【16】21歳モニカ、〈巨神の剣〉を得る(2)☆
【9】
パカラッパカラッと全力疾走の五頭の馬の蹄の音が渓谷に鳴り響く。
「来るよッ!」
エリーが叫ぶ。
山の影から、岩の影から、木の影から、羽をつけた魔物が、次から次へと飛び出てきた!
数は、一つ、二つ、三つ……えぇと、たくさんだ!
「あれは……。〈鳥妖女〉よ!」
鳥の下半身と女の上半身が融合したような魔物。自分の身長の三倍もある羽で空中を滑空している。
おっぱい剥き出しでプルンプルンさせているが、凶暴な顔付きをしているので魅力も嫉妬も感じるどころではない。……ちなみに鳩胸だった。
「後ろを振り向かない! 前に専念して!」
御者含む非戦闘員の研究員たちが動揺した為、二頭の馬車馬に伝わって動きが乱れていた。モニカは声を枯らさんばかりに指示を飛ばして立ち直らせた。
「モニカっち! 奴ら、石を持ってるよ!」
エリーの警告と同時に、周囲に石の雨が降り始める。石とはいえ高々度からの投石。当たればタダではすむまい。
奴らには知恵があるのか。これでは一方的に攻撃されるだけだ。エリーの弓以外で反撃ができない。
「ターリ! 槍はもういいわッ! 多分襲ってこないッ!」
ナターリエは指示された通りに槍を引き揚げて馬車の中に投げ入れた。中から研究員の悲鳴が聞こえたがそれどころではない。
「コルちゃん、武器はいいわッ! 少し後ろに下がって敵を陽動してッ!」
「わかりましたッ!」
モニカは〈風の精霊〉に命令、乗っている馬の動きを補助して加速。さらに周囲の空気を歪ませ、モニカの姿がブレはじめた。モニカの視界もブレるのが欠点だが、今回は攻撃しないので問題ない。
「ひっ!」
コルのすぐ傍に、頭の大きさぐらいの石が落ちて粉々に砕けた。砕けた石は、後ろに流れていって直ぐに見えなくなる。
「コルちゃん、真っ直ぐ走るのではなくジグザグに動いて狙いをつけさせないようにするのッ!」
「わかりましたッ!」
モニカの指示により、間もなくコルの馬はジグザグに動き始めた。これで当たることは滅多になくなるだろう。盾も背中に背負わせている。
一方、馬車は二頭立ての分、小回りが効かない。しかし御者はなかなか優秀のようだ。相手の狙いをそらす程度に角度を微妙に変えている。
「ヘルさんはそのまま盾で石を防いで下さい!」
「わかったッ!」
「狙いは恐らく貴方がた男たちです! 盾を身代わりにしてでも、特に捕まらないように気をつけて!」
〈鳥妖女〉は数少ない生殖能力を持つ魔物だ。人間の男を捕まえて衣服を剥ぎ取り、精子を搾り取って繁殖する。しかも、搾り切った男は高所から叩き落として殺して餌にするという。
今が繁殖期なのかどうかわからないが、狙われるとしたら、ヘルムート含む男の研究員が一番危ない。
「エリー、補助するよッ!」
再指示の終えたモニカは、エリーのいる位置まで下がり、エリーの攻撃を補助する役目に回った。
【10】
馬に乗りながら弓を撃つのは並大抵の事ではない。
左手で弓を持った場合は矢は左方にしか撃てない。右手で持てばその反対の右方にしか撃てない。なぜなら下半身が馬に固定されているからだ。
故にエリーはやや大きくジグザグに蛇行し、右に向かう時は弓を右手に、左に向かう時は弓を左手に持ち替えて撃つことにした。
敵は図体がでかいだけあって、急激には滑空の軌道を変えられないようだ。しかし距離が遠く、なかなか当てることが難しい。
既に4本ほど撃ってみたが、1本しか当たらなかった。
「エリー、補助するよッ!」
その声に反応して横を見ると、モニカが併走していた。恐らく、矢に〈自動追跡〉の付与魔法をかけるつもりなのだろう。
一般的に、なんの細工もない物に魔法をかけても数分しか持たない。だが今回はそれで十分だ。敵を倒せる。
「頼む!」
モニカとエリーの間に、魔力の橋がかかる。エリーには、矢に風の属性が付与されるのが見えた。これでいける!
