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名もなき魔術師の一生  作者: きゅえる
【2章】
37/106

【40】19歳ハンナ、街道を封鎖する(4)

【25】


 ハンナの視界に、敵の手が広がる。

 高まる恐怖に耐えきれず、目を閉じた。

 その時。


 ズゥウンと地に響くような爆発音がした。

 大地が揺れる。建物がドンと鳴る。

 立っていられず、誰もが地に伏せた。


「なんだ!」

「わかりません!」


 敵の後方が慌ただしい。

 ハンナは何が起こっているのか、理解できない。入口の扉を通して、外を見る。

 すると、青い球のようなモノが敵の頭上から飛び込んで来た。地面を三回ほど跳ね、ハンナの目の前まで転がってくる。


 いや、球ではなかった。


 それは、青い髪をたなびかせていた。

 くるくると踊るように立ち上がった。


「フローラ!」


 右手に〈巨神の剣〉、左手に〈剣殺し《ソードブレイカー》〉。全身から青白い魔法の光を発している。

 フローラは、ハンナ達に背を向けながら、シャリンと二本の鞘から剣を抜き、逆手に持つ。

 そして、背中で語りかける。


「ごめんなさい、遅くなってしまったわ。でも、もう大丈夫」

「どうやって?」

「シロに運んでもらったの。ゲルタも来てるよ」

「シロが……?」


 そう言えば、すっかりシロの存在を忘れていた。いつの間にかいなくなっていた。


「さあ、話は後。ここを切り抜けるよ!」


 その声に呼応したかのように、敵が動き出す。前に居た三人が一斉に襲いかかる。


 「体内に宿る〈水の精霊(ウンディーネ)〉よ。我は水。流れる水。一定した形を取らぬ水。巡れ。回れ。循環せよ。波紋を起こせ。増幅せよ。軽減せよ。そして〈明鏡止水〉を我が身に宿せ。」


