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名もなき魔術師の一生  作者: きゅえる
【2章】
34/106

【37】19歳ハンナ、街道を封鎖する

【1】


「準備は整った。街道を封鎖する。」


 マテウスは厳かに宣言した。

 会議室と名付けられた談話室に、緊張の糸がピンと張り詰められる。


「という事で、撤収の準備を始める。ゲルタは証拠隠滅。フローラは斥候。イザベラは物資の積込み。ハンナは獣の管理をやれ。」

「はい。」 


 全員が慌ただしく動き出す。村は騒然となった。

 その中でハンナは厩舎に向かう。道すがら、誰も居ないのを確認して独り言を呟く。


「ねえ、あんた。」


 ……うん?


「本当にまだ、名前が思い出せないの?」


 思い出せないねー。何かきっかけがあれば、と思うんだけどー。


 ハンナが、自分の中に住む人格を認識して数ヶ月。いつも話し相手になってくれるので、一人になった時は出来るだけ話し掛けることにしていた。

 夜中に何かをしているようだが、悪意はなさそうなので、特に追求することはしない。


「いつまでも『あんた』じゃ話しづらいから、やっぱり名前をつけるよ。性別は?」


 女……いや男だった気がする。自信ない。


「なにそれ。」


 女としての記憶と、男としての記憶が両方あるみたい。もしかしたら色々な人の中を渡り歩いて来たのかもー。


「そうなの。じゃあ、女性名でいいよね。んー。あたしの名前を一文字変えて、アンナでどう?」


 いいと思うよー。


「うん、しっくりくる。今度ともよろしく。アンナ。」


 よろしくー。ハンナ。


 ハンナは厩舎にたどり着いた。居並ぶ馬の合間を縫って、最奥の竜の仔のところに向かう。

 竜の仔は食欲旺盛だった。産まれてからずっと一日七回は餌を要求し、どんどん成長した。今では数倍の大きさになり、馬とほぼ同じ大きさだ。


「シロ、シロ。元気してたー?」


 産まれたての頃、鱗は薄緑のような色だった。しかし、大きくなるにつれて白くなったので、ハンナが「シロ」と命名した。


「ギャオウ、ギャオウ。」


 シロが嬉しそうに吼えた。賢い子だ。ハンナは肩の部分を叩く。シロは首を曲げ下ろし、ハンナを見る。


「今日は引っ越しするんだよ。ちょっとそのままでいてね。」


 ハンナは鞍と頭絡(とうらく)を取り出して、シロに取り付ける。頭絡とは、ハミから手綱まで一揃いに繋がった操縦用の馬具のことである。シロ用に改良してある。


 柵を外し、外へ連れ出す。シロは二本の足を器用に動かして、ハンナについていく。


 シロはリンドヴルム種と呼ばれる〈翼竜(ワイバーン)〉だ。二本足で地を歩き、成長すれば空を駆ける。

 だがまだ幼く、うまく飛べない。ようやく人を乗せるのには慣れてきたが、乗りながら飛ぶのは自殺行為だ。


「まだ、少し時間あるから、山に行って狩りしてきなさい。」


 そう言って、ハンナは頭絡を手放した。

シロは、バサバサと翼を広げて助走する。やがて宙に浮き、よたよたと山の方に飛んで行った。

 シロの餌は昆虫を卒業し、今や鹿や羊である。


 後は馬を馬車に繋げて〈鳥妖女(ハーピー)〉に足枷を嵌めて積み込めば、出発の準備は整う。また、道中に食す餌も出来る限り載せていく。


【2】


「準備出来ました。」


 イザベラが、マテウスに報告する。

斥候のフローラによれば、目的の〈駅〉に常駐している敵の冒険者は20程。周囲から来る応援は100前後だろうとのこと。


「ならば、こことここから、兵を連れて来るぞ。フローラ、ゲルタ。先行して村を回れ。」

「はい。」


 マテウスが、地図を指差しながら指示を飛ばす。

 今この村にいる仲間は50程度なので、近くの味方の村から100程合流することになった。彼らは、封鎖されたフルスベルグから少しずつ抜け出してきた冒険者達である。


「ハンナ。先に目的地に行って、魔物達を潜ませろ。先ずは魔物で撹乱する。」

