【02】19歳モニカ、街を探索する(1)
【1】
フルスベルグとは「川の街」という意味です。川の街というだけあって、街の中央に大きな川が流れ、町の名前を取ってフルスベルグ川と呼ばれています。
川の水は、この街の象徴であるとともに、町民の生活基盤となっております。川から引きこまれた水路は様々な生活用水として使われております。さらに、街中の井戸も利用されており、こちらは世界に誇るべき大変良質で美味であり、世界各地に輸出され、街の経済に大変な利益を与えております。
「フレスベルグの水」として世界各地の貴族が愛飲される水は飲むだけではありません。軽度の切り傷につければたちまち傷は塞がり治癒してしまいます。冒険者、旅人にも多大なる人気を誇っております。さらには軽度の病気であれば、飲めばあっというまに回復します。
なぜなら、この街の水は〈水の精霊〉によって祝福された水だからです。そう、この土地は、〈水の精霊〉によって愛された土地なのです。
何故、愛されているか。それを語るには、この街の歴史を約170年前に遡る必要があります。
かつてはこの土地は人はあまり住んでいませんでした。何故なら、〈水の精霊〉の暴走、即ち水害が多発したからです。洪水によって流されることの多かったこの土地は人が住むのに適していなかったのです。そして現地の人々は助けを求めました。現れたのは当時の宮廷魔術師クレメンス。
優秀な精霊使いであった彼は交渉しました。
「〈水の精霊〉よ、何故、かのように怒り狂うのか。」
その返事はこうでした。山に我ら水の精霊を汚し狂わす魔物がいる。それを退治して欲しい、と。
そしてその願いは叶えられました。いかなる英雄譚があったかは伝わっておりません。しかし結果として〈水の精霊〉は彼に感謝の意を示し、そして契約を交わしました。それからというものはこの街に洪水は起こらなくなり、街として栄えるようになりました。そして今日ではフルスベルグとして今に至るわけです。
この街に入ればまず目を向くのは、世界にも類をみない排水路でしょう。排水路を通る生活排水は全て、汚水浄化施設という建物に集約され、綺麗にされてから、川の下流に流されます。かのクレメンス氏が水の精霊と契約したモノの一つによるものと言われています。
すなわち、大精霊の〈水の上位精霊〉と小精霊の〈海の上位精霊〉と契約し、その際に授けられた知識を元に作られた施設であり、また町民は排水を浄化する義務があるという言い伝えがあるからです。
街中に縦横無尽に張り巡らされた水路には時々、〈水の精霊〉たちが顔を覗かせることがあります。彼女たちが好むのは特に水車の影。もし精霊を見ることができるなら彼女たちに話しかけてみてください。喜んで歓迎してくれるに違いありません。
【2】
「違いありません……と言われてもそれ、ガイドブックそのままの棒読みじゃない。」
モニカ=アーレルスマイヤは、エリノール=アーレルスマイヤに向かってジト目で呟いた。なお何度でも言うが、『アーレルスマイヤ』とは村の名前で出身地区を示すため、二人は姉妹というわけではない。姉妹ではない。
この国では、村というとほぼ運命共同体である為、家族という狭い範囲内で所属団体を区別する理由がないからである。実際、村の中の村民はほとんどが遠い親戚で繋がる。特に困ることはない。ただし街ぐらいの規模となると、区別する必要も出てくる為に地区名、家族名と姓が連なる人たちもいる。
「いやあー、でもフルスベルグに着くまでに復習するのも悪くないかと思ってさー。」
エリーは頭を手でクワシクワシと掻いて照れたように言い返す。勉強嫌いのエリーにとってこの発言は珍しい。モニカは少し驚いて目を開けて、手を両手でさすって少しおどけた。
「ほほう、エリノールさんにしては良い心がけですわね。」
