【45】23歳モニカ、盗賊狩りをする(4)
【14】
異次元の穴が閉じた瞬間に、全員が動き出した。
「〈光の精霊〉よ!」
コルは、モニカの光球を引き継ぎ、掌握した。ロスは、身を低くして疾風のように駆け出した。ハインツは、ゆっくり歩きながら全方位に〈速射〉する。
「コル、走らなくていい! 盾を構えていけ!」
ホンの十数歩が遠い。
信じられないことに、周囲の〈人狼〉は矢をかわせない。面白いように当たる。たまにかわしたと思ったら、二本目が飛んで来て当たる。まるで、敵の動きを先読みしているかのようだ。
言われた通りに皮の盾を構えているのだが、敵が寄って来る様子は無い。
ついに馬のそばまでたどり着いた。
ボニーとロスはその周囲で武器を構えていた。〈人狼〉も警戒して、近寄って来れてないようだ。
「ブラックアイ!」
ボニーとモニカの馬は、一見、無事のように見える。ブローチを胸の前で両手で握りしめて魔力を注入した。
音もなく馬たちの前に穴が出現する。
「入って!」
馬が穴に入っていく間に、落ちている荷物を拾う。顔をあげると、ブラックアイがモタモタとしていて、穴に入ろうとしない。
「ブラックアイ?」
様子がおかしい。
そばに寄って、首を叩く。
すると、ブラックアイは、前足をしきりに上げる動作をする。
何だろうと思って、前足を見た。
青ざめた。
「蹄が割れてる……」
ブラックアイの左前足の蹄がパックリと割れ、血と土で汚れていた。蹄鉄も何処かに吹き飛んでいた。
馬は、その細い前足で、人の数倍の重さの巨体を支えている。よって蹄が割れると、まともに歩くことができない。そんな故障した馬の行き先は、屠殺、だ。
「じっとして!」
足に手を触れて、魔法の詠唱を始めた。
〈生命の精霊〉による治療は、相手の生体構造を熟知していればしているほど、精度が上がる。もちろん、馬に治癒魔法を施した事はない。
先ずは〈状態確認〉する。
クラクラした。人間と、構造が違いすぎる。
それでも、無事な方の右足を参考にして、傷ついた左前足を治していく。
ブラックアイは大人しくしている。何をされているのか、分かっているのだろう。
間もなく治療は終わった。動いていいよ、と首を叩く。すると、ひょこひょこ首を前後に動かしながら、穴に向かっていった。
そして、入った。
取り敢えずは、ホッとする。
気がつけば、クラスCの冒険者たちは全員、穴のそばに来ていた。
「殆ど片付けた。残りは逃げた。中に入って立て直すぞ」
ハインツが空っぽになった矢筒を掲げながら宣言した。全員が頷く。
コル達も飛び込んだ。
【15】
コルは、全員が入ったことを確認してから、転移門を閉じた。
それから、中の様子を見渡した。
馬たちが、いる。
モニカが、倒れている。
アーデルハイトが、いない。
「モニカお姉様!」
コルは駆け寄る。
何かひどい事をされたのだろうか、と色々な想像が、頭をかすめた。
「あ、お帰りなさい」
そんな心配をよそに、モニカは顔だけをこちらに向けた。意外にも元気そうな声に、コルはホッとした。
しかし、予断は許さない。急いで治療を始める。
「前よりは大丈夫かな。でも、ちょっと寒い」
「今から、毒を吸い出します。我慢して下さい」
コルは、腰から短剣を抜き出し、モニカの服を切り裂いた。〈鎖の服〉は切れないので、袖から手を抜かせる。さらに肌着も引き裂いて、肩を露出させた。胸当ても微妙に邪魔だったので切る。慎ましい乳房がこぼれ出た。
肩の皮膚に二つの穴が開いている。既に血は止まっているが、毒を吸い出さなければならない。短剣で、上から薄く切った。
そして、傷周辺に手を当てる。
「痛いですけど、直ぐに終わります。耐え切って下さい!」
〈狂狼病〉の毒は、体内に入ると独特の動きをする。噛まれた場所から、白い糸に沿って、体幹へ向かう。そこから更に頭に上行する。
頭まで行ってしまうと、手の施しようがない。よだれをタラタラと垂らし、頭がおかしくなって死ぬ。が、幸い毒の広がりは遅い病気で、今ならまだ間に合う。
しかし。
「が、ぎゃああああぁぁ! あづい熱い熱いあづいィいい痛い、いだい、ぎぎぎあがが!」
「直ぐ、終わりますから!」
この毒を吸い出す過程で、激痛と灼熱痛に襲われる。予想を上回る痛みに、モニカは喉を枯らす勢いで、叫び泣き、のたうち回った。
「腕がッ! 腕がッ! 焼けるううががぁがががああ!」
「それは錯覚です! 腕は無事です!」
モニカは、頭から汗がどっと吹き出た。歯は、割れんばかりに食いしばる。足をバタバタと暴れさせる。
