【43】23歳モニカ、盗賊狩りをする(2)
【4】
「ちょっと! 今、大事な話をしていた所なの! 後から、しゃしゃり出て来ないでくれる?」
ロスが声を張り上げた。
アーデルハイトが、ハインツの影から彼女を見る。途端に、何か汚物を見るような顔になった。直ぐに、ロスヴィータが男である事に気がついたようだ。
ハインツの手を振り払って押しのけ、前面に出た。
「そこの変態。わたくしの邪魔をしないでくださる? お前なんか、この街に居られなくさせてやってもいいのよ?」
アーデルハイトも負けじと、杖を持ち直して、ロスに向ける。
ハインツは、今だ衝撃から抜け出せず、二人の間で口を出せずにいた。流石にここで魔法はマズイだろうとは思うが、頭が動かない。
「ハインツ、早い所、そのガキを追い出しなさいよ」
ロスの冷徹な声に我に返る。
ハインツは間に割って入り、アーデルハイトに向き直った。
「まだ、話があるんだ。アデルは少し外に出ていてもらえないか?」
「何よ。あのオカマの言いなりになるわけ?」
「ま、まだ、アデルを連れて行くと決めたわけじゃない。それに、アデルを連れて行くとなると、計画の練り直しになるから、その事も含めて、話し合いをしないと」
ハインツの慌てたような説明に、アーデルハイトは納得したのか、釣り上げた眉を戻して、やや声を沈めて言った。
「分かったわ。一度、外に出るわ。でも、連れていって貰うまで、絶対に動かないからね!」
アーデルハイトは、もう一度ハインツの胸に飛び込み、頬ずりした。そして一歩下がり、扉を閉めて出て行った。
ハインツは即座に扉に手をかけ、鍵を閉めた。そして、周りの目を気にせずにホッとする。扉に額を当てながら、崩れ落ちかけた。
「ハインツ。ちょっと話があるの。」
ロスの冷めた声に、吐いた息を飲み込んだ。足に力を込め直す。
そうだ。
まだ、事態は改善されていない。
力を抜ける状況じゃない。
それにロスの顔も怖い。
振り返って見回せば、モニカは戸惑ったような顔。コルは平然とした笑顔で、何を考えているかわからない。ボニーは、無関心な、面倒くさそうな顔をしていた。
「ハインツ! 聞こえてる?」
ロスの鋭い声。
手を握ると、冷や汗が出ていた。
「あ、ああ」
かすれたような声にながらも、返事をする。ロスはモニカに顔を向け、さらに優しい声で言った。
「モニカちゃん、さっきの倉庫をもう一度出してくれる?」
「え、あ、はい。」
彼女も呆然としていたようで、言われるまま、機械的にブローチに魔力を込める。洞窟の穴が出現した。
「さあ、来なさい」
ロスが、ハインツにツカツカと歩み寄り、腕を掴んだ。かなりの握力だ。ハインツは、引きずられるままに穴に連れ去られていく。
「ちょっと、三人は待っていてくれるかしら」
ロスの迫力にモニカはただ、首を縦に振るばかりだった。
【5】
「おい、どこまで行くんだ」
ロスは、ハインツの声を無視して、ダンジョンの奥まで引っ張っていく。そしてようやく立ち止まり、ハインツの手を離した。
やっと平常心を取り戻したハインツが頭を下げる。
「ロス。助かったよ。礼ぅごっ」
最後まで言い切ることが出来なかった。何が何やら分からないまま、ハインツは膝をつく。
どうやら、顎を思い切り殴られたようだ。軽い脳震盪で、まともに立てない。
「ハインツ、あんた、二股かけたの?」
頭上から、ロスの声。
「何の事だ?」
「モニカって娘とデキているんじゃないの? なのに、許嫁って何?」
脳震盪がやっと収まったハインツは立ち上がる。口を切ったらしい。血を吐き捨てた。
「アデルとは既に解消済みだ。許嫁は彼女が勝手に言っているだけだ」
「それは本当? いつ解消したの?」
「半年前だ」
「政略結婚?」
「そうだ」
「なら、なんて向こうの親に断ったの」
「扱い切れない、と」
「向こうは?」
「そうか、と」
「彼女の気持ちはどうなるの?」
「どうと言われても、無理なモノは無理ぅごっ!」
また、殴られた。
今度は警戒していたので、膝から崩れ落ちはしなかったが、やはり痛い。
それから、ロスは沈黙し、少し考え込んだ。
「確かに、無理かもしれないわね」
「……おい、それじゃ今、何で殴ったんだ?」
ロスは、苛立ちを隠そうともしない。髪の毛を触りながら、視線が左右に揺れる。
「それで、あんたの気持ちはどうなの」
