【13】20歳モニカ、混浴とデートする☆
【1】
次の日。
いつものようにモニカが先に起きた。横を見ると、エリーは掛けられていた毛布に抱きついていて、生肌が露わになっていた。
「ったく、なんで下着で寝るのよ……。」
モニカは窓を開けて、朝の風を部屋に取り込み、朝の光を全身に当てる。外を見ながら、体を伸ばして欠伸した。鳥がチュンチュンと鳴いている。
モニカは、外の景色を見ながら、昨日の夜について考えた。
昨日の夜、宿に帰ってきてからの記憶が酷く曖昧だ。多分エリーにすごく慰められた気がする。
多分、というのは自分の中で溜まっていた色んな事が吹っ飛んだ感じがするからだ。頭の中がスッキリしていて清々しい。
そのエリーは隣ですやすやと気持ち良さそうに寝ている。顔をまじまじと見つめる。……顔を見ているだけで何故か胸が苦しくなった。慌てて目を逸らす。
「あれ……?」
気がつけば、モニカの服が全身ベトベトに濡れていた。特に下半身が酷い。ただ前にも何度かこういう事があった。特に夜に温泉に入らなかった日はそうだ。
「やだ……ベトベト……。」
こうなってしまうと臭いが気になってしまう。温泉に入らないと気持ち悪くて、一日をまともに過ごせる気がしない。
こういう日は朝温泉に限る。エリーには悪いが、一人でこっそり着替えを持って行こう。
【2】
「あー、今は混浴の時間なんですよ。それでもいいですか?」
なんだと。
この宿では温泉が一つしかないので、男の時間、混浴の時間、女の時間と時間を決められている。
時間の基準は一日に20回鳴る鐘の音だ。鐘と鐘の間の時間を『一刻』と呼ぶ。
「この次は何の時間ですか?」
「女の時間ですが、さっき鐘がなったばかりなので大分待ちますよ?」
「くっ!」
「どうしますか?」
今の時間は、股が緩い男とお持ち帰りされた娼婦がイチャイチャしてる時間帯でもある。
正直、入りたくない……!
入りたくはないが……だがそうも言ってられない……!
このベトツキの不愉快は……我が羞恥心を凌駕した……!
もはや覚悟を決めた……!
死して屍を拾うのみ……!
「か、覚悟を決めました。は、入ります!」
「そ、そう。では頑張って。」
顔が大袈裟に七面変化するモニカに『宿のご亭主』は辛うじてそう答えることがてきた。
モニカは、抜き足差し足でコッソリと着替え室に入る。……予想通り誰かいる。声が聞こえる。
「オ邪魔シマース。」
モニカは誰にも聞こえないように挨拶をする。当然誰にも気づかれない。声が何を言っているのか聞き取れるようになった。
「ぬしったらうふふふ。」
「ココがいいのかい。それとも……ココ?」
「あんっ。」
死ねばいいのに。
服は全て脱いだ。深呼吸する。清潔な布2枚を腰と胸に巻いて、湯船に向かった。無心になって、掛け湯を掛ける。
「おっ?」
「あらぁ?」
無心。無心。
石鹸を取り出して、腕から手へと、丹念に泡をたてる。
ーーそうだ。石鹸の作り方を復習しよう。えーと、まずは馬油に消石灰を混ぜるのだ。
「おい、女が来たぞ。……イテッ!」
「わっちというものがありながら余所見をしないでくんなまし?」
「いやいや、お前は最高だよ。余所の女に靡く訳ないじゃないか。」
そのままでは、胸を洗えないので、胸の布を外す。胸、お腹へと腕の泡を広く擦り付ける。
ーー次に混ぜた物を、濃い濃度の塩水に垂らす。
「まことでありんすかぁ?」
「本当だとも。あんな乳臭い『貧乳』娘よりお前の方が数倍抱き心地が良いぞ。」
そのまま足へと手を伸ばし、特に踝と足指の間を丹念に擦り上げる。ここに汚れが溜まりやすいのだ。
ーーピキッ。
ーーそうすると石鹸の元が析出する。
「それもそうでありんすねぇ。」
次は腰の布を外して、その布を使って手の届かない背中を擦る。
ーービキッビキッ。
ーーできた石鹸の元を笊に掬いだす。
「なんなら、俺たちのラブラブっぷりを見せつけてやろうじゃないか!」
「あーん、嬉しいでありんすぅ。」
最後に、布で大事な股の所を丁寧に磨く。特に今日は汚れがひどいから、念入りに。
ーービキビキビキ!
