【103】
【22】
「〈精神の精霊〉よ。72柱に連なる感情の精霊よ。我は汝の慟哭を聞く者。我は汝に同調する者。我は汝の願いを聞きどける者。今ここに仮の肉体を与える。汝の怒りを発露せよ。飽食を満たせ。悲しみを発露せよ。全てを吐き出せ。我はそれを歓迎する……」
クヴィラは、浪々と詠唱し始めた。
周囲の属性場が、奇妙に歪んでいく。こんな魔法は見たことがない。モニカは寒気が走った。怨念が〈生命の精霊〉に干渉しているのだろうか。寒い、寒い。
いつの間にか、モニカは自分で自分を抱きしめていた。体を温めているのに寒気が走る。
「さあ、今こそ動き出せ。喰いつくせ。生ある者に死の接吻を」
クヴィラの詠唱が終わると同時に、眼下にある骨がカタカタと鳴り始めた。そして骨の山から次から次へと〈骸骨人間〉が組み立てられていく。
「ご主人様の身は守ります!」
真横にいたリュミエラが、魔法を唱えていた。既に〈水球〉がおよそ20個以上発生している。それでもなお、まだまだ増えていく。
「では、私は〈地の精霊〉を!」
モニカは〈地の精霊〉を召喚した。周囲の岩壁から削り取った〈岩弾〉を貯めていく。
「来たぞ!」
少し離れた所でルローが叫んだ。タンコに背中を預け、剣を構えていた。タンコは大きな斧を構えているが、顔は真っ青だ。彼にとっても試練になるのかもしれない。
「ご主人様!」
リュミエラの声に反応して周囲を見る。数え切れない程の〈骸骨人間〉が、空気の階段を登ってきている。
「リュミエラ、先頭から叩きますよ!」
「はい!」
モニカは弾丸を発射した。
先ずは手前の二体。一匹は頭。一匹は肩。
骨は粉々に砕けた。しかし、背後の〈骸骨人間〉が壊れた骨を踏み潰し、乗り越えてくる。
モニカはさらに弾丸をばらまいて、片っ端から骨を壊して行く。それでも敵の足は止まらない。
弾丸が尽きた。
「行きます!」
モニカが弾を補充している間、今度はリュミエラが〈水弾〉を発射する。〈水弾〉は攻撃力こそ〈岩弾〉に劣るが、ノックバック効果が強い。
手前の三体が弾け飛んだ。後ろの骸骨も巻き込んで、階下に叩き落ちていく。さらに〈水弾〉で追撃。なんとか敵の足を留めることに成功。
「次!」
リュミエラの〈水弾〉が尽きると、交代でモニカが発射する。その時、骸骨の群れの上から何かが飛びかかってきた。
モニカは不意を食らった。対応できない。
「お嬢様!」
リュミエラが叫んだ。それはモニカの幼い頃、まだリュミエラが直属の侍女になる前の呼び名だった。
次の瞬間、謎の物体は〈水弾〉を受けて下に落ちていった。リュミエラが撃ち落としたのだ。
モニカは、ほっとため息をつく。
「リュミエラ、今のは何でしたか?」
「多分……犬です。〈骸骨猟犬〉と思われます」
「なるほど、動物の骨もある、という話でしたね。動物の奇襲にも気をつけましょう。後、その呼び名は恥ずかしいのでご遠慮願いたいのですが」
「ご主人様、失礼しました」
とにかく数が多い。
狙いを定めるより、弾丸の再装填を優先して撃ちまくるしかない。かなり辛い戦いになりそうだ。
【23】
モニカたちは敵の物量に押されていた。
魔法弾の連射にも関わらず、じわりじわりと後退していく。ただクヴィラの作った空気の階段のおかげで、ある程度敵の来る方向を制限できているのが救いだ。
「ご主人様、後ろがもうありません」
背後を見ると、確かに床がなかった。
この床はクヴィラの魔法によるものだ。クヴィラに頼んで後退路を作ってもらわなければならない。
「彼は?」
モニカは周囲を見渡す。
しかし〈魔法の行灯〉による光が一つしか見えなかった。ルロー達の姿が見える。懸命に敵を打ち払っていた。
……クヴィラがいない。
「逃げたのでは?」
リュミエラが冷たく、非難めいた声で言った。あんなヤツを信用するなんて、と言わんばかりだった。
モニカは魔法を撃ちながら、首を横に振る。
「逃げたのなら、この空気の床は維持できていないはずです。距離が遠いほど、魔力の消費量は激増しますから。敵に狙われにくくする為に、光を遮断したのかもしれません」
「ですが、私たちの危機に見て見ぬふりをしています」
「リュミエラ、それ以上は言ってはなりません」
モニカの弾丸は全て撃ち終わった。急いで〈岩弾〉の補充する。次はリュミエラの番だ。水の弾丸が骸骨達を撃ち抜いていく。
「は、失礼しました」
「それに恐らくですが、彼は裏切りません。私を信じなさい」
モニカは一歩下がる。残された逃げ道は残り数歩。
「分かりました。私は常にご主人様と共にあります」
リュミエラの弾が尽きた。
