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名もなき魔術師の一生  作者: きゅえる
【2章】
28/106

【31】23歳モニカ、犯罪者を捕らえる(3)

【11】


 魔術師同士の戦いは、距離によって3通りある。


 一つ目は、遠距離戦。単純に魔法の投げつけあいだ。相手の魔法をかわしながら魔法を撃つ。

 二つ目は、中距離戦。相手の精霊の支配を妨害し、乗っ取る。つまり、精霊の支配権を巡って綱引きをする。

 そして、三つ目は……いや、この場面では中距離戦だ。それを考えよう。


「〈光の精霊(イルリヒト)〉よッ! 我が求めに応じよッ!」


 モニカは周囲の炎の光から〈光の精霊〉を呼び出した。先ほど召喚した分でイヤリングに備蓄していた精霊は使い果たしてしまっている。


 モニカの周りに赤い光球が10、くるくると回転しながら踊り回った。そのまま、敵の光球の支配に干渉する。特に〈閃光〉で、こちらの目を奪われると危険だ。それをされないように特に注意する。


 これでモニカが召喚しているのは、光源兼、相手に干渉している〈光の精霊(イルリヒト)〉と、周囲の火を管理している〈火の精霊(サラマンデル)〉だ。まだ、口を開く余裕はある。


「コルちゃんッ、私の縄で階下の人たちを縛ってッ!」

「はい!」


 そうすれば敵は残り三人だ。後ろを気にせずに、戦うことができる。

 コルは慌てて、短剣を取り出し、モニカの腰に巻きつけてあった縄を切ろうとした。


 その時、階上から雄叫びが聞こえた。

 モニカもコルも、はっと階上に注意が向く。


「ちぇあああああぁ!」


 上を見れば、部屋に居た若い方の〈侍女(メイド)〉が、階段上からモップを上段に振り上げて、飛び掛かってきた。

 当然、モニカもコルもラルスも、身を屈めてかわす。


「ああああっ! と……とと……おっ……あっ……。」


 侍女が踊り場の淵で踊っている。


「……。」


 蹴った。


「あああっ、ぎゃっ、ぐわっ、あへっ……あぎゅっ!」


 さて、敵はあと二人だ。


「コルちゃん、今のも頼む。」

「はい。」


 改めて、コルはモニカの縄を切って階下に降りていった。

 これで背後は気にする必要はない。安心したモニカは改めて階上を見る。

 やれやれと言った顔で執事が手袋を付けながら、ゆっくり降りてきていた。

 モニカは、最初から執事には最大の警戒を払っていた。戦士のようだが、この場面になっても、この男だけ武器がわからない。危険だ。


「ラルス君、あの執事、強敵よ? いける?」

「わかってらい!」


 執事が服の下から武器を取り出す。

 まるで見たことがない形状の2本の短剣だった。

 刃は、短剣、もしくは中剣程度の長さだ。しかし、握りが通常の短剣の柄とは大きく異なっている。握りが、刀身と垂直に、鍔とは平行に手に持つ形になっている。

 執事が構えた。その構えは拳闘の形だ。


 ということは。


 拳で殴りつけるように、刺す事に特化した短剣ということだ。


「ラルス君ッ、敵の短剣は刺突特化ッ。間合いに気をつッ!」


 モニカは最後まで言い切る事ができなかった。10の紅い光球のうち、1つが弾けて消えたからだ。敵の干渉を受けて、強制送還された。残り9つ。

 慌てて〈光の精霊(イルリヒト)〉を操作。敵の干渉を跳ね除ける。その時、何か違和感を覚えた。

 先ほどから、相手の支配の手綱の手応えを感じているのだが、どうも間隔が一定過ぎる。裏で何かをやっているような。

 だが、考えた所では、直ぐにこの答えは出ないと気がついた。周囲を見回して、何か手がかりを得なければならない。


 ラルスの方を見ると、長剣の間合いを生かして、二倍の手数を持つ執事の攻撃をなんとかいなしている。

 彼には少し荷が重いかもしれない。ラルスが打ち負ける前に何らかの手を出さないと、敗北する。


 その時、頭がチリッとした。

 紅い光球の一つがまた弾けて消えた。残り8つ。

 光源はラルスにとっても生命線だ。ラルスの背後から照らすことによって、敵の動きをよく照らし出すとともに、敵にとっては逆光になる。


 この場面、どうする?