ーー最後に石鹸の元を型に嵌めて完成。
「んがああああぁ!」
モニカは叫び声をあげながら、二人の方に向き直って仁王立ちした。布は手で握りしめている。
彼らはというとモニカの叫び声にビクゥと反応してビビっていた。
「人のオオォッ、気にしてることをオォッ、言いやがってエエェッ!」
花魁言葉を使っていた娼婦は一瞬、唖然として素に戻った。男も素に戻った。
「えっ、何を気にしてたの?」
「おい……全部丸見えだがいいのか?」
そんなことを一切聞き入れずにモニカは叫び続けた。
「しかもイチャイチャイチャイチャとオオオッ!」
茫然自失から立ち直った男は、娼婦の女に顔を近づけた。
そしてモニカに聞こえないように囁く。
「おい、ひょっとしてこいつ、面白いんじゃないか?」
「ふふふ。わっちも同じ事思いんす……。」
「このままどうなるか、見てみるか?」
そんな二人を無視して、モニカの目は泳ぎ始めた。とうとう自分の世界に飛び立っていったまま、帰ってこなくなった。
やがて、ブツブツと独り言を呟きだした。
「クソッ、いつもいつもいつもいつもエリーと比較されて、貧乳だの、虚乳だの、まな板だの!」
意外にも、その言葉に男が反応した。
「エリーだと……ひょっとして怪力エリーちゃんか!」
モニカは劣等感に苛まれたような顔をし、眉を八の字に曲げた。
「やっぱり男の人は皆、エリーみたいな巨乳がいいんだ……うぐっ、えぐっ。」
変なスイッチが入ったらしく、とうとう泣き出す。
「間違いない……。参ったな……あいつの身内か……。そう言えばこいつの顔に見覚えがあるな……。」
男は困ったように頭を掻き毟りながら囁いた。
「あいつ?」
娼婦は問い返した。
「最近街に来た女戦士でな、よく酒場に来るんだが、珍しいもんだから男がよく絡んでいってな。」
「む、また女の話かえ?」
娼婦は不機嫌そうに男の胸をつねりあげた。
「いてっ、やめろよ。いや、性格はむしろ男っぽい。異性としてより友人として付き合いやすい。」
それでも、娼婦の不機嫌さは治らない。
「信用してええのかえ?」
「し、信用しろよ。とにかくだな、絡んだ男は今まで全て倒されてる。」
「強い娘でありんすね。」
娼婦は少し機嫌を治した。同じ女性が男の中に入って、負けないでいるのだ。純粋に応援したくなった。
「そう、それで東区で一番の怪力自慢の野郎が挑んだらな……力比べで男の方が、押し負けた。」
「えっ?」
流石にそこまで強いと思ってなかったらしい。娼婦は口を開けた。
「だから、あまり怒らせたくない相手なんだが……な。」
男は、その場に裸でシクシクと泣いているモニカに向かって話しかけた。
「その……からかって悪かったな。貧乳も……悪くない、いやむしろ好きだぜ?」
男は、なんとかしてモニカのご機嫌を取り続けた。自分でも歯の浮くような慰めの言葉を語り続けた。
「俺たちはもう上がるからな。ゆっくり湯船に使ってろよ。もう当分誰も来ないと思うぜ。」
バツが悪くなった男は、娼婦を連れて温泉から出ていった。一方、泣き止むタイミングを見失ったモニカはその場でしばらく一人で泣いていた。やがて泣き飽きたモニカは、体に引き続き髪を洗って湯船に入りなおす。
突然、モニカは湯船の中で一人、気味悪くニコニコしだした。
「えへへ、貧乳が好きだって。えへへ。」
モニカがようやく温泉から戻ってきた頃、流石にエリーは起きていた。
「おはよ」
「おはよー。あ、温泉行ってたの。」
いつものように寝ぐせのつけたエリーが首をぽりぽり掻いている。
「エリー、今温泉に人いないから入ってきちゃえば?」
「あ、うん。そーするー。」
【3】
エリーが温泉から戻り、朝食も済んだ頃、これからの事を二人で、話し合い始めた。
その中でモニカが村への仕送りについて話し出した。
「仕送り?」
「あ、うん、すっかり忘れてたけど、やっぱり送った方がいいかなと思って。」
