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名もなき魔術師の一生  作者: きゅえる
【1章】
4/106

【04】19歳モニカ、街を探索する(2)

 目が覚めたらモニカはビックリした。

 すぐ目の前にスゥスゥと可愛げのある無邪気な寝息をたてるエリーの顔があったから。そんなエリーのどアップな寝顔に対して一体何事(なにごと)かと驚いたモニカは、咄嗟(とっさ)に昨日の事を思い出した。


 昨日は日が暮れてからにフルスベルグの宿にたどり着き、そこでエリーとお風呂に行くことになったのだ。そしてエリーがモニカに手を出したことを発端(ほったん)に、お風呂場で二人は大はしゃぎしてしまった。モニカはその過程でひどくのぼせ上がってしまい前後不詳(ぜんごふしょう)となってしまったのである。

 あの後何が起きたかはモニカは覚えていないのだが、この状況から察するに、エリーが部屋まで運んでくれて、しかも看病(かんびょう)までしてくれたという結論に達する。まあエリー自体が今回のモニカのバタンキューの原因ではあるが、それでも運んでくれたのだからお礼を言おうと決めた。モニカが温泉に舞い上がって少し調子に乗せら……乗ってしまったのは事実だから。


 そのように一人で勝手に納得したモニカは、エリーを起こさないようにそっと毛布を(まく)って起き上がった。そして足音を立てないようにして自分のバッグを漁って普段着に着替えた。そのまま朝の身だしなみを済ませた。ちょうど一息ついたところでエリーの欠伸(あくび)が聞こえてきた。どうやらエリーも起きたみたいだ。

 モニカは半ば無意識に半ば本当にエリーが起きているのか確かめるために挨拶(あいさつ)をしてみる。


「おはよ。」

「ふあぃ、おはよー。」


 可愛らしい声でエリーの生返事が聞こえてきた。見るとエリーはピンピンとはねついた寝癖を一生懸命いじっていた。モニカはそんなエリーを見てさっき結論づけたことを思い出す。


「昨日は、ありがと。」

「……ん。」


 エリーは返事とも(うめ)きともとれる声を返してきた。モニカは返事だということにしてお礼を続ける。


「私を運んでくれたでしょ?」

「……あ、ああ、うん。」


 モニカの問いに対して、エリーはようやく少し肯定(こうてい)らしき返事が帰ってきた。モニカはその様子を見て「ダメだこりゃ」と心の中で溜め息をつく。モニカはエリーが朝に弱いことを知っている。こういう時はおざなりな返事しか返ってこない。普段の活動的なエリーからは考えるとかなりのギャップを感じる。

 しばらく見ているとエリーはのそのそと体を起こす。寝ぼけた頭をコツコツたたいてる。そうかと思えば、目をこすったり、欠伸(あくび)を繰り返してる。(よじ)れた髪の毛を戻そうと無駄な努力もしているようだ。モニカはこれはちょっと面白いと思ってしまった。


「朝ごはん、宿が用意してくれるよう頼んであるから準備したらいっしょに行こう?」

「……うん、うん。うん?」


 モニカはエリーが返事をしてくれたのかと思ったが本人はそのつもりではなかったらしく、何故か目に見えて動揺(どうよう)しだした。


「お、おおッ、おおおおッ、さ、先行っててッ食べてッ!あ、後で行くからッ!」

 突然の変貌(へんぼう)ぶりにぎょっとしてまったモニカは慌ててエリーに尋ねた。

「ど、どうしたの?」

「な、何でもないからッ、何でもないからッ!」


 モニカの頭の中ではハテナマークが飛び()ねてるが、モニカには特に追求する理由もなく、お腹がすいていたので言われたとおり食堂に向かった。部屋の中で一人残されたエリーはモニカの姿が見えなくなったのを確認すると、いそいそとパンツを脱いで着替えた後、必死に汚れたパンツを洗いつづけた。


 食事はパンとサラダとミルクだった。水が豊富な街なだけに冷たい川の水が天然の野菜保管になっているらしく、前の街と比べても新鮮味がある。サラダはちょうど今が旬の野菜類でしめられ、レタスをベースにトマトが添えられ、黄色いトマトのそのピリリとした甘酸(あまず)っぱさは格別だった。


