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名もなき魔術師の一生  作者: きゅえる
【2章】
42/106

【45】23歳モニカ、盗賊狩りをする(4)

【14】


 異次元の穴が閉じた瞬間に、全員が動き出した。


「〈光の精霊(イルリヒト)〉よ!」


 コルは、モニカの光球を引き継ぎ、掌握した。ロスは、身を低くして疾風のように駆け出した。ハインツは、ゆっくり歩きながら全方位に〈速射〉する。


「コル、走らなくていい! 盾を構えていけ!」


 ホンの十数歩が遠い。


 信じられないことに、周囲の〈人狼〉は矢をかわせない。面白いように当たる。たまにかわしたと思ったら、二本目が飛んで来て当たる。まるで、敵の動きを先読みしているかのようだ。

 言われた通りに皮の盾を構えているのだが、敵が寄って来る様子は無い。


 ついに馬のそばまでたどり着いた。


 ボニーとロスはその周囲で武器を構えていた。〈人狼〉も警戒して、近寄って来れてないようだ。


「ブラックアイ!」


 ボニーとモニカの馬は、一見、無事のように見える。ブローチを胸の前で両手で握りしめて魔力を注入した。

 音もなく馬たちの前に穴が出現する。


「入って!」


 馬が穴に入っていく間に、落ちている荷物を拾う。顔をあげると、ブラックアイがモタモタとしていて、穴に入ろうとしない。


「ブラックアイ?」


 様子がおかしい。

 そばに寄って、首を叩く。

 すると、ブラックアイは、前足をしきりに上げる動作をする。

 何だろうと思って、前足を見た。


 青ざめた。


「蹄が割れてる……」


 ブラックアイの左前足の蹄がパックリと割れ、血と土で汚れていた。蹄鉄も何処かに吹き飛んでいた。

 馬は、その細い前足で、人の数倍の重さの巨体を支えている。よって蹄が割れると、まともに歩くことができない。そんな故障した馬の行き先は、屠殺、だ。


「じっとして!」


 足に手を触れて、魔法の詠唱を始めた。

 〈生命の精霊(セフィロト)〉による治療は、相手の生体構造を熟知していればしているほど、精度が上がる。もちろん、馬に治癒魔法を施した事はない。

 先ずは〈状態確認(バイタルスキャン)〉する。

 クラクラした。人間と、構造が違いすぎる。

 それでも、無事な方の右足を参考にして、傷ついた左前足を治していく。

 ブラックアイは大人しくしている。何をされているのか、分かっているのだろう。

 間もなく治療は終わった。動いていいよ、と首を叩く。すると、ひょこひょこ首を前後に動かしながら、穴に向かっていった。

 そして、入った。

 取り敢えずは、ホッとする。

 気がつけば、クラスCの冒険者たちは全員、穴のそばに来ていた。


「殆ど片付けた。残りは逃げた。中に入って立て直すぞ」


 ハインツが空っぽになった矢筒を掲げながら宣言した。全員が頷く。

 コル達も飛び込んだ。


【15】


 コルは、全員が入ったことを確認してから、転移門を閉じた。

 それから、中の様子を見渡した。


 馬たちが、いる。

 モニカが、倒れている。

 アーデルハイトが、いない。


「モニカお姉様!」


 コルは駆け寄る。

 何かひどい事をされたのだろうか、と色々な想像が、頭をかすめた。


「あ、お帰りなさい」


 そんな心配をよそに、モニカは顔だけをこちらに向けた。意外にも元気そうな声に、コルはホッとした。

 しかし、予断は許さない。急いで治療を始める。


「前よりは大丈夫かな。でも、ちょっと寒い」

「今から、毒を吸い出します。我慢して下さい」


 コルは、腰から短剣を抜き出し、モニカの服を切り裂いた。〈鎖の服(チェインドレス)〉は切れないので、袖から手を抜かせる。さらに肌着も引き裂いて、肩を露出させた。胸当ても微妙に邪魔だったので切る。慎ましい乳房がこぼれ出た。