エリーは、とても嫌そうな顔をする。モニカがその顔に不思議に思っていると、エリーは、鼻で笑った後、笑顔に戻った。
「モニカっちがそう言うなら、いいんじゃないかなー?」
モニカが村を出た理由は、一言で言えば貧困だった。
あの時は村に何年か凶作が続き、そして備蓄も底を尽きそうになったのだ。苦渋の決断の末、村長は口減らしと金稼ぎの為に何人かの子供たちが何人か貴族の侍従として身売りに出すことになった。
その中の一人がモニカだった。しかし、モニカは身売りに向かったのはいいが、暫くして貴族の方から拒否された。理由は分からない。ひょっとしたら何か問題を起こしたのかもしれないが、今となってはモニカにすら分からない。
だが、帰ってきた村には既にモニカの居場所はなかった。その時モニカを一番庇ってくれたのはエリーだった。
「幸い、私たちには、あのお金があるわけだし。また不幸な子供たちが出ないように少しずつ送りたいと思う。」
モニカは真面目な顔で言う。真面目なモニカの言葉を受けて、エリーは無表情になった。
「そう。モニカっちがそう言うなら、あたしはいいよ。」
エリーは同じ言葉を二度繰り返した。
【4】
先ず、試験合格の報告を〈三日月の魔法光〉のイル先生に報告しにいった。
「ほほ、昇級試験の合格、おめでとう。」
「イル先生、まだ正式な発表はまだです。」
「これでもう少し危険な場所の材料も取りに行ってくれるようになるのね。嬉しいわ。」
二人の声がハモった。
「それはやめて下さい。」
「それで試験の感想は?」
イル先生が楽しそうに二人に質問する。
その言葉に、エリーが反応した。
「あっ、そうだ。火薬玉を矢の先に取り付けて欲しいんです。」
イル先生は、一瞬驚き、少し考えてエリーに首をかしげて問い返した。
「矢の先に火薬玉? そんな事できるのかしら?」
「ええ、試験官が使ってました。矢が突き刺さった途端、敵が弾け飛びました。」
エリーが、それを見た時の興奮を、身振り手振りで説明する。
「へえ、そういう使い方もあるのね。」
「知らないんですか?」
エリーの失礼な物言いに、気にする事なくイル先生が言う。
「ええ。試行錯誤を繰り返せばできるかもしれないけど……。私の〈錬金術〉技能はそこまで高くないの。でも知り合いに聞けば、誰の作品がわかると思うの。聞いてみるわね。」
「お願いします。」
エリーとモニカは軽く会釈をしてイル先生に頼み込んだ。
【5】
コルの手紙が組合経由で送られてきた。そこには地図と共に、指定の時間に迎えにきて欲しい旨が書いてあった。
手紙の内容に従って、モニカとエリーは地図を頼りに街の中央寄りに近い商業区まで来ていた。
「コルの手紙によると、間違いないと思うんだけど……。ここ、商業区だよね?」
「お店なのかねえ? じゃあ、あそこかな?」
エリーが指差した先には、人の体と、その上に複雑な記号が書いてある看板が吊り下げられていた。治療関係よお店であることを意味する看板だ。
入り口には『新規』の文字が書かれた木板が吊り下げられている。
「間違いないね。うーん、でも。」
「モニカっち、悩んでないで、入ってみようよー。」
モニカは、エリーに背中を押される形で扉を開けて中に入った。
「はい、いらっしゃいな。」
ベッドがいくつか並べられ、服装もシーツも全体的に白い内装だった。モニカ達以外に客が少し居た。
モニカより背の低い年齢不詳の女性店員が、こちらを見ていた。年齢不詳というのは顔の下半分を布で隠しているからだ。
「えっと、コルネリアさんはいますか?」
「ああ、あの子の。えっとエリノールちゃんとモニカちゃん?」
「はい。」
「ちょっと待ってなぁ。」
女性は、そう言って奥に引っ込んでいったのかと思うと暫くして、コルと共に出てきた。
「お姉ちゃん……。」
「ま、上がっていってくれ。」
布をつけた女性に促されて入っていく。
