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名もなき魔術師の一生  作者: きゅえる
【1章】
2/106

【01】19歳モニカ、お宝を見つける★

 【1】


「はぁ、はぁ、エリー、待ってぇ」

「モニカっち、遅いよー!」


 地中深く、複雑に掘り抜かれた洞窟。

 周りの壁は土で塗り固められ、湿った空気と苔むした臭いが漂っている。その通路は二手、三手と分かれ、複雑な迷路を形成していた。不用意に迷い込めば、二度と出ることは叶わない。

 人はそれを〈地下迷宮(ダンジョン)〉と呼ぶ。


「はぁ、エリーの、はぁ、足が、はぁ、速いのよ!」


 そんな〈地下迷宮〉の一角に、荒い息を吐いている少女がついに腰を降ろした。頭上には不思議な〈光球〉が浮かび、少女の疲れた顔を照らしている。

 彼女の名を、モニカ=アーレルスマイヤという。


「モニカっち、急いで急いで!」


 モニカは、やや小柄な少女だ。

 すその長い〈貫頭衣(ワンピース)〉を身につけ、下は〈作業袴(ガーゴパンツ)〉を履いている。背中の〈背嚢(バックパック)〉と、腰の〈腰嚢(ウェストパック)〉の帯が、服にシワを作っている。


「あ、扉があるよー!」


 モニカは胸を上下させて、息を整えている。両耳につけた〈水晶の耳環(クリスタルピアス)〉が、呼吸に合わせて揺れていた。

 遠くから、足音が戻ってくるのが聞こえた。


「ねね、モニカっちー、光をちょうだい!」


 モニカは首を持ち上げ、視線を巡らせる。

 曲がり角の向こうから、元気いっぱいの少女が姿を見せた。彼女の名を、エリノール=アーレルスマイヤという。普段は、エリーという〈通名(とおりな)〉で呼ばれる。

 二人とも『アーレルスマイヤ』ではあるが、姉妹ではない。〈真名(まな)〉の後ろにつくのは〈族名(ぞくな)〉といい、同じ村の出身であることを示す。


「エリー、いいけどー、変な物に、触らないでよ?」


 エリーは、モニカより一頭身ほど背が高い。

 腰に〈長剣(ロングソード)〉を帯び、背中には〈背嚢(バックパック)〉と〈短弓(ショートボウ)〉を背負う。また、長袖の肌着で二の腕を隠し、力強く、太ましい肉体を〈軽装の皮鎧(レザービスチェ)〉で締めつけている。


「うん、分かってるよ!」


 エリーは親指を立てた。その手肌は分厚く固い。使い込まれているのがよくわかる。


「ったく、しょうがないなぁ」

 