 フローラが流れるように動きだした。


 踊る。踊る。


 一人目の剣を不思議な動きでかわす。

 股を大きく割いて大きく踏み込む。

 剣が弧を描く。

 胴を切り裂いた。

 割いた足を戻す反動で二人目の剣を右手の剣で受け止める。

 そのまま半回転。

 さらに左手の〈剣殺し〉に差し込んでへし折った。

 背後から三人目が襲いかかる。

 フローラは振り向きもせずに後ろ向きで肩を切り裂いた。

 そのまま回転して回し蹴り。

 敵の後方から水球が飛んでくる。

 しかし、当たる直前に水球が失速。その場に落ちて四散した。


 ハンナは、目を見張った。

 フローラは、一瞬たりとも止まることがなく、緩急をつけて攻撃を仕掛ける。

 敵も大きく回り込んでこようとするが、フローラが遮って通さない。徐々にフローラが前線を押し上げていく。

 ついに弓兵が前に出てきた。

 しかし、ゆらゆらと揺れるフローラを的に合わせられない。素早く飛び込んで弓兵を切り裂いていく。


 戦いの潮目が変わった。


 外では、また断続的な地響きが鳴り響く。しかも、段々と近づいてくる。

 次の瞬間、本堂の入り口が爆散した。


 ガラガラと石と木が崩れ落ち、敵軍の一部が下敷きになった。

 壊れて大きく広がった入り口からは、土の壁が見えた。さらに土の塊が扉の右から左へ横切って、敵を薙ぎ倒す。


 その隙間から、味方と思われる冒険者達が雪崩れ込んできた。敵味方の数が逆転する。


「ハンナ様、指示を!」


 振り返れば、アンナに忠誠を誓った三人組が立ち上がっていた。ハンナはどう言ったらいいのかわからない。

 すかさず、アンナが助言してきた。ハンナは言われるままに指示する。


「えーと。倒れている味方で、まだ息しているのがいるから、起こして回復させて?」

「はい!」


 近くに倒れている者から、肩を貸して起こして〈治癒士〉が応急処置をしていく。

 結局、生き残ったのは20人弱。

 回復魔法の反動で全員、だるそうだったが、顔は晴れ晴れしている。


「固まって、脱出するぞ」


 味方の陰に隠れて、ゆっくりと脱出した。外に出ると、ハンナ達はポカンと口を開けて見上げる。

 目の前に、教会とほぼ同じ高さの巨大な〈土の巨人ゴーレム〉が月明かりに照らされ、立ちすくんでいた。


「だ、大丈夫だった?」


 よく見れば、ゲルタが〈土の巨人〉の胸から顔だけを出していた。


「こ、これは?」

「え、えーと〈地の中位精霊〉による〈巨人化〉って言えばいいのかな」


 彼女が身じろぎする度に、土がパラパラ落ちる。ハンナは少し後ずさった。


「そ、そう」

「あ、ご主人様から伝言があるよ。一度、本陣に戻れって」

「うえぇ、山の上まで戻るのか。」

「た、確かに伝えたよ。じゃあ、後は任せて」

「はーい」


 ハンナ達はヘトヘトの体に鞭打って、隠した補給物資を取り戻し、本陣まで歩いていった。


【26】


 本陣にようやく戻ってきた。

 服がボロボロだったので、予備の服に着替えた。右肩は既に治っていたので、肩の布も外す。

 マテウス様の元に向かった。


「ただいま戻りました」

「ご苦労だった。報告しろ」

「えーと、予定通り、敵の増援が来たんですけど、伏兵にかき回されて負けそうになりました。それで、イザベラが敵に捕まったみたいで……。今、どこにいるのか」


 ハンナは嫌なことを思い出した。言葉に詰まり、目を伏せる。


「イザベラは、もう救出した」

「えっ?」


 目が点になった。


「偵察中に、街道を走る馬車を見つけてな。俺が襲撃した。奥のテントに休ませてある。」

「イザベラは無事なんですか?」

「まあ、無事と言えば、無事だ。」


 ハンナは安堵して「良かった」と呟いた。最悪の事態は無かったようだ。だが、アンナが慌てて反応した。何か問題があるようだと忠告する。

