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名もなき魔術師の一生  作者: きゅえる
【2章】
27/106

【30】23歳モニカ、犯罪者を捕らえる(2)

【9】


 部屋に侵入した。


 モニカは、暗闇の中を目で探り、人の気配が無いことを確認した。〈地の精霊(ノーム)〉を送還。安心して〈光の精霊(イルリヒト)〉を召喚する。明かりで、部屋の全容が明らかになった。


 そこは子供部屋だった。


 暖炉の隣に、黒石と白石の数合わせ。

 部屋の片隅に木馬のシーソー。

 机下にはオモチャの乳母車。

 床には、散乱した積み木セット。

 机上には、絵合わせのサイコロ。


 どれもこれも、埃が薄っすら積もっている。掃除もされていないし、使われてもいないようだ。ただ、部屋の扉と窓を繋ぐ線の床に、何度も人が通った痕跡だけがあった。


 モニカは言うべき言葉が見つからない。

「これは……。」


 書類によれば、マルティナには子供は居ないはずなのだ。そう、居ないはず。二人、子供を産んだが、どちらも10年以上前に病死している。


 不安になったコルが、話しかけてくる。

「何だか気味が悪いです……。」


 その言葉で我に返ったモニカは、次の事を考えた。


「コルちゃん、光いくつ出せる?」


 戸惑いがちにコルは答えた。


「えっと……最大で5つだと思います。」

「なら、2つ出しておいて。ラルス君とコルちゃんの分だけでいいわ。」

「はい、モニカお姉様。」


 コルは〈光の精霊(イルリヒト)〉を召喚、2つの光球をゆらゆらと漂わせた。モニカも同じように、自分の分とラルスの分を召喚した。

 これで万が一、〈(パーティー)〉がはぐれてもモニカ、コルのどちらかが居れば、ラルスが困る事はない。


 モニカはゆっくりと扉の把手(とって)に手をかけ、廊下に出る。


「先ずは一階の探索ね。」


 ゆっくりと身構えながら、一つ一つ扉を開け、中を確認する。コルとラルスは大人しくついて来ている。


 厨房、貯蔵庫に降りる縦穴、食堂、温泉、娯楽室、玄関。


 高級住宅にあるだろう部屋が一通り揃っていた。モニカは、何だか気が抜けてしまった。コルも緊張感が解れているようだ。足並みが軽くなっていた。


 モニカは次の扉を開ける。この部屋は少し肌寒い。コルが口をポカンと開けて、どんな部屋だろうという顔をしていた。


「ここは?」

「おトイレだね。」


 小部屋の中央に穴の空いた椅子と蓋がある。部屋の片隅には土の入った袋が置かれ、そこから椅子に向って、金属の(とい)が配置されている。横に備え付けられた木箱の中には、大きな葉っぱの束が入れられていた。


 モニカは使い方を知っている。

 用を足した後、葉っぱでお尻を拭く。葉っぱも投げ入れた後、横に備え付けられた袋を開けて、樋に流し込むのだ。そして排泄物に上から土を被せる。これで臭いが最小限に抑えられる。

