第81章:現世VS前世
【SIDE:柊元雪】
俺は今、とんでもない渦の中心にいる。
言うならば現世の嫁VS前世の嫁の板挟み。
大好きな恋人、和歌がいるのに、唯羽への想いが揺れる。
そんな揺れ動く心を整理する間もなく、修羅場の時は訪れた。
「……」
「……」
重苦しい雰囲気の中、沈黙する3人。
俺を間に挟み込むようにして、和歌と唯羽が向き合っていた。
「元雪様、どういうことでしょうか?」
不機嫌さを隠さない和歌。
この子は怒らせると怖いのは身をもって知ってます。
「いや、その、な?」
どう言い訳すればいいのか、分りません。
「唯羽お姉様と浮気してたんですか?」
「違うよ、ヒメちゃん。浮気じゃないよ、本気だよ」
「ほ、本気……!?」
顔をひきつらせる和歌。
浮気じゃないよ、本気だよ。
さり気にグサッとくる一言です。
「とりあえず、唯羽は黙っていてください」
唯羽には口を閉じてもらうことにしよう。
俺はNEW唯羽になった事をまずは和歌に説明する。
あの10年前の日のこと、椿姫の呪いのこと。
そして、彼女は自らの感情を取り戻したこと。
その結果が椿姫と言う災厄を招く可能性があるのだとしても、俺達は選んだ。
和歌には今の目の前にいる唯羽こそが本当の彼女だと言う事を説明した。
「なるほど、そんな事があったんですね。お姉様の変化についてなんとか理解しました」
「性格が変わっても、私は私だよ。よろしくね、ヒメちゃん」
「はい。で、でも、元雪様についてはどういう事ですか?」
和歌が核心をついてきた。
そこだ、俺もそこが問題です。
「どういうことって?」
唯羽はにこやかな表情のままで、しれっと言う。
「抱きついたり、本気だって言ってたことです。冗談ですよね?」
「冗談?私は冗談なんて言ってないよ」
「え?」
和歌の目の前で俺に抱きつく唯羽。
ふんわりと香る女の子の匂いが心地よい。
「な、なっ!?元雪様に抱きつかないでくださいっ」
「嫌だよ。さっき言ったはず。私と元雪の関係は浮気じゃない、本気って気持ち。これは私の本音だから」
「それはどういう意味ですか?あと、さっさと離れてください」
俺から唯羽を無理やり引き離す和歌。
わ、和歌……爪が俺の肌に食い込んで痛いっす。
「はっきりと、私の口から言わせたいの?」
「言ってくれなきゃ分かりませんから。どういう事でしょうか?」
仲が良かったはずの従姉妹同士の視線が交差する。
ピリピリとしたこの気まずい雰囲気、なんっすか。
「だったら、はっきり言うよ。ヒメちゃん。私は元雪が好きなんだ。大好きで、大好きで仕方がないの」
「……唯羽お姉様。分かってますよね、元雪様は私の恋人だと言う事を」
「知ってる。交際数ヶ月の恋人同士。将来は結婚する予定でしょ。だから、何?」
「だ、だから何って……?」
俺と同様、和歌に対しても唯羽はそれがどうしたという態度を見せる。
唯羽のカミングアウトに和歌も混乱気味の様子だ。
「私も元雪の恋人になる。もちろん、ヒメちゃんが一番。私は二番でいいよ」
「一番も二番もないですっ」
「えーっ。だって、私も恋人になりたい」
「お姉様っ!軽い口調で何を言ってるんですか!私も怒りますよ!」
珍しく語気を荒げる和歌。
やばい、これは怒ってますよ。
正面衝突、修羅場だけは避けたいが、今の俺が何かしゃべるのは問題になりそうで怖い。
「私も恋人になりたいのに。ダメなの?」
「ダメですっ。絶対にダメですっ」
「ずるいじゃない、ひとりじめ?」
「ひとりじめとかそういう問題ではありません。元雪様は私の恋人です。お姉様、私をこれ以上、怒らせないでください」
静かな怒り。
和歌ってこういう怒り方をするから怖いんだよな。
問題はその和歌の怒りをまったく感じていない唯羽の方だ。
「ふーん。そう言う事を言うんだ?」
「な、なんですか?」
「ねぇ、ヒメちゃん。この世には知らずにいた方が幸せな事ってあるよね?」
唯羽の不気味な発言に俺も和歌も顔を見合わせてしまう。
何を言い出すつもりだ?
「あると思いますけど」
「だよね?例えば、恋月桜花のお話の真実、とか」
「待て、唯羽。お前、何を言うつもりだ?」
「元雪は黙っていて?これは私とヒメちゃんの問題なの」
……逆に黙っておけと言われた、うぅ。
「恋月桜花?元雪様も知ってる事ですか?」
「そうだよ。ヒメちゃんにはまだちゃんと話してないよね?私の前々世、椿姫の存在について。彼女がどうしてそこまで影綱と紫姫を恨んでいたのか。そのあたりの事情はあえて教えてないんだけども、教えてあげようか?」
「それが今の問題と何の関係が……?」
そうか、そう言う事か。
和歌は恋月桜花が純粋な恋物語と信じている。
まさか紫姫こそが影綱の浮気相手だと言う真実を知れば和歌は傷つくに違いない。
幻想をぶち壊す、それこそが唯羽の企みか。
くっ、いくら性格が可愛くなっても本質的なところは変わらず、唯羽らしいやり方だ。
「やめろ、唯羽。和歌の夢を壊すな」
「もうっ。元雪は黙っておいてって言ったでしょ。あんまり邪魔すると、その口をふさぐよ。私の“唇”で」
「ごめんなさい、大人しくしておきます」
ちゅっと軽く唇を尖らせる彼女。
唯羽、可愛い。
とか思ったりしてると、真正面の恋人からものすごく睨まれてます。
女の子に弱いよ、俺……血筋に違いない。
「やめてくださいっ。私の元雪様を誘惑しないでくれませんか、お姉様?そろそろ、冗談でも許せなくなります」
「んー。嫉妬深いなぁ。まだそう言う事を言うんだ?この真実を知れば、そんな事も言えなくなるけど」
「何ですか?はっきり言ってください」
「本当にいい?今までヒメちゃんが信じてきた幻想が崩れてしまうかもしれない。それでもいいんだ?覚悟はあるの?」
挑発的な態度を見せる唯羽に和歌は怒りを隠さない。
「お姉様。もったいぶらずに言いたい事があれば言ってください」
「それじゃ、ヒメちゃんに真実を教えてあげる。恋月桜花の全てをね」
「恋月桜花の全て?それが今の私たちにも関係があるってことなんですか?」
「――それは全てを知ったうえで、“貴方”が判断することだよ。ヒメちゃん」
不敵な笑みを見せる唯羽に、和歌は表情をこわばらせる。
現世の嫁VS前世の嫁。
繰り広げられる修羅場の中で俺は何もできずにいた。