【42】23歳モニカ、盗賊狩りをする
【1】
今日は、秋にしては珍しく早朝から暖かい。
現場責任者のカールは〈冒険者組合〉の裏口から入り、コートを脱ぎ、横のコート掛けにかける。玄関の鍵を開け、室内と玄関の掃除を軽くやる。
毎日、続けている業務だ。
朝の雑事など、若手に任せれば良いと下の者から何度も言われているが、昔からの癖なのだ。今更、癖は抜けない。
若者と付き合い続けるのが、若さを保つ秘訣なのだと、常日頃から〈組合長〉のミヒェルは言う。
正直、彼は若者と付き合うというより、若者を振り回してる感じだ。彼が無茶振りする度に、周りの「またか……」という顔が堪らない。
コンコン。
「開いてるぞ」
カールは、考え事を中断した。掃除の手を止め、受付席に着く。
中に入ってきたのは、完全武装したハインツ=ドレイアーだった。彼の身長より大きい弓を背負い、手足の指先まで覆う〈全身硬化服〉と呼ばれる防具を身につけている。
「よう、今日は早いな」
いつものように、手を挙げて挨拶する。机の下に置いた掃除器具が邪魔だったので、蹴って隅に寄せた。
「おはようございます」
幸い、掃除中だったことに気がつかれなかったようだ。彼は、壁にあった椅子を引き寄せて座る。
「おっちゃん、奥の部屋はもう使えますか?」
奥の部屋というと、防諜が施された部屋の事だ。外部に聞かれたくない話をする時にも使う。
「使えるぞ。まだ、掃除はしてないがな」
「いえ、大丈夫です。それでは使わせてもらいます」
「頑張れよ」
ハインツは椅子から立ち上がり、奥の部屋へと消えていった。彼を見送ったカールは、掃除器具を取り出して、掃除の続きを始める。
カールが、ハインツと初めて出会ったのは15年程前になる。
飛行系魔物討伐の依頼で、弓矢を使える人材を臨時党員募集した所、彼が来たのだ。
当時の彼は若く、強そうにも見えなかったので、戦力として期待してなかった。だが、実際戦闘に参加させてみると、同年代の弓の得意な友人より、多くの敵を撃ち落とした。
その時、意気消沈していた友人を見たのが、この仕事につくきっかけになった。世の中には、逆立ちしたって勝てない天才はいるものだ。
自分は天才と張り合うより、そばで見て応援する方が好きらしい。
「すいません。開いてますか?」
入り口を見れば、モニカ=アーレルスマイヤとコルネリア=アーレルスマイヤが立っている。
扉を閉めるのを忘れていた。突然の声に、挨拶と掃除中断の機会を逃す。
「ああ、掃除中でも良ければ」
「はい、ではお邪魔します」
彼女たちは邪魔にならないように壁に寄った。
カールは玄関の床を掃く。ここは、靴に付いた土がよく落ちるので汚れやすい。念入りに磨く。
次の場所に行こうと顔をあげると、二人して、じっと掃除の様子を見ている。
……。
やりづらい。
凄くやりづらい。
カールはついに耐え切れなくなった。二人に声をかける。
「ハインツなら奥の部屋に居るぞ」
「あ、すいません」
モニカはハッと気がついた。慌てて奥に駆け込む。コルも後を付いて走っていく。
カールは、彼女たちの姿が見えなくなったのを確認してから、玄関の扉を閉めた。
掃除を再開する。
モニカ=アーレルスマイヤは、5年ほど前にこの街にやって来た。彼女もまた、天才だった。若くして、五種類の魔法を使えるそうだ。一般的な魔術師は三種類が限度だという。
初めの頃は、相棒の女剣士エリーとの掛け合いが面白いキャラクターだった。
しかし、彼女が亡くなってからは、随分落ち着いた。最近、仕草や表情に女らしさを感じる。
エリーの遺言によると、ハインツとくっついて欲しいのだそうだ。本人たちも満更ではないようだが、二人とも奥手で、ちっとも話が進んでいない。
一方、コルネリア=アーレルスマイヤは、異例の12歳で冒険者になった。
故郷を滅ぼされた彼女は、後見人であるレベッカ=ダウムの元、回復魔法の修行を行っていた。レベッカの意向によって、本人の成長の為に、モニカたちと義妹の契りを結んだ。
以降、いつもモニカの後に付いて回っている。仲はかなり良いようだ。
彼女は常に一歩引いた位置にいて、目立たない性格をしている。かと思えば、若い頃に色々な苦労をしたせいか、妙に達観した表情や発言をする。
冒険者間では、彼女の人気は高い。