「このトマト……。」


 モニカは、そのトマトの味にどこか(なつ)かしさを感じた。しばらく考えてこれはモニカの村でも作っていたものと同じだろうと気がついた。流石に距離が離れすぎているから村のトマトではないはずだが。


 モニカの村では、主食の小麦とは別に野菜も作っていた。小麦ばかりだと土地が()せるので野菜と豆類も加えて交互に植えている。その野菜のうち4割は最寄りの街へと売られて村の金銭を得る。残り3割は乾燥野菜(かんそうやさい)として倉庫に保存され、非常食として使われる。最後の2割は次の年の種として使われる。最後の1割はそのまま生として食卓にのぼる。


「村、どうなってるかなあ。」

「……。」


 返事はない。モニカは一人で昔の記憶に浸っていても相方のエリーは全く(しゃべ)らない。モニカの独り言だけが響くちょっと独特な食事風景になっていた。

 もっとも食事が済む頃にはエリーも調子を取り戻してきて「うんめえうんめえ」叫んでいたが。エリーは何食べてもうめえ叫ぶ娘なので、モニカは黙らせておいた。宿の女将さんに朝の食事のお礼(と謝罪)を言ってから部屋に戻ってきた。

 部屋に戻ってきた頃にはエリーの頭は正常に戻りつつあったので、そこで改めてモニカが今後の予定について相談をする。


「さて、今日の予定のことなんだけど」

「今日はやらなければならないことが沢山ある気がするね。」

「気がするねって何よ。まずは〈装飾品(アクセサリ)〉を売るところからじゃないかと。」

「そう、それはあたしもそう思ってた!」

 ……さっきの「気がするね」の発言はエリーの中ではなかったことになっているようだ。面倒なので話を先に進める。


「まず、今の手持ちの〈装飾品(アクセサリ)〉、机の上に全部出してくれる?」


 エリーはバックパックをひっくり返して、机の上に〈装飾品(アクセサリ)〉がどさどさと零れ落ちた。モニカも同様に手で一つ一つ取り出して、全てをまとめた。一通り魔法反応がないことがわかっているが、念のため、直に手を触れないように手袋をつけて検分、仕分けする。


「もちこんだ分はこれだけ?」

「そうだね。」

「ちょっと時間かかるけど、念のため鑑定するよ。」


 売るにしても〈魔法具マジックアイテム〉であればそのまま売ったほうがいいからだ。今回は純粋に金細工として売るつもりなので魔法が付与されていないことを最終確認しなければならない。売った先がどう扱うかモニカにはわからないが、金を溶かしてくれればそれだけで証拠隠滅にも繋がり、こちらとしても有利になる。

 さて、机の上にばら()かれた一つ一つを、片手に杖を持って〈魔力探知(マジックセンス)〉の魔法を唱える。この魔法は特に精霊召喚する必要はない。〈魔力探知(マジックセンス)〉とは、アイテムが持つ魔法回路に魔力の(もと)をそのまま注ぎ込み、その反応を見ることで大雑把に解析する魔法である。アイテムに魔力回路があればそれに応じた紋様(もんよう)が、属性があればその属性に対応した色が見えてくる。


 〈魔力探知(マジックセンス)〉は時間かかるし、それなりの魔力も使うため戦闘がない日にやるのが通常だ。今回は差し当って一日中街中をかけずり回ることになるだろうから魔法を使う場面はないだろう。……多分。


 この世界では媒体(ばいたい)を必要とする精霊魔法とは別に、純粋な魔力を使った魔法というものが存在する。魔力はどんな場所空間にも存在し、それが水などといった物質と結合すると水の精霊が形成されて精霊の意識が発生する。火と結合すれば火の精霊が形成される。魔力とは言わば精霊の(もと)といっても良い。

 魔力は厳密には精霊として見做(みな)さないが〈魔力の精霊(マナ)〉と呼ばれることもある。とにかくその空間に存在する魔力を振動(しんどう)させて、一箇所にかき集めることで高密度の魔力塊を作り、それを〈魔法具(マジックアイテム)〉にぶつけることで作用を及ぼす。その一連の作業を〈魔力探知(マジックセンス)〉と命名しているのである。