周りを見るとベッドに負傷者が寝かしつけられていた。
「コル、仕事続けてな。」
「はい。店長。」
コルを残して、モニカたちは階段を登っていった。この家が一階が店、二階が住宅となっているらしい。
女性に促されるままに椅子に座った。
「ま、茶ぐらい出すから、少し待ってくれよ。」
そのまま台所に引っ込んだかと思うと、やがて湯を沸かす音が聞こえてきた。間もなく金属のコップを三つをトレーにいれて、女性が戻ってきた。
コップをモニカたちの前に置くと、女性は思い出したかのように言った。
「ああ、外し忘れていたわ。」
本人の手によって、顔の布は外された。素顔が露わになる。その顔はモニカたちより若く童顔で、全体的に幼い感じ。モニカの見たてでは15歳かそこらだ。
モニカは、その若さに驚いて、感心した。
「若いのにお店を持つなんて凄いですね。」
「はは、そう言ってくれると有難い。だが今年で41だ。」
一瞬、会話が止まる。
「ええ!」
モニカは驚きの声をあげて椅子から転げ落ちた。エリーは椅子から落ちなかったが、驚きの表情だ。
「信じられない……。」
女性はニマニマとその反応を一通り楽しんでいたが。
「まあネタばらしするとな。見かけだけ若く見せる魔法がある。」
椅子から立ち直ったモニカはなんとか相槌を打った。
「そ、それは興味ありますね。」
女性は楽しそうに笑う。
まだまだモニカたちは実感がわかないが、これから段々美しさも衰えていくだろう。年取らずにいられたらそれは素晴らしい事ではないだろうか。
「こんな魔法に手を出すから、とうとういき遅れちまった。でも独り身も楽しいもんだわ。」
「は、はあ。」
モニカには容易に想像がついた。年下だと思って付き合っていたら、自分より遥かに年上と告白された時の男性の反応。面白そうだけど、笑い事ではない。かといって結婚すれば、子供を産むということがあるので、一生、見かけだけ騙し続けるなんてことも無理なんだろう。
コップに入れられたお茶を飲みながら、モニカは適当に相槌を打つ。
「まあ、本題に入ろうか。そういや、名前言ってなかったな。レベッカだ。レベッカ=ダウム。よろしく。」
レベッカは快活な笑顔で自己紹介した。
「モニカ=アーレルスマイヤです。」
「エリノール=アーレルスマイヤ。よろしくー。」
レベッカは、ドカッと乱暴に椅子に座り、真剣な表情になる。
「コルについて聞いたか?」
「はい、聞きました。」
レベッカは、先ほどより声のトーンを下げて、話を続けた。
「当時、あの子を預かって、治療をしたのはオレなんだが、心の方が大分壊されててな。」
どう見ても少女にしか見えない女の子が、やたら人生に慣れたような口調でオレ、オレ、と言っても違和感がある。
が、初対面な上に、真面目な話なので黙って聞く事にした。レベッカがいき遅れた理由が他にもありそうな気がしてきた。
「一端は見ました。」
「まあ、オレもよくやったもんだと今でも感心してる。今は、全く普通の子に見えるだろ?」
「ええ、発作が起きた時はびっくりしました。」
「そう。今でも何かきっかけがあると当時の記憶を思い出してしまう。もう首輪も切り外したし、烙印も直したってのによ。」
この国には奴隷制度はない。村単位で結び付きが強く、集団に人を迎え入れる際には家族の一員として迎える為、制度が風土に見合わないからだ。ただし、集団の一員として認められなくなった場合や、犯罪を犯した者は、縁を切られ、見捨てられる残酷な面もある。
一方、東南の国々では『奴隷制度』なるものが存在し、人をモノのように扱う風習があるという。犯罪者や無縁人など社会に居られなくなった人々が自分を売るそうだ。コルはそこの出身であることは既に本人から聞いている。
正直、どちらの制度が良いのかわからない。モニカからすれば奴隷制度がある方が生き残るチャンスがある分、少し羨ましいかもしれない。
