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名もなき魔術師の一生  作者: きゅえる
【1章】
21/106

【24】23歳モニカ、二度目の昇級試験を受ける(4)

【21】


「やってられるか! お前なんか知らん!」


 ざあっと音がやや大人しくなった雨の中、辺りに『おっちゃん』の怒号と打撃音が鳴り響く。予定通り、彼は二頭の馬の縄を切り離す。そして、そのうちの一頭の尻を蹴り上げ、もう一頭に乗り込んで、二頭の馬がフルスベルグの方面に走っていった。

 敵もその行動に予想がついていたのか、追跡する馬の気配。蹄の音と水溜りを踏む音がリズム良く聞こえてくる。


 さて、ここからが本番。剣ではない、知恵と口の戦いだ。


「た、たすけてください……。」


 エリーは、さも殴られたかのように、よたよたと馬車の陰から這いずり出る。出来るだけ注意を引くように、大きい声で、死にそうな声で、もう一度叫ぶ。


「た、たじげてくださいッ! こ、こうさん、じまずからッ!」


 『おっちゃん』に思いっきり鼻っ面を殴って貰った。鼻血がだらだらと口の周りを汚し、鉄の味がする。内出血で瞼が腫れ視界が狭くなっている。また、雨でべっとりと髪の毛が顔に張り付いていた。さぞかし凄惨な顔つきになっているだろう。

 ……ちょっとやりすぎたかもしれない。


 間もなく、雨合羽を纏った盗賊の部隊が雨の中から出現し、エリーを発見した。無言で盗賊たちが視線を合わせた後、一部の人間が消える。やがて捕縛器が運びこまれる。


「たじけて、たじけて、怖かったの。いじめないで。やめで。大人しくするから。

 エリーはこごえて震えている振りをしながら掠れた声で喚き立てた。


「分かったから、大人しくしろ。」


 驚くべき事に女の声だった。

 エリーは三つの穴の開いた捕縛器に首と両手を乱暴に嵌め込まれ、抵抗できなくなった。そのまま、新しい雨合羽を上から被せられ、繋がられた鎖に引っ張られて、よたよたと歩き出した。

 エリーは何か言おうと思ったが、いい言葉が思いつかないので、嗚咽するだけに留めた。


【22】


 顔をずっと地面に向けていた為、はっきりとはわからないが、襲撃地点から街道を外れて、徒歩で千から二千歩の位置で立ち止まった。洞穴があるようだ。

 エリーは、盗賊達に追い立てられながら、中に入った。

 洞窟の中ほどに入った頃に、突然、捕縛器の鎖が強く引っ張られた。足が追いつかずによろめいて、前のめりに倒れる。

 エリーは跪いて土下座するような格好になった。捕まってから顔を初めて上げた。


「最後の一匹か。ご苦労だったな。」


 偉そうな男がエリーを見下ろしてくる。行方不明の試験官の最後の一人だった。エリーは内心ホッとした。これがエリーの知人だったら、計画が全て壊れる。

 来るまでに強く固めて決意があるので、その点を除けば全く怖くはなかった。


「はい、ありがとうございます。ご主人様」


 エリーの鎖を持っていた女が、雨合羽のフードを外し、膝を着いて畏まっていた。こちらは知らない顔だった。

 ただ、その喋り方はコルにそっくりだった。


「さて、そこの女には急ぎでいろいろ聞きたいことがあるんでな。素直に喋ってもらおうか。」


 エリーの緊張の糸が張り詰める。ここで間違えたら、街は滅ぶ。


「は、はい、な、なんでも言います!」


 コルが発狂した時の口調を真似ようかと思ったが、やり過ぎかもしれないので最小限に抑えた。


「まず、女の顔が醜くて叶わん。ハンナ、拭け。」


 鎖を引っ張ってた女はハンナと言うらしい。慌てて白布を取り出し、エリーの顔に乱暴に拭いた。もう既に血が固まって止まっていた。固まった血がパリパリと所々にこびりついているのを感じた。拭き終わるとハンナは再び畏まった。


