第95章:繋がる運命
【SIDE:柊元雪】
俺と唯羽の過去。
あの忌々しい記憶、10年前の事件。
唯羽達の話を聞いて俺も記憶を取り戻していた。
社の跡地を眺めながら俺は過去を思い出す。
あの日、確かに俺はここにいて、椿姫に襲われた。
彼女の憎悪に恐怖を抱いた事は事実だ。
そして、間接的に関わっていた佐山さんは唯羽に改めて謝罪をする。
「私は唯羽ちゃんにひどいことをしてしまった。呪術など使うべきではなかったのに」
「自分で決めたことだって言いましたよ、お兄ちゃん」
「……あの頃の私は自分の力を過信していたんだ。魂の色も見えたし、私は特別な力があるのだと思いこんでいた。呪いは呪いでしかない。その使い方を間違えれば、どんなことになるのか、分かっていなかった」
実際、唯羽はこの10年間をほとんどの感情を封じ込めて生きてきた。
俺と再会してからは多少なりとも感情らしさは見せていたけども。
今の明るい性格の唯羽が本来の唯羽だと言うのなら、呪術と言うのは強力なものだろう。
不思議な事はこの世界にはたくさんある。
「お兄ちゃん……」
「キミが謝罪を望んでいるわけではないのは分かるが、謝らせてくれ」
「うん。それじゃ、私はお兄ちゃんを許します。それでいいですよね?」
「あぁ……すまなかった」
唯羽が許すと言った、その言葉に彼は救われた気がする。
佐山さんなりに悩み続けてきたことでもあったんだろうな。
強すぎる力、か。
呪術、つまり人を呪うと言う行為は不可思議な力だと言う事だ。
「……あの、佐山さん。椿姫の呪いと言うのは、どういうものだと思いますか?」
呪いに詳しい彼ならば、何かヒントが得られるかもしれない。
俺の問いに佐山さんは考えるそぶりを見せて、
「そうだな。彼女の呪いは、唯羽ちゃんの感情部分に影響が大きい事は確かだ。椿姫の呪いはまだ解けていない。今も唯羽ちゃんの負の感情が強まれば、彼女は再び蘇るかもしれない」
「何か対策とかはありますか?」
「対策、というよりも呪いをかけた媒体を探す事が必要かもしれないな」
「媒体?」
彼の話によると椿姫がかけた呪いにはある“媒体”が必要なのだと言う。
「そうだな、分かりやすい例えだと五寸釘を打ち付けた人形、ってのがあるだろう」
「イメージ的にも想像しやすいですね」
「そう。実際には呪いと言うのは何かしら呪いをかけた“媒体”となるモノが必要なんだ。特に人に危害を与えるタイプの呪いならばその媒体が重要になる。前世、つまりは時代を超えてまで続く呪いとなると、それは媒体無しにはありえにくいんだ」
人形ってのは確かに分かりやすい。
呪われた人形とかホラーの定番だし。
人形を何とかすれば解決するってのは単純な話でもある。
「……その媒体が何か、探せばいいんですか?」
「そう言うことだな。とはいえ、古い話だ。探し出すのも難しいだろう。だけども、人形にしろ、何かにしろ、媒体は必ずまだこの時代にも残されている。それを破壊するか、お祓いをするかすれば椿姫の呪いは解けるはずだ」
呪いの根源、媒体。
つまりは呪いの道具ってことか。
しかも、今の時代まで残っている“特別な物”と言う可能性がある。
「媒体ってのは人形だけじゃないんですよね?」
「あぁ。使われやすいのは人形や髪の毛だけど、そうじゃない場合もある。今の時代なら、呪われた●●とつくモノをがその例だな。呪いのビデオやら写真って言うのをテレビとかでも聞くだろう。人が呪いを込めたモノは何でも、媒体となりうるんだ」
俺達がすべきなのは媒体探しと言う事らしい。
椿姫の呪いの媒体、何だろうな?