 モニカが魔力を操作する時に杖を媒体にして操作しているのは、〈魔力の精霊(マナ)〉に干渉できる鉱石が埋め込まれているから。杖を少し振るだけで魔力の波を立たせることができるので魔力操作の補助として使えるという仕組みだ。


「モニカっち、どう?」


 作業をしているモニカに、さりげなくエリーが後ろから抱きついてきた。モニカの右肩の上からひょいと覗き込んでいるのが肌で感じられる。ついでに背中におっぱいが当たっている。む。むむ。

 エリーもすぐに横にずれて机に半身を乗り出して横から覗き込むような姿勢になった。昨日の温泉辺りからエリーがおっぱいネタでモニカをおちょくろうという意図をひしひしと感じるので、できるだけ無視することにした。大人ですもの。

 しばらくその様子を見返してたら、こちらの視線に気がついたのか逆に照れてしまったのかわからないが顔を背けて視線を目の前の戦利品グッズに向けた。モニカもそちらに視線を戻す。


「ま、〈魔法具(マジックアイテム)〉はありそう?」

 お、誤魔化(ごまか)した。

「わかってたけど、魔法付与されたものは今のところこの中にはないわね。エリーのその〈腕輪(ブレスレット)〉以外は。それも調べるよ?」

「……モニカっちがそう言うなら。」


 エリーは憮然(ぶぜん)とした様子でそう答えると、自分の〈腕輪〉を外してポーンとこちらに放り投げてくる。


 ……おい、地肌出てる部分に当たったらどうすんだ。


 モニカは冷や汗が背中を流れるのを感じたが、気を取り直してエリーの腕輪に対して〈魔力探知(マジックセンス)〉をかけてみる。


「な、なに、これ……。」


 それが最初の感想だった。まず、複雑な紋様が浮かび上がってきた。つまりかなり高度で高密度な魔法回路が形成されているということだ。その回路もモニカの能力ではピンボケでしかないが見ることができた。

 回路は一つの魔法陣ではなく、複数の魔法陣が複雑連結されて正二十面体に配置されている上、その正二十面体内部にも何か複雑に絡まってるようだ。一つの魔方陣が一つの効果を及ぼしていることが推測できた。それだけではない。色、つまり属性もおかしい。〈四大属性(メジャースピリッツ)〉が入ってないし、何らかの〈小属性(マイナースピリッツ)〉が多数含まれているのがわかるが、モニカの知識でそれが何なのかさっぱりわからなかった。


 モニカが知っている限りの魔法具は、といっても村での師匠が持っていた魔法具ぐらいしか心当たりがないが、必ず一つは〈四大属性(メジャースピリッツ)〉が入る。何故なら、それが広く知られ効果も大きくなりやすい便利な属性だからだ。


「エ、エリー……。私にもわかんないんだけど、これ途方(とほう)もない魔法具(マジックアイテム)だよ。た、多分、最低でも20種類以上の魔法効果が付与されるみたい……。」

「へえー。そんなに?」

「ホントにどっか悪いとこないの?」

「ないねー。それをつけてると心が落ち着くし、体も普段より動くようになるし、力も今までより入るようになった。悪い効果だとはとても思えないよ。だから、それを売るのはお勧めしないね。」


 モニカは少し信じられない様子でエリーの言葉を聞いた。モニカは最初「体が動くようになるのは〈風の精霊(シルフェ)〉の加護だろう」かと思っていた。しかし、この魔法具の回路にそもそも風の属性がない。そんな効果があるはずないのだ。

 気味が悪く感じたモニカは半ば無意識にエリーに問うた。


「最奥の部屋にはあったやつは今回はもってきてないよね。念の為に聞くけど。」

「ないない。だってあの部屋の〈装飾品アクセサリ〉は、モニカっちが手を出すなーって言ってたし。その前の部屋だけであたしのバックはパンパンだっただから入れてないよ。」

 エリーは顔の前で手を振って否定した。

「ま、まあね。冒険者は普通、〈魔法具(マジックアイテム)〉は、直接手を触れないようにして気をつけて持って帰るの。そして専門家に鑑定してもらってから初めて利用するのよ。呪われて持ち主に不幸をもたらす物もあるわけだし、そんなものに触れたら帰ってこれなくなってしまうの。」


