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名もなき魔術師の一生  作者: きゅえる
【3章】
105/106

【108】

【10】


「最終確認をする」


 モニカはクヴィラと作戦の最終確認をすることになった。クヴィラの用意した作戦はこうだ。

 まず偵察を王都に遣り、隠れ家を作った。王都は荒れていて空き家がかなりあったので、これは楽だった。そうして、城の東西南北の四方面に〈転移門〉を確保した。ここまでは既に済んでいる。

 次に城内に侵入して、新たな〈転移門〉を設置しなければならない。これはリスクが大きいので直前に行う。この作戦には〈転移門〉を設置できる人間が必要だ。だから候補は、制作者のクヴィラ、モニカ、モニカの血を受け取っているリュミエラの三人となる。

 今回は、隠密行動の得意なクヴィラとリュミエラの二人に潜入ミッションを任せる事になった。

 城内に無事に〈転移門〉を設置できた場合、待機している兵士たちで速やかに突撃する。と同時に城外からも弓を仕掛け、中と外からの強襲で一気に城を制圧する。

 特に重要な点は、ウダルフリート=レンツ公爵の首を取ること。彼は反王家派の筆頭であることが、事前の調査で分かっている。場合によっては、その妻であるナーシムも確保する必要に迫られるかもしれない。

 次に、モニカの師匠であるアルヴィス宮廷魔術師の消息を探さねばならない。彼は、モニカや弟子たちを城から逃がす手伝いをしてくれた。その代わりに城に残ることになり、現在も消息不明だ。死体も確認されていないことから、どこかに幽閉されているのではないかと推測している。ある程度の制圧が済んだ時点で牢獄を探すという話になった。彼の生存の有無には、シュティラの命がかかっている。


「それで、その後はお前はどうしたいんだ」

「私は……」


 クヴィラが聞いているのは、その後の話だ。王都を再制圧するとして、裏切った貴族はどうするか、国家運営はどうするのか、やるべきことは山ほどある。

 モニカ一人では、とても手に余る問題だ。優秀な仲間が必要不可欠である。


「できれば、クヴィラさん、貴方が手伝って頂けると助かるのですが……」


 モニカは、クヴィラの顔をうかがった。

 彼は〈山向こうの国〉の宮廷魔術師だった。しかし無実の罪を被せられ、処刑されそうになったのだ。そして〈精霊の国〉まで逃げてきた。その際には、古くからの友人も殺してしまったのだという。

 だから、権力に対するトラウマがあってもおかしくない。だから強制はできないが、彼が味方になってくれればとても嬉しい。

 何より彼が復讐を果たした時、きっと空っぽになってしまうだろう。復讐は何も生み出さない。それが可哀想に思えた。


「ん……どうせ俺に居る場所なんてない。最後まで手伝ってやろう」

「ありがとうございます」


 ふと、シュティラの事が頭に浮かんだ。彼の事だから、ひょっとしたら何か新しいアイデアが出てくるのかもしれない。


「あの、シュティラについてお願いがあります。彼女を治すにはどうしたら良いのでしょうか」

「誰のことだ」


 クヴィラは本気で尋ねてきた。興味ないことには、彼はとことん無関心だ。そんな事は分かりきってるので、モニカは気にせずに答える。


「洞窟で体調を崩した彼女です」

「ああ、アレか……」


 彼は、少し黙考した。


「原因の予想はつくが、俺には治す事はできない」

「え」


 モニカは驚いた。と同時に、治せないという宣言に軽いショックを受けた。


「どういう事ですか?」

「傷口から負の感情の精霊が入ったのだろう。それがアレの精神をかき乱している」

「どうしたら治せるのでしょうか」

「分からん」

「そうですか……」

「ただ、一度壊れた精神は、治せない」


 何も言えなかった。それはひょっとして彼自身の事を言おうとしているのだろうか。

 クヴィラは何事もなかったかのように、淡々と続ける。


「どうしても助けたいと言うならば、この宝石を身につけさせると良いだろう」


 そう言って彼が取り出したのは、青色の大きなアクアマリンだった。複雑な〈付与魔法〉が込められているようで、淡い魔法の光が感じられた。


「これは……?」

「最終手段だ」

「どういう事ですか?」

「治す事はできないが、魂を抽出することはできる。後は運次第だ」


 モニカは理解した。

 魂と精霊は同質のモノだ。そして、彼は精霊を宝石に閉じ込める能力を持っている。つまり精神が完全におかしくなっても、彼女の魂だけを取り出せば、いつか復活できる日が来るかもしれない。


