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名もなき魔術師の一生  作者: きゅえる
【2章】
33/106

【36】エリー、目覚める。

【1】


 エリーは目覚めた。


 今の状態を確認する。

 真夜中。ベッドの中で横になっていた。むくりと起き上がる。

 辺りを見回すと二人部屋らしい。暗くてよく見えないが、イザベラという赤髪の女がスヤスヤと穏やかな寝息を立てている。


 エリーが憑依しているハンナの記憶を呼び覚ます。どうやら、イェシュケという村らしい。この村を拠点にして、あちこちで破壊工作を行っているようだ。


「ん……。」


 ベットから降りる。腰がだるい。どうやらさっきまで、ご主人様とお楽しみだったようだ。その時の情景と欲情がまざまざと思い出される。

 エリーは息が荒くなった。

 気を鎮めようと、急いで窓を開けて乗り出した。夜風に当たり、寒気を感じる。落ち着いた。


「はあ、変な奴に憑依しちゃったなー。」


 ハンナの頭の中を探ると、ご主人様のことばかり。エリーも女だけあって、男に身を捧げたいという気持ちは理解できなくもないが、これは酷いと思う。


 とにかく、これからの作戦を考えよう。


 まずは、ハンナが起きている時でも、エリーが自覚できるようにならなくてはならない。

 その為には、この体が自分の物であるという自覚を持つことが重要らしい。その為には体をよく動かすと良いそうだ。

 まずは体の操縦を乗っ取るということか。


 エリーは考えを纏め、ベッドの脇にあったハンナの侍女服を身につける。そして、ゆっくりと扉を開け、外に出た。


 イェシュケの村は宿がある程度の大きめな村だった。

 空を見上げると満月だ。月明かりで周りの様子がよく見える。丁度、今は次の種を植えようかという所らしい。畑は耕した剥き出しの土で覆われている。


「そう言えば、刈り入れ時はよく手伝わされたなー。」


 一通り、村の中を見て回った。

 急に肌寒くなってきたので、宿に戻る。


「ヘックシ。」


 ゆっくりと入り口の扉を閉め、自分のベッドに戻ろうとする。


「ハンナ?」


 エリーは動きを止めた。そしてイザベラの方を見る。ハンナの性格はまだ掴みきれていない。どう受け答えすれば良いのか分からない。迷ったが、言葉を少なくして対応する。


「はい。」

「どうしたの?」

「眠れなくて、夜風に当たろうと思って。」

「あんなに、愛してもらえたのに?」


 イザベラの言葉に棘がある。ひょっとすると嫉妬しているのか。ハンナとしてどう答えるべきか。


「……ご主人様のなさることですから、あたしはただ受け入れるだけです。」


 彼女はキョトンとしている。上手く言ったつもりだが、変な所あったのだろうか。


「ハンナ?」

「あの、眠いのでまた明日。」


 返事を待たずにベッドの中に潜り込む。布団の中で着替える。ハンナにできるだけ気がつかれなくない。できる限り、元の状態に戻す。


【2】


「無理です。」


 エリーは気がついた。

 見れば、机の上に真っ黒でとても大きい卵が置かれている。マテウスと、自分含めて四人の侍女。さらに男が二人ほどいる。

 皆、思い思いに地べたに座ったり、壁に寄りかかったり、椅子に腰掛けている。意外に家庭的だ。

 会議中なのだろうか。外は明るい。


「他に誰かいないか。奴隷に任せるわけにもいかん。」


 ふと気がつけば、マテウスの視線がエリーの顔に突き刺さる。気づかれるはずもないのだが、心臓が早鐘のように速くなり、手に汗が滲む。

 気の小さい体に辟易としながらも、エリーは薄い笑みを浮かべた。


「えっと。すいません、聞いてませんでした。」

「だろうな。モノの見事に爆睡してたしな。」


 クスクスと笑いが零れる。嫌な感じだ。

 イザベラといい、ハンナという娘は嫌われているのだろうか。エリーは今後、動きづらくなっても困るので、彼らと仲良くならなければならない。


「ごめんなさい。もう一度、説明をお願いします。」

「ふむ? ではもう一度言おう。商人から竜の卵を買い付けてな。誰かに育てて貰おうかと思ったのだが、なかなか立候補がいないのだ。」


 竜の卵だと。

 エリーは驚いてしまった。確かに育てれば戦力にはなるが。


「育て方は分かるのですか?」

「簡単な説明書も貰ってある。ハンナ、お前、文字読めたな。やってみるか?」


 マテウスが困った顔をしている。戦力になると言われて、勢いで買ってしまったのだろう。意外に面白い男だ。ここで媚びを売っておくのも悪くない。