「いやー、モニカっち、あたしだってたまにはお勉強するわよー?」
モニカはエリーの発言に何だか悲しくなってしまった。自分で勉強嫌いを自覚しているのか。文字が読めているのだし、モニカの記憶でも昔は勉強が嫌いではなかったはずだが。モニカ達の村では文字を教えてくれる男のヨボヨボなお爺ちゃん先生が居た。幼年期は農業で必要な文字やら暦やら教えてくれたものだ。またある程度の魔法の知識もあり、モニカは手のひらで踊る炎に目を輝かせた記憶がある。そういえばエリーはその時から私から離れていたな……。
……モニカは頭を振って過去の思い出を頭から追い出してエリーに向きあう。
「……と。それ、自分で言ってて悲しくない?」
「え?」
「いい、何でもない。」
「?」
どうやら、彼女には自分が勉強嫌いだと告白した自覚がなかったようだ。モニカはなんとも言えない脱力感を感じてガックリと肩を落とした。
街までの道中の会話は主にこれから行くフルスベルグに何しようかという話題が独占した。〈携行灯〉の光を頼りに二人でガイドブックを覗き込みあった。
「このフルスベルグ川って名前、結局、川の街の川って意味になるよねー。」
エリーはそんな単純な疑問を口にした。
「そうだねー。でも、名前を決めるのって案外大変なんじゃないかな。んー、あたし達の村でも三年前ぐらいになんかそんな話あったような……。」
モニカは村の記憶を掘り起こす。そう、それは娯楽の少ない村でかなり大きなイベントだったはずだ。すぐに思い出せた。
「あ、そうだそうだ。子供たちが珍しい虫を見つけたということで村長さんに見せに行ったら新種だってことがわかって。だから子供たちで名前つけていいって話になったんだよね。結局どうなったんだっけ。確か凄い偉い昆虫の先生が村にやってきてちょっとしたお祭りだったのを覚えているよ。」
発見された虫は、村長の家にあった昆虫図鑑に見つからなかったので、王都を手紙で送ったら、なんたら偉い先生が直接村までやってきてしまった。そこで空家になっていた家を急いで大掃除してそこに滞在してもらったのである。その時モニカは、その大掃除に駆り出された記憶がある。
「ああ、それね。発見した子供たちが虫に全員の名前を全部つけようとしてそれで異様に長い名前に。ええと、そうそうジュゲム君とか、ゴコー君とかの名前をつけて。寿限無寿限無五劫の擦り切れナンタラカンタラ……残りは覚えてないや。」
エリーが意外にも詳しい。モニカは純粋にその話に食いついて相槌を打つ。
「へー、そりゃ読みにくい名前になったもんだね。」
「そうそう、それで村長さんと学者先生が困っちゃって。結局、星が7つついてるからナナホシテントウなんて名前に落ち着いたんだ。」
子供たちが見つけたのは七つの星がついたてんとう虫らしい。アーレルスマイヤ村では秋になると山に蛍の光が幻想的な景色が見られるのをモニカは思い出していた。他村に自慢できる観光の一つだ。最も観光なんぞに力を入れられるほど人が多い村ではないのだが。
「そりゃわかりやすい。てか詳しいね、エリー。」
モニカは実は話の詳細を知らない。覚えているのは珍しい偉い先生の身の回りをしていたぐらいでその人が何をしたのかという記憶はあまりなかった。
「その時、私も一緒にいたの。」
「は?」
不意をつかれた。手が止まった。
「ああ、悔しかったなあッ。虫の名前に、あたしのも入れたんだけど……。」
「お前もかよッ!」
モニカはたまらずツッコミを入れ、かなり本気にどついているのだがエリーの方が体格がよく、わずかすら揺らぎもしない。ダンジョン内での自分と比べると思ったより少し元気が出てきたようだ。魔法を使っていないとこんなにも体力が回復するのか。それにしても相変わらずエリーは子どもっぽいなと思った。当時ですらエリーは16歳か17歳ぐらいだったはず。