 その慌てように、吐いた息を飲み込んで向き直った。


「だが、まあ、なんというか。よく分からん。ハンナ。命令だ。どうにかしろ」


 マテウス様の苦り切ったような顔にハンナは息を飲んだ。よく分からないが、どうにかしなければならないらしい。


「分かりました」

「では、三日後でいい。ここを撤収して、イザベラと共に村に来い」

「はい」

「では、行け」

「失礼します」


 ハンナは一礼をして、その場を立ち去った。


【27】


 空には一面の星々が輝く。


 イザベラが休息しているというテントを見つけた。そっと声をかけてみる。


「イザベラ?」


 返事はない。中に入ってみた。

 赤い髪を散らしながら、地面に伏せっていた。もう一度、声をかけてみる。


「イザベラ?」

「来ないで! 出ていって!」


 鋭い声とともに嗚咽が聞こえてくる。

 なるほど、訳がわからない。


「イザベラ、何か変な事されなかった?」


 沈黙。

 さてどうしようかと思っていると、やや遅れて、言葉が返ってきた。


「多少、縛られて、殴られた、だけ。それ以外は、ない」


 嗚咽混じりではあるが、本人の口から無事を聞けた。これだけでも収穫だ。


「良かった。てっきり、おか」

「良くない! ……もう、いいでしょ! 出ていって!」


 これは困った。

 マテウス様から、どうにかしろと命令されているのだ。ここまで取り付くシマもないと、どうすればいいのか。

 ハンナが頭を悩ませていると、アンナが声を掛けてきた。


 あたしなら、どうにかなるかもしれないー。見た感じ、心を閉ざしているよ。代わってもいいかなー。


 ハンナは首を縦に振り、アンナに体を明け渡すように念じた。

 頭の中でパチンと切り替わる音が鳴り、霞がかかったような感覚になった。


「ふぅー。」


 体の主導権を得たアンナは、イザベラの心を解く手順を考える。

 彼女からの要求は「出ていって」だ。まず、取り付くシマはそこにある。


「イザベラ、ちょっといいかな。どうして、出ていって欲しいの?」


 そう言いながら、ゆっくり近寄る。彼女隣で膝をつけ、髪にそっと触れた。


「触らないで!」


 イザベラが起き上がり、アンナの手を鋭く振り払った。顔を見ると、泣いていた痕跡がある。

 アンナはその顔を見つめながら、もう一度、繰り返す。


「どうして、出ていって欲しいのかな?」


 イザベラは眉を八の字にして、目を伏せた。ぼそぼそと微かな声で囁く。


「どうして……。どうして、貴女なの……。」

「何のこと?」


 少し沈黙。アンナは黙って待つ。

 イザベラは唐突に顔を上げ、睨みつけてきた。開き直ったように言い放つ。


「私は、貴女のことが憎い」


 突然、敵意をぶつけられた。

 しかし、アンナには分かっていたことだ。表情を変えずに真っ直ぐに受け止める。そして、言葉を促す。


「知ってるよ。それで、どうして憎いの?」


 イザベラは驚き、今度は悲しい顔をした。唇を噛んで、下を向く。


「……貴女が、私より無能だからよ」


 アンナは何も言わない。じっとイザベラの目を見つめる。

 その視線に当てられ、まるで堰を切ったようにイザベラが心情を吐露しはじめた。


「貴女は、わがままで怠け者。とてもご主人様の役に立ってるとは思えなかった。なのに貴女が一番で、私は二番。納得がいかなかった。だからハンナを捨てて、それがダメならせめて順位を入れ替えてとお願いしたことすらある」


 ハンナが心の中で衝撃を受けていた。


「ただ、最近になって、貴女は少しは働くようになった。だけど、ノロマだし、失敗するし、時々、ボーとするし。私一人でやった方がよっぽど早い。それでも、一緒にやったのは、ご主人様にそう言われてたから」