「最初の頃は『ご主人様に尽くす事が至上の喜びなんです』とか言って、自分を顧みずに勝手に火の中水の中飛び込んでいくからな。本当に大変だったぞ。」
「……心当たりがあります。」
「しかも自分の体が傷つけば傷つくほど、嬉しそうにしやがるんだぜ。」
「……それにも心当たりがあります。」
「ああ、やっぱり冒険者になっても、完全には治らんのか。ファッキンクソが。(以下、聞くに耐えない罵倒語)」
……レベッカさんがいき遅れた理由の一つの心当たりが今できました。
モニカは、レベッカの罵倒を中断させるためにも、質問を思いついた。
「あ、そうだ。どうしてコルを冒険者にしたんですか?」
「んん、ああ、そりゃ、理由はいくつもあるけどさ、冒険者になりゃあ色んな人に出会えるだろ。治療の一環さ。」
「妹にして欲しいってのも?」
「ああ、そりゃオレが言わせたんだ。新しい家族を作り、過去の家族の記憶を上書きすることができりゃな。とは思ってるんだがなかなか上手く行かないもんだなあ、おい。」
会話のキャッチボールが途切れ、エリーがずずずとお茶を飲んだ。
「それで、本当にいいのか?コルを妹にして。」
レベッカが最終確認をしてきた。
「あたしはそれでいいよ。」
さっきまで、黙って話を聞いていたエリーが横から言った。
「モニカさんも?」
「エリーもああ言ってますし。私も構いません。」
レベッカは両手を叩いて喜んだ。
「そうかありがたい。今後、コルに問題が起きたらオレを呼んでくれ。助けになろう。」
「お願いします。」
【6】
「お、来たか。」
ハインツが噴水の縁で腰掛けていた。
「では、例のお店に連れてってもらおーじゃないですか!」
「いやあー、あたしも楽しみだなー!」
「私もです。」
モニカ、エリー、コルが三者三様の反応をハインツに呼びかけた。
何故、こんな事になったのかというと。初めはハインツとは美味しいクッキー店の案内をするだけの約束だった。ところが、ハインツとのやり取りの間にエリーが余計なことを言い出した。
「色々詳しそうだから、いっそのこと街のお店、全部案内してもらったらいいんじゃないー?」
かくして、試験メンバーがまた集まってフルスベルグのスイーツ店食べ歩きツアーが開催されたのだった。
「じゃあ、最初に約束通り、ビンダーナーゲルの百味クッキー店だったな。」
ハインツに連れられて、クッキー店に足を運んだ。
店の内装はと言うと、女の子に人気ありそうな綺麗に飾り付けられ、また、包装もこれまた綺麗にリボンで結わえられて店内に並んでいる。町娘向けのお店なのだろう。
クッキーの種類も豊富で、百味と言うだけあって様々な味のクッキーが売られていた。ナッツが入った物、レーズンが入った物、ミルクが入った物、果汁を混ぜた物もあった。
「エリー、これは冒険者向けじゃないよね……。」
モニカは店頭のクッキーをじっと見回しながら、エリーに聞いてみた。
「はい、お買い上げありがとうございます!」
後ろを振り向くと、女性店員さんが、エリーに包みを渡していた。
「ちょぉぉ、エリー!買うの早すぎ!」
しかも、その場でエリーが包みを破り始めた。
……おい。
「エリーお姉ちゃん、私もー!」
コルがエリーに近寄ってキラキラの目で催促していた。
モニカは目をつりあげた。
「店内で食うなッ、コルも真似するなッ、お行儀悪いッ!」
ハインツが指で耳を塞ぎながら、怒っているモニカに言った。
「モニカ、静かにしてくれ。後、店内で、叫ぶものじゃない。」
「はい、すいません……。じゃなくて、あれ、いいんですか?」
ハインツは呆れたように腰に手を当てて言う。
「よくはないが、向こうに行けば、食事スペースがあるからそちらに連れていけばいいたろう。」
さっそく、モニカはエリーとコルの手を引っ張り、引きずっていった。
モニカは、喧しい二人を片付けた後、改めて、クッキーを買いにきた。
美味しいクッキーばかりだけど、冒険者向けにも作ってくれないだろうか。
