表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
名もなき魔術師の一生  作者: きゅえる
【1章】
14/106

【15】21歳モニカ、〈巨神の剣〉を得る(1)☆

【1】


 季節は〈天秤の月(リブラ)〉に入った。暑い日が続いた夏もようやく終わり、山に紅葉が()える頃。

 もうすぐモニカとエリーの誕生日だ。


 モニカはいつもの(ごと)く、依頼(クエスト)を探しに冒険者組合(ベンチャーズギルド)の東支部へと、足を運ぶ。

 すると組合役員(ギルドオフィサー)として事務をしている『組合(ギルド)のおっちゃん』が、いつもの無精髭(ぶしょうひげ)()でながら、出迎えた。

「よう、モニカ嬢。精が出るな。」

「おっちゃんもね。」

 軽い挨拶。ここまでは日常。

 『組合(ギルド)のおっちゃん』は書類棚の中から、一枚の書類を差し出してきた。

依頼(クエスト)探しに来たんなら、お前()てに指名依頼(ブックドクエスト)が来ているぞ。ほれ。」

 モニカは書類を見るまでもなく、露骨に嫌そうな顔をする。

「あー、またイル先生かー。受けたくねー。」


 モニカの錬金術(アルケミー)の師匠である『イル先生』こと『イルムヒルデ=デマンティウス』女史は、いつも膨大な量の指名依頼(ブックドクエスト)をモニカに出す。内容は過酷な材料採取だ。モニカが嫌そうな顔をしたのも無理は無い。

 イル先生は本来〈付与魔術(エンチャント)〉が専門で、〈魔法具屋〉と〈鑑定業(アプリーザー)〉の店を営んでいるが、何故か副業で〈薬屋(ファーマシー)〉も始めた。

 本来は利権独占を防ぐ為に、この街では兼業は許されないはず。なのだが、イル先生は恐ろしい事に、3つも兼業している。弟子への嫌がらせの為に〈ずる(チート)〉しているに違いない、とモニカは心の中で決めつけていた。


 そんな鬱屈(うっくつ)した感情を爆発させていると、『組合ギルドのおっちゃん』は紙を覗き込みながら、意外な事を口にした。


「いや、違うようだぞ。学術院(アカデミー)鉱石学部(ミネラロジー)から〈(パーティー)〉単位の依頼だ。内容は鉱物資源調査。期間は約20日。」


 仲間がいる冒険者は(パーティー)を組んで組合(ギルド)に登録できる。かなり前に仲間が三人になったのでモニカは(ささ)やかながらも(パーティー)を作った。


学術院(アカデミー)?」

「そうだ。指名される心当たりはないか?」

「そんなご大層な所と関われるような(つて)なんてないですよー。」

 モニカはぶんぶんと口を尖らせる。『組合(ギルド)のおっちゃん』は照れたように、降参の格好で(たしな)めた。

「わかった、わかった。わかったよ。まあ話だけでも聞きにいってみるといい。嫌な依頼(クエスト)なら、断ればいいからな。」

「ええ、まあ。」

 モニカは素っ気ない口調で返した。

 だが、内心では新しい相手からの依頼(クエスト)に、(ひそ)かに胸をときめかせていた。


【2】


 フルスベルグ学術院アカデミー

 主に実学的な内容を研究する、街の頭脳の中枢とも言える施設。各々の組合(ギルド)が、関連する部門に出資する事で経営される。優秀な研究員がその資金で新しい技術の開発に勤しんでいた。

 例えば〈鍛冶職人組合(ブラックスミスギルド)〉が出資する鉱石学部(ミネラロジー)錬金学(アルケミオロジー)は、組合員(ギルドメンバー)の鍛治職人に、開発した技術を提供している。

 そんな施設にモニカは党員(パーティーメンバー)全員を引き連れて来ていた。


 ただ、学術院(アカデミー)は広い。モニカは、迷ってしまう前に素直に総合受付に尋ねた。

「こちらの鉱石学部(ミネラロジー)に依頼されて来た冒険者の者なのですが。」

「ああ、モニカ様ですね。話は(うかが)っておりますのでご案内します。」


 受付に案内され、複雑な敷地の中をすいすいと突き進む。本当に複雑だ。モニカは段々、帰れる自信がなくなってきた。やがて、鉱石学部棟まで案内され一室の前で立ち止まる。ノックする。


