【38】19歳ハンナ、街道を封鎖する(2)
【13】
ハンナ、理解した?
「アンナの考えてるのを聞いたから、分かるけど、本当に行けるの?」
村の中には、民は居ても兵はいないと思う。事前との情報に、多少の人数の差はあっても、村の中に配置する余裕はなさそう。
「あったら?」
少数なら蹴散らせばいい。多数なら柵や壁を背にして耐え忍ぶ。他は、もっと分が悪いよ。
「うえー。」
まだ、戦況が崩壊していないから、動く時はもう少し後。まだ耐えてね。
「あ、うん。」
敵の防風壕は既に半分まで来ている。ここまで辿り着いたら、何をされるか分からない。〈竜巻〉なら中のニンゲンもいぶり出せるけど、魔法の切り替えと竜巻の相殺がある。
ハンナはこのままでいいのだろうかとジリジリと焦りを感じる。イザベラの方はどうなってるのだろう。敵に動きがない以上、持ちこたえているはずだ。
【14】
イザベラはギリギリの戦いをしていた。
〈火の精霊〉は扱いが難しい。敵を焼き殺すには最適な属性ではあるが、足止めには向いていない。
まず、体内に住む〈火の精霊〉に魔力を注ぎ込んで〈火球〉を作り、周囲の木々に火を点けた。生みだした〈火の精霊〉を束ね上げて、中位、上位の精霊を降霊させる。
「〈火の上位精霊〉よ、大地に穴を開けたまえ!」
火が空中一点で濃縮される。赤から白、それを青白い炎へ変色していく。それを敵の前に近くに叩き込んだ。
地面は爆発し、ドロドロと溶け出す。
しかし、事前に意図を察した敵が、分厚い〈水の壁〉を前線に広範囲に形成。攻撃を防がれた。その分の衝撃の余波が、イザベラに襲いかかる。
彼女は足が宙を浮いて、薙ぎ倒された。一瞬、肺から空気が吐き出され、息が止まる。大地にぶつけた背中が痛い。
イザベラは苦戦の中、思い出す。
自分はご主人様の為に役に立たなくてはならない。それが存在理由だ。特にハンナより上だと認められなければならない。最近、ハンナはイザベラの下で、仕事を手伝うようになった。
正直に言えば、恍惚になった。そのぐらいの優越感だった。あのハンナが自分の下についている、と。
ご主人様には、全て見抜かれている事を薄々感じる。にも関わらず、色々任されている。
自分でも醜いと思う、この嫉妬や独占欲をご主人様は受け入れて下さっていると思うと、顔が緩むのを抑えられない。
そう思えば、今の戦いも、全く苦にならない。むしろ快感だ。どんどん魔力を使い込め。
敵は、地面にできたマグマ溜まりを迂回していた。本来なら余熱で焼き殺せる筈だが、その様子もない。
イザベラは爪を噛む。
火は、水と致命的に相性が悪い。射程はこちらの方が上のようだが、火を消されると魔法もままならなくなる。
かといって、どんな魔法も先ほどの〈水の壁〉に阻まれるし、単純な攻撃では打つ手がない。
イザベラは閃いた。
そうだ、こちらも相手の水源を断てばいい。相手の魔法の射程が届く範囲にある大量の水について考える。一般的には、山から流れる伏流水、もしくは木が内包する水だろう。
伏流水は手を出すのは難しい。水の〈妖精の子〉であるフローラなら〈水源探知〉してくれるだろうが、イザベラには無理だ。結局、周りの木を無くすので精一杯か。
「精霊よ、辺りの木を全て燃やせ!」
イザベラを中心に円状に、火が燃え広がる。早速、敵が水で消火に入ったが、火の回る勢いの方が速い。放火と消火の根比べ合戦となった。
【15】
前方の水の精霊との綱引きに必死になって、周囲の警戒を怠ってしまったらしい。
気がつけば、背後から怒声が聞こえた。
イザベラははっと振り向く。何時の間にか、約10の敵が直ぐ近くまで来ていた。大きく迂回して来たのだろうか。分からない。
はっきり言える事は、この奇襲によって自分は、絶望的な状況になったことだ。
逃げる?
