第89章:真実を知る者
【SIDE:柊元雪】
俺の記憶にない10年前の神社の火災事件。
椿姫の呪い、その真実に近付く事ができるかもしれない。
兄貴の高校時代の先輩、佐山さんは昔の唯羽を知っているらしい。
「唯羽ちゃんは今どこに?」
「椎名神社です。今、一緒に暮らしていますから」
「なるほど、あの子は椎名神社の子だったのか」
正確に言えば、唯羽は従姉妹なのだが。
一緒に暮らしている事には違いない。
「彼女は元気かい?」
「とても元気ですよ。こちらが振り回されるくらいに」
「そうか。それはよかった」
口元を緩め、どこかホッとした様子をみせる。
間違いない、彼は何かを知ってるはずだ。
佐山さんがあの事件に関わるのだとしたら、彼から聞きたい事がある。
幼い俺達よりも事件を覚えているはずだ。
「佐山さんは10年前に唯羽と会ったんですよね?」
「あぁ。幼い彼女はある呪いの類に苦しんでいた。私の趣味が呪術というオカルトチックなものだったから相談にのってあげたことがあるんだ。だが、私は今でも悔やんでいる。私のせいできっと彼女は多くのものを失う事になった」
「……佐山さん?」
彼はこちらを向くと、俺に頼みこむように言う。
「元雪君。唯羽ちゃんに会わせてはもらえないか?彼女に私は謝罪をしなくてはいけない。あの子は私を恨んでいるかもしれないが、会えるものならば会っておきたい」
「唯羽からは別に誰かを恨んでいるっていう話は聞いた事がありませんよ。とりあえず、彼女に連絡を取ってみます」
佐山さんにとってずっと気になる事だったのだろう。
それほど気負う何かがあるのか?
詳しい話を聞かせてもらうにしても、唯羽と会ってからの方がいいみたいだ。
俺は廊下に出ると携帯電話で唯羽に電話をかけてみる。
すぐに彼女は明るい声で返事をした。
『元雪~っ。どうしたの?家に帰っても私に会いたくて、つい電話してきちゃった?そうだとしたら嬉しいな』
「あー、悪い。そんなことじゃなくて」
『なんだ、違うの。元雪は冷たい、恋人に優しくない。好きな子に意地悪される私、すごくかわいそうだと思うの』
拗ね始めたぞ、おい。
今の唯羽の扱いは未だになれず。
まぁ、俺の事を好きだって言ってくれるのは嬉しいものだけどな。
「えっと……その、真面目な話がある。聞いてくれ」
『ついに私との結婚を選んでくれたの?』
「違います。あのなぁ、唯羽。ちゃんと話を聞いてくれ」
『……だって、嫌な予感がするんだもん』
唯羽は不安げな声に変わる。
彼女の勘の鋭さも考えものだな。
「単刀直入に言うぞ。佐山さんって男の人を知ってるか?」
『佐山……お兄ちゃんのこと?』
「お兄ちゃん?唯羽はそう呼んでいるのか?」
『うん。お兄ちゃん。小さな頃に何度か会った事があるから覚えてる』
やはり、唯羽も覚えていたのか。
これは本当に10年前の事と関わりがあるに違いない。
「その佐山さんが今、俺の家に来ている。うちの兄貴の高校時代の先輩らしくて、帰省したついでに遊びに来たらしい。佐山さんが唯羽を知っているのなら、会わせて欲しいって言ってる。どうすればいい?」
俺の言葉に唯羽は「お兄ちゃんが……」とわずかな動揺をしめす。
彼女とどういう関わりがあり、どんな事があったのかは知らない。
けれども、唯羽が嫌がるのなら会わせるわけにもいかない。
「彼に何かされたとか?」
『は?何で?』
「いや、佐山さんがお前に謝りたいって言ってるから」
『謝るなんて……そんな必要ないよ、お兄ちゃんは悪くない。私が自分で決めて、自分の意思でしたことだもん。それを誰かのせいになんてしない。そっか、あの事を気にさせてきちゃってたんだ』
真っすぐな性格の唯羽らしい言葉。
やがて、彼女は覚悟を決めたように、
『元雪。お兄ちゃんを連れて、神社まで来られる?』
「あぁ、聞いてみよう」
『お願いね。お兄ちゃんに会いたい。お礼も言わなきゃいけないくらいだよ』
あの日、何が起きたのか。
唯羽も多少なりの記憶が戻っているらしい。
俺はリビングに戻ると、佐山さんに唯羽の提案を話してみた。
「椎名神社に?いいよ、今からでもいこう。悪いな、誠也」