 モニカは、ため息をついて立ち上がり、尻についた土をパンパンと振り払った。そして指で〈水晶の耳環〉を軽く弾くと、チリンと音を立てて揺れた。


「〈光の精霊(イルリヒト)〉さんに命じます。エリーの明かりも、用意してあげて下さい」


 〈水晶の耳環〉は白く輝き、不思議な光を吐き出した。生み出された〈光球〉は、しばらくモニカの周囲をさまよった後、エリーの方へと向かっていく。


「ありがとー!」


 エリーは〈光球〉を連れて、返事も待たずに走り去ってしまった。

 モニカは首を横に振り、再びため息をつく。仕方なく、後を追って歩き出した。


「あまり、遠くにいかないでよー?」


 応答はなかった。代わりにエリーの咆哮が、辺りにこだまする。


「イェエエエアアアッ!」


 モニカは驚いて、肩をすくめてしまった。

 さらに続けて、金属を叩き斬る音、弾ける音、扉を蹴り破る音、閉まる音。そして、静寂が訪れる。


「……あの、突撃バカ!」


 モニカは急いで駆け出した。角を曲がるとすぐに、扉が見えてきた。よく見なくても斬撃跡がハッキリと残り、鍵の部分が壊されていた。扉には、綺麗に足跡が残っている。


「何で、いきなり壊すかなあ!」


 苛立つ気持ちを抑えながら、エリーを追って、そっと扉を押し開いた。


 【2】


「うわっ、まぶし!」

「えっへっへっへー、すごいっしょ!」


 金、金、金、金、金。

 モニカが扉を開けると、光を照り返す金の山が、いきなり目に飛び込んできた。とっさに手で顔を隠し、目を防御する。


「どう? どう?」


 ようやく慣れてきた目で、指の隙間から部屋を見回す。金ピカの装飾品を腕に抱える、エリーの姿が見えた。


「これで、あたし達はお金持ちだぁ!」


 エリーは、妙な動きでくねくねと踊っていた。よく分からないが、絶好調だ。

 モニカはげんなりして、ため息をついた。


「エリー……あのさぁ」


 確かに金は高価だ。エリーが喜ぶのもよくわかる。しかし、それだけではない。

 金はいつまでも輝きが失われない性質から、魔法学では〈永遠〉の属性を持つとされている。つまり、金細工にかけられた〈付与魔法〉は、効果が半永久的に伸びるという。

 だから〈地下迷宮〉で金細工を見つけたら、まず〈付与魔法〉のかかった〈魔法具(マジックアイテム)〉と考えるべきだろう。


「どう、どう、じゃないよ! 変な物に触るなっつったじゃん!」

「えー、変な物じゃないよー?」


 エリーは、トボけた顔で首をひねった。どうやら、本気らしい。どうも、変なモノという概念そのものに、食い違いがあったようだ。変なモノは変なモノに決まっている。


「えー、じゃない! しかも素手で触らないで! せめて手袋をつけて! お願いだから!」

「えー」


 エリーは相変わらず、ふにゃふにゃしている。どうにも、慎重さが足りない。モニカは、段々と腹が立ってきた。

 大抵の〈魔法具〉は、装備者に有利に働く。ところがたまに、装備者に不利に働くモノもある。おそらく盗難除けなのだろう。だから警戒が必要なのだ。


「ずーっと前に、男の子たちが拾ってきた〈魔法具〉で、村人の半分が十日間ぐらい、寝込んだことあったでしょーが!」

「そんなことあったっけ?」


 あったっけ、ではない。あったのだ。

 その時は結局、呪われた〈魔法具〉を破棄することで、事態は収束した。ちなみにエリーは無事だった側で、モニカはやられた側だった。


「てーか、何で、手袋をつけてないのさー!」

「だってさー、なんかヌルヌルするしー。だから、捨てちゃった」


 モニカは固まった。


「……は?」


 頭が速やかな理解を拒否した。モニカの記憶では、エリーは丈夫な手袋を持っていた。簡単に捨てられるような代物ではない。しかも、ぬるぬるしていたから捨てたのだという。

 それはつまり。


「モニカっち、どしたのー?」

「エ、エ、エ……」

「んー?」

「エリーのアホー! えんがちょー! 捨てるなー! 自分の手袋ぐらい、きちんと洗えー! それが呪いの〈魔法具〉だったらどーすんのよー!」


 エリーはそれでも動じなかった。むしろ、ドヤァと胸を張って叩いた。しかも〈軽装の皮鎧〉で強調された爆乳が、ボヨンと目と鼻の先に迫る。

 なんかムカつく。


「平気、平気! あたしにはそんな呪い、どうってことないよ!」


 何か勘違いしているようだ。それにどこから、そんな根拠のない自信が湧いてくるのだろう。さすがはエリーだ。もちろん褒めていない。

 モニカは、髪を触りながらため息をついた。何度目のため息だろうか。エリーの身を心配するのが、だんだん面倒になってくる。


「あー、もういいよ。で? それ、どこにあったの?」

「この部屋に」


 エリーは金細工を抱えたまま、体を半回転させて部屋全体を示す。モニカは、二つの光球を踊らせてみた。周囲の影が激しく動き回る。部屋全体が、明るい光で浮かび上がってきた。

 まず、部屋の中央には、土ぼこりを被った机がある。その上に、土と油まみれの〈机上灯(ランプ)〉が置かれていた。壁際には、朽ち果てた衣装戸棚が配置されている。また、部屋の奥には扉が見えた。