失敗が恐ろしい。死ぬことより恐ろしい。足が動かない。
とにかく、火の操作を放棄する。直ぐに放てる〈火球〉を断続的に敵の集団に撃ち込む。しかし、先頭に立つ男が、その〈火球〉を斬って捨てた。その剣は魔法の光を放っている。
では後方からどうだ。
〈火球〉を集団の後方から投射しようとする。だが既に、精霊の操作に干渉できる距離まで近づかれていた。〈火球〉を作ろうとするが、急に反応しなくなった。
魔法が発動しない。
魔法が発動しない。
魔法が発動しない。
イザベラは焦る。
魔法妨害を跳ね除けなければ。
いや、それより前の敵を。
目の前に魔力を帯びた剣が迫る。
間に合わない。
唇が紫色になる。
ついに足が、勝手に動き出す。
一歩下がり、二歩下がる。
大きな石につまづいた。
頭から転ぶ。
目の前に剣の風圧がかかる。
運良くかわせたのか。
尻餅をついたまま敵を見上げる。
逆光でよく顔が見えない。
「このアマ、森を燃やしやがった!」
「今更、逃げるな!」
「殺せ!」
怒号の内容が聞こえてきた。その言葉に少し怯えてしまう。この先、どうなってしまうのだろう。応援はまだか。
応援はまだか。
応援は……
お……
……。
【16】
ハンナの焦りは、限界に達しつつある。
敵がもうすぐそこまで来ている。これ以上近づかれると魔法では対応出来ない。背後にいる伏兵も不気味だ。
ん。ついに敵さんが動き出した。そろそろだねー。
「だから、どうしてわかるの。」
えー。勘かな?
「アンナが、たまに恐ろしく感じることがあるよ。あたしと同じものを見て、感じてるんだよね?」
うん。ハンナとは、一心同体だよー。
多分、過去の経験から似たような状況を思い出して、引き出してるんじゃないかなー?
自覚はないけど。
「そうなの。アンナ、頼りにしてるよ。それで、どう動けばいいの?」
まずは魔法を解除したら、〈飛翔〉で大きく迂回して、正面の奴隷冒険者達の所に向かうの。〈飛翔〉は飛行中に、魔法操作の妨害を受けると墜落死するからね。気をつけてね。
さあ、急いで。
「〈風の中位精霊〉よ。空を舞う風の衣となりて、我を援護しろ!」
そして低空飛行で、その場を離れる。
魔法管理範囲から離れた〈逆風〉の魔法は魔力源を絶たれ、間もなく消滅した。
「シロちゃんは大丈夫かなあ。」
木々の合間を縫って滑空する。
魔法の風で、バサバサと周りの木の葉が揺れる。風の音が耳に心地よい。
あの子は賢いから大丈夫。いざとなったら、逃げる翼もあるよ。
「そうだね。あ、見えてきたよ。」
木々の隙間から、戦場がチラリと見え隠れする。どうやら乱戦になっているようだ。
これは状況が良くない。数で劣るのだから、ますます勝てない。援護も難しい。細かい打ち分けの出来ない上級魔法でなく、下級魔法で敵を撃ちぬくしかない。
味方の側の後ろに着地をして、撤退の指示。敵と味方を分離しましょう。
「あ、うん。」
水平飛行から垂直へ。林から突き抜けた。葉と枝を突き破る音を聞いて、敵も味方も、ポカンと見上げる。