モニカは、思い切って店員に尋ねてみた。
「冒険者向けですか?」
「うん、飾りはいいから、携帯に優れた形にして欲しいなって。」
女性店員は、眉をくもらせて悩んだ後、モニカには言った。
「うーん、それは、父さんに聞いてみないと……今は居ないので。」
目の前にいるのは店主の娘らしい。
……くっ、看板娘というやつか。
とにかく、父さんに聞いてくれるということなので、また今度来てみようと、モニカは店を後にした。
【7】
クッキー店を一通り楽しんだ後、ハインツを先頭にして、次の店に向かっていた。
「次は……。果物を専門に扱う店だな。でかい氷室を持っているらしい。」
……聞き慣れない言葉が出てきた。
「氷室ってなんですか?」
モニカは尋ねてみた。
「丁度、今頃みたいな冬だとな湖の水が凍るだろ? あの氷を暗い地下室に敷き詰めて、上から海水とオガ屑をまぶすんだ。すると、夏になっても溶けず、冷んやりした部屋になるそうだ。その中に入れた果物は長い期間、腐らないという話だ。」
モニカはその言葉に閃く物があった。
「そういえば、宿の朝飯に季節外れの瑞々しい果物が出るなと……。妙だとは思ってた!」
「故郷の村では無いのか?」
「無いですよ。この話持って帰るだけでも大変なことになると思います。ただ、私たちの村では、無理かもしれませんね。」
お店には、硝子板と粘土で組み立てられたショーケースが陳列されており、その中にはブロック状に敷き詰められた氷と、果物が置かれているのが見えた。
「これ、本当に食べられるのー?」
「エリー!失礼な!」
「ええ、食べられますよ。」
店員は若い男だった。ハインツと比べてほぼ同じぐらいの年齢か。
モニカは柑橘類を指差しながら店員に尋ねた。
「これは……。オレンジ?」
「いえ、それはグレープフルーツというやつです。オレンジと違って中の皮が厚いのでスプーンで掬って食べます。」
ふーんと感心したようなモニカ。
「面白そう。これ下さい。」
「毎度。皮が厚いので20日ぐらいの保管は平気ですよ。」
モニカがグレープフルーツを選んだ理由はそれだけでない。エリーが食べ歩き出来なさそうなのを選んだ。
なお、コルはブドウの房を買っていた。
……おい、それはやめろ。
案の定、早速エリーがコルに食いついてきた。
「おいしそー。」
「エリーお姉ちゃんも一粒どう?」
「いいのー?」
やがて、コルとエリーは食べ歩きながら、口の周りを紫色に染め始めた。だから、食べ歩きはやめて欲しい。
コルのエリー餌付け作戦が着々と進行している。無邪気とは恐ろしい。
「モニカお姉ちゃんも、ハインツお兄ちゃんも!」
……やめて。その無邪気な顔で私を見ないで。助けてハインツさん。
モニカは、視線を逸らし、ハインツを見ると差し出されたぶどうに視線が釘つけだ。ダメだこいつ。
「俺にもくれるのか。コル、ありがとう。」
「わ、私にもくれるの?あ、ありがとう、コルちゃん!」
モニカは、コルを傷つけないように最大限の笑顔で受け取った。素早く食べながら周りの視線を気にして、辺りを見回した。
モニカたちを見て指差して微笑んでいる女性の一団がいる。
……あー、絶対これは勘違いされているな。後で大変なことにならなきゃいいけど。
それから、幾つかのお店に周った。どれもこれも美味しかった。一応、喫茶店にも足を伸ばしたが、半分は文字通りの食べ歩きになってしまった。
モニカも後半は、ヤケになって食べ歩いた。
【6】
エリーが通う、いつもの酒場にて。
エリーはいつものように警備兵の仕事で、カウンターに座って静かに酒を飲んでいた。
「エリーちゃん!」
「わっ、なにー?」
そこに、男が嘆きながらエリーに絡んできた。エリーは、その男の顔は最近よく見る。エリーのファンらしい。
「俺というものがありながら、男とデートしてたって話じゃねえか!」
……俺というもの? え?
