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名もなき魔術師の一生  作者: きゅえる
【2章】
31/106

【34】23歳モニカ、屋敷を手に入れる。

【1】


 レベッカ=ダウムの医療施設。

 昏睡から覚めたモニカは、淡々とリハビリをこなしている。


 一週間の〈昏睡(コーマ)〉。


 たった一週間ではあるが、筋力がかなり衰えた。まるで自分の体ではないかのように動かない。それでも、立てる程度には回復した。

 今は歩行訓練の時間。横にレベッカが付いている。モニカは重い体を引きずって、溜め息をついた。


「たった一週間。動かないだけで、こんなに辛いとは思いませんでした。」


 レベッカは鼻で笑った。何か変な事を言ってしまったようだ。ひとしきり笑った後、モニカの顔を至近距離で覗き込んだ。


「君の場合はそれだけではないぞ。聞けば、全ての魔力を他の精霊を明け渡したそうじゃないか。」

「ええ、ですが。そうでもしないと勝てませんでした。」


 レベッカの顔は厳しいままだ。しかし童顔なので、全く怖くない。


「いいか。〈生命の精霊(セフィロト)〉は伊達じゃない。体の維持に魔力を使ってくれているんだ。それを手放すだぁ? 馬鹿言っちゃいけない。下手すりゃ死ぬ所だったんだぞ? 一体、誰がそんなこと、君に教えたんだ?」


 モニカはうな垂れた。手すりに掛けた手が震えている。そろそろきつくなってきた。


「独学です……。」

「はっ、流石。〈冒険者組合(ベンチャーズギルド)〉の期待の星だな!」


 『期待の星』?

 レベッカの言葉が引っかかった。そんな事を言われたことはない。何を知っている?