結局、彼の方でも調べてくれることになり、佐山さんは兄貴と合流するために立ち去った。
専門の彼の協力を得られるのは心強い。
佐山さんがいなくなり、俺と唯羽のふたりだけとなった。
「あのな、唯羽。俺、思い出したよ。昔の事、少しずつだけど、確かに俺達は友達で、俺は唯羽に守ってもらった」
「元雪……」
「ありがとう。あの時の唯羽がいなければ、きっと俺は死んでた。それを思うと感謝の言葉だけじゃ足りない」
「……私のせいでもあるからね」
唯羽は複雑そうな表情を浮かべて言う。
「全ての始まりは私がヒメちゃんに嫉妬した事が原因なの。私は元雪と結ばれないって思ったら悔しくて、悲しくて、寂しくて……だから、思ってしまった。こんな運命なんて壊れてしまえって。それが椿姫の呪いを呼び起こしてしまったんだ」
「悪いのはお前じゃない。唯羽が悪いわけじゃないから」
幼い子供に感情を制御しろと言うのは難しい。
責めるべきは彼女ではない、多分だけど椿姫でもない。
本当に俺達が責めるべきは中途半端な気持ちを抱いた影綱だ。
彼がどんな気持ちで椿姫を捨て、紫姫を思ったかは知らないけども。
いつの時代も悪いのは男って言われてしまうのは仕方のない事かもしれないな。
木漏れ日のさす森の中で、俺は唯羽の身体を抱きしめる。
「唯羽も和歌も好きなんだよ。どちらも大切で、どちらかを選ぶなんて俺にはできない」
「嬉しいな、元雪。そんな風に好きって言ってくれるのすごく嬉しい」
頬を赤らめながら嬉しそうに笑う彼女。
そう言えば、改めて好きだと言うのは初めてだったかもしれない。
俺には和歌という恋人がいる。
彼女を裏切りたくないけども、自分の気持ちにも嘘をつけない。
「私ね、この10年が辛かったなんて思ってないよ。だって、思い続けた事は無意味じゃなかった。元雪が私を好きだって思ってくれてる。想いが報われたんだもん」
唯羽は俺に甘えるように寄り添いながら、
「もちろん、ヒメちゃんの幸せを壊したくもない。だけど、元雪には愛されたい。矛盾してるかもしれないけど、これが私の本音。元雪もヒメちゃんも、どちらも大切だから、どちらも手に入れたいと思ってしまう。我が侭なんだよ、私」
そんな彼女を俺は抱きしめてやる事くらいしかできない。
「心配しないで、元雪。きっと呪いは解ける。私たちはもう何もできなかった子供じゃない」
「そうだな。俺もそう思う。唯羽がくれたこの10年、無駄じゃなかったんだ」
彼女の与えてくれた10年と言う月日、俺たちはあの頃よりは大人になった。
今ならば椿姫に対抗できるかもしれない。
もちろん、不可思議な悪霊相手に俺がどうこうできるとも思えないのだが。
今、探さなければいけないのは呪いの媒体。
それを見つけ出すことができれば、対抗策も考えられるかもしれない。
「呪いの媒体。佐山さんの話だと何か特別な物があるかもしれないってことだが。唯羽には何か心当たりがあるのか?」
「ううん。そんな話も聞いた事がないよ。そもそも、椎名神社は紫姫の縁の土地。椿姫が亡くなった場所ではあるけども」
特別な縁のない椿姫が残した“何か”が残っている可能性は低い。
そうなると考えられるのは……。
「あらかじめ、ここにあった“何か”が呪いの媒体ってことか?」
「紫姫か影綱に関する何かかなぁ。その辺は私も調べてみるけど、お兄ちゃんの方が詳しく調べてくれるかもしれないよ」
佐山さんの本職は考古学の大学の研究員、そこに頼るか。
「今度こそ、私が元雪を守るよ。もう貴方を失いたくない、椿姫との決着は私がつける」
そう言った唯羽の瞳には覚悟のようなものが見えた。
決着か、俺もつけなくちゃいけないのかもな。
俺自身の“前世”、影綱と――。