「分かりました。やってみます。」

「そうか。助かるぞ。」


 エリーは褒められることに慣れていない。少しドキドキしてしまった。この体は、本当に些細な事で過剰反応を示す。困ったモノだ。


「では、これで話は終わりだ。それぞれやるべきことをやれ。」


 これが最後の議題だったらしい。

 全員が思い思いに立ち上がって、部屋を出て行った。


 エリーは言われた通り、竜の卵を横に置いてあった専用の木箱に仕舞い、持ち帰ろうとした。


「ハンナ。どういうつもりなの?」


 イザベラだ。


「どういうって?」

「育てるの難しいのは分かってるでしょ。失敗したらご主人様にご迷惑がかかるのよ?」


 エリーは、イザベラの言葉の意味を考えた。

 嫉妬はあるが、ハンナが失敗して喜ぶほどねじ曲がってはいないようだ。この娘も優先順位は自分の事より、ご主人様なのだろう。


「分かってる。でも、ご主人様の困った顔を見たら、あたしがやらなくちゃって。そう思ったの。」


 これで言い返せないはず。

 実際、イザベラは複雑な顔をした。


「そう。そこまで分かってるなら、いいわ。」


 イザベラが立ち去ったのを確認して、エリーは竜の卵を持って部屋を出た。

 説明書を読みながら、村の厩舎に向かう。


【3】


 竜の卵はかなり高温を維持し続けなければならないらしい。藁や人肌程度では難しい。そこで桶にお湯をいれ、一刻毎に入れ替える作業をする。これは一人では無理だ。

 エリーはマテウスの所に向かった。


「奴隷を、三人ほどお借りしたいのですが。」


 快い返事が貰えた。エリーは、彼らに交代で監視と入れ替えをするように指示する。これでハンナに入れ替わっても大丈夫だろう。

 しばらく時間が余ったので、体を動かしながら、他の侍女に顔を合わせて、性格を把握しておきたい。

 確か、フローラとゲルタだったか。

 エリーは村中を探し回り、尋ね歩く。二人は修練場にいるとのこと。


【4】


 エリーは、そっと扉を開けて中に入る。


 屋根が付いているが、それなりに広く、下は砂で敷き詰められている。壁には、多種多様な木製の武器と防具が掛けられている。修練場はそんな建物だ。


 青髪のフローラと緑髪のゲルタが木刀で剣戟を交わしていた。見たことがない髪の毛だ。どうやって染めたのだろう。少し気になる。


「こんにちわー。」


 二人が模擬戦を止めた。木刀を剣立ての中に収め、エリーの方に駆け寄ってきた。


「あー、ハンナさん。こんにちわ。どうかしました?」

「こ、こんにちわ。」


 ?

 イザベラより好意的だ。


「二人がこちらで剣の練習していると聞いて見にきたんですが。」

「ええ、マテウス様に言われて、訓練をしています。」


 こちらは女戦士として育てるのか。確かに肉付きがよく、腕が太い。元戦士として心が踊る。


「あたしも少し、参加していいかな。」

「ええ、ハンナさんが?」

「あたしのことはハンナでいいよ。」

「じゃあ、ハンナ。交代でやりましょう。」


 エリーは久し振りに剣を振るった。

 ただ、体の大きさが違うのと、思った力が出ないのは歯痒かった。

 それでも良い汗をかいた。また今度来てみよう。


【5】


「ハンナ?」


 エリーは気がついた。

 気がつくと目の前にイザベラがいた。


「え、えーと。イザベラ。何?」

「またなの? しっかりしてよ。」


 気がつくと、目の前に周辺の地図が置かれている。何か、二人で計画を練っていたようだ。


「じゃあ、もう一度。敵の戦力は使い物になるものがおよそ5万。この内1万が寝返る準備出来ているの。貴女ならどう攻め落とす?」


 イザベラの言う敵とは、どう見てもフルスベルグの街の事だ。エリーには答えづらい。しかし、これは敵の状態を知る絶好の機会だ。話を合わせた。


「えっと、食糧はどうなってるのかな。」

「封じ込め作戦は失敗。王都との街道の封鎖をする前に向こうが動き出したから。それと、敵軍は北東の穀倉地帯に進軍中。」

「穀倉地帯に進軍中ということは、それでも食糧が足りないんじゃないかな。」

「そうね。その可能性は高い。今は必死に内部で足止めしてるけど、効果薄いわね。」

「なら、街道を封鎖したら、必死に進軍するんじゃないかな。隙だらけになると思う。」

「成る程ね。それは案3にしておきましょう。」


 しばらく、イザベラと作戦会議をした。話を聞いてわかった事だが、彼女一人でほとんどの事務を受け持っているらしい。話題は作戦の他、人事管理、奴隷管理、食糧管理、金銭管理、マテウスの予定管理などにも触れた。