 だがそれを口にする前に、レベッカが冷たい言葉を吐いた。


「一ヶ月は、魔法を使うな。それとその〈狂戦士化(ベルセルク)〉だったか。二度と使うな。」


 目の前で何かが閉じていくのを感じた。手の震えが大きくなる。それでも平静に次の言葉を紡いだ。少し声が震えた。


「何故ですか?」

「体の健康状態が、魔力回復に密接に関わっているからだ。君の今の体は、魔力をほとんど回復していない。ゆえに治癒魔法で回復させることすら出来ない。」


 嘆息した。やはり、代償は大きかったのか。

 体を支えていた腕が、もう限界だ。その場にへたり込んだ。レベッカは腕を組んで、見下ろしてくる。


「どうしても拳で戦いたいのなら、精霊は一つまでだ。それ以上は保証しない。」


 モニカはその言葉をゆっくりと反芻し、噛み締めた。素直に受け取った。


「はい。」


 リハビリは2週間続いた。その甲斐あって、日常生活に支障が出ないまでには、回復した。ついにレベッカから帰宅の許可が出る。

 ようやく宿に戻った。コルは手放しで喜んで迎えてくれた。

 憂いを帯びた顔で、彼女は言った。


「間に合って良かったです。」

「間に合うって何が……あ。」


 思い出した。

 もうすぐコルの誕生日だ。18歳になる。最も、本当の誕生日はわからないので、コルがアーレルスマイヤの族名を貰った日を誕生日とした。

 モニカは今更ながら、誕生日の贈り物を考えていないことに気がついた。しかし、コルは首を横に振って答えた。


「いいえ、モニカお姉様が生きていることが何よりの贈り物です。」

「コルちゃん……。」


 彼女がどんどん大人びていく。まだ17なのに。素質があったのか。もしくは環境がそうさせたのか。

 モニカは何も言えなくなってしまった。


【2】


 コルの誕生日は宿で過ごした。

 それから数日後。


 モニカとコルは〈冒険者組合〉の施設に呼び出しを受けた。マルティナ捕縛依頼(クエスト)について。

 施設に入ると、カールこと、組合(ギルド)のおっちゃんが無精髭を撫でながら、手を挙げて出迎えてくれた。


「よう、難儀だったな。嬢ちゃん達。」

「おっちゃん。元気そうで何より。」

「まあな。息子も役に立ったようで。しかもいい薬になった。」

「それで話って?」

「おっと、話は奥だ。」


 おっちゃんは、右の親指で奥の扉を指す。そのまま案内された。

 モニカが部屋に入ると、そこにいる面子に驚いた。


「久しぶりだな。」


 マルティナの執事こと、ゼバスティアンが手を差し出してきた。モニカは無意識的に握手をする。

 後ろでバタンと扉が閉める音がした。


「あたしもいるわよ?」

 侍女(メイド)のリタだ。彼女の精霊扱いの上手さには苦しめられた。

 他にももう一人、残念な方の侍女がいた。まだ若い。ツインテールの女の子だ。


「挨拶はその辺にしてだな。マルティナの処遇についてだ。」

「彼女はどうなったんですかッ?」


 モニカは途中で退場している。気になってはいた。おっちゃんに詰め寄る。


「慌てるな。今、話すから。」


 おっちゃんはモニカの顔に掌を向け、離れろという仕草をした。軽く咳をする。


「本当なら、王都に護送されて裁判所行きなんだが……。司法取引することになった。」

「司法取引?」


 モニカは、法律には詳しくない。王様が気分次第でコロコロ変えるものという認識でしかない。


「一言で言えば、監視付きの国外追放だ。」

 ゼバスティアンが言葉を引き継いだ。モニカは振り向いた。


「殺害人数26人、内未成年の少年8人。いやはや、死刑にすべきという意見も根強かったさ。だが、最終的に優秀な魔術師であること。貴族であること。酌量の余地があることで、国外追放になった。」


 今度は、おっちゃんが説明を続けた。モニカは向き直った。


「そうだ。それで我々は東の国境沿いの村に引越しをすることになった。」


 ゼバスティアンが続きを言う。

 いい加減面倒臭くなった。モニカは、二人の顔が見える位置に移動した。


 いや、待て?

 今、ゼバスティアンはトンデモない事を言った。

 ルチル村を思い出せ。

 エリーはなんと言っていたか。

 『国境の村には殺気立った〈(スパイ)〉が沢山いる。』

 国内の争いが始まりつつある今、そこに住むということは、最前線に立つという意味だ。

 彼らはその事を知っているのかと、おっちゃんに目を向ける。その答えは否定。不快な気持ちになった。

 マルティナ本人はまだいい。従者たちはどうなるのか?