 敵の〈光の精霊(イルリヒト)〉を制圧してから、執事をラルスに倒させるべきか。

 執事をラルスと共に、〈火の精霊(サラマンデル)〉で攻撃し、まず執事を倒すべきか。

 まず、敵の魔術師が何かをしているかを見抜くべきか。


 モニカは決断した。


【12】


 光球は残り8つある。ラルスももう少し持ち堪えるだろう。


 まず敵の魔術師の企みを見抜かなければならない。

 どんなに不利な状況でも、不確定要素は出来るだけ潰さねば、正しい勝率が出せない。正しい勝率を出せなければ最善の手が打てない。


 まずは観察した。


魔術師の姿。見えない。恐らく侍女。

ラルス。防戦一方だ。

執事。両腕の突きが凄まじく鋭い。

敵の光球。眩しい。


 だめだ、もっと考えろッ!

 敵の魔術師ならば何を考えるッ!

 紅い光球がまた一つ消えた。残り7つ。


執事の戦闘補助。その様子はない。

ラルスの妨害。その様子はない。

モニカの妨害。その様子はない。


 そんなはずはないッ!

 何かやっているはずなんだッ!

 光球がまた一つ。残り6つ。

 くそ、敵の方が精霊の扱いが上手いッ!


モニカの妨害。一番可能性がある。


 まず、それを考えろッ!


階段上。何も見えない。

階段上。何も聞こえない。

階段上。何も臭わな……(にお)い?


 光球が弾けた。残り5つ。

 再召喚する余裕などない。

 妨害され続けているのだ。

 光球が全て消えた時、執事に制圧される。


臭い。

鉄の臭い。ラルスと執事の武器。

火の臭い。階段の火。

汗の臭い。ラルスと執事。

布の臭い。階段の絨毯。

木の臭い。階段の手摺り。

水の臭い。水?


 〈水の精霊(ウンディーネ)〉かッ!

 光球が消滅する。残り4つ。


「〈火の精霊(サラマンデル)〉ッ、手摺りを燃やせッ!」


 踊り場で燃え盛る火から、舌が伸び、手摺りを燃やした。予想通り、激しい水の蒸発音がした。

 敵の魔術師は、光球が作る影を使って、密かに水をモニカの周囲に集めていたのだ。


 なんの為に?


 〈火の精霊(サラマンデル)〉の火種を消す為に。


 目論見を見抜かれた敵は、激しく動揺した。モニカはその隙をついて、敵の〈光の精霊(イルリヒト)〉の支配に強く干渉。敵の白い光球を2つ消し飛ばした。敵の光球は残り5つ。