「どうって、あんな高慢ちきな娘は無」
彼女は、その言葉を遮って、大声を張り上げた。
「そんなのは、最初から分かってるわよ! この朴念仁!」
ハインツは彼女の言いたいことがさっぱり分からない。ただ、もどかしさだけが伝わってくる。
「モニカちゃんに対して、どういう気持ちなのよ!」
「それは……」
ハインツは俯いて、考え込んでしまった。ロスはついに苛立ちを爆発させた。
「あんたが、そこまでバカだとは思わなかった! 昔からそう! 言われるまま、頼まれるまま、何でもソツなくこなすけど、それだけ! 自分というモノがない! 大方、モニカちゃんも、誰かに頼まれたんじゃないの!」
ハインツは衝撃を受けた。
その言葉にかなりの真実が含まれているように思えたから。
思わず、顔をあげて叫んだ。
「いや、そうだけど! そうじゃない!」
自分で自分が何を言っているか、分からなかった。だが、彼女の言葉は、何かが違うと心のどこかで思った。
ロスは、少し満足したような顔をして、声の音量を下げた。
「どういうことよ」
ハインツは考えた。今、自分の言った言葉の意味を。
「そうだ……初めはどっちでもいいと思ったんだ」
「何が?」
ロスのハスキーな声の相槌が、洞窟の中を冷たく響く。ハインツは、床を見ながら語りはじめる。
「アデルとモニカ、どっちを選ぶか、だ」
「……それで?」
半年前の自分を思い出す。
そう、モニカの幼馴染であるエリーの死体を見たときだ。
何だかんだ言って、エリーには何度か街中を案内してあげたことがある。そんな若い娘の死体を見るのは、ハインツにとっても辛かった。
考えるより先に口が出る。
「モニカが、彼女の幼馴染の死体を検分して、少しも涙を出さなかったのを見た時」
そうだ。自分でさえ、あんなに辛かったのだから、モニカはもっと辛かったはずだ。
そう思ったのだ。
「どうにかしてやりたいと思ったんだ」
ハインツはやっと、自分の気持ちを自覚した。ロスは彼の顔を見て、穏やかな笑みを浮かべた。
「それが、あんたの本音なのね」
「ああ」
ロスは、首を横に振って、溜め息をついた。それから、あーあーと声を出しながら頭を振る。
「全く、面倒くさい男ね」
「それ、前にも誰かに言われたな」
ハインツは苦笑した。
満足したロスは、赤いマントを翻し、彼の横を通り過ぎて、入り口の方へ向かう。
「さて、あんたの本音を確かめたところで聞くけど、彼女をどうする気?」
彼女とはアーデルハイトのことだ。
ハインツは、先行くロスの背中を追いかけながら、答える。
「連れて行く。このまま追い返しても、事態を先延ばしにするだけだ」
途端にロスは歩みを止め、振り向いた。
ハインツもつられて、立ち止まり、マジマジとロスの顔を見てしまう。
「あんたってやっぱり、天然の女たらしね」
ハインツは首を傾げた。意味が分からない。ロスはそのままプイと前を向いて、歩き出した。
「モニカちゃんには、私から言っておく。あんたはやるべき事をやりなさい」
ハインツも同時に歩き出す。先ほどの動揺が嘘のようだ。
「ロスヴィータ。君と知り合いで良かったと思う。感謝している」
ロスは無言で前を歩く。
返事はないが、聞こえているはずだ。
「バーカ」
と、かすかに聞こえた気がした。
【6】
「やはり、彼女も連れて行こうと思う」
ダンジョンから戻って来て、開口一番、ハインツは皆の前で言った。
〈党首〉であるハインツに最終決定権がある以上、有無を言わせないこともできるが、頭を下げた。
「彼女はアーデルハイト=フルスベルグといって、俺の許嫁だった。しかし、ある事情により、その約束は御破算済みだ。よって、旅の道中で彼女を説得しようと思う。皆には迷惑かけるが、彼女も守ってやってくれ」
「構わん。だが、彼女の実力はどんなものだ? 見た限りでは、期待出来そうにはないが」
「ボニーの推測通りと思ってくれていい。後、苛立たせる言動が目立つとは思うが、なんとか耐えて欲しい」
モニカが、不安そうに質問した。
「それで、交代の順番はどうなるのでしょうか」
「俺、コル、アデルのチームと、ロス、モニカ、ボニーのチームで交代で行う。」
恐らく、コルに負担をかける形になってしまうが、他に選択肢がない。念の為に本人に確認を取る。
「コルは大丈夫か?」
「ええ。大丈夫です」
話をまとめたハインツは、扉を開ける。