 情報は公開できないとは言え、騙すような形で身柄を決定するのだ。また、本人たちが感謝しているのも痛々しい。


「ついては、あの屋敷を売りに出さないといけない。」


 その言葉にモニカは思考を中断させられた。そういえば、モニカ達には居住地を得る目的があった。


「モニカ君。君は居住地を探しているようだね。君たちが良ければ、あそこを君たちに譲ろう。」

「な、なぜ、その事を知ってるんです。」


 家探しは、モニカとコルだけの会話で出てきた事だ。まだ、それ以外には、誰にも話をしていない。


「簡単な事さ。我々もそうだったからだ。最も、マルティナが貴族権限で一等地を買った時は笑ったがな。」


 冒険者の頃の話をする時は、彼はマルティナの事を呼び捨てにする。当時の事を思うと、モニカは少し胸が痛くなった。


「何、気にするな。どうせケチがついた屋敷だ。まともに売れん。我々は村に住んで生計を立てるまでの路銀が貰えれば良い。」

「いいんですか?」

「悪夢から覚めたのだ。それぐらいなら造作もない。」


 悪夢といえば。


「〈ざわめく者(アルラウネ)〉はッ?」

「もちろん、連れていく。我々には最後まで魔物を世話をする義務がある。〈冒険者組合〉も納得している。」


 納得どころじゃない。〈冒険者組合〉は、もしもの時の為に彼らを尖兵にする気だ。だが、自分より遥か上で動いてる話だ。何も言えない。


「それで、君らにお願いがあるのだが。彼女のことだ。」


 そう言って、ゼバスティアンが紹介したのは、例の残念な侍女だった。


「彼女はブリギッテと言う。故あって彼女だけ、連れて行く事ができない。君らで雇ってもらえないか?」

「あたしはブリギッテです。よろしくお願いします。」


 元気一杯にペコリとお辞儀する。ツインテールの髪の房がピョコンと跳ねた。


 モニカは迷った。色々と問題を起こしそうな娘だ。だが、ここで断るだけの真っ当な理由が思いつかない。


「彼女はまだ、屋敷に来て日が浅いが、勝手は知っている。彼女から色々と聞くがいい。」


 ゼバスティアンの顔をよく見る。全くの平常心に見える。が、見抜けた。たまに口角がピクついている。ニヤニヤを隠しているのだ。


 この野郎、意趣返しだッ!


 くそッ、屋敷に侵入したことを、まだ根に持っているらしい。しかし、断るのも難しい。こちらが折れるしかない。


「わ、わかりました。彼女を雇います。」

「はい、よろしくお願いします!」


 ブリギッテは張り切って返事した。


 これで全ての話は済んだらしい。一通りの挨拶が済むと、おっちゃんが扉を開ける。全員が部屋を出て行った。


 こうしてエリーとコルは、家と、余計なおまけを手に入れた。


【2】


 モニカ達は、3人で屋敷の手入れをする事になった。

 ダンジョンは既に潰されていた。何でも、ダンジョンを破壊するには最下層の魔法陣を破壊すればいいらしい。

 子供部屋の中身は空になっていた。マルティナはついに吹っ切れたらしい。全て、廃棄し、燃やしたそうだ。

 二階に従者の部屋、一階に主人の部屋と生活に必要な部屋がある。

 まずは大掃除を行う。元から掃除されていたから埃は少ない。ただ、必要なかったり、趣味ではない調度品を玄関に集めた。これは後で売りに出す。

 何故かいくつかの調度品が既に壊れていた。早速、ブリギッテの本領発揮らしい。

 今度は足りない調度品を買いに行く。ベッド、料理器具、製薬器具など。ようやく、寝泊まりが出来るようになると、宿から荷物を引き揚げた。

 宿のご主人と女将さんは、さも自分たちの娘のように泣いて、喜んでくれた。

 モニカとコルは、後ろ髪引かれるように宿を後にし、屋敷に移り住んだ。


「思ったより早く、家が手に入ったわね。」

「はい。モニカお姉様。後はお庭を潰して、厩舎を作って、早くスターを迎えに行きたいです。」


 スターはコルの馬の名前だ。額に星型の白いアザがあることから名付けられた。


「そうね。でも、お金がもう底を尽きそう。もう少し後でいいかしら。」

「はい、モニカお姉様。」


【3】


 屋敷に移り住んでから数日後。

 モニカは、庭で午後のお茶を楽しんでいた。コルは単独依頼で、外出中だ。


 家購入のお祝いとして、レベッカから貰ったハーブティーだ。僅かながらも体の調子を整える作用があるらしい。魔法が解禁されるまであと少し。無理してはならない。

 そんな優雅な香りを楽しんでいると、ブリギッテが玄関で騒ぐ声が聞こえた。


 来客だろうか。

 モニカは、気になって玄関の方に回る。


「だ、か、ら、うちは間に合ってます!」

「人の話を聞けよ! 押し売りじゃねーっての!」


 ブリギッテと男の声だ。

 ブリギッテがモニカの姿を認めた。


「あ、ご主人様! 出てきちゃダメです! 怪しい男が!」


「……。」


 誰か、あの馬鹿をどうにかしてくれ。


 モニカは頭が痛くなって、ついコメカミを抑えてしまった。そんな大声で叫んだら、男はモニカに気づくに決まっているだろう。「ご主人様は、あそこに居ます。」と叫んだようなものだ。

 案の定、モニカに駆け寄ってきた。


「久しぶりだな! モニカ=アーレルスマイヤ!」


 男の言葉はモニカの想定外だった。自分の名前、族名までを知っている人間はそうは居ない。だが、男の顔に見覚えはない。


 誰だ?