すかさずモニカが射撃に入る。だがモニカの〈岩弾〉は、貫通力は強いが足止めしにくい。これが最後の攻撃になるだろう。
まずは手前の五体をまとめて撃ち抜く。残り20発。
小脇から強襲してきた〈骸骨猟犬〉を狙い撃ちする。一発外して、一発命中。残り18発。
骨山からよじ登ろうとしている〈骸骨人〉の手を叩き潰す。残り15発。
もう一度正面に弾を乱射。残り9発。
「もう限界です、下がれません!」
リュミエラの悲痛な叫びが聞こえてきた。
「こっちも弾切れ!」
ついにモニカの残りの弾も、全部使い果たした。諦めずにリュミエラが〈水弾〉を撃ち始めた。だが限界だ。既に手の届く位置まで敵が近づいてきている。
と、その時。
「パリン、パリン、パリン、パリン」
ガラスが連続して割れるような音がした。敵の後方から聞こえる。それから、ぐしゃぐしゃと骨が潰れる音。
「さあ、乗れ」
頭上からクヴィラの声が聞こえた。
と同時にキュポンキュポンと不思議な音を立てながら、新しい階段が背後に作られていった。モニカとリュミエラは、急いで駆け上がっていく。
モニカが振り返ると、今まで立っていた魔法の床は、跡形もなく消えていた。さっきの音は、空気の板が砕け散った音だったらしい。
危機を脱出した。モニカは安堵のため息をつき、力が抜けていく。
「ありがとうございました」
クヴィラはモニカの方を見向きもしなかった。それどころか、苛立たしげに闇の虚空を見つめている。
「何を言っている。まだ終わりではない」
「え」
と言われても、既に骨山より随分と高い位置に来ている。手の届くような高さではない。骸骨達は登ってこれないはず。
「〈生きる屍〉は、生あるものを憎む。手が届かないからといって、諦めることはしない」
モニカの背中に冷や汗が走った。
下の方から、何やら骨が組み立てられて行く音がする。
慌てて光を下の方に向けると、骨と骨が結合していくのが見えた。巨大な何かが生まれようとしている。
「これは面白い。怨念の集合体か」
クヴィラの楽しそうな声が聞こえる。
骨の塊は徐々に形を成していく。パラパラと余計な骨が底に落ちながら、ソレは起き上がった。
「恐竜、ですか!」
それは骨で組み立てられた恐竜だった。
竜種は伝説上の生物。本の中にしか存在しない、はずなのだが。
「空気の床は適当に作るから、散れ」
クヴィラがそう言うのと〈骨恐竜〉が襲いかかってくるのは同時だった。
モニカ達に目がけて、骨の尻尾が飛んでくる。なんとかかわすことが出来たが、足元の床が砕け散った。
「ひ!」
モニカは落ちていく。
が間も無く着地した。クヴィラが空気の床を作り直したのだ。直ぐに起き上がり、周りを見回すとリュミエラがいない。
いや、いた。少し離れた所で起き上がろうとしているのが見える。
「リュミエラ!」
「ご主人様!」
背後からクヴィラの声が聞こえる。
「今度は固まっていると、まとめてやられるぞ。動け」
そう言い残して、次々に新しい床を作り出しながら走り去って行った。
モニカは慌てて〈骨恐竜〉の方を見ると、タンコとルローに狙いをつけているようだ。二人は、二手に別れてうまく挑発していた。そのせいで〈骨恐竜〉の狙いが定まらず、岩壁を叩き崩すに留まっている。
「いけない!」
モニカは〈魔法の行灯〉を片付けて、〈光の精霊〉を召喚した。幾つもの〈光球〉が発生し、地底湖の概形を照らす。
と、同時に〈骨恐竜〉の姿がくっきり浮かびあがった。
巨大な尻尾、二本の鉤爪、そしてモニカのはるか頭上にある頭。その姿は巨大なトカゲのようだった。
「さあ、こっちです!」
〈光球〉は明かりの目的と同時に、狙われやすくする目的もある。同時に〈地の精霊〉にも命令し〈岩弾〉の補充をした。体の周囲に〈光球〉と〈岩弾〉をぐるぐる回らせて、攻撃の機会を探る。
〈骨恐竜〉は、予想通りモニカに狙いをつけた。体の向きを変えて尻尾を跳ねあげる。その動きで、いくつもの床が割られていった。モニカはこまめに移動して的を絞らせない。
「ほらほら、どうしたんですか!」
さっきまで乗っていた床に尻尾が直撃した。床がパリンと割れて風圧が生まれた。風にゆられて、モニカの髪が反対方向に一瞬なびいた。
〈骨恐竜〉は一瞬だけ硬直した。モニカはすかさず狙いをつける。
「〈地の精霊〉よ、アレを狙え!」
モニカは〈骨恐竜〉の頭に狙いをつけて三点発射。二発命中し、一発は外した。
効果があったらしく、〈骨恐竜〉は怒り狂ったように動きが早くなった。今度は鉤爪でモニカを袈裟斬りしようとする。モニカは追撃を諦めて、次々に空気の床に乗り移っていく。