表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
名もなき魔術師の一生  作者: きゅえる
【2章】
24/106

【27】18歳ハンナ、逃げる(2)

【9】


 エリーが目を覚ましたのは、真っ暗闇の馬車の中だった。車輪が回る音と、時折大きく揺れる振動が、体に突き抜ける。


「あたしは死んだ……はず。」

 暗闇の中でポツリと呟いた。


 死ぬ直前の事が今でも生々しく思い出せる。


捕縛器を嵌められ、

跪かせられ、

嘘がばれて、

首を刎ねられた。


 自分の顔と髪を触ってみる。胸を触ってみる。腕を撫で回してみる。自分の知っている体と全く違った。残念な事に、女の体だった。


 今までの情報を整理すると、腕輪の効果で、次の肉体に憑依は成功したらしい。

 見慣れない右腕に、見慣れた腕輪を身につけているのが確認できたからだ。


 だが、しかしどういう事だ。

 死んでから随分、時間が経っているように思える。イル先生の話では、自我のぶつかり合いで勝った方が体の主導権を握る、と言っていた。話が違う。


 周囲の状況を確認しようとしたのだが、体が動かない。酷い徒労感で手足が思うように動いてくれない。

 仕方がないので、首だけ回して周囲を見渡すと3人の18〜25歳ぐらいの女が藁敷きの上でぐったりと寝ていた。どれもエリーの目からしても美少女だ。

 向こうの方では、何人かの男が縁に寄りかかって眠っているようだ。


 男の方は分からないが、女の方の名前はわかる。

 赤髪をした女がイザベラ。

 青髪をした女がフローラ。

 緑髪をした女がゲルタ。

 そして黄髪の私が……。


 そこでエリーの自我が激しく霞むのを感じ、思い出すのをやめた。


 魔術師の時と同じだ。

 自分以外の記憶を引き出そうとすると、付随して感情や欲望、今回は自我すらも呼び出してしまうようだ。


 今回は、体の持ち主が激しい労働で疲労して、自我が奥に引っ込んだから、自分が出てきてこれたのだと推察する。

 今の状態は、一つの家の中に三人の人間が入っているイメージ。この体の持ち主である家主は、勝手知ったる家の中で、玄関に当たる部分を占領している。故に家主が休まないと表に出ることはできない。


 この状態では、自分の目的を果たす事が出来なくなってしまう。家主を制圧するか、好きなタイミングで自分が出てこれるようにしないといけない。


 魔術師の記憶を拝見させてもらう。こちらは自我が眠っているのでやりやすい。


ーー憑依に成功した場合の現象と対策について。

憑依した段階で、『好き』『嫌い』『恋しい』『欲しい』といった原始的な感情、欲望の記憶は混ざってしまうようだ。

その上で、自我を維持する方法は、それこそが自分だと認識できる原始的な感情を一つ選び、強く持ち続ける事。ーー


 はたと気がついた。

 最初に腕輪に接した時、モニカに対して強い性的欲望と飢餓感を感じた。

 そうだ、自分は村から出るまで女性に性的な感情を持った事はない。

 つまり、今現在、エリーがモニカに対して感じている『性愛』と『父性愛』は、魔術師からもたらされた感情だと言う事だ。


 エリーは愕然(がくぜん)とした。拠り所としようとしていた、モニカに対する『愛』は自分のモノではないのかもしれないのだ。

 このままでは、エリーとしての自我は消滅してしまう。


 ひょっとしたら魔術師の不老不死が失敗した理由はそれなのか……?

 自分の自我を維持する為の感情を維持でし続けることができなかった……?


そういえば。


知らないうちに自分のブーツが汚れていることがあった!

そして何時の間にか〈背嚢(バックパック)〉の奥に仕舞われていた、身に覚えのない大きな宝石のついたブローチ!


あの時、魔術師の自我は自分の中に居たのだ。彼と同じように、自分も消えてしまうのだろうか。


エリー、思い出せ!

自分の本当の気持ちを!


本当にモニカを愛していたのか?

フルスベルグに着いてからの記憶ではなく!


村での記憶!


アーレルスマイヤ村での記憶!


