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名もなき魔術師の一生  作者: きゅえる
【2章】
32/106

【35】23歳モニカ、別れを告げる。

【12】


 異次元のダンジョンから返ってきた。

 出てきてみれば特に異常はなく、暗い室内の中、机の上に置かれたブローチだけが、魔法の光で鈍く光っていた。


 モニカは、じっとブローチを見つめながら、口に人差し指を咥えて考え事をする。

 仕組み、利用法に興味は尽きない。使い所を考えれば、強力な武器になるだろう。だがまずは検証をしたい。


「モニカお姉様?」


 ハッとした。こんな事を考えている場合ではなかった。慎重にブローチを手に取って、機能を停止させた。


「コルちゃん、カーテンと窓、開けてくれる?」

「はい。」


 コルが窓を開けて回っている間に、モニカは〈光の精霊〉を解除した。そして、残り二通の手紙に目を落とす。

 こちらを片付けよう。


【13】


 一通目。


 〈冒険者組合〉経由で、ヘルムート=デマンティウスからの手紙だった。

 ヘルムートはイルムヒルデ先生の孫で、フルスベルグ学術院の鉱石学部で研究をしている。

 何故今頃になってと思いつつ、読み進めると、直ぐに分かった。


 イル先生が亡くなった。


 手紙には、人が亡くなった時の社交辞令と、お葬式の日にちと場所が書かれていた。

 元々、覚悟はしていたことだ。しかし、改めて相談する相手が居なくなったことは何とも言えない心細さを感じた。


「モニカお姉様……。」

「平気よ。後で、ヘルムートにも会いに行きましょう。」


 引き出しから便箋封筒を取り出し、ヘルムートに返信の手紙を書き上げ、机の横に置く。後で、手紙を〈冒険者組合〉にブリギッテに出してもらう。


 一通りしんみりした後に、モニカは2通目の手紙を開いた。こちらは〈冒険者組合西支部〉からの手紙だった。


 内容は敵のインスタントダンジョンの調査が終わったというものだった。

 そして、モニカにどうしても、確認してもらわねばならないものがあるという。


 エリーの遺体。


「うっ、ぐぼっ、おえっ……!」


 モニカは、胃液が逆流するのを感じた。堪らず跪き、床に胃液を吐いた。まだ食前なので吐瀉物は殆ど無い。

 確かに、エリーの意識はどこかで生きているのは頭で理解している。だが10年以上ずっと顔を合わせてきた、親友であり、義姉でもある、彼女の死に顔を見るのは耐えられるか自信が無かった。


「モニカお姉様……。」


 コルがそっと背中を摩ってくれる。モニカは、自分の涎が床にツツーと落ちるのを見ながら、気分を落ち着くのを待った。


「……落ち着いた。コルちゃん、ありがとう。」


 涎を手の甲で拭き、立ち上がった。口には酸っぱい味が広がる。こんな所は、ブリギッテに見せられない。

 コルに、床を拭いてもらう様にお願いし、外の井戸に口を洗いに行った。


【14】


 モニカとコルは、送った手紙の内容の日にちの通り、フルスベルグ学術院に向かった。

 