さあ、集中せよ。
上空に散財する点々を観察せよ。
一番近くに居るものに狙いをつけろ。
的が左から右に流れていく。馬の動き。
的が上から下に流れていく。敵の動き。
目で的までの距離を計算。
頭で的までの時間を計算。
的の遥か右下を狙え。
放て!
矢は敵の到達予定位置に確実に接近していく。その時、矢に纏った風が動きを補正した。見事に鳥妖女の左乳房に直撃!
爆発した。
一撃で体を粉々に吹き飛ばした。肉の破片が散乱させて墜落していく。残りの鳥妖女がギャアギャアと騒ぎ出した。警戒の声だ。
さて、次の的を狙うのだ!
手綱を操って馬の向きを変え、弓手も持ち変えた。
【11】
コルは飛来する石をかわしながら、心の底からわなないていた。
秘密の特訓を見せる時が来たのだ!
お姉様たちに内緒でイル先生にお願いしたこと。それは〈生命の精霊〉以外の精霊を使えるようにするというモノ。
モニカお姉様のような四大精霊との契約は、それぞれの力も大きい分、時間がかかるのだそうだ。あの歳で四大精霊含む五つの精霊と契約しているのは天才的だとイル先生はおっしゃってた。
よって契約したのは一番簡単な〈光の精霊〉。洞窟の探索、目くらましと、意外にその用途は広い。
今のような明るい日中では、効果は薄いかもしれない。だが目くらましにはなるだろう。
イル先生から頂いた〈光のネックレス〉を使ってコルは召喚の準備を始める。
「〈光の精霊〉さん……。私の求めに応じてこの世を光で照らしだせ!」
ネックレスから3つの光球が飛び出した。一つはコルの周辺に。残り二つは馬車の周辺に浮かべた。
完全に馬の動きと同期させるのではなくわざと馬の前の方、後ろの方とゆらゆら動かす。そうすれば上から見れば馬の速さが速くなったり遅くなってるように見えるはずだ。
辺りに落ちた石の破片がコルの頭を掠めた。やはり、モニカお姉様の言う通り馬車が標的らしい。後方のエリーお姉様より敵の攻撃が激しい。
モニカお姉様の責任力、推理力、知識の豊富さ、判断力、魔術、どれをとっても優秀でリーダーの素質充分です。コルはお姉様の妹になれて本当に良かったです。
【12】
ヘルムートは、降ってくる頭大の石を盾を振り回して弾き飛ばしていた。すぐ後ろには大事な機材とその上に覆い被さってる研究員たちがいる。
「機材は壊れたらここでは修理できませんが私たちは治せますから!」
そう言って、機材の肉壁になっている。全くもって酷い話だ。
愛すべきバカどもめ、お前らは最高だ!