 ああ、この女もか、とアンナは思った。

 イザベラの奉仕の気持ちは、一見純粋に見える。


 だが違う。


 この女は奉仕に対して、自分の期待する見返りを求めているのだ。それもかなり強欲な見返りを。

 さらに、その奉仕も自分の考える尺度で、本当に相手を慮っていると言い難い。

 そして、なかなか思い通りにならない苛立ちを、嫉妬という形でハンナにぶつけている。


「でも、今回の戦いでは、私が役に立たなかった……。これでは、ご主人様に合わせる顔がない。捨てられるかもしれない……。」


 再び、シクシクと泣き出し、顔を伏せて横になってしまった。もう、語ることはなさそうだ。


 さて、どうしようか。


 イザベラがとても嫉妬しているのはわかった。そして、今まで平然としていられたのは、自分が役に立っているという自負があったからだろう。

 しかし、今度の戦いで、自分より無能だと思っていた相手に遅れを取ってしまった。自分の拠り所が根元から崩壊してしまったのだろう。


 彼女を治す方法はいくつかある。

 一つは、アンナというネタばらしをすることだ。だが、あまりやりたくない。それに根本的な解決にならない。

 もう一つは、壊れた価値観を組み直す方法。ただ、時間はかかる。


 まずは不安を取り除く。


「捨てられるはずはないよ。マテウス様がイザベラを助けたんだもん。それはイザベラが大切な人という証拠だよ」


 アンナは、言葉が彼女の頭に染み渡るのを待った。


「イザベラを助けた理由を、他に思い当たる?」

「……。ないわ」


 イザベラは、頭が良い。

 頭が良い人間は、物事に対し、常に何かを考える。だから、誘導する。


「それにさっき、マテウス様に、イザベラを助けてやってくれと言われたの。愛されてる証拠じゃない?」

「……」


 不安を和らげる証拠をさらに積み上げる。


「それに、頑張ったご褒美に三日間の休みをもらえるってさ。村に行くのは三日後でいいって言われたよ」

「……」

「イザベラはこのテントを一人で使ってたんでしょ? 今まで、部屋やテントを独り占めなんて話は、なかったよ?」

「……」


 イザベラの様子を見る。不安が取れてきたようだ。

 説得は次の段階へ進む。


「マテウス様が、イザベラに期待しているのはもっと別のことじゃないかな」

「別のこと……」

「イザベラは、仕事ができれば、それが奉仕だと思ってない?」

「……。仕事のできない奴隷はいらない……」

「でも、あたしがいるよ?」

「あっ……」

「だからマテウス様は、仕事のできるできないで、必要不要を決めてないよ。多少は関係するかもしれないけど。」


 軽く指摘するだけで、本人でも直ぐに気がついた。ただ、激しい思い込みで目が曇っていただけなんだろう。


「じゃあ、私は……」

「そう、マテウス様はむしろ、心配していたよ。だから、今一番の奉仕は、イザベラが元気な姿を見せることだと思うよ」

「でも……」

「マテウス様に会ったら、まず顔をよく見て。いつも平然としてらっしゃると思うけど、よく見ると感情がわかるから」

「……」

「三日後、一緒に村に行きましょう。じゃあ、あたしは向こうに行ってるね」


 後は本人の中で、情報を整理する時間を与えなければならない。

 アンナは、そっとテントから出た。周りに誰もいないのを確認して、ハンナに語りかける。


「ハンナ、しばらく彼女に会いに行っちゃダメだよ。」


 アンナはハンナに体を返した。


【28】


「ハンナ様、ちょっと来て頂けますか?」


 午前の雑務を終えたハンナは、木の根元に座り、のんびりと魔力の回復に努めていた。秋の陽光が気持ちいい。

 声の主は分かっている。助けられてから、やたら絡んでくる奴隷の冒険者だ。

 正直、鬱陶しい。


「なんだ。用がないのなら、話しかけるな」


 奴隷は、反乱の相談をしないよう、無闇に話し合いをしてはいけないことになっている。ハンナは、どちらかと言えば支配する側だが。

 しかし、多少、気が緩んでいた。


「いいえ、これは必要なことです」


 結局、ハンナは渋々と付いていく。

 案内された先には、グツグツと湯気を立てている鍋がいくつもあった。ご丁寧にも、倒木で作られた即席の椅子で囲っている。その周辺では、奴隷たちが世話しなく準備を進めていた。


「これはなんだ?」

「宴会です」

「は?」


 奴隷の冒険者に向き直ってしまった。


「久しぶりに、鹿を狩れましたので。祝勝会も兼ねて、宴会を開くことにしました。」


 ハンナは、このような祝勝会を開かせる気はあまりない。しかし、アンナが面白そうだと凄く喜んでいる。強く否定できそうになかった。


「宴会は認めるが、あたしは参加しない」


 アンナが、心の中で嘆き始めた。「鬼ー、悪魔ー」などと喚いている。

 あまり、本気の感情が伝わって来ないのは、半分冗談だからのようだ。


「そうですか……。残念です」


 うな垂れる冒険者。ハンナは宴会場に背を向け、立ち去ろうとした。


 ぐうぅぅぅ。


「……」

「……」


 アンナが心の中でニヤニヤとしている。

 ハンナの顔が赤く染まっていく。お腹をさする。

 いや、お腹はそんなに空いていないはずだ。ここで鳴るのはおかしい。

 そうだ。

 これはアンナの仕業に違いない。

 原理はわからないが、そうに違いない。

 そう、決めつけた。


「鹿鍋は、美味しいですよ」


 ハンナは、どう切り替えせばいいのかわからなかった。アンナはこの場合は敵だ。役に立たない。

 なんとか、ギクシャクと振り向いた。


「そ、そうだな」


 冒険者もニヤニヤとしていた。

 ここは支配者として、堂々たる態度を示さなければならない。バカにされるなど、以ての外だ。


「溢れ出る肉汁」

「そ、それが?」

「噛めば、歯ごたえのある肉」

「そ、そうか」

「舌に乗せるとトローリと」

「ふ、ふむ」

「匂いも香ばしく」

「な、なるほど」

「体がポカポカと温まる」

「ふむ!」

「こぉんなに美味しいのに」

「むっ」

「ハンナ様が参加されないのは、残念で仕方がありません……。勿体無いので、皆で食べ尽くしてしまいます」

「むむむっ」


 ハンナは、鹿鍋がとても美味しい食べ物のように思えてきた。そんな美味しいものを、奴隷たちで独り占めするなど許されない。


「やっぱり、参加する!」

「ハンナ様なら、そう言ってくれると思いました。ささっ、どうぞ」


 ハンナは案内されて、一番中心の席に座らされた。

 鍋には、鹿肉と、山菜、茸などが木串で刺した状態でグツグツと煮えていた。

 目の前に金属製の皿が置かれる。


「どうぞ、食べてみて下さい」


 鍋から肉の串を取り出して、横から噛み付き、串から抜いて咀嚼する。

 肉のほとんどが赤身で、淡白とした味だったが、なかなかに美味しい。


「鹿肉は、思ったより癖がないな」

「でしょう。下拵えが重要なんです」


 準備が終えた者たちから、段々と集まってきた。各々が思い思いに座り始める。


「この山菜は何だ」

「今、手にしているのはワラビですね。」


 串にさせない山菜は、二本の串で挟み、両側を蔓のようなモノで巻きつけてあった。あまり手を汚さずに食べられるように工夫されている。


「こういうのもいいな」


 もしゃもしゃと噛み切っていく。

 ハンナは普段は村から持ってきたジャーキーやスープを主食としていた。冒険者たちがどんなものを食べているかなどはあまり関心はなかった。だから、山菜を食べるのもこれが初めてだ。


