表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
名もなき魔術師の一生  作者: きゅえる
【3章】
100/106

【103】

【22】


「〈精神の精霊〉よ。72柱に連なる感情の精霊よ。我は汝の慟哭を聞く者。我は汝に同調する者。我は汝の願いを聞きどける者。今ここに仮の肉体を与える。汝の怒りを発露せよ。飽食を満たせ。悲しみを発露せよ。全てを吐き出せ。我はそれを歓迎する……」


 クヴィラは、浪々と詠唱し始めた。

 周囲の属性場が、奇妙に歪んでいく。こんな魔法は見たことがない。モニカは寒気が走った。怨念が〈生命の精霊〉に干渉しているのだろうか。寒い、寒い。

 いつの間にか、モニカは自分で自分を抱きしめていた。体を温めているのに寒気が走る。


「さあ、今こそ動き出せ。喰いつくせ。生ある者に死の接吻を」


 クヴィラの詠唱が終わると同時に、眼下にある骨がカタカタと鳴り始めた。そして骨の山から次から次へと〈骸骨人間(スケルトン)〉が組み立てられていく。


「ご主人様の身は守ります!」


 真横にいたリュミエラが、魔法を唱えていた。既に〈水球〉がおよそ20個以上発生している。それでもなお、まだまだ増えていく。


「では、私は〈地の精霊(ノーム)〉を!」


 モニカは〈地の精霊(ノーム)〉を召喚した。周囲の岩壁から削り取った〈岩弾(ストーンバレット)〉を貯めていく。


「来たぞ!」


 少し離れた所でルローが叫んだ。タンコに背中を預け、剣を構えていた。タンコは大きな斧を構えているが、顔は真っ青だ。彼にとっても試練になるのかもしれない。


「ご主人様!」


 リュミエラの声に反応して周囲を見る。数え切れない程の〈骸骨人間〉が、空気の階段を登ってきている。


「リュミエラ、先頭から叩きますよ!」

「はい!」


 モニカは弾丸を発射した。

 先ずは手前の二体。一匹は頭。一匹は肩。

 骨は粉々に砕けた。しかし、背後の〈骸骨人間〉が壊れた骨を踏み潰し、乗り越えてくる。

 モニカはさらに弾丸をばらまいて、片っ端から骨を壊して行く。それでも敵の足は止まらない。

 弾丸が尽きた。


「行きます!」


 モニカが弾を補充している間、今度はリュミエラが〈水弾〉を発射する。〈水弾〉は攻撃力こそ〈岩弾〉に劣るが、ノックバック効果が強い。

 手前の三体が弾け飛んだ。後ろの骸骨も巻き込んで、階下に叩き落ちていく。さらに〈水弾〉で追撃。なんとか敵の足を留めることに成功。


「次!」


 リュミエラの〈水弾〉が尽きると、交代でモニカが発射する。その時、骸骨の群れの上から何かが飛びかかってきた。

 モニカは不意を食らった。対応できない。


「お嬢様!」


 リュミエラが叫んだ。それはモニカの幼い頃、まだリュミエラが直属の侍女になる前の呼び名だった。

 次の瞬間、謎の物体は〈水弾〉を受けて下に落ちていった。リュミエラが撃ち落としたのだ。

 モニカは、ほっとため息をつく。


「リュミエラ、今のは何でしたか?」

「多分……犬です。〈骸骨猟犬(スカルハウンド)〉と思われます」

「なるほど、動物の骨もある、という話でしたね。動物の奇襲にも気をつけましょう。後、その呼び名は恥ずかしいのでご遠慮願いたいのですが」

「ご主人様、失礼しました」


 とにかく数が多い。

 狙いを定めるより、弾丸の再装填を優先して撃ちまくるしかない。かなり辛い戦いになりそうだ。


【23】


 モニカたちは敵の物量に押されていた。

 魔法弾の連射にも関わらず、じわりじわりと後退していく。ただクヴィラの作った空気の階段のおかげで、ある程度敵の来る方向を制限できているのが救いだ。


「ご主人様、後ろがもうありません」


 背後を見ると、確かに床がなかった。

 この床はクヴィラの魔法によるものだ。クヴィラに頼んで後退路を作ってもらわなければならない。


「彼は?」


 モニカは周囲を見渡す。

 しかし〈魔法の行灯〉による光が一つしか見えなかった。ルロー達の姿が見える。懸命に敵を打ち払っていた。

 ……クヴィラがいない。


「逃げたのでは?」


 リュミエラが冷たく、非難めいた声で言った。あんなヤツを信用するなんて、と言わんばかりだった。

 モニカは魔法を撃ちながら、首を横に振る。


「逃げたのなら、この空気の床は維持できていないはずです。距離が遠いほど、魔力の消費量は激増しますから。敵に狙われにくくする為に、光を遮断したのかもしれません」

「ですが、私たちの危機に見て見ぬふりをしています」

「リュミエラ、それ以上は言ってはなりません」


 モニカの弾丸は全て撃ち終わった。急いで〈岩弾〉の補充する。次はリュミエラの番だ。水の弾丸が骸骨達を撃ち抜いていく。


「は、失礼しました」

「それに恐らくですが、彼は裏切りません。私を信じなさい」


 モニカは一歩下がる。残された逃げ道は残り数歩。


「分かりました。私は常にご主人様と共にあります」