 肩の皮膚に二つの穴が開いている。既に血は止まっているが、毒を吸い出さなければならない。短剣で、上から薄く切った。

 そして、傷周辺に手を当てる。


「痛いですけど、直ぐに終わります。耐え切って下さい!」


 〈狂狼病〉の毒は、体内に入ると独特の動きをする。噛まれた場所から、白い糸に沿って、体幹へ向かう。そこから更に頭に上行する。

 頭まで行ってしまうと、手の施しようがない。よだれをタラタラと垂らし、頭がおかしくなって死ぬ。が、幸い毒の広がりは遅い病気で、今ならまだ間に合う。

 しかし。


「が、ぎゃああああぁぁ! あづい熱い熱いあづいィいい痛い、いだい、ぎぎぎあがが!」

「直ぐ、終わりますから!」


 この毒を吸い出す過程で、激痛と灼熱痛に襲われる。予想を上回る痛みに、モニカは喉を枯らす勢いで、叫び泣き、のたうち回った。


「腕がッ! 腕がッ! 焼けるううががぁがががああ!」

「それは錯覚です! 腕は無事です!」


 モニカは、頭から汗がどっと吹き出た。歯は、割れんばかりに食いしばる。足をバタバタと暴れさせる。

 コルはそれを力づくで押さえつけた。

 毒の吸出しを続けながら、モニカの苦しむ姿を見て、悲しくなった。

 本当は、痛みをなくす方法はある。

 だが、今の能力では、まだできない。レベッカ師匠なら可能だが、ここにはいない。

 もっと、魔道を極めなくては。


「今、終わりました!」


 コルは、肩の傷に口をつけ、思いっきり吸った。そして、吸ったものをペッと吐き捨てる。その作業を何度か繰り返す。

 モニカは胸を大きく上下させながら、荒い息をつく。痛みは治まったはずだ。

 徐々に落ち着いていった。しかし、顔色も悪くなっていく。


「コルちゃん。何だか、ハァ、気分が、悪くなって、ハァ、目の前が、ハァ、暗くなってきた、のだけど……」

「それは、痛みで〈生命の精霊〉が過剰に反応して、残った魔力を吸い取られたからです。今から、魔力を補充します。もう少しですから、頑張って!」


 コルは、自分の中の精霊を意識する。自分の持つ魔力を、他人にも使えるように純化して、モニカに渡す。

 精霊は同意してくれた。準備はできた。


「〈生命の精霊セフィロト〉よ。我が命の源〈魔力(マナ)〉を、彼女に授けたまえ!」


 コルは、手から魔法の淡い光が移っていくのが見えた。同時に、だるさを感じ始める。

 そして、光が消えていく。魔力を注ぎ込むことに成功した。


「終わりました。立てますか?」


 コルは大きな息を吐いて、モニカの手を取った。モニカはその手を強く握り返す。


「あ、立てそう」


 モニカはすっくと立ち上がった。まだ、唇は紫色だが、先ほどより、全身に生命力が感じられる。


「ほら、これを羽織れ。寒いだろう」


 いつの間にかハインツが、毛布を数枚持ってきていた。モニカの肩にかけ、胸を隠してやる。


「あ……ハインツさん……ありがとうございます」


 モニカは、彼の顔を少し見上げながら、素直に感謝の気持ちを述べた。ハインツは頬を掻きながら、視線を逸らす。


「ん、まあ。うん、当然のことだ」


 ロスが口をムズムズさせながら、何かを言いたそうにしていた。

 コルには、何か言いたいのか何となく分かる。しかし、モニカお姉様の妹としては、素直に祝福したい。これで、やっと、安心できそう。

 気が抜けたら、何だか鼻がムズムズしてきた。

 あ。


「へっくし」


 一斉に全員が、コルの方を向く。


「す、す、すみません……」


 コルは、頭を下げて謝罪する。みんなの反応を見てみた。

 ロスは、コルにしか見えない位置で親指を立てていた。「良くやった」という仕草、だと思う。正直、彼女の心情は複雑過ぎて、よく分からない。

 良くやった、と手で表現されても、困る。


 ハインツは微妙な空気に、ほんのり顔を赤くしていた。照れたように、話題を変える。


「それで、アデルはどこ行ったんだ」

「あ、そうです」


 途端に、全員が真面目な顔になる。彼女がここに居ないというのは、聞き捨てならない事態だ。


「それが、私を置いて、どっかに行ってしまいました。それと……」


 モニカは、言うか言わないか迷っているようだった。人差し指を口に咥えて俯いたが、直ぐに顔を上げた。


「彼女は、私の事を下賎の者と言ってました」


 ハインツは、少しも動じることなく、軽く目を細めた。


「アデルは、そういう奴なんだ。常に周りを見下している。それは既に分かってる。それで、どこ行ったか分かるか?」


 モニカは、また、指を咥えて少し考えた。奥の暗闇に目を向ける。