「ヘルムート様、お客様をお呼びしました。」

「ご苦労。入ってもらいなさい。」

「はい、失礼します。」


【3】


 受付に促されて、ガチャリという音と共に中に入る。一組の男女が居た。

 モニカは失礼にならない程度に上から下へと視線を巡らせた。

 男は銀髪。年上。小ざっぱりした服装。どこかで見たような微笑みを浮かべる若者。総評は『主役になれるデキる男』。

 女は、肩まで届く赤髪。寝癖が少し。眼鏡。色白。柔和な顔。男より若め。化粧してない。……憎らしい事に巨乳。総評は『だらしない理系クールデレ巨乳』。


「始めまして。僕はヘルムート=デマンティウスだ。ヘルと呼んでくれて構わない。今回の調査の責任者をやらせてもらっているよ。よろしく頼む。」

 ヘルムートは握手を差し伸べてくる。モニカは慌てて手の汗を服で拭い、軽く握手した。

「私。ナターリエ=エヴァルト。副責任者。」

 ナターリエは軽く目を交わして会釈すると(とど)めた。


 ……嫌な予感しかしない。特に男の族名(ぞくな)。いや街内だから氏名(うじな)かもしれないが。


 モニカは思わず、眉を(ひそ)めてしまったが、ヘルムートは微笑みを崩さずに待っている。何とか平常心で自己紹介した。


「モニカ=アーレルスマイヤです。一応党首(パーティーリーダー)をしています。」

 モニカは、堂々と答えた。

「あたしはエリノール=アーレルスマイヤ。エリーでいいよー。よろしくー。」

 エリーは、気の抜けるような自己紹介をした。

「私は……コルネリア=アーレルスマイヤです。コルとお呼び下さい。」

 コルは礼儀正しく、会釈した。


 言い忘れていたが、コルが義妹になってから直ぐに〈(ぞく)〉を付けさせた。族名の付与には族長の許可が必要だ。

 当然、族長は故郷アーレルスマイヤ村の村長だ。手紙を出したら(こころよ)く許可してくれた。

 ……月一の銀貨の仕送りと、許可願いの手紙に同封した金貨1枚の効果はバツグンだったようだ。


ハッハッハッ、世の中金じゃ、金さえあればどうとでもなるのだー。ハーッハッハッ……ハァ。


 嫌ではあるが目の前の事を確認しなくてはならない。モニカは意を決して尋ねた。


「あの、ひょっとして、つかぬ事を、お聞きしますが。……イルムヒルデ先生と関係が?」

「イルムヒルデは僕のお婆ちゃんだよ。」


キタァーッ! やっぱりその(つて)だッー!

私のトキメキを返せッ! 


 てことはまた無理難題をやらされるんだろうか。あの人のは肉体的にも精神的にもクる依頼(クエスト)ばっかりだ。勘弁して欲しい。

 この前は産まれたての仔兎(こうさぎ)の〈(きも)〉だった。子を殺すのもさることながら、母親が血塗れの胎盤を股から引きずりながら襲いかかって来た時はもう弟子を辞めようかと思った。夢にも出てきた。

 そもそも〈(きも)〉なんて一体どういう薬の材料なんだ。図書館で調べたがそれらしき材料はなかった。マジか? マジで嫌がらせか?


「今回の話をお婆ちゃんに持ちかけたら、丁度『良い』のがいるからってさ。紹介してもらったんだ。」

「……()うですか。」


もう帰ろうかな。帰っていいよね。帰りたい。ダメ?