「はい。」

「竜は使えるか?」

「えっと、人を乗せることはできますが、空は飛べません。」

「……そうか。」


 マテウスは視線を地図に戻す。


「イザベラ。ハンナと共にこの地点に陣を張れ。襲撃は迅速に終わらせるから、適当でいい。」

「はい。」


 彼は、地図を丸め、イザベラに押し付けながら宣言する。


「じゃあ、出発だ。」


【3】


 ハンナは馬車に揺られている。


 馬車の中は足枷の嵌められた〈鳥妖女〉しかいない。彼女達は余り知恵がなく、会話が成立しない。

 シロは馬車の後ろを歩いていた。ハンナの部下の奴隷冒険者が操縦している。


 ハンナがウトウトしていると、アンナが話し掛けてきた。


 さっきのご主人様に対する受け答えだけどー、ちょっと間違ってなかった?


「わっ。アンナ、起きてたの?」


 ハンナはびっくりした。アンナから話し掛けてくることなど珍しい。いや、それ以前に作戦説明中にアンナを呼び出してないはず。


「何のこと?」


 竜が使えるか、って問いに竜の状態を説明してたよね。シロはニンゲンを食い殺せるから、地上でなら使えますって答えれば良かったんだと思うよー。ご主人様、微妙に言葉に詰まってらしたし。


「あー、うん。」


 ハンナは少しうんざりした。細かいこと指摘されても困る。


 あ、ゴメン。でも、ご主人様に正確に説明しないと、実際の戦闘で困ることもあるかもしれない。


「そうね。わかった。」


 アンナの漠然とした不安を感じた。分からないことでもないので、素直に受け取っておく。相手とは、感情や思考の一部を共有している。ここで、口喧嘩しても不毛だ。


「じゃあ、あたしは寝る。寝てる間に変なことしちゃ駄目よ?」


 安心して。何もしないから。


 ハンナの頭がコテンと馬車の縁に寄り掛かり、スゥスゥと寝息を立て始めた。


 二台の馬車が、ギリギリ通れる位の未舗装の道をカタカタとゆっくり進んでいく。


【4】


 エリーは目覚めた。


 ハンナが完全に寝れば、エリーの自我が蘇るようだ。先ほどの会話を思い出す。自分ではない自分が会話する記憶があるのは何だか不思議だ。


「アンナ、ねえ。」


 ハンナは、アンナと名付けたエリーに対して、親近感を覚えているようだ。正直言ってエリーも、ハンナやマテウスに対して憎めなくなってしまった。

 いずれはフルスベルグに戻る予定ではある。だが、今、どっちの味方につくかと問われると、答えられる自信がない。

 これではいけないと思うのだが、どうしようもない。少女時代のように、なるようになるさと開き直った。


 それより、アンナの記憶の中で見逃せない情報が二つあった。今のうちに整理しなければならない。


 一つ目は、エリー、というかアンナがハンナの許可を得ずに表に出られるようになったことである。

 これは良い傾向である。

 きっかけは、一度ハンナが戯れに、マテウスとの行為中にアンナを呼び出したことだ。


 あの時は、頭が真っ白になって、何もわからなくなる程、気持ちよ……いやいや。

 あの男、驚くほど手技がうま……いやいや。

 できれば、今夜にでももう一度……いやいや。


 エリーは、猛烈に思考が逸らされる。手を使いたい衝動に駆られた。

 首をブンブンと振って、馬車の床に頭をガンガンとぶつける。なんとか気を正常に保つことができた。何事かと驚いた〈鳥妖女〉がギャアギャアと喚き立てる。


 二つ目の事を考えよう。


 ハンナに性別を聞かれて、どちらかと言えば男だと答えた点だ。つまり、エリーの人格はかなり魔術師に侵食されているということになる。

 しかし、女と自覚してしまうとハンナに引きずられて、マテウス側についてしまう可能性が高い。男として自覚するとモニカ側につくことになる。

 実際、モニカとハインツをくっつけようと画策した事を後悔し始めているエリーがいる。魔術師は余程、恋愛について不器用だったらしい。170年前にやってしまった事をまた繰り返すとは。

