第97章:時を超えて《前編》
【SIDE:柊元雪】
兄貴のおかげで俺達は思わぬ旅行をできるようになった。
温泉旅行、それも和歌と唯羽も一緒にだ。
けれども、浮かれてばかりもいられない。
赤木影綱という前世についてゆかりがある土地。
彼についてを知ると言う事が、椿姫の呪いに何かしらの対処ができるかもしれない。
高速道路を走る車内。
兄貴が運転手、俺は助手席に座り、和歌たち3人は後ろで楽しく話している。
麻尋さんと和歌達は普段から仲が良い。
ふたりとっては姉みたいな存在で、麻尋さんにとっては妹達という感じらしい。
「ねぇ、ユキ君。そう言えば、ふたりのうち、どちらが本命なの?」
「げふっ!?」
そのお姉さんがとんでもない手榴弾をこちらに放り込んできた。
「あ、え?」
「和歌ちゃんも唯羽ちゃんも、2人同時交際中でしょ?世間的に、こんな風に堂々と二股交際してる子は珍しいと思うの。それはお互いに納得してるなら良いと思うし。だけど、気になるじゃない。一体、ユキ君はどちらが本命なのか?」
どちらが本命とか、そんな事を言われても困る。
「それは私も気になりますね、元雪様」
「元雪がどっちを一番に好きか、私も知りたいな」
和歌と唯羽も、俺の答えを望んでいる。
「……あ、あのですね。その、どちらが、というのは」
「はっきりしろー。男らしくないぞ、ユキ君?」
人の事だと思ってえらく煽ってくれる。
ホントに麻尋さんは……厄介な人だ。
俺は内心、呆れながらもピンチな状況に兄貴に救いを求めた。
俺の視線に気づいた兄貴は微笑しながら言うのだ。
「元雪。男には逃げちゃいけない時ってのがあるものだぞ」
兄貴にも見捨てられた!?
「「……どっち?」」
和歌も唯羽も、なぜか乗り気で俺に迫る。
ど、どうすればいいのだ、俺は!?
思わぬ大ピンチに車内の俺は心の中で大絶叫していた。
温泉地に着いた頃には、俺はすっかりとぐったりしていた。
何とかあいまいな返事で誤魔化し続けました。
うぅ、はっきりとしない自分が情けない。
「ほら、元雪。温泉地についたよー?楽しもうよ」
「……あ、あぁ」
車内と言う逃げる事の出来ない密室が怖いと思ったのは初めてだぞ。
車から降りると、そこは湯けむりの独特の香りがする温泉街だった。
「予約している温泉旅館の部屋は4時から入れるそうだ。それまではしばらく、この辺りを散策するのもいいだろう。温泉地だから色々と楽しめるはずだ。元雪、時間を決めて別れようか?」
「うん。それでいいよ。俺達は適当に遊んでおく」
「じゃぁね、ユキ君。行きましょう、誠也さん」
麻尋さんが兄貴の手を引いて歩きだす。
ホント、仲のいい夫婦だよなぁ。
兄貴達と別れると俺達も温泉地を歩いてみることにする。
「そうだ、唯羽。ここが影綱のゆかりの地だって話らしいが、場所は近いのか?」
「少し離れてる。明日でもいいんじゃない?どうせ、お城の跡しか残ってないし。それよりも、私、食べたいものがあるの」
「食べたいもの?」
唯羽が道沿いを歩いていると、あるお店で目的のものを見つけたらしい。
彼女はそれを買ってくると俺と和歌にも手渡した。
「温泉たまご♪」
「お姉様、好きなんですか?」
「卵は大好きだよ。やっぱり、本当の温泉卵が食べたいじゃない」
「確かに。美味しそうだな」
俺達は街並みを眺めながら、卵を食べる。
なるほど、ただのゆで卵とは違う気がする。
「温泉のいい匂いがするな。温泉にきたって感じがしていい」
「元雪、提案があります。混浴温泉を探して……」
「ダメです。認めません」
「むぅ、どうしてヒメちゃんが反対するの?」
間髪入れずに否定する和歌。
「当然です。お姉様、旅行と言えども節度は大事です」
「えー。ちょっとくらい、いいじゃん」
「いけません。そう言うのは絶対に許しません」
