。

 しかも、言葉の端々にトゲがある。


「東北に食料があると聞いて、やってきたのですが」

「諦めて、帰んな」


 言葉の意味が分からない。状況が掴めない上に、何らかの誤解があるようだ。


「食料を買う事は出来ないんですか?」

「余所者には売らない。あそこで買えるのは、昔から世話になっている商人と組合だけ」


 話が見えてきた。

 村々が独自の自衛として、信用できる相手としか付き合わない、という事なのだろう。


「つまり、この村も?」

「そうだ。知っている商人しか泊めない」


 成る程、合点がいった。

 状況が掴めてきたので、話の本題に入っても良さそうだ。


「この近くに、盗賊がいると聞きましたが」


 その途端、彼女は顔を歪めた。

 あまり触れられたくない話題だったのだろう。目つきが鋭くなった。


「アンタら、食料を買い付けに来たんじゃないのか?」

「それもありますが、本筋の目的は盗賊退治です」

「……アンタら、何者だ?」

「いえね、盗賊をどうにかしてくれと商人に頼まれまして」

「その商人の名は?」

「そこまでは。複数の商人からだったと記憶してます。退治してくれれば、食べ物を幾らでも仕入れてくれると」


 盗賊の正体が読めてきた。ここに泊まっていたはずの冒険者達がいないということは、村人達に追い出されたか、盗賊達に殺されたか、もしくは盗賊そのものだったか、だ。

 だから、ギリギリ嘘ではない言葉で繋げる。


「アンタらは、冒険者か?」

「頼まれたのは、盗賊退治だけです」


 ハインツはもう一度、同じ言葉を繰り返した。村には手を出さない事を強調する。


「……村から出ていけ」


 村長代理は、低く抑えた言葉で威圧してきた。苦労を重ねてきたのか、なかなか迫力がある。

 しかし、村の協力なしでは盗賊退治は難しい。ハインツは食い下がった。


「どうしても、ですか?」

「どうしても、だ」


 取り付くシマもない。ギリギリの妥協点を探す。ハインツは素早く口を開いた。


「馬車は預かっておいてもらえますか?」


 つまり、自分たちの足を預けることで、ここから去るつもりはないと強調すると同時に、財産を保険にしてくれという意味だ。

 また、こちら側としても、馬の怪我の心配をしなくて良いという利益はある。


「それぐらいなら、いいだろう」


 これ以上は、ごねても心象が悪くなると判断して、会話を打ち切った。

 ハインツは促されるままに、村長宅から出た。


【23】


 ハインツは、家の外で待っていた仲間たちと合流した。

 そのまま村の外へ移動しながら、先ほどの村長代理との会話について、話した。


「これから、村の外で野宿をする事になる。村人に怪しまれないように、ブローチの利用は最小限にする」


 ロスは指を鳴らしながら、質問を投げかけてきた。


「盗賊についての情報は?」

「すまない、とても聞ける状況じゃなかった。厩舎の老人に聞くしかあるまい」

「しょうがないわね」


 彼女は、軽い溜め息を吐く。

 これでは、盗賊退治の前に、村の信用を得るという作業を必要だ。でなければ、盗賊の詳細な情報が得られない。

 ハインツも、溜め息をつきたいのをぐっと堪え、先頭を歩く。経験上〈党首(パーティーリーダー)〉が迷いを見せると、碌な事にならない。

 何事もなく、厩舎にたどり着いた。

 最初にあった老人に、村長との会話を簡単に説明する。


「ご老体。という事で、馬を預かってもらえないだろうか」

「そうか。イルメラがそう言うなら、預かろう」

「感謝する」


 ハインツは頭を下げた。この老人は信用できそうだ。


「ところで、盗賊の実態について、何かご存知ではないですか?」


 何気ない様子で聞いてみた。

 途端に、老人の態度が変わる。あまり思い出したくない事柄なのだろう。顔のシワが増えた。


「……数ヶ月前に、フルスベルグから護衛団がやってきた。確かに魔物は増えていたから、もちろん受け入れた」


 それでも、老人は淡々と語り出した。


「最初は、金払いも良く、魔物も追い払ってくれた。だが、とうとうお金が尽きてきたのか、段々とツケが増えてきた。ある日、若者が、意を決して借金返済の催促をした。次の瞬間、斬り殺された」