 心当たりがない。


「あの、どちら様ですか?」


 そこにブリギッテの能天気な声が飛んできた。


「ご主人様! 話しかけちゃダメです! 今から追っ払いますので!」

「ブリギッテはちょっと黙っててッ!」


 男はニヤニヤしている。

 というか、ブリギッテの棒術はダメ過ぎて、一般人にすら勝てない気がする。

 いや、そんな事はどうでもいい。


「あの小娘がここまで偉くなるとはな。安い買い物だった。」


 ん。何かが引っかかった。何処かで会ったことがある?


「俺の名前を知りたかったら、銀貨一枚だなぁ。」


 あああああぁぁぁぁぁッ!


「ディオヘネス=ファジャ!」


 モニカは叫んだ。

 エリーが行方不明になる遥か前から、今回の危機を警告してくれた商人。当時は訳が分からなかったが、街の誰が裏切り者、犯罪者がわからない中では、モニカの知る限り、信用が置ける商人という意味合いを持ち始めた。


「よく、覚えていたな! まずは、あの〈侍女(メイド)〉に話を通してくれると助かぁんだが。」


 ディオヘネスは嬉しそうに、バンバンと自分の手を叩く。

 そうだ。いちいち仕草が大袈裟な男だった。完全に思い出した。


「あー、あの娘、ちょっと面倒なんですよ。銀貨10枚ぐらいは欲しいですね。」

「おい、それはボッタクリ過ぎだろう!」


【4】


 モニカは、ディオヘネスを客間に招き入れた。買いたてのソファに座るように誘導し、向かいの席に座る。


「それで、ディオヘネスさん。私に何のようですか。お金なら有りませんよ。」

「ディオでいい。俺の名前は長ったらしくてよ、聞くたびに首の辺りが痒くなぁんだ。」


 ディオは首を回しながら、ぼりぼりと掻いた。外で会話した時よりも砕けた態度である。言葉も訛ってきた。少し聞き取りづらい。こっちが本性か。


「じゃあ、ディオさん。用件をどうぞ。」

「泊めてくれ。」


「……。お帰りはあちらです。」


「ちょぉい! 待て! 待ってくれ! 事情があぁんだ。話を聞いてくれ!」


 モニカは、ジト目になりながらも投げやりな気持ちで話を続けた。


「はいはい、それで何でしょう。」

「実はだな……。」


 ディオの話は、驚くべきものだった。

 青ざめたモニカは一度、彼の話を中断させた。そしてブリギッテを〈冒険者組合〉へと使いに遣った。


【5】


 組合(ギルド)のおっちゃんがドアノッカーを鳴らした。モニカとブリギッテが玄関で出迎える。


「よう、嬢ちゃん。重要な話って何だい?」


 モニカは、おっちゃんを客間に案内しながら答えた。


「ずっと前に、周辺の村々で憎悪が高まっている、という報告書を上げたことがあったはずです。」

「おう、覚えているぞ。あれで今回の被害がだいぶ抑えられた。」

「その情報源の商人が来ています。」

「何?」


 おっちゃんの顔が引き締まった。

 そして、モニカ達は客間に着いた。


「お待たせしました。」


 客間に入るとディオはソファから立ち上がった。手を差し伸べながら挨拶した。


「西方の国から来たディオヘネス=ファジャと言う。よろしくお願いする。」

「〈冒険者組合東支部〉人事部長のカール=クプファーだ。組合(ギルド)のおっちゃんとも言われてるな。こちらこそよろしく。」