 しかし、エリーの人格としては、モニカを守りたい。それには、男としての自覚を育てる必要がある。


 だから、どちらかと言えば男という気持ちは歓迎すべき。

 だが、今の拠り所である、モニカに対する友情を捨てる事になる。


 エリーはしばらく悩む。頭の中の天秤は左右に揺れる。そして出た結論。


「まあ、いいか。」


 あれこれ悩むのは性にあわない。

 結果を出してからまた考えることにしよう。


 エリーは一欠伸をして、眠りに着いた。


【5】


 馬車に揺られ数日。

 ようやく目的地についた。


 ハンナは、目的の〈駅〉を眼下に見降ろせる小山の中腹にいる。

 これから攻略する村の事を考えた。

 村の名前には興味ない。そんな事はイザベラに任せれば済むことだ。

 あれこれ考えていると、アンナが何か言いたそうにしていた。が、奥に引っ込んでしまった。


 イザベラが溜め息をつきながら、ハンナに話し掛けてきた。理由はわからない。


「分かっているとは思うけど、まずは〈鳥妖女〉に上空から襲撃させるのよ。それで敵が対空迎撃の準備ができた頃に突撃するの。じゃあ、足枷を外して。」

「あ、うん。」


 何となく分かった。


 ハンナは〈鳥妖女〉の足枷を全て外した。きちんと調教を受けているお陰で、襲ってくる様子もない。

 鳥笛を胸から取り出して、吹く。


「お前たち! あの村を襲え!」


 襲撃を命令する合図を送る。ハンナの意図を察した魔物達は、飛び立ち、村の上空に飛んでいった。


 やがて、村の上空から急降下。村民を襲う様子が見えた。


「じゃあ、地上部隊も合図を待て。」


 イザベラは、背後のおよそ50匹の奴隷冒険者たちに指示を飛ばす。奴隷特有の無気力な返事が返ってくる。


「じゃあ、ハンナも魔法かけなさいよ?」

「あ、うん。」


 イザベラに言われて、ハンナも召喚の準備に入る。

 イザベラの体から赤い光が立ち昇る。ゆらゆらと彼女の綺麗な赤髪が揺れる。

 ハンナの体からも淡白い光が溢れ出る。


「〈火の上位精霊(ローゲ)〉よ。悪戯好きの神よ。我、汝の心意を知る者。悪戯の心意を彼の者に伝えたまえ。」

「〈風の上位精霊(ヴィンダールヴ)〉よ。自由奔放の神よ。我、汝の心意を知る者。自由の心意を彼の者に伝えたまえ。」


 上位精霊は気位が高い。先ずはお互い気が合う存在であることを示さなければならない。故に長い会話が要求される。

 精霊たちにお願いしたことは、奴隷冒険者50匹の全ての武器と防具に属性付与を施すこと。

 赤い光と白い光が一部隊を包み込んだ。遠くから見えたかもしれないが、今は〈鳥妖女〉が襲撃中だ。気がついたところでもう遅い。


「では、行け!」


 イザベラの命令と共に、冒険者たちが坂を下って行った。


【6】


 冒険者たちを見送った後。

 イザベラが、気だるげにハンナに話し掛ける。先ほどの魔法で、魔力がそこそこ消費した。


「私はここで設営の準備をするけど。ハンナ、貴女はどうするの。」

「んー、どうしようかな。シロの世話でもしようかな。」


 ハンナに与えられた仕事は、全て終わっている。やる事がない。かと言ってシロの世話も今のところ、やる事がない。手持ち無沙汰だ。