【4】


「じゃあさっそくで悪いんだけども、本題に入らせてもらうよ。先ずはこれを見て欲しい。」


 ヘルムートは、箱から宝石を取り出して机の上に乗せた。

 その宝石はやや透き通っている薄い黄緑色の正方晶をしており、そこに小さな銀白色の金属結晶が浮かび上がっていた。


「これは宝石ですか?」

「に見えるだろう? この宝石、実は金属なんだよ。近くの村の名前を取ってルチル石と命名した。」


 モニカはヘルムートの言う事を頭の中で反芻した。(にわ)かには、信じ難い。宝石が金属になるとは。


「ターリ、例の短剣を持ってきてくれ。」

「……承知。」


 命令されたナターリエは、慎重な面持ちで奥から赤い布に包まれた何かを持ってきてヘルムートに渡した。


「ありがとう。で、このルチル石から精錬した金属がこれだ。」


 ヘルムートはそう言って赤い布を解くと中から小振りの短剣が現れた。銀に似た銀白色の刃をしている。


「我々は金属業界の巨人となりうるという意味でこの金属をティタンと命名した。ターリ、この金属について説明してくれ。」

 ヘルムートから話を引き継いでナターリエが説明してくれた。


「錆びない。金並。」


……何だと?


 金は、魔術的に一番変化しない金属とされる。ゆえに〈永遠〉の属性があると考えられ、それを前提にして理論で魔術が組み立てられている。

 その話が本当なら、全てがひっくり返る。モニカは眩暈(めまい)がした。


「鋼より、硬い。軽い。」


「……何だって?」

 今度はエリーが反応した。後ろに振り向くと、組んでいた腕が、驚きで解けたエリーの姿が見えた。

 武器に使う金属といえば鋼だ。一般的にとても頑丈であり、標準的な金属として広く使われている。

 鋼より硬いのなら、それだけで全ての武器の頂点に立つということだ。鋼の精錬、強化に命を燃やしてきた鍛治職人達を嘲笑うかのような話だ。非常識な話が目の前で展開されている。


 沈黙したナターリエに代わり、ヘルムートが口を開いた。

「さらに最近わかったことだが、金属自体が〈自動洗浄(オートクリーン)〉の性能を持っているようでね。どんなに汚れても、軽く拭き取るだけで、全ての汚れが取れ大抵の腐食にも耐えた。」


 〈自動洗浄(オートクリーン)〉とは風の高位付与魔法とされ、この魔法にかかっている武器は腐食に強い耐性を持つようになる、と言われている。

 毎日のように、エリーが豚脂で長剣を磨いているが、それが必要なくなるという地味に嬉しい付与魔法でもある。


「では、実演してみようか。」


 そう言って、ヘルの懐から短剣を出した。鋼の短剣のようだ。


「待ってくれ、あたしの短剣を使ってくれていい。」


 いつものエリーらしくない真剣な表情。何故か慌てているようだ。ヘルが偽の短剣を用意した可能性もあると考えたのだろうか?


「? 構わないけども……。じゃあ、ついでに剣技を振るう役もどなたか。」

「それもあたしがやる。」


 そう言って巨神(ティタン)製の短剣を受け取った。エリーは片目を瞑り、金属の表面をジッと観察して指で押したり滑らせたりしていた。

 やがて左手に鋼の短剣、右手に巨神(ティタン)の短剣を持って……鋼の短剣に鋭く振り下ろした!


パキンッ!