【23】


「まず、名は。」

「エ、エリノールです。」


 最小限、最小限の言葉しか言わない、と心の中で繰り返す。


「ああ、確か3人組の女戦士だったな。」


 その言葉に衝撃を受けた。

 コイツはおっちゃんとは違う。

 おっちゃんは一人一人の、顔と、名前と、想いを、全て記憶していた。

 だから、断じて、違う。

 コイツはゲスな奴だ。

 だから、コイツを殺すのに遠慮はいらない。


「では、エリノール。どうしてカールと仲違いした?」


 カールとは多分、おっちゃんの名前だろう。用意してある答えを返す。


「ふ、二人では逃げられないと悟って、あたしをお、置き去りにして一人で逃げました。」

「ふん、受験者を撒き餌にして、試験官が逃亡か。やはり、フルスベルグの奴らはクズだな。」


 クズはお前だ。


「はい、酷い話です……。」


 表面上は追従する。

 コイツがバカで良かった。おっちゃんの性格を知っていれば、あり得ない話だと直ぐに疑ったろうに。多分、おっちゃんの人物像に自分自身を投影しているのだろう。


「次に質問だ。戦闘中、お前は服従の首輪について話してたそうだな。どこまで知ってる?」


 この質問は想定外だった。

 これは自分のミスだ。直ぐに答えねば疑われる。嘘を考える暇はない。服従の首輪。首輪。首輪。コルだ。


「な、仲間の一人にかつてのそれの被害者が居るので……。」


 ギリギリ疑われない早さで受け答えする事ができた。


「チッ、そういうことか……。道理で。」


 何考えたのかわからないが、勝手に合点してくれた。

 ただ、少し危険だ。どういう論理でどういう結論に至ったか把握しないと、これからの嘘に綻びが出かねない。


「では、次だ。お前の仲間はどうなった。」


 凄く嫌な予感がする。男の持っている情報と齟齬があったら、終わりだ。

 最小限、最小限。


「と、途中で、はぐれたのでわかりません。」


 男は「そうか」と言ってつまらなさそうな顔をした。危険は回避出来たらしい。


「ユスティスについて何か知ってるか?」


 誰の事がわからない。誰だっけ。


「え、誰の事だかわかりません……。」


 素で答えた。答えてから、自分が殺した試験官の名前であることを思い出した。


「試験官の名もわからんのか。」


 いや、お前も受験者の名前覚えきれてなかっただろ。


「ええと、試験官の方とは戦闘中のゴタゴタでどうなったのかわかりません。」

「ふむ、知らん知らん……か。」


 男は少し俯いて、考える風な唸り声をあげた。

 やがて顔をあげた。


「現金輸送車に護衛が着いていたのだが、誰かわからんか?」


 この質問は危険だ。

 だが、なんとか、男の真意を掴みきった。ここで知らないと答えたら、終わり。


 何故なら、護衛の中で馬を持っていたのはモニカ達3人と、おっちゃんだけだったからだ。

 現金輸送車の護衛が馬に乗っているのをコイツらに目撃されていた場合、知らないと答えたら致命的な矛盾を生じる。嘘がバレる。


「そ、それはあたしの仲間だと思います。」

 最小限の返事。


「ほう、どうしてそう思う。」

 男はニヤリと口を歪めた。ヤバイ。食いつかれた。


「あ、あたしの〈党首(パーティーリーダー)〉が、二手に別れようと言ったからです。現金輸送車の護衛と、盗賊討伐と。」


 慌てた。後ろの言葉は要らなかった。

 だが、辛うじて、過去の解答と矛盾してない。逃げ切れるか?


「ほう、そうか。それでお前はこっちに来たと。」

「そうです。」


 男の顔がニヤニヤとしている。今までの問答に間違いがあったのだろうか。矛盾はない……はず。


「なるほど、お前は仲間から捨てられたのだな?」


 これは変化球だ。今までは事実を探る質問。これはエリノールという人そのものを探る質問だ。どう答えても正解はないように思われた。仕方が無いので、素直に答える。


「い、いえ、あたしは戦士ですので、特攻隊長はいつものこと。捨てられたと思ったことはありません。」


 この言葉がどう出るかわからない。だが、これは本音だし、モニカがあたしを捨てる訳がないし、仮に捨てられてもあたしはモニカを恨まない。


「なるほど、戦士か。」


 男は遠い目をした。少し失敗したかもしれない。


「ユスティスも、戦闘では他の追随を許さない程、優秀な戦士だった……。」


 遠い目をしながら独り言を呟いた。

 この男の特技がわかってきた気がする。戦士以外の何か、だ。いろいろ考えられるが魔術師だけではあって欲しくない。特に付与魔術師。イル先生のように鑑定されたら、最後の奥の手すら失われる。


