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名もなき魔術師の一生  作者: きゅえる
【1章】
11/106

【11】20歳モニカ、昇級試験を受ける(4)☆

【1】


 一度、休息することになった。


 特にエリーの負傷が大きい。長剣は握れるようにはなったが、振り回すには至らない。何より足を痛めて、機動力を失ったのが大きい。

 モニカは、自身の背嚢(バックパック)からガーゼと包帯と薬を取り出し、エリーの手当てと看病をする。


「動かさないでね。」

「あ、うん。」


 その様子を見ていたコルが、横から話しかけてきた。


「エリーお姉ちゃん、私に治療させてください。」

「お、コルっち。もう魔力はいいのかい?」


 エリーは全身の痛みに耐えながら、心配かけないように平素な顔をする。

「〈生命の精霊(セフィロト)〉による治療では、魔力を消費するのは、術者でなく本人なんです。」


 コルが言うには、〈生命の精霊(セフィロト)〉はどんな生物の中に存在し、その生命の維持を担っている。治癒師(ヒーラー)はそのお手伝いをするだけで、実際に治すのは本人の精霊である、という。


「そうなんだ。じゃあ、やってもらえるかなー?」

 エリーはコルに頼み込んだ。

「わかりました。では、私の手を取って、全身の力を抜いてください。」

 コルは差し出されたエリーの手を握る。


「こう?」

「あ……。はい、それで。」


 包帯に包まれた顔の隙間から見えるコルの目は真剣そのもの。やがて目を閉じて精霊に語りかけた。


「精霊さん、私の呼びかけに応じて……。」


 コルの体から淡い桃色の光が溢れ出し、手を通じてエリーに流れ込んだ。二人の中の〈生命の精霊(セフィロト)〉が情報のやり取りと治療の為の準備が行っているのだ。

 やがて淡い光は収まった。


「もう、結構です。痛いのは治まったはずです。」

「え、もう?」


 エリーは目を丸くしながらも、すくっと立ち上がってみた。ほつれかけた包帯がほどけ、パサリと床に落ちる。

 手も足も違和感なく動く。

 足を踏み鳴らしてみる。異常はない。

 剣を振ってみる。異常はない。

 膝の傷も跡は残っているものの塞がっていた。

 本当だ。

 さっきまでの痛みと可動性制限は何だったのだろうか、と思うほどだった。


 エリーは感心したように体を動かしている。

「へえ、これは凄いなー。」

「解毒もしておきましたので〈不死化〉もしません。傷跡(きずあと)もすぐに消えるでしょう。」

 エリーのそばで女の子座りをして、キョトンとしていたモニカはハッとした。

「こんなにすぐに治るだなんて……。治癒魔法ってのは凄いのね。」

「いえ、エリーお姉ちゃんは普通の方より回復が速いみたいです。」


 モニカは、火傷の件があるからもっと時間がかかるのかと思っていた。さっきまでの自分の慌てようは何だったのだろうか。自分の頬を(つね)ってみた。痛い。


「コルちゃん、火傷(やけど)の方はまだ治らないの?」

「私の実力不足というのもありますが、広範囲長時間の火傷だったので、少し時間がかかるみたいです。明日になれば、治ると思います。」

「そうなの……。」


 自分の魔法による火傷なのだ。モニカはコルに対して負い目を抱いていた。


【2】


 一定の休息の後、探索を再開した。


 4階層までは、ほぼ掃除が済んでいるというハインツの証言通りだった。その後、敵に遭遇することなく、5階層への階段を見つけることができた。

 (はや)る気持ちを抑えて階段を降りていく。


 最後列のコルが、5階層に足を踏み入れた時。

「おめでとう。試験終了だ。」

 ハインツは宣言した。


 その途端エリー、モニカ、コルは、三者三様に喜びの声をあげた。試験と言う名の試練は終了したのだ。そのまま〈最前線基地(フロンティアベース)〉まで案内されることになった。