 やる事がないなら、戦場に行きたいなー。


「おきょっ!」


 脳内で、突然声が聞こえた。変な声をあげてしまう。

 驚いたイザベラが、怪訝な顔をしている。ハンナは笑って誤魔化した。


「あたしも攻めてみようかな。」

「そう。怪我しないでね。貴女だけの体じゃないから。」

「あ、うん。」


 イザベラに見送られながらも、慌ててハンナも坂を降りていく。

 そして周りに誰も居ない事を確認してから、ヒソヒソとアンナに話し掛ける。心臓の音がうるさい。


「アンナったら、ったくもう。びっくりするじゃない。」


 ゴメン。でも、体動かしたくてさ。剣を握ってみたいじゃない。


「でも、あたしは剣なんて使えないよ。短剣は持ってるけど。」


 じゃあ、どうやって戦うのさー。


「あたしは魔法専門だもん。野蛮なことしないもん。」


 え、何しに坂を降りてきたの?


「えー、勢いで?」


 ……。


「あれ、アンナ?」


 いや、な、何でもないよー。何て返したらいいかわからなくなったの。


「ふーん? 変なの。」


 じゃあ、魔法でいいから、戦いに参加して体を動かそうよ。


「アンナがそう言うなら、やってみる。暇だし。」


【7】


 ハンナは〈駅〉の村門前に辿り着く。


 門の周りには即席の空堀と柵があり、容易に侵入することは出来なさそうだ。だから、正面突破しようとしているらしい。門を挟んで矢が飛び交っていた。

 時折、村から魔法が飛んでくる。


「んー。数は優ってるんだけどなー。」


 奴隷冒険者さん達、やる気なさそう。


「奴隷だし。あたしたちと違って、あまり思想調整を受けてもらってないみたい。」


 そうなの。でも、このままだと制圧できるにしても、ちょっと被害が大きくなるんじゃない?


「ニンゲンが死んだってどうでもいいよ。ここの奴隷も元敵側なんだし。また補充すればいいんだよ。明日にでも応援が来るでしょ。」


 アンナは、ハンナのニンゲンに対する憎悪を感じた。感情の共有により同調する。


 うーん。まあ、そうなんだけど。

 今、大事なのはここの制圧なんだから、余力は残した方がいいんじゃないかな。


「アンナがそう言うなら。じゃあ、どうすればいいと思う?」


 そろそろ〈鳥妖女〉の効果が無くなってきてるように感じる。呼び戻そう。


「あ、うん。」


 ハンナは胸から鳥笛を取り出して吹く。甲高い音が鳴り響いた。

 村の中から数匹の〈鳥妖女〉がフラフラと飛び上がり、本陣の方に飛び立って行った。ハンナは見えなくなるまで見送った。


「次はどうしよ。」


 あの門を破壊出来ればいいと思う。何かいい方法があればいいのだけど。


「風の魔法は、破壊に向いてないよ。イザベラなら遠隔操作で焼きつくせるけど。」


 うーん。


 ハンナは腕組みをしながら、アンナと共にあれこれ悩んだ。しかしさっぱり良い案は出てこない。


 風の魔法で出来る事って何があるの?


「んー。〈風球〉〈浮遊〉〈飛翔〉〈暴風〉〈逆風〉〈大砲〉……。今思いつくのはこれくらいかなあ。」


 大砲ってどんなの?