 随分と豪華な宝物庫のようだ。しかし。


「エリー……」

「んー?」

「こんなに滅茶苦茶にしたのって、エリー?」


 衣装戸棚の引き出しは、おもむろに引き出されて地面に散乱している。戸棚は開けっ放しだ。空っぽになった棚には、申し訳程度に金の鎖が垂れ下がっていた。


「そうだよーん」

「荒らしすぎだよ!」


 割りとキレイ好きなモニカには、我慢が出来なかった。さっそく後片付けに、空の引き出しを持ち上げる。


「モニカっちは律儀だなー。別にいいじゃない」

「ダメな物はダメ!」


 モニカはため息をついて、片付けを続ける。

 ほとんどの〈地下迷宮〉は、魔術師によって作られ、管理されているという。

 しかし、一般的に〈地下迷宮〉にある物は、幾らでも奪って良い、むしろ率先して奪え、とされている。理由はよく分からないが、悪い魔術師しか居ないからだそうだ。


「あ、モニカっち。これをそっちの〈背嚢〉にも入れてよ」


 モニカは、手を止めて振り向く。既にエリーは、机上に金細工をぶちまけて、仕分けを始めていた。


「んもぅ……」


 モニカは片付けを中断して、ため息をついた。自分の〈背嚢〉を肩から降ろしながら、エリーの横に並ぶ。


「ほらほら、手を止めて」

「えー、大丈夫だって」


 目の前には、豪華な装飾品が積まれている。単純に細工物としてみても、かなりの一品だ。問題がなければ、一つや二つ身につけて帰りたい。


「うーん、すっごいね」

「でしょ? これを売れば、おなかいーっぱい、ご飯が食べられるよ!」

「…………」


 さて、手遅れになる前に、危険の有無を調べようか。

 モニカは一度、大きく深呼吸をした。そして〈魔力(マナ)〉の存在を意識し、目に集中させる。周りから見れば、瞳の色が黄金に変わっていくのがわかるはずだ。

 視界が金色に染まっていく。机の輪郭がボヤけていく。金細工の形がくすんでいく。代わりに、手から淡い桃色の光が立ち昇るのが見える。これが魔力の光だ。

 改めて、金細工に目を向けた。異常はない。ガラガラかき回してみた。異常はない。手ですくってみた。異常はない。

 結局、怪しい〈魔法具〉は見当たらなかった。


「ふぅ」


 問題なし、と判断したモニカは〈魔力感知(マジックセンス)〉を解除した。その様子を見届けたエリーは、金細工の詰め込みを再開する。


「エリー、大丈夫みたいよ」

「ほらねー?」


 イラ。

 モニカも手を動かし始めた。苛立ちを紛らわせようと、別の話題を振った。


「しかし、何でまたこんな所に、こんな宝が残ってたのかなあ」


 この〈地下迷宮〉は、町に近い山の中腹で、たまたま見つけただけだ。どこかで誰かの目に触れ、攻略されているはずだ。


「さあ? 鼻先のスズとか?」

「スス」

「そうそれ」


 鼻先のススとは『近くにある物は、見落としやすい』という意味の慣用句だ。台所で火を起こすと、割りとよく起きる。そして笑われる。

 スズでは、意味が通じない。


「エリー、無理して知的なふりしなくていいのよ」

「あ、ひどーい。失礼しちゃうなあー。モニカっちが虐めるー。助けてー」


 エリーは頬を膨らませて怒った。しかし手を休めずに、モニカの顔をチラチラと見ている。

 これは本気で怒っていない。ただ構って欲しいのだろう。そもそも、誰に言っているのかわからない。無視するに限る。そんな事よりも、さっきから気になっている点がある。


「うーん……」


 初めは、攻略しつくされて廃棄された〈地下迷宮〉だと思っていた。だから、ちょっとした探検のつもりだった。しかし、手のつけられていない財宝があった以上、未発見の〈地下迷宮〉であるはずだ。なのに、主人の魔術師どころか、罠や魔物すら全くいなかった。

 どうなっている?


「エリー、ちょっと……」

「あー、モニカっち。飲んでみるー?」


 エリーは金細工を詰め終えていた。代わりにワインを、両脇一本ずつと、右手に一本の、合計三本も抱えていた。

 モニカは少しの間、言葉を失った。


「……それも、持っていくつもり?」

「うん!」


 あー、なんて良い笑顔だ。そして、どこから指摘すればいいのだろう。

 〈背嚢〉の中で割れたら悲惨になるよ、とか、さっきまで怒っていた設定はどこへ行った、とかだろうか。何より、謎の〈地下迷宮〉で見つけた飲食物を、飲むという発想がおかしい。


「そんな気味の悪い物を、よく飲む気になれるね」


 ようやくモニカも金細工を詰め終え、哀れむような視線をエリーに送った。肩に〈背嚢〉をかけると、ずっしりと重く感じる。


「飲む気なんて、ないよー?」


 はい?


「売れるかなーと思って」

「売るな!」


 モニカは思わず裏拳を叩き込んだ。しかし〈軽装の皮鎧〉にベコンと阻まれて、拳の方が痛かった。手を振って、痛みを和らげる。


「いったー……」


 全く、バカじゃなかろうか。自分が腹を壊すだけならまだしも、飲めそうもないモノを人に売るとかどうかしている。

 そのエリーは、何が問題か分からないという顔で、キョトンとしていた。


「にしししし。まあ、そう言うなら戻しておくね」


 そして、心底楽しそうにあっさりとワインを棚に戻した。

 わざとか? わざとだったのか? 構って欲しくて、わざとやったのか?


