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名もなき魔術師の一生  作者: きゅえる
【1章】
17/106

【18】22歳エリー、夢を見る

【1】


 遮光処理のなされた薄暗い王宮の一室。

 壁の隙間がない程の本棚が並べられ、さらに山ほどの魔導書が棚に敷き詰められていた。本の劣化を防ぐため、日光ではなく光量を下げた〈魔法の行灯(ランプ)〉で部屋を照らしている。


 『俺』はこの部屋が好きだ。この魔導書が好きだ。魔術師人生の殆どをかけて集めた本で敷き詰められたこの部屋は『俺』の人生そのもの。紙の臭いが(いと)おしい。この暗さが愛おしい。薄っすらと本に降った(ほこり)が愛おしい。


 ……だが、どうやらそろそろお別れが来たらしい。外の気配が慌ただしい。暗闇に居るからこそ、より響いてくる。

 やがて扉をガンガンと叩く音がした。


「入ってるよ。この部屋は使用中だ。便所なら別の部屋を使いな。」


 ガチャと扉が開く音と同時に、何人もの兵士たちが雪崩(なだれ)込んできた。その中から指揮官然とした『奴』が一歩前に出た。

 こちらに向かって手を広げ、すり足で歩み寄ってくる。


「友よ。」

 最近、軍の〈将軍(ジェネラル)〉になったという『奴』は言った。

 わざわざ兜を脱いでそのしかめっ(つら)を晒している。だが(しわ)くちゃになった『奴』の顔もだいぶ見飽きた。


「止まれ。」

 杖を構えて牽制(けんせい)した。その叱声(しっせい)にビクと反応してと『奴』は歩みを止めた。


「友よ。」

 『奴』はもう一度、言った。手は広げたままだ。視線は真っ直ぐ『俺』の顔に向けている。


(しゃべ)るな。」

 構えを崩さずに警告した。『奴』の声は(かん)(さわ)る。それでも『奴』は視線を逸らさない。しばらくの間、部屋がシンとした。


「……(すで)に知っているようだな。」

 ついに沈黙に耐えきれなくなって『奴』は言った。


「何の話だ?……俺は悪意に敏感なんだ。一体、何用(なによう)で俺の部屋に来た。」


「お前はやりすぎた。」

「そうか。」

「そう、やりすぎたのだ。」


 皺くちゃの『奴』の顔が一層皺くちゃになった。とりあえず訳もわからず頷いてみたが、一応心当たりが無いわけでもない。いや、一つ大きいのを知っている。

 だが知らない振りをしてみた。


「話してみろ。」


 『奴』は少し戸惑ったようだった。知らないはずはないとでも思ったのだろうか。心当たりがありすぎて、どれだかわからんのだ。

 『奴』も諦めたのか、その口を開いた。


「隣国の国王崩御の事件は知っているか?」

「あらましは。……何かの事故で国王が崩御され、皇太子が追って自殺したとか。ク……クククク。」


 それはただの噂だ。嘘ではないが本当のことも言ってない。そのことを『俺』は知っている。だが()えて噂の方を口にした。事実はいつだって一つじゃない。嘘の話で本当の話が釣れることもある。


「実際は違う。皇太子が国王を殺したのだ。」


 知ってた。そしてさらにわざと惚ける。


「そうか。……たとえ一国の王とは言えども、親子の(きずな)は時として、憎悪を生み出す。悲劇とは悲しいものだ。……なあ?……ククククク……。」


 笑いが込み上げてくる。別に楽しいわけではない。『俺』にも近親者で憎悪しあうような事は何度もあった。ただ他人の話で同じような話が出てくると不思議に親近感を覚えて、笑いが込み上げてくるのだ。

 ……勿論、今回の事件とは関係ない話だが。


 事情を知っている兵士の中にはそんな『俺』の心の機微を勘違いしたのか、敵意と怯えの色が見え始める。

 そう、カッカとして睨みつけられると笑みが止められなくなるじゃないか。やめてくれよ。


「憎悪ではない。皇太子はある呪われたモノを持っていた。」

 兵士の顔に気を取られていた俺は『奴』に向き直ると、小物臭めいた皺くちゃの顔がもっと皺くちゃになっていた。傑作だ。ますます笑みが止められない。無言で言葉の続きを促した。