 敵の魔術師の手札は、水と光。

 勝算が見えた。

 後は『詰め』るのみ。


「〈火の精霊(サラマンデル)〉、階上を燃やせッ!」


 初めに、火の精霊(サラマンデル)で階上を燃やす。当然、敵は、水の精霊(ウンディーネ)で消化に入るだろう。


 予想通り、階上から凄まじい水の蒸発音が聞こえた。当たり前だ。屋敷を燃やしてはいけないし、第一、本人の身が危ない。


 敵は水の精霊(ウンディーネ)の操作に専念することで、光の精霊(イルリヒト)の操作が疎かになる。先ほどの隙を見れば、当然の予想だ。


 予想通り、敵の光の精霊(イルリヒト)の支配力が弱まった。そこを一気に制圧する。


「〈光の精霊(イルリヒト)〉よッ、汝の主は我なりッ! 用は済んだッ、感謝するッ!」


 敵の白い光球を3つ弾き飛ばした。残り2つ。ここまでくれば後は余裕だ。

 執事の明かりは2つ。逆光は4つ。そして、今は敵の干渉が弱まっている。


「〈光の精霊(イルリヒト)〉ッ、光り輝けッ!」


 最大光量でモニカの紅い光球を光らせた。執事は咄嗟に目を隠した。両腕を顔の前に覆う。流石に予想はしていたようだ。

 だが、ラルスはその機会を見逃さずに、一歩踏み込み、長剣で真横に斬りつけた。

 執事服の袖を裂き、皮膚を裂き、肉を裂いた。骨で止まったものの、そのまま後ろに倒れこんだ。

 握力を失い、執事の両手から短剣が滑り落ちた。


「ラルス君!」


 ラルスは返事を返さずに、長剣の切っ先を、倒れこんだ執事の首先に突きつけた。


「勝ち……だな。」


 モニカは横から、先ほどの侍従のレイピア2本を執事の腋下(えきか)に差し込んだ。これで執事が寝返りをうって、反撃に転じる事が出来なくなる。最も、既に武器は持てないのだが、念の為だ。


「上の侍女に降伏するように伝えてもらえませんか? 殺すつもりはありません。ただ、ここの主に会わせてください。」


 モニカは執事の顔を真正面から見つめて言った。執事は、モニカの視線を堂々と受け止めている。


「ふむ……。」


「消火も手伝います。皆さんの治療もします。燃やした分の弁償もします。降伏して、まずは私たちの話を聞いてください。」


 執事は、チラと階段上に視線を向ける。モニカは視線を動かすわけにはいかなかったが、多分、侍女と目で会話をしているのだろう。

 やがて会話が済んだのか、再びモニカを見つめた。


「分かった。降伏しよう。」


【13】


 まず、モニカは消火を手伝う事になった。〈火の精霊(サラマンデル)〉に火を広げないように指示。

 一階に降りてきた魔術師の侍女が〈水の精霊(ウンディーネ)〉を使って、一階の温泉から階段下まで運ぶ。モニカはその水を同じく、水の精霊を使って、二階まで運んで火に散布する。間もなく消火された。

 次に、一番傷の酷い執事が、コルの治療を受けた。執事は驚いていたようだ。握力の戻った手でにぎにぎする。


「この若さで、この技能(スキル)は驚きだな。」


 階下に落ちた侍従と侍女についてはコルが縛った時点で治療していたようだ。今は全員、開放してある。そして、全員が客間に揃った。


「先ずは、自己紹介からしようか。俺が執事のゼバスティアンだ。冒険者クラスDだ。残りの者はおいおい紹介しよう。まだ、君らに心を許してないのでな。」


 当然の対応だと思ったので、モニカは特に言うこともなく、そのまま自分達の紹介をする。


「私はモニカです。彼女がコルネリア。彼がラルスです。」


 執事のゼバスティアンは三人の顔を交互に見比べ、最後にラルスの顔に目を留めた。


「ラルス君か。あの場面でトイレに行きたいと言い出された時は、どうしようかと思ったぞ。」


 侍女二人がクスクスと笑い出す。侍従二人の方も声は出さないものの、笑いをぐっと堪えていた。


「生理的反応だから、しょーがないだろー!」


 ラルスは顔を真っ赤にして言い訳をした。

 モニカは咳払いをして、話を元に戻す。


「この屋敷では度々、悲鳴が聞こえるそうですが。」

「うむ、マルティナ様の部屋からたまに聞こえるが、今まで我々は異常と思ったことはない。」

「それは何故ですか?」


 ゼバスティアンは執事らしからぬ顔で遠い目をした。やがてモニカに向き直る。


「話は10年前に遡る。」


 当時のことを思い出しているのだろうか。ここではない何処かを見ている目をしている。


「マルティナ様と旦那様は、当時4歳と2歳のご子息を病気で亡くされた。」


 モニカは、無言で頷く。そこまでは資料に書いてある事だ。


「その時から、マルティナ様はどこかおかしくなってしまわれた。やがて自分の部屋に引きこもるようになった。旦那様は最初は、そんなマルティナ様を慰めようとしておられた。」