「あ、こっちにも何かあるかなー」


 エリーは奥の扉に向かって、フラフラと歩き出す。

 モニカはその後ろ姿にため息をついた。エリーの〈背嚢〉が、はちきれんばかりに膨らんでいる。しかもよく見ると、隙間から金が今にもこぼれ落ちそうだ。

 どこからどう見ても、怪しい。


「あー、もう!」


 これでは盗賊に、襲って下さいと言っているに等しい。町の中でも、警備兵に怪しまれること請け合いだ。


「待ちなさいってば!」


 モニカは追いかけようとした。しかし金が思ったより重くて、足が前に出ない。エリーが軽快そうに歩いている様子が、とても信じられない。

 ぐぎぎぎ、あの怪力非常識娘め。


 【3】


 モニカは体を引きずるように、エリーを追って隣の部屋に飛び込んだ。


「エリー!」

「ん、ああ、モニカっち」


 エリーは、部屋の入り口で立ち止まっていた。振り向いた顔は、やけに神妙な顔をしている。どうも、妙な雰囲気だ。


「……どうしたの?」

「あれ、見てよ」


 エリーは部屋の中心を指差した。

 モニカは背伸びして、エリーの肩から部屋を見回してみた。

 まず目に入ったのは、部屋の中央に大きく描かれた魔法陣。周囲に散らばる金の装飾品。そして、服を着て倒れている、ガイコツ……。


「うっわー」


 絶句した。

 生け贄、だろうか。悪い魔術師は、生け贄を捧げて魔法を使う事がある、と聞く。

 その横でエリーは、額に手を当てて祈り始めた。


「おー、友よ安らかにナンマンダブナンマンダブ


 エリーがつぶやいたのは、死者の魂を弔う文言である。昔からの決まり文句ではあるが、効果があるかどうかは不明だ。

 お祈りの文言はまだ続く。


「むにゃむにゃ。お宝はあたし達が十分に使ってあげるから、取り憑かないでね」


 おい。

 むしろ、今にも取り憑かれそうである。浮かばれたはずの魂すら戻って来かねない。

 勝手に同類にされてしまったモニカは、代わって真面目にお祈りしておいた。


「さってとー! おったから、おったから! ふーん、ふふーん!」


 祈り終えたエリーは、元気に歌い始めた。微妙に音痴だ。この部屋も、物色するつもりらしい。


「おいこら、待て」


 モニカは、必死にエリーの体を押しとどめた。魔法陣がある以上、今度こそ何らかの〈魔法具〉があってもおかしくない。


「えー」

「えーじゃない!」

「ぶー」

「ぶーでもない!」

「にゃー」

「ええい、子供か!」


 これでもエリーは、今年で二十歳だ。とても信じられない。


「エリー、はい、正座!」

「えー、やだー」

「じゃあ、晩ご飯、抜き」

「はい、やります! やらせてください!」


 エリーは、飛び跳ねんばかりの勢いで、その場に正座した。泣きそうな顔で、モニカを見上げている。

 なんて大げさな。


「そ、そこで、ジッとしていなさいよ!」


 今のうちに、危険がないかを調べなくては。

 モニカは、再び魔力を意識する。目の色が変わり〈魔法感知〉が発動した。まず、部屋全体を見回す。

 最初に、散らばっている金細工が強く反応した。予想通り、何らかの〈付与魔法〉が、かかっているようだ。


「ねー、モニカっちー、いつまで正座してればいーのー?」


 次に、部屋の中を歩き回った。

 壁際に質素な棚が配置されている。装丁された本や、不気味な色をしたガラス瓶が、並んでいた。

 本は全て朽ち果てていた。少し触っただけで、ボロボロと崩れ落ちる。役に立ちそうもない。

 ガラス瓶の方は多種多様だった。空の瓶もあれば、真っ黒な液体で満たされている瓶もあった。干からびた何かが入ってる瓶もあった。

 何より目をひいたのは、やや大きめの瓶だ。中には、ヒトの胎児の……うん、見なかった事にしよう。


「ねーねー、モニカっちー、足が痺れてきたんだけどー」


 最後に、ガイコツに近づいた。間近で観察してみる。

 何かが変だ。

 どうも、魔術師の死体らしい。傍らに杖が落ちている。服装のあちこちに〈付与魔法〉の淡い光が見える。多数の〈魔法具〉を身につけていたようだ。

 生け贄にしては、身につけている物がおかしい。それに、普通だったら、すぐに死体を片付けるような気がする。これでは、自分自身を犠牲にして、儀式を行ったかのようだ。


「変だ」

「何がー?」


 背後からエリーの返事が聞こえた。モニカは、注意深く観察を続けながら答えた。


「魔法で自分自身を生け贄にするなんてこと、あるのかな」

「さー? 魔法とか、よく知らないっしー?」


 おい。


「エリー?」

「つーん」


 どうも不貞腐れているようだった。色々と声をかけてみるが、まともな返事が返ってこない。意趣返しに無視したのが、いけなかったようだ。

 腹が立つ事もあるが、全く話をしてくれない、というのも少し寂しい。肩肘を張りすぎたかもしれない。エリーは、数少ない友だちの一人であり、相棒だ。謝っておこう。


「エリー、ごめん。少し言い過ぎた」


 モニカは、振り返った。


「え?」


 目を疑った。

 エリーは正座していなかった。膝を立て、近くに落ちていた〈腕輪〉に手を伸ばしている。


「あ」


 その瞬間、魔法の光が大きく膨らんだ。エリーの体を包み込む。


「エリー!」


 エリーは〈腕輪〉を握りしめながら、突然、床に崩れ落ちた。髪を振り乱し、体が弓なりに反り返る。ビクビクと痙攣し、白目を向く。口から舌がはみ出し、泡を吹いている。


「あ、あああ……」


 モニカは血の気が引いた。心臓の鼓動が速くなり、手から汗が吹き出た。足が震える。

 しかし、他には誰もいない。エリーを助けられるのは一人しかいない。知性と理性を総動員させ、絶叫したい衝動を飲み込んだ。

 今すぐ、行動を起こせ。


「エリー! エリー!」


 〈魔力感知〉を解除。

 あの〈腕輪〉を遠ざけろ。

 重い〈背嚢〉を地面に落とす。

 エリーに向かって駆け寄る。

 〈腕輪〉に狙いを定めて。

 蹴り飛ばした。


 〈腕輪〉はエリーの手を離れ、宙を舞う。壁に当たり、地面に落ちる。カランと音を立て、転がる。


「フーッ、フーッ!」


 これでどうだ。

 モニカは、エリーを見た。動きは完全に停止していた。ピクリともしない。


「エリー?」


 反応はない。


「エリー!」


 モニカは、エリーの体を揺さぶった。反応はない。


「エリーったら!」


 体を仰向けにひっくり返して、顔をつねる。反応はない。


「ねえ! 嘘でしょ! ねえったら! 死んじゃやだよ!」


 耳もとで必死に呼びかけた。反応はない。


「エリー、嘘だと言ってよ……。うっ、うっ、うっ……」


 エリーは、穏やかな顔をしている。

 自然と涙が溢れ出る。辛くてまともに見られない。足元に視線を落とし、嗚咽をこぼす。胸が痛い。服を強く握り締める。

 信じられない、信じたくない。嫌だ、嘘だ。これが嘘だったら!


「うっそでーす」


 そう、これが嘘だったら、どんなに良かった事か!

 しかし、もう遅い。ああ、もう少しエリーの気持ちを考えてやれば良かった! そうすれ、え?


