【29】23歳モニカ、犯罪者を捕らえる(1)
【1】
モニカが復活してから、数日が経った。
『組合のおっちゃん』に復活の報告をした後、依頼要請を断って、一度宿に戻った。
やらなければならない事が増えたので、その準備をする為だ。
元々、冒険者ランクDになれば、彼女達は引退して店を建てるつもりだった。だが、引退できなくなった。エリーを探さなければならないから。
〈冒険者組合〉が大変なのは分かるが、自分達の事を優先したい。モニカにとって、エリーは第一なのだ。
冒険者ランクDの認定書を得て、まずはレベッカに会いに行った。
コルの回復魔法の師匠でもあり、後見人でもあるレベッカ=ダウム。彼女がコルに冒険者をやらせたのは、市民権の為だった。
コルはそんなレベッカに、ついに市民権証明の報告をする。
「コル、とうとうやったな。」
17歳になったコルより、魔法で若く見せているレベッカ。この人は、前見た時と全く変わっていない。しかし、本来の歳に見合った感慨深げな表情を浮かべている。
「店長のお陰です。」
「いや、いや、コルの実力だよ。これで暖簾分けが出来るな。」
レベッカは自分で入れた茶を啜る。今日の茶はダージリンらしい。この人はハーブティーが趣味なのだ。
しかし、いつ見ても不思議な人だ。記憶が確かならば、今は40代後半になっ……。止めよう。
「初めてコルがここに運び込まれた時は、私より背が低かったのになあ。今では私よりコルの方が背が高い。」
モニカは、口角を引きつらせた。
ツッコミを入れたい。入れたい。「魔法で若返らせてるからじゃないですか?」と言いたい。だが、モニカはなんとか自制した。
「私もこんなに伸びるとは思いませんでした。モニカお姉様より、背が高くなってしまってごめんなさい。」
コルもこの空間に来ると、天然ボケが感染するようだ。モニカは背中がムズムズした。
「コルちゃん。私は気にしてないわ。後、今の言葉は、人によっては、嫌味として誤解されるから気をつけなさい。」
コルは一瞬驚いたような顔をして、申し訳なさそうにシュンとした。
「はい、ごめんなさい。」
レベッカが手に口を当てて、ケタケタと笑う。
「コルを貴女方に預けて正解だったよ。立派なお姉さんじゃないか。」
「ええ、コルを引き取って良かったと思います。いつも助けられています。」
ふむ、とレベッカと首を傾げる。何か疑問点でもあるのだろうか。
「ところで、エリーさんは?」
モニカは息が詰まった。
いつか言われるのではないか、と覚悟していた事だ。コルはモニカの方を心配そうに見つめている。
全てを説明出来ない。あの腕輪は、危険な知識も含まれていると伝言にあった。できる限り人に知られてはならない。
「ちょっと立て込んだ依頼で、手が離せないのです。」
「そうなの。大変ねえ。」
「ええ、大変みたいです。」
しれっとモニカは答えた。その横でコルが落ち着かない。
いたたまれなくなったコルは、話もそこそこに切り上げるようにモニカに懇願した。
モニカはそれを聞き入れて、丁重にお礼と、別れの挨拶を述べ、レベッカの店を後にした。
【2】
次にやる事は家探し。
エリーが戻ってきた時に、帰る場所が必要だから。二人は最寄りの不動産屋を探しだし、顔を出した。
「おや、こんにちわ。」
かなり歳のいったお爺さんが出迎えてくれた。人の良さそうな顔をしている。完全な市民のようで、イル先生のような怖さは全くない。
店の中を見ると、売り出し中の物件について、沢山張り紙がしてあった。
モニカとコルは、しばらく張り紙を見て回った。すると、お爺さんがニコニコしながら話しかけてきた。
「どんなモノをお探しでしょうかね。」
その言葉を受けて、自分達の条件を探し出すのを諦めたモニカは、お爺さんに問い合わせてみた。コルは、未だに貼り紙と格闘している。
「居住地区、一戸建て、出来れば郊外に近い方で。馬が置けるぐらいがいいな。広さはそこまで広くなくても。」
お爺さんは少し面を喰らったようだ。若者にしては条件が良すぎる。世間知らずも良い所だ。
城壁のある都市には必ずといっていい程、居住空間の問題が起きる。城壁があるがゆえに土地の総面積が決まってしまうからだ。つまり、人口が増えれば増えるほど、一人当たりの居住空間が手狭になる。
