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名もなき魔術師の一生  作者: きゅえる
【1章】
20/106

【23】23歳モニカ、二度目の昇級試験を受ける(3)

【16】


 エリーが戻ると護衛車は完全に横転していた。さらに半分が黒焦げ。燃え盛る火の手が先ほどより大きい。


 エリーは乱戦の中で『おっちゃん』の姿を視認することができた。護衛車の壁を背にして複数相手に戦っている。しかし、右手がぶらりと垂れ下がったままだ。左手に剣を持っている。


利き腕をやられたのか……。


 エリーは『おっちゃん』に相対している四人の敵に対し、槍で突撃を仕掛けた。

 完全に不意打ちを受けた四人は一人は首を貫かれて絶命、一人は馬の蹄に踏まれて地面に這い蹲り、一人は武器を落とした。残る一人は運良くかすり傷だった。


 通り過ぎて直ぐに戻ってきたエリーは呼びかけた。

「おっちゃん、無事か!」

「エリーかッ、よく生きてたな!」


 馬に、走り続ける事、逃げる事を指示したまま、エリーは槍を持って飛び降りた。現金輸送車の方へと走り去っていく。


「おっちゃん、馬どうしたよ。」


 馬の突撃で生き残っていた最後の一人におっちゃんが斬りつけた。かなりの傷を与えた。敵は後ろに下がった。

 エリーの質問に答えず、たじろいだようにおっちゃんが言った。


「お、おい、エリー。馬から降りたら逃げられないじゃないか。」


 武器を落とした敵がエリーに向かって回し蹴りをしてくる。


「どうせ、乱戦になったら馬は殺されるんだから、逃がした方がましだよ。」


 回し蹴りをした敵の動きにあわせて槍の柄で殴りつける。敵を吹き飛ばした。


「それもそうだが、なら、なんで戻ってきた。」

 新たに3人の敵が近づいてくる。遠くで2人の敵がこちらに弓を向けている。


「モニカを傷付けた奴らを皆殺しにする為さ。」

 エリーはぞっとするほどの笑みを浮かべた。


 弓に対して、近接している敵の背中に隠れるように移動した。おっちゃんはその動きに気がついた。


「おい、俺の背中に回れ。動くぞ。」


 エリーとおっちゃんはお互いに背中を預けた。これで、馬車を背にして戦わなくて済む。動けるので、矢を撃たせにくくすることができる。

 

「受験者はどうなった。」


 おっちゃんは新しく来た敵に対して、剣を振り回す。牽制だ。敵の足が止まる。


「ダメだな。4人死んだ。2人は捕まった。残りの3人はどうなってるか。」


 エリーは槍をぶん回した。殆どが回避されたが、一人は運悪く脇腹に直撃、もんどり打って地面に倒れる。


「あたしたちは全員……全員無事だよ。現金輸送車の護衛につけて出発させた。」


 おっちゃんは一人飛び出した敵に対し剣を巻き込ませた。敵の槍が手から落ちる。そのまま、手を狙う。指が二本、ちぎれて落ちた。


「なら、消息不明は1人だ。生きてるといいがな。」


 その時、エリーは頬に冷たいものを感じた。雨だ。サァッという音と共に雨が降り始めた。空には雷雲が立ち込めている。ゴロゴロと嫌な音が聞こえる。山の天気は変わりやすい。間もなく土砂降りになるだろう。


「雨だ。」


 敵の方にも動揺が走っていた。敵味方、どっちにとっても嫌な物のようだ。エリー側からすれば、馬車の籠についている火が消えるのはありがたいが、どうせ使えまい。大したメリットにはならない。


「有難いことに敵に魔術師はいないようだ。治癒師はいるようだがな。」


 雨を嫌がるということは〈水の精霊(ウンディーネ)〉を使役できる魔術師がいないと告白したに等しい。おっちゃんはその事を指摘した。


「試験官は?」


 唐突にエリーが尋ねた。

 エリーの懐に入り込んで来た短剣使いに向かって槍の柄で薙いだ。勝ち誇った顔が一転、苦痛に呻く顔になる。確かに槍は懐に入られると弱い。だが対処しようはある。


「そう言えばいないな。」


 軽い感じでおっちゃんはエリーの質問に受けた。この様子だと状況が把握しきれていないらしい。エリーは極めて真剣な声で言った。


「そいつらが多分、裏切り者だ。」


 おっちゃんは鼻で笑った。

 少し油断が出たのか、剣で打ち負かされて体を崩す。すぐに立てなおして敵を蹴って間合いを取り戻した。


「そりゃないだろ。仮にも試験官だぞ。お互い、顔も名前も知ってるし、付き合いも長い。」


 雨が本格的になってきた。火をつけていた弓兵が火を消し、エリー達を狙うのをやめた。雨の中では矢は水に濡れるし、視界も悪いので命中率がひどく落ちる。撤退の準備を始めた。