 この部屋の外に行けば、横から掻き出せる設備が整っている筈だ。

 イル先生の〈依頼(クエスト)〉で嫌というほど、高級住宅の排泄物を掻き集めさせられた。二重の意味で嫌な思い出だ。

 進んで何でもやると自負していたモニカにとって、唯一の敗北でもある。結局、エリーに仕事を変わってもらった。


 だが、そのエリーも、イル先生も、今は。


 いない。


 モニカは気がつけば、指を咥えていた。そこにコルが話しかけてきた。

「高級住宅のおトイレは、こういう作りなんですね。」


 コルが知らないのも無理はない。

 普段、モニカ達が宿で利用しているのは、地中に設置された壺に蓋をするだけの簡素な物だ。蓋を開けると凄まじい。異臭の中で用を足すのだ。


「さあ、次に行こう。」

 モニカは扉を閉め、次に向かった。


 結局、一階には誰も居なかった。最初の子供部屋以外、掃除もされていた。人が住んでいるのは間違いないはずだが。


「次は二階ね。恐らく住民はそこにいると思う。戦闘の準備はいいわね?」


 コルが首を縦に動かしたのを確認して、モニカは階段に足を掛けた。つい、武器と防具を触って、そこにあるのを確認する。


「な、なあ、姉ちゃん。」


 さっきから静かだったラルスが妙に焦った表情でモニカを呼び止めた。


「ん、なに?」


 少々キツい言葉になってしまったが、この状況で優しい言葉は不可能だ。モニカは心を沈めた。


「ト、トイレ行きたい……。」


 一瞬、何を言われたのか理解できなかった。階段に足を掛けたまま固まってしまった。

 モニカは、ようやく頭が動き出し、全身が脱力してしまった。階段に掛けた足を降ろし、腰に手を当てて大きな息を吐くと、ラルスに向かって、力ない言葉で呟いた。


「先ほどのトイレの所まで一緒に戻るから、そこで用を足しなさい。」

「姉ちゃん、ごめん。」


 生意気なラルスも、流石に悪いという気持ちはあるようだ。しおらしくモニカに謝った。


「何なら、用を足す所まで真横で見ててもいいのよ?」

 モニカは意地悪したくなった。

「え、それはちょっと……。」

 ラルスは目を逸らして、たじろいだ。

「冗談よ。」


 ラルスはトイレに駆け込んだ。モニカとコルは扉の外で待った。待っていると、コルがモニカの耳元まで近づき、囁いた。


「モニカお姉様。あの男の子、何だか嫌です。さっきから邪魔ばかり。」


 コルは珍しく不満を吐く。


「コルちゃん、彼は多分、危険のない幸せな幼少期を過ごして来たのよ。だから危機意識がちょっと欠けているだけ。エリーだって、最初はそうだったの。だから、もうちょっと彼を判断するのは待ってあげて。」


 コルは思ってもみなかったことを言われたようで目を丸くした。

「エリーお姉様が……?」

 コルは、エリーの話のところに反応したらしい。その様子に、モニカはもう一言声をかけようと、息を吸った。その時、扉が開く音がした。


「ごめん、待たせた。」

「大丈夫よ。問題ないわ。」


 モニカは、ラルスの姿を確認した後、階段に向って歩き出した。


「じゃあ、2階に向かうよ。」


「はい、モニカお姉様。」

「お、おう。」


 廊下を歩きながら、モニカはラルスに話しかけた。

「ラルス君、最後に飲み物を飲んだのいつ?」

「え、いつだったかなあ。」

「私達は覚えている。今日の朝食を食べたのが最後よ。」

「ええ、お腹空くじゃん。」

「緊張感を保てば、空腹感はなくなるの。ついでに尿意もこない。人の体はうまく出来てるの。」

「そ、そうなの?」

「何なら、ラルス君の父ちゃんに聞いてみなさい。同意してくれるはずよ。」

「そうなのか……。」


 ラルスは沈んだ声を出した。先頭に立って警戒しているので、彼の顔を見る余裕はない。きっと凹んでいるのだろう。


「先人の冒険者から、もっと教わりなさい。さもなくば、父親を悲しませる事になるよ?」


 返事はなかった。言いたい事は言えたので返事は期待しない。これは彼の問題だ。聞き入れなくても、困るのは彼だ。


 やがて階段を上り、一行は2階へ進んだ。


【10】


 2階。

 廊下がまっすぐ伸び、左側には扉が、右手には窓が見える。窓を見下ろすと、中庭が一望できた。


 モニカはまず、近くにある扉から探索しようと考えた。左手にある扉の把手に手を掛けた。


「ぐえッ!」


 背中に衝撃が来た。

 勢いで扉に頭をぶつけた。

 ずるずると体がずり落ちる。

 一体、何が起きた?


 後ろを振り向いた。

 コルが顔面蒼白な顔をしている。

 自分の背中から何が生えている。たぶん矢。


……罠かッ!