 受付に既に連絡が行っていたようで、すんなり話が通り、会う事が出来た。


「やあ、モニカさん。お久しぶりです。」


 部屋の中に入ると、平素な様子のヘルムートが挨拶をしてきた。しかし、よく見ると服がよれよれしている。


「ヘルムートさん。この度はお悔やみ申し上げます。」

「はい、ありがとうございます。まずはお掛けください。」


 誘導されて、ソファに腰掛けた。ヘルムートも反対側に座る。


「それでどんなご用件でしょう。大抵の事は手紙に書いてあったはずですが。」

「一つは、イルムヒルデ先生について聞きたいと思ったからです。」

「お祖母ちゃんについてですか……?」


 ヘルムートはやや言いづらそうにする。そう言えば、助手の女性が見当たらない。確か、ナターリエと言ったか。


「言いづらいことなら結構ですけど……。」

「いや、言いづらい訳ではなく、どこから話せばいいか分からなくて。」

「それでは、私たちのことで何か言ってましたか?」

「そうですね。お祖母ちゃんとは、よく手紙でやり取りしていました。貴女方のことはよく褒めていましたよ。」

「なんと?」

「負けん気ぶりが、お祖母ちゃんの若い頃とそっくりだって。」


 モニカは、あははと笑って誤魔化す。自分も将来、あんな鬼畜になるのだろうか。やめて欲しい。


「コルネリアさんを貴女方に紹介したのもお祖母ちゃんみたいですね。」

「は?」


 ちょっと待ってくれ。

 そうなると、コルを義妹にしたのは偶然の産物でなくて、イル先生の手の上で踊らされていた事に。


「待って下さい。そうなると、コルの後見人のレベッカさんと、イル先生は知り合いということになるんですけど。」

「その通りです。あの人達は元、同じ〈党員(パーティーメンバー)〉ですよ。」


 モニカはソファの上で脱力した。ひょっとしたら、冒険者Dより上は以外に狭い業界なのかもしれない。


「そうか、それで期待の星だとか言っていたのか……。」

「そうですね。それで……あ、思い出しました。」


 モニカは、首を傾げる。ヘルムートの動きが止まる。


「お祖母ちゃんの最後の手紙に色々な事が書いてありました。今回の事件は、彼女の調査によると、エリーさんの腕輪と大いに関係があるようです。」


 モニカは驚いた。ここで腕輪について話が出てくるとは思わなかった。


「腕輪の事、知っているのですか?」

「はい、どうやら初めから分かってたみたいです。ただ、エリーさんから話をするまで、お祖母ちゃんからは話をしないと決めていたとか。ですが、エリーさんも転生し、お祖母ちゃん自身も命が長くないと知って、僕に全てを託したみたいです。言わば、貴女方への遺言ですね。」

「遺言……。」


 思いがけない手がかりに、腰を浮かせてしまった。最後まで、道筋を示してくれるという事か。


「長い話になりますが、お時間は大丈夫ですか?」

「大丈夫です。」


 ソファに座り直した。故人を偲ぶ為に来た筈なのに、何時の間にか真面目な話になってしまった。


「腕輪を作ったのは、200年程前の我が国の宮廷魔術師だそうです。名前は不明。」

「不明?」

「記録には一切ないそうです。善悪の概念がない人みたいで、色んな魔法具を作ったそうです。今でいう禁忌の魔法を使ってまで。」

「……よくそんな人が宮廷魔術師になれましたね。」

「当時は禁忌の概念がなかったようです。とにかく、その人が作ったと言われる〈服従の首輪〉で隣の国で問題が起きました。王族同士で殺し合い、王家の殆どが死に絶えたのです。」


 モニカは、ハッとコルの方を見た。コルの方もモニカの方を見返した。あの首輪で親友や家族同士で殺し合わせるとか、どこかで聞いた話だ。


「それで、我が国が隣の国を吸収合併して今日に至ります。ところが、王家は全て死に絶えていませんでした。」

「生き残りがいるんですか?」

「どうやら、王女が二人生き残ってどこかに隠れたようです。幾つかの村にその子孫が居るようです。」

「王家の血筋をひく村ですか。何だか小説に出てきそうな夢みたいな話ですね。」


 ヘルムートは不思議そうな顔をした。そして苦笑した。


「貴女方のアーレルスマイヤ村もその可能性がありますよ。少なくともお祖母ちゃんはそう考えていたようです。」

「ええっ!」


 モニカは、飛び上がってしまった。あの村に王家の血筋が流れているとか信じられなかった。毎年、農作物の出来で右往左往しているような村が。

 横でコルが目を輝かせた。


「ということは、モニカお姉様は王家の血筋を引いているのですか?」

「いえ、私も外からやってきた人間だから、血筋としては部外者のはず。」


 ヘルムートは頭を掻きながら、二人の妄想を打ち砕いた。


「まあ、推測ですから。当時の女王は、アーレルスマイヤ村の出身だそうなのです。娘を故郷に隠したとしても不思議ではありません。ですが逆に言えば、反対派にもすぐバレるので、僕はその考えには否定的です。」


 モニカは落胆した。確かにヘルムートの推理も的を射ていると思われる。実は少し期待していた。


「今回は、その王国復興を夢見る勢力が暗躍しているみたいです。フルスベルグを乗っ取った後に、王都を攻めるのだと思われます。根拠は手口です。」

「手口?」

「コルさんの身上を思い出して下さい。親を殺させる。これは滅んだ王家と似ていませんか。つまり復讐なのだと思います。それと村の滅ぼし方です。外国や、王都周辺では村を破壊するのに、この周辺では上手く溶け込んで味方につける。この周囲は元々、滅んだ国の民ですからね。」