フルスベルグも例外ではない。
どの住宅地も二階、三階は当たり前。さらに、二階以降は道路側にせり出して、少しでも居住空間を広げる努力も当たり前のようにされている。また、共同住宅も多い。
また、郊外に近いというのも、条件が良い。外壁近くは外からの客がよく訪れる。商売相手としては客の実入りが大きく、たとえ居住地区でも人気が高い。
なので、このようなことを言う人間は限られてくる。世間知らずの貴族か、市民権を得たての冒険者だ。
だが、どちらも羽振りの良い職業だ。かなりの上客であることには間違いない。
「ひょっとして、冒険者様でございますか?」
「ええ。その通りですが、何か。」
お爺さんはモニカの機嫌を損ねない程度に、やんわり忠告する。
「城壁のある市内では、一戸建てと言うのは大変難しい相談です。なかなか物件も出ませんし、お値段も高くなってしまいます。」
モニカは全く動じなかった。急ぐ必要もないのだ。
「いえ、急ぎません。お金の方も大丈夫だと思います。もし良い物件が出てきたら、連絡をお願いします。」
ふむ、とお爺さんは考える素振りをした。いくら冒険者でも、お金に自信のあると言いきる人間はそうはいないのだろう。少し悩んだ末に。
「わかりました。ではそのようにしましょう。」
「ありがとうございます。」
話がまとまった。
モニカ達は連絡先を書き残し、不動産屋を後にした。
【3】
一番重要なのは、やはり〈冒険者組合〉だ。全てはここから始まる。
「何だぁ、この依頼は?」
『組合のおっちゃん』ことカールが、困った顔で無精髭を撫でる。
モニカが冒険者組合に委託しようとしているのは、エリーが持っていた腕輪の消息を探る事。いわゆる『探し物』依頼である。はっきり言えば、当てのない依頼だ。
「詳しい事は言えませんが、私達にとって重要な依頼です。受理して貰えますか?」
モニカは急激に大人びたように見える。淡々とお願いをする様子に、カールは思わず息を呑んだ。
「いいけどよ、今は大変な時だから、この依頼は後回しになってしまうけど、良いのか?」
「はい、構いません。」
カールは、モニカから受け取った依頼書を、未処理依頼書と書かれている書類棚の中に放り込んだ。
そしてモニカの方へ振り返り、寝不足で疲れたような顔で言う。
「さて、今日こそは依頼を受けて貰えるかな。」
「ええ。」
モニカは首肯した。既に準備は済ませてある。
「まあ、出来る事は幾つかあるんだが、まずは二人にしか出来ない事をやってもらおうかな。」
「私たちにしか出来ない?」
モニカは頭に疑問符が浮かんだ。モニカ達に特別扱いされる要因なんてあったのだろうか。
「まあ、ここでは話せない。ちょっと奥の部屋に行こうか。」
カールは親指で奥の部屋を指差す。言われるままに奥の部屋に入った。
部屋に入ると、〈魔法の行灯〉に照らされて、一人の少年が書類を読んでいた。
カールが少年に呼びかけた。
「ラル。」
「あ、父ちゃん。」
モニカは冷静の仮面を脱ぎ捨てて、驚いてしまった。
「なにいいいぃッ?」
叫んでしまってから、恥ずかしくなってモニカは顔を赤くして肩を縮めた。モニカが、本気で感情の発露ができるのは、エリーぐらいだ。それ以外の相手では気恥ずかしさが先に立ってしまう。
その様子を見たカールは鼻で苦笑した。
「はは、さっき俺が見たモノは気のせいだったか。ラル、自己紹介だ。」
カールに言われるままに、少年が立ち上がってモニカの前で自己紹介した。
「僕は、ラルス=クプファー。そこにいるカール=クプファーの息子。歳は18。【よろしくお願いします。」
ドギマギした様子で手を差し伸べてくる。モニカは年下の男の子に、微笑ましさを感じながら握手した。その後、コルとも握手をした。
「おっちゃん、息子がいたんだ……。」
信じられないと言わんばかりにモニカが呟いた。その様子に気にする事なく、カールは言った。
「ああ、全く誰に似たんだか、冒険者になるって言い出してよ。命の危険もあるって言ってるんだが、聞きやしない。」
ラルスは心外だ、と言わんばかりに文句を言った。
「父ちゃんのせいだもーん。だって父ちゃんの冒険話、面白いもん。」