 リュミエラの弾が尽きた。

 すかさずモニカが射撃に入る。だがモニカの〈岩弾〉は、貫通力は強いが足止めしにくい。これが最後の攻撃になるだろう。

 まずは手前の五体をまとめて撃ち抜く。残り20発。

 小脇から強襲してきた〈骸骨猟犬〉を狙い撃ちする。一発外して、一発命中。残り18発。

 骨山からよじ登ろうとしている〈骸骨人〉の手を叩き潰す。残り15発。

 もう一度正面に弾を乱射。残り9発。


「もう限界です、下がれません!」


 リュミエラの悲痛な叫びが聞こえてきた。


「こっちも弾切れ!」


 ついにモニカの残りの弾も、全部使い果たした。諦めずにリュミエラが〈水弾〉を撃ち始めた。だが限界だ。既に手の届く位置まで敵が近づいてきている。

 と、その時。


「パリン、パリン、パリン、パリン」


 ガラスが連続して割れるような音がした。敵の後方から聞こえる。それから、ぐしゃぐしゃと骨が潰れる音。


「さあ、乗れ」


 頭上からクヴィラの声が聞こえた。

 と同時にキュポンキュポンと不思議な音を立てながら、新しい階段が背後に作られていった。モニカとリュミエラは、急いで駆け上がっていく。

 モニカが振り返ると、今まで立っていた魔法の床は、跡形もなく消えていた。さっきの音は、空気の板が砕け散った音だったらしい。

 危機を脱出した。モニカは安堵のため息をつき、力が抜けていく。


「ありがとうございました」


 クヴィラはモニカの方を見向きもしなかった。それどころか、苛立たしげに闇の虚空を見つめている。


「何を言っている。まだ終わりではない」

「え」


 と言われても、既に骨山より随分と高い位置に来ている。手の届くような高さではない。骸骨達は登ってこれないはず。


「〈生きる屍(リビングデッド)〉は、生あるものを憎む。手が届かないからといって、諦めることはしない」


 モニカの背中に冷や汗が走った。

 下の方から、何やら骨が組み立てられて行く音がする。

 慌てて光を下の方に向けると、骨と骨が結合していくのが見えた。巨大な何かが生まれようとしている。


「これは面白い。怨念の集合体か」


 クヴィラの楽しそうな声が聞こえる。

 骨の塊は徐々に形を成していく。パラパラと余計な骨が底に落ちながら、ソレは起き上がった。


「恐竜、ですか!」


 それは骨で組み立てられた恐竜だった。

 竜種は伝説上の生物。本の中にしか存在しない、はずなのだが。


「空気の床は適当に作るから、散れ」


 クヴィラがそう言うのと〈骨恐竜(スカルダイナソル)〉が襲いかかってくるのは同時だった。

 モニカ達に目がけて、骨の尻尾が飛んでくる。なんとかかわすことが出来たが、足元の床が砕け散った。


「ひ!」


 モニカは落ちていく。

 が間も無く着地した。クヴィラが空気の床を作り直したのだ。直ぐに起き上がり、周りを見回すとリュミエラがいない。

 いや、いた。少し離れた所で起き上がろうとしているのが見える。


「リュミエラ!」

「ご主人様!」


 背後からクヴィラの声が聞こえる。


「今度は固まっていると、まとめてやられるぞ。動け」


 そう言い残して、次々に新しい床を作り出しながら走り去って行った。

 モニカは慌てて〈骨恐竜〉の方を見ると、タンコとルローに狙いをつけているようだ。二人は、二手に別れてうまく挑発していた。そのせいで〈骨恐竜〉の狙いが定まらず、岩壁を叩き崩すに留まっている。


「いけない!」


 モニカは〈魔法の行灯〉を片付けて、〈光の精霊〉を召喚した。幾つもの〈光球〉が発生し、地底湖の概形を照らす。

 と、同時に〈骨恐竜〉の姿がくっきり浮かびあがった。

 巨大な尻尾、二本の鉤爪、そしてモニカのはるか頭上にある頭。その姿は巨大なトカゲのようだった。


「さあ、こっちです!」


 〈光球〉は明かりの目的と同時に、狙われやすくする目的もある。同時に〈地の精霊〉にも命令し〈岩弾〉の補充をした。体の周囲に〈光球〉と〈岩弾〉をぐるぐる回らせて、攻撃の機会を探る。

 〈骨恐竜〉は、予想通りモニカに狙いをつけた。体の向きを変えて尻尾を跳ねあげる。その動きで、いくつもの床が割られていった。モニカはこまめに移動して的を絞らせない。


「ほらほら、どうしたんですか!」


 さっきまで乗っていた床に尻尾が直撃した。床がパリンと割れて風圧が生まれた。風にゆられて、モニカの髪が反対方向に一瞬なびいた。

 〈骨恐竜スカルダイナソル〉は一瞬だけ硬直した。モニカはすかさず狙いをつける。


「〈地の精霊〉よ、アレを狙え!」


 モニカは〈骨恐竜〉の頭に狙いをつけて三点発射。二発命中し、一発は外した。

 効果があったらしく、〈骨恐竜〉は怒り狂ったように動きが早くなった。今度は鉤爪でモニカを袈裟斬りしようとする。モニカは追撃を諦めて、次々に空気の床に乗り移っていく。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