「このダンジョンは、三階層から出来ています。ここは一階層で、転移の層と私は呼んでいます。現在、開いている転移門は、私の屋敷だけです」


 ハインツは無言で頷く。ここまでは、既に公開しているし、皆にも見せてある。


「二階層目は、家具を運び込んで、居住の層とするつもりですが、まだ、何も手をつけていません」


 モニカの顔に、やや陰りを見せる。


「三階層目は、このダンジョンの心臓部です。ここに立ち入られると、アーデルハイトさんの命ばかりか、私たちの命すら危ないです」


 ハインツは、直ぐに、顔を上げて口を開いた。


「モニカ。ここは、君の領域だ。俺が口を出すより、君の方がより良い判断が出来るだろう。意見を聞きたい」

「下手に触られると、どこも危険なんですけど、やはり、屋敷に向かう転移門の魔法陣と、心臓部の魔法陣は、一番致命的だと思います」

「ならば、心臓部は俺とモニカ。屋敷の転移門には、コル達が向かってくれ。これで問題ないか?」


 ハインツは、モニカの顔を伺った。モニカは、その視線を受け止め、首を縦に降る。


「はい」


【16】


 ハインツ達は、二手に別れた。


「先ずは、服だな」


 二人は荷物の積み込んだ倉庫に向かう。モニカは、毛布で上半身を隠しながら、先を歩く。

 やがて、倉庫に到着。モニカの予備の服は直ぐに見つかった。ハインツは、服を確認すると、部屋の外に出る。


「何かあったら、声を上げるんだ」


 アデルが、倉庫の中に居ないことは、確認済み。しかし、着替えている間に、来ないとも限らない。

 彼女が今、どういう精神状態か分からない。できる範囲で、最悪を想定しろ。

 ハインツは、周囲に気配を巡らす。

 モニカの衣擦れの音以外は、生き物の気配はしない。後は自分の心臓の鼓動のみ。

 やがて、衣擦れの音が収まった。


「着替えました」


 部屋から出てきたモニカの服は、前より明るい色で、ややぶかぶかだった。


「体調の方はどうだ、走れるか?」

「まだ、左腕が少し疼きますけど。走れそうです」

「よし。では、案内を頼む」


 モニカは、走り出した。その後ろをついて行く。モニカの息に合わせて、光球が揺れる。

 一層目から二層目に向かう階段を見つける。それを、三段飛ばしで駆け下りる。

 二層目。一層目より、道が複雑になっていた。


「ハァ、整地、ハァ、してないんです」

「ここで、迷ってるかも、しれないな」


 息を継ぎながら、言葉少なに語り合う。

 分かれ道を曲がる。右、左、正面、左、左、右。

 三層目に繋がる階段を見つける。そのまま、二人は飛び込んで行く。


「これは……」


 三層目に着くと、二層目とはまた違った様子になる。一言で言えば、廃屋だ。ただ、道が入り組んでおらず、比較的歩きやすい。


「先ずは、ハァ、このダンジョンの、ハァ心臓部に、ハァ、向かいます」

「頼む」


 モニカは、迷わずに通路を走っていく。そして、一つの扉の前で止まった。完全に息が上がっている。


「ここか?」

「ハァ、ハァ、はい、ハァ」

「中に生き物は、いないぞ」


 ハインツは、周囲の気配を探ってみるが、物音一つしない。モニカは、自分の息が整うの待ってから、答えた。


「ハァ、ハァ、ング、では、何か変化がないか、中を、見てみます」

「じゃあ、俺は周囲を探る」

「ハァ、お願いします」


 モニカは扉を開け、亜空間維持室に入ろうとした。それをハインツが呼び止める。彼女は振り返った。


「行く前に言っておきたいことがある」


 扉の取っ手に手をかけたまま、不思議そうな顔をした。

 ハインツは、一息ついてから一気に言い切った。


「モニカ、俺は人生に会った女性の中で君が一番好きだ」


 モニカの顔が固まった。それから、はにかんだように、床に目を落とす。


「ええ」


 そして、背を向けた。

 ハインツは、明かりのない暗闇に向かって、走り出した。


【17】


 走る。


 走りながら、モニカの事を考えていた。

 今の告白は、彼女の為だけでなく、自分の為でもある。これから、アデルにはっきりと拒絶宣告をしなければならない。

 その土台にあるのは、自分の意思。つまり、自分の意思を口に出して、確認する作業でもあった。

 後悔はない。

 アデルと対比すればするほど、モニカの聡明さが浮き彫りになる。

 初めに会った時は、気が強くわがままで乱暴な女かと思った。が、そうではなかった。

 むしろ、元は大人しい、優しい性格だった。ただ、彼女を取り巻く環境が、そうさせていただけだった。

 しばらく付き合っているうちに、分かってきた事だ。その事に気がついた時に、胸が締め付けられる思いをしたのを覚えている。今にして思えば、それが惚れたという奴かもしれない。