「〈服従の首輪〉。」

 それを『奴』が口にした途端、笑みが思わず険しい顔になってしまった。どうやら想定の中でも最悪のものを引き当てたようだ。


「お前はやりすぎたのだ。」

 さも、それが勝利宣言でもあるかのように言った。


 〈服従の首輪〉。

 〈怯え(フィアー)〉と〈卑屈(サーブル)〉の精神を増幅。さらに病的なほどの自己評価の低下による強烈な〈自己嫌悪(セルフェイト)〉に陥らせる。また他人との接触をトリガーにして強い〈多幸感(ユーフォリア)〉を得る。

 故に少し脅すだけで〈怯え(フィアー)〉が増幅されて、屈服する。自己評価の低下による〈自己嫌悪(セルフェイト)〉は、相手から抵抗する気力を奪うと同時に、主に対する崇拝の念を抱かせる。また他人との接触をトリガーにして強い〈多幸感(ユーフォリア)〉を得ることで主に対して強い依存心を得る。

 設計通りに作用すれば、喜んで自分の首を差し出し、自分の苦痛を喜び、自分の人間性を否定し、そして、他人の褒賞に過度に喜び、繋がりが切れるのを異常に恐れて、主に言いなりになる人間を作ることができるはずだ。

 そしてそれは首輪が取り外された後でも永続する。従来の苦痛を与えるだけの〈奴隷の首輪〉なんぞは『俺』から言わせればただの誤魔化しだ。首輪を外してしまえば、反抗する可能性を排除できないのだから。

 (ぬし)に都合にいいように精神操作を行う『俺』独自の〈魔法具(マジックアイテム)〉である。かなりの精神修行を行ったものしか抵抗できない代物。『俺』でも抵抗しきれるかどうか。

 本来は、奴隷や犯罪者の精神改造、調教に使う……はずだったが、皇太子に使えば国王の暗殺ぐらいはやってのけるに違いない。当然、製作者の『俺』にも何らかの関与が疑われているのだろう。


 〈服従の首輪〉の効果を頭の中で反芻(はんすう)していた『俺』は慎重に言葉を選ぶ。


「それが何だ?俺以外に作れるやつはいるぜ。」

「そうだな。だがお前の作ったものだった。」


 『奴』は即答した。

 再びニヤリと笑みを浮かべた。どうやら『俺』は今、追い詰められているらしい。ならばその挑戦受けてたとう。


「ほほう。どうしてかな。」

「単純だ。お前の作ったものは質がよい。そして〈服従の首輪〉も質が良かった。」


 嘲笑した。そんな具体性のない話が今ここで魔術師を拘束しようとしている軍の行動の理由になるわけがない。


「それが証明になるとでも?」

「ならないだろうな。」

「なら、俺はもう少しここでのんびりしたいんだが、皆さんにはお引き取り願えないかな。」


 惚けてみた。だがこれぐらいで言い負かすことができるとは思ってない。


「いいや、証明はできる。入手経路を辿ったら、お前に辿り着いた。」


 自然にニイィと笑みが強くなる。面白くなってきた。その顔を見た兵士がまた怯えてる。ああ、ますます笑えてきた。


「間違いはないのかな?」

「間違いない。俺自体は何かの間違いであってくれと願いながら調べたのだ。矛盾はなかった。」

「……そうか。」


 杖を身構え直した。兵士に動揺と緊張が走る。どうやらそろそろ俺の我慢が限界だと思われてるようだ。全くの勘違い野郎どもだ。こんな面白い展開を逃すなんて勿体無い。最後まで付き合えよ。