カールは「話をしなけりゃ良かった」と言いたげに首を竦めた。
「しょうがないから、気の滅入る仕事をさせてるんだけどな、残念な事に効果がない。」
「だって、今、父ちゃん大変なんだろ。最近、夜遅くまで帰ってこないし、段々顔がやつれてきたら、誰だって心配するよ。」
思わぬ親孝行なラルスの発言に、カールは照れた。必死になって無精髭を摩っている。
「ま、息子が手伝ってくれるのは有難いけどな。」
「だろ、だろ?」
ラルスは自慢げだ。
カールは照れを隠すかのように、無理やり話を終わらせた。
「ま、その辺にしてだな、取り敢えず皆、椅子に腰掛けてくれ。説明する。」
モニカとコルは、置いてあった椅子を引き寄せ、思い思いの位置に座る。カールは皆が、自分の方を向いているのを確認してから話を始めた。
「まず、最初から話をしようか。今回の事件の影には〈服従の首輪〉という魔法具の存在があってな。どんな物かと言うと、人を言いなりにさせる事が出来るんだ。これは、既に奪取済みで、信頼できる人物によって、もうすぐ破壊される予定だ。」
ラルスは疑問の声を上げた。
「父ちゃん、どうやって奪取したの?」
その質問に、コルが答えた。
「それはエリーお姉様が敵から。」
カールは、コルの発言にハッとした。今まで与えられた情報を整理して、推理する。
「……ユスティスか。」
この場にいる誰も聞こえないように呟いた。疑いたくはなかったが、馬車での戦闘で2人組両方があの場に居なかったというあり得ない事実が、裏切りを仄めかしている。死んだと思われるユスティスに向けた憐憫の情を隠し、話を続ける。
「その魔法具で、味方であるはずの冒険者が何人か敵についているようなんだ。」
ラルスが質問した。
「それが今、僕が調べていた事?」
カールはラルスをチラと見て、それから手で眉間を摘まんで、揉み込んだ。
「そうだ。今回の〈依頼〉はな、その中のうちの一人を逮捕することだ。」
モニカは、話を聞いても先程の疑問の答えがわからない。ここで質問した。
「私たちにしか出来ない事ってこれなんですか?」
「そうだ。他の相手だと、逮捕する理由を説明できないからな。無駄にお互いを疑って組合を自壊させない為に、組合長の方針で内密に処理することになった。そうなると、この仕事が出来るのは数える程しかいない。」
カールは人手が足りないことを嘆いた。だが、文句を言っていても始まらない。
「内密に、ということは逮捕する所を見られてはいけないのですか?」
「出来ればそうして欲しいが、多少の情報操作はこちらで行う。あまり気にせずにやっててくれ。」
「はい。」
カールは続ける。
「それから、情報によるとそいつは〈遺失魔法具〉を所有しているらしい。どんなモノか分からないが、気をつけろよ?」
「はい。」
それからラルスの方に向かい合った。
「ラル。彼女たちについていけ。」
「え! ほんと! マジ?」
ラルスのはしゃぎように、カールはため息をついた。
「モニカ嬢の言うことはよく聞くんだぞ。彼女達のランクはD。お前のランクはF。経験の量が圧倒的に違う。ちゃんと身を弁えるように。」
「わかった!」
モニカは自分が冒険者に成り立ての頃を思い出した。あの頃はずっと街の雑用しかしてなかった。ラルスが今回の〈依頼〉をするのは、本当は反対なのだろう。父親としての苦悩が偲ばられた。
「作戦は、全てモニカに任せる。逮捕する相手の名前は、マルティナという女だ。残りはこの書類にまとめておいた。頼んだぞ」
「はい。」
モニカとコルとラルスは渡された書類を読み始めた。彼女達が熱心に読み耽っている後ろで、カールは邪魔しないようにそっと部屋を出て受付に戻った。
【4】
渡された書類によると、マルティナはクラスDの冒険者である。歳は30代後半で、一度結婚したが、離婚している。魔術師ではあるが、その中での一番の特技は〈薬師〉と書かれていた。
書類には、自宅の所在地の地図が添付されていた。疑われた理由は、関わったクラスEの男の冒険者が何人も行方不明になっていること。また、最近になって家に引き篭もるようになり、近所の住民が不気味な悲鳴を聞いたという証言。また、決定的だったのは、行方不明になった冒険者が、彼女の家に入っていくのを目撃されたことである。