そう思いながら、盾を振り回し続けた。
【13】
ナターリエはどうすればいいのか判断に迷っていた。
初めに指示されたのは槍で馬を守ること。しかし奴らは投石が武器らしい。槍は馬車に投げ捨てた。
しばらく考えた。
結論が出た。馬が大事だが、次に大事なのは御者だ。御者を守ろう。
「キミ、守る。」
「な、何を……!」
御者も男だ。突然、巨乳の女が後ろから抱きついてきたらびっくりするものだ。
「馬、命綱。だから。御者も、命綱。頑張って。」
「嬢ちゃん……。」
雇われ御者は得てして命が軽い。だが、この雇い主の女は御者の命を守るという。
自分の命を守る為でもある。ここは最高の馬の操作ってやつを見せてやるぜ、と言わんばかりに御者は複雑な手綱捌きを繰り出し始めた。
【14】
エリーはどうしても馬の動きを直線の一定速度に保たなければならなかった。そうしないと矢を命中させる為の計算ができないからだ。
そこを狙われた。
人間の頭大の岩石がエリーの乗っている馬の首に直撃。絶命した。狙いを定めていたエリーがぐらりと揺れた。
ユラリと揺れた拍子に〈爆弾矢〉は放ってしまった。渓谷の岩壁にぶつかった矢は小さな爆発音と共にいくつかの岩を砕き、落石を引き起こした。
エリーは、一瞬何が起きたかわからなかった。
一瞬体が浮いたのかと思うと、視界が回転。地面が視界の左側に見える。
左肘から強い持続的な衝撃と〈腕防具〉から火花が散った。左足は馬と地面の間に挟まれながら〈足防具〉の側面をガリガリ削っていく。
手に持っていた大弓は真っ二つに折れ、何処かに吹き飛んでしまった。
幸いなことに背中に背負っていた〈爆弾矢〉は爆発しなかった。爆発していたら死んでいた。
馬の体ごと回転して滑りながら、やがて渓谷の壁に衝突して止まった。
「ぐっ、何が起きた!」
慌ててエリーが馬を見ると血塗れになった馬の体とは別に頸が不自然な方向に曲がっていた。
「馬をやられたのか……。」
落ち着いて周りを見渡すと背中にあった〈爆弾矢〉が散乱している。
遠くで「エリー!」という悲痛な叫び声が聞こえた。
そうだ、弓が壊れた以上、戦闘は不可能だ。急いでここを脱出しなくては!
「ガアアアアッ!足がッ!」
馬の下敷きになった左足を引き抜こうとするが抜けない。ただ、足首を捻って、辛うじて〈鐙〉から足を引き抜くことができた。もう一度やり直す。
「ウオオオオォ!」
今度は馬の体に両手を引っ掛け全力で持ち上げた。その隙に足を引き抜く!
成功した。
気がつけば岩がガツンガツンと辺りに降りそそいでいる。今、直撃受けたら、死ぬ。しかし、さっきより命中精度が悪く感じられた。的が急停止した為に狙いが定まらなくなったのか。運がいい。
エリーは自分の状態を自己分析した。隙間から入った岩の破片が皮膚にめり込み、左足が灼熱感で焼けていた。膝の可動域が半分までしか動かない。左手も酷い擦過傷で、中指からポタポタと血滴が垂れていた。左手首の骨も折れているようだ。曲がってはいけない方向に曲がっていて、叫びたいぐらたいの痛みだ。
「エリー!」
声のする方を見れば、モニカが姿をブレさせる魔法〈陽炎〉を解除した状態で、体を傾けさせながら馬の上からこちらに手を伸ばして走ってきている。
「モニカっち!」
無事な方の右手を伸ばし、モニカの手を強く掴んだ。衝撃でエリーの体が浮く。そのまま体を浮かせ、馬の上まで乗り上げ、モニカの首に腕を巻きつかせた。モニカはエリーと比べて一つ頭小さいので、普通に抱きつくだけで首の高さになる。
「〈風の精霊〉よ、再び私たちに加護を!」
辺りの景色が歪む。
エリーは足が鐙で固定されていない為、モニカに抱きついていないと、振り落とされてしまう。両腕で強く首に抱きつき、両太腿でモニカのお尻を強く挟んだ。
モニカの馬は、全力で渓谷を疾走した。
「このバカッ!どうして戻ってきた!」
エリーは風切り音の中、叫ぶ。
「決まってるじゃない!エリーを死なせなくないからよ!」
