第96章:綻びの探求
【SIDE:柊元雪】
その日の俺は実家からの緊急招集で、2日ぶりに実家に戻っていた。
「か、母さん、痛いんですが……ホウキでつつかないでっ!?」
そして、帰るやいなや、母さんからのお仕置きを受ける。
部屋の隅に追いやられてホウキでつつかれる。
「ただいま、お部屋の掃除中なだけ。二股男って最低よね?私は大嫌いよ。よく燃えるかしら?」
「も、燃えるごみ扱い!?で、でも、俺は……和歌も唯羽も好きだから!」
「その優柔不断な対応に私は母として残念だわ。悪は許しちゃいけないと思うの。ねぇ、元雪?」
「ぐ、ぐはっ。チクチク痛い!?地味に痛いよ、やめてくれ。だ、誰か助けて……」
家に帰るたびに二股について責められるのだ。
自業自得はいえ、母さんに怒られるのは勘弁してほしい。
「母さん、元雪をいじめるのはその程度にしてあげなよ」
「元雪をかばうの?誠也も浮気とかしたらこうなるのよ?」
「僕がそれをしたら麻尋にやられるから。するつもりも一切ないから安心して」
苦笑いをしながら言う兄貴の後ろで、麻尋さんが不敵な笑みを見せる。
「だよねぇ。誠也さんを信じてるわ。浮気なんて私は簡単には許してあげないよ、ふふふっ」
もしも浮気なんてしたら、ただじゃすまなさそうだぞ、兄貴。
それを察したらしく、兄貴は笑顔をひきつらせていた。
俺は兄貴に救いを求めるように話題をそらす。
「そうだ。兄貴、今日は俺を呼んだ理由って何?」
母さんの攻撃から逃れると、俺を呼んだ兄貴に尋ねる。
今日の目的は緊急招集、という名目で兄貴に呼ばれたからだ。
母さんに怒られるためでは決してない。
「そんな部屋の隅に座ってないで、ソファーに座ればいい。母さん、元雪を離してあげて」
「ふんっ。誠也は優しいわねぇ。元雪、この件についてはまた話をしましょう」
「俺は話をしたくないです」
俺はようやく母さんから解放されてソファーに座る。
最近、母さんの俺の扱いが親父並になってる事が悲しい。
母さんは「まだお仕置きが足りないのに」と不満そうにリビングから去っていく。
ふぅ、命拾いをしたぜ……実家に戻るのが命懸けになってきた。
「話って言うのは旅行の話なんだ。急だけど、明後日に旅行をしないか?」
「……え、旅行?夏休み期間でいきなり旅行なんて宿とか取れるのか?」
「普通ならね。僕の高校の友人が温泉宿を経営しているんだ。急きょ、団体客がキャンセルになってね。多くが空き部屋になってしまって困っているから、友人達に来ないかって誘いをかけてきたんだよ」
「へぇ、兄貴の友人ってそんな人もいるんだ」
なるほど、団体客のキャンセルであいてしまった部屋がもったいないのか。
いいなぁ、温泉旅行っていうのも久し振りだし。
「それで家族旅行ってことか?」
「いや、父さんと母さんは明日から別の温泉旅行に行く予定があるらしい。僕と麻尋のふたりだけでもいいだけど、宿の都合もつくし、元雪たちも一緒にどうかなってさ」
「俺達?」
「そうだよ、ユキ君。いい機会だし、唯羽ちゃんと和歌ちゃんも誘って行かない?皆で旅行しよう。絶対に楽しいよ」
麻尋さんが唯羽と和歌も旅行に誘う提案をしてきた。
思わぬ旅行の提案に俺の心は躍る。
「俺は良いけど、兄貴もそれでいいのか?2人っきりの旅行のチャンスだろ?」
「あぁ、僕達はいいよ。麻尋が2人を気にいってるのもあるし、旅行は楽しい方がいいだろう?部屋の方も、元々、二部屋くらい十分に取れるから心配ない。値段も格安にしてもらっているからね」