 エリーは、過去の自分と会話を始めた。


【10】


 満月の輝く夜。

 マテウスの眼下にはアーレルスマイヤ村。だが、村には用はない。目的地は村の外れにある館。


 二階のベランダに静かに舞い降りた。

 雨上がり特有の甘い空気が辺りを満たす。


 マテウスは音を立てないように、満月の光を頼りに鍵のかかっていない窓を開き、中に入る。


「〈計画者(プランナー)〉……。」


 返事はない。

 だが、呼びかけ続ける。

 この館には、侵入者用の〈警告罠(アラームトラップ)〉があるはずだ。真夜中とは言え、気づかないはずはない。


 果たして、マテウスにとって気が遠くなるような時間が経った時、廊下から物音がした。


計画者(プランナー)……。」

「……マテウスか。何があったのか。」


 扉の向こうから声がした。姿は見せない。


「借り物が奪われました。」


 返答は沈黙。何を考えているのかわからない。処罰か、それとも対策か?


「誰にだ。」

「エリノールという娘に。この村の娘のようです。」


 再び、沈黙。得体のしれない相手だ。人を人と思わない命令も何度か受けた事がある。あの魔法具の所有者はなぜか皆そうなる。

 自分も支配する側から、支配される側にされるかもしれない。窓に視線を向け、即座に逃げる用意だけはしておく。


「そうか。」


 それだけの一言で、一瞬だけ反応してしまった。扉の向こうから苦笑の気配を感じる。


「罰しはしない。……その代わり、逃げるな。」


 マテウスはまるで何に縛られたかのように動けなくなった。魔力の気配はしない。言葉そのものに乗せられた威圧に縛られたのだと理解できた。


「は……。」


 マテウスは無意識の内に肯定していた。


「準備はおよそできている。ならば、今がその時だ。もういいぞ、行け。」


 その言葉でやっと動けるようになったマテウスは窓を開け、必死の思いで満月の空へと飛びたった。


 残るは、窓から落ちる満月の光と、開け放たれた窓のきしむ音。

 そして、誰もいなくなった部屋の中で声が一言。


「……窓ぐらい閉めてけ。」


【11】


 エリーはモニカと初めて会った時を思い出した。

 モニカとその母親がふらりと村を訪れたのは、エリーが8歳の時。

 村に辿り着いたモニカの母親は7歳になる娘を預かっていて欲しいと言う。得体のしれない親子ではあったが、この快く村長が迎えいれた。そして、エリーの隣の家の家族として村に住むことになった。