ハンナは大きく弧を描いて、戦場の後方に着陸。〈風の精霊〉を送還し、ふんわりと地面に足をつける。
周囲に吹き荒れていた風が止むと〈治癒士〉や〈水の精霊使い〉といった魔術師や後方部隊が駆け寄ってきた。
「撤退する! 下がれ! 遅れた者は見捨てる! 伝達しろ! 急げ!」
急な命令に慌てた冒険者達は連絡を回す。徐々に前線が下がり始める。
その一方で、ハンナは街道を避けて少しずつ前に進む。
地面の土を、雑草ごとブチ抜く。そして空にばらまく。
「〈風の精霊〉よ。敵の眉間に土を撃ちこめ!」
見える範囲の敵に片っ端から、土を込めた〈空気銃〉を叩き込む。
攻撃力はないに等しいが、追いかけくる敵の目くらましぐらいにはなるかもしれない。
後ろから〈水球〉の援護射撃が来た。目が眩んだ敵に対して、小さな水球が当たる。まだ良い水源を掘り当てられていなかったようだ。威力が弱い。
しかし、一握りの土よりは〈空気銃〉の核としては相応しいだろう。
「水の魔術師、水球をこちらに回せ! 風の魔力を受け入れろ、加速させる!」
ハンナは〈水球〉の周りに風を起こし、押し込め、圧力をかける。〈水球〉は〈水銃〉となり、先ほどとは段違いの速さと威力と化す。
水の弾丸が敵の腕、顔、体を弾く。水飛沫が後方に弾き飛ぶ。拳で殴ったぐらいの威力は出てるだろう。顔に当たれば首が跳ね上がった。
気がつけば、ハンナより前に味方は居なくなっていた。これで次の命令が出来る。
「左翼はそのまま下がれ! 右翼はその位置を堅持! 右にズレるぞ!」
地と風の魔術師が来ると、厄介だからね。もし来る気配が来たら教えてあげる。
ハンナは返事は返さなかったが、軽く首肯した。風の魔術師は、直接操作を妨害したり魔法を打ち消してくる。地の魔術師は極めると、風と水に対して打ち破る能力が強い。
敵は適材適所で戦力を振り分けて来たのだ。恐らく、魔法に詳しくて頭の良い軍師がついている。やり辛い。
動きに変化が起きた。
敵の後方から矢がヒュンヒュンと上空に飛び上がった。敵と味方が分離したから同士討ちの心配がなくなったと考えたのだろう。
だが、敵の上空にたゆたう〈矢避け〉の風の上級魔法はまだ生かしてある。矢があらぬ方向へ飛ぶはずだ。ハンナはそう思った。
しかし矢の雨が、そのまま降ってくる。
油断していた何人かが射抜かれて、重傷を負う。思わずハンナは叫んだ。
「そんな! 上位精霊の妨害なんて生半可な魔術師には無理なはず!」
ハンナ、落ち着いて。
確か風の付与魔法に、矢の命中率を上げる魔法があったと思うけど。妨害でなくて、矢の保護ならどう?
ハンナは一寸考えた。アンナはその考えを読み取る。風の扱いに関してはハンナの方が詳しい。
「……ありったけの魔力を込めれば、突き抜けてくるかもしれない。」
じゃあ、多分それかな。風の魔術師がこっちに来たんだ。魔力を強化すれば防げる?
「これ以上は強化出来ないよ。できるけど、魔力が持たない。」
それなら、いっそ〈矢避け〉を打ち切って、地表に魔力を振り分けて、矢を打つ余裕をなくすのはどう?