 ハインツは先頭を歩きながら、後ろを振り向かずに、感心したように言う。


「最初はこの人数でどうなるかと思ったが、どうしてどうして。」


 モニカはその言葉が気になった。確かにこの人数では少なすぎる気がする。もう少し人手があれば、楽になる場面もあっただろうに。


「普通はもっと多いんですか?」

「そうだなあ、俺だったら、後一人か二人増やすなあ。……と、こっちだ。」


 ハインツは分かれ道で左右を確認した後、右に進路を進めた。

 

「どうして、今回は少なくなったんですか?」


 一瞬、彼の歩みが立ち止まる。それから何事もなかったかとように歩き始めた。顔は見えない。


「それは。ん。俺の口からは言えん。コル、君次第だ。」


 思ってもみない名前が出てきたので、エリーとモニカは、お互いに顔を見合わせた。それから、コルに視線を送った。

 コルはその視線に耐えられず、目を逸らした。


「さあ、ついたぞ。」


 〈最前線基地(フロンティアベース)〉は思ったより、大規模だった。

 土嚢が詰まれた入り口に、兵士が二人。一言二言のやり取りの後に、入ることができた。ハインツの持っているカートはそのまま兵士に預けられた。


「ここで一旦、お別れだ。しばらくゆっくりするがいい。」


 ハインツはそのまま、どこかへ言ってしまった。代わりに兵士が内部を案内してくれるという。

 一行は兵士の後について歩いて行く。通路の左右に部屋の扉が並んでいる。扉のある部屋もあれば、扉のない部屋もある。

 部屋の中を覗くと、物資が詰まれていた部屋もあれば、お店のようになっている部屋もあった。黒板が掲げられ、会議室のようになっている部屋もあった。

 もはや一つの村と化しているようだ。


 また廊下の要所に〈光の精霊(イルリヒト)〉による〈魔法の行灯(ランプ)〉が取り付けられていた。モニカは、ついつい手を(かざ)してみる。熱くない。


「モニカっちー、置いてくよー?」

「あ、ごめんごめん。」


 モニカは、エリー達を見失わないように追いかけた。それを見て、エリーは前を向いて歩きだした。


 やがて、扉付きの部屋の前で兵士が歩みを止める。


「しばらくここでお待ちください。」



【3】


 先導する兵士に促されて部屋に入ると、地上の基地(ベース)と同じような、二段ベッドが二つある四人部屋だった。


 外では既に日が暮れているはずだ。今日はここで眠ることになるのだろう。モニカ達は、荷物をベッドの上に置き、横になった。

 モニカはベッドの上で軽く伸びをして、全身の緊張を少し(ほぐ)した。


 沈黙が部屋を満たした。(かす)かに聞こえるのは衣擦(きぬず)れの音のみ。

 誰も発言しないのは、先ほどのハインツの一言が皆、気になっているからだろう。ひょっとしたらコルは何かを言おうとしてるのかもしれない。

 だが、モニカは沈黙に耐えきれなくなった。隣のベッドに目を向けた。


「コルちゃん……。」

「ん……。」


 コルもまだ、言おうか言うまいか、決心がつかないようだ。


「辛かったら、言わなくてもいいのよ?」

「い、いえ……。話します。話さなければなりません。……私の身上(しんじょう)について。」


 ある程度は予想がついていた。

 ヒントは山ほどあった。『組合(ギルド)のおっちゃん』の言。冒険者にしては妙に若い年齢。馬車の中での妙に簡略化された過去話。そして、先程の言葉。


 コルはゆっくりと、(さえず)るように話し始めた。


「ここより遥か、東南の村で私は産まれました。幼少期は家族と共に過ごしました。」


 コルの顔に翳りがさし、急に大人びた顔つきになったような気がする。