モニカは、腕を組んで指を咥えながら、悲鳴に対して幾つか予想を立てた。
「不気味な悲鳴というのは、ガルゲンメンラインかしら、それともファーシー?」
耳慣れない言葉を聞いたコルが、モニカに質問した。
「モニカお姉様、そのガル……なんとかと言うのは何ですか?」
「えとね。」
モニカは説明した。
ガルゲンメンラインというのは、『絞首台の小人』とも言われ、植物から作られる人造魔の一種である。マンドレイク、もしくはマンドラゴラという植物を原料にする。
作り方は、まず罪のない若い童貞の男を用意する。その童貞を拷問にかけ、泥棒や強姦と言った罪を、無理やり押し着せる。そして嘘の自白させた後に、速やかに下半身を裸にさせ、絞首台で吊るす。首を締められて死ぬ際に、垂れ流す精液を採取する。
それを薄め、マンドレイクの肥料にすると、成熟した際に地面から這い出して、先端が二又に分かれた根を足のようにして動き出すという。
地面から這い出す際、もしくは引き抜く際に、近くにいる者が死んでしまうほど、不気味な悲鳴をあげるそうだ。
動き出した〈絞首台の小人〉は、赤ワインでよく洗ってやると徐々に強大化し、実をつける。その実を植えれば、さらにどんどん栽培でき、大量生産も可能とのこと。もちろんその際にも、ある程度の童貞の被害者が必要である。
なお、容貌はコボルトに似て醜い。
「うわあ……。」
話を聞いていたラルスが、股の所に手を当てながら絶句していた。女のモニカには理解出来ないが、怖い思いをすると縮み上がるらしい。無理もない。
「モニカお姉様、それでファーシーというのは?」
ファーシーは泣き男と言われ、こちらも人造魔の一種である。
一般的にはバンシー、泣き女の方が作りやすく有名である。出産後の産褥期に亡くなった妊婦の死体を使う。それを家の縁の下に埋め、その家で赤ん坊を育てると、悲しみの怨念が昇華して幽霊化し、バンシーに至るという。
ファーシーの場合は、子供が産まれたばかりの父親か、結婚したばかりの父親の死体を同様に処理する。
こちらの魔物は直接、害は発生しない。親の愛と無念が増幅された幽霊は、無差別に死を予見する〈占い師〉と化す。近い将来、死ぬ人間の前に現れ、泣き叫んで危機を伝えてくれる。
長い説明を経たモニカは、それを元に私見を述べてみた。
「十中八九、〈絞首台の小人〉でしょうね。」
コルとラルスが揃って首を傾げた。その様子にモニカは、「この二人、似てるな。」と思いつつ、話を続けた。
「〈絞首台の小人〉の根は、とても貴重な薬の材料になるの。さらに、育てるのが難しい植物で、きちんとした知識がある人じゃないと途中で枯れてしまうらしいの。マルティナの得意技能を見てご覧なさい。」
「あ……〈薬師〉ですね……。」
改めて書類を見直したコルとラルスが、納得していた。
「対策も立ちそうですし、決行は3日後のの夕方。第14刻の鐘が鳴る頃に、ここに集合ね。いいかしら、ラルス君、コルちゃん?」
「はい! 姉ちゃん、よろしく!」
「モニカお姉様、私は大丈夫です。」
モニカは〈組合のおっちゃん〉、カールの顔を思い出していた。口にはしなかったが、彼の言いたいことはわかる。ラルスの命を守りながら、冒険者として育ててやってくれと目で言っていた。知人の息子を預かるのだ。出来る限りの事をしなくてはならない。
【5】
準備期間は、物資の補給、及び目的地の下調べに充てられた。今回はラルスがいるので命を守る〈魔法具〉を念入りにする。
実はコルはエリー程ではないが、剣を扱える。今後の為にもレイピアを購入させた。モニカは、護身武器は要らない。
衣服については今回は闇討ちを行うので二人は黒っぽい地味な服を新調した。モニカとコルは、お互いに怪しい人だと笑いあった。モニカの服の下に着込んでいた〈鎖の服〉はコルと二人で、頑張ってツヤ消しをした。
身支度は終え、次は目的地の偵察。
マルティナの家は、閑静な高級住宅街の一角にあった。モニカは少し羨ましいと思った。と同時に、どうしてこんなに恵まれているのに街を裏切るような事をするのだろうとも思った。ただ、その答えは永遠にわからないのは分かっている。疑問を直ぐに頭から追い出した。