「なあ、ユスティスは誰に殺されたんだろうな。」


 あたしだ。


「こ、殺されたんですか……?」


 怯えたように、知らない振りをする。


「そうだ。そんな優秀な戦士を倒す相手などは、そうはいない。お前、戦士として、心当たりないか?」


 この嫌らしい質問で、大分追い詰められてしまうのは肌で感じていた。コイツはやはり頭の回転が速い。

 魔術師の可能性が高くなってきた。嫌な汗が流れて、顔が熱くなる。幸い、洞穴内の〈魔法の行灯(ランプ)〉は光量を絞っているためか、顔が赤くなっているのは気づかれない。


 確かに、質問には知らないと答える事もできよう。

 だが『戦士として』知らないという解答は自分はそれなりに優秀な戦士であるという誇りを傷つける。相手の実力を計れないということになってしまうから。

 さらに『戦士として』戦場に最後まで残った時点で、知らないと答えるのは嘘を言っているも同然だ。やはり、知らないとか、わからないとかは言えない。


 幸いにも、考える時間が必要な質問だったので、そこまで考えた上で慎重に答えた。


「た、倒せるとしたら、おっちゃんじゃないでしょうか。」

「おっちゃん? カールの事か。」

「は、はい……。」


 再び男が俯いてぶつぶつ言う。この男の呟きは大きい。こちらまで聞こえてきた。


「……やはり、そうだよな。あいつを倒せるのはそれぐらいしか……。いや、だが、しかし……。」


 やがて、呟きという名の独り言が終わると、こちらに向き直って言った。


「少し待ってろ。ハンナはこいつを監視しろ。」

「はい、ご主人様。」


 そう言って、男がエリーの後ろへ歩いていき、見えなくなる。足音から察するに、部屋の外に出て行ったのだろう。

 やがて、部屋は静寂に包まれた。


【24】


 そのままの姿勢でそろそろあちこち痛くなってきたエリーは、近くでじっと見つめてくるハンナという女に興味を持った。

 かなり若い。コルと同じ17歳かそこら。間違いなく、あの男に身も心も捧げているのだろう。虫唾が走るのを感じた。


「えっと、ハンナさん……。」


 返事がない。というより、眉一本、腕一本動かさない。


「この姿勢から動いていいですか……。」


 どう見ても年下だが、生殺与奪を奪われている身だ。丁寧な言葉遣いを使って間違いはあるまい。

 今、気がついたが、魔法もこの部屋の中では使えないようだ。逃げられないだろう。


 と色々考えていても、ハンナは全く動く気配がない。調教で完全に生きた人形になっているのだろう。

 この分なら、多少言葉遣いが荒くても気にしないような気がしてきた。

 エリーは素の言葉遣いになる。


「この姿勢だと辛いから、ご主人サマが帰ってきた時に失礼な態度を取るかもしれないよー?」


 効果は覿面だった。


「わかりました。床に座ることを許します。」


 ハンナは鎖を緩めてくれた。エリーは床に女の子座りになって一息ついた。衣服が濡れているのは変わりないが、大分気にならなくなってきた。


「ご主人サマの事のついて知りたいなー。色々教えてくれないかなー?」


 その一言で、ハンナは嬉しそうにベラベラと喋り出した。さっきまで、綱渡りの論戦をしていただけに、余りの楽勝さに拍子抜けした。

 ただ、あの男が帰ってくる前に話を終わらせなければならないので、頭の片隅で男の足音の気配を探り続ける。


「マテウス様は偉大な人です。私を生まれ変わらせて名前を授けて頂きました。私はご主人様の剣であり、盾であり、モノであり、使い捨てのコマであり、愛玩道具なのです。」


 ハンナはうっとりした顔でズボンの中に手を突っ込んだ。


「ああ、ご主人様のことを考えただけでとても幸せになって、こんなに濡れてしまうのです。はああ……。」


 エリーは嫌悪感が強くなる。やはりか。

 だが、漸く男の名前がわかった。

 というか、おっちゃんに全部聞いておけば良かったな、と反省した。あの時は、行方不明の試験官も敵だとは思わなかったし、余裕もなかったから仕方が無いかもしれない、と自分を納得させた。