エリーは何がなんだかわからないので、取り敢えず否定した。
「えー、デートなんてしてないよー?」
更に男は続ける。
「しかも、お兄ちゃんとか、お姉ちゃんだとか呼び合う関係だっていうじゃないか!本当なのか!」
酒場でどよめきが起きた。
「そういうプレイが好みなのか……。」
「エリーたんにお兄ちゃんって呼ばれたい……。」
「妹に鞭でしばかれる……アリだと思う!」
……なんのこっちゃ。
人の事なんだと思ってるんだ、この男どもは。
「違うって。義理の妹には言われるけどそれぐらいだよー。お兄ちゃんだなんて言った事もないー。」
その言葉を信じたのかどうか。更に続ける。
「しかも、相手は三人も女を侍らしてハーレムでデートする男だとっ、許さねえ!」
どよめきに、嘆きが混じり始めた。
……あー、あれのことか。
ようやく、エリーは男が勘違いしている内容に気がついた。だが、エリーにとって、あれはデートとは全く思って居ない。
と思っていたらまた別の男が後ろの席から声で割り込んできて、勝手に言い争いが始まった。
「もう諦めろよ。それにそういうてめえだって娼婦の女とよろしくやってるじゃねえか!」
エリーは驚いたが、男とはそんなものと思っていたので、怒るまでには至らなかった。
「それは違うぜ! 彼女は商売、俺は客! 割り切ってるんだ。本気になって撃沈する男とは違うんだぜ!」
「それはただのビビりじゃねーか。撃沈したら他の女にいけばいいじゃんかよ。」
「だめだ、あの子じゃなきゃダメなんだ!」
「おいおい、割り切ってるっつったのはどこのどいつだよ。釣ってみたら予想通り本気じゃねーかよ!」
「ぐっ、……ああ、そうだよ! 商売女に入れ込んじまった俺を笑えよ!」
「笑うも何も……本気の娘がありながらもエリーに話しかけるってどういう領分だ! お前は二股かけて安全牌を取ろうとしてるだけじゃねーか!」
「おい、それをエリーの前で言うかよ!そんなことは思って居ない!流石に違うぞ!言葉を撤回しろ!」
とうとう二人は手を出す喧嘩が始めた。
エリーは途中から話の内容を理解するのをやめた。ただ、男も大変なんだな、と思うに留めた。それより、そろそろ仕事に取り掛からなくてはならない。
「店主、いいかな?」
エリーは尋ねた。
「ああ、ちょっと待ってくださいよ。」
店主が他の客と何やら目配せした。やがて残念そうに首を振った。
「ダメですね。最近、賭けが成立しない。仕方がありませんがどうぞやっちゃって下さい。」
喧嘩していた男たちはエリーの手によって店の外に叩き出された。
【7】
「ほい、また手紙来てるよ。」
モニカは宿で寛いでいると、女将から手紙が渡された。コルとエリーは仕事中でいない。
モニカが今日と明日が休みだ。そのようにスケジュールを組んである。
休む理由は……あれだ。察しろ。割りと不規則な生活しているのに日にちがずれる事はあまりないので助かっている。
若さゆえか? まあ、ありがたい事だ。
「どこからですか?」
「冒険者組合みたいだね。返信必須のマークが来てるとなると、昇級試験合格かい?おめでとう。」
女将さんだけあって色々な手紙を見てきたらしい。試験失格の場合は、返信不要というマークがついているとか。
……何だ、その羞恥プレイ。
「結構な頻度で組合に顔を出すから直接言ってくれればいいのに……。」
「あーそれね。」
何でも女将さんが言うには冒険者は何日も家を空けたり、又は住所不定だったり、あるいは危険な場所に住んでいたりとと消息を調べるのは大変らしい。
だから何らかの連絡が必要であれば〈冒険者組合〉に手紙を預け、独自に郵便配達を行う。今回のような重要だったり緊急な手紙もあるのでこのような形になっているらしい。
なお、郵便組合もあるにはあるのだが街内だけで、外行くような手紙には冒険者を使うのでやはり〈冒険者組合〉が噛んでいるとのこと。
「ごめんなさい。この街では宿で泊まってる冒険者の情報は、組合に提供することになってるの。」
「……なにそれこわい。」
「冒険者の中には悪いことをする人もいるので仕方がないのよ。その代わり、何か連絡があれば街の中に入れば今回みたいにすぐに手紙を届けてくれるわよ?」
モニカはそういうことなら仕方ないなと思い直した。
「そうですか、ありがとうございます。」
夜になって二人が帰ってきた。
モニカは二人に合格通知が来た事を報告する。
「ああ、ついに来たのか。モニカ、開けてみてよ。」
「わかった。」
全員の目の前で封蝋を切り、3通の手紙を開いて覗いてみた。
そこには、冒険者ランクEを認めたことを示す文書と、組合長ミヒェルのサインがしたためられていた。
モニカは、それ以外にもいくつかの記述が書いてあるのに気がついた。
「なになに? 今後、本人の能力の傾向を知るために、技能別に認定制度を定めるモノとする。」
「何それ。」
「つまり、依頼主がどんな冒険者を雇えるのか知りたいから、特技を表示しとけってことらしいよ。」
「ふーん。」
エリーはわかったようなわかってないような返事をした。
手紙には認定した技能について、こう書いてあった。
エリー=アーレルスマイヤ
「戦士ランクD」
「狩人ランクE」
「野伏ランクE」
「魔術師ランクF」
「賢者ランクF」
モニカ=アーレルスマイヤ
「魔術師ランクD」
「錬金術師ランクE」
「統率者ランクE」
「賢者ランクF」
コルネリア
「治癒師ランクD」
「戦士ランクF」