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恋月桜花 ~巫女と花嫁と大和撫子~  作者: 南条仁
恋月桜花4 ~恋は戦い~
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第84章:今の想い

【SIDE:柊元雪】


 和歌とふたりっきりのデート。

 と言いたいところだが、和歌に対して俺はどう対応すればいいか。

 昨日の事がショックで和歌も黙ったままだ。

 行き先も分からないまま、彼女に連れられて俺は揺れる電車内にいた。

 

「どこにいくんだ?」

 

「行けば分かります。ついて来てほしいんです」

 

 その口調はただのデートというわけでもなさそうだ。

 隣の席に座り窓の外を眺め続けている和歌に視線を向けた。

 

「和歌。あのさ、俺は……」

 

 とりあえず、唯羽のことについての話をしておきたい。

 俺の本心も話しておかないといけない。

 だが、しかし――。

 

「……今はお姉様のお話なら聞きたくないです」

 

「うぐっ」

 

 あっけなく話題を拒否られてしまった。

 言い訳すらできないほどに怒ってるのか。

 彼女の横顔を見つめると別段、怒ってる風には見えない。

 

「あっ……ち、違いますよ?これだけは言っておきますけれど、私は元雪様に対して怒ってるわけではありません。不愉快なのはお姉様の事だけですから」

 

「……それもそれで心配なのだが」

 

「お姉様が私のライバルになるなんて思いたくありませんでしたけどね」

 

 その言葉は和歌にとっての本心なのだろう。

 和歌はそっと俺の手の上に自分の手を重ねてくる。

 彼女の手はわずかに震えていた。

 

「もうすぐ、電車がつきますよ」

 

「ここは……。もしかして、行きたい場所って?」

 

 駅名に心当たりのあった俺の問いに、彼女は小さく頷いた。

 俺達の思い出のある、あの場所へ、再び――。

 

 

 

 

 うっそうと緑の葉っぱが生い茂る木々。

 足場の悪い山道を歩き、森を抜けていくとその場所は広がっている。

 ここは恋月桜花の伝承の主人公、紫姫の眠る墓所だ。

 数週間前、和歌が自らの前世に呼ばれていた時にここを訪れた事がある。

 古びた墓石、変わらずに静寂を保つその場所はある。

 

「お墓参りなんて全然デートらしくもないんですけど。どうしても、元雪様と共に紫姫様に会いたくなったんです」

 

 木漏れ日が照らす、静かなその場所で。

 和歌は墓所に手を合わせて目を瞑る。

 

「……」

 

 俺も同じように手を合わせておく。

 あの日、ここで起きた不思議な出来事は今でも忘れられない。

 前世との遭遇、和歌の中には紫姫の想いは受け継がれている。

 今はあの時ほどに特別な何かを感じないが、ここは不思議な場所だ。

 

「お姉様から聞かされた、恋月桜花の真実。正直に言えばショックでした。本当に辛くて、昨日は泣きたくなるくらいに辛かったんです。それと同じくらいにお姉様が元雪様を好きだと言う事もショックでしたけどね」

 

 和歌がずっと信じてきた恋月桜花の伝承。

 椎名神社に伝わる紫姫が残したとされる伝承。

 恋月桜花の真実を知れば傷つくと思い、俺も黙り続けていた。

 それを知った彼女のショックは想像以上のものだったようだ。

 

「残念ながら紫姫様がしていた事は、浮気そのものです。知らないからとはいえ、許されるものじゃなかった。椿姫様について何も知らないから、伝承には何一つ出てこない。純粋に彼女は影綱様を愛していた、それだけだったんだと思います」

 

 この場所で眠る紫姫は当時、どんな想いをしていたのか。

 敵に捕らわれて不安になっていた所を影綱に優しくされて恋をして。

 その影綱に既に妻がいることなど知る由もなく、彼を愛していた。

 人は己の知ることしか知らない、当然のことだがそれゆえにこんな結果も生む。

 

「私はずるいです。例えその恋が浮気だとしても、紫姫様を責められません。私は責めたくない。彼女の想い、大切な恋をした事を。影綱様だけを想い、生きた事を。その思い出を壊してしまう事はできないんです」

 

「……それが朝の唯羽への態度なのか?」

 

 和歌の苦悩。

 今朝の昨夜の対決姿勢をひるがえす、唯羽を認めたように、好きにさせていたワケ。

 ただ単に怒りが冷めたと言うわけではなかったようだ。

 

「元雪様の恋人は私だけ、お姉様を認めたわけじゃありません。それでも、お姉様は前世の罪をつぐなえるのは現世だけと言いました。私は紫姫様の思い出を守りたい。それを守るためには……お姉様とも向き合わなくてはいけません」

 

 そして、彼女は真っすぐに俺を見つめて言うんだ。

 

「私は元雪様を愛しています。お姉様には負けません」

 

 静かな森の中で、俺達だけしかいないこの場所で彼女は告白をする。

 

「お姉様の想いが本気だと知った今は、ライバルとしても本当に危機感を抱いてます。お姉様は自分を犠牲にしてまで、前世と対決し、元雪様を守りました。その強い想いに元雪様が惹かれているのも分かります」

 