「ある日、襲撃がありました。人攫いの集団でした。村は燃やされ、破壊されました。今はその街は存在しません。」


 どんどん顔の表情が乏しいものになっていく。


「私は連れていかれ……奴隷として酷い扱いを受けました。下腹部に烙印を押され、溶接された首輪を嵌められ、常に裸で過ごしました。」


 感情が欠落してしまった虚ろな目で淡々と話を続けた。当時の記憶と共に感情を思い出してしまっているのかもしれない。


「その後、奴隷として徹底的に人格否定されました。そこで悟りました。私は人じゃなかったんです。」


 無感情の顔の上から薄ら寒い笑みを浮かべた。危険な物を感じる。嫌な予感がする。


「路傍の石より価値のない変わらない瑣末な存在だと漸く理解させで頂いた私です。」


 敬語と語尾と言葉が段々とおかしくなっていく。


「コルちゃん……?」


「私は家族で殺し合いをさせていただぎまじた。……いえ、コレに家族なんであるはずがない。あれは偽物だったんだ!……私は母と兄のふりをじだアレらを殺すごとがでぎた!」


 まるで悪魔に取り憑かれたかのようにけたたましく笑い出す。危険すぎる!


「それがら、コレが奴隷としてあるべき姿を人さまから教えていただげるごどにな」


「コルっち!」


 バシンと大きな音を立てながらコルの顔が吹き飛んだ。

 エリーが包帯で巻かれたコルの顔に平手打ちを強打したのだ。小さなコルの体はベットの縁にぶつかり跳ね返って地面にうつ伏せに倒れた。ピクリとも動かない。


 エリーは慌ててコルを抱き起こして揺さぶる。顔の包帯が解け下からピンク色の治りかけの皮膚が現れた。

 しかし目はどこも見えていない様子、口は何やらぶつぶつと意味をなさない言葉を吐いていた。


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……!」


 モニカは、エリーが謝罪の言葉を繰り返していたのを聞いた。確かにやり過ぎだったかもしれない。


「エリー!根気強く名前を呼びかけてみて!」

「コルネリア!コルネリア!お前はコルネリアだ!コルっち!目を覚ませ!」

「コルちゃん!コルちゃん!」


 こんな幼い子がおかしくなってはいけない。二人で一生懸命名前を呼びかけた。その甲斐あり、やがて意識を取り戻した。


「う、エリー……お姉ちゃん……。」

「気がついたか。」

「あ、うん。又やってしまったのですか……。」

「もう、何も思い出さなくていいの。コルちゃん。」

「いえ、そ、そういう訳には。」

「もういいんだ、コルっち。考えるな。」

「だ、大丈夫です。その後の事を話しますから。そちらは大丈夫です。」


 エリーが強く抱きしめた。コルは暫く抵抗していたものの、やがて大人しくなった。それからポツリポツリと話を続ける。


「そんな生活に終止符を売ったのが、私のパパとママでした。」

「パパとママ?」

「あ、義理のパパとママです。冒険者でした。〈人攫い集団(キッドナッパーズ)〉の拠点を襲撃したんです。」


「私は助けられました。そしてコルネリアという名前を与えられました。パパとママの娘になったんです。そこで色々なことを学びました。」


「ですが、半年ほど前にパパとママも亡くなってしまいました……。そこでパパたちが所属していたフルスベルク冒険者組合の保護下に入ることになったんです。」


「私の夢は冒険者ランクDになってフルスベルグの街民権を得ることです。身寄りのない私にはこうするしかないんです。そして、できれば街の隅で治療師として生きることができたら幸いです……。」