「……それで行く。」
第二弾、第三弾の矢が味方陣に降り注ぐ。もはや油断はしない。味方は盾や、木の板を上空に掲げ、矢を防ぐ。
防げない防護魔法に意味はない。
「〈風の上位精霊〉よ! 上空の矢避けをやめ、我らの足を補助したまえ!」
味方全員の足に風の属性付与がかかる。隊全体の機動力が上がる。これで逃げる準備が出来た。
「〈風の中位精霊〉よ、我の声を風に乗せて、響き渡るようにせよ!」
ハンナの声が大きくなったように感じられた。これで隊全体に、細かい迅速な指示を飛ばせるようになった。
「このまま、右前方のイザベラの所に向かって合流する! 全員、敵に背を向けて走れ!」
ハンナは〈風の声〉を使って、自分の声を風に乗せる。命令が浸透し、全員が全力で走り出した。前衛からはガチャガチャと音が鳴り、後方からはカラカラとカートの音が響く。
「〈風の下級精霊〉よ! ありったけの風球を作れ!」
ハンナは、周囲上空に約50つの風球を形成させた。そして、目の前に補給兵が走ってくる。急いで駆け寄って、補給隊のカートの上に飛び乗る。
「このまま、走って!」
揺れるカートの上で、左手でカートの淵を掴んで立ち上がった。このまま隊のしんがりで、風球をばら撒く。
敵の矢が降ってくる。
自分より後ろに行きそうな矢だけ、風球で撃ち抜く。なかなか当たらない。
敵の兵が走ってくる。
その足元に加速した風球を投げる。地面と接触した途端に破裂。敵は足をもつれて
転げ回り、後方へと消えていく。
少しでも余裕ができれば〈風球〉を補充する。
やがて矢が降ってこなくなった。風の魔法の補助を受けても、初期位置から矢が届かなくなったのだろう。
ハンナは右腕を真っ直ぐ伸ばして、標準を合わせる。左から〈風球〉を連射。右に到達すれば折り返してまた連射。
転ばない敵がいる。
顔と両胸に三点射。吹き飛ばした。
盾で風圧を受け止める敵がいる。
軌道を曲げて後ろで破裂させる。前にのめり込んで転げ、後方へ消えていった。
全て片付けたと思って一息つこうとした。その時、腹に爆風を受ける。ハンナはうずくまった。
見上げれば、上空に男が一人浮きながら、こちらを狙っている。
風の魔術師だ。
魔法を妨害出来ない距離から〈風球〉を撃ち込んできた。目の前で破裂する。爆風が顔に当たる。仰け反った。危うく手を離すところだった。
手を離せば、カートから転げ落ちてしまう。そうなれば、終わりだ。
ハンナは反撃する。
風球を五連射。三つはかわされ、二つは〈飛翔〉の風で跳ね返された。
再び敵が撃ち返してくる。
カートの淵を掴んでいる左手を、狙ってきた。左腕が爆風で煽られ、段々と握力がなくなっていく。右手に切り替えた。
代わりに左手で標準を合わせる。
〈風球〉の三連射。当たらない。残りの弾35つ。
「アンナ、あれ、どうしよう。」
アンナには珍しく、返事が遅かった。この状況はあまり良くないのか。
うーん、〈風球〉で無理なら〈竜巻〉はどうだろ。巻き込めば墜落するんじゃないかな。
ハンナは〈風球〉で牽制し続ける。残りの風球は32つ。
「〈竜巻〉は溜めが必要な分、移動中は無理。それと距離が近過ぎる。竜巻は遠々距離用の魔法なの。」
うーん。
それなら、カートに積み込んである物資で、風球の核に使えそうなものはないかなー。
「今はちょっと、そっちに目を向ける余裕はないね。箱を開ける余裕もなさそう。」
今度は右手を狙われる。これをハンナは三つの風球で相殺した。残り29つ。
んー。
カートを急停止させて、距離を縮まったところを魔法妨害したらどうだろう。
作戦をイメージでハンナに送る。
