第88章:秘密の扉
【SIDE:柊元雪】
夏休みの間は和歌の家でお世話になってる俺もたまには実家に戻る。
だが、その日、俺に待ち受けていたのは……。
「元雪。私は悲しいわ。まさか、自分の息子が二股をするなんて」
「――い、痛い、マジで痛い。暴力反対だ、母さん。ぎ、ギブです、ギブアップ~っ!?」
俺の頬を本気で引っ張る母さん。
その瞳は怒りの炎に燃えている、マジで怖ぇー!?
俺はソファーの上でもがきながら親父に救いを求めた。
「お、親父、助けてくれ。いひゃい、苦しい……」
「ふむ。君子危うきに近よらずというように、ワシも怒った母さんに近寄らず。素直に怒られておけい。そもそも、原因はお前にあるのだろう。自業自得で諦めい。一途なタイプだと思っていたが、二兎を追うとは意外と男だったようだな。二兎を追い、両方とらえているのだからすごいものよ。褒めてはおらぬがな」
親父は俺を見捨てて、コーヒーを飲みながらテレビを眺める。
「くっ。親父に救いを求めたのが悪かったか」
「さすがのワシとて、二股を堂々とする息子を擁護してやれぬ。まぁ、青春を楽しむ程度ならば問題はあるまいて。椎名からも和歌ちゃんと唯羽ちゃんとの関係はそれなりに良好だと聞いておるしな」
「甘いわよ、貴方。二股なんてする子に育てた覚えはないわ」
親に叱られる事の発端は和歌のおじさん経由に親に和歌達との関係がバレた。
親父は「やりおるの。羨ましい」と言われる程度だが、真面目な母さんには当然怒られるわけで。
「そもそも、和歌ちゃんも唯羽ちゃんも元雪を好いておるのだろう。そんな関係ならば、元雪の心が揺れ動いても仕方あるまい。こやつも恋に関しては未熟だからの。若さがそうさせるものだ」
「貴方は元雪を擁護するの?こんなの許していいわけ?貴方も浮気を考えていたり?」
「はっ、火の粉がこっちに!?おっと、ワシはファンティーヌの散歩にでも行ってくるか」
親父は母さんに睨まれると逃げるように飼い犬の散歩へと出かけてしまう。
うぅ、逃げられてしまった、一人にしないでほしい。
俺は床に正座させられて母さんに説教が続けられる。
うぅ、こんなのはいつもの親父の立場なのに。
「元雪には失望してるわ。和歌さんはとてもいい子よね。うちに来てくれた時に元雪が言った自分の言葉を覚えてる?」
覚えてる、自分で言った言葉くらいは……。
『俺は和歌が本気で好きだ。和歌の夢を叶えたい。一緒に生きていきたいって、俺がこの子を守りたいって思うんだ』
今も同じ気持ちだ、和歌が好きな気持ちに代わりはない。
ただ、もうひとり、同じくらいに好きな子ができてしまっただけで。
「元雪、もう家に戻ってきなさい。今の状況はいけないわ」
「それは、あの、えっと……」
「唯羽さんって子がどんな子か知らないけども、貴方が二股をしてることで、和歌さんを悲しませてる現実は分かるわよね?私は好きな女の子を泣かせるような真似をするような子供を育てた覚えはないのよ、元雪」
「ごめん。でもさ、本当に自分でもどうしようもないくらいに好きなんだ。俺は和歌も唯羽も好きだから……」
偽らざる本音。
俺はどちらも好きで、どちらかを切り捨てることができない。
「……本気の二股とか、性質が悪いわよ。ホントに」
呆れた顔をする母さん、それだけ俺の事も心配してくれれるわけで。
「自分の行動には責任を持ちなさい。しっかりと考えて話し合って解決しなさい。女の敵は許さないわよ?」
やがて、叱られるだけ叱られて俺は解放された。
好きって気持ちがこんなにも大変だとは思いもしていなかったな。
ひとり、誰もいないリビングのソファーに寝転がる。
しばらくすると、兄貴がリビングの扉をあけてやってきた。
「母さんの説教は終わったかい、元雪」
「あっ、兄貴。説教はようやく終わりました。まぁ、いろいろと心配かけて申し訳ない気持ちだ」
「母さんにバレたのは大変だったな。今回の件、麻尋から聞いてるよ。どうやら唯羽さんに自分の気持ちに素直になるように言ったのは麻尋らしい。彼女なりのアドバイスがこの結果なのはアレだけどね」
「そうなんだ?まぁ、俺の関係は少しずついい方向に行けるように頑張るよ」
麻尋さんは和歌や唯羽とは仲が良いらしい。
この間も、3人で出かけたって話を和歌から聞いてる。
まさか、唯羽に助言してたとは……。
兄貴はリビングを片付け始めるので俺は尋ねる。
「ん、誰かくるのか?」
「今日、僕の昔の先輩が家にやってくるんだ」
「へぇ、どんな人なんだ?」
「郷土史研究会って部活をしていた時にお世話になった先輩さ。今は大学の教員で考古学を専門に研究している」
郷土史研究会、か。
確か恋月桜花について調べた事があるって言っていたな。
「兄貴。俺もその人に会っても良い?恋月桜花について聞いてみたいんだ」
「そうか。元雪にとっては椎名神社は無関係ではないからな。いいよ、紹介しよう」
俺の知る恋月桜花は主に唯羽からの情報しかない。
それを他の人から聞くのも、良い経験だと思う。