彼女は、外で今か今かと待ち構えていた。扉が開くや否や、ハインツに飛びついてきた。
もちろん、かわした。
「ハインツー! どうして避けるのよー!」
頭から地面に落ちたアーデルハイトが鼻をさすりながら起き上がった。
「アデル。取り敢えずは、お前を旅に参加させる。俺の言う事をよく聞いて、皆に迷惑をかけないように。言う事を聞けないなら、否応無く送り返すからな」
「もちろん、存じ上げてますわ。さあ、悪党どもを、切り伏せに行きましょう!」
ハインツは、アーデルハイトにも旅の概略を説明する。
多少のハプニングはあったとは言え、予定通り、午前中にすべての支度を終えることができた。
そして、午後一番に東門を出発。
【7】
出発してから二日目。
ハインツは、街道の遥か遠くに、魔物の集団が横切っているのを見つけた。
「敵だ、止まれ!」
ハインツは手綱を強く引いた。馬車の馬は急停止に驚いた。ヒヒンと鳴き、前足を高くあげ、暴れる。
「ドウドウ!」
後ろの馬車から、アデルとコルが飛び出した。意外にも早く、魔物に遭遇したことに驚く。
ハインツは指示を飛ばす。
「皆さんを呼び出します!」
「頼む!」
コルは、モニカから教わった手順で、ブローチに魔力を込める。間もなく、空間に黒い楕円が音もなく出現。
中から、モニカ達が現れた。
ハインツは、代わりに馬車を穴の中に飛び込ませる。そして、中で待機していたブリギッテに馬車を明け渡した。
そして穴から出ると、背後で穴が消滅。戦闘体制が整った。
「敵は?」
ボニーの声。ハインツは街道の向こうに見える黒点に目を凝らす。
「〈食人鬼〉が見える範囲で約30匹。まず、半分に減らすぞ」
「おう」
ハインツは、背から〈複合弓〉を取り出す。様々な材質で重ね合わせたこの弓は、魔法が届かない程の遠距離から、狙撃することができる。
腰に備え付けた赤色の矢筒から、先端が膨らんだ矢を取り出した。
「モニカ、火を」
「〈火の精霊〉よ。我が求めに応じよ」
モニカが詠唱を終えると、火球が飛び出した。前方に向かって、ゆらゆらと揺れて向かっていく。
ハインツは、ギリギリと弦を弾く。そして、矢に付いている導火線に点火した。
「カウント、十、九、八……」
発射された。風を切る鋭い音と共に、矢が空を舞う。
「六、五、四、三、二、一……」
爆発。
ハインツは次の矢をつがえた。それから発撃ち、爆発で何匹か吹き飛ばした。
やがて、誰の目にも見える位置まで敵が接近してくる。それでも半分以上は残っている。
ハインツは舌打ちしながらも、赤い矢筒をアデルに投げ渡す。そして、青い矢筒を取り出した。青い印のついた矢を抜き取り、つがえた。
「飛び込むぞ!」
ボニーとロスが街道を駆ける。
ロスは大きく上空へ飛び上がった。ボニーは、背中に背負った大剣を取り出し、両手で握る。
ボニーより二倍近く身長のある〈食人鬼〉は、太い角材を手にしていた。
それを斜めに振り下ろす。
すかさず、ボニーは大きく踏み込んで、大剣を振り上げた。
大剣と角材が鈍い音を立てて衝突。
跳ね上げられた角材はボニーの頭上を通り過ぎた。
ボニーはそのまま、ステップを踏んで半回転。脇腹に叩きつけた。
〈食人鬼〉はウガアァァと悲鳴をあげて、角材を取り落とす。顔を、痛みと怒りで紅潮させ、拳をボニーの頭上に、振り下ろした。
ボニーはワンステップ下がり、かわす。
ロスが降ってきた。
拳を振り下ろしたことで、丸見えになった〈食人鬼〉のうなじに向かって、サーベルを突き立てる。
サーベルは、根元まで肉に埋まり、うなじから胸に掛けて貫通。心臓の位置から、刃が飛び出していた。
ロスはサーベルを残して、再び飛び上がる。
〈食人鬼〉はぐらりと揺れて、前のめりに倒れた。
【8】
ハインツは、街道を歩きながら弓を構える。ボニー達を大きく回り込んで、近づいてくる〈食人鬼〉に青い矢を放つ。
青い矢には、フグの卵巣から採って乾かした毒が塗ってある。
敵がハインツ達の方へ全力で走ってくる。敵が足に地をつけるたびに、石畳が凹む。
ハインツは、一番近い敵に狙いをつける。
撃った。
狙いは心臓。しかし、敵は手に持った角材で、矢を叩き落す。
ハインツは慌てずに、矢を二本取り出した。
まずは一本目。ギリギリと音を立てて、弦を引く。
今度は、顔を狙う。
放つ。