 モニカは言外にダンジョンでのエリーの行動を批難した。モニカの発言は冒険者の中では常識に近い。いきなり素手で触るエリーがいけないのだ。


「んー、気にしすぎじゃないかな。昨日からつけてるけど悪い感じしないし。それ、もういいかな?」

「……あ、あ、うん……。」


 モニカは何と言ったらいいかわからず、結局手渡しで〈腕輪(ブレスレット)〉を()した。いそいそとエリーは〈腕輪(ブレスレット)〉を手に通す。


 呪われた〈魔法具(マジックアイテム)〉というのはモニカの知る限り、不都合な効果とともに大抵外せなくなるという効果がつくのだが、昨日エリーはお風呂でも今日寝てた時でも外して見せた。

 しかしまるで依存しているとも取れるエリーの様子を見て、モニカはこれは魅了される〈魔法具(マジックアイテム)〉ではないのかと思った。そんな前例は聞いたことないけども。もしそうならエリーから取り上げたりしようとすると抵抗される可能性が高い。しばらく手を出さないようにして今度密かに師匠に手紙出してみようか。

 仮にエリーから取り上げないにしても、その効果ぐらいは知っておいた方がよいだろうとモニカは慎重(しんちょう)に言葉を(つむ)ぐ。


「そんないい効果が沢山あるなら、せめて性能ぐらいは知っておく為に、鑑定に出した方がいいんじゃないかな。」

「今さっきやったのとは違うの?」

「私が今使った〈魔力探知(マジックセンス)〉では翻訳できないの。その上級魔法で鑑定士が使う |〈魔力分析(アナライズ)〉という魔法でないと。」

 〈魔力分析(アナライズ)〉と格好いい名前ついてるが、単に魔力探知の精度を上げただけの代物で魔力操作のコントロールをあげれば自然と〈魔力分析(アナライズ)〉と呼べるものとなる。

「翻訳?」

「その魔法で見えるのは実際は魔力回路で、回路の設計図から効果を推測するの。うーん、わかるかな?」


 基礎知識がないと説明しづらい内容だ。エリーは魔力についてあまり知らないはずなので理解してくれるかどうかわからない。


「うん、いや、なんとなくわかるよ。」

「そ、そう、よかった。その魔法回路から実際の効果を推測することを翻訳と言っているの。」

「なるほど。」

「とにかくその鑑定だけでもやっておいた方がいいと思うの。」

「んー、まあいいよ。」


 その言葉にモニカはほっとして胸を撫で下ろした。これで何があったのか調べるとっかかりができた。


「じゃあ、コレの為に売る〈装飾品(アクセサリ)〉を決めちゃうよ。」

 モニカはそう言って手でお金の意味を示すジェスチャーをする。エリーは任せたと言って自分のベッドに戻った。

 エリーが邪魔しなくなったので順調にモニカの仕分けも終わり、慎重に売る〈装飾品(アクセサリ)〉を決めた。

 〈首飾り(ネックレス)〉3つだ。〈首飾り(ネックレス)〉は、一つはシンプルな金の鎖にこれまた金でできたバラの紋様が刻まれ、幾つかの宝石が散りばめられている。もう一つはやや太めの金の鎖に花の文様が描かれ、こちらは銀の縁取りが為されている。残りひとつは、それなりに幾何学模様(きかがくもよう)の紋が刻まれていた。

 差当りこういった〈装飾品(アクセサリ)〉の売却が初めてなので当たり障りのないものを選んだ。ついでに似たようなものを3つにしたのは売却先の商会を幾つか周って比較するためだ。


「残りはとりあえずで申し訳ないんだけど、エリーの〈背嚢(バックパック)〉に全て入れてもらっていいかしら。それと全て調べたけど、今の時点で〈腕輪(ブレスレット)〉以外の〈魔法具(マジックアイテム)〉はなかったよ。」