街角で彼女を見かけたらしき冒険者たちが、固定パーティーに誘いたいからコルネリアの事を教えろと突っかかってきた事が何度かある。
控えめな性格で、若い女で、有能な〈治癒士〉だ。気持ちは分かるが、特別な事情がない限り、冒険者の情報は渡さない。
ようやく、掃除が終わった。次は書類の整理だ。掃除器具を片付けようとする。
玄関の扉がドガンと開いた。先ほど掃除した所を、男が屈んで入ってくる。
彼は身長が高く、もじゃもじゃの赤い髪をした筋肉質な男だった。背中には巨大な〈黒鉄の剣〉を括りつけている。
「よう。ハインツは来てるか?」
カールは驚きはしなかった。冒険者には乱暴者が多い。平常な顔で受付席に座り、対応する。
「よう、ボニー。ハインツなら奥に居るぞ。二番の部屋だ」
「ありがとよ」
彼は手のひらをこちらに向けてきた。カールは、その手に拳を叩きつける。彼なりの挨拶だ。そのまま、窮屈そうに体を屈めながら、廊下を歩いて行った。
ボニファティウス、愛称ボニーは、今年で30超えたばかりの偉丈夫だ。
体も大きく筋肉質で乱暴に見えるが、ああ見えて繊細だ。そして、熱血漢で悪い事が嫌い。
ハインツとは付き合いは長かったはず。お互いに能力を尊敬しあっているようで、仲は良い。
力で押すタイプに見えるが、技に翻弄されない程度の技術もある。近接型の冒険者では、東支部ではトップクラスに入るだろう。
ボニーを見送ったカールは、書類整理に入る。
そろそろ冬の昇級試験の時期だ。秋ぐらいから準備を始める。今年の受験有資格者はE級は32人、D級へは10人、C級は3人。
それと、ハインツがB級への申請中だ。B級からは貴族の承認がいる。今回の昇級条件は『今回の事件を解決する』だ。書類は既に受理されている。
「カールさん、おはようございます」
カールが顔を見上げれば、くすんだ赤のマントを羽織い、首まで覆う肌着を着た、セミロングの黒髪の女が立っていた。腰に〈細剣〉と〈短杖〉を身につけている。
後ろに視線を延ばせば、玄関の扉は閉めてあった。音は全く聞こえなかった。
「おはよう、ロス」
「ハインツに呼ばれて来ました、彼はいますか?」
「奥の部屋にいるぞ」
「それでは失礼しますわ」
彼女は、マントの裾をつまんで軽くお辞儀をする。そして軽やかな足取りで、音もなく奥の部屋へと消えていった。
ロスヴィータ、愛称ロスは、速さを追求した万能戦士だ。
〈風の精霊〉に精通しており、精霊を体内に宿して、目に見えない速さで敵を刺す。〈危険感知〉にも優れる。前衛、中衛、後衛どの立ち位置でも卒なくこなす。
確か、諜報部にも所属していたはずだ。
だが、彼女には重大な秘密がある。
実は男だ。
つまりオカマさんである。
男扱いすると怒られるので、カールはいつも「彼女」と呼ぶ。風貌については努力しているらしく、パッと見て女に見える。
本人もかなり本気で、少年期に声変わりを嫌って、喉に短剣を刺したという物騒なエピソードもある。当然死にかけたが、
結局〈治癒士〉が声変わりしないように整形して治したそうだ。その時の傷はワザと残し、肌着で隠しているという。
「やれやれ」
カールは溜め息をついて書類に目を落とす。これで、全員来たはずだ。C級の冒険者はどいつも濃ゆい。
もう一度、溜め息をついて思考を切り替える。
ゆっくりと、書類整理を始めた。
受験者の試験内容の割り振りの素案について問題がないかを確認する。特にE級試験が問題だ。今年は〈不死生物の洞窟〉は使えそうにない。なので、地上の依頼で代用する。
書類整理が一通り終わった。
その時、玄関の扉が開く音が聞こえた。カールは顔を上げる。
誰もいない。
ハインツの〈党員〉は全員揃ったはずだ。ならば〈依頼〉を求めて来た冒険者だろうか。
もう一度視線を飛ばすと、玄関の扉が少しだけ開いている。風かと思い、カールは腰を上げる。
いや、人が居た。
扉の隙間からドリルの金髪が見える。
「なんだ、用があるなら入ってくれ。寒くてかなわん」
ドリル髪がバネのようにしばらく揺れていた。と思いきや、突然扉がバンと開き、女が駆け込んできた。
「ばれちゃあ、仕方が無いわね! ハインツを出しなさい!」
知らない顔だ。
ということは冒険者ではない。
カールは女を観察する。