「さっきの所でランクCの男が、モニカを、襲っていたから、あたしが、一人、殺した。」


 声色こそ怒りを抑えているが、震える声を抑え切れない。エリーの体から立ち込める湯気はエリーの怒りを如実に表していた。強力な突きで一人を鎧ごと貫いた。


「おい、さっきのって…。ユスティスを倒したのか……。」


 おっちゃんは言葉を失った。ユスティスというのは先程のランクCの試験官の名前だったのだろう。どうでも良いことだ。すぐに頭の中からその名前を消去した。

 場合によってはおっちゃんも斬ることも念頭に置いて、慎重にエリーは質問した。


「なんなら、おっちゃんも裏切ってみるかい? 相当、甘い汁吸えるようだよ?」


 おっちゃんは即座に否定した。


「バカ言え。ここで死んだ奴は皆、俺が目をかけていた若者たちだ。」


 エリーはひとまずは安心した。そろそろ槍も重くなってきた。雨に振られると衣服だけでなく武器も重くなる。もう、槍で戦うのは限界だろう。


「お前から見て、左前、前方だ。見えるか?」


 エリーは意味がわからないが、視界の端にちらりと女の死体が見えた。長い髪が雨に濡れて、より凄惨な様相を呈していた。


「白く濁った目でこちらの恨めしそうに見ている、クリーム色の長い髪の毛をしている女な、ディートリンデってんだ。試験に来る前までは、仲間の男二人から言い寄られててな。困ってると言っていたが、俺から見れば凄く嬉しそうだった。街で幸せに暮らすんだって言ってたよ。」


 唐突に受験者の身の上話を始めたおっちゃんに困惑した。

 エリーは槍を敵に使われないように地面に深く突き刺した。すぐに〈巨神の剣(ティタンブレード)〉を取り出して構える。


「お前からは見えないが、そこで死んでる男は、テオって言ってな。フルスベルグ民で冒険者になる必要なんてなかったよ。でも危険から家族を守るんだってな。ちょっとマザコンだったが、若いのに実力はあったよ。今から、母親の泣く姿を想像するだけで辛い。」


 雨に打たれて敵の動きも鈍くなった。エリーは〈巨神の剣(ティタンブレード)〉で敵の武器を片っ端から切り落とした。この武器なら近接戦闘は無敵ではないだろうか。ヘルムートが躍起になる理由が少しわかった気がした。


「おっちゃん……。」


 おっちゃんの辛そうな声を聞いてエリーは彼に対する考えを改めることにした。

 そして疲れたような声で、エリーではない誰かに言った。

「死ぬのはしょうがない。しょうがないさ。実力だけでなく、運も必要だからな。だが、俺より若い奴が死んでいくのは慣れないもんだ。」


 その溜め息を聞き入れたとほぼ同時に、エリーは信じられないものを見た。

 高速で水球がエリーの方に飛んできて、足元に跳ねて飛び散った。

 〈水の精霊(ウンディーネ)〉を使う魔術師だ。モニカではありえない。彼女は今気絶しているはずだし、何より戦線から離脱しているはずだ。これは敵の魔術師だ。


【17】


「おい、おっちゃん、魔術師いないんじゃなかったのかッ! 水球飛んできたぞッ!」


 魔法は、敵と味方の区分けができるものが多い。故に近接戦闘している味方の後ろから、容赦無く魔法を振らせてくることがある。

 そう言っている間に敵の隙間をぬって、水球が次々と変化球で飛んでくる。命中率は悪いがまともに腕に当たると痺れて動きが鈍る。濡れるのも問題だ。これはまずい。


「何……?」


 おっちゃんも声を失った。ここで新たに魔術師が参戦してくると、エリー達が生存して生還できる確率は限りなく0に近づく。


「おっちゃん、念のために聞くが今度の受験生に〈水の精霊ウンディーネ〉使える魔術師いなかったか!」

 わざと敵に最接近して、少しでも味方に当たる可能性で躊躇してくれないかと期待した。武器はほとんど切り落としたので剣をしまって、格闘戦に持ち込んだ。この距離では剣ですら間合いが近すぎる。