「あいよ。よ……ほぁっと!」


 妙な掛け声と共にベッドから跳ね起きながら返事したエリーは、机の上にあった〈装飾品(アクセサリ)〉を腕でかき集め、じゃらじゃら下品な音を立てながら〈装飾品(アクセサリ)〉を〈背嚢(バックパック)〉をかき集めて入れた。売る予定のモノはそのままモニカが持つことになった。


「じゃあ、今日やることをまとめるよ。」

 エリーはモニカに向かって今日やるべきことを列挙してまとめた。一つ言うたびに指を一本ずつ開く。

「一つ。〈首飾り(ネックレス)〉を売ること。」

「二つ。外に置いてきた財宝を回収すること。」

「三つ。〈冒険者組合(ベンチャーズギルド)〉で登録して仕事探し。」

「四つ。銀行ギルドにお金と財宝を預けること。」

「五つ。物資の補充。」

「最後にエリーの〈腕輪(ブレスレット)〉の鑑定。」

 モニカは開いた手をギュッと握ってエリーに最後の確認をした。


 (ようやく)く話し合いが終わり、支度の準備を終えた二人は街について宿のご主人に尋ねた。


 この街では、ある程度、工業区、商業区、住宅区と別れており、スムーズに物が循環するようにできているらしい。さらに道路はかなりの余裕をもって作られており、大きな街になることが前提の街設計をしていたようだ。その中で銀行やギルドなどの公共性の高い建物は中央区にあるそうだ。

 モニカはそれらの場所について宿のご主人に地図にしてもらった。さらにモニカは金を売るにはどうしたらいいのでしょうかと尋ねた。


「金、金ねえ。金を扱う商会は……。そうさなあ、この近くならトーマス商会かフォルカー商会辺りかなあ。あそこらへんはよく冒険者の持ってきた金を買い取ってくれるよ。」

 首をひねりながらも宿のご主人は答えてくれた。

「えぇと、ある程度の金の相場を知りたいのですが。」

 モニカはさらに釘を刺す。ある程度はしょうがないとしても大きく騙されないように自衛はしておきたい。

「流石にそこまではわからんねえ。だけどここも冒険者達がよく泊まるから、あそこの評判は知っているけどどちらも良心的だそう。この街はでかくて商会も多く入っているから、冒険者を(だま)すことはしないと思うよ。この街を拠点にする冒険者も多いからさ、噂はすぐに広まっちまう。」


 元々手当たり次第に入った宿だったが、なんだかんだ言ってこの宿のご主人はかなり親切なので、宿替えをやめてこの街にいる間はこの宿に逗留(とうりゅう)しようとモニカは思い始めていた。その為に街の地形を教えてもらったお礼に感謝を述べながら、チップとして銀貨1枚を渡しておいた。

 相手は驚いた様子だったが、本音を言うと既に銀貨が4枚しかなくもう宿泊ができないために応急として言わば宿の予約がわりとしてチップを渡したつもりだった。


「じゃあ行きましょうか。」

 モニカとエリーはご主人に挨拶をしてから宿を出た。

「まず最初は金を売るのが最初だね。」

もらった地図を見ながら、まずはトーマス商会の方に言ってみる。

「この地図によるとこの辺なんだけど。」

「あ、あれじゃないかな。」


 エリーに指摘されたところには確かに看板が立てかけられている。金属で縁取られた看板には指輪の模様が刻まれており、細工屋専門店だろうということが理解できる。言われた通り、看板の下では金の価値が書かれた黒板(もくばん)が立てかけられていた。

 店の中に入ると40代かそこらの彫りの深いトーマス商会の商人らしき人がニコニコしながら営業スマイルで話しかけてきた。


「お買い求めですか?それともお売りいただけるので。」

「実は冒険者なんですけどね。こちらでとある冒険者にこちらが馴染(なじ)みの商店ということであるという話を小耳に挟みましてね。」


 モニカはまずは言われた通りに、冒険者のネットワークがあるから騙したら後が大変だぞと意味の発言をして牽制(けんせい)した。しかし後ろでエリーがニマニマと口角(こうかく)を引き()らせているので割りと台無しである。なお、モニカの口調はかつて村にやってきた商人の口調を真似たものである。非常に似合ってない。