コルはそれを力づくで押さえつけた。
毒の吸出しを続けながら、モニカの苦しむ姿を見て、悲しくなった。
本当は、痛みをなくす方法はある。
だが、今の能力では、まだできない。レベッカ師匠なら可能だが、ここにはいない。
もっと、魔道を極めなくては。
「今、終わりました!」
コルは、肩の傷に口をつけ、思いっきり吸った。そして、吸ったものをペッと吐き捨てる。その作業を何度か繰り返す。
モニカは胸を大きく上下させながら、荒い息をつく。痛みは治まったはずだ。
徐々に落ち着いていった。しかし、顔色も悪くなっていく。
「コルちゃん。何だか、ハァ、気分が、悪くなって、ハァ、目の前が、ハァ、暗くなってきた、のだけど……」
「それは、痛みで〈生命の精霊〉が過剰に反応して、残った魔力を吸い取られたからです。今から、魔力を補充します。もう少しですから、頑張って!」
コルは、自分の中の精霊を意識する。自分の持つ魔力を、他人にも使えるように純化して、モニカに渡す。
精霊は同意してくれた。準備はできた。
「〈生命の精霊〉よ。我が命の源〈魔力〉を、彼女に授けたまえ!」
コルは、手から魔法の淡い光が移っていくのが見えた。同時に、だるさを感じ始める。
そして、光が消えていく。魔力を注ぎ込むことに成功した。
「終わりました。立てますか?」
コルは大きな息を吐いて、モニカの手を取った。モニカはその手を強く握り返す。
「あ、立てそう」
モニカはすっくと立ち上がった。まだ、唇は紫色だが、先ほどより、全身に生命力が感じられる。
「ほら、これを羽織れ。寒いだろう」
いつの間にかハインツが、毛布を数枚持ってきていた。モニカの肩にかけ、胸を隠してやる。
「あ……ハインツさん……ありがとうございます」
モニカは、彼の顔を少し見上げながら、素直に感謝の気持ちを述べた。ハインツは頬を掻きながら、視線を逸らす。
「ん、まあ。うん、当然のことだ」
ロスが口をムズムズさせながら、何かを言いたそうにしていた。
コルには、何か言いたいのか何となく分かる。しかし、モニカお姉様の妹としては、素直に祝福したい。これで、やっと、安心できそう。
気が抜けたら、何だか鼻がムズムズしてきた。
あ。
「へっくし」
一斉に全員が、コルの方を向く。
「す、す、すみません……」
コルは、頭を下げて謝罪する。みんなの反応を見てみた。
ロスは、コルにしか見えない位置で親指を立てていた。「良くやった」という仕草、だと思う。正直、彼女の心情は複雑過ぎて、よく分からない。
良くやった、と手で表現されても、困る。
ハインツは微妙な空気に、ほんのり顔を赤くしていた。照れたように、話題を変える。
「それで、アデルはどこ行ったんだ」
「あ、そうです」
途端に、全員が真面目な顔になる。彼女がここに居ないというのは、聞き捨てならない事態だ。
「それが、私を置いて、どっかに行ってしまいました。それと……」
モニカは、言うか言わないか迷っているようだった。人差し指を口に咥えて俯いたが、直ぐに顔を上げた。
「彼女は、私の事を下賎の者と言ってました」
ハインツは、少しも動じることなく、軽く目を細めた。
「アデルは、そういう奴なんだ。常に周りを見下している。それは既に分かってる。それで、どこ行ったか分かるか?」
モニカは、また、指を咥えて少し考えた。奥の暗闇に目を向ける。
「このダンジョンは、三階層から出来ています。ここは一階層で、転移の層と私は呼んでいます。現在、開いている転移門は、私の屋敷だけです」
ハインツは無言で頷く。ここまでは、既に公開しているし、皆にも見せてある。
「二階層目は、家具を運び込んで、居住の層とするつもりですが、まだ、何も手をつけていません」
モニカの顔に、やや陰りを見せる。
「三階層目は、このダンジョンの心臓部です。ここに立ち入られると、アーデルハイトさんの命ばかりか、私たちの命すら危ないです」
ハインツは、直ぐに、顔を上げて口を開いた。
「モニカ。ここは、君の領域だ。俺が口を出すより、君の方がより良い判断が出来るだろう。意見を聞きたい」
「下手に触られると、どこも危険なんですけど、やはり、屋敷に向かう転移門の魔法陣と、心臓部の魔法陣は、一番致命的だと思います」
「ならば、心臓部は俺とモニカ。屋敷の転移門には、コル達が向かってくれ。これで問題ないか?」
ハインツは、モニカの顔を伺った。モニカは、その視線を受け止め、首を縦に降る。
「はい」
【16】
ハインツ達は、二手に別れた。
「先ずは、服だな」