 ハンナは一応、その手伝いということになっているが、あまり手伝ってはいないらしい。イザベラの嫉妬や棘のある発言はこの辺にあるかもしれない。全ての話し合いが終わり、二人は席を立つ。


 エリーはこういう雰囲気があまり好きではない。今度、手伝ってイザベラと腹を割って話してみよう。


【6】


「あんた、誰?」


 はっと気がついた。

 木の根元に座っていた。体は動かせない。ということは、ハンナは起きているのか。

 ついに、この日が来たのか。


「ついにって何よ。」


 驚いた。こちらの思考が筒抜けになってしまうらしい。


「そうなの。なら、あたしの質問に答えてくれるかしら。あんた、誰?」


 自分は誰だったか。ハンナと呼ばれていた気がする。


「それはあたしの名前。あんたの名前じゃない。」


 そうなのか。そうだった気がする。


「あんた、名前、ないの?」


 いや、ある筈だけど、何故か思い出せない。そういえば、君に言いたいことがあった気がする。


「何?」


 イザベラと仲良くするべき。


「なんで、あの人と仲良くしなくちゃいけないの。あの人、嫌い。」


 イザベラも君の事を嫌っている。


「そう、なら丁度良かった。」


 身近に自分を嫌っている人がいると、とても気分が悪いから、人間関係は治せるものは治した方がいい。


「わかんないわよ。あの人、勝手にブリブリ怒ってるんだもの。理由を聞いても、何でもないって言うしさ。」


 それは、言うのが恥ずかしいからだと思う。


「何で、そんな事がわかるの。」


 観察すれば、わかる。


「わかんないよ、そんなの。」


 イザベラは貴女に嫉妬している。夜伽の回数は貴女の方が多いはず。


「回数を減らせって? 嫌。あの人なんかより、あたしの方がずっとずっとマテウス様を愛しているもの。それにマテウス様から求めてくるの。断れないわ。」


 改善すべきはそこじゃない。


「どう言う事?」


 ハーレムにはきちんと順位が定められているはず。夜伽の数から言って、貴女が一位のはず。


「確かに、最初にそう言われたけど。」


 つまり、イザベラは貴女を上と認めていないという事。


「何それ。ご主人様が順位をつけたのだから、素直に従えっての。」


 ご主人様の命令には喜んで従っても、貴女の命令には喜んで従えないんじゃないの?


「そんな事、言われたってしょうがないじゃん。」


 つまり、イザベラより自分が必要不可欠の存在である事を彼女に示せばいい。一度じゃ認めないかもしれないから何度でも。


「それは夜伽の数で明らかにあたしが上のはずだけど。」


 そうでなくて。彼女の価値観の上で勝負しなければ。例えば、事務仕事。全部、彼女がやり繰りしてるらしいね。


「だって、しょうがないじゃん。あたしが手を出そうとすると、怒るから。」


 それは貴女に実力がないと思われているから。機会は与えられないなら、自分で掴みに行きなよ。


「掴みに行けって、具体的にどうすればいいの。」


 せっかく、竜の卵を育てる機会をもらったのだから、育ててみようよ。


「あー! 身に覚えのない仕事があるかと思ったら、やっぱりあんたの仕業か!」


 嫌なの?


「嫌だよ!」


 かなり不愉快な気持ちになった。

 さっきから、ご主人様の為にと言いながら、自分の事しか考えてない。


「ちょっと、何よ。それ。不愉快!」


 ごめんなさい。

 どうやら感情も伝播するらしい。

 竜の卵の世話係を立候補する時に、貴女のご主人様は、困っていらしたよ。誰も世話をしてくれる人がいなくて。ご主人様の為なら喜んでやるべきでは?