 モニカは改めて、ディオの話を再開させようとした。おっちゃんが手でやめさせ、口を挟んだ。


「話をするのは構わないが、この客間は間諜対策は取られているのか?」

「い、いえ。」


 モニカはたじろいだ。防諜の概念は全くなかった。おっちゃんは鼻で苦笑した後、誰もいないはずの背後に向かって話しかけた。


「だろうと思ったよ。ということで頼むわ。」


 何もいない空間から「分かった。」と声と共に、紺色の外套(マント)を羽織った男が現れた。モニカは驚いて、一歩下がってしまう。

 紺色の男は飄々とした声で自己紹介を始めた。


「いや、驚かせてしまって済まない。僕は、東支部の情報部長のヨハンだ。聞いての通り、情報収集と防諜を担当している。」


 ヨハンと名乗った男はモニカの前まで歩き、立ち止まった。


「ご主人、間諜対策を始めても?」

「え、あ、はい。」


 驚きから抜け出せないモニカは、言われるがままに、首を縦に振って許可した。

 早速、ヨハンは魔法の準備に入った。


「〈音の精霊(エコー)〉。それから〈光の中位精霊(ウィルオウィスプ)〉よ。この部屋を外から遮断したまえ。」


 モニカの目には、客間に精霊の光が満ちるのを感じた。それ以外は何も変化がなかったが、恐らく盗み聞きができなくなったのだろう。


「ご主人、もう一つある。侍女はここに居てもいいのかね?」


 あ。


 ブリギッテは悪い娘ではない。しかし無自覚に周りに秘密を喋ってしまいそうだ。モニカは、彼女に優しく言った。


「ブリギッテ。悪いけど、部屋の外で見張っててくれる?」

「えー、嫌ですぅー。あたしも聞きたいですぅー!」

「ブリギッテ?」


 威圧した。彼女は渋々と言った表情で、肩を落としながら部屋から出て行った。パタンと扉が閉まる。

 モニカはホッとして、懐から黒炭と紙片を取り出す。そして、サラサラと書き始めた。


「嬢ちゃん、何を?」


 おっちゃんの声には答えず、文字を書き終えると、扉の方にツカツカと歩き出した。そして扉を勢い良く開けた。


「ぎゃう!」


 扉に聞き耳を立てていたブリギッテが、勢い余って倒れた。聞こえないはずなのに、よくやるものだ。


「いたたたた……。」


 地面に鼻をぶつけた彼女は、鼻を摩りながらモニカを見上げた。


「ご主人様! これはちが」

「ブリギッテ。今から、緊急で必要な道具の買い出しに行ってもらいたいの。できる?」

「う、うひゃい!」


 モニカは、彼女に買い物リストの紙を手渡した。そして笑顔を向ける。


「頼りにしてるわ。ブリギッテ。」

「うひゃ! ひぃひょひてひひゃひゃいへひひゃふ!」


 何言ってるのか、さっぱりわからない。

 ブリギッテは、駆け足でその場から立ち去り、屋敷から出て行った。

 モニカは振り向く。


「さて、話を再開しましょうか。」


 おっちゃんが呆れながらも、開けた窓から、ブリギッテの出ていく様子を観察していた。


「いいのか、彼女?」

「大丈夫でしょう。買い物リストの一番上は、存在しない物ですし。その事に気がつくのに一刻。全ての買い物を終えるのに一刻というところかと。当分、帰ってこないでしょう。」