「何故聞く……。いや、二人いるな。お前の所のモニカと、5人組のところのザシャって男だ。先ほどの女に言い寄っていたうちの一人だな。確か連れてかれた……。」


 おっちゃんは敵の心臓めがけて一撃で突いた。絶命した。


「こいつら『服従の首輪』を持ってやがったんだ! 今回のこいつらの目的は金じゃない。受験生そのものだ!」


 エリーは、短剣を取り出した敵を手刀で叩き落とし、顔を殴りつけた。敵は鼻血を出して倒れた。水球は数は減ったものの継続して飛んでくる。しかも命中率が上がっている。敵を壁にして当たらないように移動するが、一発、足に当てられた。機動力が落ちる。


「なんだその首輪ってのは。」


 おっちゃんは周辺に敵がいなくなったのを確認すると、エリーの方に振り向いた。エリーは水球に阻まれて苦戦しているようだ。だが今、手を出せるような状況でもない。邪魔してしまう。


「相手がどんな強さだろうと関係なく、感情を操作して精神操作(マインドコントロール)して思い通りに人を操る〈魔法具(マジックアイテム)〉。」


 本当に魔術師がいたのなら最初から投入すればいい。だが、戦闘の末期になって魔術師を投入してくるということは、洗脳が終えたということだろうか。もしくは、ただエリー達が疲弊するのを待っていただけかもしれないが。できれば後者であって欲しい。


 エリーは鳩尾の近くに水球を当てられて一瞬息を止めた。そこに最後の敵の拳が顔に直撃。膝が崩れ落ちた。エリーにトドメをさそうと敵が近づく。(うずくま)ったエリー目掛けて蹴り上げようとした。そこにおっちゃんが持っていた剣を投げて、顔に命中。蹴り上げた足はエリーの顔の前を通過してスカっと外れた。エリーは眼前に靴底が通過していくのを見た。


 『おっちゃん』は慌ててエリーの前に出る。水球が飛んできて当たる。死体から剣を抜き出すが、接近の敵はさっきので最後だ。もはや敵は遠距離の魔術師だけ。それもこちらから見えない距離から撃ってくる。そんな水球をかわせるわけもなく体に命中した。


 エリーはすかさず、『おっちゃん』に向かって叫んだ。

「馬車の影に隠れよう!」

「わかった。」


 エリーとおっちゃんは水球に当たらないようにジグザグに移動しながら、痺れる足を引きずって馬車の影に飛び込んだ。土砂降りの雨に、敵の水球。ブーツもグチャグチャでまともに歩けそうにもない。視界も悪い。敵も同じようで既に殆どが撤退したようだ。


【18】


「とりあえずは、休憩だな……。」

 横転した籠の僅かなでっぱりの所で少しでも雨を凌ごうとする。だが、全く役に立っていない。どんどん体温が下がり体力が奪われていく。辺りがザアザアと雨の音とうるさい。


「雨がこちらにとって不幸であり、そして幸運だった……。」


 おっちゃんは大きく息を吐くように詩人じみたことを呟いた。そういう趣味か。悪くない。

 不幸というのは敵に〈水の精霊〉使いがいること。幸運というのは敵の接近戦が幕を閉じたことだ。こうして休息ができる。


「おっちゃん、逃げられるかい?」

 膝をついて座るおっちゃんにエリーは横から覗き込んだ。

「どうやって逃げるんだ。」

「この馬車の馬を使う。今は暴れて疲れているが、縄を斬れば馬に乗って逃げられる。」

「そうだな、確か二頭立てだったな。生きてるか?」


 エリーはそっと馬車の先頭の馬の方を覗き込んだ。二頭ともぐったりしているが生きているようだ。縄を斬れば、乗馬は多分できるだろう。


「だけど、あたしは逃げない。」

「なんだと。」

「一匹は、誰も乗せないで切り離す。もう一匹はおっちゃんが乗る。あたしは投降する。」

「なんでだ。」


 随分、ぶっきら棒な疑問を投げかけてきた。自殺願望のような発言に怒ったとしても不思議ではない。


「理由は二つ。敵は金より受験生と言ったけど、ついでに金を奪うくらいの頭はあると思うんだ。だから、追手を分散させるために、現金輸送車、おっちゃん、ダミーの馬、あたしで4手に別れれば逃げ切れる可能性は非常に上がる。」