「コルちゃんッ、早く抜いてッ!」

「はい!」


 コルはモニカの背中から引き抜いた。


「解毒と治癒も!」


 コルは慌てて〈生命の精霊(セフィロト)〉を召喚する。


「ラルス君、来るぞッ! 構えろッ!」


 モニカがこの家の住民なら、侵入者が罠に引っ掛かった所で襲う。間違いなく来る。ここで来ない訳がない。


 ラルスは手持ちの剣を抜き、まだ何も見えない暗闇に向かって構える。

 その様子を聞いたモニカは〈光の精霊(イルリヒト)〉に命令し、召喚できる光球の上限10個全てを出現させた。光球は眩しい光を放ちながら踊り回る。そしてモニカが見える範囲の全てに配置させた。廊下は昼のような明るさに包まれた。


 その時、気がついた。


 部屋の影に隠れていた敵がモニカに向かって何を振り下ろすのを。


 モニカは何も考えずに後ろに転がった。治癒魔法を使っていたコルが下敷きになった。


「きゃん!」

「コルちゃん、ごめん!」


 背中にフニャッとしたコルを感じながら立ち上がると、部屋に向かって身構えた。


「ラルス君、部屋の中!」


 敵から目を離さずにラルスに呼びかけた。


「ね、ねえちゃん……。」


 ラルスの動きに変化がない。

 モニカは何が起こったのかと、一瞬だけ彼の方に顔を向ける。


 廊下に執事が一人、立っていた。


「挟み撃ちッ……!」


 モニカが悔しそうに呻いた。

 下敷きになったコルがようやく立ち上がって、モニカの耳元で囁いた。


「治療が終わっていません。毒はありませんでした。」

「わかった。ありがとう。コルちゃん。」


 刺された部分がチクチク痛むがそれだけだ。〈鎖の服(チェインドレス)〉が殺傷能力を殺してくれた。後回しでいい。


 部屋の中を改めて見ると〈侍女(メイド)〉が二人。手にはT字型のモップを持って構えている。


 モニカは判断した。


「一階に逃げるよ。」

 ラルスとコルにだけ聞こえるように囁いた。


 モニカ達はそれからジリジリと、階段の方に歩みを進める。そして敵から一定の距離を離したと思った時、背を向けて階段の方に走り出した。


 止まった。


「ぎゃんっ!」


 モニカの直ぐ後ろを走っていたコルがモニカの背中にぶつかる。傷口に響く。少し顔を顰めた。


「モニカお姉様、な、なにが?」


 コルの質問は途中で中断された。階下からこれまた二人の〈侍従(チェンバレイン)〉が階段を上がってくるのが見えたから。こちらの武器はレイピアだ。


「囲まれた……。」


 モニカは絶体絶命の状況下で、次の手を考え始めた。恐らく、これで敵の作戦は打ち止めだろう。ここを乗り切れば、活路が開ける。


 敵の作戦は恐らく、こうだ。

 恐らく、門前で本当は執事は気がついていたのだ。そこで、気づかない振りをして、館に戻り、一階を捨てて時間稼ぎさせ、慌てて二階の入り口で罠を張って待ち構えた。そうなると、この館の従者は全部で5人なのだろう。服装からして主はここにはいない。

 また思い出した。そういえば、エリー、ハインツの野伏(レンジャー)技能(スキル)は、まだ敵も見えない遥か遠くから見通していたではないか。失念していた。執事もその技能があるのだろう。


「さて、我が館のトイレの使い心地は、どうだったかい? えーと、ラルス君。」

 執事が話しかけてきた。


 この時点で、即座に戦闘はないことは理解した。戦闘中にも喋っているようなら、舌を噛む。それでも話しかけるのなら、動揺を誘うか、何か目的があるのだろう。


 部屋の中から「そうです! あたしがあのトイレを掃除しモガモゴ」という声が聞こえた。向こうにも、頭が痛いのがいるらしい。少しだけ同情した。


 ラルスはなんて言ったら分からないので、沈黙している。代わりにモニカが答える。


「ここの主に、殺人容疑があります。速やかに身柄引き渡しをお願いします。」


 話しかけながら、対策を考える。

 突破するとしたら、部屋の中、廊下、階段。そして窓。


「では逮捕状を見せてもらえるだろうか?」


 窓は危険な気がする。逃走経路として、あからさま過ぎる。恐らく中庭に罠がある、と決めつけた。


「残念ながら、逮捕状は発行されませんでした。主は街の機密情報と関わっている疑いがあるからです。ですから、こんな時間に訪問しました。」


 部屋の中、廊下はありえない。何があるのか分からないからだ。それに相手は〈(トラップ)〉を使う。今まで通ったことのない道を通る勇気はなかった。


「そんな物は口でなんとも言えるな。ならば、窓から侵入せずに玄関の戸を叩けば良いではないか。」


 やはり、階段を押し通るのが妥当だろう。〈依頼(クエスト)〉は失敗だが、マルティナの館に妙な賊が入った、だけで終わる話になる。事が収まるまで〈組合(ギルド)〉に匿ってもらうだけですむ。


「それは謝りますが、機密情報であるので、従者にも秘密にしなければならなかったのです。それとも、あなた達も共謀しているのですか?」


 階段を押し通るのなら、遠距離武器が有利になる。魔法で階下の敵二人を昏倒させ、逃げるべきだ。


「何を訳の分からないことを。なら、主の犯罪を示す証拠でも提示してもらおうか。」


 いや、待て。階段に陣取れば、囲まれなくなって、全員制圧も可能ではないか?