二人は荷物の積み込んだ倉庫に向かう。モニカは、毛布で上半身を隠しながら、先を歩く。
やがて、倉庫に到着。モニカの予備の服は直ぐに見つかった。ハインツは、服を確認すると、部屋の外に出る。
「何かあったら、声を上げるんだ」
アデルが、倉庫の中に居ないことは、確認済み。しかし、着替えている間に、来ないとも限らない。
彼女が今、どういう精神状態か分からない。できる範囲で、最悪を想定しろ。
ハインツは、周囲に気配を巡らす。
モニカの衣擦れの音以外は、生き物の気配はしない。後は自分の心臓の鼓動のみ。
やがて、衣擦れの音が収まった。
「着替えました」
部屋から出てきたモニカの服は、前より明るい色で、ややぶかぶかだった。
「体調の方はどうだ、走れるか?」
「まだ、左腕が少し疼きますけど。走れそうです」
「よし。では、案内を頼む」
モニカは、走り出した。その後ろをついて行く。モニカの息に合わせて、光球が揺れる。
一層目から二層目に向かう階段を見つける。それを、三段飛ばしで駆け下りる。
二層目。一層目より、道が複雑になっていた。
「ハァ、整地、ハァ、してないんです」
「ここで、迷ってるかも、しれないな」
息を継ぎながら、言葉少なに語り合う。
分かれ道を曲がる。右、左、正面、左、左、右。
三層目に繋がる階段を見つける。そのまま、二人は飛び込んで行く。
「これは……」
三層目に着くと、二層目とはまた違った様子になる。一言で言えば、廃屋だ。ただ、道が入り組んでおらず、比較的歩きやすい。
「先ずは、ハァ、このダンジョンの、ハァ心臓部に、ハァ、向かいます」
「頼む」
モニカは、迷わずに通路を走っていく。そして、一つの扉の前で止まった。完全に息が上がっている。
「ここか?」
「ハァ、ハァ、はい、ハァ」
「中に生き物は、いないぞ」
ハインツは、周囲の気配を探ってみるが、物音一つしない。モニカは、自分の息が整うの待ってから、答えた。
「ハァ、ハァ、ング、では、何か変化がないか、中を、見てみます」
「じゃあ、俺は周囲を探る」
「ハァ、お願いします」
モニカは扉を開け、亜空間維持室に入ろうとした。それをハインツが呼び止める。彼女は振り返った。
「行く前に言っておきたいことがある」
扉の取っ手に手をかけたまま、不思議そうな顔をした。
ハインツは、一息ついてから一気に言い切った。
「モニカ、俺は人生に会った女性の中で君が一番好きだ」
モニカの顔が固まった。それから、はにかんだように、床に目を落とす。
「ええ」
そして、背を向けた。
ハインツは、明かりのない暗闇に向かって、走り出した。
【17】
走る。
走りながら、モニカの事を考えていた。
今の告白は、彼女の為だけでなく、自分の為でもある。これから、アデルにはっきりと拒絶宣告をしなければならない。
その土台にあるのは、自分の意思。つまり、自分の意思を口に出して、確認する作業でもあった。
後悔はない。
アデルと対比すればするほど、モニカの聡明さが浮き彫りになる。
初めに会った時は、気が強くわがままで乱暴な女かと思った。が、そうではなかった。
むしろ、元は大人しい、優しい性格だった。ただ、彼女を取り巻く環境が、そうさせていただけだった。
しばらく付き合っているうちに、分かってきた事だ。その事に気がついた時に、胸が締め付けられる思いをしたのを覚えている。今にして思えば、それが惚れたという奴かもしれない。
そして、初めに会った頃と比べると、物凄い勢いで成長していく。そういう点でも、楽しみである。
そこまで考えて、思考を中断した。
遠くで、誰かが階段を降りる音が聞こえた。歩き方、靴の音の高さで、アデルに間違いない。
急いで階段に向かう。
記憶と音を頼りに、近づいていく。
暗闇の中で薄っすらと〈提灯〉の明かりが見えた。
全く息は切れていないが、軽く息を整えて呼びかけてみる。
「アデル」
「ハインツ?」
反応が帰ってきた。
明かりが揺れた。光源がハインツの方を向く。
眩しい。目を細める。
「追いかけてきてくれたの?」
「そうだ」
「やっぱり、あたしが恋しくなったのね?」
ハインツは、言葉に詰まる。はい、ともいいえとも言えない。
嘘をつく気も無い。嘘をついたら、真摯な態度とは言えない。
「心配、していた」
「良かったあ。あたしは愛されているのね!」
アデルは、無邪気に喜んだ。
その様子を眺めながら、彼女の事を詳しく知りたい、と思った。向こうの親から言われた内容と、彼女の態度に食い違いがある。
「お父さんから、今回の件に関して、何と言われていたんだ?」