「うっそでーす」


 モニカは顔を上げた。多少、涙で歪んではいるが、そこには、ニヤニヤしている元気なエリーの姿があった。


「エ、リー……?」

「ごっめーん、ちょっとやり過ぎたカナー」


 エリーは顔の前で手を合わせ、舌を出して謝っている。モニカは息を吸うのも忘れ、呆然となった。


「あっれー、モニカっち?」


 エリーが心配そうに、モニカの顔をのぞき込む。無邪気な顔だ。


「ねえねえ、モニカっちーったらー、どうしたのー?」









 ぷちっ。




「うおおおおおぉぉぉぉぉーッ!」


 モニカは、吼えた。

 エリーは、ビクッと震え、飛び跳ねた。


「こぉぉおーんの、デカ乳バカ女がぁぁああーッ!」

「ちょっ! 胸は関係な」


 モニカは、立ち上がる。拳を振るう。

 エリーは、ヒラリとかわす。一歩下がる。


「いっぺん死ねぇぇえええーッ!」

「ええっ! さっき、死ぬなーって言って」


 拳ではダメだった。武器が必要だ。

 モニカは、落ちていた杖を拾い上げる。


「だぁぁーまぁぁーれぇぇえええーッ!」

「ひぃやぁぁあああーッ!」


 モニカは、邪悪な笑みを浮かべ、杖を構えた。

 エリーは、青ざめて壁際に後ずさる。


「動くなぁぁぁあああーッ!」

「モ、モニカっち、そ、その杖はマジで危ないって!」


 モニカは、全力で振り降ろす。

 エリーは、横に逃げる。

 背後の棚を真っ二つに叩き折った。

 瓶が、地面に落ちて割れる。中に入っていた黒い水や腐った何かが飛び散った。


「ごっごめーん、わ、悪かった。悪かったって!」

「許すかぁぁぁあああーッ!」


 モニカは、地面に散らばる邪魔な金細工を蹴り飛ばした。

 エリーは、飛び散った金細工から、手で顔を守る。


「ひ、ひぃ、ほ、ほら、この部屋で暴れると、き、危険だよ!」

「知るかぁぁぁあああーッ!」


 モニカは、エリーを追いかけ、杖を振り回した。


「うおぉぉぉおおおーッ!」


 【4】


「ゼェーッ、ゼェーッ」

「あ、落ち着いた?」


 力尽きた。

 モニカは、手から杖を滑り落とした。地面にへたりこみ、そのまま地面に突っ伏す。


「フーッ、フーッ」

「どう、どう」


 息が苦しくて、言い返す余裕がない。喉奥から、酸っぱい物がこみ上げてきた。

 全く息を切らせていないエリーが、背中をさすってくれる。


「全くー、モニカっちは、すぐ怒るんだからー」


 お前が言うな。お前が言うな。お前が言うな。ええい、お前が言うな。

 モニカは声が出ない代わりに、首を持ち上げ、ジト目で睨みつけた。


「どう、落ち着いた?」


 エリーの和やかな顔に、完全に跳ね返される。最後の抵抗も、不発に終わってしまった。もはや、精神力も尽き果てた。

 ……なんかもう、どうでも良くなってきた。

 モニカは膝を起こし、手をついてガックリとうな垂れる。


「ふーっ……」


 しばらく時が経ち、話せるくらいには息が整った。

 気を取り直して立ち上がると、エリーが〈腕輪〉を拾っていた。興味深そうに、手の中でクルクルと回している。先ほど握りしめていた物だ。


「エリー、その〈腕輪〉は……」


 モニカは思い出す。

 確かに〈腕輪〉から魔力が溢れ出し、エリーを包み込んでいた。気のせいではないはずだ。

 その後の反応は、エリーの演技だったわけだが、何らかの〈付与魔法〉がかかっているのは確か。無視できない。


「ん、ああ。これいいね。気に入った」


 エリーは上着の袖をまくり上げ、肌着の上から〈腕輪〉を通した。太さを調整しつつ、ウットリと眺めている。


「いや、そうでなくて、何か〈付与魔法〉がかかっているのよ」

「ふーん、そうなの」


 気のない返事が返ってきた。視線を合わせようともしない。真剣な表情で〈腕輪〉を見つめている。

 モニカは、服についた土を振り払いながら、話しかけた。


「本当に大丈夫なの? どこか、調子の悪いところない?」

「ないね。むしろ、頭がスッキリしているよ」


 まずは安心してよさそうだ。

 どうやら、装備者に害を及ぼす物ではなかったらしい。そうなると、どんな効果なのか気になってくる。


「一応、鑑定させてよ」


 エリーはハッと我に返った。上着の袖を降ろして〈腕輪〉を隠す。


「あ、ああ、うん。後でもいい?」

「まあ。それでも……」