「一応、護衛でついていったんだよね。いや子供たちが狼や熊に襲われると困るし。」
「前から野生児だとは思ってたけど、その時分ですら野山を駆けまわってたの……。」
「エッヘン。村長さんもエリーに任せておけば男たちより安心だって言われたもんね。」
そう言ってエリーはそのでかい胸を張って反り返った。モニカは呆れはてる。
「エリーに負ける男の人って……。いや、何でもない。」
過去のエリーの話を知るとなんだか自分の常識が崩れるかのような気がしてモニカはその話をそこで切り上げた。
エリーという女性は少年のような心を持っているらしく冒険譚や英雄譚などが好きだった。小難しい話を好んだモニカとは対照的に、竹を割ったようなストーリーが大好きで、そんなエリーがクレメンスの英雄譚に食いつくのは不思議なことではなかった。
「クレメンスの英雄譚って面白そう。」
エリーは英雄譚の文字を見つめて目を輝かせた。
「うん、あたしもそこの部分興味ある。この文章からは……なんというか何かを隠してるそういう意図が。」
モニカがモニカらしい感想を述べる。エリーにも今までの人生で隠したい事があった記憶があるので、モニカの推理に共感を得る所があった。
「きっと何かあったんだよ。恥ずかしい何かが。」
「何か知られたくないことでもあったのかな。」
「そうだねー。ウンコ踏んじゃったとか。」
「汚なっ。てか、下品な……。」
「あたし踏んだことあるよ。その時恥ずかしくて、色々となかった事にしたー。」
「いやいや、踏まんだろ……。そんな事が隠し事になるのエリーだけだよ、……て、しょうもないなもう。」
モニカはドキドキするような何か秘密めいた話題になるかと思いきや、エリーにかかると何故か下ネタになってしまったのでとりあえずエリーをどついておいた。……全く無反応でした。
今夜は天気が快晴。空に煌く多数の星々のおかげで普段なら全く見えないはずの街道も辛うじて見える。本来はこのぐらいであっても、女二人旅にとっては危険なことに変わりない。しかし国内で一番治安が良いとも言われるフルスベルグに近いということ、エリーの剣の腕はそこらへんの盗賊より強いという自覚もあって、二人はかなりお気楽モードで突き進む。最もいくら星々の光があったとしてもガイドブックが読めるような明るさではなかった為、残り少なくなった〈携行灯〉の油も全て流し込み、できるだけ大きな声で話し続けた。話し続ければそれだけ闇の不安に抵抗できるような気がしたから。
「モニカっち、街についたら何するー?」
「何するーって言ったって、まずは宿をとらんとダメでしょうに。それに殆どのお店閉まってるでしょう。」
モニカは冷静にツッコむ。こういう事務的なツッコミは体力は減らない。
「そうだけどー。宿取れるほどお金ないから、先にこの装飾品売っぱらっちゃおうよ。」
エリーは楽天的だ。そう簡単にできないことを簡単に言う。こういう場面はモニカが得意だ。
「いやー、難しいんじゃない。宿についてはまず一泊分のお金を払って、それから次の日に色々済ませてしまえばいいと思う。」
「次の日かー。」
さらにモニカが付け加えた。
「売るときも気を付けなくちゃだめよ。一つの場所でいっきに金を売ると目立つし、金の価格も崩れると思う。それにそういうところを狙われて盗られちゃうかもしれないし。」
「その時はあたしがエイヤッ、ドスッと。」
エリーは、目の前の仮想の敵にパンチやキックを繰り出した。片手に持つ〈携行灯〉の光が揺れる。
「しなくていいからッ、トラブル反対!」
何の後ろ盾のない部外者が町の住民と問題を起こした場合、たとえこっちに非がなくてもかなり不利になることが多い。エリーにはそこらへんを考えて自重して欲しいと思うモニカであった。
「えー。」
「それに〈装飾品〉売る交渉は私に任せて!」
「ぶーぶー。」