 そして、初めに会った頃と比べると、物凄い勢いで成長していく。そういう点でも、楽しみである。


 そこまで考えて、思考を中断した。

 遠くで、誰かが階段を降りる音が聞こえた。歩き方、靴の音の高さで、アデルに間違いない。

 急いで階段に向かう。

 記憶と音を頼りに、近づいていく。

 暗闇の中で薄っすらと〈提灯ランタン〉の明かりが見えた。

 全く息は切れていないが、軽く息を整えて呼びかけてみる。


「アデル」

「ハインツ?」


 反応が帰ってきた。

 明かりが揺れた。光源がハインツの方を向く。

 眩しい。目を細める。


「追いかけてきてくれたの?」

「そうだ」

「やっぱり、あたしが恋しくなったのね?」


 ハインツは、言葉に詰まる。はい、ともいいえとも言えない。

 嘘をつく気も無い。嘘をついたら、真摯な態度とは言えない。


「心配、していた」

「良かったあ。あたしは愛されているのね!」


 アデルは、無邪気に喜んだ。

 その様子を眺めながら、彼女の事を詳しく知りたい、と思った。向こうの親から言われた内容と、彼女の態度に食い違いがある。


「お父さんから、今回の件に関して、何と言われていたんだ?」

「お父様は……もう、知らない!」


 彼女は突然、怒りだした。

 父親と、何らかの確執があったことが予想される。


「一体、何があったんだ?」

「知らないったら、知らないの!」


 彼女は、金切り声で張り上げた。少し、耳が痛い。

 このままでは、話が進まない。それではと、前から疑問に思っていた事を口にする。


「どうやって、俺たちの行動を掴んだ?」

「あたしの執事に探らせたのよ」


 ハインツには、心当たりがあった。

 今回の人選に、色々なツテを使った。結局、付き合いの長い二人を選んだわけだが、話は方々に広がったはずだ。少し耳が良い人間なら、簡単だったかもしれない。

 蓋を開けてみれば、当たり前の話だった。


「その執事は、何でも言う事をよく聞いてくれるのか?」

「当然じゃない」

「じゃあ、その装備も?」

「そうよ」


 ハインツは、なんとなく状況が見えてきたような気がする。

 執事が用意したということは、彼女の格好に、何らかの意図が隠されているのだろうか。


「ではお父さんに、黙って来たのか?」

「……」


 アデルは、憎々しげに顔を歪めた。どうやら、正解らしい。

 しかし不思議なのは、執事の行動だ。主に逆らって行動できるとは思えない。アデルの装備は、執事の懐だけで用意できる代物ではないはず。


「最近、帰ってすら来ないわよ……」


 それは当然だ。

 彼女の父親は、都市の農産物の流通を一手に管理する〈農業組合〉の長だ。食料問題がどうにかなっているのは、彼の功績も大きい。

 なお、母親は、彼女を産む際に亡くなっている。


「父親の知らない所で、アデルを危険に晒すわけにいかない」

「どうしてそんな事を言うの! あたしはお父様の所有物じゃない! もう19歳になったのよ!」