 乾いた音とともに、鋼の短剣は中ほどから綺麗に剪断(せんだん)された。

 エリーはしばらく折れた短剣を見ながら呆然(ぼうぜん)としていたが、ハッと我に返るとモニカに短剣を差し出した。


「モニカっち、持ってみな。」

「本当だ。軽いね……。」

「モニカお姉様、私にも持たせて下さい。」


 コルが珍しい短剣を持って目を輝かせているのを尻目に、エリーが真剣な表情で口に開いた。


「……これ、どうやって作るの?」

「それは秘密にさせてもらえますか。見ての通り、軍事的に、多大な影響力のある事柄なので。」


 片目を瞑って口に指に当てるヘルムート。動きがキザたらしい。


「……秘密にしたいようだけど、あたしには予想はついたよ。〈風の精霊(シルフェ)〉を使うんだろ。」


 ヘルは眉を(ひそ)めた。どうやら正解のようだ。


「……何故、そう思うんです?」

「秘密にしたいなら〈自動洗浄(オートクリーン)〉の話も隠すべきだったね。それは〈風の精霊〉の加護だ。」


 モニカはエリーの言っている事がわかるが、言っている意味がわからない。そんな視線をエリーに向けたら、優しい顔で説明してくれた。


「モニカっち、金属の表面をじっと見てみなー。

「う、うん。」


 言われた通りにすると、うっすら風属性の色が見えてきた。魔力を注入してみるとさらにはっきりわかる。


「〈風の精霊〉は本来はモノを風化させる属性を持つが、非常に気に入った相手には逆に保護する気まぐれな性格をもつんだ。珍しい事だがこの金属は気に入られてるらしい。そんな金属を加工するなんて、普通ならできるわけがない。」


 モニカは、真剣な表情のエリーが言った意味をようやく理解できた。と同時にその危険な事実に気がついた。


「まさか……。」

「加工する方法は一つ。〈風の精霊〉の排除だ。」


 エリーに見破られたのに動揺した素振りも見せず、のんきな様子でヘルムートが相槌を打った。


「……素晴らしいですね。その通りです。皆さんに依頼して良かったですよ。でも、お願いですから内密に頼みますよ?」


 彼の根は〈鍛冶職人(ブラックスミス)〉らしい。エリーとモニカの真剣さが今ひとつ伝わらないようだ。

 モニカは意を決したように口を開いた。


「ヘルさん、この短剣を作った魔術師は嫌がりませんでしたか?」

「ええ、確かに嫌がってましたけどどうしてですか?」


「魔法を使うにはまず精霊と友好関係を作り契約する事から始まります。」

「ええ。知っていますとも。」


「ですから、魔法を使うには精霊の性格に則した命令をしなければなりません。これを属性と言います。」

「ふむ。」


「精霊の意に沿わない命令を飛ばす事もできますが、やり過ぎると本格的に嫌われます。」

 ヘルムートは段々口数が少なくなっていく。


「嫌われすぎるとその魔術師は一生その属性の魔法を使えなくなります。いえ、人の体にも四大属性は備わってますから〈風の精霊〉なら最悪呼吸ができなくなって死にます。」

「それは……。」


「〈風の精霊(シルフェ)〉の排除。言ってしまえば、お前あっち行け! という命令に当たります。これは嫌われる命令の中でもほぼ最強です。続ければ、その人は死んでしまいます。」

「……なるほど、そうか。そういうことか。いや、だが、参ったな……。」


 この金属を加工するのに、言ってしまえば高位魔術師の生贄が必要だということだ。生贄対象を誤魔化すことも可能だが、どちらにしても生贄は必要である。

 一般的な魔術師の中では、生贄が必要な魔術は邪法とされ、禁忌として忌み嫌われる。

 モニカ達がヘルムートに対して嫌悪感を持ったのは仕方のないことかもしれない。


「試したことはないのでわかりませんが、その魔術師が平気ならば少しずつ作ることは可能かもしれません。」

「なるほど、大量生産はできそうに無いですが、命がかかるようなら、仕方がありません。魔術師の方と相談して少しずつ生産していこうと思います。貴重な情報ありがとうございました。」


「では短剣はお返しします。」

「いえ、その短剣は元々〈依頼報酬(クエストリウォード)〉にする予定でしたので差し上げます。今の話のお礼にどうぞ受け取ってください。折れた短剣がわりとしてもちょうどいいでしょう。報酬はまた別のものにしますよ。」


 思わぬ報酬に驚いた。せっかくだからもらっておこう。誰に持たせようか……?