新調したと思われる〈黒鼬の外套〉を着ていた。左手には似合わない〈長杖〉を握っている。左利きらしい。
ハインツの関係者ということは分かった。
「どちら様ですか?」
女は「よくぞ聞いてくれました」という顔をして、腰に手を当てて、胸を張る。
「あたしは、アーデルハイト=フルスベルグよ! 覚えておきなさい!」
フルスベルグの氏名は、この都市を支配する一族の証。いわゆる貴族だ。騙りの可能性もなくはないが、容姿からして本物だろう。
カールは面倒だなと思いつつも、慇懃に言葉を返す。下手に怒らせると、組合関係者に迷惑がかかる可能性がある。
「彼はこれから、出かける用があります。出直して頂けないでしょうかね」
「そんなことは知っている!」
冒険者でもないし、約束もしていなさそうだ。それに、ここに貴族が来るのは場違いだ。この小娘をどうやって追い返そうか。
「あたしには、会う権利があるはずだ!」
アーデルハイトと名乗った女は無駄に拳を振り上げて、ぷるぷる震えている。そしてズビシッと鼻先を指差してきた。
カールは反応に困った。言葉を失う。
アーデルハイトはその様子を見て、嬉しそうだ。
「何故なら、あたしはハインツの許嫁だから!」
カールは、喉元まで出かけた驚きを、辛うじて飲み込んだ。ハインツが前に、チラリとそんな事を言っていたのを思い出す。
これは無闇に追い返すことも出来なさそうだ。本人の口から言ってもらわないと無理だと判断した。
「分かりました。ですが、彼は忙しいので、ほんの少ししか時間は取れませんよ?」
「そんな事は分かってる。時間は取らせない」
アーデルハイトはうんうんと腕を組んで頷いた。カールは仕方なく、奥の部屋に案内する。
【2】
ハインツは、地図を広げた。
「今回の目的を話す」
ボニー、コル、ロス、モニカの順に地図を覗き込む。ハインツは、フルスベルグから伸びる街道を、指でなぞりながら話を進める。
「今回は、東北の街道沿いに出没する盗賊の本拠地を探る。まずは、数日前に襲撃の報告のあったアプト村に向かう。そこを拠点に時計回りに周辺を探る」
ハインツは、アプト村を指で叩く。
ボニーは腕組みしながら、ハインツに問う。
「周辺の地形が分からなければ、闇雲に探した所で無駄だぜ?」
「その通りだ。従って今から、拠点に適していそうな地形を挙げてもらう。」
ロスも同様に街道をなぞった。やがて、ハインツの指に触れる。彼は手を引っ込めた。
「私はやはり、現場に行ってから、自分の目で見てみたいわね」
ロスの言葉に、ハインツは頬を掻きながら、紙で巻き付けた黒鉛の棒を取り出す。
「それも一理あるが、まずは挙げてみてくれ」
その言葉を契機に、二人が一斉に怪しい地点を挙げていく。モニカとコルは、ただ横から見ているだけだ。
地図は、黒い点と線で次々に埋まっていく。
街道のそばにある山の裏。
街道を見渡せる高地。
深く切り立った川の周辺。
行き止まりの渓谷。
得体のしれない古代遺跡。
ついに、候補地を言い尽くした。誰もが口を開かずに沈黙する。その様子を見てハインツは、話を次に進める。
「出尽くしたようだな」
さっきから何かを言いたそうにしていたロスが反応する。ややハスキーな声でポツリと呟いた。
「ねえ、ハインツ。これだけなら、防諜室を使う必要がないと思うのよ」
「いや、大事な話はこれからだ。モニカ、
頼む」
「はい」
特に気にした風もなく、ハインツが答えた。話を振られたモニカは、胸につけていたブローチを取り出す。魔力を込め、異次元のダンジョンを出現させる。
二人は驚き、椅子から立ち上がった。そして警戒する。ハインツは、警戒を解くように軽い感じで言葉を続けた。
「携帯できる倉庫みたいなものらしい。移動中はこの中で入って、交互に休憩を取る。強行軍が可能になるだろう。」
魔法に詳しくないボニーは、そういうものもあるのかと、直ぐに納得して落ち着いた。
しかし、ロスがハインツに言い寄った。
「ちょっと! 簡単に言うけど、これ〈遺失魔法具〉じゃないの! 下手すれば、国宝級よ! どうやって手に入れたのよ!」
「そうなのか?」
ハインツは、ロスの剣幕にやや押され気味だ。言葉に詰まる。モニカは、椅子から立ち上がった。
「ハインツさんは、悪くありませんッ。私に聞いてくださいッ!」