「ですけど、何で今頃なんですか?」

「そこに、エリーさんの腕輪が関わってきます。元となった名もなき魔術師は、魔法により、約200年も生きたそうです。」

「ええ、それが?」

「その方法を他の人に伝えたとしても不思議な事ではありません。」


 モニカは、一瞬ポカンとした。そうすると、この国のどこかに100年以上生きる男女がいるということになる。


「隣国に問題を引き起こしたという事で、責任追求された、名もなき魔術師は死刑になる所を逃げ出したようです。その後は、反勢力に身を寄せたそうです。追放した国への復讐か、あるいは罪滅ぼしかは分かりませんが。」

「なるほど……。」


 モニカは、人差し指を口に咥えながら納得した。


「そこで彼は、とある女性と恋仲になりました。その女性の名をモニカ=アーレルスマイヤ。」

「わ、わたしッ?」

「いえ、同姓同名のようですね。第一、170年ほど前の話です。モニカという名前は珍しいものでもありませんし。」

「あはは……。」


 自分と同じ名前が居るというだけで何かむず痒くなった。


「ただ、彼と恋仲になった女性は、王家の生き残りの一人です。元々、王家には族名や氏名はありませんが、あえて族名をつけることで一般的な民と偽装したようです。」

「え、何ですって?」

「彼の愛した女性は王女だった、ということです。周りの空気は冷たかったみたいですけどね。」


 モニカは、先ほどから違和感を感じていた。歴史書を漁ったにしては、妙に歴史の裏側を語っている。


「ちょ、ちょっと待ってください。さっきから詳しいのですけど、情報源は?」

「それは最後に解説します。続けます。」


 ヘルムートは咳払いをした。


「ところが二人はまもなく破局が訪れます。片方は既に160歳、片方は15歳。魔術師は姿だけは青年期を維持していましたが、生殖能力はなかった。彼は王家の血筋を絶やさない為に、悲しみと共に王女と元貴族の男と結婚させ、一人姿をくらましたそうです。」

「何だか、悲しい話ですね。」


 モニカは、溜め息をついた。ヘルムートも同調した。


「ええ、悲しい話です。ですが問題はここからです。その王女と子供たちがどうなったか分からないのです。ひょっとしたら、どこかの勢力に利用されているか、あるいは本人達が反勢力の中枢にいるのかもしれません。」


「ということは、まさか情報源は。」

「ええ、ご推察の通りです。お祖母ちゃんとエリーさんが約2年かけて、腕輪から引き出した、魔術師の記憶が情報源です。エリーさんには、相当負担をかけてしまいました。お祖母ちゃんに代わって僕が謝ります。ごめんなさい。」


 ヘルムートは頭を下げて謝罪した。モニカは、戸惑った。


「そんな、急に言われても……。」


 その時、後ろからガチャリと扉の開く音がした。モニカとコルは振り返った。


「ヘル。行ってきた。」

「ターリ。ご苦労。」


 入ってきたのはナターリエだった。ズボラな性格だと思っていたが、思いがけなく、正装をしている。薄っすらと化粧をしている。真っ赤な口紅が艶かしい。一瞬、別人かと思った。


「あ、お邪魔してます。」


 モニカが立ち上がって握手しようとする。ナターリエがそれに応える。


「モニカ、さん、コル、さん。お久しぶり。」


 お互いに挨拶を交わす。その後、ナターリエはヘルムートの側に歩み寄った。そしてヘルムートとナターリエは軽くキスをした。


「なななな、なにを……!」


 モニカは、本で色んな知識を得ているが、目の前で愛を交わされると気恥ずかしさが先に立つ。


「あーそうだ。言ってなかったな。僕たち、結婚することになった。」

「ええー!」


 モニカとコルの二人の声がハモった。


「最終的な決め手はお祖母ちゃんが亡くなったことかな。お葬式が終わった後、また改めて結婚式の日にちを連絡するよ。」


「そ、それは、おめでとうございます。」


 衝撃から立ち直ったモニカとコルは、顔を緩ませて祝福した。


「少し用事ができたのでこの辺で。また、詳しい話が聞きたいのなら、お葬式の時にでも話をしますよ。」


 モニカとコルは、二人を邪魔してはいけないと思い、お礼を言いながら部屋を後にした。


【15】


 別の日の事。


 〈冒険者組合西支部〉の案内に従い、フルスベルグの東端から西端の〈冒険者組合〉の施設に向かった。それなりに遠いので、馬を利用した。


 やがて目的地に着いた。

 近くの厩舎に馬を預けて〈冒険者組合〉の受付に挨拶をしにいく。受付はやや歳の行った女性だった。

 女性に案内され、部屋に入ると5〜6人の男たちがいた。その中に唯一顔見知りのハインツがいた。エリーの伝言を思い出す。気恥ずかしくなって、目を合わせられない。すぐに横を向いてしまった。