「いえ、こちらの事は気にせずに。弟たちに付き合ってやってください。先輩、今日の夜にでも一緒に飲みに行きましょう。高校時代の同好会の仲間にも声をかけておきますよ。あとで連絡をしますね」
「あぁ、懐かしい話はそこでしよう」
兄貴に会いに来たのが目的だったので俺も邪魔をしてしまった気がする。
「兄貴、ごめんな。なんか邪魔しちゃってさ」
「いいよ。元雪たちには知りたい事があるんだろう?解決するといいな」
兄貴は本当に良い人だよな。
唯羽に会いに行くために俺と佐山さんは椎名神社へと向かう。
彼の車に乗せてもらい、椎名神社につくと約束していた境内の奥に向かう。
ご神木のさらに奥、俺にとって鬼門とも言える場所。
あの10年前の火災で焼失した神社の跡地に唯羽がいたんだ。
「お久しぶりです、お兄ちゃん」
「唯羽ちゃんか。本当に久しいな。キミとこうして出会う事になるとは……」
「はい。10年ぶりです」
唯羽が敬語口調なんてレアな光景だな。
そこに驚く俺だったりする。
「まさか元雪がお兄ちゃんを連れてくるなんて思いもしてなかったよ」
「これも人と人の繋がり、縁ってやつなのかな」
「そうだね。不思議な縁があるのかも」
彼女は柔らかな微笑を浮かべる。
その微笑みを見て、佐山さんは言葉を選ぶようにして言う。
「唯羽ちゃん。キミは“笑える”ようになったのか?」
「……はい。封印は解いてしまいました」
「そうだったのか。私はまだ感情を封じ込めたままなのだと思い込んでいたよ」
昔の唯羽の状態まで知ってるのか?
彼は唯羽に対して頭を下げた。
「すまないことをした、唯羽ちゃん。私はキミに謝りたくてここにきた。私のせいで、とんでもない真似をさせてしまった」
「謝らないでください、お兄ちゃん。私は感謝しても、貴方を恨んでなんていません。だって、貴方がいなければきっと元雪は私のせいで取り返しのつかない事になっていたに違いありません」
「……呪いはまだ継続してるのかい?」
「はい。今も呪いは解けてはいないみたいです。ただ、ある程度は制御できてるみたいですけど。これは私と元雪がふたりで乗り越えていくって決めたことです。彼はその道を選んでくれました」
唯羽と佐山さんの会話についていけない。
俺も混ぜて欲しいのだが、今は黙っておくとしよう。
「2人で乗り越えていく、か。それが封印と解いた事に繋がるんだな。ははっ、元雪君とは交際をしているのかな?」
「してますよ。私たちは恋人同士です」
まずっ、二股疑惑になってしまう。
だが、和歌という存在を話していなかった事もあり、佐山さんは唯羽が俺の正式な相手だと勘違いしたようだ。
「そうだったのか、唯羽ちゃんが元雪君と結婚を前提に交際してる相手だったのか」
違うんだけど、否定できるわけもなく。
唯羽は唯羽で分かっていながら、さりげなく肯定する。
「してますよ。私と元雪は運命の相手です。将来を約束した、婚約者です」
にっこりと笑顔で言われたら俺は否定できません。
和歌、毎度のことながらホントにごめんなさい。
「あれだけの事を乗り越えて、恋人同士になれたのか。素晴らしいな。うん、よかった。本当によかった。私は気になっていたんだ。好きな男の子を守ろうと、自分に犠牲したキミのことを。キミが報われていなければあまりにも可哀想だ」
「……それも、自分で決めた事です。後悔なんてしません。だから、お兄ちゃんが気にする事なんて何もありません。私は自分の選択を悔やんでいない、悪いのは全て、私の前々世の椿姫なんです。彼女の怨念、呪いが悪い、それだけです」
夏のそよ風に森の木々が葉をすれ違わせてざわめく。
暑さをまるで感じない、冷たささえ感じるこの場所は俺はあまり好まない。
椿姫の呪い、10年前の真実。
「なぁ、唯羽。お前は10年前の事を思い出せたのか?」
「ある程度はね。この性格が戻る前に、記憶を取り戻してる」
「……聞かせてくれるか?俺は当事者なのに何も知らない」
佐山さんも「私も知る限りの事を話そう」と俺に説明してくれる。
あの日、何が起きたのか。
俺が記憶を失っている理由。
唯羽が全ての感情を封じ込めてしまった理由。
椿姫の呪いとは何なのか。
佐山さんはどう唯羽に関わっていたのか。
謎のすべて。
今から10年前に起きた事件の真相が明かされる――。