「物や魔法を撃ち出す魔法だよ。多少なら軌道も変えられる。」


 それなら、破壊槌をあの門に撃ち出したら破れないかな。


「破壊槌かあ。ちょっと魔力消費が激しくなりそう。あたし立っていられるかな?」


 シロに運んでもらうのはどうかな。


「あー、うん。シロなら奴隷より信用出来そう。」


 ハンナは、今度は竜笛の方を胸から取り出して吹く。音はしない。高すぎて、並の生き物には聞こえないからだ。

 そして、近くの奴隷に向かって指示を飛ばしに行く。


「今すぐ破壊槌を用意しろ! お前、お前と、お前だ!」


 回復の為に下がってた数人の奴隷たちは突然の命令に飛び上がった。

 指差された奴隷達はお互いに顔を見合わせる。そして斧を受け取って、近くの手頃な木に向かう。

 やがて、辺りにスコーン、スコーンと小気味良い音が鳴り響く。間もなく、敵側も何をしているかに気がつくだろう。


 ハンナは、破壊鎚が出来るのを待つ。

 手頃な巨石に腰掛けながら、ぼーと門前の攻防を眺めていた。徐々に敵の矢と魔法の弾幕が薄くなっているのを感じる。矢は備蓄切れで、魔法は術者の息切れだろう。

 このまま、放っておいても落とせそうではある。


 そのうちに変化が起きた。


 門前の土手がグズグズと崩れ落ちた。余り出た土で門を半分隠す。破壊鎚を使わせない為に、門裏から地形を変化させたのだろう。あれでは、自分たちも簡単には出られない。完全に籠城する態勢に入ったようだ。


「あちゃ、対策されちゃった。あれだと破壊鎚、通らないかも。」


 堀と柵を破った方が楽かもねー。


「地の魔法だったら、ゲルタちゃんだけど、応援と同時に後で来るんだよね。あー、困った。」


 全く、困ってないような口調だ。

 その時、後方からバサバサと翼が風を切る音がした。白い〈翼竜(リンドヴルム)〉が近くに舞い降りる。強風に煽られ、ハンナの服がバサバサとはためいた。目に砂が入らないように、手でひさしを作り、片目を瞑る。


「シロ!」


 ハンナは駆け寄って、肩を叩いて労う。シロは、ギャオウギャオウと甘えた声を出した。


「ごめんね。呼び出しておいてなんだけど、出番ないかも。」

「ギャウ?」


 未だ上空には矢が飛び交っている。それに日も暮れてきた。飛ぶのは危険だ。


「撤収の準備をしろ!」


 これで最後と言わんばかりに弓隊が残りの矢を放つ。補給隊がカートを引いてきて、物資を回収する。切り出した木は破壊鎚に加工し切れていない。そのまま放置することにする。