 モニカは辛抱強く、聞きに徹している。ゼバスティアンも思い出すのが辛いのか、なかなか次の言葉が出ない。


「何があったのかわからない。結果として旦那様は、マルティナ様と離婚。この屋敷を出ていかれた。」


 ゼバスティアンは目を伏せた。後ろに立つ最年長の侍女が辛そうな顔をしている。それ以外の侍従は興味あるという顔だ。当時居たのは、この執事と最年長の侍女なのだろう。


「自責の念かどうかわからないが、その時から時折、部屋の中から嘆きの声が響き渡るようになった。」


 それで、悲鳴を聞いていても執事達は変とも思わなかったのか。しかし、そんな生活を10年も続けることができるのだろうか。


「事情はわかりました。しかし、変だとは思わなかったのですか?」


 ゼバスティアンはちらりと最年長の侍女に目を向けた。そして侍女は頷いた。何らかのやり取りがあったのだろう。


「本音を言えば、年を経るにつれて変だなとは思った。だが、行動する機会は既に失われていた。我々は仕える身。何らかの事件を契機に行動する事はあっても、自分の意思で行動する事は出来ない。」


「あの。」

 ここでコルが口を出してきた。彼女は「ご主人様に全てを捧げる事が喜び」という世界から帰ってきた女性なのだ。言いたいこともあるのだろう。


「行動しない事が、(あるじ)の不幸を招き寄せることがあります。皆さんはもっと自分の意思を持つべきです。そして自分の意思で主を救ってください。今がその決断をする時だ、と私は思います。」


 歳の割に妙に迫力のあるコルの発言に年上の執事達は気圧されたようだ。ひょっとしたらコルには哲学士、もしくは伝道師の素質があるのかもしれない。

 コルの説教が効いたのか、ゼバスティアンは徐々に真剣な顔になり、やがてマルティナの今について語り始めた。


「……今でも、マルティナ様は夜中に起き上がって、自分の部屋をお出になる。そして、飲食、小用などをなされ、朝になる頃に戻られるのだ。」


 モニカは目を丸くした。それでは、もうすぐ本人が起き上がってくるではないか!


「君らが言っていた冒険者は、夜中にやって来て、マルティナ様に会っていたのは確かだ。だが、その後どうなったかまでは知らない。」


 ハッとした。


「では最初に、冒険者は無事に帰った、というのは嘘ですね。」

「結果的にはそうだな。我々は最後までマルティナ様に付き合うことは難しい。だが、当然帰ったと思っていた。」


 モニカは、次の事を考え始めた。もうすぐマルティナが起きてくるのならば、速やかに戦闘準備に入らなければならない。恐らく戦いになる。


「話はわかりました。つかぬ事をお聞きしますが、皆さんは私達と共に戦ってもらえますか?」


「それは……。」


 執事が言い淀んで後ろを振り返った。侍女が首を横に降った。モニカはこの二人の関係も気になり始めた。執事が意見の長と思っていたのだが、本当の長はあの侍女ではないか?


 だがそんな考えは、次の瞬間吹き飛んだ。


「我々には無理だ。どうか君らにお願いしたい。マルティナ様を止めてくれ。どうか、頼む。」


 向き直ったゼバスティアンの瞳からは、一縷の涙を流れていた。モニカは驚いた。男が泣くのを初めて見た。


 モニカは推理する。どうも、執事と主の距離が近過ぎる。そして、執事と侍女の関係も変だ。共通点は冒険者クラスD、同年代。魔術師の侍女も〈多重召喚(マルチサモン)〉が使える、恐らく冒険者。


「ひょっとして、貴方達の関係は……。」


「マルティナ様は、マルティナの本名はマルティナ=フルスベルグ。貴族だ。名を隠して冒険者になった。だから、冒険者組合に族名(ぞくな)の記載がない。そして俺と、後ろのリタは、かつての仲間、つまり同じ〈党員(パーティーメンバー)〉で、マルティナは〈党首(パーティーリーダー)〉だ。」


 モニカの予想を超えていた。マルティナが貴族だとは露とも思わなかった。

 しかし、彼の想いは受け取った。受け取らないなど、できるはずもなかった。


「わかりました。貴方達の代わりにマルティナを止めます。では、彼女の部屋を教えて頂けますか?」


「わかった。案内しよう。」


 ゼバスティアンは立ち上がった。


「マルティナ様の部屋は……地下だ。」

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