エリーは口を尖らせる。もっともエリー本人もそういった交渉ごとは苦手なことはわかっている。本気で反対しているわけではない。
【3】
そんな下らないことを話しあっているうちに、とうとうフルスベルグの入場門が薄っすらと見えてきた。遠目から見ると、門前では門番が検問と監視を行なっているようだ。既に真っ暗で正門は閉じられていて、門番は通用門の傍に一人しかおらず周辺にそれ以外の誰もいない。
「エリー……。今のうちに少しやらなければならないことがあるんだけど。〈携行灯〉の火を落として。後、私の言うことを聞いてくれない?」
「モニカっち?」
エリーに気がかりな事があった。門番にモニカの持っている財宝に目をつけられたら。入手先を聞かれたら。色々抗弁すればなんとかなる可能性はある。兵士の人格にもよるが賄賂を渡すことも可能だ。しかし無用なトラブルは避けたい。そして何よりもあの未発掘のダンジョンについて秘密にしたい。
……門番もだいぶうつらうつらとしている。何も起こらない夜勤なぞ、実際退屈以外の何者でもない。モニカは心の中でお疲れ様ですとひっそり励ましながら門番に近づく。門番も流石にこちらの〈携行灯〉の光に気がついたのか、強い警戒心でこちらに目を向けている。
「そこにいる二人組は何者だ?」
「あ、はい。旅人です。アーレルスマイヤ村の者です。この街に仕事を求めやってきました。」
モニカが対応する。こういう場面でエリーが出てくるとえらいことになる。本人もそれはわかっているらしくモニカの後ろでしおらしく待機している。
「こんな時間にか。」
「ええ、どうしても移動時間の都合でこうなってしまいました。」
兵士はやや胡散臭そうな顔をする。
「わかった。受付する。こっちの部屋に来てもらおうか。」
そう言われ、通用門の隣にある駐在所に連れてかれた。中にはもう一人兵士がいた。何かあればすぐに応援が呼べる体制のようだ。
「証明を見せてもらおうか。」
「こちらが証明です。」
首からかけた一枚の金属板を服の中から出す。アーレルスマイヤ村の出身であることを示す〈証明の金属板《IDプレート》〉だ。かなり強力な保護魔法がかかっていて王都にいるお偉い魔術師が作ったそうだ。旅をするならほぼ必需品である。村長に頭を下げて譲ってもらった。エリーも同様に金属板を出す。
「ふむ。」
そんな〈魔法具〉の偽装なんてできるわけもなく、兵士は手に取った二人分の証明に軽く目を通し、モニカ達の身分を確認した。
「良いだろう。入場は二人で銀貨2枚だ。」
言われた通りに2枚支払う。銀貨1枚で一日分の食事が取れるほどだからそれなりのお値段だ。出たり入ったりする度にこれを支払わされるのか……?
「では、こちらにサインを。」
言われるままにサインをする。
「手続きは終了だ。旅人なら歓迎しよう。フルスベルグへようこそ。モニカ嬢、エリノール嬢。」
あれ。荷物を探らないのか……。いや、探らないのなら話は楽だ。拍子抜けしたと同時にほっと一安心した。ここで追い出されたりトラブルを引き起こせば、外で下宿しなければならない。やれないことはないがやはりベッドの有無は大きい。そうならない為にもこれから宿を探さないと行けない。そこでモニカは目の前の兵士に聞いてみた。
「夜中でもやっている宿について教えていただけますか?」
色々尋ねてみるとどうやら宿地区というものがあり、そこに宿の店が固まっているとのこと。門から一番近い宿街について教えてもらった。
【4】
街中に入ってみると、なんと街灯が点々と灯ってる。正直言ってモニカはこんな光景を初めて見た。今まで見てきた街は夜は完全に暗闇に包まれ、ほんの僅かな店――風俗店や専用宿が明かりを灯しながら経営しているぐらい。
