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名もなき魔術師の一生  作者: きゅえる
【3章】
103/106

【106】

【6】


 モニカは、村娘シュティラが収容されている一室に来た。そのベッドの側には、村から来た薬師がついている。


「お姉様……」


 彼女は、やや青ざめた顔でベッドの中に伏していた。前回の洞窟探査で怪我をして以来、ずっと微熱が続いている。


「シュティラ、体調はいかがですか?」

「……あまり、良くはないです」

「それは困りましたね」


 国の方針により〈四大精霊〉の知識が豊富な者は多いが、代わりに〈生命の精霊〉の研究は遅れている。モニカには、手が出しようがなかった。

 体調が悪い者は、専ら〈山向こうの国〉から来た薬草の知識で治療している。モニカの知る限り、交易が推奨された理由の一つでもある。


「彼女は治りそうですか?」


 モニカは薬師のお婆さんに話しかけた。彼女はヴァスマイヤ村の健康を一手に担う人で、今回はシュティラの為に来てもらった。


「何とも、言えませんの」


 お婆さんは顔を皺くちゃにしかめた。あまり芳しくないようだ。モニカは歯がゆく感じた。


「こんな症状は初めて見ますでの。今は熱冷ましの薬草を煎じておりますが、効果の程はあまり出ておりませぬ」

「そうですか……」


 モニカはシュティラの横に座り、額に手を当ててみた。あまり熱くはないが平熱でもない。皮膚は渇き、色はややどす黒い。確かに、こんなに微熱が長引く病気は見たことがない。


「シュティラ、何か食べたいものはありますか?」

「食欲はあまり……いえ、肉……肉が食べたいです……」

「肉、ですか?」


 病に伏せっている時は、あまり脂っこいものは食べさせられない。しかし、シュティラは求めている。むむむ?

 モニカは悩んで、薬師のお婆さんに相談してみた。お婆さんは、少し驚いていた。


「肉は食べさせても良いので?」

「はい。彼女は普段、ほとんど食べておりませぬ。食べても吐いてしまいますでの。もし望むのであれば、何でも食べさせた方がよろしいかと思いまする」

「分かりました。少し台所に行って何か取って来ましょう。お婆さんはここでシュティラを見ていて頂けますか?」


 お婆さんは頷いた。

 折角、侍女になってもらったばかりの少女だ。モニカが自分の手でご飯ぐらい用意してあげたい。シュティラを元気付けるべく、軽く微笑んだ。


「シュティラ、では何か食べ物を取って来ましょう」

「はい、お姉さま……申し訳ありません……私が不甲斐ないばかりに……」

「気にすることはありませんよ。早く体を治して、私のお手伝いをして下さいね?」

「……はい」


 シュティラから涙がこぼしながら首肯した。悔し涙か。モニカは彼女の涙を拭ってあげた。


【7】


 モニカが台所に向かうと、リュミエラがいた。料理を作っていて、周囲には、調理中の野菜や肉が置いてあった。

 そこで、シュティラについて相談する。病人でも食べられる肉はどんなものがあるかを聞いてみた。

 モニカは、あまり料理に詳しくない。しかしシュティラの為に自分で調理したいと訴えた。


「ご主人様、鳥肉はどうでしょうか」

「鳥肉?」

「はい。鳥の胸肉は脂が少なく、良く煮ればサッパリした味になりますよ」


 鳥の胸肉はササミといって、元気の無い人に食べさせる肉として定番なのだそうだ。また燻製にすることによって、長時間の保存食としてそれなりによく食べられるという。

 確かにモニカは食べたことがあるような気がした。というか、食べている肉が何なのか気にしたことすらなかった。


「丁度、タンコさんから頂いた鳩肉がありますので、それを使えばよろしいかと思います」


 そう言って、羽を毟られた鳩を手渡された。

 リュミエラの指導のもとで、モニカは慣れない手つきで鳩肉を捌く。その肉を薄く切り、鍋に入れる。コトコトとよく煮た後に調味料をかける。

 小一時間かけて、ようやく鳥肉のスープが完成した。思ったよりかなり時間がかかったが、食べやすそうな病人食が出来上がった。


「ご主人様、とても美味しそうに出来上がりましたね」

「リュミエラ、ありがとう」


 そのリュミエラはというと、屋敷にいる怪我人も含めた全員分の料理をなんなく作っている。台所はちょっと真似できない壮絶な展開がされていた。


「後輩が早く良くなるように私も願っています」

「そうですね。シュティラには早く治ってもらって、仕事教えないと」


【8】


 モニカは器を持ってシュティラの部屋に戻ってきた。

 薬師のお婆さんは既に帰っていた。外を見れば日が落ちかけている。

 シュティラはというと、大人しくスヤスヤと寝息を立てていた。起こすのはどうかと迷ったが、結局彼女に声をかけた。温かいうちに食べてもらいたいと思ったから。


「お待たせしました」

「う、ううん……あ、お姉さま……」

「鳥肉のスープを作ってきました。食べられますか?」


 寝ぼけた様子のシュティラは、眼をこすりながら上半身を起き上がらせた。


「はい、食べます……」


 彼女は木のスプーンを使って、モソモソとスープを食べ始めた。しかし、思ったより美味しそうな顔ではなかった。

 モニカは食べる様子を見ながら、そばに座って話しかける。


「美味しくないですか?」

「あ、いえ……美味しいです……けど」


 末尾の言葉を濁したまま、結局喋るのを止めてしまった。


「無理して食べなくてもいいですよ?」

「いえ……食べたいのですが……どうも……」


 彼女は要領を得ない様子で、ブツブツ呟いている。モニカは何を言っているのか聞き取れず、顔を近づけた。すると、ほっぺたにヒヤリとした何かが触れた。


「ひゃっ!」


 モニカは驚いて悲鳴をあげた。頬を触れると、シュティラがほっぺたを舐めていたようだった。彼女の唾液でほっぺたがしっとりと濡れている。


「お姉さま……お姉さまのほっぺた……美味しい」

「な、な、な?」

「お姉さま、私はお姉さまの事が好きです……とても……好き」


 シュティラの顔は赤く染まり、目が少し虚ろだった。かなり、熱に浮かされているようだった。体を起こしてモニカの肩に手を回した。顔を近づけて、そしてモニカの唇を。

 ……噛んだ。


「痛っ!」


 モニカは彼女の腕を振り払ってしまった。鳥肉のスープが、音を立てて床に落ちた。スープと肉が散らばり、辺りを濡らす。


「シュティラ……一体、何を……?」


 唇に手を当てる。幸い血は出ていないようだ。


「ふふふ、モニカお姉さまの唇、美味しい……ふふふ」


 シュティラの様子がおかしい。異様な薄笑いを浮かべている。モニカは異常を察して、人を呼んだ。


「誰か!」

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