「それで?」

 おっちゃんは相槌をうつ。エリーにも考えがあるのだと悟ったのだろう。真剣な顔で話を聞く。


「もう一つ、敵の目的が多分、受験生である以上、あたしが投降しても殺されないと思う。これを利用して、敵の内部を探る。」

「なんだってそんな……。いや。だがお前がそこまでする必要が。」


 街の中枢に関与できるほどの『冒険者クラスC』の試験官が敵に回っていたということは、街にとって致命的である。その事実が示すのは以下の3つが考えられる。


1.街の情報が完全に筒抜けである可能性。

2.他の人材も〈(スパイ)〉〈寝返り要員(トロイの木馬)〉として街の中に潜り込んでいる可能性。

3.お互いが疑心暗鬼になり、まともに団体行動が成立しない可能性。


 よって、危機が迫っている中、敵の手がどこまで伸びているかを探って炙り出し、見つけ出し、場合によっては殺すという動作を、敵の妨害、味方の疑心暗鬼を乗り越えてやらなければならないということだ。何より、昨日までは本当に味方だった人間が明日には敵に寝返っている可能性もあるため、厳密な炙り出しなど、不可能に近い。


「あたしは、親友を壊されかけた。それだけで十分だよ。」

 半分、嘘だ。

「エリー……。」

 おっちゃんは息を飲んだ。

「そしてあたしには〈ずる(チート)〉がある。絶対にあいつらを滅ぼしてやるよ。何十年かけても。」

 おっちゃんはエリーの言っていることを疑っているようだ。眉を顰めた。


「その〈ずる(チート)〉ってのはよくわからないが、この状況をよく出来るのか?」

「少し待っててね。」


【19】


 エリーは内面の知識の泉をすくい出す。


 『魔法が使えない原因』は何がある……。


……どれかの精霊と結びつきが非常に強固になると、その精霊が他の精霊に魔力を渡す事を拒絶する。原因となる精霊は、嫉妬深い〈生命の精霊(セフィロト)〉のことが多い……