「コルっち……。」

「コルちゃん……。」


「お姉ちゃんたちにお願いがあります。私を……私を……お姉ちゃん達の妹にして頂けないでしょうか。」


 エリーとモニカは顔を見合わせた。昨日今日顔を合わせただけで、妹にして欲しい、とはタダゴトではない。躊躇(ためら)いより先に、困惑の感情が表を出た。


「大人の人たちが言ってました。信頼できる人が居たら家族になって貰えって。お姉ちゃんたちは優しい人です。私、お姉ちゃんたちになら何されてもいい……!」


 モニカは悩んだ。

 決して、断じて、エリーとは姉妹ではない。姉妹ではない。だがコルは家族を求めている。だが。


 ウンウンとモニカが(うな)っている横で、エリーはニヤリと笑みを浮かべた。決意は定まっているようだ。


「なら、あたしが最年長の長女だな。」


 ほとんど反射的に顔をあげた。


「ちょッ、エリーが長女とかッ!」

「にししししし。(あが)めよ、(たた)えよ。モニカっちよ。」


 エリーは、まるでそれが決定事項であるかのように言う。しかもツッコミ所があり過ぎる。モニカはつい、勢いに飲まれてしまった。


「讃える要素がどこにあるっていうのよッ。くっ、しょうがねえッ。だらしねえ長女の為にも、優秀なるこの私が素肌を抜いであげるわッ!」


 モニカは、言ってしまった後で少し後悔した。いつもの癖でエリーにツッコミしてしまい、コルを妹と認めるような発言をしてしまったから。

 本当は故郷アーレルスマイヤ村に帰れば4人の兄弟姉妹がいるのだが。


「『素肌を脱ぐ』じゃなくて『一肌脱ぐ』。」


 慌てて言った為に、慣用句を間違えてしまったらしい。エリーがニヤニヤしながら訂正した。

 モニカはツッコむことはあっても、ツッコまれることは滅多にない。耳の先まで赤くなってしまうのを感じ、場を誤魔化(ごまか)す為にも、声を荒げた。


「なッ、エリーのくせに、生意気なッ。あの単純だったころのエリーはどこにいってしまったのッ?」

 モニカは大袈裟に嘆く。

「ひでー。モニカっち、ひでー。あたしだって考えることぐらいあるよー。」


 モニカとエリーの、肯定を前提にした口論が始まった。コルは目を点にしていたが、やがて我に返った。二人の会話の中に割り込む。


「じゃ、じゃあ、お姉ちゃん達、本当に?」


 コルから話しかけられて、モニカの感情は空白になった。本人を目の前にして、すっかりコルの事を忘れていた。バツが悪くなった。


「……え、ええ、そうね。じゃあ、コルちゃんは、今から私たちの妹よ。いいのね、エリー。」

「いよ、流石、モニカっちッ。あたしは仲間が増えて嬉しいよー。」


 その言葉に、コルは顔をほろこばせる。


「ありがとう! モニカお姉ちゃん、エリーお姉ちゃん!」


【4】


 ハインツが戻ってきた。

 彼は、封筒を丸めて筒状にしたもので肩をポンポンと叩いていた。


「その様子だと、全てを話したようだな。……いいんだな?」


 その視線はコルへと向けられていた。


「はい。」

「そうか。」


 何かを悟ったかのように目を伏せ、それから一同を見回した。


「これを冒険者組合(ベンチャーズギルド)の受付に渡すように。」


 という言葉と共に、三人に封蝋(ふうろう)された封筒を渡された。


「これは?」

「報告書、君らにとっては内申書みたいなモノだ。」


 受け取ったはいいが、丸めた時に癖がついてしまったのか封筒が丸まっていた。大切な書類の扱いがこんなんで良いのだろうか。


……おいこら、ハインツさん、ちょっと待てや。


 とハッキリ言えるわけもなく、モニカは代わりに、懸命(けんめい)に書類の癖を直しながら質問した。


「これは、何ですか?」

「まあ成績表と合格認定書みたいなもんだ。そんなに気にするな。後、開けるなよ?」


……開けるわけはない。


 と言われてもかなり気になる。なんとなしに透かしてみるが、中身は見えない。


「ところで、ここの〈司令官(コマンダー)〉が、君らと少し話をしたいということなんだが。嫌なら嫌で、拒否は可能だ。」


 お互い顔を見合わせた。

 特に否定する理由もない。そのまま、後をついていくことになった。そして、一つの部屋の前で止まる。中に入った。


 会議室のようだ。

 壁にはこのダンジョンの地図のようなモノが貼られ、黒板にはチョークの粉と何やら得体の知れない文字が書き殴られている。厳つい男が三人中央の机を囲んでいた。


「〈司令官(コマンダー)〉、連れて来ました。」

「おお、来たか。」


 その声に反応したのは四十ぐらいの髭もじゃのイカツイおっさん。ハインツより背が高い。


「ここの司令官、ミヒェル=フルスベルグ=エフラーだ。」

「フルスベルグ……。貴族?」

「うむ、一応はな。儂自体はその中でも末席なので、そんなに畏まらなくてよい。こんな街から遠く離れたダンジョンの最下層に飛ばされて、全く街の実権とは関われない位置にいるしな。」