「それはどうも有難うございます。そのような光栄(こうえい)な評判が広まっているとは我が商会も鼻が高いというものです。」

 それに対してトーマス商会の商人は笑顔を張り付かせたまま苦笑しながら丁寧に応対した。モニカはそんな様子に気が付かずに本題に入る。

「それでクエスト先で珍しい金細工を見つけたので是非(ぜひ)買いとっていただきたいと。」

「ほほう、金細工ですか。お見せいただけますか。」


 促されたモニカはバックパックから花の文様が刻まれた〈首飾り(ネックレス)〉を取り出して机の上に置く。


「では少しの間、鑑定(かんてい)に時間を取らせていただきますので、しばらくお待ちください。」


 モニカは(うなづ)くと、トーマス商会の人は布を取り出して丁寧(ていねい)に〈首飾り(ネックレス)〉をつまみ上げ、部屋の横に設置されている囲いに向かった。横からその囲いを覗くと、鑑定道具がところ狭しと並べられている机が見え、調べているのが見える。鑑定している様子が見えるという部屋の構造は、鑑定途中ですり替えるなどと言った詐欺行為をしないというアピールだろうか。


 トーマス商会の商人は、後ろから覗いているモニカとエリーを気にせずに鑑定作業を始めた。明かりを灯し、鑑定鏡で覗いたかと思うと、天秤に載せて重さを測ったり、水に沈めて体積を測ったりした。他には指で弾いて耳に当てたり反響音を調べてもいたし、一度、首をひねって悩んでる風だったが何も言わなかった。鑑定が終わったようで立ち上がってから朗々(ろうろう)とした声で話しかけてきた。


「お待たせしました。〈首飾り(ネックレス)〉は一度お返しします。」

 そう言いながら、布で直接触れないように持っていた〈首飾り(ネックレス)〉を丁寧に拭いこちらに返してくれた。

「どうですか。」

「そうですね。金の含有量でいえば6割……いや7割と言ったところでしょうか。魔法がかかってはいないようです。」

「何か疑問な点でもありましたか。」

「ええ、かなり古いデザインなのでそのまま売るというのは難しいでしょう。金を溶かすことになるとは思いますが。」


 モニカは内心、(あわ)てながらも喜んだが表情に一瞬だけ出てしまっていた。元村娘であるモニカには所詮商人の真似事など土台無理があるというものだ。そこまで読めたトーマスの商人は本心を隠した上で微笑みを浮かべた。

 ただ、トーマス商人などもそれは望むところだ。冒険者が持ってくるモノは盗品の可能性があるのだ。何故なら冒険者は大抵は街の外からやってきて日銭を稼ぐ言わば浮浪者であるから、当然盗賊もいる可能性があるわけだ。盗品を掴まされると面倒なことに巻き込まれる可能性があり、そういった面倒を防ぐために金を溶かして分からないようにするのがトーマス商会の定石(じょうせき)である。

 たとえ純粋に冒険者だとしても、ダンジョンから取ってきたものは本人のものにしていいという暗黙の了解があり、それも厳密に言えば盗人といえなくもない。辛辣なものは冒険者は皆盗賊だと見做(みな)す輩も数は少ないが存在する。

 そこまで把握したうえでトーマス商人は20歳かそこらのの自称冒険者の小娘たちがどうやって手に入れたのかは追求しない。そんなことをしても金儲けのネタを逃すだけである。

「溶かしてしまうんですか。」

 モニカは残念そうなふりをしながら言う。そのバレバレの嘘をトーマス商人は気づかないふりで応酬(おうしゅう)する。ここまで純情だと少し値下げ圧力をかけたい気持ちにかられた。