 あたしは〈生命の精霊(セフィロト)〉に祝福されていたのか……。


……〈生命の精霊(セフィロト)〉と強固に結びつくことにより、身体能力と自然治癒能力が驚異的に上昇する……


 丁度いい、おっちゃんの怪我を治してしまおう。


……〈生命の精霊(セフィロト)〉を使った怪我の治し方。まず、相手に触れて、相手の状態を相手の精霊に聞く……


「おっちゃん、両手を出して。」

「こ、こうか?」

 『おっちゃん』はドギマギしているようだ。顔が赤くなっている。


……〈生命の精霊(セフィロト)〉の認識方法。まず、精霊を感じるには精霊の姿を想像し、それを体内にいることを認知する。

頭部に第一の白のセフィラ、ケテル。

右肩に第二の灰のセフィラ、コクマー。

左肩に第三の黒のセフィラ、ビナー。

心臓に第四の青のセフィラ、ケセド。

左肺に第五の赤のセフィラ、ゲブラー。

膵臓に第六の黄のセフィラ、ティフェレト。

脾臓に第七の緑のセフィラ、ネツァク。

肝臓に第八の橙のセフィラ、ホド。

陰茎に第九の紫のセフィラ、イェソド。

子宮に第十の虹のセフィラ、マルクト。

すなわち、これが〈生命の基本(セフィロト)〉である……


 エリーは魔術師が持っていた精霊のイメージ像を引き出した。同時におっちゃんと自分の中にその精霊がいることが認識できる。彼の精霊に様子を尋ねた。


「右腕から伸びる白い神経の断裂」

「全身の筋肉の疲労」

「右上腕内側に切創」


 精霊から、イメージ像と共に答えが返って来た。エリーはさらに、ここからどうすれば良いのだろう、と魔術師の知識を引き出す。


……体の情報を受け取ったら、精霊に肉体を治す手順をイメージで渡す事。即ち、肉体の構造をより把握していることが優秀な治癒師の条件……


 コルっちはいつもこんな事をしていたのか、とエリーは感嘆した。恐らく、白い神経とやらが腕の動かない原因らしい。


「おい、まだか?」

 おっちゃんがイライラしながらも問い返して来た。

 今はお手手繋いで仲良くという場面でないのはわかるがもう少し待って欲しい。

 エリーは再び魔術師の記憶を揺り起こす。


……腕神経叢から伸びる神経は上肢腹側を通り、前腕部では、正中部、尺骨側、橈骨側と三つ又に分かれる……


 エリーは、魔術師の記憶から神経の分布図を掘り起こし、正しい配置を相手の精霊に伝えた。

 自分の〈生命の精霊(セフィロト)〉から強い抵抗、嫉妬を感じた。イメージを渡しただけで殆ど魔力使ってないのに、これは酷い。


 もう一度、おっちゃんの状態を聞いてみたら、健康、と返って来た。エリーは少し笑ってしまった。自分にも治癒魔法が使えたのだ。


【20】


「終ったよ、おっちゃん。」


 エリーは、ふうと大きな溜め息と共に、記憶の中の知識の本を閉じて、彼の手を離した。


「腕、動かせるようになってるはずだよ。ついでに傷も埋めて、疲労も直しておいたよ。」


 きょとんとした彼は、言われた通りに手を動かそうとした。


「おい、本当だ、治ってるぞッ。しかも体が軽いッ!」


 彼の動かなかった腕が動くようになって右手を開いたり閉じたりしている。驚いた顔をしている。


「エリー、お前、こんな高等な治癒魔法使えたのか……?」


「これが〈ずる(チート)〉だよ。あたしは、ある事故がきっかけで大昔の優秀な魔術師の知識を引き出せるんだ。だから、色々な魔法が使えるはずなんだ。」


 口ではそう言うが、『知識』を引き出す度に、付随する『思い出』『感情』『欲望』も一緒に引き出してしまい、エリノールという女性の存在が希薄化していくことは話せなかった。話せる訳がなかった。

 ましてや、これから何度死んでも、次の体に憑依できる、半永久的な不老不死であることも。

 自分には名もなき魔術師のやり残した事をやり遂げる義務があることも。

 ……そして今回の街の危機に、自分が作った〈魔法具(マジックアイテム)〉が関与している事も。


 叫びたかった。今まで、父親のように接してくれた目の前の〈組合業務員(ギルドスタッフ)〉であるおっちゃんに。

 だが言えなかった。


「そうか。詳しくは聞かん。だが、ありがとうよ。エリー、お前は命の恩人だ。」


そんな感謝の顔で見ないで欲しい。


 エリーは罪悪感を隠したまま、考えた作戦を話した。


「作戦はこう。おっちゃんが一人で逃げきろうとしてあたしを生贄に置き去りにする。」


 魔法を見せたせいだろうか、彼の中でエリーに対する能力評価が高くなったらしい。弟や妹を見るような視線が消えた。代わりに見えるのは戦友としての信頼の視線。


「何だか、俺が悪役みたいだな。」


「その為に暫くしたら二人で大声で喧嘩をして、お前なんか知らん。死んでしまえ。とか叫んでもらうわけ。」


「そうか、それで今日のこの情報を街に伝えればいいんだな。」

「そうなんだけど……ちょっと待ってね。」


「はは、次はどんな〈ずる(チート)〉を見せてくれるんだ?」


 エリーは自分の首に吊り下げられた〈身分証明の金属板(IDプレート)〉を服の中から取り出した。


 なんと、これの原型を初めて作ったのも、エリーの中にいる魔術師らしい。今では〈借方制度(デビット)〉の基礎とすらなっているこの金属板は本当に便利だった。

 だが、ゆ……伝言にも使える。


 エリーは〈身分証明の金属板(IDプレート)〉に魔力を注ぎ込む。抵抗する精霊を黙らせる。


 伝言先はモニカ、コル、イル先生、ハインツ、ヘルムート、レベッカさん、後は……宿屋のおっちゃん、女将さん、クッキー屋のおばちゃん、一応、目の前のおっちゃんにも残しておこう。あ、あとは、ミヒェル〈組合長(ギルドマスター)〉。皆、さよなら。そしてまたいつか会おう。


 金属板が淡い光を放つ。エリーの願いを込めた伝言が金属板の中に注ぎ込まれる。

 おっちゃんは黙って、それを見ていた。


「これにあたしの関係者への伝言を入れといた。魔術師の考察や知識も含めて今回の対策となる情報を全て入れておいたから、それぞれに見せて欲しい。」


 自分の首から金属板をはずし、彼に手渡す。彼はそれをぎゅっと握りしめて頷く。


「生きて帰って来いよ?」

「わかった。」


 そしてエリーの作戦は実行された。

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