その街灯も、初めは行灯かと思ったら全く違うようだ。よく考えれば、そんな街全体を照らすような明かりを灯すなら、油がいくらあったって足りなくなってしまう。下から見あげただけなのではっきりはわからないが、恐らく魔法付与によって〈光の精霊〉を閉じ込めた何かだと思われた。どちらにしても高価だ。魔法付与は必ずと言って良い程、金を使う。金は付与した魔法の効果延長を行う作用があるから。それを十字路といった要所要所だけとはいえ街中に配置するとは……。
「モニカっち?」
モニカはそこでハッと気がついた。いつの間にか両手を組んで顎に触れているポーズだった。面白いものを目にするとついつい考えこんでしまう悪い癖だ。
「ごめんごめん。」
今は夜も遅く、あれこれ考えている暇などなかったのだ。慌てて気をとりなおした夜道を足早に歩き、結局、夜中でも空いていて一番近い宿に泊まることにした。宿にたどり着くと部屋を一つ取った。
宿の亭主はこんな夜中に女性二人の来訪に目を丸くしていた。夜中に開いている宿は大抵は風俗店に行った冒険者たちが帰ってくるのを待つ為に開いているというのが主な理由だったかららしい。ちなみに一泊の家賃は一人あたり銀貨3枚で6枚だった。お財布の銀貨は残り銀貨4枚ぐらいしかない。街に入るだけでも思った以上の出費だった。
そして案内された部屋について一息つく。荷物を下ろした後にベッドで横になりながら二人で話し合う。モニカは横になると思った以上に疲れを感じていた。
「ふぅ……一刻はどうなるかと思った。」
「いやー、本当に幸運だったね。しばらくはお金にも困らないだろうし。」
エリーらしいというかなんと言うか。ダンジョンでの燥ぎっぷりを見ると本当に嬉しそうな声色だ。だからそのことについてモニカは指摘する。
「うん、エリー、すごい嬉しそうに燥いでたよね。」
「いやあ、だって〈装飾品〉が嫌いな女の子はいませんよ。」
……そっちか。意外にエリーも女の子でした。
「ま、まあ、私も好きですし。でもね、見せびらかすと盗られたり、強請られたり、殺されちゃうかもしれないから身につけるのは難しいんじゃないかな。」
「えー、そうかなー。」
この危機管理感覚はいったいどこから生まれてくるのだろう。本当にエリーは不思議でしょうがない。モニカにしてみればエリーに対する頭の痛い案件の一つである。
実際、派手な装飾品を身につけることでトラブルに巻き込まれるという話は稀にある。貴族ですら一時期「見えない所を豪華にする」なんてのが流行っていたことがあるくらい。流行らせた人の名前を取ってナントカ式衣装とかいう名前だった気がするが、詳細は知らない。所詮、風の噂で聞いた程度だから。
ベッドに横になってから話が落ち着いた頃、モニカはつい口走ってしまった。
「あーでも草臥れたー。」
エリーがそれに素早く反応する。
「ほほう、草臥れましたか。エリー?」
やはり狙いはアレか。アレなのか?
「ええ、草臥れました。モニカっち。」
「じゃあ、さっそくアレしますか?エリー?」
「アレですか?モニカっち。」
間違いない、アレだ。
「ええ、アレです。」
エリーも同じ事を考えていたようだ。二人同時に叫ぶ。
「温泉!」
ガイドブックにさらりと書いてあった温泉。旅の疲れを癒す為に初日とは言え、既に夜とはいえ寝る前に入っておきたい。温泉と言えば国内では貴族が入るという贅沢な代物だ。普通は水と布で身体を拭く程度で済ませる。それがこの街では一般庶民ですら入れるという。そんな贅沢な話なら温泉に入られずにいられようか。いや、いられまい。
「この街の名物だと言われるとねー。」
「とねー。」
こういうところでは意気投合というか阿吽の呼吸というか、会話がハモる。宿屋のご主人に聞いてみると、なんと備え付けの温泉というものがあるらしい。エリーとモニカはひどく驚いた。
「なんだってー!」