兎に角、この様子なら誰かに見られるという事は無いだろう。安心して決行できる。
【6】
約束の時間が来た。
閉店間際の〈冒険者組合〉に行くと、ラルスが待っていた。
「じゃあ、行こうか。」
受付にいる〈組合のおっちゃん〉カールはというと、感心なさげに貸本を読んで、欠伸をしていた。内密な依頼なのだから、表では知らない振りと言うことなんだろう。
だが彼は、いつもは来るたびに手を掲げて挨拶するのに、ここまで無反応だと、逆に怪しい。こっちをチラチラ見てるし。しかもよく見ると本が逆になっている。
文字が逆さに書かれているネタ本なのだろうか。いや、そんなことあるわけがない。
モニカは一人でボケとツッコミを脳内展開しながら、ラルスとコルを連れて〈冒険者組合〉を後にした。
【7】
マルティナの家の前に来た。
辺りは暗くなっており、遠くにわずかな街灯が転々と見える。空は、星々が薄っすらと見え始めた。
「それで、どこから侵入するの?」
モニカの後ろについていたラルスがひそひそと尋ねてきた。
「門から入るのよ。」
ラルスには意図が読めなかったようだ。モニカは静かに説明した。
偵察して気がついた事だが、家の者によって、朝に門は開けられ、夕方に閉められる。そこでモニカは門が閉められる前に敷地内に侵入し、門が閉められてから行動するという作戦に入る事にした。
門が閉められているなら騒ぎが外部に漏れる可能性と、闖入者がくる可能性は限りなく小さくなる。それでこの時間に指定したのだ。
「じゃあ、まず、中に入って草むらに潜むよ?」
「はーい。」
ラルスは呑気な声をあげた。
三人は門の横の草むらにゴソゴソと隠れた。
モニカは草むらの陰から門の様子を覗いている。その後ろでは少ないスペースを取り合って、コルとラルスが喧嘩をしていた。
「ちょっとお前、もうちょっとそっち行けよ。」
「こちらはもう無理です。そちらこそずれて下さい。後、私にはコルネリアという名前があります。お前と呼ばないで下さい。」
「そりゃ悪かったな。でもこっちこそ、もう無理。」
ラルスとコルは、お互いに体が触れるのが嫌らしい。しかしモニカは驚いた。隷属を好むコルが「嫌」という自己主張をしているのである。好ましい兆候ではあるが、今は口喧嘩はまずい。
モニカは出来るだけ小さな声で迫力をつけて注意した。
「二人とも、今はそういう時ではないでしょッ!」
モニカの迫力に負けて、二人は首をうな垂れた。
「はーい。」
「ごめんなさい、モニカお姉様。」
やがて後ろが静かになったモニカが館の玄関の方を見張っていると、ついに家人が現れた。執事のような服装をした男が、悠然と門の方に歩いてきた。
モニカは、その身のこなしに嫌な予感がした。
「来た。静かにして。」
コルとラルスは、強張ったモニカの様子を見て、緊張が感染した。
「〈風の精霊〉よ。我は汝の理を知る者。その上で汝に命令す。動きを止めよ。」
モニカは先んじて魔法を使用した。イル先生が店を閉じる時にもらったネックレスが反応する。
このネックレスは、金の土台に、ルビー、アクアマリン、エメラルド、トパーズの宝石が埋め込まれている。
ルビーは火、アクアマリンは水、エメラルドは風、トパーズは土の精霊を閉じ込める性質を持つ。これによって、媒体なしに魔法を使用する事が出来る。
これに加え、モニカが身につけている、光の精霊を閉じ込めるオパールのイヤリングを含めると、5種類の精霊を自在に使いこなせるようになった。
モニカは〈風の精霊〉を使役して周辺の空気を止める事で、臭いと、人の気配を悟られないようにした。その成果があったのか、執事はモニカ達の目の前を通り過ぎて、門を閉めて、鍵をかけた。
ふと、執事はモニカ達が隠れている草むらを向いて、固まる。
気づかれたのだろうか。
モニカの緊張が一気に最高点に達する。ぐっと杖を持つ手に力が入る。コルとラルスが息を呑む。どう奇襲を仕掛けるか考える。
やがて、執事がプイと振り返って、来た道を戻っていった。そして、玄関の扉が開き、閉まった。
モニカは、体の力を抜いた。手に冷や汗をかいている。思わず、服の裾で手を拭った。
理に逆らう魔法は、魔力と精神力の消費が激しい。即座に〈風の精霊〉を開放した。