【6】


「すると、違法な魔法具を売っている商人を何人か知っている訳だな?」

「まあ、そういうことになぁんな。」


 モニカが一通りの話を聞くと、ディオの話は、おっちゃんが欲しがっていた情報だったらしい。

 これから疑わしい商人の洗い出しをどうしようか、と頭を悩ませていたようだ。


「カール。」

「ヨハン。いや、しかし。」

「だめだ。ここでいい。」

「仕方ないな。」


 おっちゃんとヨハンは、目を交わしながら、周りにはさっぱり理解できない会話を続けていた。

 やがて、話は纏まったらしい。おっちゃんがモニカとディオに向き直った。


「嬢ちゃん。商人の彼はこのまま、ここに泊めさせてやってくれ。」

「分かりました。」


「ディオ君、今からフルスベルグを出入りしている商人たちのリストを持ってくる。目を通してくれないか?」

「構わねぇが、対価はいか程で。」

「それも後で話す。きっと気に入ってくれるだろう。」


 おっちゃんは、一度〈冒険者組合〉の方に戻っていった。

 会話がなくなり、客間がシンとした。ヨハンは再び、謎の魔法で姿を消した。沈黙に耐えられないモニカは、そわそわとし始める。


「モニカ=アーレルスマイヤ。助かった。礼を言うぜぇ。」


 ディオが語りかけて来た。

 モニカは取り敢えず、相手を知るために幾つか質問してみた。


「そういえば、どうやってこの屋敷を突き止めたんですか?」

「それは秘密だ。」

「この国に来た理由は?」

「それも秘密だ。」

「あの時、一緒に居た女の人は?」

「秘密だ。」

「行商は、今も続けているんですか?」

「それも駄目だ。」


 モニカは、溜め息をついた。本人に関わりそうな話はしてくれそうにない。個人情報は商品なのだろうか。


「どんな商品を扱っているんですか。」

「よくぞ聞いてくれた。この国では珍しい武器、薬なんかを売ってぇんだ。後は情報だぁな。」


 後悔した。


 武器商人の周りはきな臭い話が多い。だから、彼を泊めると問題が起きる可能性が高い。扱う商品の関係上、問題を抱えやすいからだ。

 そして、彼がこの街に来た理由に察しがついた。さらに、泊めるように要請してきた理由も。


 端的に言えば、騙されつつある。


 彼は、戦争の臭いがするからこの街に来た。宿でなく屋敷に泊まるのは、トラブル除け。賊が来れば、護衛をしなければならない。


 だが、逆に腹を括ってしまえば、おいしい話になる。彼は追い詰められているのだ。昔、一回会っただけの冒険者を頼る程に。一つ一つ確認し、交渉すれば幾らでも有利に持っていける。


「へえ、どんな武器があるんですか?」


 ディオは、早速食いついたと大喜びで喋り始めた。モニカは、ディオが食いついたと内心喜んだ。


「売れ筋は、ファルカタという剣だぁな。と、モニカは魔術師か。それなら、魔法の効果を倍増させる〈魔法粉薬(パウダー)〉があぁんだ。」


 ディオは次々と商品名を挙げていく。確かに魅力的な品物が揃ってた。中でも〈魔法粉薬(パウダー)〉という品に興味を惹かれた。今までの〈魔法薬(ポーション)〉は液体で、携帯性に難があった。