「この茸はなんだ」

「それは、ベニテングダケです。お酒のように酔える茸です」

「酒……」


 ハンナは酒を飲んだことはない。酔う気はあまりないので、鍋の端に寄せてどかした。


「お味の方は、どうですか?」


 準備が終えた三人組の残りの二人がやって来て、ハンナに話し掛けてきた。


「うむ、なかなか美味い」

「沢山ありますからね。夜の分もありますから、どんどん食べて下さい」


 そう言いながら、向かいの席に座り、鍋に手を出す。


「お前は、料理人だったのか?」

「そうでもないですが、こういう山菜料理は得意でしてね」


 初めの一人が、横から口を出してきた。


「おい、ルー。酒はまだか」

「料理酒ぐらいしかないよ。茸で我慢して」


 会話に今まで参加してなかった残りの男が、声を上げた。


「あー、そういえば名前を覚えてもらう約束があったじゃないか。それとキス!」


 ハンナは嫌なことを思い出した。よく考えれば、アンナが勝手にやったことだ。心の中で苦情を言う。

 それに、何が悲しくて使い捨ての一山幾らの奴隷の名前を覚えなければならないのだ。


「お前らの名前なんて、覚える気はないぞ」


 最初の男が、その答えを予期していたようで、狼狽えることもなく言う。


「それでは、勝手に自己紹介しますので。俺はユリアン。その鹿を仕留め、解体したのは俺です。戦場では弓を主に使ってました。」

「僕はルートガー。料理が得意です。戦闘では、後方部隊でカートを引いてました。ハンナ様が追撃を叩く為に、乗っていたカートを引いていたのが僕です」


 ハンナは思い出した。確か、敵の風の魔術師を撃ち落とす時、カートの操舵手にあれこれ指示を飛ばしていた。あれがこいつか。


「俺は、エトヴィン。今回、俺が山菜を取ってきた。戦闘では前衛をやっていた。シロの世話係の一人でもある」


 一度に言われても分からない。ハンナは聞き流した。

 すると、アンナが何か言ってきている。


 名前を覚えにくいときは、顔や能力の特徴であだ名をつければいいんだよ。


 ハンナは無視しようとしたが、アンナが強く主張してくるので、折れた。

 何と言っても、耳を塞ぐ事すらできないのだ。


「はいはい。じゃあ、お前が鹿を仕留めたから『鹿男』。お前の料理は美味いから、『料理人』。お前はシロの世話役だから『竜僕』な」


 ハンナは一人一人指差しながら、投げやりにあだ名をつけた。

 意外にも、男どもは馬鹿笑いした。

 お互いに「おい、鹿男」だの「うるせえぞ、竜僕」だの「料理人は黙ってろ」とか言い合っていた。


 全く理解できない。

 会話から外れされたハンナは、鍋から鹿肉の串を取り出して、口に入れた。


【29】


 ハンナは急に手持ち無沙汰になった。

 元々、話す内容などはあまり無い。


 最初は何度か向こうから話し掛けてきた。

 しかし、受け答えに詰まっていると、やがて遠慮しはじめたのか、向こうもネタが尽きたのか、段々と声をかけられなくなった。

 この場を立ち去ることも考えたが、皆が楽しんでいる時に一人でいるのも少し辛い。また、イザベラは今、話し掛けられるような状態でもない。


 そして、ついに手を出してしまった。

 ベニテングダケと呼ばれた酔う茸に。


 恐る恐る食べてみると、他とは違う不思議な味だった。かなり美味い。

 ついつい、次の茸にも手を出す。

 美味い。


 もう一本。


 たまらん。


 もう一本。


 癖になりそう。


 もう一本。


「お、おい。食べ過ぎじゃないか」

「何がー?」


 『鹿男』が焦ったような顔でハンナの顔を見つめてくる。

 そんなに顔を見られると恥ずかしい。困る。あたしにはご主人様がいるの。


「大丈夫だろ。毒抜きはきちんとしてある。」

「ちょっと待ってー、毒ってなあにー。」


 ふわふわとして気分か良い。

 肌が敏感になる。服がこすれて、少し辛い。裸になったら少し楽になるだろうか。

 ハンナは唐突に服を脱ぎだした。


「うわー、止めろ!」


 三人が慌てて、ハンナを止めに入る。


「キャハハハハ、くすぐったー。」


 ハンナは必死に抵抗した。