 呆然とした。

 彼女は、幼稚すぎる。

 言いたい事があり過ぎて、次の言葉が思いつかない。口は開いてみても、言葉が出ない。


「そうよ。あたしは、あたしの意思でここにいるの。だから、ハインツが帰れと言っても帰らないわよ! あたしはハインツのそばにいるの!」


 ハインツは、頭が痛くなってきた。

 彼女の頭からは、自分以外にも、意思がある事がすっぽり抜けている。

 父親は、婚約相手を探し回るぐらいには娘を愛している。ということは、執事が用意した装備も、父親の意思が入っている可能性が高い。

 フルスベルグ家は、家紋に水の精霊が意匠されているほど、水の精霊を崇拝している。フルスベルグ家の女性は、ほぼ全員、〈水の精霊(ウンディーネ)〉の扱いに長けている。

 つまり、あのアクアマリンの杖と、黒鼬の上衣は、嫌でもフルスベルグ家の息女である事を示している。娘を見捨てていないという証と考えられる。


「なるほど、アデルの意思はよく分かった。だが、お父さんの意思はどうなんだ?」

「知らない! 知らない! あんな奴のことなんか、知らない! 知らない!」


 アデルが首を振って、喚き立てた。

 ハインツは、ついに我慢の限界を超えた。

 彼女の頬を、手の甲で思いっきりはたいてしまった。勢い余って、真横に倒れた。

 彼女の手に持っていた〈提灯(ランタン)〉は、大きな音を立てて床に転がった。

 中の火が消え、辺りは真っ暗闇になる。


「なんで……そんな……」


 暗闇の中から、アデルのか細い声が聞こえてくる。〈暗視〉技能を持つハインツには、彼女の震える様子がよく見える。


「ならば、俺の意思を伝えよう。君をこれ以上、連れて行く気はない。君の意思は関係なく、だ」

「なんで……なんで……」

「俺は、君を守りきることが出来ないからだ」

「なんで……なんで……」


 アデルは、ここでないどこかを見ながら、同じ言葉を何度も繰り返す。


「なんで……どうして……あたしの思い通りにならないの……なんで……なんで……なんで……なんで……」


 ハインツは、言うか言うまいか迷ったが、この際だから全てを話すことにする。


「フルスベルグ家の威光が通用するのは、塀の中までだ。それに今、君は、自分の父親を否定した。つまり、フルスベルグの名を捨てたんだ。何の後ろ盾のない、小娘の思いが叶うことはまず、ない。」

「何を言ってるのかわかんない、なんで……なんで……ハインツ……ハインツ……助けて……わからないよ……なんで……」


 ハインツは、迷った。

 もう、彼女に言葉が通じるとは思えない。だからと言って、このまま放置することも出来ない。

 仕方なく、倒れたアデルを無理やり引き起こし、抱きかかえた。

 そして、歩き出す。


 目指すは、彼女の家だ。モニカの屋敷経由で行く。途中でコルに合流すれば、何とかなるだろう。

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