「お父様は……もう、知らない!」
彼女は突然、怒りだした。
父親と、何らかの確執があったことが予想される。
「一体、何があったんだ?」
「知らないったら、知らないの!」
彼女は、金切り声で張り上げた。少し、耳が痛い。
このままでは、話が進まない。それではと、前から疑問に思っていた事を口にする。
「どうやって、俺たちの行動を掴んだ?」
「あたしの執事に探らせたのよ」
ハインツには、心当たりがあった。
今回の人選に、色々なツテを使った。結局、付き合いの長い二人を選んだわけだが、話は方々に広がったはずだ。少し耳が良い人間なら、簡単だったかもしれない。
蓋を開けてみれば、当たり前の話だった。
「その執事は、何でも言う事をよく聞いてくれるのか?」
「当然じゃない」
「じゃあ、その装備も?」
「そうよ」
ハインツは、なんとなく状況が見えてきたような気がする。
執事が用意したということは、彼女の格好に、何らかの意図が隠されているのだろうか。
「ではお父さんに、黙って来たのか?」
「……」
アデルは、憎々しげに顔を歪めた。どうやら、正解らしい。
しかし不思議なのは、執事の行動だ。主に逆らって行動できるとは思えない。アデルの装備は、執事の懐だけで用意できる代物ではないはず。
「最近、帰ってすら来ないわよ……」
それは当然だ。
彼女の父親は、都市の農産物の流通を一手に管理する〈農業組合〉の長だ。食料問題がどうにかなっているのは、彼の功績も大きい。
なお、母親は、彼女を産む際に亡くなっている。
「父親の知らない所で、アデルを危険に晒すわけにいかない」
「どうしてそんな事を言うの! あたしはお父様の所有物じゃない! もう19歳になったのよ!」
呆然とした。
彼女は、幼稚すぎる。
言いたい事があり過ぎて、次の言葉が思いつかない。口は開いてみても、言葉が出ない。
「そうよ。あたしは、あたしの意思でここにいるの。だから、ハインツが帰れと言っても帰らないわよ! あたしはハインツのそばにいるの!」
ハインツは、頭が痛くなってきた。
彼女の頭からは、自分以外にも、意思がある事がすっぽり抜けている。
父親は、婚約相手を探し回るぐらいには娘を愛している。ということは、執事が用意した装備も、父親の意思が入っている可能性が高い。
フルスベルグ家は、家紋に水の精霊が意匠されているほど、水の精霊を崇拝している。フルスベルグ家の女性は、ほぼ全員、〈水の精霊〉の扱いに長けている。
つまり、あのアクアマリンの杖と、黒鼬の上衣は、嫌でもフルスベルグ家の息女である事を示している。娘を見捨てていないという証と考えられる。
「なるほど、アデルの意思はよく分かった。だが、お父さんの意思はどうなんだ?」
「知らない! 知らない! あんな奴のことなんか、知らない! 知らない!」
アデルが首を振って、喚き立てた。
ハインツは、ついに我慢の限界を超えた。
彼女の頬を、手の甲で思いっきりはたいてしまった。勢い余って、真横に倒れた。
彼女の手に持っていた〈提灯〉は、大きな音を立てて床に転がった。
中の火が消え、辺りは真っ暗闇になる。
「なんで……そんな……」
暗闇の中から、アデルのか細い声が聞こえてくる。〈暗視〉技能を持つハインツには、彼女の震える様子がよく見える。
「ならば、俺の意思を伝えよう。君をこれ以上、連れて行く気はない。君の意思は関係なく、だ」
「なんで……なんで……」
「俺は、君を守りきることが出来ないからだ」
「なんで……なんで……」
アデルは、ここでないどこかを見ながら、同じ言葉を何度も繰り返す。
「なんで……どうして……あたしの思い通りにならないの……なんで……なんで……なんで……なんで……」
ハインツは、言うか言うまいか迷ったが、この際だから全てを話すことにする。
「フルスベルグ家の威光が通用するのは、塀の中までだ。それに今、君は、自分の父親を否定した。つまり、フルスベルグの名を捨てたんだ。何の後ろ盾のない、小娘の思いが叶うことはまず、ない。」
「何を言ってるのかわかんない、なんで……なんで……ハインツ……ハインツ……助けて……わからないよ……なんで……」
ハインツは、迷った。
もう、彼女に言葉が通じるとは思えない。だからと言って、このまま放置することも出来ない。
仕方なく、倒れたアデルを無理やり引き起こし、抱きかかえた。
そして、歩き出す。
目指すは、彼女の家だ。モニカの屋敷経由で行く。途中でコルに合流すれば、何とかなるだろう。