 モニカは、今の動作に違和感を覚えた。エリーは、装飾品に執着を示すような性格ではない。

 何かを言おうと、口を開きかけた。


「大丈夫だって。そんなことより、その人を埋葬しない?」


 エリーはモニカの背後を指差した。

 モニカは指の先を、目で追う。すると先ほどの騒動で、ガイコツがバラバラに壊れていた。


「あ」


 モニカは固まった。

 先ほどお祈りをしておきながら、酷い事をしてしまった。エリーの言う通り、埋葬までやらないと、後が怖い気もしてきた。

 腰に差した鞘から〈汎用の短剣(サバイバルナイフ)〉を抜き出して、部屋の片隅を指す。


「そうだね。じゃあ、あの辺に掘る?」

「いいと思う」


 エリーも〈長剣〉をスラリと引き抜いた。

 二人は剣を使って穴を掘り始める。しばらくは、穴をザックザックと掘る音だけが、部屋に響く。


「私たちの村のやり方でいいよね」

「うん」


 モニカ達の故郷であるアーレルスマイヤ村には〈弔いの儀〉と呼ばれる風習がある。村に死者が出た場合、村人たち全員の手で墓を作るのだ。

 穴を掘る、埋める、墓標を立てる、のどれかに少しでも参加すればいい。そうして、全員で故人の死を受け入れていく。


「さて、こんなモンかな」


 モニカは立ち上がり〈汎用の短剣〉をしまう。手についた土を振り払い、ほつれた髪をかき上げた。

 人間一人分が入れる程度の穴ができた。


「んじゃ、入れようか」


 二人はバラバラになったガイコツの骨を、穴の中に入れていく。衣服や装飾品も同様だ。最後に杖を墓標にして、ようやく完成した。

 すると、エリーは墓を目の前にして、手を額に当てた。


「長い間、お疲れ様でした」


 モニカは首をひねり、人差し指を口に当てた。エリーの背中を見つめる。

 どうもさっきから、奇妙な違和感が頭にかすめる。


「お墓を作ってあげたので、財産はあたしが全て引き継ぎます。安心してください」


 気のせいだった。

 やっぱり、いつもの残念なエリーだ。

 モニカは〈腰嚢〉から〈鑑定用手袋〉を取り出し、手にはめる。そして近くに落ちている〈魔法具〉を拾いあげた。


「じゃあ、行こうか」

「えっ?」


 モニカは本気で驚いた。

 この部屋の金も、物色するはずではなかったのか。

 ましてや、有用な〈付与魔法〉がかかっているのなら、価値は数倍に跳ね上がる。持ち帰らない理由はない。

 手に持っている金細工とエリーを、交互に見ながら尋ねた。


「他はもういいの?」

「あ、もういいよ」

「だって」

「あたしのも、モニカっちのも〈背嚢〉が一杯じゃん。どうやって持ち帰るのさ」


 モニカは言葉を詰まらせた。

 正論ではあるのだが、今までの言動や行動と一致しない。やっぱり変だ。


「まあ、そうなんだけど。エリー、さっきから変だよ」


 エリーは鼻で笑った。


「モニカっちこそ、変だよ。また取りに来ればいいじゃない」


 あ。

 なんでこんな簡単な答えに、気がつかなったのだろう。


「わかったよ。じゃあ、最後にもう一回だけ」


 モニカは何となしに〈魔法感知〉を発動させる。すぐに異変に気がついた。


「あれ?」


 さっきまで反応していた魔力の光が、消えている。つまり〈魔法具〉ではなくなっている。目をこすってみるが、光は失われたままだ。

 首をひねりながら〈魔法感知〉を解除した。


「あっれー、なぜに?」

「どうしたの?」

「確かに〈魔法具〉だと思ったんだけどー」

「……気のせいだよ、きっと。さあ、戻ろう」


 エリーは、そう言いながら隣の部屋に戻ってしまった。

 モニカは釈然としないまま〈背嚢〉を担ぎ上げる。部屋を出ようとして、最後にもう一度、振り向いた。エリーと室内を見比べ、しばらく迷う。


「あーん、待ってよー」


 結局、エリーの後を追いかけた。


 【5】


 モニカは宝物部屋に戻った。

 するとエリーが、一本のワインを手に持ち、舐め回すように見ていた。


「エリー、ワインを持ち帰るの、止めたんじゃなかったっけ?」

「違うよー。ワインの製造年を見れば、ここの古さがわかるかと思って」


 なるほど。その発想はなかった。


「モニカっちー、やっぱり読めないー。読んでー」


 エリーは困った顔で、ワインを差し出してきた。中身の黒い液体が、チャプンと揺れる。