さらに素早く二本目をつがえ、足を狙って撃った。
敵は顔に飛んできた矢は振り払ったが、足元の矢を見逃した。右の太ももに突き刺さった。膝が折れる。敵は石畳を手をついて転がりながら、転倒した。
すぐに後ろに居た食人鬼が、倒れた敵を飛び越えてきた。
もう、距離が近すぎる。
ハインツは走り出して、街道を外れる。
敵は三匹。一匹はこちらに向かってきた。そして二匹はアデル達の方へ向かう。
ハインツは、矢を一本取り出して、矢筒の蓋を閉めた。
角材が、振り下ろされる。
ハインツは敵の股下にスライディング。そのまま背後に回る。
敵は一瞬、ハインツの姿を見失ったようだ。その隙に、アデル達に向かう〈食人鬼〉に向かって、狙いをつける。
「一、二、一、二……」
テンポよく、数える。
速やかに矢を撃った。そして走り出す。
気がついた敵が、ハインツ目掛けて〈踏み下ろし《フットスタンプ》〉してきた。先ほどまで居た位置に、剛毛の足が降ってきた。地面は窪み、小石や土が跳ねた。
放った矢は狙いたがわず、走っていた〈食人鬼〉のアキレス腱に命中。頭から、倒れた。
【9】
「〈地の精霊〉と〈水の精霊よ〉よ。姿を見せよッ!」
モニカは、多重召喚した。
ボコボコと街道わきの土が盛り上がり、モニカの周囲上空に、土球が9つ漂う。
そしてその穴から、地下水脈の水が染み出し、水球も更に9つ出現。
「土と水、7対3で配合しろ」
土色の球と透明の球が混ざり、ぶよぶよした泥の塊が生み出される。
モニカはその〈泥球〉を襲いかかる食人鬼に投げつけた。
特に目、鼻、口、耳を狙う。
一発目、敵の角材に阻まれた。泥球は、粉々に弾けた。
二発目、敵の頬に命中。少し口に入ったが、効果はない。
三発目、左肩の上を通り過ぎた。魔法操作圏から外れ、地面にべちゃりと落ちる。
四発目、再び角材に叩かれる。
五発目、あごに当たる。
六発目、左目に命中。敵は暴れ出す。
七発目、大きく迂回させた泥球が、右耳を直撃。
八発目、額に命中。
九発目、顔を拭おうとしている左手の甲に命中。
モニカは、下がりながら次の詠唱に入る。敵は左手で顔を拭いながら、右手で角材を目茶苦茶に振り回す。
「モニカお姉様!」
大きな皮の盾を構えて、コルが前に立つ。腰に差した〈細剣〉は抜いていない。
振り回した角材が偶然、コルに直撃しそうになる。それを盾で弾いて流す。
「土の精霊と風の精霊よ。球を補給しろッ!」
再び、周囲の大地からボコボコと土球と水球が発生し、上空に浮かび上がる。
「配分は6対4! 発射!」
よりドロドロの泥球を、敵の顔に目掛けて、次々と放つ。今度は全て命中した。
腰に付けた油壺の蓋を開けながら、間を置かずに命令する。
「地の精霊と、水の精霊は帰還せよッ。そして〈風の精霊〉と〈火の精霊〉は、応じよッ!」
風を巻いて、ストロー状に変形させた。壺から油が吸い上げられていく。充分に上空に巻き上げられると、今度は火球が飛んで行き、着火した。
「顔を狙えッ!」
上空の火塊から、風によって加速された〈火弾〉を連射する。火が流星のように尾を引いて、降り注いだ。
食人鬼は大量の火弾を浴びた。少しずつ、目、鼻、口の泥が乾いていく。
ついに、角材を手から落とした。鼻の穴に指を突っ込んだり、喉を掻きむしる。
しばらく暴れるも、やがて窒息し、動きを止めた。
【10】
全ての敵を片付けた。
ハインツは、仲間を集めて回復や武器の回収を行う。そして、移動の再開を指示した。
待機組は、空間に浮いた穴の中に戻って行く。
しかし、ロスが穴に入っていく直前に、奇妙な事を言いだした。
「〈食人鬼〉に隠れて、逃げた人間が居たわよ?」
ハインツは馬車の点検をしながら、首を傾げた。
「人間?」
「そうね。山の中に逃げて行ったわ」
「〈食人鬼〉を操っていた?」
「さあ? 判断はあんたに任せるわ」
言いたい事を言い終えると、顔を背けて穴の中に消えた。完全に入った事を確認したコルは、穴を消した。
ハインツは考える。
逃げた人間を追いかけて捕まえれば、敵の情報をいくつか拾えるかもしれない。しかし補給路の確保は急務だ。それに比べれば、優先順位は多少落ちる。
山の中に逃げ込んだ以上、馬は使いにくい。それに、山狩りは尋常ではない面倒くささだ。
「気になるが、今は無視する。行くぞ」
「はい」
コルとアーデルハイトは、馬車に乗り込んだ。