「ええ、金を溶かすことになるのでデザインを価値として認めるわけには行きません。したがって純粋に金の値段になりますので多少お値段が落ちてしまいます。」

「金の値段ですか……。聞いた話によれば、金は魔法具(マジックアイテム)にとってとても重要な媒体と聞きます。さぞかし売れ行きは良さそうでしょうねえ。」


 売れる物品なんだから、値上げしろという圧力をモニカはかけてみた。


「ええでも、この街では金が沢山ありまして実はややダブついているんです。申し訳ありませんが。」


 口では冒険者を名乗り、それは本当だと思われるが昨日今日来た新参だということがわかっているので嘘ではないが適当なことを言って、値上げ圧力をかわす。


「そうかもしれませんね。この街に散りばめられている街灯はあれ全部魔法の光源のようですし。」

「素晴らしい観察眼(かんさつがん)をしてますね。」


 商人はバレないように少し舌打ちをした。この小娘は魔術師らしい。魔術師は金の価値を下手すると商人より知っている。


「ですがところどころ歯抜けな箇所があるみたいですねえ。金が大量に出れば、街が買い取ってくれそうな感じがしますけど。」

「いやいや、街の財政もそこまで豊かじゃありませんよ。毎年決まった分しか買い取ってくれません。」

「でも、やはり大口のお得意であることは変わりない。」


 商人はなかなか健闘(けんとう)している小娘にサラリと返事を返す。


「冒険者の皆さんがそれ以上に持ってきてくださるのでお得意様がいてもやはりダブついてしまうのです。」


 モニカはここで限界だと思った。慣れない交渉で心臓がバクバクしているのもそうだが、これから実際に彼の言うとおりしばらく小分けにして金を売るつもりなのだから、薮蛇(やぶへび)になる可能性が高い。故に最後の一言は商人はかわすだけのつもりの言葉だったがモニカにとってはかなりの致命傷(ちめいしょう)だった。


 結局、そのまま押し切られる形で価格の話に入り結局、金貨2枚、銀25枚、銅貨21枚で売ることが決まった。銀貨の枚数が多い形になったのは、この国では銀貨が基準になるからだ。金貨は高価すぎてあまり使われないし銅貨は安すぎる。日常的な小物なら銅貨で売買される。実際、モニカは村などの小規模な経済活動では銅貨が使われるのはしばしば見てきた。銀貨というと、村は運命共同体であるので農作具や肥料などは村で一括して購入されるのだが、その時ぐらいでしか見ない。

 なお、貨幣は偽物を作ると経済混乱を招くとしてほぼ確実に死刑になる。しかし、完全な偽金貨を作られないためのさらなる防止策として、様々な種類の金属を混ぜた合金として金貨を作るのが普通だ。金自体は延性があり日常に使う貨幣として適しておらず、混ぜないと使い物にならないという理由もある。

 混ぜる金属のレシピはそれこそ山のようにある、種類は約30種、分量、さらに加工方法もある。それらによって体積ごとに重量、さわり心地、音などが変わってくる。それを特定するにはほぼ気が遠くなるほどの試行が必要であり、レシピさえ漏らさなければ完全な偽物を作るのは不可能だ。しかもレシピは定期的に変わる。そうして貨幣の価値を(たも)っている。


 店から出てモニカは疲れた顔でエリーに泣き言を言った。

「ふう……。疲れた。」

「よくわかんないけど、モニカっち凄かったね。」

「あ、ありがと。」

 モニカがどう疲れているのか理解しているのかしてないのかそんなエリーの(なぐさ)めに辛うじて返事を返した。エリーが代わりにやってよとモニカは叫びたかったが、その心をどうにかして抑えることに成功した。


 少しの休憩の後、モニカはこのあとフォルカー商会に同様の交渉を行なって、宝石のついた〈首飾り(ネックレス)〉を提出した。こちらはそのまま宝石とデザイン込みで買い取ってくれた。そして金貨3枚、銀13枚、銅貨11枚を得ることができた。


「うーん、フォルカー商会の方が多少高く買い取ってくれるんだけど、装飾品をそのまま市場に流す感じだったかな。トーマスは安くなるけど、金にして溶かすから出所がわかりにくくなる。どっちがいいと思う。エリー?」

「んー……気分次第でいいんじゃない?」

 どうでもよさそうなエリーの態度にモニカは溜め息をついた。と思っていたらエリーが付け加えてきた。

「モニカっちはできるだけ金を散らばせるように売りたいんでしょ。一つの所に決める必要はないんじゃない?」


 モニカはハタと目が覚める。そうか、できるだけ分散するんなら一つの所で売るのではなくあちこちの商会に関わったほうが危険は減るだろう。


「エリーもたまには良いコト言うじゃない!」


と言いながら、モニカはエリーの背中をポスポスと叩きながら次の目的地に向かう。

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