 母親は娘を置いて、どこかに言ってしまった。


「あたし、エリー! よろしくね!」

「うん、私は……モニカ。」


 それがあたしがモニカに初めて会った時の話だ。それからエリーと共に過ごした。

 あたしとモニカは何もかもが正反対だった。


 あたしは外で遊ぶのを好んだ。モニカは中で遊ぶのを好んだ。

 あたしは剣を振り回すのを好んだ。モニカは魔法に興味を示した。

 あたしは友達と遊びまわった。モニカは物静かで一人であることが多かった。


 でも、モニカの事が確かに気になっていた。ほぼ同じ年頃であると同時にお隣同士だったのだから。

 できるだけお互いの分野で遊ぶようにした。

 あたしはモニカと一緒に魔法を学んだ。

 モニカはあたしと一緒に野山を駆けた。


 少なくともあたしは10年間、楽しかった。そう、18歳になるまでは。


 あたしが18歳の時に村に事件が起こた。村に酷い飢饉が連続で発生したのだ。

 村長が難しい顔をしていたのを憶えている。このままでは餓死者が出る、と。


 そこで、この辺りを統治する貴族に人を送ることで年貢を免除してもらうことになった。


 難しいことはわからない。

 ただ、あたしにとって、問題はその中にモニカが居た、ということだ。

 やがて、モニカは村の外れにある屋敷に連れていかれた。モニカだけじゃない。あたしと遊んでいた何人かの子供たちも、連れていかれた。


 送られた人たちがどうなったのか、今でも知らない。遠い国で幸せに暮らしたのか、あるいは厳しい炭鉱で短い一生を終えたのかもしれない。

 少なくとも戻ってこれた人は、一人を除いて、居ない。


 そう、あの時、あたしが珍しく家の中で寂しく感じていた時、モニカだけが帰ってきたのだ。

 村は大騒ぎになった。


 どこの家族も、自分の子供を連れ去られているのだ。モニカだけ特別扱いなど、許されない。

 モニカたちの家族は後ろ指差されるようになった。当然、家族もモニカを責める。


 ただ、あたしだけは嬉しかった。一人だけ帰ってきたあたしの友達なのだ。


村の皆の反応が許せなかった。

その時に心に誓った。

モニカを守り続けると。


 村長に言った。


あたしとモニカはここを出て行く。

その為に二年間の準備期間をくれ。


その代わり、村人たちを黙らせろ!


 願いは叶えられた。

 そしてあたしが20歳になって、出発の時が来た。

 村の入り口の前で見送りをしていた村長が餞別だと言った。

 そこであたしとモニカは〈身分証明の金属板(IDプレート)〉を受け取った。

 高価な〈魔法具(マジックアイテム)〉だ。あたしとモニカは驚いた。

 村長が言うには、あたしの分は村の予算から。モニカの分は母親が残した物だという。


 村長にお礼を言った。

 そして、あたし達は旅に出た。


【12】


 揺れる馬車の中。

 4色の女体の一角で、エリーは自分だけの想いを自覚した。


 『モニカを護りたい』という意思は自分だけの物だった。


 恐らく、その想いの上に魔術師の想いが乗りかかったのだと思う。それが原因で、エリーの想いが、魔術師の想いに打ち勝った。そして彼の自我は消滅した。名前を呼ばない限り、表に出ることは、ない。