 監視はつけた方がいいよ。三箇所ぐらい。何か起きたら、狼煙を上げてもらうように。


 アンナの提案そのままに、一番功績の少なそうな冒険者9匹に指示を飛ばす。

 一通り命令し終えた後、ハンナ達は帰途についた。


【8】


「ただいま。」

「おかえり。夕食、出来ているよ。」


 設営の終えたイザベラは優しく声を掛けてきた。

 この数ヶ月、アンナの助言でイザベラと話をしたり、手伝ったら、徐々に打ち解けてきた。

 アンナの言った通りだった。結構、感謝している。


「美味しそう。」


 焚き火を挟んで、イザベラの向かいに座る。地面に突き刺してある串焼きに手を出す。


「どうだったの?」

「門を魔法でガチガチに固められてたね。攻め落とすのに、時間掛かるかも。」


 イザベラは眉をひそめた。もそもそと食べていた串焼きから口を離す。


「無理に攻め落とす必要はないわよ?」

「え、なんで?」


 攻め落とすと、敵の増援が引き揚げてしまうから。

「敵の応援が諦めたら、面倒でしょ。」


 ハンナは、アンナとイザベラから同時にツッコミを受けた。

 え、じゃあ。


「あたしが攻めに行ったのは……。」


 無駄だったね。

「無駄ね。」


 ハンナは、肩を落としてがっくりした。それでも、手に持った串焼きは手放さず、もそもそと食べる。


 え、だってやる気なかったから、その辺のこと、分かってたと思ったのに。


 アンナの発言が小憎らしい。ハンナは返事も返さずに、ガブリと串焼きに噛み付いた。


「明日からは、敵の応援が来るまでノラリクラリと戦ってくれればいいわ。フローラ達が来てから本番よ。」

「あ、うん。」


 部下の冒険者達も、各々の簡易テントで携帯食を食す。やがて、夜が更けてハンナ達は毛布を被り、眠りについた。


【9】


 数日間、お互いにやる気のない戦闘が続いた。

 そしてついに狼煙が上がる。


「ふあ、おはよう、イザベラ。」

「ハンナ、おはよう。ついに向こうの応援が来たようよ。」

「ああ、本当だ。狼煙が上がってる。」


 今は秋の季節だ。山間の朝特有の、薄く広がる霧の向こうに、薄っすらと狼煙が上がっているのが見えた。


「今回は、私も行くよ。」

「あ、うん。」


 イザベラが出発の身支度をしている。のそのそと冒険者達もテントから這い出した。やがて、準備が終わる。


「さあ、出発しなさい!」


【10】


 ハンナは、イザベラと共に、門前に辿り着いた。


 昨日と比べて、変化があった。

 門前の土手が正常に戻り、門前には、ズラリと敵の兵士が並んでいる。その数、およそ150。

 こちらは、徹夜した監視用の冒険者達と、負傷した〈鳥妖女〉を本陣に置いてきたので、戦力は40程度しか居ない。


「これ、マズイんじゃないの?」


 ハンナは、ひしひしと伝わる威圧感に泣けてきた。普通にぶつかれば全滅の可能性が高い。


「ハンナ。私たちの役目はあそこに敵を押し留める事。勝つなんて思っちゃ駄目。」

「うー、分かったけど。どうすればいいの。」

「三面から包囲するの。」

「こっちが包囲されちゃう数よ。」

「左側面から貴女が、右側面から私が魔法で抑え込むの。正面は兵の中にシロが入ってもらう。もちろん後ろに〈治癒士(ヒーラー)〉をつくから、シロが怪我しても大丈夫なはずよ。」


 うえーとハンナは嫌そうな返事を返す。大魔法の連発は心身ともに辛い。生贄があれば、話は別だが。


「奴隷を何人か、使っちゃ駄目?」

「今日は駄目。予定では、今日の夕方に皆来る事になっている。何らかの事情があって遅れるようなら仕方ないね。」


 イザベラは話を切り上げる。それから全員に向かって指示を飛ばす。声を張り上げた。


「聞け! 我ら二人で側面を抑える。お前らは正面から突撃しろ! 負傷したら、直ぐに下がれ! 弓矢は置いていけ! 出来るだけ長い武器を持っていけ!」


 イザベラの演説を聞き流しながら、ハンナは竜笛を使う。シロを呼び寄せて、指示する。


「あのニンゲン達は食べちゃ駄目だからね。向こうのニンゲン達を食べるんだよ。」

「ギャオウ。」


 本当にこの子は賢い。一緒に空を飛べるようになったら、どんなに気持ち良いだろう。


【11】


 突撃した。


 ハンナは、矢が届くか届かないかの距離から〈風の上位精霊〉を召喚する。


「精霊よ! 上空に飛び交う矢を全て弾け!」


 早速、敵が矢を射ってくる。しかし矢はあらぬ方向へ飛んでいった。これで、矢は全て無効だ。

 また、混戦になると、魔法は使えない。射程の問題もあるし、魔法は生き物のそばを通るたびに少しずつ、打ち消される。

 故に後は近接戦となる。

 後は、ハンナ個人に飛んでくる魔法と矢の水平撃ちを抑えつければいい。


「風よ。巻け、巻け、巻け! 渦を巻け。巻き上がれ。跳ねろ。飛べ!」


 魔力節約の為、少しずつ風の渦を作る。やがて、天高く伸び上がり〈竜巻(トルネード)〉に成長した。

 ハンナは手をくるくると巻いて、さらに同じような竜巻を5本、周囲に侍らせた。


 雄叫びが聞こえる。

 敵が向かってくる。


 3本、投げつけた。

 目に見えない暴風が、敵を巻き込む。


 いくつかの敵の体が鎧ごとフワリと浮き、天高く跳ね飛ばされた。やがて、空から降ってきたニンゲンは、地面に叩きつけられた。また、いくつかは他の兵士を下敷きにした。どれも手足首が変な方向に曲がり、ピクリともしない。