「クヴィラ、ありがとうございます。では、このアクアマリンをペンダントに加工して、彼女にプレゼントしようと思います」

「好きにしろ」


【11】


 数日後。

 仲間たちと意見の調整が済み、王都奪還の作戦が始まった。

 こちらの主力部隊は、王都から逃げてきた貴族たち、あるいは地方にいた貴族や豪族、及び、彼らが持つ私兵だ。そこに民兵が加わり、およそ千五百人に達する。

 一方、王都を守護している敵兵は数百程度と見込まれている。だが、緊急招集できる兵たちや、現政権に呼応している貴族たちの数を含むと、三千人から四千人ではないかと推測されている。

 つまりモニカ達の勝機は、いかに迅速に王宮を制圧する点にかかっている。


「リュミエラ、できる限りクヴィラの指示に従ってください」

「はい、ご主人様の命令とあらば」


 王都に通じる〈転移門〉の前で、モニカはリュミエラを労った。その背後では、クヴィラが〈転移門〉の魔法陣の調整を行っている。


「もう、いいのか?」


 モニカの言葉が途切れると、クヴィラはじれったそうに言った。


「はい。大丈夫です」


 準備ができたとばかりに、クヴィラが魔法陣に魔力を注入していく。その後ろで、リュミエラが心配そうに見守っている。


「ではいくぞ」

「……はい」


 リュミエラはやや不服そうだが、それを口に出すことはしない。まもなく、二人は王都の隠れ家に繋がる〈転移門〉の中へと消えていった。


【12】


 二人を見送ったモニカは、急いで準備に入った。

 地方の村々に点在している兵士たちに〈転移門〉を繋げなくてはならない。あちこちの村に転移しては、潜入のタイミングを説明していく。場合によっては、演説で兵士達を鼓舞することも忘れない。

 問題の王族、エマニュエルにも伝えた。ただし、連絡網の最後ではあったが。


「モニカちゃん、僕の勇姿を見ててね!」


 肥満体を揺らしながら、やたら張り切っている。顔が近く、少し口臭い。やめて欲しい。


「はい、期待してます」

「もちろんだよ、デュフフフ」


 モニカはそれとなく距離を取りながら答えた。

 エマニュエルの指揮する部隊は、一番数が多い。というのも、彼の部隊は突撃隊だからだ。城門に殺到して、外と中の連携を断ちながらプレッシャをかけるという重要な役割を持つ。

 彼が率先して危険な役割を買って出たので、そのように決まった。どうにも不安で仕方ない。


「兵の数、多いですね」


 モニカは逃げるように、兵たちの様子を見た。エマニュエル本人の私兵が四百人いる。そこに民兵が百人加わって、約五百人の部隊を形成していた。

 彼の私兵はよく訓練されている印象を受ける。ギラギラした目で、何か強い目的意識を持っているような。


「僕が頼んで、呼んできてもらったんだ。すごい強いよ。モニカちゃん、僕に惚れた?」

「ああ、うん……」


 何て返答してよいか分からず、適当に言葉を濁して顔を背ける。

 それにしても、エマニュエルにこれほどの人脈があったとは信じられない。王宮にいた頃は、それほど優秀だとは思えなかったから。

 横から、エマニュエルの嬉しそうな声が聞こえる。


「王族の人間はほとんど死んじゃったみたいだね。カタキを討たないとね」


 ……?

 モニカは何となく違和感を覚えた。

 はて何だろうと思っていると、近くに魔力の渦が生まれ、新しい〈転移門〉が開いた。

 そこから飛び出してきたのはリュミエラだった。


「ご主人様、城内の〈転移門〉の設置、成功しました!」

「リュミエラ! よくやってくれました」


 エマニュエルと会話するのも苦痛になってきたモニカは、これ幸いとばかりにリュミエラに駆け寄っていった。


「では、私もそろそろ行かなくてなりませんので失礼しますね」

「うん、モニカちゃん、また後でね」


 エマニュエルは、ニヤニヤしながら手を振った。

 モニカは社交辞令で手を振り返しながら、リュミエラと共に〈転移門〉を潜って行った。

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