 男たちは、手を掴み、服を脱がせないようにする。

 ジタバタともがく。

 しかし、急に表情がなくなり、どこも見ていない目をするようになった。


「あ、ご主人様だ。このハンナを、ご主人様の好きにしてください。」


 どうやら、幻覚が見えてきたようだ。やっと大人しくなった。しかし、よだれをだらだらと流し、明らかに男を誘ってる仕草をする。

 『鹿男』たちはごくりと生唾を飲んだ。


「おい……」

「やめておけ。仮にも上司だぞ。しかも、彼女のご主人様にばれてみろ。故郷ごと消されかねんぞ」

「それもそうだな」

「だが、これ、どうするんだ」

「テントの中で、寝かしつけるしかないだろう」


 グテンとなっているハンナは、肩と足を担ぎ上げられて、テントの中に運ばれて行った。


【30】


 ハンナがテントに運び込まれてから数刻。


 辺りは暗くなり、焚き火で暖と明かりをとりながらも宴会は続いていた。

 男たちは残った鍋の汁をチビチビ飲みながら話を続けていた。〈酔い茸〉の煮出し汁で程よく酔える。


「最初の頃はどうなるかと思ったけどな」

「そうだな。奴隷の首輪があるから逃げられないしな」


 『竜僕』が汁を一気に飲み込み、吐き捨てるように言った。


「俺はあの魔術師はともかく、小娘の下につくのが気に入らなかった」

「ん、どうしてだ?」

「あれは、冒険者C級だぞ。俺はでかい〈依頼(クエスト)〉でヤツを一度だけ見た。ほとんど化け物だ。小娘の方は寵愛だけで、あの地位についたと思ってたんだ。」

「そんなもんかね。俺は気にしなかったが。亜人をまともに見るのは初めてだったし。むしろ興味があったな」


 一瞬、会話が止まる。

 そして、『竜僕』と『料理人』が顔を見合わせた。


「……ユリアン、お前はあんな年下が好みなのか。さてはあのキスで惚れたな?」


 『鹿男』は慌てた。


「ば、ばか言え! そんなんじゃない!」

「ふーん」


 二人はそれ以上の追求は避けた。既に答えを言っているに等しいから。

 『鹿男』は強引に話を逸らす。


「そ、そうだ、ルーはどうやってここに連れてこられたんだ。」

「あー、僕は元料理人志望でね。でも僕の作った料理で食中毒が出たんだ。それでなんとか免許剥奪は免れたんだけど、やっぱり汚名は拭えない。で、諦めて村に帰ろうとしたら、その馬車に乗り合わせた商人の口車に乗せられてね。何時の間にかここにいた。」


 『鹿男』と『竜僕』は口に運ぼうとした煮汁のコップを、慌てて元に戻した。


「おい……」

「今、思えば、その商人が奴隷商人だったんだろうね。気がつくべきだったな。明らかに東方の訛りがあったことに」


 『料理人』のずれた回答に『竜僕』は眉間にシワを寄せる。


「いや、そういうことでなくてだな。この鍋は大丈夫か?」

「誰も腹痛は訴えていないから、大丈夫だと思う。それに当たっても死なないよ」

「おーい?」


 しかし今頃、言われたところで既に手遅れだ。二人は諦めて煮汁を口にする。

 その時、雑談をしている三人の背後からジャリ、と近づいてくる気配がした。

 何気なく、三人は後ろを振り向く。


 ハンナだった。


 慌てて三人は席を座り直した。先ほどの会話には聞かれては困る内容も含まれている。

 全てを聞かれていたかどうかわからないが、『鹿男』は慌てて立ち上がり、誤魔化そうとした。


「ハンナ様、ご気分は大丈夫ですか?」


 それをハンナは手で制する。

 さらに『鹿男』の肩を叩いて、倒木に座らせた。先ほどとは気配が完全に違う。19歳の小娘のような若々しさがない。

 

「今の話をよく聞きたいな。特に君たちがここに来た辺りの話を。」


 一瞬、別人かと思ったが、その顔は確かにハンナだ。しかも、話を聞かれていたようだ。まずい予感が頭をよぎった。


「そんなに警戒しなくていいよ。あたしはハンナじゃない。彼女は完全に寝てる。」


 三人は完全に戸惑った。

 多重人格というやつなのだろうか。


「えーと、じゃあ、誰なんですか?」

「あたしはエリー。エリノール=アーレルスマイヤという。」

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