「何を白々しいことを仰りますか。防衛の最重要拠点に居て影響力がないなどとご謙遜を。」

「過大評価が過ぎるぞ、ハインツ。街の外にいる以上段々と存在は忘れ去られていくものだ。今のところ活躍できるような大きな敵はいないしな。」

「ミヒェル伯が活躍なさる時は街の危機の時です。そんな事はあってはならないと思いますが。」

「そんな危機が訪れてたまるか!儂は一人の戦士として戦うのが好きなんだ!」

「〈司令官(コマンダー)〉、話が逸れてます。」

「はっはっはっ!済まなかったな。」


 話についていけない三人はただ、茫然としていた。


「では本題に入ろうか。全員に一つだけ質問をしたい。」

「……な、なんなりと。」

「我が街で冒険者を始めた理由を教えてくれまいか?」


 質問を投げかけられただけで、貴族特有のオーラに当てられてしまった。抵抗して嘘をつくことはできそうにない。


「新しい冒険がしたいから?」

 と、これはエリー。気圧された気配はない。無邪気は羨ましい。


「私は……む、村から逃げ出したい一心で。」

 と、これはモニカ。


「す、住処を得るため…。」

 と、これはコル。


「なるほど、この街は私が言うのも何だが住みやすいと思う。是非、この地に根を下ろしこの街を愛して欲しい。以上だ。」


 暫く固まっていた三人はハインツが促され、部屋を退室した。

 しばらくしてからコルがささやいた。


「どうしてあんな質問をしたんでしょう。」

「あの人は、この冒険者組合の東支部の組合長(ギルドマスター)でもある。」

「ええ?」

「ここでは本人に言うなよ。怒るからな。〈司令官コマンダー〉の方が好きらしい。」

「……この冒険者組合ベンチャーズギルドは何の為に、作られたかわかるか?」


「人を集めるため……?」

「半分正解だな。さらに、この街を融和できる人を選別して、街を発展させる為だ。」


 ハインツは、少し息を貯めた。


「この街は豊かだ。豊かな分、あちこちからいろんな人間が集まってくる。しかし全てが良い人間というわけではない。自分では苦労したくない、楽をしたい、誰かに頼りたい、そう言ったけしからんヤツが豊かな街のおこぼれに与ろうとする奴が集まってくる。それだけならまだしも、それを奪おうとする奴も出てくる。そういう奴を選別すると同時に街に貢献させることによって、街を愛し、いざとなったら街のために戦ってくれる人を育ててるのさ。だから将来、君らも街で大切な人ができたら、その人達のために、街のために戦ってくれると嬉しい。」


「折角だからこれも伝えておこうか。街の危機に発令される〈緊急依頼エマージェンシークエスト〉というものがある。指定がない限り全ての冒険者が強制参加。逃げると最高死刑。ちなみに送られてくるのは赤い封筒だ。そんな事はおきないと思いたいが……。」