 間もなく、敵の生命力に中和されて竜巻は消滅した。

 敵側に動揺が走るが、直ぐに立ち直り、突撃してくる。


 ニンゲンども、さっさと諦めろ。


 すかさず、1本の竜巻を作り貯め、2本を敵の前線を左右から舐めるように飛ばす。ところが急激に竜巻の威力が弱まっていく。

 敵にも、〈風の中位精霊〉が使える魔術師がいるらしい。逆回転の竜巻をぶつけられ、相殺された。


 作戦を変える。


「上空の風よ。降りろ、降りろ、舞い降りろ!」


 〈下降気流(ダウンバースト)〉させて気圧を高める。周囲の温度が下がり、湿り気を帯びる。鼓膜がピンと張り、耳鳴りがする。

 貯めた空気を前方に向かって、放射状に押し出した。


 ハンナの放った〈逆風〉によって、敵は一歩も前に進む事ができない。しかもこの魔法は、ハンナの周囲の風を操っているだけなので、中和されにくい。奥にいる魔術師まで届くだろう。

 何人かの敵が、踏ん張りきれなかった。後ろのニンゲンを巻き込んで、後方に吹き飛んで行く。

 これなら、倒せはしないが時間稼ぎはできるだろう。


【12】


 ハンナは、風の操作を続ける。

 朝から始まった戦闘は既に昼を迎えており、太陽が傾き始める。

 どうやら敵隊は〈逆風〉に対応してきたようで、ジリジリと近づいてくる。よく見ると、防風壕が作られている。〈地の精霊〉で壁を作っているのだろう。それだけではない。


 どうやら〈逆風〉を跳ね上げてるみたいだね。風の向きが上方にずれてる。どうする?


 ハンナの脳内で、アンナは冷静に呟く。


「これ以上の魔法を使ったら、夕方まで持たないよ。接近を許したら、逃げるしか。」


 そう。でも、ハンナ。落ち着いて聞いてほしいのだけど。


「なあに?」


 多分、伏兵がいる。でもまだ動かない。動くとしたらどこかが決壊した時かなあ。逃げ切れないと思うよ。


「え、何でわかるの?」


 勘かな。それと臭い。


「本当?」


 多分。きっかけはこの地形かな。街道が大きく曲がっていて、伏兵を仕掛けるには丁度いい。決定的なのは、後ろから人と鉄の臭いをたまに感じるの。まだ、味方の増援が来る時間帯でもないし、何より一箇所に留まってるのが怪しい。


 ハンナは、スンスンと鼻を鳴らす。

「んー、わかんない。」


 上空からじゃなくて、背側からも風を吸い込んでみて。臭いがわかると思う。


「精霊よ、後ろからも風を吸い込め!」


 背後の山の斜面にも〈下降気流〉が発生する。木々がゾワゾワと音を立てる。その音の中で確かにニンゲンの臭いを感じた。


「アンナ、どうしよう。」


 ハンナ、狼狽えないで。事態が動く前に考えましょう。


「うん、代わりに考えて。あたしは魔法の維持で精一杯。」


 わかった。少し待ってね。


 伏兵が、今の膠着状態ですら動かないということは、初めに予想した通り、撤退時に動き出すに違いない。数の差から言って、ぶつかればやがて撤退するだろうことは誰の目にもわかる。

 つまりこの後、逃げ道を塞いで何処かに追い込み、捕らえるか、殲滅するのだろう。

 それならば、敵の想定外の方向に逃げるしかない。しかし、この辺りの地形には詳しくない。小山が多いとはいえ、渓谷もあり、通れない場所もある。逃げる経路は数えるほどしかないに違いない。


 情報が足りなさすぎる。


 本陣に戻る道は、撤退と同時に追跡され、挟み撃ちされるだろう。

 別の逃げ道は伏兵がいるのと、地形がわからない事から無理がある。


 すると敵の裏をかくことができ、尚且つこちらが地形を把握している方向はたった一つ。


 それは村の中だ。


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