「だが、俺は、直接何の関与もしてないぞ。相手が要求したから、俺が作り、売った。どこに問題が?」

「そうだろう。お前には何の悪意はなかった。お前が売った相手はそもそも我が国そのものだからな。元々、囚人に対して使われる予定だった。」


 つまらない。『俺』を擁護するな。もっと『俺』を追い詰めてみろよ。あえて不利になるように発言してみた。


「売った相手なんか覚えてないなあ。どっかの馬の骨だったかもしれんぞ。」


 『奴』は黙った。自分が不利になるような発言を『俺』がするのは想定外だったのだろうか。


「いや、国が相手だ。国の為だった。何の咎もない。」


 『奴』は『俺』を逮捕しにきたのか擁護しに来たのかわからなくなってきた。もう面倒くさい。


「そうか、ならば俺は休みたい。今すぐ出ていってくれないか?」


 当然ながらその言葉でこの場を動くものはいなかった。一体、何がしたいんだこいつら。

 そう思っていたら『奴』が今までの話と全く別の話をしだした。


「先週、我が王が新法が作った。精神操作を行う魔法及び魔法具の所有禁止、制作禁止だ。破ったものは死刑。」

「それがどうした。……俺には関係ないな。今後、気をつければいいだけの事だ。」


 今更、法を改正したところで『俺』には逃げ切る自信がある。『奴』の言いたい事がわからん。


「そして、今週から施行される。」

「ずいぶんお気の速いことで。本当なら一月以上かかることだろうに。」


 『奴』の皺くちゃ顔から表情が消えた。嫌な感じだ。


「お前の為の法だ。」


 『俺』は笑みを消した。まさか。


「何が言いたい。」

「この法は、過去に遡って適応される。」

「なんだと?」


 驚きの余り、構えていた杖の先が揺れてしまった。不愉快極まりない。投獄を弁論で逃げ切ろうとしたのに、法の名において問答無用で断罪だと……?

 信じられない気持ちで『俺』は頭をふって応えた。


「今まで許されてた事がある日突然、許されない事として逮捕される。こんな馬鹿げたことはないだろうッ!」


 激昂してしまった。

 『俺』の言っていることは間違っていないはずだ。遡及法は法の中立性すら失われる禁じ手。それが一度採用するだけで法の全体の信頼、引いては国の信頼を失う。


「だが、その馬鹿げたことが起きた。」


 『奴』は悔しそうに言う。ああ、だからこいつが来たのか。かつての『俺』の仲間。ま、いい。罪から逃げるのはもはや諦めた。

 そんな事より、どうして国王の暗殺とは言え所詮他国の事情なのに、この国の法を変えるまでに至ったのかが気になった。


「ここの王や宰相どもは、他国に振り回されて法を変えてしまうような無能だったのか?」

「いいや?」


 『奴』は即座に否定した。その答えがなおさら『俺』を苛立たせる。これが無能でなくて何なのだ!


「そのような事件ははっきり言えば向こうの落ち度だろう。こんなものは八つ当たりにすぎん。」

「そうだな。その通りだ。」


 『奴』の相槌とは裏腹に、膨れ上がった怒りが静かに心の中に落ちていき、やがて別のモノに変形していく。


「……では、何故国が動く?」

「だから、やりすぎたと言ったのだ。臆病風吹かれた奴がいても不思議ではあるまい。」


 『奴』の言う臆病者とやらの考えることは理解出来ん。臆病者はまともに物事を天秤にかけることが出来ない程の愚鈍なのか。

 隣国から何を言われたか知らないが、俺をかばえば間違いなく戦争に発展するだろう。……だがそれだけだ。武力はこちらの方が上だ。しかも向こうは国王も皇太子もいない。勝てないわけがない。そして勝てばそれ以上の利益を収奪できる。


「……戦争に負けるからか?」


 『俺』の問いに『奴』は意外な返答を見せた。


「戦争するか、一人のクビを差し出すか。そんな二者択一だと思うか?」


 『奴』の言った意味を少し考え、直ぐに自分の思い違いに気がついた。


……そうか。

……そうかそうか。

……そうかそうかそうかそうか!


また……『俺』は……


裏切られるのか。



頭の中で何かが切れる音がした。


 その途端、気がついたら『俺』の口から哄笑が溢れでていた。その声に動揺した兵士の装備がガチャガチャと鳴り響く。

 『奴』はピクリとも体を動かさずに、後ろの部下に「とどまれ」と命令した。


 いや、もう、『俺』は、とどまらない。


 知らない振り?いいや、今度は知っていた振りをしてやる。

「ククク……それを宮廷魔術師の俺さまに聞くのかよ、ん?このような事件が自分の国でも起きたらと思ったんだろ。どうせ。」


 先程までの口調からガラッと変わってしまうのが止められない。

 つまりは、臆病者どもが怯えたのは、戦争でも、隣国でもない。


……『俺』なのだ。


怖いのなら殺してしまえばいいということか。

うん、そうだな、殺してしまえばいいな。

納得した。


 『奴』は『俺』の笑みの変化に気がついたらしい。急に慌てた様に長々と喋りはじめた。


「我が国は、隣国の言いがかりの為に一人の仲間を生贄にするような国ではない。言いがかりを跳ね除けるための命を散らす覚悟はできている。盗賊退治に兵士を失うのが怖いから出さないと言っているようなものだ。隣国の八つ当たりに対しては断固たる戦争を行う決意はあった。あったんだ。あったはずだった……。」