 まずは奴の能力も把握しておこう。


「ご主人サマの凄い所ってどんなところなのー?」

「ご主人様は、四大属性を上級まで使いこなす大魔術師なのですぅ! 禁呪まで使いこなせちゃいます!」


 ハンナの地が少し出てきたらしい。これでまた一つ扱いやすくなった。

 しかし話の内容は笑えない。付与魔術でないことを祈る。


「じゃあ、難しい付与魔法なんかも使いこなせちゃうんだねー?」

「ええと……ああっ、でも簡単な付与ぐらいならお茶の子さいさいですぅ。だから偉大なご主人様なのですぅ。」


 ハンナが簡単すぎて、エリーは笑いすらこみ上げてきた。頭のネジがゆる過ぎる。笑いを噛み殺すので精一杯だ。


 とにかく、マテウスとやらは付与魔術師ではない。奥の手は守られた。


「そんな偉大なご主人サマなら、馴れ初めも劇的だったんだろうね。」

「そうなんですよぅ。住んでいた村にご主人様が来て頂いて、村ごと支配して頂いたのですぅ。あの時、愚かだったので反抗しちゃいましたけど、後で、短剣を渡されて、父の形をしたニセモノを刺し殺すチャンスを頂けたのですぅ。あの時の顔はとても楽しかったですぅ。凄い顔して口をパクパクとさせて血を吐いてぇ。ご主人様に逆らう奴はああなって当然なんですよぅ。だからぁ、もう、ご主人様の所以外に行く所がありませぇん。あは。」


 どこかで聞いた手口だ。発狂したコルがそんな事を言っていた。コルを壊したのもコイツらか。


 そして重要なキーワードを手に入れた。

 コイツら、首輪を使ってあちこちの村を支配していたのか。モニカの言っていた近隣の村の憎悪ってやつもこいつらが原因か。盗賊にしては敵が弱かったのは、村人を徴収して使い捨てのコマにしていたからか。生贄を必要とする禁呪を使うことをハンナが知ってるのなら、何度も村人を生贄に捧げているのだろう。

 大きなダンジョンを作るのに1フロアにつき、1人の生贄が必要だ。尻尾を掴めなかったのは生贄を大量に使って〈即席洞窟インスタントダンジョン〉をあちこちに作ってたからか。


 全てが繋がった。

 皆に、早く伝えなくては!


 最後に、コイツらの組織全体について調べようと思った時、男の足音の気配が聞こえた。


「ご主人サマが来るよ。今まで話した事は内緒にしてね。」

「えっ、どうしてぇ?」

「だってご主人サマはあたしを『監視しろ』としか命令してないよー? 余計なことをしたってばれたら、捨てられて、ご主人サマと会えなくなっちゃうかもよー?」


 その言葉にハンナは本気で怯えた。


「じゃあ、気づかれないように、元の状態に戻ろー?」


 ハンナはコクコクと激しく頭を縦に振った。エリーは犬のように這いつくばった格好に戻り、ハンナも緩めていた鎖を強く引いてエリーが動けないようにきつくした。


 エリーは再び気を引き締める。また、命がけの論戦が始まるのだ。


【25】


 マテウスが戻ってきた。


 視界に足が見えた。やがて全体像が見えてくる。その手に何かを持っている。


「さて、これに見覚えがあるかな?」


 刀身が虹色に輝く鋼の長剣の一部、折れた〈虹色の剣(ダマスカス)〉だった。エリーは鳩尾の辺りがキリリと痛むのを感じた。

 エリーの答えは一つだ。ユスティスと戦ってないことになっているのだから。


「わかりません。」


 そう答えるしかなかった。


「そうだな。そのはずだよな。」


 やばい。


「ユスティスとは、乱戦ではぐれて会ってない、お前はそう言ったな?」


 やばい、やばい。


「はい。」


 やばい、やばい、やばい。


「部下に聞いてみたんだが、女の持っていた剣で次々と武器を壊されたそうだな?」


 致命的なコトを見逃した。

 なんて言ったらいいかわからない。沈黙するしかない。


「エリノール、お前の剣を見せてみろ。……ハンナ。」


 詰んだ。


 おっちゃんに渡しておけば良かった。

 だが、もう遅い。


 ハンナは指示された通り、鎖を強く引き絞りながら、エリーの懐から〈巨神の剣(ティタンブレード)〉を引き抜く。そしてマテウスに渡す。


「普通の長剣に見えるが、軽いな。」


あたしは


「ハンナ、この剣を強く持って構えてみろ。そうだ。」


失敗した。失敗した。


「剣は得意ではないんだが……な!」


失敗した。失敗した。失敗した。


 パキンと剣が折れる音がする。


失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。


「さて、何か言う事あるかね?」


失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。


「この俺ですら、この女の嘘を信じかけたよ。……エリノール、お前、何者だ?」


失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。


「本当は、お前を洗脳したかったが……お前は危険すぎる。」


失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。


「最後に質問だ。〈服従の首輪〉どこにやった?」


失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。


「答える訳がないか。最後に言い残すことは?」


失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗…し…た…失…敗……し……た………モ………ニ………カ…………ご…………め…………ん…………



…………。





エリーは死んだ。

第一章。終了。

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