「お、いいね。それで行こう。」
早速、ハンナは魔法妨害の準備を始める。〈風の声〉でカートを運んでいる補給兵にだけ聞こえるように囁く。
「合図をしたら、一度急停止するんだ。物資については気にするな。分かったら、二回、振ってくれ。」
カートが、街道の地面との振動とは別に二回大きく振れた。ハンナはゆっくりとカートの奥側に背をつけて座る。
「今だ!」
カート内の箱が奥側に滑る。ハンナは滑ってきた箱を、足で止める。カートの車輪が滑り、尻が宙を浮き、空を向く。
敵の魔術師は一歩反応が遅れた。魔法妨害の射程圏内に入る。ハンナは、右手で魔術師にピントを合わせる。狙いを定め、全力で敵の〈飛翔〉を妨害した。
「〈風の中位精霊〉よ、あの風を乱せ!」
風の循環が崩れる。浮力を維持できない。敵の魔術師は墜落した。そして地面に叩きつけられ、二、三度跳ねる。さらに石畳を滑り、目の前で止まった。
首の骨が折れていた。
ハンナは無言で敵の死体を見つめる。
「……よし、いいぞ。走れ。追跡は全て振り切った。」
カートは、カラカラと再び走り出す。
【17】
ハンナは敵を振り切り、前方に目を向ける。
森林が全て焼けていた。
大地に穴があいていた。
煙が点々とたなびいていた。
街道が途中で溶けてなくなっていた。
全て、イザベラの戦闘を物語っていた。アンナが絶句する。ハンナがカートから飛び降りると、一人の男が駆け寄ってきた。
「イザベラ様がいません。」
奴隷の冒険者から報告が上がる。ハンナは、意外にも衝撃を受けた自分に驚いた。
アンナがそれを察して慰める。
殺されてない。
きっと殺されてないよ。捕まっただけ。向こうは、何がなんでも情報を欲しがってた。幹部級をそう簡単に殺す筈はないよ。それに〈妖精の子〉は向こうにとって、利用価値が高い。生きてさえいれば、取り戻せるよ。
ハンナは沈黙する。
心の中で、複雑な感情が吹き荒れた。
アンナは翻弄された。やがて、自意識が保つのが難しくなり、奥に引っ込んでしまう。
「ハンナ様?」
アンナによる冷静思考の補正が途切れ、心の底から様々な感情が溢れてきた。勝手に涙が溢れる。その場にへたり込んだ。
「もう、ダメかもしれない。どうしたらいいのかわかんない……。」
報告した奴隷の冒険者は、困り顔になった。考える事を放棄させられた奴隷たちは、指示を受けないと何をしたらいいのか分からない。
だから、その場に立ち尽くした。
回りの冒険者たちもじっと、ハンナの顔を見つめる。ハンナは顔を俯かせ、手で顔をゴシゴシこするのみ。そんな周りの様子に気がつきもしない。
遠くから音が聞こえてくる。
振り切った筈の敵本陣と、イザベラと戦った分隊が、取り囲むように近づいてきている。既に見える位置まで迫ってきている。
「こりゃ、ダメかな……。」
ハンナだけでなく、冒険者たちにも諦観が芽生えてきた。段々と諦めが場を支配する。座り込んだ者もいる。武器を投げ捨てた者すら居た。
ハンナはその時、不思議な体験をした。
全身の皮膚の裏表がベロリとひっくり返る感覚。脳の奥で何かがプチンと切れる音。喉の奥がカッと熱くなる。
そして、全く体が言う事を聞かなくなった。
何これ。
その一言すら口に出せなかった。
「自分の殻に閉じこもっちゃダメだよ。あの娘もそうだった。」
口が勝手に動き出す。自分はそんな言葉を喋っていない。ハンナは混乱した。
「ハンナ様?」
「いや、こっちの話。」
アンナはすっと立ち上がり、顔を手で拭った。目がやや腫れぼったいが、支障はない。
「お前たち、まだ諦めるのは速いッ、武器を拾えッ、足に力は入るかッ、立ち上がれッ!」