 バカな。

 あってはならない事が、起きていた。


「それからというものは、村に対して略奪を繰り返した。略奪する物や女がなくなると、今度は行き交う商人を襲い出した。あっという間に村は寂れた」


 老人が心を精一杯殺しているのが、ありありと分かる。


「その……すいませんでした」

「何、気にする事はない。ワシの息子夫婦と、孫娘の仇を取ってくれるなら、手伝おう」


 目に暗い炎が見える。吹けば飛ぶような老人の体に、わずかに恐怖を感じた。気圧されかけたが、後ろの仲間の存在を思い出し、耐えた。


「どうして、そこまで信用してもらえたんですか」

「お前さんが、初めにこの厩舎にやって来た時に、武器を外して入ってきただろう。あの強盗団は、常に武器を携帯しておった。礼儀のなってない奴らと思ってはいたが、今にして思えば、ワシらを虫けらのように見ていたのだな」


 暖炉の火が、パチンと弾けた。

 音につられて暖炉に目をやると、部屋の片隅にマキが積まれていた。冬を越えるには、数が足りないような気がした。


「それに、お前さんは、いいとこの坊ちゃんという感じがしてな。悪い奴に見えなかった」

「ぷっ」


 後ろで誰かが吹き出した。多分、ロスだろう。失礼な。

 ハインツは憮然としながらも、老人に質問した。


「その盗賊団の名は分かりますか?」


 老人は少し首をひねった。記憶の片隅から、該当する名前を引き出そうとしている。


「……確か、代表の名を、フェニックスだったか、フェリクスだったか……」


 バカな。

 心当たりがある。


「特徴を教えてください」

「うーん、背は高く、目は細め。髪はオールバックの金髪。槍を背負っておったな」


 間違いない、フェリクスだ。

 よく知っている。

 彼とは、共に組んだことすらある。東支部に所属する、冒険者クラスCの男だ。槍の達人で、能力評価で〈槍使い(ランサー)〉のランクAを得ていたはずだ。

 ただし、やや戦闘狂で、性格が合わなかったので、話はあまりしていない。


「そ……うですか、ありがとうございました」

「役に立ちそうかね」

「はい、とても参考になりました」


 話が終わったので、厩舎を後にする。

 一人ずつ、事務所の扉をくぐり、出て行く。


「あの、おじいさん。少し、手を貸していただけますか?」


 立ち去り際に、コルが老人に声をかけた。

 ハインツは足を止めて振り返る。


「どうしたんだ?」

「いえ、少し……」


 彼女は珍しく、言葉を濁した。

 特に急ぐことでもないので、彼女の思うがままにさせてみる。老人は、特に怪しむ事なく手を出した。

 コルはその手を握り、魔法を唱え始めた。


「〈生命の精霊(セフィロト)〉よ。彼の体調を整えよ」


 淡い光がコルと老人の体を包んだ。そして、老人の体に吸い込まれて消えた。


「おじいさん、元気を出してください。きっと、どこかにおじいさんを必要とする人が居るはずです。その人たちの為に生きて下さい」

「お嬢ちゃん……」


 多少、肩が軽くなったのか、表情から固さが取れたようだ。


「孫娘が、お嬢ちゃんと同じぐらいの歳だった……」

「辛いのは分かります。私も家族を亡くしました。でも、私を必要としてくれる人の為に、私は生きています」


 コルは笑顔で、老人の手を優しく握った。

 ハインツは、何とも言いようがない寒気が走った。

 彼女は、操られていたとは言え、家族を自分の手で殺めているのだ。どうして、そんなに笑顔でいられるのか。


「ハインツさん、行きましょう」


 気がつけば、コルは先に行っていた。

 老人の方を見れば、先ほどの暗い感情は鳴りを潜め、代わりに、活力がみなぎっているように見えた。


「あ、ああ」


 ハインツは外に出ると、仲間たちが待っていた。


「コル、君は……いや、何でもない」


 コルは、今も笑顔だ。