やがて、家にやってきたのは落ち着いた雰囲気を持つ男の人だった。
「先輩、久しぶりですね。3年ぶりくらいですか」
「あぁ、誠也。久しぶり。子供ができたそうだな、おめでとう。そちらは弟君かな?」
「はじめまして、弟の元雪です」
「どうも、元雪君。以前に誠也から歳の離れた弟がいると聞いていたがキミか。私は佐山勇樹(さやま ゆうき)。大学で考古学を研究しているんだ。昔から考古学が好きで、その結果が今に至る。趣味は呪術を少々ってね」
趣味が呪術を少々って……面白い人だな。
昔から郷土史研究などが趣味だったらしいが、今はそれを仕事にしてるんだからすごい。
「先輩。実は元雪はあの恋月桜花の椎名神社の跡継ぎになるかもしれないんですよ。そこの娘さんと結婚を前提に交際しているんです」
「ほぅ、いいねぇ。若いながらも、結婚を考えての交際か。私も妻がいるが、結婚する時は色々と考えて悩んだものだ。その年で結婚までちゃんと考えているんだな。ずいぶんとしっかりしている」
現状の俺はあまり褒められている立場ではないけどね。
「椎名神社か。先日、行ってきたよ。懐かしくも何も変わらない場所だった」
「あの、佐山さん。恋月桜花について聞かせてもらえませんか?」
「いいよ。そうだ、誠也。昔のノートとかないか?」
「あぁ、あれですね。持ってきます」
兄貴が持ってきたのは古いノートだ。
当時の郷土史研究会の頃に使っていたノートだろう。
「恋月桜花。この伝承には史実とは偽りが少しだけある。それは知っているかい?」
「偽り……。影綱には既に妻がいたことですか?」
「ほぅ、知っていたのか。そう。赤木影綱という武将には既に妻がいた。妻の名は椿姫。病弱ながらも、影綱との夫婦仲はかったそうだ。ただ、病弱ゆえに2人の間には子もできなかった」
佐山さんはノートを開くと、ある所を指さす。
それは当時の影綱の人間関係を記していた。
「恋月桜花には椿姫に関する記述は一切出てこない。まぁ、単純に椿姫の存在を紫姫は知らなかったんだろうね」
そこまでは俺も唯羽から聞いた事がある。
「恋月桜花、その登場人物はそれぞれが悲しい末路をたどる。赤木影綱は戦死、紫姫は病死。そして、椿姫は赤木高久に斬られて亡くなった。悲恋、という言葉で片付けるにはあまりにも可哀想なものだ」
「えっと、赤木高久って影綱の弟ですよね?」
「元は狩野高久と名乗っていた武将だ。影綱の腹違いの兄弟で、影綱の死後は赤木の姓を名乗り、優秀な武将として活躍をしたそうだよ。そういえば、高久という名を聞くと何か不思議な気持ちになるだろう、誠也?」
なぜか兄貴に向けて言葉を放つ佐山さん。
兄貴は苦笑いをしながら「まぁ、多少はですけどね」と短く答えた。
「どういうことですか?」
「ふっ。私はね、昔は人の魂の色が見えたんだ。今はもう見えないけども、人の前世や繋がりが見えていた時期があった。昔、私が見えた前世。誠也は赤木高久という武将が前世だったのさ。だからこそ、研究会に誘ったんだけども」
「自分の前世が多少なりとも関わっているからこそ、郷土史に興味を持てた。先輩の誘いを受けたのはいいきっかけでしたよ。実際に郷土史研究会は楽しかったですから。いい経験にもなりました」
魂の色が見える、佐山さんにも唯羽と同じ能力があったんだ。
そして、兄貴も、恋月桜花に関係する人物だっていうのか?
「……兄貴の前世が赤木高久?」
「ははっ。不思議な話だ、信じなくてもいいよ。前世を信じるかどうか、それはまた微妙な話だからね」
「いえ、信じています。ある人いわく、俺の前世が赤木影綱らしいので」
「影綱だって?それは、驚いたな。なるほど、影綱が……んー、残念だ。今の私には何の力もないからそれを自分の目で確認できない。だが、それが本当ならば、とても興味深い。兄弟そろって前世と同じか。縁だな」
佐山さんの言う通り、これは縁だ。
俺と和歌、唯羽に続いて兄貴まで繋がっていたなんて。
「あれ?ということは、唯羽と兄貴って?」
「前世では因縁の仲だね。最初に会った時に彼女も衝撃を受けていたよ。その時に彼女から元雪の前世については聞いていたよ」
前に会った時にでも話していたのか、兄貴は既に知っていたらしい。
前世の謎ってのは本当に不思議なものだ。
だが、唯羽の名前に佐山さんが反応をする。
「唯羽?まさか、あの子か……?」
「佐山さん?唯羽を知ってるんですか?」
「あ、あぁ。元雪君、唯羽という女の子とは今でも付き合いがあるのか?」
「えぇ、ありますけど。今でも?どういうことですか?」
顔色を変えた彼の言葉の違和感に俺は尋ねていた。
なぜ、彼は唯羽を知ってるのか。
そして、彼の口から告げられた言葉は俺達にこの日、一番の衝撃を与える。
「知っているよ、唯羽ちゃんのことは……。まさか、だな。影綱の前世を持つ元雪君と、唯羽ちゃんが今も親しい仲だったなんて。私は彼女に出会った事がある。10年前に“呪い”に苦しんでいた幼い彼女と会った事があるんだ」
そう、10年前の秘密を知る人間を思いもよらぬところで巡り合った――。