 暗緑色のローブを羽織った背の高い男がモニカに話しかけてきた。前を開いており、チラリと〈短杖(ワンド)〉が見える。魔術師のようだ。


「あ、わざわざどうも。僕は、今回の責任者、西支部のオットマーと言います。えーと、モニカ=アーレルスマイヤと、コルネリア=アーレルスマイヤさんでよろしかったでしょうか。」

「あ、はい。」


 偉いはずなのに、妙に腰の低い男だ。面を食らったモニカは、返事をするのが少し遅れた。


「よくぞ、生き残ってくれました。まずは、こちらからお礼を申し上げたい。」

「いえ、エリーのお陰です。私は何もしてません……。」


 モニカは調子が狂う。見るからに自分より身分も年齢も年上なのに。


「そのエリーさんの事で。辛いかも知れませんが、どうしても遺体確認をして貰いたいのです。」

「はい、分かってます。」


 分かっていても、僅かに声が震えてしまう。コルが心配そうな顔をするので、軽い微笑みで返す。


「それでは、彼女を遺体安置所に案内を。」


 受付の女性に連れられて、部屋を出る。少し廊下を歩いた所で背後から声をかけられた。


「待ってくれ。俺もついて行く。」


 後ろを振り向くとハインツが、心配そうな顔で追いかけてきた。まともに顔を見る。


「ハインツさん……。」

「お前、声を震わせていただろ。見ちゃいられん。」


 見抜かれていた。


「……ありがとうございます。」


【16】


 遺体安置所には、幾つかの棺桶が並べられていた。遺体管理人がモニカ達を見つけ、声をかけてきた。


「ご遺族の方ですか?」

「そうです。エリノール=アーレルスマイヤの遺体はありますか?」


 管理人が手持ちの書類を見て、眉を一瞬ひそめた。


「ああ、身分証明の金属板がない女性ですか。わかりました、こちらにどうぞ。」


 棺桶には名前が付けられており、一つ一つ確認して回る。間もなく管理人がエリーの棺桶を見つけた。そして、モニカの方に顔を向ける。


「では、いいですか?」

「はい、お願いします。」


 モニカは、コルの手をギュッと握った。そして棺桶の蓋を外される。


「ん……!」


 顔以外、包帯にぐるぐるに巻かれ、防腐処理のなされたエリーの姿がそこにあった。血が通わぬ為に、真っ白な肌になってはいるが、エリーの顔に間違いはなかった。


「……はい、エリーに間違いないと思います。」


 目は閉じられており、顔には後悔の表情が浮かんでいた。そっと顔に触れる。冷んやりして硬くなった肌が指を強く押し返す。ゴロンと首の向きが変わった。

 髪に触れる。パサパサとしていて、やや赤くくすんだショートヘアー。記憶にある通りだ。


「モニカ……大丈夫か?」

「モニカお姉様……。」


 意外に涙は出なかった。覚悟はしていたし、いつか会える事を知っているから、だと自分で分析した。


「大丈夫。」


 そんなモニカの様子を見兼ねた管理人が声をかけてきた。


「では、ご遺体は如何しましょう。」

「ん、故郷の土へ返したいと思いますので、一度私が引き取ります。」

「分かりました。」


 送り先を管理人に教えた。これで、ここでやる事は終わりだ。ずっと居て気持ちの良い場所ではない。遺体安置所を後にした。


 遺体安置所から戻る間、ハインツが声を掛けてきた。


「俺の連絡先を教えておく。困った事があったら、いつでも俺に相談してきていいぞ。」


 モニカは、驚いて振り向いてしまった。そう言えば、エリーが困ったことがあれば彼に相談しろと言っていた。


「ええ、その時は、よろしくお願いします。」


【17】


 エリーの棺桶は、一度屋敷で引き取った。


 故郷では、亡くなった人を偲ぶ儀式として、墓を一人一回ずつ掘るという儀式がある。

 その為、モニカとコルは、エリーの棺桶に庭の土を一山ずつ入れ、手紙を添付。

 特別の黒い霊柩馬車で故郷に送るように〈依頼〉した。


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