 ハインツの言葉に特に反応することもなく、モニカの胸元に飛び込んで行った。


【24】


 ガンガン。


 豪邸が建ち並ぶフルスベルグの高級住宅地区に、ドアノッカーを叩く音が鳴り響く。しばらくして扉が開き、中から〈侍女(メイド)〉が顔を出した。


「ヴィクトール侯爵のお宅でしょうか」


 玄関に、壮年の男が立っていた。

 侍女(メイド)は黙って、扉を閉めようとした。

 既に怪しい魔法具を売る商人の噂は広まっている。主からも、訪問販売の類は相手にするなと、きつく言われている。


「お待ちください。侯爵は娘のアーデルハイト嬢の事で、頭を痛めているそうですね?」


 侍女(メイド)は気味が悪くなってきた。急いで扉を閉めようとした。

 閉まらない。

 足元を見れば、男が足を差し込んでいる。


「申し遅れました。ミヒェル伯爵の使いの者です。我が主は、アーデルハイト嬢について心を痛められておられます。つきましては、少し彼女とお話させて頂けないでしょうか」


 そう言って、男は、封のされた親書を取り出した。

 その封と親書は本物のように見える。侍女には判断がつきかねた。


「少し、お待ち下さい」


 侍女は奥に引っ込んだ。やがて、玄関に執事が現れた。


「何用だ」

「アーデルハイト嬢の気持ちを和らげる話をお持ちしました」

「必要ない」


 ぶっきらぼうに、執事は言い放った。


「しかし、ミヒェル伯爵の親書を預かっています」

「ならば、私からお嬢様に手渡そう」

「いえ、直接、手渡すように言われています」

「見せてみろ」


 男は、執事に封書を手渡した。

 執事はジロジロと手紙を見る。特に封蝋の部分を丹念に見たが、不審な点はない。本物のようだ。


「良かろう。お嬢様の部屋に案内するが、用が済んだら直ぐに帰れ」

「勿論です」


 男は、従業員たちに監視されながら、廊下を歩いて行く。やがて、アーデルハイトが引き篭っている部屋の前にたどり着いた。

 執事が扉をコツコツと叩く。


「アーデルハイト嬢様、お客様です」


 分かってはいるが、返事がない。

 彼女が戻ってきた時には、魂の抜け殻のようになっていた。ひたすら意味の分からない独り言を呟いているだけで、周りの声に全く反応しなかった。

 つまり、廃人だった。


「入っていいかな?」


 男が催促してくる。執事は、少し考えて答えた。


「私も同席する」

「それは難しい。一人でないと、彼女と話が出来ない」


 執事は舌打ちしかけた。

 実際、誰が話しかけても話が成立しないのだ。ならば、やれるものならやってみろという気持ちになった。


「では、入らせてもらいますね」

「……好きにしろ」


 男は、アーデルハイトの部屋に入った。

 部屋の中は、沢山の可愛らしい人形が置かれていた。他には、衣服、絵画、生花、その他諸々。彼女を慰めようとして、失敗した物たちが所狭しと並べられていた。


「ふっ」


 男の口から、苦笑が漏れた。

 そして、ミヒェルの封蝋のついた手紙を取り出して、軽く上に放り投げる。


 燃えた。


 男は、軽く鼻で笑う。そして〈無声詠唱(サイレントキャスト)〉を始めた。

 〈風の精霊(ウンディーネ)〉で、手紙の灰を散らした。

 〈植物の精霊〉で、部屋の扉に根が張り、扉を開ける事ができなくなった。

 〈音の精霊(エコー)〉で、部屋の音が外に漏れなくなった。

 〈光の中位精霊(ウィルオウィスプ)〉で、部屋を覗けなくなった。

 〈水の精霊(ウンディーネ)〉で、顔の皮膚の下に入れておいた水を抜いた。顔の形が元に戻る。


 準備を終えた男は、ベッドの中で横になっているアーデルハイトに話しかけた。


「少女よ、周りを思い通りにできる力が欲しくないか?」

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