「その短剣はエリーが持っててよ。」

「いいのー?」

「エリーが一番使うと思うから……。コルちゃんもいいよね?」

「私はお姉様の決定に従います。」


 ヘルは軽く咳払いをした。


「話はだいぶ逸れてしまいましたが、本題に入りたいと思います。」


 一同は頷いた。


「それはずばりルチル石の採掘調査です。大量生産の準備のためにルチル村周辺の地質調査を行う予定でしたが……。少数生産にしても必要ですからね。往復で大体20日を予定しています。皆さんにはその護衛をしてもらいます。」


「ルチル村ってどんな所にあるんですか?」

「ここから南へ、馬で6日はかかる渓谷にあります。比較的強い風が吹くそうです。皆さんは〈乗馬〉スキルを持ってますよね? 馬で行くことになります。」


 コルは困ったように尋ねた。

「馬は自前のものを使うのですか?」

「馬はこちらで用意します。」


 コルはほっとしたようだ。

 馬は馬宿から購入しているが、コルが一番世話をしている。馬は殺される事もあり、冒険に出すのは心情的に苦しいのだろう。


 モニカは、食糧の配分を計算しながら尋ねた。

「詳しい日程を教えてください。」

「行きで6日、調査に7日、帰りで6日の合計19日を予定しています。」


「結局、報酬はどうなるのー?」

「そうですね。お金……は厳しいのです。少し時間かかりますが、一本目の巨神(ティタン)製の武器の購入権でいかがでしょう?」


 その言葉を聞いて、エリーが申し訳なさそうにこちらに視線を向けてきた。


「モニカっち……悪いけど……。」


 エリーの言いたいことはわかる。巨神(ティタン)製の長剣が欲しいということだろう。

 基本的にパーティーを組んだ時の報酬は山分けだ。今回の場合は先ほどの短剣も含めてエリーが報酬を独り占めすることになる。


「いいわ。その代わり依頼終了後一週間分はご飯を奢るのよ? コル、それでいい?」

「はい、お姉様の決定なら従います。」


 コルはいつもエリーの意見に追従する。 しかし、コルの治療を担当していたレベッカさんによると、意味ないかもしれないが必ず意思決定にコルを噛ませてやって欲しいということだ。

 自発的決定意思を持てば状況改善するのだという。そんな意味でこの儀式は重要なはずなのだ。


 モニカはピンッと閃いた。

「折角だから、来月のエリーの誕生日のお祝いの代わりにもしちゃおうか。」

 エリーが慌てたように反応した。

「えー、ちょっと待ってよー。飯奢るだけにしてよー。」

「あら、短剣ももらっておいて何を仰るのかしら、エリーさん。飯は短剣の分、誕生日は長剣の分で、決定よ?」

「えー、ひでー。結構、楽しみにしてたのにー。」


 エリーは眉を八の字にして、口を尖らせる。コルはくすくすと笑っていた。しかしやがて、「ま、しょうがないか」と呟いて立ち直った。今回の報酬を全て独り占めするのだ。エリーなら納得してくれるだろう。


 真剣な顔に戻ったエリーが質問する。

「注意することは?」

「空を飛ぶ魔物が住んでいるそうです。」

「てことは対空装備を重点的に固めればいいかな。」

「そうだね。」


 詳しい話はまた宿の方でする。そろそろ質問すべき内容もなくなってきた。


「他に質問はありますか?……無ければ明日を準備期間とし、明後日の朝6刻目に南正門から出発します。よろしいでしょうか。」

「お願いします。」


 少々デカくて危険な依頼だが報酬が魅力的だ。文句なく、受けることにした。


【5】


 次の日の早朝。

 モニカ達は、南正門で依頼主と合流した。荷馬車が準備してあった。

 荷馬車には、調査のための道具と調査員が乗り込むとのこと。


「荷馬車には重要な機材があります。これから出発しますが、皆さんはこれから荷馬車を護衛して頂きます。ターリ、説明を。」

「私が、道案内する。先行して、守る。モニカ、後ろ、私、乗る。」


「ということです。わかりましたか?」


 いや、わかんねえよ。


 ナターリエの辿々しい説明を解読すると

モニカ達一行が馬車より先行して進み、危険を排除する。その際にモニカの後ろにナターリエが乗って道案内するとのこと。


 かくして鉱物調査の旅が始まった。


「モニカ。よろしく。」

「ナターリエさんよろしく。」

「ターリ、でいい。」

「では、ターリさんよろしく。」


 一日目と二日目は何事もなく順調に南に進むことができた。この辺はまだ平野で、エリーに言わせると獣が沢山隠れ住んでいるらしい。

 なお、フルスベルグ川は南東からきている為、ここから川を見ることは出来ない。


 三日目。周辺の景色が変わり始めた。フルスベルグの南は山脈が横たわっていて、冬になると山脈の尾根に雪が積もり美しい光景を見ることができる。近くには剥き出しの岩石がゴロゴロしていた。