「ヒメちゃんだって元雪と一緒にお風呂に入りたいとか思わないわけ?」
唯羽に対して彼女は「うっ」と言葉に詰まる。
「ほら、ヒメちゃんだってそういう願望あるじゃん」
「そ、それとこれとは違いますっ。私は別に……そんなことは……」
「ほら、元雪も何か言ってよ」
「今の俺に話を振るな。……正直、困るだけだっての」
男の願望を刺激しないでくれ。
最近の和歌と唯羽は微妙な事で喧嘩をしてる。
俺のせいでもあるのだが、俺がどちらかの味方をすることもできず。
「あー、そ、そうだ。ソフトクリームでも食べないか?」
俺は適当に周りを見渡して、お店を指さした。
どこかの高原の牛乳で作られたソフトクリーム。
こういう場所でしか食べられないご当地ものってやつだ。
「ソフトクリーム好きだろ?好きに決まってる。よし、俺がふたりにおごってあげるから待っていてくれ。すぐに買ってくる」
俺はぽかんっとする2人にそう言って足早に店へと向かう。
そんな俺を彼女たちは顔を見合わせてやがて微笑し合っていた。
「足湯が気持ちいい~っ」
ソフトクリームを食べ終わり、唯羽が足湯につかる。
道沿いにある誰でも入れるタイプの足湯だ。
唯羽は体温が低い方なので、温泉とかが好きなようだ。
その横で俺と和歌は見てるだけだ。
「和歌は見てるだけでいいのか?」
「はい。少し、人前で素足をさらすのが抵抗もありますし」
さすが、和歌は真面目な大和撫子です。
和歌のそう言う所は可愛いと思う。
「何か、ヒメちゃんが清楚系を気取ってる」
「……へぇ、お姉様。そう言う事を言うんですか?」
はっ、またふたりが険悪モードに。
「ふたりとも仲良くしようぜ」
俺が言うなと言われるかもしれないが、せっかくの旅行で争い事はやめましょう。
予想通りに火の粉がこっちに飛んでくる。
「元雪様はお姉様を甘やかせしすぎなんですよ」
「私は元雪の恋人だから甘やかされてもいいもん」
「わ、私の方が先に恋人なんですっ。もうっ」
2人に抱きつかれて、周囲の目が気になる。
周囲から見れば羨ましがられるシチュではあるが、実際は大変です。
「……?」
その時だった。
俺は妙な違和感を抱いた。
『……様と離れたくない……だから……』
寂しそうな女の子の声。
『忘れないで……の事を、忘れないで』
誰かの声が脳内に響く。
ハッとした俺は「なんだ、今のは……」と驚いた。
誰かが俺を呼んでいた?
唯羽がこちらの変化に気付いて声をかける。
「どうしたの、元雪?」
「分からない。だけど、誰かに呼ばれた気がして」
「はい?……私たちの声じゃないんですか?」
和歌の言う通りなのかもしれない。
けれども、違う気がするんだ。
幻聴……あの声は、誰なんだ……?
「呼ばれた……?ヒメちゃん、喧嘩ストップ。それどころじゃないかも」
「どうしたんです?」
「元雪。今、その声は聞こえる?」
「いや、何も聞こえない。はっきりとは聞こえなかったし」
これだけ人々で賑わう場所だ。
誰かの声を聞いただけなのかもしれない。
そう思いこもうとする俺と違い、唯羽は顔色を変えていた。
「……私も来た時から薄々感じていたの。元雪まで異変に気付いた。ここはやっぱり、私達に影響のある場所だよ」
唯羽が温泉街を見渡しながら呟いた。
その顔には先程までの笑顔は消えていた。
「元雪様とお姉様は何を感じたんですか?」
「……前世の影響。ここは私達にとって因縁の地ってことだよ」
前世と現世、時を超えて繋がるモノ。
「とりあえず、今は温泉地を楽しもうか」
「いいのか?放っておいても」
「今はせっかくの旅行を楽しまなきゃ。次は温泉まんじゅうが食べたい」
唯羽が感じたのは、俺と似たようなものかもしれない。
前世との因縁の地、何かが起きそうな予感がしていた。