ロスは振り向いた。モニカの顔とハインツの顔を交互に見て、片眉を釣り上げる。
「ふうん、なるほどねえ」
ハインツは何も言わない。モニカはロスの顔をじっと見返す。
「じゃあ聞くけど、どこで手に入れたの?」
「言えません」
「いつ、手に入れたの?」
「言えません」
「効果は、全て分かってるの?」
「半分は。残りは調査中です」
「事故で誰か死んだら、どうするのよ」
「既に実験で、何度も試しています。余計なことをしなければ大丈夫です」
モニカは強気だ。ロスは言い返せなくなった。代わりにハインツの方へ向き直る。
「いいの?」
「問題ない。信用している」
平然とした切り返しに、ロスは大きく溜め息をついた。
「わかった、わかったわよ。異論はなし。初めは場違いな小娘たちがいると思ったけど、ここにいる理由が大体わかったわ」
ロスは、自分の席に戻る。モニカの横を通る時に、ただ一言「応援するわ」と囁いた。モニカは、何の事なのかさっぱり分からないという顔だ。
先ほどから黙って聞いていたボニーが、ロスに向かって、言った。
「ロス、俺にはさっきからお前が突っかかる理由がさっぱり分からん」
「何でもないわよ!」
ロスの目は潤んでいた。
【3】
話はまとまった。
既に、モニカが家具と食糧は積み込んだので、メンバーの馬を入れて出発する。
ブローチを使いこなせるのは、モニカとコルだけなので、二人は交代で馬に乗る。
さらに〈危険感知〉と〈索敵〉の技能を持つハインツとロスが交代で護衛に着く。
道中の魔物退治をついでに行うので、見つければ、率先して全員で叩きに行くことになった。
話が一区切り付いた所で、入り口の扉を叩く音がした。
モニカは、ブローチの魔法を解除。ハインツは、地図をしまう。
それから、扉の鍵を開ける。
「ハインツうぅぅぅ!」
女が、突然飛び込んできた。そのままハインツの鎧で覆われた胸元に沈み込んで、顔をスリスリする。
ハインツは、ドリル髪で全てを悟った。
完全に凍りついた。
「ああ、胸が硬いけど、この硬いのがたまらないわ! ハインツ? ハインツ!」
「ア、デ、ル、か」
喉の奥から絞り出すように、声を出せた。今にでも気を失いたい気分だ。
「許嫁の解消だなんて嘘ですわよね! そうだと言って! ハインツ! すーはーすーはー!」
後ろの視線が首筋に食い込んで、とても痛い。この場をどうにかしなければ。
ギリギリと全精神能力を使って、アーデルハイトの肩を掴み、胸から引き剥がした。
何を勘違いしたのか、アーデルハイトは少し背伸びをして、目を閉じて、口をウの形にして顔を近づけて来る。
おい。
やめろ。
やめるんだ。
正気に戻れ。
おい。
恐怖のあまり、つい、本気になった。
肩を前後左右に降って、彼女の頭をシェイクした。カクテルだったらいい物が作れそうだ。
いや。
何を考えているのだ。
カクテルは関係ない。
とにかく彼女だ。
この場をどうにかしなければ。
あれ、何かデジャヴを感じる。
「ハインツ?」
「ア、アデル。よく……よく聞くんだ」
「はい!」
「今の……今の街は危機的状況に陥っている。そして。そして、俺は、その、き、危機に立ち向かわなければならないんだ。い、いつ死ぬか分からない。だ。だから。お、お前を未亡人にするには忍びない。だから。だから、許嫁解消は本当だ」
その場で言い訳を考え、つっかえながらも最後まで言い切ることができた。顔はこの際、しょうがない。そこまで気を回す余裕はない。どちらにしても困惑した顔だ。
「ええ、分かってるわ。だから、こうしてここに来たのよ!」
あれ、ひょっとして地雷を踏んだか?
背筋に何が冷たいモノが流れるのを感じる。
「ずっと、ハインツのそばで、一緒に戦うの! 死ぬ時は一緒よ!」
アーデルハイトは、バッとハインツの手を振り払って、不釣り合いな〈長杖〉を構えた。
その姿について、どこから突っ込めばいいのか分からない。〈長杖〉は、本来の杖としても使える長さの杖で、大抵は老人向けだ。実際の冒険者は携帯に便利な、前腕程度の長さの〈短杖〉を使う。
さらに彼女の着ている〈黒鼬の外套〉は、その希少性から、下手すれば一年は家が借りられる程、高価だ。特別な効果のあるわけでもなく、冒険者に向いていない上着だ。
「フルスベルグの名の下に高価な品物を買い集めたのよ!」
「そうか」