アンナは今まで使った事もないような腹の底から声を張り上げた。よく響き渡る。彼女の突然の変化に驚いた冒険者たちは、飛び上がった。
「ハンナはそこでじっとしてくれていい。後はあたしが全てやる。」
アンナの言葉に、ハンナは全てを察した。人格の主従が入れ替わったのだ。
「このまま、村の堀と柵まで向かう。各自走れ!」
イザベラの作った穴を避けて、再び走り出した。アンナは走りながら、補給隊に話しかける。魔法の補助のお陰で、それほど速度を落とさずに会話できる。
「長い〈編み縄〉はある?」
「はっ、はっ、あります。」
「何本?」
「はっ、はっ、20本程度かと。」
「15本でいいわ。辿り着いたら直ぐに取り出せるようにして。」
「はっ、はっ、はい。分かりました。」
「それと、鉄釘もあったら、よろしく。」
「はっ、はっ、修復用があります。」
アンナは、その言葉を聞いて満足な顔をした。やや速度を落とし、そのままカートと並走。ふんわりと飛び乗った。
「ちょっと邪魔するね。」
カートを引く補給兵に、優しく声をかけながら魔法の詠唱に入った。
「〈風の中位精霊〉よ、〈風の声〉をやめ〈飛翔〉を我が身に宿せ!」
風の影響をできるだけ抑えるように配慮する。カートから飛び降りながら、魔法を詠唱を終えた。地面に転がる前に、浮力を得てそのまま離陸する。
激しい風がアンナの周囲を満たした。そのまま上空に飛翔する。
旋回しながら高度を上げていく。仲間の付与を切らさない、ぎりぎりの高度を維持しながら、眼下を見渡して状況を確認する。
明らかに追い詰められている。殆ど包囲され、味方陣営の行く先も、行き止まりだ。これではいけない。
道なき道を切り開く。
アンナは心に決め、村の方面へと下降していく。目的は堀の内側にある監視台だ。
敵は平地戦を選択した。防衛隊が居ても数人だろう。味方が村の縁にたどり着くまでに、無力化しなくてはならない。
ハンナが心の中で話しかけてきた。
アンナ、諦めてごめん。あたしが悪かった。
「気にしないで。これは、あたしの為でもある。お礼はいらないよ。ハンナとは一心同体だからね。」
うん。
ようやく、監視台が見える位置まで近づいてきた。
今更、ないとは思うが、監視員が風の魔術師だった場合、アンナは反撃されると墜落して即死する。
妨害や反撃の余裕を与えないうちに、倒さなければならない。
目標を定めた。
風を弱める。
ジワリと自由落下が始まる。
直滑降。
垂直から水平へ。
弧を描き、最大速度に達する。
アンナは歯をくいしばった。
慣性で体が下に引っ張られる。
肋骨が軋む。
頭から血が抜ける。
意識が霞む。
耐えきった。
目の前に監視塔が迫る。
目標を発見。
敵に目掛けて、突撃。
敵の頭を掠めるように通過。
次の瞬間、猛烈な風が監視台が襲う。
監視員は風に煽られ、吹き飛んだ。監視台から落下する。
その後、バキリと音を立てて、監視台に設置してあった矢や盾が宙にばらまかれた。
アンナはそのまま上空に飛翔し、突撃した結果を見る。
監視台は半壊し、もはや用をなしていない。やはりというか、敵の侵入に気がついたらしい。村の中が慌ただしくなった。
後、奇襲できてせいぜい数回。それまでに危険な監視台を破壊する。
アンナは次の監視台を標的に定め、自由落下を始めた。
【18】
いくつかの監視台を破壊したアンナは、味方が堀に到着したのを確認して、早めに切り上げる。
そして急いで戻った。
「皆、準備は出来た?」
「出来ましたけど、何をするんですか?」
「矢に〈編み縄〉をつけて、あの監視台を狙うの。それであたしがその縄を監視台の根元に縛り付けるから、皆、村の中に侵入して!」