「な、このッ……。」
エリーは何と言ったらよいかわからない。やがて、モニカが嗚咽をかみ殺し始めた。
「バカッ……うッ……くッ。」
エリーは困った顔をして問いかけた。
「モニカっち、泣いてるの……?」
「……泣いてない。ぐす。」
「泣いてるでしょ?」
モニカは少し考える素振りをみせて、答えた。
「……目から汗が出ただけだよ……。」
「……そうだね。汗だ。汗だったね。」
二人はしばらく沈黙した。
モニカは涙もろいところがある。エリーは何とか慰めてやろうかと思った。モゾモゾと手を動かして、エリーの血で血塗れになっているモニカの服に手を差し込んだ。
「ちょっと、こんな時にや、やめ……。」
「暫く触らないうちに少しでかくなった。」
「何がよ……。エリーのバカ……。振り落とすよ……?」
エリーはモニカが胸の小さい事を気にしているのを知っている。その為、夜な夜な隠れて胸が大きくなるように色々なことをしているのだが、まだ本人には気づかれていない。
モニカの揉みごこちを軽く楽しんで痛みを誤魔化した。しかし続ければ本気で振り落とされるかもしれないのですぐに止めた。
馬車に追いついたモニカ達は〈鳥妖女〉が追いかけてこないことに気がついた。
「何故……?」
「多分、死んだ馬を喰ってるんじゃないかなー?」
「余程お腹空いていたのかなあ……。」
そんな二人の呟きは馬車の方からの叫び声にかき消された。
「お姉様ぁああああー!」
コルが涙を貯めながら馬をかけてきた。そしてモニカの真横につけて胸に上半身を預けた。モニカは馬上で強く抱きしめた。そのまま、軽くお互いに接吻し、元の態勢に戻る。
「エリーお姉様が落馬して見えなくなった時は目の前が真っ暗になりました……。」
「大丈夫。あたしは強いから死なないよ。」
「モニカお姉様、エリーお姉様、今すぐお怪我を直します。」
「私は怪我ないよ。これはエリーの血。」
「ではエリーお姉様。」
「いや、あたしはまだ大丈夫だよー。それより、敵が追いかけてくる方が危険だよ。」
エリーは折れている左手首をコルから巧妙に隠した。
「コルちゃん、エリーの言う通りよ。今は時間が重要なの。応急処置だけして、急がないと。」
コルは少し逡巡して答える。
「それなら、私の馬に乗ってください。確か、ナターリエさんが使った連座用の鞍があったはずです。」
モニカは連座用の鞍は戦闘前に馬車内に置いたのを思い出した。
「馬車は?」
「かなり破損しています。少なくとももう、予備の人が乗れる空きはありません。」
中の人の存在を思い出したモニカは慌ててコルに問いただした。
「あ、調査員と機材はどうなったの!」
「どっちも無事です。調査員の方は石の破片で多少の怪我はありますが軽傷です。」
「良かった……。」
モニカはヘルムートと相談して、コルの馬に連座用の鞍を取り付ける指示を出して間もなく出発した。
【15】
一行は急いだことで、とうとう渓谷を抜けることができた。そして、夜の帳が落ちた。
その日の夜、ヘルムートとナターリエ含む調査員は馬車の修理を試みていた。
「車輪が無事で良かったですね。」
「全くだ。」
ヘルムートは、調査員に近くから木を切ってきて空いた穴を上から塞ぎ、釘で打ち込むように指示していた。
「あの、手伝うことはありますか?」
「いや、いいですよ。昼間の戦闘でお疲れでしょうからゆっくりしていて下さい。」
そうは言ってもコルはエリーの治療で手が離せない。話し相手もいないので手持ち無沙汰だ。
「では明かりだけでも。」
モニカは〈光の精霊〉を召喚。釘を撃つ調査員の手元を照らした。
「わお、明るい。ありがとうございます。」
そう言えば、と思う。
昼の戦闘でコルは〈光の精霊〉を召喚してみせたという。
その話を聞いたモニカは素直にコルを褒めてみたら、喜び過ぎて呼吸困難になってしまった。
仲間が強くなるのは有難いけども先輩としても、うかうかしていられない。そろそろ次の段階に進むべきだろうか。