最初は共同財産であった温泉も、湯治に来る人間、特に貴族の需要に合わせて、宿と温泉の複合施設が許されるようになり、それ以降、宿のギルドと温泉のギルドは合併したのは随分前になるという。冒険者と貴族が同じ施設に入ることはあるのだろうか、とモニカは疑問に思ったのだが高級旅館が真似したらギルドの伝で皆マネしだし、今ではどの旅館も小規模な温泉を保持するに至っているそうな。
「この街は色々とおかしい……。これは罠か……。そうか、お湯に触れると服が溶けるんだ……。」
ご主人に温泉に案内されるまでモニカはうわ言のように呟き続けた。なかなか宿のご主人に失礼な発言も飛び出していたが、思考停止状態になるとモニカも周りが見えなくなるようだ。そんなモニカの様子を見ていてエリーはなんとも言えない生暖かい表情をしていたのにモニカは気がついていない。
温泉について中を覗くと誰もいない。それもそうだ、この真っ暗闇の中で入る人はそうは居ない。ご主人曰く、大抵の住民は朝入るそうだ。夜は風俗店に行って朝帰りしてから入るため、二人には朝方は近寄らないほうがいいだろうと言われた。モニカは若干顔を引きつりつつもコクコクと首を縦に振った。
【5】
宿のご主人が立ち去った後、着替え室でエリーもモニカも旅装を全て脱いですっぽんぽんになった。もちろん二人共〈装飾品〉も全て脱いだ。
「そういえばこの作戦は不発だったなあ。」
「モニカっちは心配性すぎるんだよー。」
モニカが立てた作戦、それは〈装飾品〉をできるだけ衣服に隠して身につけ検問を超えるというものである。当然隠し切れないものはバックパックの底に隠し、さらに余ったものは門周辺の木の根元に埋めた。検問で荷物の検査がない以上、明日、埋めた財宝を取りに行かなくてはならない。余計な仕事が増えたものだ。
「命がかかってるんだもの、心配しなくて死ぬことはあるけど、心配をしすぎて悪いことなんて一度もない。」
「……そんな事ないと思う。モニカっちが頑張りすぎると顔が暗くなるんだもん。」
「エリー?」
ハッとしたエリーは照れ隠ししたかのように走りだす。
「な、なんでもないッ。先に温泉に入っちゃうよッ。ほら、一番乗りだぜッ!」
不意をつかれたモニカも慌ててエリーの後を追う。
「あ、待てッ。」
ドタドタと二人して温泉に入る。薄暗くなっているが、ご主人が二人の為に特別に準備してくれた行灯のおかげでなんとはなく湯船の様子がわかる。モニカとエリーは主人に言われた通りにまず軽く掛け湯を自分たちの身体にかけた後、湯船に浸かった。このような公衆浴場に入る前に掛け湯をかけるのはマナーらしい。
「いいお湯だねー。」
「そだねー。」
暗闇の中、油灯の揺らめく明かりにモニカの顔に妖艶さがにじみ出ている。エリーはふとなんともなしにモニカを見つめる。すると首を傾げて見つめ返してくる。
「ん?」
エリーはドキリとした。
モニカの艶やかなブロンドの髪、キリリと真っ直ぐ伸びる眉毛、対して少したれ目で妖艶さを感じる長い睫毛。綺麗なスカイブルーの目。鼻はスラリとして真っ直ぐ。唇はサクランボのようにふっくらとして、頬っぺたはぷにぷにしたやや童顔。おっぱいはややふっくらとして大きすぎもせず小さくもなく、手に収まるほどの美乳。出るところは出てる一方、ウェストはキュっと引き締まっていて、お尻はやや大きく安産型。全体的にほんのり赤みが掛かっているのは温泉で火照ってるためか。その魅惑に身体が何故か疼いた。
「エリー?」
はっ。今、何を考えてた。落ち着け落ち着け。そう、モニカは友だち。大事な友だち。大好きな友だち。ひっひっふー、ひっひっふー。落ち着いた。
……よし。
「い、いや、何でもないよー。モニカっちのおっぱい揉めば、大きくなるかなあと思っただけー。」
「なっ。」
モニカは自分のおっぱいがエリーと比べて小さいのを気にしていたので、突然そんな事を言われ、口をパクパクさせるだけで何も言うことが出来なかった。