「モニカお姉様、大丈夫ですか?」
「大丈夫よ。」
長い付き合いのあるコルがモニカを心配してくれた。
「あそこでやっつけちゃえばいいのに。一人だったら、三人でかかれば倒せるよ。」
ラルスが頭の悪い発言をした。モニカが18歳の頃は、こんな軽率だっただろうか。そんなはずはない。モニカは、自分を内省してみて、これはラルスの性格だと結論付けた。
「ここで戦うと、音が外に漏れて、騒ぎになっちゃうから無理なの。」
「でも中に入られると、多分、複数と戦いになるよ?」
「確かにそうだけど、ここの主の捕縛が目的だから、戦闘は避けるべきよ。」
「捕縛するなら、必ず従者と戦いになるよ。絶対騒ぎになるんだから。」
ラルスは次々と自分の意見を述べる。段々、モニカは面倒になってきた。
そうだ、思い出した。〈組合のおっちゃん〉が言っていた。「モニカ嬢の言う事には従え」という忠告はこういう事か。やたら冒険者に思いを馳せる時期が長かったせいか、ああしたい、こうしたいという欲求が強いようだ。こうなったら、父親の威厳を借りるしかない。
「君の父親は私の指示に従えっておっしゃってたわよね、ラルス君?」
出来るだけ年上の迫力を出しながらラルスを追い詰める。
「うっ……。」
ラルスは唸ってしまい、それから反論を止めた。モニカは腰に手を当てて、溜め息をついた。
「全く、時間を無駄にしちゃったわね。館に向かうよ。」
【8】
まずは、一つ一つ、窓を覗き込みながら、ゆっくりと館の周りを見て回る。気をつけてはいるが、ザシュッザシュッとどうしても地を踏む音が出てしまう。これでは、直ぐに家主にばれてしまう。
モニカは〈音の精霊〉と契約すれば良かった、と今更ながら思った。と言っても、一つの精霊と契約を結ぶのに半年から一年かかるのだが。しかも、音を消せるぐらい信用を得るには、そこからさらに半年はかかる。
モニカが〈音の精霊〉について考え事をしていると、何かが引っかかる感じがした。
ん、『地を踏む音』?
……あれ?
何かを思いついたような気がする。口から出かけているのだが、喉につっかえたように出てこない。その場に立ち止まった。
「モニカお姉様、どうかしましたか?」
コルが心配そうにモニカに問いかけた。モニカはコルの顔を見る。思い出した。
「〈地の精霊〉だ……。」
コルは何が何だかわからないという顔をする。モニカは思いついた。音を消すのではなく、音の出ないように地形に変えてしまえばいいのだ。昔、どこかでエリーが言っていた。〈地の精霊〉は地味だけど、環境を変える能力は絶大だと。その通りだ。〈地の精霊〉の精霊は、契約してから数える程しか使ったことがないので、心のどこかで役に立たない精霊だと思っていたのだが。考えを改めた。
説明すらもどかしいモニカはその場で〈地の精霊〉を召喚する。
「〈地の精霊〉よ、我らの足元を固めよ。」
三人のうち、モニカとコルの足元の地が固まった。ラルスには変化がなかった。支援魔法を掛けられたと思っていないので、ラルスの〈生命の精霊〉が妨害したのだ。
「ラルス君、これから私達の足音が出なくなる支援魔法をかけるから、受け入れてね。」
モニカはラルスに優しく言った。
「えっ、魔法かけてくれるの? すげー。」
ラルスは目をキラキラ輝かせたように感じる。が暗いのでよく分からない。だが声色は確実に嬉しそうだった。
改めて、モニカは〈地の精霊〉にラルスの足元を固めるように指示した。ラルスは受け入れてくれたようで、足元が固まった、と精霊から報告された。
「じゃあ、行くわね。」
三人は足音一つ立てずに滑るように館を一周した。
一周してモニカが気がついた事は、一階に誰もいないようだということだ。しかも、幾つか鍵が掛かっていない。まだ、暗くなったばかりで寝るような時間ではないし、敷地内に誰かがいるはずが無いのだから、変な行動ではないのだが。
違和感を覚える。気のせいだといいが。
「ここまで来たら、考えていても仕方が無い。近くの窓から入るよ?」
「はい、分かりました。モニカお姉様。」
「よっしゃ。」
モニカは、近くの鍵の掛かってない窓をゆっくりと開け、室内へと体を滑り込ませた。