〈多重召喚〉。
複数の精霊を召喚し、指示を飛ばす技能で魔法の応用の幅を大幅に広げる。〈魔術師組合〉によると、中級の認定する為の最低条件とのこと。次にできるようにしたいと思っている技能だ。
丁度、〈光の精霊〉を召喚中だ。一番得意な〈風の精霊〉を召喚してみようか。
「風の精霊よ……。」
その途端、馬車の方から悲鳴が聞こえた。慌てて〈風の精霊〉を送還し、馬車に向かった。
「だ、大丈夫ですか?」
「へ、平気です。突然光が暴れ出したのでびっくりしただけです。」
「すいません……。」
モニカは平謝りした。
どうしても、風の精霊に送る命令が他の精霊に伝播する。何かヒントが欲しい……。
【16】
「コルっち。ああ、丁度いいよ。そこそこ。」
「はい!」
何故かコルはエリーのマッサージをしていた。既に治療は終えている。
馬上でかなりの治療を既にしていたからだ。初めにコルがエリーの左手をみた時には顔面蒼白だったのだが、慌てて直ぐに矯正して骨をくっつけた。
今では服こそは血塗れだが、傷も完治し、関節が動きにくいといった不具合もない。
「そう、もっと首筋を優しく、撫で回すように。あふ……。」
「お姉様、気持ちいいですか?」
「あ、うん気持ちいいよー。んふ……。モニカっちにもやると、あ……、凄い喜ばれるよー。」
「本当ですかッ!」
「そう、胸は優しく、揉み上げて、そうそう、うまいね……。」
治療を理由にして、エリーは色々と間違った方向のマッサージをコルに教えていた。
【17】
次の日。
予定では今日ルチル村に着く。
「このまま何も問題なければ、今日の昼頃、村に着くでしょう。」
修理を終えた馬車の中でヘルは宣言した。
「あー、やっと村に着くんだー。」
「井戸あるよね!井戸!」
井戸があれば、喉も潤せるし汚れた体も拭くことができる。年頃の女の子としては必須事項である。
「そろそろ私も体拭きたいです。自分の臭いが耐えられなくなってきました……。」
「コルの臭いなら全然平気だよー!むしろもっと嗅ぎたいー!」
そう言って、エリーはコルの服の端を掴んで深呼吸をした。
モニカはエリーの不穏な発言と行動を全力で無視する。
「この場所じゃ〈水の精霊〉に頼んでの夜露も期待できないしね。」
「水の瓶はー?」
「飲み水で精一杯ってとこね。エリー、無駄遣いは無理よ。」
「それはしないってばー。」
そんなエリーに対して、モニカがジト目で一言、呟く。
「クッキー。」
「うっ。」
エリーが全力で目を逸らした。
「や、や、やだなあ。モニカっち、しつこい女は嫌われるよー?」
モニカは溜め息をついた。
丁度太陽が真上につくころ、予定通りルチル村らしき景色が遠目で見ることができた。
ルチル村。
山の谷間に小さく広がる平地に展開するこじんまりした村である。段々畑で基本的に自活している。ここで取れる珍しい高山植物は街に持っていけば高額で引き取ってくれるので、商人にはここまでの道のりの困難さも含めて登竜門と言える。
また、山脈の向こうの隣国に繋がる道の途中にあり、比較的多くの旅人や兵士が立ち寄ってここで宿を取る。そこで落とすお金も大きな収入源となっているため、見た目とは裏腹に豊かな村と言えるであろう。
一行はルチル村に着いて、まずは宿を取った。
借りる部屋は四人部屋と六人部屋だ。ヘルが宿泊部屋の割り当てを行っていた。
「四人部屋に女性部屋。六人部屋は男性部屋だ。ということでモニカさん達、ターリを頼んだよ。」
「わかりました。」
「本来はすぐにここの村長に話をしに行きたいのだが、女性たちにはそれなりの準備があるだろう。身支度ができたら僕に連絡してくれ。」
「気遣いありがとうございます。」
ヘルムートはテキパキと指示を飛ばす。
護衛3人、調査員4人、御者1人、ナターリエ含めた総勢10人の動きがヘルムートの頭の中で組み立てられていく。