 モニカは、意外な事を言った。


「……ハインツさんも大切な人がいるんですか?」

「家族が住んでいるな。俺の親は冒険者だった。今では、服の仕立屋なんて地味な仕事をやっている。近隣の住民とも結構よろしくやってるみたいだぜ。」


 ハインツはそこで我に返り、ハタと言葉を止めた。流石に個人的な内容の話をするのは恥ずかしかったのだろう。


「まあ、俺の個人の話はその辺で勘弁してくれ。もうお前たちは休め。」


 仮眠室の前で別れた。


【3】


 次の日の朝。

 といっても洞窟なので本当に朝なのか分からないが、体は今が朝だと言っている。一番始めに起きたのは相変わらずモニカだ。慣れないベッドなのか疲れが取れた気がしない。


 ここでは水は貴重だ。

 部屋の外に出ると、水桶を持った女性の〈給仕係メイド〉が水桶を持って来てくれた。


「ありがとう。水汲みは大変でしょう?」

「いえ、役割ですので。」

「そうだ、〈水の精霊(ウンディーネ)〉に頼めばいいじゃない。」


「や、やめてくださいッ、洞窟が水没して、皆さん溺れてしまいますッ!」


 物凄い勢いで止められた。

 ……ここでは水は貴重だ。


 朝の支度が済んだ後、四人は集まって打ち合わせを行っていた。


「そろそろ包帯を解いてもいいんじゃない?」

「そ、そうですね。大丈夫でしょう。」

 コルは丁寧に包帯を巻き取った。包帯には黄色の体液と赤い血、膿の混じった液体がこびりついていた。包帯の下からは、まだほんのり赤みがかってるが、元通りになったコルの顔が現れた。手の包帯も巻き取ると同様に快癒していた。


「本当に綺麗に治ったもんだ。」


 多くの仲間と数々の戦闘をこなしてきたハインツにとっては見慣れた光景ではある。初めて目撃した〈治療(ヒール)〉には驚いたものだ。昔を思い出して一瞥(いちべつ)したが、特に言う事はなく話を切り出した。


「さて、帰りの説明をする。帰りは俺が戦闘にたつ。空きのカートは三人で交互に持ってくれ。もし戦闘になっても全て俺が対処する。後ろでのんびりでもしておいてくれ。」


 既に支度を終えていた四人はそのまま〈最前線基地(フロンティアベース)〉を後にした。帰りはエリーが残してくれた印とハインツの案内により、ほぼ最短ルートだった。


 敵に何度か遭遇したが、冒険者ランクCは流石に格が違った。


 第4階層。

 天井に張り付きながら襲いかかって来た〈不死蜥蜴(アンデッドリザード)〉二体。まだ敵が暗闇にいる内からハインツはエリーのより二倍以上大きい弓を持ちだした。漸く、モニカの目にも見える程度に近づいてきたと思ったら、ハインツが弓を弾く音が聞こえた。

 〈不死蜥蜴(アンデッドリザード)〉は目にも留まらぬ速さで撃ち抜かれた。


 爆発した。


 後に残るのは粉々に吹き飛んだ胴体と撒き散らされた腐った体液、それとピクピクと動く四肢だけが蛇のように畝っていた。矢先に〈火薬玉〉を仕込んでいるらしい。


「モニカっち、私もあれやりたいなー。」

「まだ、辞めておけ。作り方を間違えると射手の手を吹き飛ばすぞ。」

「えー。」

 影でこっそりエリーに耳打ちする。

「イル先生に相談してみよう。」


 問題の第3階層。

 大部屋では〈不死蝙蝠(アンデットバッド)〉は襲いかかってこなかった。数を増やすのに時間がかかるらしい。昨日撃ち落とした死骸は燃やし尽くしたのか喰われたのか、折れた矢も死骸も跡形もなかった。