「さあさあモニカっち、揉んでさしあげましょうー。ただ今。直ちに。速やかに。即急に。」
「ちょ、やめっ。そ、そのわきわきしてる手、何ッ。ねえッ!」
エリーは手をニギニギさせて、モニカのおっぱいに標準を合わせた。その気配を察してモニカが一歩下がる。
「いやあ、モニカっち、小ぶりだけどええチチしてますなあー。」
「ちょ、やめッ。てかオヤジ臭えッ!」
「やめてあげません。」
ズビシッと顔を決めながら、エリーの手はとうとうターゲットに着弾した。
「あん、やめ!くすぐった、ひ、ひひひ、やめてって!」
「にしししし。モニカっちもあたしのおっぱいに反撃すれば良いのだ。モニカっちが勝てばやめてあげよう。」
一方的にエリーがモニカを攻める。とうとうモニカもキレたようだ。
「あー、もうッ、怒ったッ。やったなー。お返ししてやる!」
「キャッ」
モニカの思わぬ反撃にエリーは足を滑らせて、湯船の中でモニカがエリーに覆いかぶさる形になった。
「むむ。」
「やったなーッ!」
【6】
夜更けた湯船の中で二人して乳繰りあう黄色い声がしばらく反響し続けた。そうこうするうちに二人ともども完全に茹で上がってしまい、心配になって見に来てくれた女将さんに助けられてしまった。
「ふー。ふ、不毛な戦いだった……。」
「ああ…あー…あー……あ……。」
部屋に戻ってきたときは、エリーより体力がないモニカは既に朦朧として、もはやアーアーしか言わない。少しやりすぎたかとエリーは蚤の心臓ぐらい反省した。
女将さんが言うには夜風に当たると良いとのことなので、窓を開け夜風に当ててエリーははそのそばで扇で風を送っている。服は自分たちのものではなく宿屋が貸してくれた貫頭衣を着ている。着心地は良かった。
「今日も一日終わったな……。」
エリーはモニカのそばでひとり呟く。モニカの反応はない。窓から外を見上げると点在する街灯と空一面に輝く星々が、まるで宝石箱を散りばめたような輝きを放っている。
エリーは星座について詳しくはない。村娘の最低限の知識として黄道十二星座の季節が分かる程度。今日はは乙女月の12日。ちょうど乙女座が一番高くなる頃で、暑い時期がまだ続くが少し日が短くなり、夜は随分と過ごしやすくなる時期である。トマトが収穫できる季節だ。また、星座には季節だけではなくて魔術的な意味合いをもつ。、例えば、乙女座と水瓶座は水の精霊の能力が増加する時期であるために、水属性魔術の威力が増加するのだ。それだけならば良いが、水属性を含めた魔方陣を構築する場合、水力の加減を抑える抵抗を組み込まなければならない。初級ならそこまでの魔力圧はかからないので必要ないのだが、上級魔方陣になると時期によって異なる魔力圧に応じた迂回経路を組み込んだ魔方陣を組まねばならない。これらのことは魔術について勉強しているモニカなら詳しいことを教えてくれるだろう。
エリーは星座について色々と思い耽け飽きたので、ふとモニカに目を戻すと、穏やかな顔ですーすーと寝息を立てている。年下だけど、あたしなんかより女の魅力に溢れた女の子。
キスしてみようか。
モニカの唇はふっくらした健康的な紅色。とてもおいしそう。
キスしたい。
そんな情欲に押し流される。
思い切ってモニカの唇に顔を近づけて口をつける。
いつまでそのままの状態でいたろうか。
「んん……。」
そのモニカの寝言にエリーはハッと我に返る。もうそろそろ涼んだだろうと思って窓を閉めた後、モニカの為に毛布をかけてやる。ベッドまで動かすのは気が引けた。そしてエリーも一つ欠伸をして、ベッドにではなく、モニカの隣で毛布をかぶって眠りについた。
……眠れない。
……体が火照って眠れない。先ほどお風呂に入った為か?
エリーは手を股の間に入れ、毛布の中で身体を包めて静まるのを待った。
……はあっ、はあっ、はあっ。