 モニカは、苦笑しながら受け取った。ホコリを払いながら、ラベルに目を通す。

 文字が色あせて読みにくい。しかも、古い外国語のようだ。全く読めない。辛うじて、製造年らしき数字だけは読み取れた。


「およそ……百年前のワインかな」

「へえ、そんなに時が経ってたんだー」

「そうなると、最大でも百年前の〈地下迷宮〉ということになる……?」


 そんな馬鹿な。

 モニカは、自分の言葉が信じられない。

 ワインは、寝かせるにしても十年が限度。約百年もの間、誰にも見つからず、誰にも管理されず、金が眠っていた?


「いやまさか」

「ささ、もう出ようよ」


 モニカは、エリーに背中をぐいぐいと押される。慌てて、ワインを机の上に置いた。


「ちょっ、ちょっ、待ってよ! 他の部屋も調べるんじゃ?」

「もういいよ。それより、今日中に着きたい」


 モニカとエリーは、旅をしている道中だ。故郷を離れ、人口約二十万人の大都市に向かっている。そして今、目と鼻の先まで来ていた。

 都市に着けば、働き口が見つかるに違いない。自立できるに違いない。そんな夢を抱きながら、苦難を乗り越えてきた。

 だが、今この状況で、先を急ぐ理由にならない。


「エリー? さっきから何か変だよ!」

「モニカっちだって、野宿はもう嫌でしょ?」

「ま、まあ……」

「荷物はいっぱいだし」

「そうね……」

「ほらね、さあ行こうー」


 エリーはモニカの手を握りしめ、ズルズルと扉の方に引っ張って行く。


「分かった! 分かったから! 手を離して!」


 モニカが必死に抵抗すると、エリーは手を離してくれた。

 確かに、この〈地下迷宮〉は理解できない事が多すぎる。これ以上は、深入りするべきではない。


「エリーの言う通り、今から地上に戻ろう。先導をお願い」

「もちろん!」


 今の地点は、第三階層だ。

 降りてくる際に、エリーが印を残してくれている。最短距離で登っていけば、すぐに地上に戻れるだろう。


 【6】


「ん、んんー」


 何事もなく、外に出られた。

 モニカは〈光の精霊〉を送還し、凝り固まった体をほぐす。

 空を見上げれば、日がほとんど沈んでいた。代わりに星々が輝き始めている。

 どうやら夕立があったらしい。周りの木々には雨つゆが滴り、初夏特有の甘い湿った空気が立ち込めていた。


「うわー、もうこんな時間」


 モニカは星を読んだ。思ったより、時間が経っている。

 故郷の村では、天体の読み方を大人から学ぶ。星の配置で、季節と時を知る事ができるのだ。季節は〈王道十二星座(ゾディアック)〉の配置からわかり、時間は、月の方角と高さから知る事ができる。

 なお、世の中には、天文と魔法の関連性を調べた学問があるそうだ。モニカは全く知らないが〈付与魔法〉に必要な知識らしい。


「はー、やっぱりエリーが正解だったみたい」


 返事がなかった。


「あれ?」


 モニカは、辺りを見回す。

 エリーがいない。


「え」


 背筋に冷たい物が走る。

 さっきから、エリーの様子は変だった。でもまさか、急にいなくなるとは思いもしなかった。


「エリー?」


 返事はない。

 どんな理由があるにしろ、そんなに遠くには行っていないはず。今ならまだ間に合う。

 モニカは駆け出した。必死に草むらをかき分け、探し回る。


「エリー!」

「うわっ!」


 いきなりエリーの声が聞こえた。すぐ近くだ。モニカは急いで、声のする方に向かう。


 いた。


 エリーは、近くの草むらの影でしゃがみ込んでいた。

 ああ、そういうことかと思いつつ、モニカは笑顔で質問する。


「エリー、何を、してるの、かな?」

「ええと、お、おちっこ……」


 やっぱり。


「まさか、急に焦りだしたのって、それぇ?」

「そ、そう……かなー」


 エリーは、気まずそうに視線をそらす。

 あきれた。本気で心配してたのに。


「もー! エリーのバカー! そうならそうと、早く言えよー!」

「だってぇ」

「ったくー。向こうで待ってるから。早くしなさいよ」

「はーい」


 モニカは〈地下迷宮〉の前まで戻ってきた。エリーを待つ間、洞窟の入り口を観察する。

 見れば見るほど、不思議な〈地下迷宮〉だ。岩の断壁にポッカリと穴が空いている。なのに一歩入れば、人の手が加わった土壁になっている。岩をくり抜いた後に、土で塗り固めたのだろうか。