 第2階層では、〈不死人間(アンデッドヒューマン)〉3体。

 動きが鈍い3体の間をかいくぐり、武器は手で打ち払った。あっという間に短剣で手と足を切断。動けなくなったところで近くにあった穴にまとめて蹴り落とした。

 ハインツ曰く、倒すのには忍びない。横にどかせば倒す必要がないとのこと。

 私たちの苦労は一体……。


 第1階層では敵と遭遇しなかった。

 行きの苦労は何だったと思うくらい速やかに地上に戻ってきた。洞窟から出ると、まだまだ太陽が登りきってなかった。半日もしないうちに戻ってきてしまったのだ。


「あ、雪が完全に溶けてる……。」


 コルがどうでもいいようなことを呟いた。それに反応した、かどうかわからないがハインツが空を見上げながら軽い感じで言った。


「こりゃ急げば今日中に帰れるな。」

「そうなんですか?」

「うむ。他の皆はどうだ」

「そうだねー、帰れるのなら帰りたいなー。温泉が待ってる!」

「私ももうくたくた。早く帰りたい。温泉で疲れを癒したいよ。」

「そうか、ならば最優先で帰ろうじゃないか。」


 皆、軽い気持ちで同意した。温泉が待っているのだ。……それが最悪の結果をもたらすことも知らずに。


 ……馬の蹄の音がおかしい。蹄の音は『パカッパカッ』が普通だ。来る時に聞いた。嫌になるほど聞いた。

 だが今はこうだ。『パカラッパカラッ』。


「ウガー! 走ってるじゃねーか! 荷馬車の音じゃねーよ!」


 モニカは人目も(はばか)らずに叫んだ。

 はっきり言って運転が凄まじく荒かった。街道の石を踏んだ時には空箱が飛び上がった。曲がり角に差し掛かれば体が片方に吸い寄せられる。


「も、モニカっち元気だね……。」


 流石のエリーもグロッキーで備え付けの毛布の中でもぞもぞと蠢いていた。コルの方はもう先ほどから一言も喋っていない。先程から何度も吐いている。


「おぅぇええ……。」

「コルちゃん……。」

「だ、大丈夫で……、ウッ。」


 コルは幌馬車の後方に急いで這いよって顔を乗り出す。何をしたかは言うまでもない。モニカは背中を(さす)ってあげた。実際、この中で一番若いコルが、一番馬車酔いが酷かった。


「もーにーかっーちー。あーたーしーもーだーめー。」

「寄りかかるな! 重い! 離れろ!」


 払いのけるのも面倒だったので尻を蹴り飛ばした。私だって疲れが溜まっているのだ。何故、気持ち悪いのを我慢して二人の世話をしなければならないのだ。コルはいいとして特にエリー。


「ううう……。あそこで急ぐだなんて言わなければ良かった。」


 その背後からハインツの緊張感のない声が飛んできた。


「後ろの皆、曲がるぞ。気を付けろよ。」

「何をどう気をつければいいのよ!ってうわっ!」


 三人全員と空箱が馬車の片方に吸い寄せられ転がった。かと思ったら、ふわっと浮いたような感覚を得た。


「浮いたよ、今、車輪浮いたよ!」

「モニカっちは……元気だねー……。」

「ケロケロケロケロケロ」


 御者のハインツに呼びかけた。

「ハインツさん! 兎に角、今すぐ速度を落としてください! いや、落とせ!」


 流石にキレたモニカの迫力に気圧されたハインツは返事をした。

「お、おう。」


 少し速度を落ちて揺れが小さくなった。左手にはフルスベルクの川が夕焼けに照らされて煌めいていたが、馬車の中の姉妹三人はそれを見て喜ぶ余裕は全くなかった。

 悪心嘔吐と戦いながらも、モニカは『ハインツ……。コイツはドSだ。絶対ドSだ!鬼畜だ!陵辱だ!』と、図書館の恋愛小説で覚えた単語を心のなかで叫んでいた。


 急いだ甲斐もあって、日が沈み切る前に街に到着した。ハインツを除いて、3人ともかなりヘロヘロだ。口を開くのも億劫だ。


「まあ、よく頑張ったな。」

「くっ……。」


 急ぐ事に同意した分、言い返すのが難しい。ハインツが年上ということも忘れて鎧の上から胸を叩いておいた。


「とりあえず今日のところは終了だ。後はゆっくり宿で休むがいい。」

「言われなくてもそうします!」


 馬車降り場の所でハインツと別れた。馬車から降りて少しずつ回復してきたようだ。


「それで、コルちゃんは?」

「私は、ひとまずは今住んでいる宿に戻ります。また改めてお姉ちゃんのところに一緒に住まわせて欲しいです。」

「そう……。じゃあ、ここでひとまずお別れね。」


 コルと別れた。


「じゃあ、エリー行きましょうか。」

「あーうん。」

「やらなければならないことは色々あるけど、取り敢えず今日は寝る。全部、明日!」


 明日から忙しくなるだろう。

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