残る冒険者30人の内、弓の心得のある者に弓を持たせ、縄を縛った矢で監視台を狙う。
「今から、忍び込むから合図を待ってね。それと補給隊さん、それと鉄釘を下さいな。」
「はい、これがそうです。」
小さな木箱が渡される。中には真新しい銀色に光る太い鉄釘が入っていた。アンナはそれを懐にしまう。
「カートは持っていけませんので、できるだけ全員に持たせ、余った分はどこか物陰に隠して下さい。足りない分は村の食糧を強奪します。」
「はい、分かりました。」
アンナは〈飛翔〉を唱え、浮上する。そして既に上半分を破壊してある監視台の上に向かう。
着地した。辺りを見回す。
周りにまだ戦闘員がいないのを確認して、合図を送る。
縄のついた矢が15本、宙を舞った。
すかさず、アンナは地面に落ちた矢を拾いに行き、監視台の足に硬く縛り始めた。
背後から声がした。
一度作業を中断し、懐から箱を取り出す。鉄釘を一掴みしながら、精霊に囁くように命令する。
「〈風の下位精霊〉よ。風球を作れ。」
アンナの周りに15つの風球が作られる。そして鉄釘を風球の中に投げ入れた。
ヒュンヒュンと音を立てながら、釘がくるくると回転を始める。やがてコマのように、釘が直立し、高速で回旋を始める。
そして物陰に隠れながら気配を伺う。
二人組がでかい盾と捕縛縄を持って、真っ直ぐこっちに近づいてくる。迷いなく来るということは、完全にばれているようだ。
嫌な予感がする。
完全にこちらの位置がばれている。あの二人組は声を出していた。この二つが意味する事は。
あの二人は、陽動だ。
アンナは〈飛翔〉し、半壊した監視台に登る。上から見れば丸見えだ。先ほどの位置からはわからなかった。やはり背後にもう一組居た。
「精霊よ、背後の二人を撃ち抜け!」
命令と共に6発、発射された。回転しながら発射された鉄釘はぶれる事なく、胸元に吸い込まれる。
既に来る事がわかっていた敵は、盾を掲げる。しなし、盾を貫通し、胸骨を叩き割り、その裏の心臓の中枢部にめり込んだ。
二人は何が起こったのか、わからない内に意識を刈り取られた。残弾9本。
身を翻し、前方の敵を見る。ちょうど捕縛縄を投げるところだった。縄の先に重りがついているので、風で弾きにくい。全身を巻かれるとどうしようもなくなるので、左腕を犠牲にして突き出す。
絡まった左腕が引っ張られる。体重差があり、踏ん張る事ができない。慌てずに懐から短剣を取り出す。
ズルズル、監視台の縁まで引きずられる。この状態で落ちたら、ただではすまない高さだ。
その前に、短剣で二本の捕縛縄を切り落とした。勢い余って尻餅をつく。パラリと左腕の縄を払い落とす。
下を覗き込むと、二人組が逃げようとしていた。その背中に向けて8本の〈釘弾〉を撃ち込んだ。敵は悲鳴をあげる間もなく、前に倒れた。
辺りを見回してから、しばらくは大丈夫だろうと、監視台から飛び降りる。受け身を取って、すぐに立ち上がった。
間もなく、縄を結ぶ作業を完遂させた。
今のうちに〈釘弾〉を補充する。現在25発。監視台に再び登り、味方に合図を送る。
合図を見た味方たちは、縄一本につき2人がしがみつき、堀に向かって飛び込んだ。大きな弧を描いて堀の壁に張り付く。そのままよじ登り始めた。
後ろを見ると、すぐ背後にまで敵の軍は迫っていた。間に合った。
「〈風の上位精霊〉よ。〈機動力増加〉をやめ、この辺り一帯に〈矢避け〉を施したまえ。」
これで無防備な味方の背中を撃ち殺されることはないはずだ。風の魔術師がいない限り。
先ほど殺した魔術師が、最初で最後と思いたい。