 これも当然のことながら、俺の中に二つの気持ちがあるのを和歌は見抜いていた。

 どうしても、断ち切る事のできない唯羽への想い。

 

「私はお姉様に元雪様を取られたくありません。私だけの元雪様でいて欲しいんです」

 

 瞳に薄っすらと涙をためこんで彼女は想いを伝える。

 だからこそ、俺も誤魔化すことなく素直に告げる事にした。

 

「確認してもいいですか。元雪様がお姉様に抱いてる気持ちは愛情ですよね?」

 

「……和歌に嘘はつきたくない。だから、悪いけども正直に言うよ。唯羽は感情を殺してまで俺を守り続けてくれた。俺にはアイツを見捨てる事はできない。和歌を愛してるくせに、もうひとり、心の中に大切な存在ができている」

 

「元雪様は優しい人です。それでも、時にその優しさは私にとって不安にもなります」

 

 和歌の視線は再び、紫姫の墓所へと向けられてた。

 

「紫姫様。真実を知らずにいた事は幸せだったんでしょうね。知らない方が良い事もこの世にはあって、辛い真実なら、知る必要もないんです。ずるいんでしょうけど、私は都合の悪い事なんて知りたくありませんでした」

 

「それでも、真実は変わらない」

 

「はい。影綱様に妻がいて、裏切りの恋愛だった事に変わりはありません」

 

 信じてきたものが崩れさる怖さ。

 

「元雪様を10年前に襲った悪夢。お姉様が感情を封じ込めなければいけなかった、椿姫様の呪い。今はそれがいつ災いとして訪れるか分からないんですよね?」

 

「あぁ。そうなるな。だが、俺は覚悟を決めてる。これは俺が背負うべき罰でもあるんだ。影綱は俺の前世で、全ての責任を負うべき相手でもある。ていうか、影綱が悪いんだよ。この呪いを含めたこと、すべての元凶は彼なんだ」

 

 時代的に一夫多妻がOKだとしても、やはり、影綱が悪いと責めざるを得ない。

 ふたりの女の子を好きになって、その責任を取る前に死んでしまった。

 それが、結果として紫姫と椿姫の運命を変えてしまったのだから。

 そして……今、俺もふたりの女の子を好きになってしまっていた。

 

「優柔不断で情けない俺でごめん。俺は唯羽に対して想いを抱いてる。和歌の事は好きだけども、それと同じくらいに……」

 

「元雪様。私は貴方を好きになった時からこの出会いを運命だと信じてきました。今もその気持ちは変わってませんよ。私は貴方が好きです。私を一番に愛してくれることを望んでいます」

 

 和歌と唯羽、揺れ動き続ける俺の気持ち。

 

「俺は影綱とは違う。彼とは違う答えを見つけてみせるから……」

 

 俺の囁いた一言は和歌だけではなく紫姫にも向けた言葉だ。

 ふたりの相手を好きになった。

 この今の想いとどう向き合っていくのか。

 気持ちの良い風の吹く森の中。

 俺は自分の気持ちを考えながら、和歌の手を握り締めた。

 

 

 

 夕方になり、家に戻ると唯羽がリビングでくつろいでいた。

 

「あっ。おかえりなさい~っ」

 

「ただいま、唯羽」

 

「紫姫のお墓参りをしてきたの?」

 

「え?あ、そうだけど。どうして分かったんだ?」

 

 唯羽には行き先など告げていないのに。

 また心の色を見て、気づいたりしたのだろうか。

 

「ヒメちゃんの態度を見てれば分かるよ。真実を知ってショックを受けたけども、自分の信じてきた紫姫の想いを否定したくない。だから、覚悟を決めるためにもう一度、あの場所へ紫姫に会いに行くんじゃないかって」

 

「……唯羽のそういう鋭い所は時々、怖いよ」

 

 魂の色が見えなくても、彼女は人の心や行動を把握するのにたけている。

 俺の後ろで同じく驚いた顔をしている和歌。

 彼女は唯羽に向き合うと、しっかりとした口調で言うんだ。

 

「お姉様。私は負けませんから」

 

「あははっ。それって、私も元雪の恋人だって認めてくれてるの?」

 

「違いますっ。違いますけど……うぅ」

 

「へぇ。意外。同じ立場に立つ事を許してくれるんだ?」

 

 沈黙は肯定なのだろうか、和歌は唯羽の行動についてある程度、認めたようだ。

 唯羽は少しはにかむような笑みを見せた。

 

「ありがとう。ヒメちゃん。同じ気持ちを持つ者同士、頑張ろう」

 

「……お姉様」

 

「というわけで、元雪っ。明日は私と一緒にデートだからねっ」

 

「えーっ!?ど、どうしてそうなるんですか!?」

 

 俺が驚く以上に驚いて見せる和歌。

 

「だって、今日はヒメちゃんとラブラブデートだったんでしょ?だったら、明日は私が元雪を独占してもいいよね?ねー?」

 

「う、うぅ……やっぱり、こんなのおかしいです」

 

 対立する従姉妹同士、その原因となってる俺は冷や汗をかきながら見てるだけだった。

 はぁ、俺も影綱の事をどうこう言えないな。

 ……しっかりしろよ、俺。

 

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