「ねぇ、ふたりを誘ってみて」
俺は頷いて答える。
これはチャンスだ、皆で旅行なんて楽しいに決まってる。
「それに元雪には行ってみる価値がある場所だとも思うよ」
「どういうこと?」
「その温泉地って言うのは、赤木影綱のゆかりの地なんだよ」
兄貴の言葉に俺は思わず、ソファーから落ちそうになる。
「影綱のゆかりの地?」
「彼の事が気になるなら、一度くらい行ってみるのもいいんじゃないか?」
……赤木影綱、俺の前世。
俺自身は彼の事をほとんど知らずにいる。
過去を探る、何かしらの手掛かりになるかもしれない。
「麻尋さん達と旅行ですか?」
椎名家に戻ると、俺は和歌に旅行に誘われた事を話した。
夕飯を料理中の和歌はジャガイモの皮をむきながら答える。
今日の夕飯はカレーライス、和歌特製の和風カレーは美味しい。
ちなみに唯羽はお昼寝中、夏休みの間は不規則な生活は変わらないようだ。
「急な話だけど、明後日にどうかな?予定とかある?」
「特に予定はないですね。私は大丈夫ですよ」
和歌がにこやかな笑みを浮かべる。
その可愛いらしい笑顔に癒されます。
「誠也さん達の厚意に感謝ですね。元雪様と旅行なんて初めてで楽しみです。場所はどこですか?」
「場所は温泉地、兄貴の友人が経営してる温泉宿があるんだってさ」
「温泉は久し振りです。あまり家族で旅行っていうのもありませんから」
和歌の家は神社だから、そんなにまとまった休みも取りずらいだろう。
「お姉様の予定は聞きました?」
「まだだよ。多分、大丈夫だろ。いつも暇そうにゲームしてるし」
「――ひどいなぁ、私だって予定くらいあるよ?」
真後ろからの声に振り向くと眠そうな目をこする唯羽がそこにいた。
寝起きの彼女は冷蔵庫からお気に入りの炭酸飲料を取り出す。
「ふわぁ、おはよう」
「あぁ。昼寝って自堕落生活してるなぁ」
「元雪が遊んでくれないから、寝てただけ。今、私の話をしてなかった?」
ペットボトルを開けて飲む彼女に俺は尋ねる。
「明後日、兄貴達と一緒だけど、温泉旅行に行かないか?」
「温泉?……ま、まさか、混浴?」
「そこまでは知らんが、多分、違うと思う。混浴はまずいでしょ」
「なんだぁ、混浴じゃないの?せっかく、元雪と一緒に温泉に入れるかもって期待してたのに。違うのかぁ。うむむ」
顔を赤らめた表情から一転、残念そうに唇を尖らせる。
「お姉様、混浴がしたいとか、はしたいないです」
「えーっ。だって、好きな人と一緒にお風呂に入りたいっての普通でしょ。この家だと、誰も許してくれないんだもん」
「当然です。私が許しませんっ」
カレーのいい匂い、料理中の和歌が唯羽に叱りつける。
何度か唯羽にお風呂場にアタックされそうになったが、和歌が阻止してくれている。
「あ、あの、包丁を持って怒るのはやめて。しかも、俺に向いてる」
「すみませんっ!?」
「あははっ、ヒメちゃん、元雪に怒られてる」
「……くっ。お姉様のせいなのに」
笑う唯羽に和歌は悔しそうにする。
……このふたりの仲が微妙なのは相変わらずのようです。
「それで、唯羽は旅行に行くのか?」
「行くよ。もちろん、行くに決まってる。温泉旅行、いいねぇ」
「元雪様との夏の思い出になるといいですね」
和歌も唯羽もOKの返事をくれてよかった。
俺も彼女達との旅行はとても楽しみなのだ。
それと、もうひとつだけ俺にとっては気になる事もある。
影綱のゆかりの地に行く事で、何か影響があるかもしれないことが――。