「そうなの?」


 竜を育てて、戦力にするみたいよ。これはご主人様の為の行動だよ。


「……それなら、やる。」


 ハンナの渋々という感情が伝わってきた。

 しかし、ここまで感情や考えが共有されると、本当に自我が消えてしまうかもしれない。少し恐ろしい。


「何それ。どういう事?」


 こうやって相談相手になれる時間に限りがあるってこと。しばらくすればどちらかが消える。

 今の時点では、名前を思い出せない方のあたしが消える事になるのかな。


「そうなの……。」


 ハンナは立ち上がった。


「竜の卵の様子を見に行ってみる。」


【7】


 エリーは目覚めた。

 夜中だ。夜の虫の声が聞こえる。

 木と石で組み立てられた天井がぼんやりと見える。


 暫く、何も考えずにぼーとしていたが、次の瞬間、心臓の鼓動が物凄い勢いで聞こえてきた。


 ハンナと会話する事には成功した。

 しかし、自分の名前が思い出せなかった。幸い、ハンナがエリーの事を別人格と認識していたお陰で自我は保てたが、今から思えば恐ろしい話だ。


 今夜はイザベラの日のようだ。赤髪の彼女が隣のベッドにいない。安心して、日課となった夜の散歩に出かける。

 空を見上げると、月が少し欠けている。それでも歩きやすい。冷たい空気を吸いながら、考え事をする。


 やはり、自分に危険を感じた以上、今の内に、自分のやりたい事をやっておくべきだと感じた。つまり、モニカに手紙を出す。

 便箋については、恐らくイザベラが使っている執務室にあると思われる。一通、失敬しよう。

 問題は、どうやって出すか、だ。フルスベルグの中にも、仲間がいると言っていた。手紙の内容はそんなに難しくないだろう。モニカとエリーにしか通用しない文はいくらでも思いつく。

 ただ、イェシュケの村は、フルスベルグに反旗を翻している。検閲は当然のこと、まともにこの村から手紙を出して届くかどうか。

 イザベラの話によると、反旗を翻した村々で商人達が流通し合っているという。そのお陰で、フルスベルグから金融制度の引き上げをされてもなんとかなっているようだ。

 一般の手紙は大抵、商人や農民の往き来のついでに運ばれる。人の交通がないとなると難しいかもしれない。

 つまり、ここから最短の距離で、フルスベルグ側の村に行き、手紙とお礼の品を持って村民にお願いしなくてはならない。

 それを、誰にも気づかれないように一夜で。


 馬?


 ダメだ。馬の世話人に気づかれる。やはり魔法しかない。

 瞬間移動みたいな魔法がないか、名もなき魔術師の記憶を探ってみた。


 ……。


 あるにはあったが、生贄が必要で、しかも転送先と転送元に細工が必要らしい。隠密行動には向いていない。

 では、代わりに高速機動の魔法はどうか。


 ……。


 二つあった。一つは〈風の精霊(シルフェ)〉を体内に取り込む事。しかし、体に相当な負荷がかかるそうだ。却下。

 もう一つは〈風の中位精霊(エアリアル)〉の〈飛翔〉を使う事。これなら大丈夫そうだ。

 エリーは試しに召喚してみた。


「〈風の中位精霊〉よ。我が求めに応じ、ここに集え。」


 その時、体に異変が起きた。慌てて両手を見つめる。


「え、え?」


 手が、風の精霊の色で輝いている。その色は髪の毛と同じだ。髪の毛を引っ張って、見てみる。特に強い光が出ていた。


「これは?」


 モニカが魔法を使っているのは何度も見たが、このような現象は見た事がない。名もなき魔術師の記憶でも、このような現象は分からないようだ。どうしよう。


 ……そうだ。


 確か、中位精霊からは自我があったはずだ。曖昧な命令にも応じてくれる。


「精霊、この現象を説明して。」


 説明によると、精霊と親和性の高い相手に召喚された時に起きる現象だそうだ。そして、ハンナは人間ではないそうだ。


 後天的な〈妖精の子(エルフ)〉。


 綺麗な白の髪の色は、風の精霊の子であることを示す。慌てて耳を触る。髪の毛で隠れて分からなかったが、確かに普通より耳が長い。


 ……なんて事だ。


 すると、イザベラは火の妖精の子か。〈火の精霊〉の属性は、情熱、過激。〈風の精霊〉は自由、奔放。まさか性格も受け継いでいる?