 動かない体の中で、強く、強く、願った。もう一度、モニカに会いたい。会いたい。そして、今度こそ、今…度…こ……そ……ま…………も…………る…………。



「ハンナ?」

「うーん……。」


「ハンナってば。」

「うーん、……護るの。」


「ほら、寝ぼけてないで。ご主人様が帰ってきたよ。」

「えっ!」


 慌ててハンナは起き出した。気がつくと、辺りは明るくなっていた。既に逃亡を始めて7日目だ。


「あたッ……。」


 体の節々が痛くて、全身が筋肉痛だ。ここまで体を酷使したのは初めてだ。ましてや、揺れる馬車の中、全く体を休められない。


「イザベラァー……。」


 泣きそうな顔で、ハンナはイザベラに助けを乞うた。イザベラは仕方が無いという顔で、髪の毛を掻き毟る。


「顔を出せないというのなら、そう、ご主人様に伝えておくわ?」

「あー……行かないと……。マテウス様が……。」


 ハンナは、立ち上がろうとするが、よれよれとバランス崩して、尻餅をついた。


「気持ちだけはあっても、体が無理なら、無理よ? 後でお仕置きしてもらいなさい。」


「オシオキ……。オシ、オシ、オシ……あ、ああ……ハァ、ハァ……。」


 ハンナは妄想癖が炸裂して、淫猥な顔になり、手で体を弄り始めた。イザベラはその顔を羨ましそうに見ていた。


「そこで、一人で孤独に楽しんでなさい。私たちは行きます。」


 よれよれの〈侍従(メイド)服〉に身を包んだ三人の侍従はイザベラを先頭に馬車から抜け出した。


【13】


「ご主人様、皆揃いました。」


 イザベラを先頭に、後ろにフローラ、ゲルタが付き従う。全員膝をつけて畏まっている。


「ハンナは?」


 イザベラは少しだけイラとした。

 マテウス様の寵愛を受けているのは、いつもハンナなのだ。序列でいえば、ハンナが一位、イザベラが二位になる。

 その代わりに能力的にハンナ以上になろうと努力した。しかし、序列がひっくり返ることは、未だない。


「ハンナは過労で倒れました。」

「ふむ。」


 マテウスは畏まる侍従を見て、少し考えるふりをした。


「ユスティスの侍従も序列を決めねばならんな。」


「は、はい。」

 フローラとゲルタが反応し、緊張した。自分のご主人様が亡くなった以上、マテウス様に依存しないと生きていけない。序列が重要な意味を持つのは当然のことだ。


「顔を上げろ。」


 フローラとゲルタは顔をあげる。二人とも苛烈な逃避行で、酷い顔だ。マテウスはジロジロと二人を見比べた後。


「暫定的にフローラを三位、ゲルタを四位とする。」


 フローラは喜びの顔をあげ、ゲルタは反対に悲しそうな顔をした。


「言っておくが、忠誠心、能力如何で上下するからな。俺の為に考え、俺の為に働き、俺の為に死ね。」


 その言葉を聞いたフローラとゲルタは感極まったかのような感激の顔になった。


 マテウスは、その表情を理解できず、鼻をひくつかせた後、イザベラに向かって言った。


「さて、序列を定めた所でだ。イザベラ。この近くで味方の村は何がある。」


 イザベラは懐から地図を出す。

「ここから南西に一日行った所にイェシュケがあります。」

「では、そこに拠点を構えるぞ。進路変更だ。」


 三人の声がハモった。

「はい、分かりました。ご主人様。」


【14】


 イェシュケに向かう複数の馬車の一つの中で、マテウスはフローラとゲルタを呼び出していた。


「来たな。」


 フローラとゲルタは不安げだ。ご主人様が考えている事がわからないからだ。


「ご主人様……あの、何を……?」

「脱げ。」


 その命令を聞いて、ついに抱いてもらえるのかと思い、フローラは胸を張って脱ぎ始めた。一方、ゲルタは恥ずかしげに恐る恐る脱ぎ始めた。


 その様子を見ていたマテウスは「流石、ユスティスは良い趣味をしてる」と苦笑した。


「残念だが、夜伽(よとぎ)ではない。第一、今は昼だ。」


 その言葉に二人とも一瞬キョトンとして、残念そうな顔をした。脱ぎっぷりも男を誘う脱ぎ方ではなく、普通の脱ぎ方になる。


「やはり、というか。鍛えてあるな。」

 マテウスは二人の筋肉のつき方を見ていた。フローラは平然とし、ゲルタの方は顔を真っ赤にするが、二人とも前を隠そうとはしない。その様子にマテウスは平然としながら言う。


「服を着ながらでいいから、話を聞け。どちらが剣が強い?」


 マテウスの平然ぷりに二人は意気消沈しながらもフローラが答えた。


「フローラの方が得意です。」


 彼女たちにとって自分たちの名とは、人の名ではなく、物の名である。自分のことを私とは言わない。但し、マテウスはそれについては趣味ではないので、ハンナとイザベラに普通にさせている。


「ゲルタ、本当か?」

「はい、本当です。ゲルタはフローラに勝てません。」


「ならば、これをお前に預ける。」

 マテウスはフローラに銀白色の長剣を手渡した。


「これは?」

「敵から奪った剣だ。鑑定した所、風の属性付与がかけられている。さしずめ、〈風の剣〉と言った所か。」


 フローラはうっとりとした顔で剣に頬ずりした。

「ありがとう御座います。ご主人様。」

 マテウスが付け加えた。

「それと、もう一つ。」

「はい。」

「これも渡しておく。」

「これは……。」


 マテウスは棘がついた短剣を手渡した。


「ユスティスの遺品だ。」

 マテウスの言葉にフローラの顔が緩む。

「う、うああ、ああああああぁぁ!」

 声をあげて、フローラが泣き出した。それを見て、ゲルタも辛そうな、複雑な顔をした。

「ご主人様、ご主人様、ご主人様、ご主人様、ご主人様、ご主人様あぁぁ……。」

 棘で体が傷つくのを気にせずに、フローラは〈剣殺し(ソードブレイカー)〉を抱きしめていた。


 その様子を横目にマテウスはゲルタに言う。

「ゲルタは特技はないのか?」

 フローラの様子に目を奪われていたゲルタは言葉を詰まらせながら答えた。

「ゲ、ゲルタは弓が得意です。」

「そうか。」

 マテウスは、少しだけ間を置いた。

「お前たち、ハンナとイザベラに武器の使い方を教えろ。俺はお前たちにも魔法を教える。お前たち4人は一心同体だと思って協力し合うように。」


「は、はい…うああぁぁ……。」

「……はい。ご主人様。」


 フローラは泣きながら、ゲルタは複雑な顔で返事を返した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