 

「では、ここに入ったきり行方不明になった冒険者が報告されていますが、彼らをどこにやったんですか?」


 逃げる振りして、敵が階段を駆け下りる所を迎撃すれば、無力化出来るだろう。よし、作戦がついに決まった。


「いいや、主に招かれた冒険者は皆、穏便に帰ってもらった。」


 釣れた。冒険者が来た事を認めた。


「それなら、なお、おかしいですね。それだと、ここに来た冒険者だけが揃って行方不明になったことになる。組合に問い合わせてもいいですよ。」


 執事がここで始めて眉を顰めた。


「なるほど、確かに問い合わせれば、疑われた理由も納得できそうだ。」


 話が済みそうな感触はするが、この執事は曲者(くせもの)だ。一応〈火の精霊(サラマンデル)〉の召喚を呼びかける。

 〈多重召喚(マルチサモン)〉のコツは〈多重思考(マルチシンキング)〉だ。モニカは3つまで同時に召喚できる。


「だが、確認が取れるまでは、君らを賊として扱う。君らは無断侵入、設備の無断使用したのだ。それは事実だ。どんな理由があろうと、許される物ではない。」


 交渉は決裂した。


 モニカと執事は同時に叫ぶ。

「かかれっ!」

「〈火の精霊(サラマンデル)〉ッ! 階段を舐め尽くせッ!」


 モニカのネックレスから飛び出した5つの火球が階段に薄く広がった。当然、周りに燃え移る。


「ラルス君、コルちゃん!」


 二人に呼びかけながら、モニカは階下に()ぶ。


「〈光の精霊(イルリヒト)〉よ、ありがとうッ!」


 モニカが叫ぶと同時に10の光球が送還され、消える。残る光源は、燃え盛る火と、コルの二つの光球。


 階段を登っていた〈侍従(チェンバレイン)〉達は完全に狂乱(パニック)していた。

 突然、火に煽られ、更に光源が消えたのだ。そこにモニカの階上からの飛び蹴りが叩き込まれた。胸を強打し、踊り場の下まで吹き飛ばされた。

 コルとラルスは階段を駆け下りようとした時に急に明かりが消えた。階段から踏み外し、残るもう一人の〈侍従(チェンバレイン)〉も巻き込まれた。


 うまく踊り場に着地できたモニカは、敵の取り落としたレイピア2本を端に寄せた。さらにラルスの長剣はラルスの元に蹴り寄せる。


「〈火の精霊(サラマンデル)〉、敵の二名の足を狙えッ!」


 周囲に燃え盛る火から飛び出した火球は、動きの止められた、階下と踊り場の〈侍従(チェンバレイン)〉2名の足に飛ぶ。とうとう靴に着火した。

 さらに靴に火がつき、踊り場で転げ回る〈侍従(チェンバレイン)〉をそのまま階下に蹴り落とした。

 そしてラルスとコルの様子を見る。


「痛ってえー。姉ちゃん、光消すなら、消すと言ってよー。」


 流石と言うべきか、ラルスは既に立ち直って、剣を拾っていた。

「ごめんなさい、あの執事はどんな囁き声も聞き逃さないと思ったの。だから奇襲するにはこうするしかなかった。」


 後ろでようやくコルが立ち上がった。

「ゲホッゲホッ。」


 階下では火が動き回っていた。恐らく、侍従(チェンバレイン)が必死に靴とズボンを脱いでいるのだろう。暫くは大丈夫だろう。


「コルちゃん、光を全力でお願い。階段上を特に。」

「はい、ゲホッ。」


 これで戦う準備が出来た。

 階段上を見ると、〈光の精霊(イルリヒト)〉が7つ飛び回っていた。


敵にも魔術師がいるのかッ!

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