【6】


 二日たち、無口なターリの事が少しずつ理解できつつあるモニカは聞いてみた。


「ターリさんはどうしてこの仕事に?」

「……父、鍛冶屋。火、綺麗。好き。」


 解読すると、父親が鍛冶屋であるターリは幼い頃よく作業場に見に行っていたらしい。そこで鉱炉の火が綺麗でよく魅入っていたとのこと。

 当然、同年代の女の子たちとは趣味が会わないが、そんな事を気にすることもなく幼少期は父親と無言の会話を楽しんでいたそうだ。やがて父親の助けになりたい一心で色々な鉱石のことを調べていたら、何時の間にか研究員として飯を食うまでになったという。


 ああ、ファザコンが嵩じて立派なコミュ障女になったのですね。


 ってぶっちゃけられる相手でもないので黙って聞いていた。しかし、鍛冶に関する知識が本物で、鍛冶屋に対してならまともに会話が成立しそうな熱心と愛情が言葉の端々から滲み出ていた。天職なのかもしれない。


「モニカは?」

「私は……面白くないよ。生きる為に村長から言われて〈侍従(メイド)〉になったはいいけど不適格の烙印を押されちゃった。だから逃げてきたんだ。」


「言われて?モニカ、自分、意思、ないの?」


解読すると、人から言われて行動するモニカには自分の意思がないのか?と批難されたらしい。


「不作が続いて飢え死にする所だったからしょうがないじゃない……。皆が生きる為には仕方がなかったのよ!」

「モニカ……。」


 それ以降、不機嫌になったモニカはターリとは口をかわさず、黙々馬の手綱を操っていた。


【7】


 夜になった。辺りは虫の音が聞こえる。

 モニカは交代でやる焚き火の監視役になり、何も考えずにじっと火を見つめていた。火を見ていると引き込まれそうになる。

 その時、後ろから声がした。


「モニカ。昼。ごめん。」


 昼、ナターリエに批難された件のことらしい。あの時は不機嫌になったがモニカは既に怒っていない。


「いいの。私も大人げなかったよ。」


 その言葉にナターリエの顔が不思議な表情をしていた。まだ、何かを言いたいらしい。やがてポツリと言った。


「モニカ、今、楽しい?」

「うーん、そう言われると……楽しいかな。変な姉妹に変な師匠がいるけど、毎日が刺激的であーだこーだと考えてるうちにあっという間に時間が過ぎて行くもの。」


「……なら、モニカ、逃げた、じゃない。追った。」


 解読すると、モニカは『辛いことから逃げた』のではなく『楽しいことを目指した』のだから、嫌なことから逃げたというのは間違いだ、と言いたいらしい。


 ナターリエは口下手で口も悪いけど、悪い人ではないようだ。あれからずっと彼女は悩んでいたということか。モニカは苦笑した。


「ありがと。でも、まだ私が火を見るわよ。ターリは眠っててくださいな。」

「わかった。」


【8】


 夜が明けて四日目。

 既に傾斜のある険しい山路になっていた。所々に落石があり、気をつけてないと馬の足を挫かせてしまいそうだ。一行の速度は徐々に落ちてきていた。

 しかし、何も起きずにその日は過ぎて行った。


 五日目。

 最初に反応したのはエリーだった。


「あそこの鳥が変。」

 指さした先の空は何も見えない。


 だからそういう人間外じみた視力はどこから来てるんですか、野生児エリーさん。


 ターリもコルも見えないとのこと。その事実にエリーも困った顔で頭を掻いていた。


「もう少し近づけば見えてくると思うけど……。」


 渓谷に近づいてくると突然エリーは警告の声をあげて一行を制止させた。しかし、周りには鳥一匹すら飛んでいる様子がない。