モニカはそんなヘルムートの姿を見ながら自分の〈身分証明の金属板〉を胸から取り出す。魔力を流し込むと〈指導者〉技能ランクEという表示が出される。9人までのチームなら率いられるだろうという証明だ。
ランクDなら、10人から99人、ランクCなら、100人から999人と増えていくのだという。もちろん大体の基準であり絶対的な話ではない。
ふうと溜め息をつきながら、与えられた部屋に戻ってきた。
そこでモニカは凍ってしまった。
「……貴方たち、何をしてるの?」
「えっ?」
コルとエリーが下着姿でナターリエに覆いかぶさってた。その状態で三人ともモニカの方を向いている。
「い、いや、その、この、あっと。」
激しく動揺しているのはエリーだ。
「な、何でもないのです。お姉様。」
いじましくフォローしているコルだが、肝心のエリーが動揺していてはバレバレだ。
「前から変態だとは思ってたけど、ターリさんにまで毒牙をかけるなんて……。」
「ち、違うよ!」
「……何が違うんです。言ってみなさい。」
冷たい目で問い詰めるモニカ。目をひたすらそらすエリー。その綱引きを横からナターリエが引きちぎった。
「違う。エリーと友達。スキンシップ。」
「ターリさん?」
「そうそう、スキンシップだよッ!スキンシップ!」
ナターリエの言いたいことは人付き合いが苦手だから、エリーにどうやったら付き合えるか教わっていたらしい。で、その方法がスキンシップだという。……下着で。
「……やっぱり毒牙じゃないかー!」
手に持っていた部屋の鍵を思わずエリーに投げつけた。
「あぶなっ!」
エリーはひらりとかわし、鍵が壁に当たってガチャリという音と共に床に落ちた。
馬鹿なことを長時間やっていられないので、すぐに罰としてエリーにでかい桶に水を汲むように指示。
モニカは身の回りの整理をした。
【18】
準備が終えたので、ヘルムートに連絡した。全員来て欲しいとのことで談話室に集まる事になった。作戦会議のようなものだ。
「これから村長の家に行くのだけど、モニカさんにだけきて欲しいんだ。それ以外の人は待機。まあ、村を観光するぐらいならいいよ。」
ヘルムートは申し訳なさそうだ。
「どういう事か説明して頂けますか?」
「そんな深い意味はない。これから村長に採掘許可をとりにいく。だから僕らの代表者ぐらいは顔を通しておかないと面倒なことになる。かといって全員がいくわけにはいかない。つまらないことにはなると思うが顔合わせの為に付き合ってもらえないだろうか。」
「そういうことですか。」
「そうだよ!あたしたちは仲良くやるからお仕事言ってらっしゃい!」
「エリーの仲良くは危険なのよ!」
「それで、お願いできるだろうか。」
「あ、ああ、そうね。ではついていきます。」
結局、村長にいくことになったのはヘルムート、ナターリエ、モニカの三人になった。村長の家は宿からそう遠く離れていない場所にある。玄関についているドアノッカーを叩くと、中から村長らしき人が現れた。
「フルスベルグ学術院の者です。前から連絡してました通りお話に上がりしました。」
「お待ちしてました。ではお上がりください。」
そのまま客間に通される。今回はモニカは部外者だ。ヘルムートという人物を観察してやろうと思う。
「まずはお近づきの印として、フルスベルグの水で作られた葡萄酒を持参しました。」
「おおっ、この酒は上手いのだ。ありがたく頂こう。」
「何本かお持ちしましたので、腹を割って話すという意味で今、開けさせても構わないでしょうか。」
「構わんとも!おい、器を持ってきてくれ。」
村娘らしき女の子が器を4つ持ってきていた。ああ、こういう来客がある時は女の子が駆り出されるのだ。モニカにも経験がある。女の子は受け取った葡萄酒を器に注ぎ、四人分回した。
「それでは、まずは一杯いただきます。」
そういってヘルムートは器に注がれた酒を一飲みした。これはわが国での風習だ。お酒提供者がまずは一杯飲むことで、毒や不審な物が入っていないという証明にする。最もこの場では既に同じ葡萄酒を何度か持ち込んで交渉している様なので勿論毒は入っておらず、ただ形だけのものだ。