 さらに穴を囲むように、黒い線が走っている。触ってみると、不思議な弾力で押し返してくる。自然の物ではなさそうだが、どのような材質なのか検討もつかない。

 また、周囲の景色に目立った特徴はなく、道すらはっきりしない。隠れ住むにしても不便そうだ。第三階層にあった豪華な家具を、どのようにして運び込んだのだろう。


「あ、そだ」


 また来るのなら、目印が必要となる。

 モニカは〈汎用の短剣〉を抜き放ち、周囲の木や岩壁に刻みつけていく。

 印を付け終えると、エリーが帰ってきた。


「やー、おまたせー」

「ったくもー、心配したんだから」

「いやぁ、ごめんごめん」

「……もう、隠し事はないよね?」

「うーん、ないかな……。あ」

「え、何?」


 エリーの顔が、これ以上ないぐらい真面目になる。

 モニカは身構えた。


「少しちびった」


 ……。

 

「そういうことは、言わんでいい!」

「あ、やっぱり?」


 エリーはヘラヘラと笑いながら、お尻をポリポリと掻いていた。モニカも肩の力が抜け、つられて笑う。

 しばらく笑いあうと、エリーがおなかをさすりながら、話しかけてきた。


「ねえー、モニカっち、なんだか急におなかが空いてきちゃった」

「ええっ?」

「ごはんー、ちょーだーい、ねえー、モニカっちー」


 エリーは、しな垂れかかってきた。胸をモニカの肩に押し付けてくる。さらに、腕を回してきた。

 うっとうしい。


「だー! その重い胸をどけろー! 近い! 暑苦しい! わかったから、あっち行け!」


 モニカは、肘でぐいぐい押しのけ、腕も振り払った。

 エリーは、おとなしく離れてくれた。指を口に当て、物欲しそうな顔をしている。


「えー」

「ったく」


 モニカは鼻息を鳴らした。

 〈背嚢〉を肩から地面に降ろして、手を突っ込んだ。ガラガラと音を立てながら、中を引っ掻き回す。


「あった、あった」


 金属の筒を取り出し、ふたを取る。数枚のクッキーを出して、エリーに手渡した。


「やたー! クッキーだー!」


 エリーは、両手を挙げて喜んだ。

 このクッキーは、卵と小麦粉とバターだけで作った携帯食だ。栄養源だけを考慮し、味は付けてない。だからパサパサして、あまり美味ではない。

 しかし、エリーは美味しそうに食べる。しかも、人より多く食べる。おかげで携帯食のほとんどは、エリーの胃に収まってしまう。

 モニカも、自分の分のクッキーを取り出し、口にくわえた。


「み、水も!」

「ほっとはっへへ。ひはほふはは」


 モニカは、バリボリと噛み砕きながら〈携帯用クッキー缶〉をしまう。そして、胸をドンドンと叩いて、喉に押し込む。


「んぐ、んぐ、水欲しいならコップ出してよ」

「うん」


 エリーは素直にうなずく。〈背嚢〉にくくりつけられたコップを、モニカの方に差し出した。

 モニカも〈腰嚢〉から小瓶を取り出す。コルクのふたを開けて、地面に置いた。両手を前に出し、魔法の詠唱を始める。


「美しい〈水の精霊(ウンディーネ)〉さん、私のお願いを聞いて。周りの雨つゆを集めて下さい」


 小瓶が揺れる。

 まもなく揺れが収まると、中から水が飛び出した。モニカの手の内で、小さな〈水球〉となって浮かぶ。周りから水滴が集まり、より大きな〈水球〉になっていく。

 モニカは手を振り、それを三つに分裂させた。


「そいやぁ!」


 そして〈水球〉の一つを操作し、コップの中に注ぎ込む。

 エリーは、すかさず飲み干した。


「んく、んく、ぷはーっ! うまーい!」


 当然だ。

 〈水の精霊〉は〈浄化〉の属性をもつ。ある程度の不純物ならば、取り除くことができる。

 モニカも自分のコップを取り出し、水を入れた。残りの一つは元の小びんに戻し、次回の召喚の核とする。


「〈水の精霊〉さん、どうもです。用事は終わりました」


 その言葉と共に、魔力の流れが断ち切られる。〈水球〉は音を立てて弾け、ただの水へと戻っていった。


「ん、とと」


 モニカは、軽いめまいと倦怠感を覚えた。足元がふらつく。

 これは〈魔力欠乏症ヒポマジカノシス〉と呼ばれる症状だ。魔力を使い過ぎると、体のあちこちに不調が出る。

 今日はもう、魔法は使えないだろう。残りの道中は〈携行灯(ランタン)〉に頼るしかない。

 モニカは荷物を片付けて、肩に〈背嚢〉を背負い直した。


「さて、行こうか」

「よっし、行こー!」


 モニカとエリーは、肩を並べて歩き出した。星の光を頼りに、山道を下って行く。


 目指すは二十万人都市、フルスベルグ。

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