 が、要点はそこじゃない。


「へえ、魅力的ですね。(みんな)欲しがるでしょう。私も欲しいなあ。」

「そらあ、勿論だ。今までの客は誰もが喜んで買ってった。」

「成る程。じゃあ、敵対している両陣営にも売り捌いたのかな。さぞかし両方から恨まれてるでしょうねえ?」


 モニカは、にっこりと笑顔で答えた。ディオが一瞬言葉に詰まらせた。図星なのだろう。


 即、追撃する。


「じゃあディオさんを泊めると、賊が忍び込んでくるでしょうね。折角、買ったばかりの調度品を壊されたら困るなあ。」

「待て待て! 怪しい商人の情報は要らないのか!」

「怪しい商人の情報が欲しいのは、私じゃなくて〈冒険者組合〉ですね。相手が違うんじゃないでしょうか。」

「分かった、分かった! もし賊が来て、調度品が破損したら、補償する!」

「後、私が捕まったらどうしましょうか。命欲しいから、ついついディオさんの居場所を吐いてしまうかも。」

「おい、止めてくれ!」

「口止め料あると、喋らずに済むかもしれません。」

「嫌らしい女だな、おい!」

「いいえ、口止め料はお金ではなく、ディオさんの情報です。」


【7】


 おっちゃんが客間に戻ってきた。


「おい、ドアノッカー叩いても反応ないから、無断で……ってなんだこりゃ。」


 ディオとモニカが突っ伏していた。反応がない。おっちゃんの呟きに、何もない空間から反応が返ってきた。


「壮絶な戦いだった。」

「?」


 やっと立ち直ったディオとモニカは、おっちゃんの説明を受けた。


「これが、行商人リストだ。」


 ディオの前に書類の束がバサリと置かれた。かなりの量だ。


「一度預ける。違法商人を抽出し終えたら、報告を頼む。」

「わかったよ。それで対価は?」


 おっちゃんは手持ちの書類を見ながら言った。ディオについてのが書かれているようだ。


「ディオ君は、露店販売権はあるそうだな。」

「ああ。あぁんな。」

「では、馬頭税の免除をしよう。」

「かなりの大判振る舞いだぁな。」

「それともう一つ、仕事を受けてもらえれば、大手商会へ口利きをしよう。」

「仕事とは?」

「より能動的に、違法な商人の調査だ。」

「それは魅力的だが、難しいなぁ。」

「勿論、分かってる。そこでヨハンから話がある。」


 おっちゃんが話を振ると、ヨハンが姿を現した。


「情報部から一人、調査員を付ける。僕と同じで〈不可視(インビジブル)〉が使えるので、邪魔にならないはずだ。」

「それなら、可能だぁな。」

「調査だけでなく、ある程度なら、商売上の利益にも使ってもいい。」

「そりゃあ、凄い。乗った。」


【8】


 ディオが住み込み始めてから、一週間が経った。

 コルが帰ってきた時は、ディオを見るなり、懐かしそうな顔をしていた。コルにとって、あれは印象の強い事件だったらしい。


 ディオについて、半ば脅しで得た情報によると、予想通り、敵にも街にも武器を売りつけていたらしい。特異的、優秀な武器で目をつけられた彼は、敵に優先的に売るように交渉され、これを拒否。殺されそうになった所を命からがら逃げ出したのだそうだ。

 そこで街側に保護してもらい、ついでに敵側の情報を売ることで、より大きな儲けを引き出そうとしているという。

 勿論、口止めを約束されたので〈冒険者組合〉側に漏らす事はできないが、腹を括ってしまえば、心強い味方になりうる商人だった。この事を知っているのは、モニカとヨハンのみ。


「ご主人様。手紙が3通届いています。」


 物思いに耽っていたモニカは、ブリギッテの声と、差し出された手紙で、我に帰った。手紙を受け取る。


「ん、あ、ああ、ありがとう。」


 彼女の後姿を見ながら思う。もう何人か使用人が欲しい。しかし金がない。暫くは彼女だけで屋敷を回さなければならない。


 手紙を見ると、〈冒険者組合〉から2通。差出人不明から1通。どうせ、組合からは〈依頼〉の要請だろう。まずは差出人不明の手紙から封を開けた。


 目を通す。


 モニカは、すぐに慌てて立ち上がり、叫びながら駆け出した。


「コルちゃんッ! コルちゃんッ! 来てッ! 今ッ! すぐ来てッ!」


【9】


「この手紙について、コルちゃんの意見を聞きたいの。」


 ソファに座ったモニカは、机の上に置かれた手紙を取りながら、コルに聞いた。

 コルはモニカの後ろから、ソファの背もたれに肘掛けながら手紙を覗き込んだ。


ーー

モニカ=アーレルスマイヤへ。


忘れ物をした。


後で取りにいく。


馬は返したか?


危険な物は処分したか?