「ククククク……そうだなあ、我が国はぁ、正義を重んじぃ、不正なことに対してはぁ、勇猛に立ち向かうぅ!ホントになぁ、この国はぁ、素晴らしい国だよなぁ!お前もなあ、いい奴だよなぁ!」


本当にいい国だよあぁー!

今まで散々汚いことをさぁー!

全部ぅ、『俺』に押し付けてぇー!

そのおかげでぇ、綺麗事が言えるんだからよぉー!

用が済んだらぁ、押し付けてぇ、処分んん処分んんんんー!

いやぁ、合理的だなぁー!

なんて綺麗ないい国なんだろうぅー!


 取り囲んでいた兵士も『俺』の狂気に当てられてざわめきだした。

 また『奴』が『俺』に向かって必死に喋ってるのが見えた。


「すまない、本当にすまない。会議では、我が国で似たような事件が起きたら?隣人が突然殺し合いを始めたら?そんな会話が飛び交っていた。もはや、話の流れは決定されていたのだ。」


 『奴』が何を言っているか理解できない。だが、その必死さが『俺』の頭を少し冷やした。


 ついにその場の空気に耐え切れなくなったのか、兵士の一人が『俺』に向かって突撃。槍を胸に突き刺そうとした。だがそれはダメだ。

 槍が刺さる直前で兵士の足が浮いた。ばたばたとするばかりで一歩も動けなくなった。

 これは〈浮遊(フロート)〉という、本来は風の支援魔法だ。支援魔法であるが故に〈生命の精霊(セフィロト)〉によって妨害されない。

 しかし、その支援魔法にちょっと細工をして精霊を騙せば、強力な足止めの魔法として、直接相手の体に干渉することができる。後はこのまま窓から放り捨てて、処分すればいい。

 そうなる前に、支援魔法という無意識的な概念を意識的に断ち切れば抵抗することはできるが、こんな早漏兵士には無理な相談だろう。


「ヒッ!」


 『俺』は近づいてその兵士の顔をニンマリと見つめながら『奴』に言った。

「なぁ、会議での臆病者ってさ、こんな顔していたか?」


 『奴』は沈黙を保った。何だ、つまらん。


「ククク……じゃあ、ここでコイツを殺したら、俺はどうなるんだあ?」


 少しの沈黙の後、今度は『奴』は喋った。


「既にお前には死刑が決定されている。何も起こらない。」


 兵士はガタガタと震えだした。『奴』の発言はこの兵士にとっても死刑宣言だからだろう。


「……あ、そう。じゃあーさ、この早漏を置いといて、もう少しだけ話を続けようぜ?」


 『奴』は頷いた。


「なあ、馬鹿どもはぁ、俺が暴れたら国が半壊する可能性を、考えなかったかなあぁー?」

「あったさ。だがお前はどこかで信頼されているのだろう。だから俺が来た。」


 つまり、自分の死と国を道連れにするような男ではない善人だと期待されていたんだなあぁー。

 綺麗な場所にいて、泥をかぶるのを嫌がる臆病者は、頭のネジがイカれてるなあぁー?


「なるほどぉ!じゃあ、俺はぁ、お前に説得されてー、素直に自分から首を刎ねられるとぉ、そういうストーリーかぁ!」

「かもしれぬな。だがもはや、どうでも良いことらしい。拒絶するなら……斬る。」


 『奴』が戦闘の態勢に入った。今は早漏兵士を壁にしてるから襲って来ない。


「……お前はそれでいいのかー?」

「構わぬ。正義とはそういうものだ。」


「正義、正義、正義ぃー!お前は友情より、正義を取るのかー?」

「邪悪に染まってしまった友人を介錯するのも友情だ。」

「そうかー。お前も、裏切るのかー?」

「いいや、お前を救うためだ。」

「そうかー。お前はいい奴だなあー。なら、俺はもう、邪悪でいいや。」


その言葉が終わるか否か、そのタイミングで争いの剣戟が火蓋を切って落とされた。

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