「多分、これがヘルさんが言ってた空飛ぶ魔物だと思う。コルっち、後続の馬車を呼んで来て。」

「エリーお姉様。わかりました。」


 コルは幼い体ながらも懸命に手綱を操って馬を向かわせた。


「全然鳥がいる様子ないけど……。」

「近づいたら隠れたよ。でもね、隠れ方がおかしい。これじゃあ、逃げる隠れ方じゃなくて襲う為の隠れ方だ。後少しでも進んだら奇襲してくるつもりだと思うよ。」


コルに呼ばれて、ヘルがやって来た。

「どうかしましたか?」

「ヘルさんの言う魔物が潜んでる。もうすぐ戦闘に入るよー。」


 ヘルは首をすくめた。

「そう思い通りにいかない、というところでしょうか。さて、どうしましょう?」


 〈党首(パーティーリーダー)〉としてモニカが鋭い声で言った。

「私たちの戦闘指示に従ってもらえますよね?」

「もちろんだとも、我々は非戦闘員だからね。目的地につくまでできることは何もない。」

「では、ターリはそちらの馬車へ。」

「……承知。」

 ターリはモニカの馬から降りて、荷馬車に乗った。

「ヘルさん、敵の情報はありますか?」

「さあ、我々は魔物の生態については専門では無いですし。」


 翻ってエリーの方を見る。遠目から見れたのはエリーだけだ。

「エリー?」

「見た感じ、鳥だけど……。人と鳥が混じったようなシルエットだったよ。」


 エリーからの情報を元に心当たりのある魔物をあげていく。

「〈石鳥(ストーンバード)〉〈鳥妖女(ハーピー)〉〈鳥人(バードマン)〉……。」

「お、凄いねー。」

「出かける前に図書館で調べたのよ。」


 冒険者ランクがあがり図書館でのある程度のわがままは通るようになった。出かける前に情報をあさってきたのだ。


「なるほどー。」


 どうしようか。試験での蝙蝠のように、近づいて来たのを屠って行く作戦に行こうか、いやダメだ。

 あの時と違って隠れる場所がない。荷馬車が襲われたら〈依頼失敗(クエストフェイルド)〉だ。そうすると……。


ーー俺なら、盾持って走り抜けるーー


「全力で渓谷を走り抜けるわよ。その間、コルちゃんと私が馬車の横で襲ってくる敵を打ち払う。エリーが殿(しんがり)で追ってくる敵を撃ち落としてもらう。」


「はい!」

「まかせときー。」


「エリー、今回は槍を持って来てたわよね?」

「あ、ああ、馬上槍だけど。」

「それをヘルさんに渡して。」


 突然、名前が呼ばれてヘルは驚いた。

「僕は槍は使えませんけど……。」


 鍛冶屋は武器の試し切りが必要だから使えるだろうと思っていたのだがそういえば完全な研究員だったな。


「私、少し、できる。」

 ターリが口を挟んで来た。拙い言葉だけど意図はつかめるようになってきた。


「では御者の横にターリが座って、仮に敵が馬に手を出してきたら突き刺すの。」

「承知。」


「ヘルさんは盾は使える?」

「それくらいなら。」

「なら、私の盾を貸すから馬車の中で敵を打ち払ってもらうよ。」


 ヘルは厳しい顔をしながら頷いた。


「モニカっち、敵もそろそろ痺れを切らしてきてるよ!」


 モニカも杖を振って〈風の精霊(シルフェ)〉の召喚に入る。呼び出された精霊も普段より活発だ。ここは風の属性が強い地域なのだろうか。


「もう、全員に指示は行き渡ったわね!」


 先頭にターリが前方に槍を突き出した馬車、そのサイドにモニカとコル、一番後ろに大きな弓を担いだエリー。

 配置についた皆は黙ってモニカの方を見ている。肯定だ。


「さあ、全力で走り抜けろ!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