ブローチは壊れやすい。


触ってもいいが、扱いに注意してくれ。


きっと昔が思い出されるだろう。

ーー


「これだけですか?」

「これだけ。」


 モニカは、文章を指差しながら言葉を続けた。

「5行目までを見ると、送り主は間違いなくエリーだと思うの。」

「私もそう思います。」

「でも、6行目以降が分からない。コルちゃん、心当たりある?」

「ひょっとしたら、エリーお姉様の〈背嚢(バックパック)〉にあるのでしょうか。」

「取って来てくれる?」

「分かりました。モニカお姉様。今すぐ取って来ます。」


【10】


「モニカお姉様、エリーお姉様の〈背嚢〉を持って来ました。」

「ありがとう。どう、ありそう?」


 コルはエリーの〈背嚢〉を慎重に漁る。やがて、それらしき物を触れたらしい。手が止まる。そして丁寧に取り出し、机の上に置いた。


「確かにブローチね。物凄く大きいけど。でも、見た覚えがない。」

「ですと、昔を思い出すという文章と辻褄があいませんね。」


 よく見ると、薄っすらと魔法の光が見えたような気がする。ひょっとしたら〈魔法具(マジックアイテム)〉なのかもしれない。


「コルちゃん、窓を閉めて暗くしてくれる?」

「はい、モニカお姉様。」


 トトトとコルは窓に向かって歩き出し、全ての窓とカーテンを閉めて回った。

 モニカは、改めてブローチを見ると、思った通りに〈魔法具〉特有の淡い光が、はっきりと見えた。


「これは……。」

「モニカお姉様?」

「いえ、何でもないの。鑑定してみる。」


 モニカは鑑定用の手袋を付け、慎重に魔力を流し込んだ。魔力回路が活性化され、複雑な文様が浮かび上がった。だが効果が全く検討がつかない。


「エリーの腕輪みたいな構造ね……。」

「腕輪……ですか。」


 コルは、エリーの腕輪を意識して見たことはない。ましてや途轍もない〈魔法具〉だと知ったのは、彼女が居なくなってからだ。ましてや、魔力回路を見たことすらない。類似性を判断できるのはモニカだけだ。


「エリーお姉様が触ってもいいと書いてあるのだから、起動してみてはどうでしょう。」

「うん、あ、でも、起動には手順があるみたい。」


 モニカは、辛うじて解読できた部分を使い、手順に従って魔力を注入して起動してみた。


 ブローチには、何も起きなかった。


「あれ、何も起きない。」


 モニカは、ブローチを手の中で回してみた。首を捻る。確かに魔力回路は活性化され、効果は出ているはずだ。しかし、変化がない。


「あ、あ、あ、あ……。」


 コルが後ろで、変な声をあげている。何事かと思ってモニカは顔を上げた。


 目の前にダンジョンがあった。


「これは……。」


 モニカは、立ち上がってダンジョンの穴の周りを歩いてみた。部屋の中央に〈(きゅう)〉を潰したような楕円の黒い物体があり、その一面にぽっかりとダンジョンに続く穴が開いていた。


「コルちゃん。探索の準備をして。中に入るよ。」


【11】


 準備を終えたモニカとコルは、部屋に鍵を掛けてから、ダンジョンに足を踏み入れた。


 第一階層目。何もなかった。


 いや、壁に刻み込まれた文字に見覚えがある。

「エリーの字……。」


 第二階層目。何もなかった。


 モニカは、段々と思い出して来た。どこかで見たことがある。

「モニカお姉様。何にも有りませんね。」


 第三階層目。


 ついに、辿り着いた。

 最初のダンジョン。財宝が仕舞われた部屋。4年前と同じだった。


「モニカお姉様! 凄い! 金ぴかですよ! これで金欠は解決ですね!」

 コルが〈装飾品〉を手にとって、満面の笑みで、モニカに見せびらかしてくる。


「コルちゃん、ひとまずはそれを置いておきなさい。」


 モニカは、少し泣きそうになったが、ぐっと堪えてコルを諌めた。


「はい……。」


 コルはしょんぼりした様子で、〈装飾品〉を元に戻す。


「この奥にも、部屋があるはず。まずはそちらへ。」


 次の部屋に向かう。

 そこには魔法陣があり、装飾品が散乱していた。部屋の隅には墓がある。壁には、ぶち壊された棚がある。

 モニカが割った、嬰児のホルマリン漬けらしき瓶をじっと見ると、全然関係なかった。植物の根だった。干からびていた。


「やはり。」

「モニカお姉様?」


 モニカは、腕を組んで人差し指を加えながら考え事を始めた。

 エリーが、わざわざ手紙を送ってくると言う事は、何らかの意味があるはず。あの時はエリーは何と言っていたか。確か、他の部屋の探索を、適当な理由をつけて止めさせたはず。その時から古代の魔術師の記憶があるとすれば、重要な何かがあるはずだ。

 しかし、その前にもう少しあのブローチについて仕組みを知っておきたい。例えば、中に人がいる状態で、ブローチの機能を切った場合。


 閉じ込められたら、間違いなく死ぬ。


「一度、急いで脱出するよ!」

「え、あ、はい!」


 モニカとコルは走った。

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