 エリーは気を取り直した。興味は尽きないが、今は魔法の確認をする時だ。


「風の精霊よ。我を〈飛翔〉させよ。」


 体の周りに暴風が吹き荒れる。やがてフワリと宙を浮く。知識で知っていても、ちょっと怖い。


「まずは上空へ。」


 徐々に高度を上げていく。気がつけば、眼下に真っ黒な大地と、遠くにフルスベルグの明かりが見えた。


「ほわー……。」


 始めて見る光景にエリーは感激の声を漏らし、しばらく我を忘れていた。風を循環させているお陰で、寒さもそんなに感じない。


「精霊、この辺をぐるぐる回ってくれる?」


 上空をウロウロする。

 これは楽しい。


 エリーは空の旅を楽しんだ後、地上にゆっくり舞い降りた。


 計画はうまく行きそうだ。

 明日の夜に、銅貨と便箋を失敬し、手紙を書く。そして明後日の夜に出発だ。宿の店なら夜でも門戸を開いているだろう。


 宿に戻り、着替えてベッドに潜り込んだ。


【8】


「ねえ、あんた。」


 気がついた。

 ここは厩舎だ。外は夕方。


「いるんでしょ。教えてよ。」


 呼んだ?


「そう、呼んだ。」


 なるほど、ハンナが呼べば、表に出てこれるのかな。


「そうみたいね。」


 首は動かせないけど、奴隷いる?


 ハンナは首を回して、辺りを見た。奴隷は怪訝な顔をして見ていた。


 奴隷だからまだいいけど、口に出して会話すると、危ない人と思われるよ。だから頭の中だけで会話した方がいいと思うよ。


 わかった。そうする。

 それで何か用?

 もうすぐ、竜が生まれそうなの。それでどうしたらいいか分からなくて。


 ハンナは桶の前にしゃがみこむ。目の前の黒い卵にはヒビが入り、小さな穴が空いている。そしてゴトゴトと動いている。


 説明書にはなんて書いてあるの?

 わかんない。そこまで詳しく書いてない。

 なるほど、自分で考えなくちゃいけないのか。

 そうなの。知恵を貸して。

 そうね。桶から卵を出して藁で拭いてあげて。


 ハンナは言われた通りに卵を取り出し、優しく拭いた。藁の上に立たせた。


 やったよ。

 次は餌が必要かな。餌の準備は出来てる?

 出来てない。

 奴隷に命じて、急いで持ってこさせて。

 餌は何を?

 んー。トカゲと同じなら雑食かな。昆虫類が好物だと思う。毒のあるものは避けて、何でも持ってこさせて。


「お前たち、今すぐ林に入って、昆虫を取ってきて! 毒のある奴は除いて!」


 奴隷達がバタバタと走り去った。


「これでいい?」


 そうだね。後は見守るだけ。


「わかった。」


 ハンナが見守っている間に、ヒビがどんどん広がり、穴が大きくなってきた。やがて、奴隷達が桶一杯に昆虫を入れて戻ってきた。外はほとんど暗闇になっていた。


 暗くなってきた。〈光の精霊(イルリヒト)〉を召喚できるかな?

 やったことない。

 〈提灯(ランタン)〉でいいか。持ってきてもらって。


「〈提灯〉持ってきて!」


 すぐに明かりが灯った。〈提灯〉は厩舎内に備え付けられていたようだ。

 明かりを頼りにハンナが桶の中を覗く。思わず目を逸らした。


「うえっ。」


 見なきゃいいのに。

 だって見たくなるじゃん。


 その時、卵が大きな音を立ててヒビ割れた。穴から口が飛び出す。

 ハンナは卵に手を出そうとした。


 ダメ! 赤ちゃんが自力で卵の殻を破って出ないと!


 慌てて手を引っ込める。

 ハンナは無言で見守った。やがて、卵のヒビは大きくなり、欠片がパラパラと藁の上に落ち、顔が飛び出した。そして、前足、体、後ろ足と卵から順番に出てきた。


 ついに、竜の赤ちゃんが産まれた。


 赤ちゃんは、ハンナを見て、グギャオグギャオと鳴いている。甘えているのか、餌を欲しがっているのか。母親と見なしたのか?


 さあ、柄杓で昆虫をあげて。口を軽くつついてあげれば食べるはず。


 ハンナは昆虫を出来るだけ見ないようにして、柄杓を赤ちゃんの口に差し出した。

 赤ちゃんは口から長い舌をチロチロ出して、昆虫を舐めとった。


「ああ、食べてる!」


 おめでとう。後は気の済むまで餌と水をあげるといいよ。

 分かった。


 ハンナはその晩遅くまで、赤ちゃんの世話をした。その後は、奴隷達に任せ、夜更け過ぎに、ベッドに潜り込んだ。


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