「先月に頂いた小刀は素晴らしい斬れ味だったぞ。」
「はい、ありがとうございます。本格的な採掘が始まればもっと幾つか献上することが出来ますし、その原石が採掘できるこの村はもっと栄えるでしょう。」
「そうなるといいがな。」
「では、先月に説明しました通りに石の試掘に入らせて頂きたいのです。」
「試掘によって我が村が困ることはないのかね。」
「試掘の作業は前にも説明しました通り、中が空洞の細い鋼の棒を地面に埋め込んで小さな穴を開けていくだけです。村の者を監視につけて頂いて結構ですし、その作業が原因と思われる問題が起きたら、その問題が解決するまで作業は中止します。」
「そこまで言うのなら……。」
「では、逆にお尋ねします。この試掘で何の問題が起きる可能性があると考えているかお話頂けますか?」
「むむ、井戸水がかれる、畑がかれる……。」
「井戸水についてはナターリエから説明させて頂きます。……じゃあ説明を頼む。」
おい、正気か。
「地面の下、水を通す層、水を通さない層、ある。」
「水を通さない層で代表的なのは岩盤がありますね。」
ヘルムートが足りない部分をつけくわえるようだ。少し安心した。
「岩盤の層。谷の形になると。水、流れる。地上の川。同じ。これが、地下水。」
「ということです。」
「よくわかった。」
わかったのかよ。おい。
「試掘の際には、今どのような層なのか確認しながら掘ります。そこで水が出てくるようなら中止します。岩盤層を突き破る心配はありません。」
「井戸の方はよくわかった。畑が枯れることの方はないのかね。」
「畑の方も問題はないでしょう。まず、どうして畑が枯れていくのか説明します。ナターリエ。説明を。」
「金属。食べると平気。食べると危険。両方。ある。発掘した時、鉱物。粉状になる。水に混じる。」
「そうです。鉱物が植物や動物が取り込むことで毒になって枯れるのですが、これをご覧ください。」
小さな袋を取り出して机の上に広げた。
「これはルチル石を細かく砕いて粉状にした物です。触って見てください。」
「妙にスベスベしてますね……。」
「食べても平気でした。」
こいつ食べたのか。意外に無茶をする。
「スベスベしてますので場合によっては女性たちの化粧にも使えそうです。」
「ふむ……。舐めてみても?」
「どうぞ。」
村長は薬指に粉をつけて、舌の上に乗せてみた。
「味は……、しないな。」
「味のしない毒物もありますが、これは大丈夫です。先月舐めた僕がピンピンしてますから。」
「わかった。試掘を許可しよう。」
「ありがとうございます。僕たちは6日間滞在しますが、その後は調査員4名程、宿に置いていきますので彼らの安全と世話をお願いします。」
「それも了解だ。村の者には害をなさないように念を押しておこう。」
「ありがとうございました。」
【19】
村長の家を後にして、ヘルムートがモニカに話しかけてきた。
「モニカさん、魔術師の君の目から見てどう思ったね。」
「〈水の精霊〉も〈地の精霊〉も特に怒りを買うようなことはないでしょう。話を聞く限り、精霊には人の営みとして認知される程度のもののはずです。」
「そうか。ならば問題は製造過程だけか……。」
ヘルムートは空に目を向けて嘆息していた。その目は酷く悲しそうだった。
先ほどの交渉は目を見張る物があった。まずしぶとい。説明を相手が理解して黙るまで何度も説明しているようなのだ。さらに相手の疑問点を聞き出し、こちらから疑問点を解く説明をすることで相手の不安部分だけを狙って解決していく。冗長な部分を出来るだけ省いた簡潔で効果的な交渉だ。
この人も20代後半ということだが、果たして本当に自分もこのようになれるのだろうか。
「ターリ、モニカさん。宿に戻ろうか。」
「……承知。」
「わかりました。」
三人はそのまま宿まで戻った。